転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 さよなら西洋レース





スーパーサクセンカイギ2

 

 

 

 

「……何を…………言って……?」

 

 もう4か月ぶりになろうかという、私たちの陣営全員で行う作戦会議。

 

 そこで告げられた言葉に対し、絞り出した私の声はかすかすに掠れた。

 

 今……歩さんは、何を言った……?

 レースに……私を、レースに、出さないと言ったのか……!?

 

 天皇賞(秋)にジャパンカップ。

 どちらもG1、日本の優駿たちと……ジャパンカップに至っては、世界から集う優駿と戦うことのできる、稀有な機会。

 

 それを、見逃せと。

 レースの出走を回避すると、本気で言ってるのか……!?

 

「いや、そこまで驚くことでもないだろう。というか君、気付いているよな?」

「ぎくっ。な、何に気付くって言うんです!?」

「ぎくって君、そんな典型的な反応することある? ……君の脚が振るっていないってことだよ」

 

 う、と。

 少しだけ、追及の矛先が鈍る。

 

 実際、歩さんにそう言われると……もう否定し続けるのは難しいというか、もう気のせいでは済ませられないっていうか。

 

 

 

 そう。

 ホシノウィルムは今、小さな不調の中にある。

 

 それを理解したのは……いや、理解じゃないか。なんとなくの感覚だし。

 とにかく、自分が不調っぽいって思ったのは、日本に帰って来て、自主トレや先程の軽い走りをする中でのことだった。

 

 ただそれは、時たまある、良くない状態が連続したことによる不調とは違うもので。

 なんというか、こう……なんだろう、もっとわかりにくくて、微妙なものだったんだよね。

 

 別に、脚が全然伸びないってわけじゃない。体力が持たないわけでもない。

 ただ、走っていると、なんとなく違和感を感じるような気がするんだ。

 

 例えるなら、そうだね。

 運動後とかに冷たい水を飲んだ時、なんか歯の辺りにジンとした痛み? が走ったような気がした、みたいな体験に近い。

 それが単純な冷たさによる刺激なのか、一時的に感覚が過敏になってるだけなのか……あるいは、考えたくもない可能性なのかがわからない。

 だから、「いやいや、勘違いか一過性のヤツでしょこれは」と笑って思い込もうとする、みたいな。別の言い方をすれば現実的なリスクから目を背けてるとも言えるわけだけど。

 ……ちなみにこの例えは前世の経験が元になってるんだけど、まぁ普通に虫歯だったのでみんなは歯が痛いと思ったらすぐに歯医者に行こうね。

 

 で、悪習というのは、なかなか正せないから悪習って言うんだよね。

 「バ鹿は死ななきゃ治らない」なんて言葉もあるけど、私のような転生者は死んでもそういう精神を引き継いじゃうわけで。

 私は今回も、どうにも噛み合わない感覚を、久々に野芝で走るからなのかなぁ、って片付けようとしていたわけだけど……。

 

 専門医もかくやっていう観察力を持った歩さんが言うのだ、もはや誤魔化しは利くまい。

 

 どうやら私は今、ちょっとマズい状態にあるらしい。

 

 

 

 言い繕う事を諦めた私の横で、しかしぎょっと目を見開く女性が1人。

 我らが堀野陣営のサブトレーナー、昌さんだ。

 

「えっ、不調!? ……アレで!?」

「アレでって昌、さっきの走り、どう見てもホシノウィルムの本来の力は出てなかったでしょ」

「いや、あくまで軽く走っただけじゃん! 本気出してないだけと思うでしょ普通は!」

「本気を出してないと本領を発揮できないは全く違うよ。無意識に左脚庇ってフォームが傾いてたし、呼吸が深すぎて走りとペースが合ってなかったし、以前のウィルと比べるとかなり乱れてた。正直見てて悲しくなっちゃうくらいだったよ」

「…………?」

 

 昌さんは頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら、「ちょ、ちょっと待って」と断りを入れ、先程撮影した私の走りの映像と宝塚記念の映像をPCに出力。

 ウィンドウを横に並べて見比べているようなので、私とブルボンちゃんも後ろから覗き込む。

 私自身、フォームが傾いてるとか呼吸の深さとか、そういう自覚はなかったので確認しておこうと思ったんだけど……。

 

 ……いやこれ、何か違う? 

 勿論全力疾走の宝塚記念と流す程度の走りだったさっきの映像じゃ単純には比べられないし……。

 今見ても、さっきの走りはそこまで崩れてるってわけじゃない。

 第三者から見ても、いつもの私の姿勢だと思うんだけど。

 

 と、私は首を傾げてたんだけど。

 

 一方、昌さんには何か感じるところがあるのか、大きく目を見開いた。

 

「た……確かに、少しズレてる……!! 映像見てかろうじてわかるくらいだけど!!」

「わかるでしょウィルのこと見てたら」

「キショ!!!!!」

「ひどい」

 

 ……当人でもないのにわかるもんなんだなー。

 

 いや、でも考えてみればそりゃそうか。

 私たち競走ウマ娘は、走ることの専門家だ。おおよそ私たち以上に、走ることやその感覚について理解している人はいないだろう。

 それと同じように、彼ら彼女らは走りやウマ娘を見る専門家だ。私たちの無意識下の微妙な動きや癖なんかは、トレーナーの方がずっとわかってるんだろうな。

 この辺は専門分野の違いなんだろう。

 ……あるいは、ネイチャみたいに理論派であればもうちょっと自分のことを理解できたかもしれないけど、私は感覚派だからなーこの辺。

 

 更に言えば、私のメインとサブトレーナーたる堀野兄妹は、国内での両手の指で数えられる──歩さん曰く、今回の凱旋門賞勝利で功績だけで言えば片手の指に入るレベルになったらしい──程のトレーナーの名家出身。

 日頃の態度からも、トレーナーになる以前から相当の勉強や鍛錬を積んでたことが窺えるし、私たちにはわからない小さな違いも、彼らなら理解できるんだろう。

 

 ただ、好きな人のことってのは、往々にして知りたくなるもの。同じ世界を見たくなるものだ。

 いつかはそういうのを理解してみたい……ってのは、ちょっと高望みかな?

 

 

 

「さて、話を戻すが。ウィルは今、一時的な不調状態にある」

「何が原因なんですかね……? 私、やる気も体力もあるつもりなんですけど……」

 

 首を傾げる私に、歩さんは背もたれによりかかり、腕を組んで答えた。

 

「まず最初に言っておきたいのは、これは決しておかしな状態ではない、ということだ。

 君が不調に陥ったのは、君のミスではないし、また俺のミスでもない。言うならば高所からコンクリートにガラス玉を落とせば必ず割れるように、至極当然起こったこと。

 まぁ、君程に露骨に出るのは珍しいかもしれないが、これは君の特異性故だろう。気に病むことはない」

 

 ……これは多分、私が気に病まないようにっていうメンタルケアかな。ちょっと分かり辛いけど。

 歩さん、こういうとこに気が回るようになったんだなぁ。昔は言葉足らずだし相手のメンタルなんて気にもかけないようなやり方だったんだけど、やっぱり彼もどんどん変わっていってるらしい。

 

 しかし……当然起こったことか。どういうことなんだろ?

 

「そもそも、ウィル。何故君は3か月近く海外遠征をしていた?

 もう少しわかりやすく言えば、何故凱旋門賞という本番の前にフォワ賞に出る必要が、そしてフォワ賞に出る1か月以上前に当地に行く必要があった?」

「そりゃあ、あっちの環境に体と心を慣らすためですよね?」

 

 日本と西洋では、全くと言っていい程に環境が違う。

 

 まず空気が違う。食べ物も飲み物も違う。建物の広さも建築様式も、寝具も食器も机の形もお風呂の形式も、本当に何もかも違う。

 ……まぁそれらの半分以上は、歩さんが資金力のゴリ押しで日本に合わせてくれたけども。

 

 そして最も大きな問題が、私たちが足を付けて走る、コンクリートの触感や芝の違い。

 競走ウマ娘として、アスリートとして、これは致命的になり得る違いだった。

 

 だからこそ私たちは早めにあちらに渡り、心身共にそれが基準になるよう慣らしていったわけで……。

 

「……あ、つまりはそういう」

「全く以て理解が早いな。ほんとそういうとこ好き」

「え~? いやいや、えへへぇ」

「あの、甘すぎる茶番劇はいいからちゃんと言葉にしてくれる?」

 

 横の昌さんには飽き飽きって感じで言われてしまった。

 

 ……しかし、昌さんのこの目、歩さんの言葉を理解できてないって感じじゃないね。

 歩さんの言いたいこと、私の理解したことは察しつつも、ブルボンちゃんのために、そして認識がすれ違わないように、言葉にして確認させろって言ってくれてるっぽい。

 この人、こういうところで節々にすごく気が回るっていうか……言葉足らずな歩さんのフォローし慣れてるんだろうなって感じするんだよね。今度コツとか教えてもらおうかしら。

 

 さて、歩さんもそんな妹の意思を汲んだんだろう、真面目な表情のままに言う。

 

「この3か月、俺たちはウィルの心身をフランスの環境に慣らしたわけだが……。

 そうなると、今のウィルは『フランスで走れるようにカスタムされた状態』。……つまるところ、今度は日本の土地に合わなくなってしまう、というわけだ。

 無意識下の感覚不一致。あるいは感覚上での適性不一致。もう少し平たく言えば、洋芝に慣れ過ぎて、野芝での走り方が思い出し切れていない。それが、今ウィルが陥っている不調の正体だ」

 

 

 

 そう。

 私は自身の適応力と「アニメ転生」によって、フランスの環境に慣れた。

 あの慎重極まる歩さんをして「脚質的な適性はA、他のG1ウマ娘と同等と言っていいレベルだ。当地のウマ娘と同等だな」と笑顔で言わしめる程に。

 

 それはつまり、今の私がフランスの空気とか雰囲気とか、何より芝に応じた状態にあるってことで。

 であれば当然、日本の環境に適応できるはずもない。

 

「普通のウマ娘であれば、3か月という短期間程度ではこんなことにならない場合もあるんだろうが……。

 ウィルは思考力増加能力を大盤振る舞いしてあちらの環境に完璧に慣れ切った。恐らくはそれによって、無意識下で自身をあちらの環境に『合わせて』しまっているんだろう。

 体は野芝の走りを覚えているが、意識がそこから乖離している。だからこそ、これは感覚の不一致と言える」

 

 思考力加速こと「アニメ転生」は、やろうとすれば一秒を体感時間数百秒へと、極限まで圧縮できる。

 その状態で、私はこの状況や環境でより良く走るにはどうすればいいかを考えに考えて考え続け、そして次の数百秒で更にそれを徹底して矯正し続けた。

 結果として、1か月余りで適性をAまで上げられたんだけど……。

 

 あるいは、何事も急激で強引なやり方は良くないってことなのかな。

 弊害として、今度は日本の環境に合わなくなってしまったらしい。

 

 普通なら、体も意識もゆっくりとあちらの環境に慣らしていくけど、私は意識だけをあちらに適応させすぎた。結果として動きがちぐはぐになってしまっている、と。

 ゲームで想定されてないチートなんて使えば不具合が出るのは当然で、私のコレはそういうのに近い現象なんだろうな。

 

 

 

「……感覚上の、適性不一致」

 

 難しい問題だぞ、と一人呟いた私に、歩さんが頷く。

 

「そうだな。今の君の芝適性はD……いや、そこまでじゃないか。Cくらいだと思っていい」

「そんな私じゃ、勝てないってことですか」

「勝てるが?」

 

 勝てるんだ。

 

「如何なる状態であろうと、俺と君が作り上げる『競走ウマ娘ホシノウィルム』が負けるとかありえん。もし負けてしまったら木の下に埋めてもらっても構わないくらいだ」

 

 それを聞いて、私は自然に口角が吊り上がったのを自覚する。

 

 なんか、こう、嬉しいね。

 私と歩さんで作り上げる最強を、歩さんは何より信じてくれているんだ。

 

 彼は彼自身にはそういう信頼を置かない。

 むしろ卑屈なくらいに謙遜……いや、本心からのヤツだから謙遜というより卑下か。それをする。

 

 だけど、私と一緒に挑んでいるトレーニングと、その延長線上にある私の力に限っては、心底から信頼を置いてくれていた。

 

 それが……うん、嬉しい。

 心が温かくて、むにゅむにゅする。

 

 

 

 ……けれど、それと同時。

 誰より慎重にウマ娘の体調を見ているのが、歩さんという人でもある。

 

「……しかし、負ける事はありえんが、危険ではあるんだなこれが。不慣れな環境下で全力で走れば、万が一の事故というものが起こり得てしまう。それは決して認め難い結果だ。

 なので、これから2か月を使って、再び日本の環境に慣らす。これが最善だと判断する」

 

 あっ!

 その言葉には矛盾がある!!

 

「それは違うよ!」

 

 

 

 BREAK!

 

 

 

「うわ何ビックリした、いきなり大声出すじゃん……」

「歩さん、その理屈はおかしいですよね。だって、私はフランスで、1か月で全く経験のなかったあちらの環境に慣れ切ったんですよ?

 それなら、既に経験のあるこちらの環境、1か月未満で慣れ切ることができるはずです!」

 

 論破! とドヤ顔をする私。

 

 いやさ、あっちじゃ結構待ち時間多くて暇になるだろうって聞いてたから、携帯機持って行って、ちょこちょこ遊んでたんだけど……。

 うん、やっぱあのシリーズは名作だと思うんだよね。

 ゲーム3作目は色々あって賛否両論なんだけど、私は割と好き。というかシリーズでも一番好きかもしれない。

 でもあそこのスタッフがちょっとそれっぽい作品作ったりすると、嬉しいと同時「終わりだろうが!!!」と心の中でブチギレる自分もいる。結局あの最終な防衛の学園って世界観繋がってるんだろうか?

 

 

 

 ……なんて、そんな私の心情は誰にも伝わらないんだろうけどさ。

 元オタクが誰にも伝わらないネタをぶちかますとか、一番寒いヤツだ。それは自分でもわかってる。

 それでも思わずそんな自己満足をしてしまうのは、珍しく歩さんの論理に隙が見えたからだった。

 

 この人の話って、いつも理路整然とした正論過ぎて、反論の余地がないんだよね。

 まぁそりゃそうだ、トレーナーとしては一切研鑽を積んでいない私が、その道の修羅勢である歩さんにトークバトルで勝てるわけがないし。

 

 でもさ、パートナーなんだもん。

 いつかは対等に意見を交わしてみたい……なんて。

 そんな、浅学菲才の身からすれば、余りに身の程知らずな夢。

 これを達成できそうなタイミングが巡ってきたんだ。ちょっとした暴走くらいは許してほしい。

 

 まぁ歩さんのことだし、どうせこれも涼しい顔で反論し返してくるだろうけどね。

 

 ほら、まさに今返して……。

 

 返し、て…………。

 

 来ない!

 ちょっと悔しそうな顔で無言!

 

 え、嘘、ほんとに論破しちゃった!?

 

 

 

「……まぁ、そうだな、うん。君の言う通りだ。何も間違ってはいないとも」

「え!? それなら秋天はともかくジャパンカップは余裕で走れるじゃないですか!?」

「まぁ……そうなんだが」

 

 歩さんは歯切れ悪く……というか、どこか後ろめたそうに? そう言って目を逸らす。

 え、めちゃくちゃ珍しい。公明正大な正論モンスター気味なとこのある歩さんが、こんな態度取るなんて。

 

「何か理由があるの? 2か月って猶予を取る理由が」

 

 そう尋ねたのは、昌さんだった。

 妹だから何か感じるところがあるのか、あるいは兄への気遣いなのか。

 仮に前者がなくとも、昌さんのことだ、後者の理由で尋ねていただろうけど。

 

 この疑問に対し、歩さんは眉をひそめて目線を逸らし、ボソボソと答えた。

 

「……建前としては、慢心が出る可能性があるからだ。

 ウィルの言った通り、フランスの環境は彼女にとって何から何まで不慣れなもの。だからこそ自然と、慎重に行こうという意思を持てるだろう。

 が、日本での環境はウィルにとって既知のもの。であるが故に、『すぐに慣れるだろう』『少しくらい無理をしても問題ないだろう』という慢心が出かねない」

「いやもうその発言最初っから斬りどころ満載なんですけど!? 建前って言ってから話したら全部建前になっちゃいますよ!?」

「実際建前だしな……」

 

 め、珍しい! 珍しすぎる!!

 あの歩さんが! 言い負かされて、後ろめたそうにしてる!!

 こんなのもう一生見れないかも! 写真撮っとこ。

 

「え、何? スマホ? なんで写真撮ってる?」

「それで、本音は何なんですか?」

「今の流すの? いやまぁいいけど……」

 

 歩さんはなんとも具合悪そうに側頭部を掻きながら……どこか恥ずかしそうに、言う。

 

 

 

「……悔しかったからだよ」

「へ? 何が?」

「そりゃあ……去年の、君の有記念だ」

 

 その突飛な話題に、私は目を見開く。

 ……いいや、あるいは歩さんにとっては、突飛な話題でもないのかもしれないけど。

 

「俺はそこで、競走ウマ娘ホシノウィルムに関われなかったし、結果的に君を負けさせてしまった」

 

 去年の年末、歩さんは事件と言うべきか事故と言うべきか難しい出来事に巻き込まれ、昏睡状態にあった。

 それはもう仕方のないことで、歩さんが後悔とか反省とかすべきことじゃない。

 そして、流石の彼も、それはわかってくれたんだろう。言葉の響きは自嘲とか自戒って言うより、単純な悔しさの沁み込んだものだった。

 

 であれば、彼が言っているのは……。

 

 ああ、そういうことか。

 歩さん、あれから1年、内心では……。

 

 

 

 ずっと、悔しかったのか。

 

 絶好の機会を前に、挑むことすらできなくて。

 

 

 

「……この一年、思わなかったことはないよ。

 あの優駿たちの集う至高の舞台、俺とウィルが本当に力を合わせて走ることができれば、3センチの差は覆せたのではないだろうか、と。

 俺は、ウィルに勝たせたかった。もっと言えば……俺たちで、あのレースに勝ちたかった。

 それは今になっても変わらない。ぶっちゃけて言えば、帰りの機内でも夢に見たくらいだ」

 

 彼はまぶたを閉じ、テーブルの上に乗せた両の拳を握りしめてそう語る。

 

 それは、以前の歩さんの抱いていたモノとは、似ているようで違う感情。

 私の足を引っ張って申し訳ない、ではなく……。

 私と共に最高の走りができなかったことが悔しい。勿体ない。取り返したい。

 

 本当の本当に珍しい、歩さんの、個人的な感情の吐露。

 軽く頭を抱える彼を前に、私たちは黙って続きを促す。

 

「……理解は、している。俺は今、理屈ではなく、個人的な感情によって君の先行きを変えようとしていると。

 そして同時、それが……より多くのレースでより多くのライバルと戦いたいという、君の望みと相反するものだということも。

 今年の有記念は去年とは全く別物で、今年勝ったところで去年の敗北を取り返すことも、あの時間をなかったことにもできないということも。

 それらが、トレーナーとして誇れたものではないということも……分かっている。

 けれど、それでも……」

 

 そこで、彼はまぶたを開き、真っ直ぐに私の方を見て来た。

 

 その瞳は……。

 

 

 

「それでも俺は、万全に万全を重ね、完璧な状態の君と共に今年の有記念に勝ちたい。

 だから、そのために……この2か月、俺にくれないか、ウィル」

 

 

 

 ……その瞳は、燃えていた。

 

 私たち競走ウマ娘の抱くそれとは違う、炎。

 それは職務意識とも言えるし、昇華欲求とも言えるし、野心とも言えるもの。

 

 トレーナーとして担当ウマ娘と共に上を目指そうっていう、キラキラした……未来を見据えた瞳。

 

 

 

 そんな目を向けられれば、私から返す言葉と示す意思なんて、決まってる。

 

「歩さん」

「…………」

「それに賛成だ!!」

 

 同意。

 それに尽きる。

 

 

 

 だって、私は彼の担当ウマ娘。

 彼と共にこのトゥインクルシリーズを駆け抜ける、パートナー。

 

 いつも、彼が私の欲求を満たしてくれようとするように……。

 彼が残した悔いと欲求を果たすのは、愛バたる、私の役目なのだから。

 

 

 

 再び上げた大声に、一瞬だけ目を丸くしたものの……。

 

 その後、歩さんは……これまた本当に珍しい、満面の笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、そんなわけで……ぶっちゃけ上手く乗せられたなーと思わないでもないけど、とにかく。

 私はこれから2か月の間レース出走を回避し、休養とリハビリに当たることになった。

 

 まぁ休養とは名ばかりで、別に休むわけじゃない。

 どちらかと言えば鍛え直し、次なる目標と相成った有記念に向けて準備を整える、という側面が多いんだけどね。

 

 ともあれ、寂しいことに、ホシノウィルムはしばしレースとはお別れだ。

 

 となれば今回の作戦会議で優先すべき話は、私のレース対策などであるはずもなく。

 

「それでは次に、ミホノブルボンの菊花賞について話していこうか」

 

 そう。

 可愛い可愛い後輩の目指す、最後の目標だった。

 

 

 

 10月25日、菊花賞。

 私が去年制した5つのG1レースの内の1つでもあるそれは……。

 

 ブルボンちゃんの目指した、クラシック三冠の終着点。

 彼女が抱く夢を構成する最後のピースであり、同時にその夢を阻まんと立ちはだかる最大の障害だ。

 

 このレースを乗り越えられるかどうか。

 それはブルボンちゃんにとって、全てだ。

 

 以前の私で言うところの、レースに負けず勝ち続けることと同じ。

 それを目指すのは必然で、それを達成するのは当然で……万が一にでも負けるわけにはいかない、絶対的な指標であり目標。

 

 故に、現在の彼女には一片の余裕すらもなく、その存在の全身全霊をレースへと傾けるのだろう……。

 

 ……と、思ってたんだけどね。フランスに行くまではさ。

 

 

 

 私がソファに座るブルボンちゃんの方に目をやると、視線がかち合う。

 

 ブルボンちゃんの、青白く、澄んで、純粋な瞳。

 それは基本的に歩さん、彼女のマスターの方に向けられながらも、同時に時々私の方へも向けられていた。

 

 私に強く意識を残したくはないのか、すぐに視線は逸らされてしまったけれど……。

 作戦会議のために集まって以来、ブルボンちゃんが私を気にしているらしいことはわかってる。

 ま、私も今やそこそこ著名人。多少なりとも人からの視線には敏感になるというものですよ。

 

 そして、一瞬しかぶつからなかったとはいえ……。

 その刹那のやり取りでも、目を交わらせれば、理解できることもある。

 

 具体的に言えば……そう。

 2か月前までは存在しなかったはずの、「ホシノウィルム」へと向けられた熱、とか。

 

 

 

 ブルボンちゃんにとって私は、あくまでも先輩の「ウマ娘」でしかなかった。

 彼女の目指したことを先んじて達成した先達であり、歩さんとの仲を取り持った……って言うとなんかNTRの匂いがするので勘弁してほしいんだけど、まぁそんな感じの存在。

 

 ぶっちゃけて言ってしまえば、「ウマ娘」としてはともかく、彼女は「競走ウマ娘」としての私を、その視界に捉え切れてはいなかったんだ。

 

 勿論、実際には同じ競走ウマ娘、頻繁にトレーニングを共にする仲だ。

 私もまたレースを走る者であることを、彼女は理屈の上では理解していただろう。

 

 ……けれどそれは、実像を伴う理解ではなかった。

 

 言うならば、まだトレセン学園に入ってもいない子が、「いつかトゥインクルシリーズにデビューして、クラシック三冠を獲れればいいなぁ」なんてぼんやり考えるのと同じ。

 それがどれだけ困難なことなのか、どれだけ熾烈なことなのかを、自身の感覚で理解できていない。

 言い換えれば、相手や目標との距離を正確に測れるだけの実力を、物差しを培えていなかった。

 

 だから彼女にとって、私は「いつか共に走るかもしれない、偉大なる先達」でしかなく。

 私に勝ちたいという言葉も、明確にそれを為し得るだけのビジョンを伴っていなかった。

 

 あるいは、今でもそれ自体は変わらないかもしれない。

 歩さんの出したデータからしても、私自身の感覚からしても、私とブルボンちゃんの間にはまだまだ……というか、かなり膨大な差が開いている。

 既に本格化期間も残すところ僅か、歩さんの作り上げた最強の愛バたる私は、まだ本格化2年目の彼女からすれば遥か遠くにあるようにすら思えるだろう。

 

 言うならば……自分で言うのもなんだけど、天上の星みたいなもので。

 理解からは程遠い憧れを、あるいは敵対すらできない怯えを、感じてもおかしくはない程に、遠い。

 

 けれど……今。

 彼女は、競走ウマ娘として相手と競い合い、打ち克つ楽しみを覚え。

 そしてついには、この私すらも獲物として見定め、舌なめずりしているわけだ。

 

 ……ふふ。

 嬉しいものだね。後輩の成長ってヤツはさ。

 

 今年の頭辺り、ソウリクロスちゃんが、ブルボンちゃんとの差を理解して落ち込んでいたように……。

 ブルボンちゃんは今、私との差を理解した上で……開いた莫大な差を詰めようと、私を超えようと思ってくれているんだ。

 

 それはきっと、彼女をもっと速く、もっと強くしてくれるだろう感情であり。

 同時……私にとっては、手強い()()()()が増えることも意味していた。

 

 それは、その未来は……ああ、本当、たまらない。

 全く、この世界はどれだけ私を楽しませてくれるんだろうね?

 

 

 

 と、私が表面上はクールに取り繕いながらも、内心ニヨニヨしていると。

 歩さんから、「ウィル、今はミホノブルボンの話だ。程々にするように」と視線で釘を刺されてしまう。

 

 私、一応仮面を被ることを得意としてるはずなんだけど、最近の歩さんったらそれすら貫通して本心を見抜いて来るようになったんだよね。

 付き合いの長さと深さとは怖いもので、もう私は彼に隠し事なんてできそうにない。

 

 となると……やっぱり、そろそろかな。

 ドキドキするし、本当にいいのかって恐れもあるけど……。

 でもきっと、これを告白すべきは、歩さん以外の誰でもない。

 

 ……まぁ、今はそれはさて置いて、だ。

 歩さんの言う通り、ブルボンちゃんの作戦会議に集中しないとね。

 

 

 

 歩さんは私から視線を逸らすと、いつものようにデスクの上に情報を並べ始めた。

 

 今の京都レース場の状況……バ場の荒れ具合とか、それぞれの位置から見た風景の写真とか、傾斜の角度とか、割と感覚派なところのある私からすると小難しく思えるそれら。

 けれど、歩さんと同じく理論派であるブルボンちゃんからすれば、垂涎のデータなんだろう。彼女はそれら1つ1つを静かな、けれど熱の籠る視線で確認していく。

 

「菊花賞。京都レース場、芝の右外回り、3000メートル。

 G1レースの中でもかなり長い距離、肺活量や持久力が求められる戦いとなる。

 コースの最大の特徴は、やはり都度2回通過することになる高低差4メートル以上の淀の坂。終盤にスタミナを残せない逃げウマ娘にとって、ここで減速してしまうことは直接的に敗北を意味するだろう。

 つまるところ、ミホノブルボン。これは君の持ち味を活かせず、適性からは離れる戦いになる……などと、今更言う必要はないか」

 

 歩さんの言葉は、理解を仰ぐというよりは、分かり切った事前情報を確認するようなもの。

 それも当然だろう。なにせ彼とブルボンちゃんは、最初からこのレースだけを見据えていた。

 

 2000メートルの皐月賞は、圧勝できて当然であり。

 2400メートルの日本ダービーは、勝利できて当然であり。

 そこから一気に距離の延びる菊花賞こそが、堀野歩旗下のミホノブルボンが負け得る、唯一のレースである。

 

 それは去年、ブルボンちゃんと契約した直後から、歩さんが何度も言ってきたことだった。

 

 ……改めて考えると、日本での最強を決めるG1レース2つに対して「勝って当然」って言うとか、歩さんもだいぶ自信家……ではないな全く。むしろ自分には全く自信とかない方だ。

 歩さんが信じているとすれば、というか評価しているとすれば、ブルボンちゃんの方だ。

 日本最強を決めると言っていいレースで当然勝つと言えるくらい、ブルボンちゃんの素質が飛び抜けてたってことだろうな。

 

 けれど、それもこの菊花賞に限っては、それも例外となる。

 3000メートルという距離は、ブルボンちゃんにとっては厳しいものであり……。

 ……同時、生粋の適性の高さによって、彼女との素質の差を埋め得るステイヤーが存在するからでもあった。

 

 

 

「さて、この辺りのデータは……ミホノブルボン、既に君には何度か見せているな。君の頭脳であれば、文字1つ数字1つに至るまで憶えているだろう。

 であれば、大事になるのは未知の変数。つまり、今も成長して行っている他のウマ娘のデータとなる」

 

 歩さんが一度並べた紙束を纏めて整理し、新たな資料を取り出す。

 えーと……今回は20人分くらい? やっぱり海外遠征に行ってたこともあってか、ちょっと控えめだね。

 いつもなら30から40人分くらいデータが飛び出て来るんだけど……まぁレースってそもそも基本18人立てだし、厳選した20人のデータでも十分なんだけど。

 

 ブルボンちゃんがそれぞれの資料を手に取り、パラパラ捲って内容を検分する。

 私や昌さんはその邪魔にならないよう、他のものを軽く流し見ていくことにするんだけど……。

 

「あ、マチカネタンホイザちゃん。それにデザートベイビーちゃんにフルーツパルフェちゃんに……うん、ソウリちゃんの名前もあるか。

 やはりと言うか、見慣れた名前が多いですね」

 

 こう言ってはなんだけど、菊花賞はクラシックロードの敗者復活戦みたいなところがある。

 2000メートルの皐月賞や2400メートルの日本ダービーと比べて、3000メートルの菊花賞は単純なトップスピード以上に、非常に高い持久力が要求される。

 要するに競技性が違うんだ。正確には違うんだけど、短距離走と長距離走、って言えば伝わりやすいかな。

 

 だからこそ、皐月賞や日本ダービーで勝てなかった子でも、長距離への適性があれば勝機が生まれる。

 他2つは逃しても、せめてこのクラシックレースの一つは勝ち獲ろうと、ここを目指す子は多い。

 

 そして、その中には……私という縁を元にブルボンちゃんと走り、その上で「菊花賞でブルボンちゃんを超えてみせる」と誓った後輩ちゃんの名前もあった。

 

 

 

 資料の写真では、ピンク色のセミロングをたなびかせ、必死の形相で走る自称「普通の(モブ)」ウマ娘……。

 ソウリクロス。

 

 G3には勝てても、G2には苦戦する程度の素質しかないと、諦観交じりにそう自己分析していた彼女。

 けれど今、彼女は菊花賞の出走ウマ娘として、歩さんにマークされている。

 ブルボンちゃんが走るレースにおける、障害の1つと成り得ると。

 つまりは、このG1レースを走るに能うG1級ウマ娘であると、そう評価されているわけだ。

 

 実際、彼女のここ最近の戦績は、目を見張るものがある。

 5月から、出走した重賞含むレースで4連勝。特に目を見張るべきは9月、G2の神戸新聞杯では3バ身の差を付けて勝利を収めている。

 実は私、フランスからその時の中継映像見てたんだけど……うん、へたり込むくらいに全力でゴール板の前を駆け抜けた後、彼女はすごく良い顔をしてた。

 

 菊花賞のステップレースであるG2レースを優に勝ち切る実力があることや、歩さんが警戒対象に挙げたことからわかるように……。

 彼女がどう思おうと、もはやソウリクロスは「目を向ける必要もない雑魚」なんかじゃない。

 「歩さんとブルボンちゃんが叩き潰すべき大敵」だ。

 

 いつかホシノウィルムのようになりたいと夢を語り。

 けれど厳しい現実の前で、自らの不甲斐なさに苛立ち、けれどそれも呑み込んで奮起し。

 ブルボンちゃんとの差を理解して、それでもなお前を向いて走り続けると誓った彼女。

 

 ミホノブルボンにとっての1つの決戦の場たる菊花賞は、同時にソウリクロスにとっても決戦の場だ。

 いいや、きっと彼女たちだけじゃない。出走する18人のウマ娘全員にとって、このレースは少なからずこれからの運命を決定付ける一戦になり……。

 ……その中で、勝つことができるのは、ただ1人。

 

 そしてそれはきっと、もう2か月も顔を見ていない、小さくて可愛くて、けれど恐ろしくてたくましいあの子にとっても変わることじゃなくて……。

 

 

 

「……ん?」

 

 粗方の資料に目を通した私は、けれど1人のウマ娘のデータを見つけることができず、首を傾げる。

 

 いるはずのウマ娘が、いない。

 警戒対象になり得ない、つまりはこのレースに出走しない……?

 

 ……いいや、あり得ない。

 それはきっと、運命的にあり得ないはずだ。

 

 そう感じたのは私だけではなかったようで。

 資料から顔を上げたブルボンちゃんは、歩さんへ真っ直ぐに問いかけた。

 

「ライスシャワーさんのデータがありませんが、どうなっているのでしょうか」

 

 そう。

 歩さんが並べた中には、ライスちゃんのデータがない。

 

 私に憧れてくれる、健気で可愛い後輩。

 あるいは、前世アニメで、それまで無敗だったブルボンちゃんを菊花賞で下した、黒い刺客。

 もしくは、誰かに幸せを届けようと走り続ける、小さなヒーロー。

 

 彼女が、この菊花賞に出ないわけがない。

 なにせ……つい2日前、LANEでやり取りをした時にも、そんなことはおくびにも出していなかったんだし。

 

 

 

 何事かと首を傾げる私たちに、歩さんは……申し訳なさそうに、首を振った。

 

「……すまん。ライスシャワーのデータは、ない」

「ない?」

 

 今日、珍しいことばっかりじゃない?

 データ厨の歩さんが、他のウマ娘のデータを取ってこないなんて、こんなの滅多に……。

 

 ……いや、滅多にない、じゃない。

 在り得ないことだ、それは。

 

「ない、じゃなくて……取れなかった、が正しいんじゃないですか?」

「そうなるな」

 

 我が意を得たりと言わんばかりに頷く歩さん。

 そして彼は……呆れたような、けれど同時感心するような、複雑な感情を表情に出した。

 

「俺の目は、ウマ娘の能力を見抜く。見る事さえできれば、だが」

「海外遠征に行ってたから、ライスちゃんのことを見ることができなかった……なんて言いませんよね。

 歩さんのそれ、映像とか写真越しでも有効ですし、だからこそ既に20人分のデータはあるんでしょうし」

「そうだな」

 

 であれば……考え得る可能性は、ただ1つ。

 ちょっとばかり信じられないことだけど、ホームズ曰く「在り得ない可能性を排除した結果残ったものは、どれほど信じ難くとも真実」らしいし……。

 

 ……何より、ああ。

 

 ライスちゃんのトレーナーさんは、同時に、ネイチャのトレーナーさんでもあるんだ。

 あの子のトレーナーさんであれば……どんな奇策を取ってもおかしくないとも。

 

 

 

 内心で得心し、その思い切った計画に呆れる私の横で、ブルボンちゃんが答えを独り言のように口に出す。

 

「…………マスターの有する絶大なアドバンテージは、精密な観察眼。

 一目見るだけでウマ娘のポテンシャルを分析可能とするそれを完全に無力化するには……一切、姿を隠す他ない。

 だから……ライスさんは、そのために、出走予定であった京都新聞杯を回避した……? もしや、ここしばらく彼女の姿を見ていないことも……」

 

 彼女の言葉に、けれど歩さんは首を振る。

 それは否定であり、同時に部分的な肯定でもあった。

 

「いいや……アイツが、彼女のトレーナーが徹底しているのは、それだけじゃない。

 調べてみればわかるが、ライスシャワーは、俺たちがフランスに渡って以来、あらゆるメディアへの露出を完全に断っている。

 芸能関係の仕事を受けないだけじゃない。菊花賞に向けたインタビューすらも断り、SNSで写真が上がることすらもない。

 ……昨日アイツを探して、驚いたよ。ライスシャワーたちは今、陣営ごと、長期の合宿を行うという名目でトレセン学園を離れているんだ」

 

 ブルボンちゃんはそれを聞いて、ぱちくりと目を瞬かせる。

 まぁ、驚くよね。余りにも突飛な行動だし。

 

 それはある種、捨て身の策と言ってもいい。

 競走ウマ娘の仕事は、ただ走るだけじゃない。

 アイドルのようにファンを惹き付けるのも、私たちの大事なお仕事だ。

 だからこそ、レースの出走条件の1つに「付いてくれているファンの数」という複雑怪奇な指針があるわけで。

 

 メディアへの露出が減れば、世間はそのウマ娘を忘れる。

 世間から忘れられ、ファンが離れてしまえば、レースへの出走もできなくなる。

 それを避けるためにこそ、私たちは定期的に露出をしなければならないんだ。

 

 ……それなのに、ネイチャとライスちゃんは、それを放棄してる。

 

 それは、彼女たちのこれから先の人生全てにすら響く決断だろう。

 故障による休養もそうだけど、ただ一時でも世間への影響力がなくなれば、ファンは少なからず離れる。

 薄情だと思わなくもないけど、私たちはエンターテイナーでもあるわけで、仕事を放棄すれば相応のペナルティーがあるのは当然とも言えるよね。

 

 その上で。

 今後レースに出走しにくくなるという危険性すら呑み込んで、彼女たちは今回、ただ一度のチャンスを作り上げようとしたんだ。

 

 歩さんのアドバンテージである、観察眼を封じるため。

 ライスシャワーというウマ娘の、弱点と対策法を知られないため。

 

 そうすれば……あるいは、それだけで。

 ライスシャワーはミホノブルボンを破り、菊花賞に勝てるのだと信じて。

 

 

 

 本当、思い切りが良いというか、何というか。

 

「恐ろしいですねぇ……やっぱりネイチャたちが、一番恐ろしい」

 

 私の最強のライバルがトウカイテイオーならば、最恐のライバルがナイスネイチャだ。

 レースの行く末を、あるいは競走人生全てをベットして行われる策は、私の想定を遥かに飛び越えていく。

 

 ああ、認めよう。

 仮にトレーナー抜きのタイマンで戦えば、私はトウカイテイオーには勝てるだろうけど……。

 きっと、ナイスネイチャには勝てない。

 彼女の決死の策は、私の鱗を抉り剥がし、この身に楔を突き立てて来るだろう。

 

 

 

 ……が。

 

 私は、私たちは、1人で戦うわけじゃない。

 

「とはいえ、大きな支障はない」

 

 彼の不足を私が補うように、私の不足は彼が補う。

 同じように、ブルボンちゃんに足りない部分は……彼女のマスターが補う。

 

「アイツやナイスネイチャとの策の読み合いであれば、俺は負けるつもりはないし……。

 こんな資料を出しておいてなんだが、何よりも、俺たちはライスシャワーのことを気にする必要はないんだ。

 いつか言ったことに嘘はない。ミホノブルボンの戦いは……どこまでも、自分自身との戦いだからな」

 

 そう語るのは、焦りも混乱も一切を表情に浮かべず、淡々と事に当たる……。

 私たちの、頼れるトレーナーだった。

 

 

 







 そんなわけで、ウィルはしばらくレースお休みです。お前は(は)しりすぎた。
 今回の章は堀野君とウィル視点ではありますが、2人が主役ではない話が多くなります。なにせこの世界、彼女たちだけが主人公というわけでもありませんので。

 ……決して「今のウィルを主軸に据えても強すぎてドラマ性とか作れないしなー」なんて思ってるわけではありませんとも。ええ、決して。



 次回は今度こそ一週間以内。トレーナー視点で、不意打ちの再会の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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