200話も越えると「昔このタイトルのネタ使わなかったっけ?」って不安になって毎回投稿話一覧で検索かけてる。
俺の担当ウマ娘の1人、ホシノウィルムは、暫くレースへの出走を回避することとなった。
自分が下した決断とはいえ、正直に言えば、これに思うところがないわけではない。
ウィルの手前言わなかったが、俺だってトレーナー。担当を秋のG1レースに出したいとは思った。
愛バに活躍してほしくないトレーナーなど、この世界に存在するはずがない。
ホシノウィルムであれば、多少の適性と感覚の不一致があろうと、そしてテイオーやネイチャ、マックイーンにミークが相手だろうと、必ず勝つ。勝てるという、自信がある。
ファンが望み、本人が望み、そして俺もまたそれを望む。それならば、そうしない理由などないだろう、と。
……だが、俺は彼女のファンであると同時、大人でもあり、彼女の保護者でもあり、トレーナーでもある。
個人の私情や信条よりも優先すべきものはある。ホシノウィルムの今と未来なんかはその典型だ。
彼女はまだ子供で、視野も……まぁ転生者である都合上他の子どもたちと比べればだいぶ広いかもしれないが、それでもこれから先の未来の価値を正確に理解しているか、そしてそれを感情よりも優先できるかと言えば、否。
だからこそ、彼女のパートナーたる俺が、それを止めねばならない。
理性的で、冷静沈着で、初志を忘れず、目的と手段を取り違えず、ある意味で冷徹。
それこそが、ウマ娘のトレーナーたる俺が取るべき態度なのだから。
……しかし、それはそれとして。
ホシノウィルムのファンの1人でもある俺としては、やっぱりウィルの秋天勝利やJC連覇を見たかったという想いはあるわけで。
「……見たかったなぁ」
こうして彼女のいないところでぼそりと呟いてしまうくらいには、メンタルが落ち込んでもいたのだった。
久々に陣営揃って行った作戦会議、その翌日。
俺はだんだんと短くなっていく夕方、日が落ち切らない内にと、商店街へ買い物に出かけていた。
俺の担当ウマ娘2人の内ウィルの方は、これからしばらくの間、思考力増加能力なしで野芝に慣らし直すためのリハビリじみた軽いトレーニング……と、彼女が勝手にやる自主トレを行っていく。
正直、勝手に自主トレされるのは管理が難しくて大変なんだけど……ことウィルに限っては、3年に渡る研究で何をするかの予測は付くからなんとかなる。
そうでなくとも、彼女だって気持ち良く走りたいだろう。必要最低限の軽い忠告さえすれば、脚の負担になる程には走らないはずだ。管理もなんとかなる。頑張れば。
ともかく、ウィルの方はしばらくの間、走る量が減るのだが……。
対極的に、走る量がどんどん増えていくのがブルボンだ。
現在2年連続の逃げウマ娘による無敗三冠を期待され、そして誰より本人がその達成を渇望する彼女。
菊花賞も間近に迫る今、俺の日本帰国を契機とし、彼女はいよいよ追い切りに入ることになる。
追い切りとは、本番に向けて調整を完全なものにするため、苛烈極まるトレーニングを付けること。
露悪的に言えば、レース直前にウマ娘の体を壊れるギリギリまで追い詰める行為である。
ここ最近ウィルとかテイオーとかアンダースタンディブルとかブルボンとか、とんでもないギフテッドが連発しているので錯覚しそうになるが……。
多くの場合において、1つのレースに出走するウマ娘の身体能力それぞれに、大きな隔たりは生じない。
身体能力を数字で表せば、本来は99と100、101とかの、ほぼほぼ互角な能力での戦いになるんだ。
だからこそ、レースで大きく差を分かつのは、トレーナーと立てた作戦やレース中のポジショニング、長い時間で培ってきた技術、咄嗟の判断力……。
そして何よりも、ほんの少しのトレーニングによって培われた、爪の先程の素養の差だ。
先程挙げた例なら、100と101。
開いた差はたったの1、これは微妙な差にしか感じられないだろうが……。
そのたった1の差が明暗を分かち、刹那の不足と、クビ差やハナ差を付けた勝利を生むわけだ。
ウマ娘は少しでもレースの勝率を上げるためなら、何でもする。
その一環が、一着という栄光までに開いた距離を一歩分だけでも詰めようと、故障する直前、ギリギリまで体を鍛え抜くこと。
そしてそのための、極限まで妥協しないリスクを冒すギリギリ直前のトレーニングが、レース前の追い切りなのである。
勿論、それは我が陣営もまた例外ではない。
これまでウィルもブルボンも、レース直前には心身共に自らを追い詰めて来た。
……まぁ、以前のウィルは負けないことに命がけで、今のウィルは走ることを楽しみ、そしてブルボンの方はと言えば努力を苦としないタイプだ。
他のウマ娘たちに比べれば、精神的にはいささか余裕があるかもしれないが……。
ともあれ、彼女たちの心は摩耗しないとしても、体には疲労を蓄積させ。
そして同時、彼女たちが使うタオルとシューズ、ウェアも着実にダメージを負っていく。
と、かなり前置きが長くなったが。
要するに、消耗が酷くなる追い切り前に、必要な分の物資を買い込もうと商店街にやってきたわけだ。
トレーナーとしては度々必要になる買い出しである。
「……ん?」
ふと、デジャブのような感覚。
以前にもこんな状況があったような、なかったような。
その違和感の正体を思い出そうとして……ふと、去年の有馬記念の1か月前、俺が昏睡してしまった件を思い出す。
そう言えばあの日も、買い出しに行った時に事件が起こったんだったな。
あの日は殊更に思い悩んでいたわけじゃなかったが、段々寒くなっていく季節柄と買い出しという目的が、苦々しい記憶を呼び起こしてしまったらしい。
思い返すと、あれは本当に失敗だった。相手は気配を隠すこともできない素人で、その上そんなに強い力で押されたわけでもないのに、察することも踏ん張ることもできずに倒れ込むとか、当時の俺どんだけ衰弱してたんだ……。
まぁ、ふと発想はしたけど、ただの思い付きだ。
買い出しの度に事件が起こるわけもない。今回はさっさと帰って、明日に備えてデータの整理と書類製作に勤しむとしよう。
などと、そう思っていたのだが……。
後から考えると、いや本当、あんなことが起こるとは思わなんだ。
……知っていたはずだったんだけどな。
運命は必ずしも、道理と確率に依って紡がれるわけではない、と。
もっと言えば、そういうの全部飛び抜けてドラマチックに事を起こす、主人公みたいな子がこの世界にはいるってことを。
* * *
さて、そんなことを考えている内、大規模なスポーツショップに辿り着く。
トレセン付近という土地柄もあってしっかりとした品が揃う、トレーナーや競走ウマ娘御用達の店だ。
コスパ重視のものから性能重視のものまで、数々のメーカーのものが並ぶそこそこ潤沢な品揃え。俺もウィルやブルボンが使うものはここで買うことが多い。
本当は、タオルなんかはともかく、トレーニングシューズくらいウマ娘ごとの脚に合わせて特注した方がいいと思うんだが……。
幼少期、俺に「この辺りはやり始めると際限も天井もない」と語ってくれた父の忠言に従って、市販品で済ませている形。
今思うと、あの人も大概ウマ娘への愛が強い人だったし、何かやらかしてしまったことでもあったのかもしれない。やりすぎて堀野の財政傾けるとか。
今度帰省した時にでも聞いてみようか。父も話したい的なことを言っていたし……そう言えば、トレーナー業のこと以外を父と話すのは久方ぶり、あるいは初めてかもしれない。
と、少し話が逸れてしまった。
今は目の前の品揃えに集中しよう。
3か月ぶりに来た店だ、品揃えは変わっているだろうかと、まずは軽く全体を歩いてみる。
今日来たのはシューズと関節のサポーター、それからウィルが久々に飲みたいと零していたスポーツ飲料のパウダー、バンドエイドなどが目的だが……。
それ以外のものに関しても、新商品が出ていれば購入して試してみたい。
幸いと言うべきか、ウィルがとんでもない勢いで勝ち進んでくれたおかげで、堀野の資金に手を出さずとも、俺が個人で使える金はそこそこある。
その対価というわけでもないが、彼女たちを支えるため、金に糸目は付けないし手段は択ばないつもりだ。
何もスポーツ用品に限る話ではないが……。
商品というのは、金額の面で見て、大きく分けて3つの分類に区別できると思う。
まずは、非常に安価だが、信頼性に欠けるもの。
価格が安いことには相応に理由がある。無理に人件費を削っていたり、原材料の品質を落としていたり、だ。
安物買いの銭失いという言葉の通り、こういった品を買うのは少なからぬリスクになるだろう。
特に、トップアスリートであるウィルやブルボン、というか中央の競走ウマ娘に使うには余りに見合わないもの。当然ながら、この店にそういった品はない。
次に、非常に高価な代わり、その効能も高いもの。
価格は天井知らずな程に吊り上がっていき、それに従って品質も少しずつだが上がる傾向にある。
その辺りのバランスをどこまで妥協するかが肝なんだが……俺は思わず思考停止で一番高いの買っちゃいそうになるんだよね。昌にもツッコまれない、名家ムーブである。
ウィルやブルボンに買っていく品や俺が使うものなんかは、分類的にはここにあたる。彼女たちは日本で、そして世界でも最上級のアスリートなのだから当然である。
……が、この店にあるのはそういった品ばかりではない。
なにせトレセン学園に所属する競走ウマ娘の大半は、G1やG2に出ることは叶わない、オープン級のウマ娘たちなのだ。
そういった子の需要に応えるため、次の分類の商品がある。
最後にあたるのが、手頃な価格で揃えられたもの。
一般的な量販店に並ぶのは大抵がこれで、市場にも最も流通している、いわゆる「量産品」である。
複数の種類があるが、だからと言ってそこまで効能に差が見られないことも多く、故にこそどのメーカーのどの品を選ぶかが難しくなってくる。
俺としては、この分類の商品を買うことは多くないんだが……。
こういった値段帯の商品で破格の効能を持つ品が出ると、その業界が一気にブレイクスルーを起こし、基準が大きく変わることもある。
今回俺が棚を眺めているのも、買い出しついでにそんな動きがないかチェックしている、というわけだ。
とはいえ、たった3か月で商品の品揃えが入れ替わるかと言えば、そんなわけもなく。
非常に安価な部類には入らないものの、かなり安めの価格帯にいくらか見覚えのない商品がいくつか増えていた、という感じだ。
「取り敢えず買っておくか」
ウィルたちに使うことはまずないが、変則的な形状のサポーターなんかは、同期に話を聞いたりネットで評判を調べるなりで調べておいた方がいい。
案外こういう品から、新しい様式が一般化することも珍しくないからな。
……まぁ、珍しくないだけで、決して多くはないんだが、可能性が少しでもあるのなら検証に越したことはないからな。
あ、これちょっと前にテイオーがプロモーションしてたショルダーバッグじゃん。横にはウィルの奴もある。
……テイオーのバッグの方がちょっと少なくなってるの、なんかムカつくな。ウィルの協賛の奴3つくらい買っとこう、何かで使えるかもしれないし。
……さて。
俺がそんなことを思っていた時。
近くにあった、店の正面の自動ドアが開き。
1人のウマ娘がこのスポーツショップに入って来た。
当然ながら、他人を過度に見たりするのはマナー違反だし、そんなことをする必要性もないわけで。
俺は新たな客を気にすることもなく、小さなカゴの中にバッグを押し込むことに苦心していたわけだが……。
「Huh? ……Tr.Horino!?」
聞き覚えのある……けれど、決して今聞けるはずのない声が聞こえて来て、思考がフリーズする。
その声音も、発音も、イントネーションも、俺に向けられた感情も……。
声の主が、
だが、彼女がここにいるはずがない。
何故なら彼女が今いるべきは、遥か地球の裏側の西洋、イギリスの地であるはずなのだ。
俺やウィルが様々な手続きを終えてフランスの地を離れて、まだ5日と経っていない。
あの熾烈な凱旋門賞から数えても、2週間すら経過してもいないのだ。
そんな短期間で、彼女がここに現れるわけがない。
……ない、のだが。
咄嗟に俺が目線を向けた先には、1人のウマ娘がいた。
黒いマスクを身に着けてサングラスをかけ、クセのある金の髪にヘアアレンジを加えることで、変装を図っているらしいが……。
その程度で、日本のウマ娘には見られない、彼女の黄金のような輝きが褪せることはない。
そして、あるいは勿論と言うべきか、魅力的なのは単純な外見だけではない。
立ち振る舞いも言葉の1つ1つも、その尽くが傲岸不遜とすら思える自信と誇りに満ち。
しかし、たった1年でウィルに並ぶ素養を身に着けたことが、ただの空虚な妄信でないことを証明している。
ウィルとはまた違う、遥かな美貌と強者としての実力を兼ね備えた、競走ウマ娘。
欧州に突如として咲き誇った大輪、ただ一人光り輝く英雄……。
アンダースタンディブル。
彼女はその金の瞳を大きく見開き、その整った顔を驚愕に染めていた。
……多分、俺も今、同じような表情をしてると思う。
* * *
ウィルと凱旋門賞を競った優駿、アンダースタンディブル。
結果として、レース自体はウィルが勝利したものの……。
見る者が見れば明白にわかっただろう。
アンダースタンディブルは、決してホシノウィルムに劣っていたわけではない。
ただ、レースへの経験値の不足や、努力する凡才──まぁ、あの子が真に凡才であったかと言えば決してそんなことはないと思うが──の脅威を知らなかった、というだけ。
シンプルな身体能力や技術のぶつけ合いになれば、彼女はおおよそウィルと対等だった。
ゲームに例えるなら、ステータスは互角なもののレベルが大きく劣っている、とでも言うべき状態で。
レベル差による補正、これまでの経験の違いによって、アンダースタンディブルはウィルに敗れた。
けれど、逆に言えば。
本格化も終盤、殆ど完成されたと言っていいホシノウィルムと、まだ本格化して1年強のクラシック級のウマ娘が、互角に勝負を繰り広げたのだ。
それは、決してアンダースタンディブルの実力が低いことを意味しない。
むしろ彼女の溢れんばかりの才能、彼女が作るだろう新時代を思わせるものだった。
英雄は墜ちることなく、未だ健在。
レースから一週間程度が経つ頃には、その認識は欧州に広く認知されていた。
故にこそ、彼女はこれからも当地でその健脚を見せつけ、多くの夢を破り、それ以上の数の夢を叶えていくのだろう……。
……などと。
正直に言って、俺は他人事としてぼんやり思っていた。
ウィルは「また走ろうって約束したんですよ」なんて言っていたが、やはり海外のウマ娘である以上、ウィルが一緒に走る機会は限られる。
アンダースタンディブルは、ただでさえ今年の4月からずっと、毎月1つ以上のペースでレースに出ている。
ここ5回は全てG1レース、前回なんて凱旋門賞だ。脚にだって疲労も溜まっているだろう。
であれば次にウィルと彼女が走るのは、そして俺が彼女と顔を合わせるのは、どれだけ早くとも半年以上後。
現実的に考えれば、来年の凱旋門賞かジャパンカップ辺りになる、と。
……なんだろう、うん。
俺って結局、自分の物差しというか、自分の常識の中で考えちゃってたんだよな。
さて、予想外の邂逅から、おおよそ10分後。
スポーツショップを出てしばらく歩いたところ、街路樹の下に作られたベンチ。
買い物を終えた俺たちは、そこに座って話をすることにした。
アンダースタンディブルとは、陣営としてはライバルの関係ではあるが、個人的な交友関係としては知らない仲でもない。
というか、一度話すことがあって、それなり……というかかなり気が合う方だということが判明したんだ。
いや、なんかこう、レース論とか考え方とかが結構近いんだよね。それでいてやっぱりトレーナーとウマ娘で視点が違うこともあって、話していて実になるというか。
俺の陣営のウマ娘って、ウィルはああ見えて走りについては結構感覚派だからあんまり理屈のある話はし辛くて、ブルボンの方は俯瞰的に見がちだからか俺との視点のズレが少ないし全肯定されがちなんだよな……。
だから、建設的に話せる上、時折ちゃんと否定意見を出してくれる話し相手っていうのは、これがなかなか新鮮で話していて楽しいんだ。
ついでにウィルが大好きって意味でも気が合うしね。
相手の方もそう思ってくれているのか、1か月と少しぶりの邂逅ではあったが、かなり親し気に話してくれた。
『いやーびっくり、まさかまた堀野トレーナーに会えるなんて!』
『こちらこそ、だ。全く、ここ今年一番肝が冷えたぞ』
『え~本当? 春天でホシノウィルムがトウカイテイオーに並ばれて写真判定になった時より?』
『あの時はウィルの勝利は確信していたからな。トウカイテイオー「も」勝つかどうかはわからなかったが』
『うーん、信頼! まぁ私もそう思ったけどね! あ、じゃあ私がホシノウィルムを追ってる時は?』
『ネディリカ辺りが爆発して君を抑えてくれると信じてた』
『あーやっぱりアレあなたの仕込みだったんだ! 流石は張り詰めてたホシノウィルムにセイウンスカイぶつけたトレーナー、何でも利用してくるねぇ……!』
『日本には「立っている者は親でも使え」と言う言葉があるくらいだからな』
『日本こわ~。……ま、アレは私のミスだったけど、もう繰り返さないよ? あと私のサブトレーナーになってくれたりしない?』
『しないよ?』
そう言って勝気でどこか妖美な視線を向けて来るアンダースタンディブル。
その金の瞳は……ああ、やはり、以前とは少し違うな。
『あーあ、アレさえなければなー。すんごい全能感あったし、絶対ホシノウィルムに勝てたのに~!』
『イフを語ってどうする、ネディリカの研鑽が君の才能を打ち破ったというだけだぞ。そして結果は結果、俺たちの勝ち、ホシノウィルムの神話は絶賛編纂中だ』
『ぐぬぬ、大人げないぞー! そっちだってネディリカの覚醒っぷり読み違えてウィルムに領域使わせて敗北寸前になったくせに!』
『くっ、それを突かれると痛い……。実際俺もあそこまでガンメタ領域とは思わなんだが、まあ俺が読み違えた分は愛しい相棒が補ってくれたからヨシ! ウィル超可愛い上に天才すぎて鼻高々! あー俺の担当最高!』
『ホシノウィルムが最高なのはそうだけど、他所の陣営のウマ娘に惚気るなー! 迷惑料としてサブトレーナー就任を要求する!』
『俺の身柄安すぎない?』
……しかし、俺はこれでも、生まれて以来名家でレースというものを学んできた男。
そんな俺と話が合ったり意見を飛ばしたりできるってことは、まだ中等部2年の子供でありながら、彼女のレースへの理解度がかなり深いってことでもある。
多分テイオーのそれに近い、「
そして、彼女のそれはテイオーと違って、なんというか……感覚的なことは変わらないんだが、テイオーとは違って芯を突いてるというか、根幹の理屈部分をキッチリ掴んでるんだよな。
そうなると、同年代の子たちとは話が合わないことも多いだろう。なにせ彼女が言うレース論を即座に理解してくれる相手はそうそういないだろうし。
だからこそ、こうして対等にレースについて話す相手は少ないのかもしれない。
ベンチでぷらぷらと足を揺らす彼女は、いつもの掴み切れない英雄と言うよりは、極々普通の女の子に見えた。
まぁ、流石に彼女のトレーナーとは話せていると思うが……。
トレーナーとウマ娘として話すのと、個人的な友人と話すのじゃ、やっぱり色々と違う部分もあるんだろうな。
さて、ある程度旧交を温めたところで……。
俺は、本題を切り出した。
『それで……なんで君は日本にいる?』
アンダースタンディブルがここにいる理由。
全く以て想像も付かないわけでもないが、納得できる回答は俺の中になかった。
俺が掴めていない以上、アンダースタンディブルが来日するという情報は表沙汰にはなっていないはずだ。
つまるところ、競走ウマ娘としての仕事ではなく、個人的な理由での旅行であると考えられる。
……と、普通のウマ娘であれば、それで納得がいくんだが。
アンダースタンディブルは、欧州のホシノウィルムと言っていい。
現在最もファンから注目され、その道筋に栄光あることを望まれる、スターウマ娘である。
ホシノウィルムがURAにいい感じに囲われているように、あちらのレース運営団体はアンダースタンディブルを全力で囲い込みに行くだろう。
そんな子が他の国に渡るとなれば、たとえ個人的な都合だとしても、色々理由を付けて政治的な動きが生まれるはずだ。
そんな動きがあれば、俺の情報網に掛からないわけがない。
となれば……まぁ、最悪の可能性が見えて来る。
『一応言っておくが、俺は競走ウマ娘である君の健康と安全のため、君のトレーナーに情報を伝達するという選択肢を持っている』
俺はじとっとした目を彼女に向けたんだが……。
対するアンダースタンディブルは、慌てたように手を振った。
『いやいやいや、別に不正とか独断じゃないからね!? ちゃんと許可は取ってるって!』
『ほんとぉ?』
彼女のトレーナーとは殊更に言葉を交わしたことがないが、今のところ、殊更に変人であるイメージもない。
ここまで有名になった競走ウマ娘を遊ばせるような人であるとは思い難いが……。
俺の目線から疑念が晴れないのを見て、アンダースタンディブルは『違う、違うから!』と首を振り、全力で弁明を試みた。
『というか多分勘違いしてるんだろうけどさ、そもそも私はちゃんと理由があって来たんだよ! 別にホシノウィルムが生まれた場所だからって遊びに来たわけじゃないの!』
『はぁ……そうですか……』
『全く信じてない!?』
この子、一時期のネイチャと模擬レースにお熱だった頃のウィルによく似てたからなぁ。
他所には他所の都合があるとはいえ、少なからず心配になってしまう。
『いや本当に! 嘘じゃないって!』
『なら、こっちに来た用を言ってみなさい』
……そして、心配であると同時。
アンダースタンディブルから情報を引き出すというのも、ウィルのトレーナーたる俺の仕事である。
個人的な交友の中でそういった情報戦をするのは、少しばかり無粋なのだろうが……。
名家生まれの身からすると、こういうのは割と普通だったりするんだよね。
互いに吐き出す言葉の1つ1つに意図があり、1つ1つが相手の出方を窺うもの。これでも俺はそういう世界で生きて来たわけで。
こちらの流儀を押し付けるようで申し訳なくはあるが、俺にとって一番大事なのは担当の栄進であって、この子ではない。
騙して悪いがトレーナーなんでな。教えてもらおう。
……などと、冗談めかして考えていた俺だったが。
それに次ぐ彼女の答えに、目を見開くことになる。
『そりゃあジャパンカップに出走するためだよ!
この時期に競走ウマ娘が日本に来る理由なんて、それくらいしかないでしょ!』
『……は』
正直に言って。
その言葉は、完全に俺の想定の外にあった。
アンダースタンディブル。
彼女は4月から、実に半年以上の間、月一以上のペースでレースに出走し続けている。
殊にここ5回は全てG1レース、前回などあの凱旋門賞だ。
相当に頑健な脚をしているウィルでさえ、去年の弥生賞、皐月賞、ダービー、宝塚というローテでは──まぁあの子が制止も聞かずに無茶をしまくったというのもあるが──相当に脚を追い詰めてしまった。
当然、今のアンダースタンディブルの脚には相当の負担がかかっているはずだった。
彼女にとっての最大目標は、ウィルと競える凱旋門賞だったはず。
だからこそ、そこが終われば……少なくとも2、いや3か月は休養を挟むものとばかり思っていた。
……が、しかし。
目の前にいる怪物は、どうにも俺の物差しでは測れない相手だったようで。
彼女はにこやかに、嬉しそうに、未来を語る。
『ホシノウィルムと約束したからね! 「また走ろう」って!
だからトレーナーにお願いして、ジャパンカップに出走登録してもらったんだ。ギリギリだったけどねじ込んだよ~って言ってた!
ホシノウィルムだったら絶対ジャパンカップに出て来るよね? そこでリベンジするから!』
俺は、そんな彼女の瞳に、惹き付けられる。
……いやはや、まったく。
なんとも、見覚えのある目をするものだ。
彼女のトレーナーも、この目にしてやられたのだろう。
ウマ娘の、もっともっと走りたいという、純粋な欲。自分の脚を信じてほしいという願い。
これを前にして、頷かずにいられるトレーナーなど、どこにいようか。
……だが。
俺には2つ程、彼女に訊くべきことと言うべきことがあった。
取り敢えず……話が通じる内に、彼女への疑問から口に出そうか、うん。
言うべきことを言うと、彼女が爆発するのは目に見えてるし。
『なるほど、君の言いたいことはわかった。
……だが、それならば何故、この来日を公式に発表していない?』
『それは……その。私ってすごい人気じゃない? もし日本にいるって知られたら、菊花賞を直に観戦できなくなるかもなーって』
『君、レース場まで見に行くつもりか』
『当然! 去年ホシノウィルムが勝ち獲ったレースで、今年新たな注目株が生まれるレースだもん!
今やあっちでも日本はかなり注目されてるんだよ? 中継で見る人も少なくないと思う』
『それは嬉しいが……しかし、多分それを伝えれば、招待客扱いで見られると思うが?』
『いや違うんだよ! お客さんじゃなくてファンとして見に行きたいの! わかるでしょこのファン心理?』
正直わかる。
俺もあの子の大ファンだし、時々トレーナーじゃなくファン視点が混ざることはあるしな。
秋天とJCで走ってほしい、という気持ちなんかその典型例だろう。
ま、俺はトレーナーという立場上、客として彼女の走る姿を見ることはできないが……。
『だから菊花賞が終わってから来たことにしよう、って話になってるんだ。
……あ、堀野トレーナーだから明かしたけど、これオフレコだからね? トレーナーとお偉いさんしか知らない超超極秘情報なんだから』
……なるほど、正体を隠した彼女であれば、それも可能というわけね。
個人的な都合で自分の居場所を欺瞞するのは、立場的にあまり褒められたことではないと思うんだが……。
こう考えるのは、俺の出生故だろうか。普通の子はもうちょっとその辺緩いのかな?
……いや、この子が殊更に緩い、と考えた方がいいか。
どうやら自分がどう見られてるかをあんまり意識しないタイプっぽいし……。
うん、彼女のトレーナーも苦労してるんだろうな……俺と同じくほぼほぼ新人って話だったし……。
しかし……それはそれとして。
ただウィルが勝ったレースというだけでなく、新しい注目株を見つけるために見る、か。
予期していたことではあるが、彼女は自分で語った通り、あのレースを経て視野の狭さという弱点を潰し、同時に多くのウマ娘を見る俯瞰視という強みへと転化させ切っているらしい。
まったく、天才っていうのはこれだから困る。
一度の失敗で十も百も学ぶその姿、見習いたいものだね。
……が、それはそれとして。
彼女にはもう1つの案件、彼女にとってのとても大きいだろう悲報も伝えねばならない。
これから先に起こる大爆発を思って俺は思わず苦笑し、しかし黙秘するわけにもいかないので、努めて感情を押し殺して口を開いた。
『それからもう1つ。期待してくれている君には、申し訳ないことを告げなければならない。できれば怒らずに聞いてほしい』
『ん? なになに? 言ってみてよ、優しい優しいアンちゃんを怒らせるのはなかなか骨だよ~?』
こてんと小首を傾げて笑う彼女に、俺はおかしさと申し訳なさの入った苦笑を浮かべ……言った。
『悪いんだが、ウィルはジャパンカップは回避するんだ。君と同じように、公表は少し先にするつもりだが』
『……………………はえ?』
すげー怒られた。
というわけで、海外遠征編でのメインライバルのアンちゃんことアンダースタンディブル、まさかの続投。
一世一代の大勝負に向けてかなり過密なローテをこなした後、決戦の際は予想外の刺客により惜しくも敗北、しかしへこたれることもなく推しを外国まで追いかけて再戦吹っ掛けるバーサーカーっぷりは流石の堀野君も想定外。
なお再戦は叶いません。残念だけど当然。
とはいえ、本編にガッツリ絡んで来るみたいな感じではなく、これまで通り他陣営として存在という距離感です。
本編のアクセント程度に楽しみにしていただければと思います。
……ついでに、なんかいきなり襲いかかってきた若き黄金の英雄を、ウィル抜きの日本勢が止められるのか、というのも楽しみにしていただければと思います。
次回は一週間以内。ホシノウィルム視点で、後輩と先輩との話。
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!