転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 凱旋門賞ウマ娘なんかと同じレースになんか出られるか! なんだか今日は風が騒がしいけどターフと芝の様子見に行った後風呂入るわ! ん? こんな時間に来客か?(突如として差しこまれる過去回想)





私、ジャパンカップで日本のウマ娘が勝ったら結婚するんだ……

 

 

 

 すごいことになってしまった。

 

 私こと競走ウマ娘ホシノウィルムは、今年の初めに発表したローテーションでは、フォワ賞から凱旋門賞、帰国したら秋天、ジャパンカップ、そして有記念というルートを辿る予定だった。

 要するに、海外遠征から帰ったらドタバタしながら急いで調整、そのまま休みなく秋シニア三冠を目指す、という形ね。

 

 どうやら世間的には、これはかなり厳しいローテーションと思えるらしく、同室のミーク先輩とかネイチャからは「……脚は大丈夫なんですか?」「いやアンタまた骨折する気?」なんて言われてしまったけど……。

 歩さんが「勿論状況を見ながらだぞ?」と念を押しつつも許してくれたってことは、想定される骨折のリスクはかなり少なかったんだろうね。

 我ながら、お母さんとちゃんと血が繋がってるのか怪しくなるくらい頑健な脚だなーと思う。やっぱりこれも転生チートの一部だったりするんだろうか?

 

 ……が、しかし。

 ここで問題が発生した。

 私のチートが……思考力を増加させる「アニメ転生」が、歩さんの計算を狂わせてしまったのだ。

 

 チートというのは、元となったゲーム関係でもそうだけど、往々にして想定外の挙動をするものだ。

 理屈に合わない。法則に則らない。想定を遥かに超えて、不可能なはずの結果を残す……。

 そう、この世に非ざる現象を引き起こし、あらゆる計算や想定を狂わせるからこそ、転生チートは「チート」足り得るのだ。

 

 私のアニメ転生もそういう部類の能力なわけで、だからこそライバルに対して大きな大きなアドバンテージになるんだけども……。

 同時、味方である歩さんの想定すらも裏切ってしまうこともある。

 

 その結果が、天皇賞とジャパンカップの出走回避に繋がってしまったんだけど……。

 

 これは何も、私だけの問題に留まらず。

 クソデカ問題へと波及してしまったのだった。

 

 

 

『さて、神龍ホシノウィルム、残念ながら天皇賞とジャパンカップ回避を発表したわけですが……これについて、皆さんどう思われますか?』

『彼女の脚を気遣った陣営の判断は確かに正しいものだと思いますよ。今や彼女の存在は日本という国の誇り、その象徴ですらあります。万が一にでも事故など起こせませんからね。

 ……しかし、個人的な感想を言うのなら、やはり今はひたすらに「残念」という感情が強いです。

 凱旋門賞という舞台を走り、世界を知り、そして広い世界の中でも頂点となった彼女。再びトゥインクルの舞台を走る彼女を見たいと望むファンは多いでしょう。

 陣営としてはまだトゥインクルシリーズで走ることを目しているのが不幸中の幸いですね』

『しかし、もはや彼女はトゥインクルに収まる器ではないでしょう。やはり次のステージであるドリームトロフィーに進んで欲しいという意見も当然あるはず。

 私としても、新たな優駿の誕生を見たいという意味で、ホシノウィルムにはドリームトロフィーで走ってもらう方がいいのでは、と思ってしまいますね』

『いやでもですよ? トゥインクルシリーズに比べてドリームトロフィーはやはりレースが少ない! ホシノウィルムのあの苛烈な走り、熱いレースを見ることができる回数が減るのは損失! 日本全体の損失ですよ!』

『損失と言いますがね、それを言うのなら新たな世代が日の目を見ることができないことこそ損失でしょう。

 ホシノウィルムが優駿であることは疑いようのない事実ですが、だからと言ってレースシリーズは彼女一人のものではありませんよ?』

『話題が逸れていますね。そこについては後で話すとして、ジャパンカップ回避についてに戻りましょう。私としてはやはり、彼女が攻めの日本総大将だとすれば、このジャパンカップで海外ウマ娘たちを誰が撃退するのかという、言うならば守りの日本総大将が誰になるのかが気になっていて……』

 

 

 

 

 以上、寮に入った際にチラ見した、テレビの番組でした。

 

「ひ、ひぇ~……」

 

 ぶっちゃけて言うと、ちょっと怖い。

 

 私がちょっと出走回避しまーすって発表したら、その僅か数時間後に番組が組まれて差しこまれ、生放送が行われるこの事態。

 ウマチューブを見ても、かなり多くのウマチューバーたちが生放送で私の出走回避の意図を深読みしたりとかこれからのローテーション予想を書き変えたりとかしてるし。

 なんなら自動翻訳をかければ、海外のレース関連のニュースサイトの一番上に私の名前が出ている始末だ。

 

 不幸中の幸いなのは、大抵のメディアが事故のリスクを考えれば仕方のない妥当な判断だって言ってくれてることだろうけど……。

 

 私、気付けばすんごいところまで来てない?

 いやまぁそりゃあね? 世界最強のウマ娘ですし? 当然と言えば当然なんだけどさ。

 

 でもやっぱり驚くっていうか……ちょっとだけ、ちょっとだけね? 怖い。

 私、つい2年前までは誰からも知られない普通のウマ娘だったのに、歩さんたちと一緒に歩んでいる内に、気付けばすんごいところにまで来てしまった。

 これの何が怖いって、私は歩さんとか昌さんと違って、そういうすんごい立場に立った時のための教育とかを受けてないってことだ。

 こういうことはしていい、こういうことは避けるべき。そういった「注目される立場」の立ち回りがちゃんとわからないっていうか、確証がないっていうか。

 

 いや、一切されてないわけじゃないんだよ?

 一応皐月賞に出た前後くらいで、歩さんから「これから君は加速度的に注目を集めるだろう。玉虫色に解釈できる言動に気を付けて、なおかつ自分に自信を持つように」と注意はされている。

 ついでに言えば、まぁ私も元オタクだし? そういう立場の人間がどういう立ち回りをすべきか、というのは想像が付かないでもない。

 

 でもそれは、あくまでフィクション的理解、言うならば机上の空論でしかない。

 人もウマ娘も変わらず、走りであるなしも問わず、技術というのは実際にそれを行うことで慣れていき、少しずつ身に沁み込ませるもの。

 見て学ぶ、教えられて学ぶだけで百発百中にこなせるのなら、G1ウマ娘なんてそこらじゅうに転がっているだろう。

 

 つまるところ、何が言いたいかと言えば……。

 ある程度の肝の太さを自負する私でも、こんな短期間で世界規模の有名人となると、流石にちょっとくらい不安にはなるってことだ。

 こういうのにも慣れたと思ったんだけど、凱旋門賞に勝ってからは更にドンとスケールが上がっちゃったからなぁ……。

 

 ……ふと、もし今ウマッターですんごい発言とかしたらどうなるんだろうと考える。

 多分何百万リウマートされて拡散された後、歩さんに青い顔でウマッターのアカウント取り上げられて、次に書くのは謝罪文になるんだろうなー。

 ……うわ、その時歩さんに失望されるんじゃないかと思うとゾッとする。

 

 いや、勿論やったりはしないけどさ。

 なんだろう、10階くらいのビルに登って地上を見下ろした時、「ここから飛び降りたら死んじゃうんだろうなー」って思ったりするじゃん? そういう感じね。

 

 

 

 さて、そんなことを思った私は、肩提げのスポーツバッグと授業用のリュックを持ち直して、ひとまず自室に向かおうとしたんだけど……。

 

「ウィルム先輩!」

 

 見つかった。

 

 ……ちょっと話は逸れるけど。

 時に、トレセン学園ってかなりマスコミに強いんだよね。

 人間とウマ娘の警備員さんがかなりの数いて、学園敷地内への立ち入りをガッチリガードしてくれてる。

 なんでもここ何代かの理事長さんが「彼女たちはアスリートである前に一人の年若い子供、そのプライベートも守れず何が学校か!」って方針だったらしく、この辺はすごく力が入ってる。

 だからこそ、私たち競走ウマ娘は外に情報を漏らすことなく、陣営毎にトレーニングを積んだり作戦を立てたりすることもできるわけだ。

 

 だけど、私たちは情報を完璧に隠蔽できるってわけではないんだ。

 内と外に強固な壁を作れば、外からの攻撃や衝撃にはとても強くなるものの……往々にして、内からの攻撃に対して脆くなってしまう。

 

 つまり、金のために情報を集めようとする輩の立ち入りは防げたって、推しへの応援と好奇心からツッコんで来る少女たちのアタックまでは防げないってこと。

 

 そんなわけで、寮に入ってすぐ、テレビの置いてある共用部。

 こっそりと自分の部屋へ歩いていた私は、集まって何か話していた後輩ちゃんたちに見つかり、囲まれてしまった。

 

「先輩、先輩先輩! ようやく見つけました! 改めて、凱旋門賞勝利おめでとうございます!!

 テレビで見てました、すごかったです! あのアンダースタンディブルをズバーって切り捨てるみたいで!」

「おかえりなさい、ウィルム先輩! あ、もしかしてトレーニング帰りですか? 今日はどんなトレーニングしてたんです? 勿論言っちゃだめなら大丈夫ですが!」

「先輩、相変わらずちっちゃくて可愛い! あ、ガムとかいります? ミントですけど」

 

 内心で「ぐえー」と悲鳴を漏らす。

 私、元オタク、人混みウマ混み、苦手。

 

 いやまぁ、仮に私がもうちょっと、あと20センチくらい身長が高かったら話は違ったと思うんだよね。

 けど、現実の私の身長は、本格化が始まった時と変わらず、145センチちょい。

 本格化を遂げたウマ娘には160センチとかの子も珍しくない中、私はかなり背が低い方に分類される。

 

 つまりは何が言いたいかと言えばですね、後輩ちゃんたち5人くらいに取り囲まれると思いっきり埋もれる。

 私の視線は後輩ちゃんウォールに阻まれて、まともに周りも見えなくなってしまうんだ。

 そんな状態で全員が全員それぞれハイテンションに動き回るし、勿論その熱気とか熱意もすごくて、ちょっとクラクラしてしまうってわけ。

 

 好きな人にはアピールできない、レースではそこそこ不利になる、その上こうして取り囲まれるのもキツい。

 本当、ちっちゃいって損だね。あと10センチ身長が欲しかった……。

 

 

 

 ……とはいえ、だ。

 先程も思っていた通り、私は既に世界でも注目を集めるウマ娘。

 後輩ちゃんに取り囲まれたくらいで無様な姿を晒すわけにもいかないので。

 

 そんなわけで、カッコ良くて余裕ありげな先輩としての仮面をかぱっとな。

 

「あはは、ありがとう。みんなの応援のおかげで勝てたよ。

 トレーニングの内容は教えられないかな。公開トレーニングじゃないからね。是非次回出走する予定の有記念でその成果を確かめてほしい。

 それと、可愛いっていうのは嬉しいけど……ガムは遠慮しようかな、噛むと満腹中枢が刺激されちゃうし、夕飯前に食べるのはあんまりね」

 

 そう言ってちょっと艶っぽい苦笑を浮かべると、後輩ちゃんたちは黄色い悲鳴を上げてくれた。

 うん、まぁ、なんだ。気に入っていただけたなら何よりです。

 

 最近は陣営内や友人には素顔見せがちな私だけど、手前味噌ながら、仮面を被って演技をするのはかなり上手いつもりだ。

 こうして年下のファンに綺麗な顔を見せるのも、そう難しいとは思わない。

 もう1年間も繰り返して、慣れちゃったしね。

 

「さて、ごめんね。荷物を置いてご飯を食べたら、自主トレに出ないといけないから」

「さ、流石のストイック……」

「ごめんなさい、行ってらっしゃいです!」

 

 後輩ちゃんたちも悪い子たちではない。というかただ単に、史上初の日本の凱旋門勝利とホシノウィルムという存在に舞い上がっちゃってるだけだ。

 ウマ娘たちの御多分に漏れず、彼女たちも素直で優しい気性をしており……。

 申し訳なさそうな顔で一言断れば、当然道を開けてくれる。

 

 いや実際申し訳ないとは思うんだけど、歩さんから過度のファンサは止められてる身。

 これ以上ファンである後輩ちゃんたちに付き合ってあげるのは難しいんだよね……。

 

 

 

 ……と、そこまで考えて。

 

 ふと、「ファン」ではない、1人の後輩ちゃんのことを思い出す。

 

 ブルボンちゃんではない。確かに彼女は私の「ファン」ではないけど、つい数時間前にも顔を合わせたし。

 ライスちゃんでもない。歩さんの言葉が正しければ、私は多分菊花賞当日まで顔を合わせることはないと思う。けどLANEでよくお話はしてるし、一昨日もレースで追われる側の思考について聞かれたりもした。

 

 私が思い出したのは、ここ最近、あまり接点のないウマ娘で……。

 

「……そう言えば、ソウリちゃんって最近どんな感じ? 確か仲良くしてたよね」

 

 ピンクちゃんもとい、ソウリクロスちゃん。

 私に憧れてくれた逃げウマ娘であり、今はブルボンちゃんへと挑まんとする一人の競走ウマ娘。

 

 完全になくなったわけじゃないけど、最近は彼女との接点が少なかった気がする。

 LANEも……多分、5日くらい来てないかな?

 

 だから、ちょっと気になって聞いてみたんだけど……。

 後輩ちゃんたちの反応はそれぞれ。得意げにする子もいれば、不安そうに目を合わせる子たちもいた。

 

「ソウリ、すっごく頑張ってますよ! まさかの菊花賞出走ですからね、友達としては遠いところに行っちゃったなーって感じが半分と誇らしい気持ちが半分!」

「ていうか頑張り過ぎ? 合宿の時の入れ込み様すごかったよね? 夜なんて就寝時間越えても帰って来ない日とかあったわけだし」

「まぁG1に出走するとなればそれも当たり前っちゃ当たり前だけどね。ただでさえ今年の菊花賞、ウィルム先輩と同陣営の逃げウマ娘が出るんだよ? 先輩の大ファンだった上、ブルボンちゃんと同じ逃げウマ娘のあの子としては思うトコあるでしょそりゃ」

「あ、とはいえ別にめっちゃ感じ悪いとかじゃないですよ? 良い意味で気合入ってるなーって感じで、だから私たちもレース終わるまでは声かけないようにしよーって」

「ふむ……そっか、ありがとう」

 

 

 

 極端なことを言えば。

 私は、あらゆるウマ娘に、極限まで強くなってほしい。

 その理由は単純で、その方がレースが楽しくなるから。私が相手の走り、追い詰められる感覚をもっともっと楽しめるからだ。

 

 私も歩さんも、世間のファンや他のウマ娘たち程、勝利を渇望してるわけじゃない。

 ホシノウィルムと堀野歩の最大目標は、目の前のレースを最大限に楽しむこと。それはもはや暗黙の了解だ。

 だからこそ、より私たちを追い詰めてくれる、楽しませてくれるウマ娘の登場は望むところだし、何ならそのために惜しみなく技術とか感覚を教えたりもする。

 

 勿論、そのためならレースに勝てなくてもいい、というわけじゃない。むしろ勝利は前提だ。

 

 そもそも勝負は白熱すればする程に楽しいもの。

 相手が強くなるのなら、その分私だって強くならなくては礼を失するというものだろう。

 誰かに1つの技術を伝えるのなら私は2つの新たな技術を身に着けるし、誰かのトレーニングに付き合うのなら私も個人で2倍の時間トレーニングを積む。

 

 そうやって、皆はどんどん強くなり、私はもっともっと強くなる。

 それこそが、私、ホシノウィルムの理想だ。

 

 そして、その意味において。

 新時代のライバルが、本気で牙を研いでいるという情報は……。

 

「……ふふ。面白くなってきたね」

 

 私に、自然と笑みをもたらすに足るものだった。

 

 

 

 ……かつて、歩さんは言っていた。

 アンダースタンディブルという優駿は、努力する凡人の強さを知らない、と。

 

 そう、まさしくその言葉通り。

 あの凱旋門賞で、彼女はネディリカという視界の外から跳んで来た刺客に差され、その勢いを完全に失ってしまった。

 まぁアレだけの走りができるネディリカが凡人かは、一旦さておいて。

 

 全くマークしていなかったウマ娘の、不意の活躍。

 たった一つの小さなピースが加わることで、想定していたあらゆるプランが瓦解し、レースの色が塗り替わる。

 それは決して珍しい話ではない。むしろよくある、ありふれた話だ。

 

 ……では、果たしてソウリクロスは?

 

 1番人気となるだろうミホノブルボンと同じ逃げウマ娘。

 現状、人気としては決して振るわず、国内頂点であるG1においてはその素質も下から数えた方が早いだろう、競走ウマ娘の一人。

 

 彼女は、果たして菊花賞において、どのような色を残すのだろう。

 

 それが打ち崩すプランは、他のウマ娘の存在を感じて掛かることが禁忌とされるブルボンちゃんの走りか。

 それとも……。

 

 ふひひ。楽しみだねぇ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、それからおおよそ3時間後。

 

 私はその日の自主トレ──歩さんに「今はとにかく負荷を溜めるな。レースでのローペースも出しちゃ駄目」と言われている以上、自主トレとは名ばかりで、実際にはジョギング程度ではあったんだけど──をこなし。

 特に誰かに会うとか何かが起こるとかのイベントもなく、栗東寮に帰り着いた。

 

 当然と言えば当然の話だけど、既に夜も深まって来ている現在、栗東寮の入り口は施錠されている。

 私たちウマ娘は人間に比べるとだいぶ力持ちではあるが、それでも年若い女の子であることには変わりはない。良からぬことが起きないように対策するに越したことはないから、妥当な采配だ。

 

 ……が、私とかスズカさんみたいな一部のトレーニング/ランニングジャンキーからすると、これはなかなかに厄介でもある。

 なにせ、帰ってきたら開かなくなってるんだもん。外出してたらオートロックの部屋から閉め出された、みたいな状況だ。

 

 昔はこれへの対策に、寮の裏の雨どいをよじ登って自室のベランダにジャンプする……なんてやんちゃをしていたものだけど、流石に今はもうやってない。

 というか、去年菊花賞に勝ったくらいの頃、「無敗三冠ウマ娘がそんなことをやるのは、ちょっとカッコ付かないからね」ってフジ寮長に玄関にだけ使える合鍵を貸してもらったんだよね。

 栗東寮はトレセン学園の敷地でも割と端の方にある。下手をすると敷地外のパパラッチが私の姿を撮影する可能性がある……と、多分そういうのを警戒してくれたんだと思う。

 

 優遇してもらっているようで申し訳ないとは思うけど、私としてはだいぶ楽になった。

 前は先輩に窓を開けてもらう必要があったけど、今はそんなお手を煩わせる必要もないしね。

 

 そんなわけでがちゃりと玄関の扉を開け、振り返って施錠し直し、既に電灯の落とされている栗東寮の中へ。

 人気のない寮のエントランスはどことなく不気味だけど……。

 もう何百回と通った道だ、今更に強い感慨とかは感じることはない。

 

 

 

 アスリートであるウマ娘たちは早寝早起きな子も多い。

 既に寝ている子もいるだろうし、そんな子たちを起こさないよう、私はこっそりと自室へと向かう。

 

 流石にこの時間になるとお風呂は開いていないので、帰ったらタオルで汗を拭いてぐっすりお休みする予定。

 美浦寮だとわかんないけど、栗東寮では朝もお風呂に入ることができる。……というか、スズカさんたち一部のウマ娘の嘆願で入れるようになったらしい。

 なので、ちゃんと汗を流すのは朝のジョギング後だ。今は風邪を引かないようにケアをするのが大切になる。

 ま、私たちって結構体強いし、そうそう風邪なんて引かないけどさ。

 

 そんなわけで、私と先輩のネームプレートのかかる部屋のドアに辿り着き、ドアノブを捻る。

 

「ただいま~……」

 

 てっきり、先輩は既に眠っているものと思って、小声でそう言ったんだけど……。

 

 

 

「……ウィルちゃん。戻りましたか。おかえりなさい」

 

 部屋の中から、ぼんやりしているようで、確かな親愛の込められた声が聞こえて来る。

 どうやら私の可愛くも頼れる先輩は、まだ起きていたらしい。

 

 私はその言葉を嬉しく思いながら、部屋の隅にいた相手に返事を投げかけた。

 

「ミーク先輩、ただいまです。……お勉強ですか?」

 

 ミーク先輩こと、ハッピーミーク。

 ミルクみたいに甘く柔らかな白毛とおっとりした眠たげな瞳が特徴的な、黄金世代の中で唯一トゥインクルシリーズに残っている、偉大なる大先達。

 私がこの学園に来て一番最初に仲良くなったウマ娘は、今、机の上に何枚かのプリントを広げていた。

 

「あ、レース関係です? 見ない方がいいですかね」

「……中間テスト対策ですから、大丈夫ですよ」

「うっ、テスト……」

 

 嫌なことを聞いた、と頭を抱える。

 

 そう、私たちはアスリートではあるけど、同時に学生でもある。

 10月の中盤、菊花賞の1週間と少し前には、2学期の中間試験があるんだよね……。

 ……具体的に言えば、4日後からなんだけどさ。ハハ。

 

「……ウィルちゃんは、対策バッチリですか」

「テストの成績でウマ娘の価値が決まるわけではありませんので……」

「……走るのもいいですが、勉強も、しましょうね」

「はい……」

 

 穏やかに諭すような口調に負け、私は軽くタオルで汗を拭いてパジャマに着替えた後、ミーク先輩の隣に並ぶ自分の机に着いた。

 

 ……まぁ、うん。

 いくら海外遠征に行ってたり世界一になったりしても、それとこれとは別なわけで。

 流石に赤点を取るのはマズい。すごくマズい。

 

 一応私たちは中等部、義務教育の範疇なので、進学できないとか退学させられるとかはまずないけど……。

 ただでさえ私に付きがちだったアホの子のイメージが、更に強くなってしまうことは避けられないだろう。

 

 ずっと一緒にいる(いたい)歩さんや、その妹さんである昌さん、名家出身ですんごい頭が良い2人にバ鹿って思われるのはこれから先の未来に関わるし……。

 何より、知ってるんだからね! 最近ウマッターでちょっと教養不足から勘違い発言したりすると「あっ(察し)」「ま、まぁウィルムのそういうとこも魅力やし……」みたいな反応されてるの!

 これ以上「クールでカッコ良いホシノウィルム像」を崩すのはマズい! 主にプロモーション戦略的に!

 

 そんなわけで、いくら世界最強になろうとそれで日々の暮らしが全部変わるわけもなし、最低限の勉強はせざるを得ないわけで……。

 ミーク先輩に捕まったのは、まぁ、言っても悪くない機会ではあったのだ。

 

 

 

 それからしばらくの間、シャープペンシルを走らせるかりかりという音、紙をめくるぱらりという音がその部屋を占めた。

 

 誰かと一緒に勉強するってなると、結構お喋りとかに転んじゃいがちだと思うんだけど……。

 私はその辺結構切り替えられる方で、ミーク先輩はそもそもあまり口数が多い方でもない。

 ほぼほぼ3年間寝食を共にした仲だ、今更無言が気まずくなるとかそういうこともあるはずもなく。

 私たちは殆ど無言で、それぞれ勉強をしていた。

 

 例外と言えば、私が分からないところで詰まった時、ミーク先輩が察してくれて教えてくれたことがあったくらい。

 そんな露骨に態度には出してなかったと思うんだけど……ミーク先輩、流石、人のこと本当によく見てる。

 そういう彼女だからこそ、あの青と白の領域……他者の動きを完全に把握し、それを詰め切る領域に目覚めたんだろうけどさ。

 

 

 

 ……あ、そうだ、領域と言えば。

 

「ミーク先輩、そう言えば、次はどのレースに出るんです?」

 

 ミーク先輩は、歩さん曰く「究極のオールラウンダー」。

 芝もダートも、長距離も中距離もマイルも短距離も、その全ての条件で最上級の適性を持ちどんなレースでも必ず活躍するという、私とはまた違う形の大天才だ。

 その例外的な脚質を以て、彼女は全ての距離のG1で勝利するという、おおよそ彼女以外の誰にもできないであろう偉業を成し遂げている。

 

 ……が、それはつまり、彼女が走るレースは予測も付かないということも意味しており。

 私だって、シニアの宝塚でようやく戦うまで、ただの一戦すら矛を交えたことがなかった。

 

 だからこそ、ミーク先輩の次のレースは気になる。

 変幻自在の戦術、未来予知にも似た展開予測、気付けば術中に嵌っている恐怖、そして凄まじい領域。

 ミーク先輩とのレースは──勿論他のウマ娘とのレースもそうなんだけど──唯一無二で他に替え難く、だからこそ私はそれを望んでる。

 

 確か春に発表してたローテーション的には、今年は1800から2200の範囲を狙うって言ってたはず。

 その通りなら、2000メートルの天皇賞(秋)を狙いに行くはずだけど……。

 

「……そうですね、これは、他のみんなには秘密でお願いしますが、ジャパンカップに出る予定です」

「え、天皇賞ではなく?」

「……トレーナー曰く、そちらにはネイチャちゃんが出るらしいので」

「あー」

 

 私の終生名誉親友ナイスネイチャ。

 彼女はゴリゴリの策謀家だ。

 それも、レースに出走する他のウマ娘たちやレース場のコース、あるいはファンの想いに風評、そういったものを全て活用して勝ちに来るタイプ。

 「対戦相手全員の策の全てを読み切って初めて全力を出せる」特徴を持ったミーク先輩との相性は最悪と言っていいだろう。

 

「でも、海外のウマ娘のマークも大変じゃないです?」

「……ふふ。……私のトレーナーも、ウィルちゃんのトレーナーさんと同じ、名門出身ですから」

 

 あんまり変わらない表情を和らげて、ドヤ顔を形作るミーク先輩。超かわいい。

 

 しかし考えてみると確かに、歩さんはその中でも飛び抜けている感はあるけど、名家出身のトレーナーさんって大体は調査能力とかプランニングが図抜けてる印象がある。

 昌さんもその辺、歩さんがヤバすぎて目立たないけど、地味にすごいしね。なにせ歩さんに「これなら十分ウマ娘を支えられるだろう」って言われてるんだ、多分並の新人トレーナーさんの比じゃないんだろう。

 

 しかしこう考えると、やっぱりハッピーミーク陣営は強いね。

 ただでさえ刺さるとめちゃ強いミーク先輩に、調査能力の高い名門のトレーナーさんが付いてるんだもん。

 そりゃあG1レース4勝もできるわ。

 

 うーん、これはジャパンカップ有望株。今年の日本総大将はミーク先輩かもなー。

 まぁ、ローテーションにはないとはいえ、ネイチャが唐突にジャパンカップにも出走する可能性もないわけではないし……。

 ……何より、もう一人の私のライバルも、ここから動き出す可能性が高いんだけどさ。

 

 まぁでも、良かった良かった!

 ミーク先輩がいる上、多分あの子もいるんだ。並大抵の海外ウマ娘に負けることはまずないだろう。

 

 これは今年のジャパンカップ、日本ウマ娘の勝利は安泰だね!

 

 そう!

 それこそ、あのアンちゃんとかがいきなり攻め込んできたりでもしない限りは!

 

「……ウィルちゃん、今、何か変なこと考えませんでした?」

「え? いえ別に?」

 

 

 







 ひっさびさに感じる地の文多めの日常回でした。
 本筋ばかりというのもアレなので、たまにはね。



 次回は一週間以内。トレーナー視点で、ミホノブルボンの運命の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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