もう1話でレースに入るのは諦めました。ここまで来たら、この作品に展開の速さを求める読者様は残ってないと思うし。
じっくりことこと、地の文多め感情マシマシで書いて行きます。
まぁ当然と言えば当然なんだけど、時間というのはその時々で流れる速さを変えない。
いや、体感時間は全然変わるんだけど……なんていうの? 自分の中ではどうあれ、世界に流れる時間の速さは常に一定なわけで。
逆に言えば、私たち競走ウマ娘に与えられた生育の時間は有限で、共通。
長いようで短い、たったの3年間だけだ。
だらだらサボっていても、お仕事に励んでも、死ぬ程トレーニングに励んでも、同じだけ時間は流れる。別の言い方をするなら、失われていく。
だからこそ、私たちの一分一秒はすっごく高い価値があって……昌さんの言葉を使うのなら「この世界で最も価値のある一瞬、他に替えの利かない絶対的なもの」なんだ。
例えばお仕事なんかでも、私たちの時間の価値を測るために「このウマ娘を拘束するのなら、分単位でいくらかかる、そこに何をやらせるか次第でプラスアルファ」みたいなある程度の指標もできてくるわけで。
世界最強やらせてもらってる私なんかは、歩さんがお仕事を絞ってるのもあって、1本短いCM撮影してもらうだけで……まぁ、何年か遊んで過ごせるんじゃない? ってくらい入ってくることもある。
正直私はもう、増えていく口座残高にくらくらすることもない。あまりにも現実感がなさすぎるんだ。人生何回分か遊んで暮らせる額なんだもん……。
……っとと、お金の話をしたいわけじゃなかった。閑話休題だ。
とにかく、私たちの時間は有限で貴重で、大事にしなければならないものだ。
そういう意味において、私の後輩の1人、ブルボンちゃんは本当に頑張ってたと思う。
歩さんのパーフェクトプランに従って、最大限の時間を最適にトレーニングに用い、突き詰めて効率的に休憩を行って、ちょこっとだけ歩さんとお出かけして気分転換したりもして。
どうにも一般的なウマ娘は付いていけないくらいに過酷らしいそのトレーニングメニュー、その更に負荷の強い追切メニューを、彼女は万全にこなしていた。
歩さんのトレーニングプランは、おおよそ時間の使い方としては最適解そのもの。
である以上、この世界のブルボンちゃんの能力は間違いなく、如何なる並行世界のブルボンちゃんの中でも最上のものになっているはずだ。
恐らくは私がそうであるようにね。
……が、それでも。
正直なところ、私は今回の菊花賞、ブルボンちゃんが勝てるのか半信半疑でいる。
その理由の1つは、恥ずかしながら、こんなこと言ってる私自身の行動だったりする。
私は、可愛い後輩ちゃんを見捨てることができなかった。ブルボンちゃんのライバルであるとあるウマ娘に手を貸し、その成長を手伝った。
今の彼女は……勿論歩さんバフ程ではないにしろ、多少なりともその能力を上げているはずだ。
……けど、一番大きい理由はそこじゃなくて。
いいや、ある意味で、彼女も関わることではあるんだけど……。
最大の問題は。
多分、これがブルボンちゃんにとっての、分水嶺になるってことだ。
* * *
「運命って信じます?」
私たちがいつも暮らしてる東京から、車でおおよそ5時間程。
京都の秋空には、からっとした晴れ模様が広がっていた。
11月も迫る10月25日、いよいよ短い……本当に短かった秋は過ぎ去り、身を裂くような厳しい冬が迫ってくる時期。
私は、歩さん、昌さんのトレーナー兄妹と隣り合い、京都レース場の芝を見下ろしていた。
そう。
今は菊花賞前、出走ウマ娘たちの本バ場入りを待つ時間。
レースを前にしたブルボンちゃんを思いながらの私の呟きは、首を傾げる堀野兄妹に迎えられた。
「運命……ですか」
「ふむ。まぁ、俺と君が巡り合えたことを運命と呼ぶのなら、俺はそれを肯定したいが」
「兄さんも兄さんで最近頭の中お花畑になってきてるんだよなぁ……」
「そう言ってもらえるのは心底嬉しいですが……ここで言う運命はそうではなく」
この感覚的な話、どう言ったら伝わるだろう。
頭を悩ませる私に、昌さんはやや……いや、ややというか、かなり意外そうな顔を向けてくる。
「ホシノウィルムさんが……恋愛系の話に乗ってこない……!?」
「そこそんなに意外なとこです?」
私だって時には真面目な話をするんです。
……特に、かわいい後輩たちの運命を分かつ日となればね。
「私が言うのは、こう……ウマ娘の運命です。
例えば、このウマ娘はこのレースに因縁があって、そこで必ず……負けるようになってる、というような」
「ふむ」
歩さんは芝の方へ目をやったまま、顎に手を当てて考えるポーズ。
この反応は……ちょっと意外かな。
理論派の歩さんだから、こういう話はすぐに切り捨てるか、「そういう考え方もあるが、科学的根拠はないな」とか言われるものとばかり。
「そう訊く以上、君はある程度その運命というものを信じているのだろうし、君のこれまでの体験の中にそれを導いた根拠があるのだろうな」
「まぁ……そうですね」
ウマ娘。特に競走ウマ娘の、運命。
私がそれを感じたのは……もう1年以上前、あの宝塚記念でのことだ。
あの日、私は追い詰められた。
何にって、自分に。他ならぬ自分自身に。
非科学的で、感覚的で、何の根拠もない話だけど。
あの日あの時、あの瞬間。私が領域を開き、3人に抗することができなければ……。
私はこの脚を、取り返しが付かない程に壊してしまったのではないかと……そう思う時がある。
あの暗闇の中で背を押され、新たな世界を開いた瞬間。
何か、強固な壁のようなものを、破った感覚があった。
今まで歩んできたレールを外れて、ようやく自らの脚で歩き出したような、浮足立つ感覚。
どこまででも飛んで行けそうな解放感と、脚に重さなんて感じなくなるような凄まじい好調。
前世も含め、あの瞬間にしか味わったことのない、凄まじいまでの……全能感。
領域を初めて開いた時特有の感覚も混ざってはいたけど、あの感覚は今でも唯一無二のものだったと断言できる。
私はあの瞬間、「この私」にしかできない決断をして、「この私」だけの未来を切り拓いたんだ。
……そして、多分この体験は私だけのものじゃない。
私とは違う形だったのかもしれないけど、これはテイオーにもあった体験なんだと思う。
トウカイテイオー。
前世アニメでは3度の故障によって心身共に追い詰められていた彼女は、けれどこの世界では1度しか故障していない。
事態の改善を導いたきっかけは……多分、彼女が自分の走りを、自らの在り方を見直した、日本ダービー。
あそこで一度敗北を受け入れ、次の勝利のために脚を緩めたからこそ……。
その是非はともかくとして、前世アニメで取らなかった選択を取ったからこそ、彼女は未だ衰えることなく私の最強のライバルであり続けているんだと思う。
私に……いや、違うな。
「ホシノウィルム」に、前世で言うところの元ネタ、史実上での存在や活躍があったのかは、わからない。
「私」抜きのホシノウィルムは、ただのモブだったのかもしれないし、あるいはちゃんと元ネタのいるネームドだったのかもしれないし、あるいはそんな存在はいないオリジナルなのかもしれない。
でも、どうあれ、私にも辿るべき運命ってものはあったらしい。
トウカイテイオーがあの瞬間に本気を出した結果重い故障を発症させてしまい、それからも目覚ましい結果を残しながらも悲劇の故障を繰り返して、それでも主人公のように立ち上がるウマ娘であったように……。
ホシノウィルムはきっと、あの宝塚記念に……勝てなかったんだろう。
シニア級の優駿たちに負けてしまい、あるいはそこで脚を止めてしまう。
それが、私の定命だったんだろうと思う。
ま、私もテイオーも、そんな運命は乗り越えたわけだけども。
「私たちウマ娘って、こう……魂? みたいな。そんなものに導かれているように思うんですよね。
いや、最近はそうでもないんですが……なんて言えば伝わるかな」
私が運命というものを割と信じている理由の1つは、まぁ言っちゃなんだけど、前世アニメだ。
「史実にいた競走馬たちの名と魂を引き継いだのがウマ娘」って設定だったあのアニメでは、ウマ娘たちは殆ど完全に元になった馬たちと同じ運命を辿った。
まぁ一部違う子もいるらしいけどね、復帰できたスズカさんとか。
だからこそ、同じウマ娘である私たちも、史実に……その魂の規定する運命に強く縛られているというか、無意識にそのレールを辿ってしまうんじゃないかと、そう思ったわけだ。
私はそんな知識と推察を前提にしているからこそ、逆算であの時の全能感を、テイオーの選択を、そこから外れた行為である、と認識しているわけで。
勿論、そんな内情を歩さんと昌さんに伝えるわけにはいかず、どう言おうかと頭を悩ませていると……。
「……ふむ。まぁ、俺は信じないでもない。というか割と信じられるな」
「「え!?」」
私と昌さんは、同時に驚きの声を上げる。
信じる……歩さんが!?
あの超理論派で理屈屋の歩さんが!?
この手のファンタジーみのある話を、信じる!?
思わず横の歩さんを覗き込むと、彼はやや呆れたような視線を返してきた。
「そもそも君が信じるかと問うてきたんだろうに」
「話題作りというか、一旦否定してもらってそこから話題を広げようっていうアレですよ。まさか普通に信じると返って来るとは……」
ちょっと予想外というか、意外というか。
まぁ、話が早くなるし、今はいいんだけどさ。
「えっと、それなら……話を戻しますが。
今回の菊花賞は、ブルボンちゃんにとって、運命的な戦いになると思うんです」
前世アニメにおいて、ブルボンちゃんの菊花賞は、割と軽く流されていた。
……というか前世アニメじゃ、どっちかって言うとライスちゃんが主役だったんだよね。
で、そのライスちゃんにとっての大舞台である天皇賞(春)の前の、始まりの舞台こそがこの菊花賞みたいな感じの描写だったと思う。もう若干うろ覚えだけどさ。
その前年に無敗で二冠を勝ち取ったトウカイテイオーと同じく──この世界においては、私と同じくと言うべきだろうけど──、一度の敗北もないまま日本ダービーを勝ち切ったミホノブルボン。
シンボリルドルフ以来のクラシック三冠、テイオーに望まれていた活躍、そして逃げウマ娘の躍進。
色々な方面で、彼女は菊花賞での勝利を待望されていた。
だからこそ、というか。
ライスちゃんが菊花賞に勝った時、向けられるのは大きすぎる喝采ではなく……。
肩透かしだったとでも言わんばかりの寒々しい視線だった。
……以上が、今のブルボンちゃんの状況と照らし合わせて考える、前世アニメでの菊花賞の描写だったと思う。
ライスちゃんにとっては、「あれ、何かおかしい」って思う最初の機会で、破綻の始まり。
あくまでもカタストロフな展開の前、溜めの段階である。
けれど、ブルボンちゃんの方に視点を移して考えると……とてもじゃないけど溜めだとか言ってられない、悲劇的な話だ。
ずっと望んで、いくら前のトレーナーに説得されても決して曲げなかった、彼女のただ1つだった目標であるクラシック三冠。
けれど、結局それは適性の壁や彼女の気性……持って生まれたディスアドバンテージに阻まれて、叶うことなく散ってしまうのだから。
それが……多分、前世の史実においてミホノブルボンが辿った道。
彼女が打ち破るべき、バッドエンドなんだと思う。
と、そこまで細かく語ったわけではないけど、トレーナーさん2人はなんとなくニュアンスを汲み取ってくれたか、コクリと頷く。
「……そうですね。この菊花賞は、ミホノブルボンさんにとって最初で最後の特別な戦いになるでしょう。
なにせ彼女が幼少の時から目指していた目標が、この一戦にかかっていますから」
「そうだな。……今の彼女なら、仮にここで敗北してもそこから何かを学んで立ち上がることもできるだろうが、それでも勝つか負けるかは彼女の自意識や思考に大きな影響を与える。
そういった意味でも、運命の一戦と言っていいものだろう」
ブルボンちゃんは私にとって可愛い後輩であると同時、2人にとっては大切な担当ウマ娘でもある。
彼女のことを見ていたのは私だけでなく、というか何なら2人の方がよくブルボンちゃんを見ていたんだろう。
それにうんうんと頷いていると、歩さんがちらりと白い眼を向けて来る。
「……まぁ、どこかの先輩ウマ娘は、それを理解した上でライバルになり得るウマ娘に肩入れしていたが」
「うっ、いや、まぁ、その……」
確かに私は……ブルボンちゃんのライバルになる、というか前世アニメでブルボンちゃんを打ち破ったライスちゃんに肩入れしていた。
勿論、一方的にライスちゃんに力を貸していたというわけじゃなく、むしろ同陣営としてブルボンちゃんの育成にこそ協力することは多かったし、うちの陣営の情報を流すとかはしてない。
それでも、他陣営であるライスちゃんの自主トレに付き合ったり、軽く併走してあげたり、時には軽く見取り稽古とか付けてあげていたことは事実。
そこを突かれると、私としてはかなり弱っちゃうんだけど……。
「ふ、冗談だ。いつか言ったように、その件に関して君を責める気はない。
ウマ娘同士がそれぞれ影響し合い、技術と身体能力を高め合うのは、むしろ自然な流れだ。時にライバル同士の間柄でさえ発生するそれを君が行ったところで、トレーナーに責める権利などあるはずもない。
というか、それを加味した上で相手を超えさせることこそトレーナーの仕事だ。
……すまん、話の腰を折ったな、話を戻してくれ」
そう言って頭を撫でてくれる歩さんは、軽く微笑んでいて。
私はちょっと救われたような気持ちで、話を続ける。
「えっと……これがそんな戦いだとすると、ブルボンちゃんはそれを超えられるかなって、それが気がかりで。
総合的に言うと、菊花賞ってブルボンちゃんにめちゃ不利じゃないですか。流石の歩さんブルボンちゃんコンビでも、この条件で生粋のステイヤーに打ち勝てるかっていうと……」
これが私であれば、勝てると断言できる。
ホシノウィルムと堀野歩はベストコンビなので、どんな場所に相手が来たっておりゃっと背負い投げで本日の10割パーフェクトKO……とは言わないまでも、そう易々と負けてやる気はない。
仮に今から短距離出ますよとかダート行きますよって言われても、きっと2人なら攻略できるだろうと思う。
けど、そこには私の転生特典、「アニメ転生」が大きく寄与している。
短時間思考力を爆増させられるこれを使うことで、私は短期間で適性を向上させられる。
……まぁちょっと無理しちゃうから、今回みたいな弊害も発生し得るんだけども、それはともかく。
歩さんのサポートや私のこれまでの努力と共にこれがあるからこそ、私は自身の勝ちを確信できる部分がある。
でも、ブルボンちゃんは違う。
彼女には、私が持っているような転生チートがない。
……ない、よね?
なんか凄まじく正確な体内時計とか、メーターでも当ててるんじゃないかってくらいに精密な距離の計測とかできてるけど、アレは別に転生チートじゃないんだよね?
スズカさんもそうだったけど、この世界ってなんか転生チートがなくとも天然でチート持ってる子多くない? アンちゃんのアホみたいな成長速度もその一環だろうし。
いやまぁとにかく。
どっちにしろブルボンちゃんのそれは、短期的に適性の不利状況を覆し得るものじゃない。
菊花賞での不利は、火を見るよりも明らか。
なんなら、それを一番自覚しているのはブルボンちゃん自身だろうし。
けど、そんな私の危惧を、歩さんは軽く鼻を鳴らして笑い飛ばす。
「心配しなくとも、ミホノブルボンは勝つさ。自分との戦いに負けない限り、彼女に敗北はない」
「おお、自信満々ですね」
「俺の担当ウマ娘だからな。信じないでどうするって話だ」
歩さんは、欠片たりとも動揺していなかった。
ブルボンちゃんを地下バ道で送り出した今、トレーナーや先輩である私たちにできることはない。
強いて言えば、ただ彼女の勝利を信じ、祈ること。ただそれだけだ。
多分ブルボンちゃんからしても、全幅の信頼を向けてくれる歩さんの姿はすっさまじく嬉しいし、何よりパートナーとして頼りがいがあるだろう。
実際私も、今年に入った辺りからの歩さんのそういう態度に勇気付けられてきたし、頼りにしてきたわけで。
……けど、なんというか。
第三者視点から見ると、そんなトレーナーの姿は、なんとも不思議に映るもんだね。
そう思ったのは私だけじゃなかったらしく、昌さんが疑問を口にした。
「……そう思う根拠、いや、信じる信じない云々を除いて考えて、現実的に考えてミホノブルボンさんの勝率ってどれくらいなの?」
「50%」
「えぇ……」
丁半博打かな?
……それは確信を持って「勝つさ」とは言えない数値っていうか、ぶっちゃけ1年半前の歩さんなら「うぐぐぐぐ、俺の不徳で彼女の勝利を確実なものにすることができなんだァ~~~!!」とかほざいて頭抱えてそうなくらいなんですけども。
私と昌さんの白い眼に流石に思うところがあったのか、歩さんは自信満々な雰囲気は崩さないものの、首に手を回して言い訳するように話し出す。
「まぁ、現実的に考えて、いくら彼女の身体能力が優れているからといって、適性一段階の差というのはなかなか埋めがたい。
アイツのことだ、ライスシャワーはきちんと優等生的な仕上げ方をしてくるはず。そうなればステータス的には適性込みでこちらがややリード程度になるだろう。
後はミホノブルボンが他のウマ娘にどれだけ視線を奪われないか、どれだけ他のウマ娘の抜け出しに有利な展開になるかだが……それらをある程度考慮した結果、数字の上では勝率は50%程度だろう」
あ、やっぱりその辺りは現実的なんだ。
「じゃあなんで勝つって断言してるわけ?」
「そりゃあ、彼女が俺の担当だからだよ」
「……もうちょっと噛み砕いて」
「?」
歩さんは「何か理解できないところがあったか?」という感じで片眉を上げて、言う。
「いや、ミホノブルボンは俺の担当だろ? である以上勝つと俺は信じるだろ。だから勝つって言ってるんだよ」
「……なるほど」
「何より自分の勝利を信じたいのは彼女自身だ。だから俺は、それを心から信じる。そんな俺を見て、俺を通して自分を信じられるようにな」
「…………いやまぁ、理屈の上ではわかるけど」
なんか……歩さん、変わったなぁって、改めて思う。
ロジックとパッション。論理と感情。
昔は極力後者を排除し、どこまでも理屈詰めでウマ娘に向き合う人だったけど……。
今の彼は、良く言えば臨機応変、悪く言えばダブルスタンダード。
自分の中でそれらを上手い具合に使い分けているように思える。
人間、何事も極端なのはよろしくない。
そういう意味では、今の歩さんは理想の状態と言えるかもしれないけど……。
「……うーん、狂信的」
「失礼だな、純愛だよ」
「
「ウィル、ここでは大声は迷惑になるから控えようね」
あ、はい。
「まぁでも、担当からすればやっぱり嬉しいですよ、それ。とっても良いと思います」
「だろ? ……実は俺も、今の俺のこと、案外嫌いじゃないんだ」
* * *
……と、そんなことを言い合っていると。
珍しいことに、私たちに声をかけて来る人がいた。
「……やっぱり! 聞き覚えのある声、と思いました! こんにちは、ホシノウィルム!」
どこかで聞き覚えがあるようなないような声。
けど、それ以上に、レース場で声をかけられたことにちょっとビックリする。
今私たちがいるのは、いわゆる関係者席だ。
一般の観客席とはちょっと離れた、このレースの出走ウマ娘とかそのトレーナーと関係する人がいる、専用のスペースである。
その辺りにいる人に、あんまり関係が深くない人が話しかけるのは、割とマナー違反だったりする。
関係者席にいるような人って、基本的に誰か1人をガチで応援しに来てる人なことが多いからね。余計な口出しをすると揉めたりしかねないわけだ。
そしてこの世界、私の前世の世界と比べて、人々の民度が大変よろしい。
実際これまでも、周りの観客の方々は、私がホシノウィルムであるということに気付いたとしても、レース場にいる間は話しかけるとかはしてこなかった。
けど、ついにその暗黙の了解を破る人が現れたのか……と。
そう思い、振り向いた私は。
「……君、もうバラしてもいいのか」
「Well……そろそろ大丈夫かな? 周りの人に知られ過ぎると良くないけどね」
「なら一人で観戦すればよかろうに」
「目の前にいる推しに話しかけないのは難しいよ! 私はホシノウィルムのファンの1人でもありますし?」
「うーん、マナーとか周りの目とか考えないところは変わらないな……。ある意味では覇王の気質か」
「褒めてる?」
「まぁギリ褒めてるかな」
「マーギリ? 褒めてるならヨシ!」
少し声量を絞って、微妙に噛み合わない会話をする、歩さんとウマ娘の姿。
……オイオイオイ、誰だこの泥棒ウマ?
つばの広い帽子を目深にかぶって目元を隠し、かろうじて見える口元は楽し気に歪んでいる。
晴天の下に長めの金の髪が眩く、白い厚手のワンピースと合わさって、遊覧観光に来た外国のお嬢様という感じの風貌だ。
確かにちょっと、いやかなり魅力的な雰囲気を出しているけれど、その人は私のものなので奪わないでいただきたいですね。
しかし、この声……いや、確実にどこかで聞いたことがあるんだけど、うーん?
微妙に記憶に引っかかって出てこないその正体を確かめようとする私の横で。
昌さんは、その目を見開き、「あ、え、あ?」と声を震えさせていた。
そんな驚く? ……このウマ娘に?
驚くってことは、それだけこの子の正体に意外性があるだとか、あり得ないだとか、そんな感じ?
その上で、金髪で、この声で……。
「まったく、君のトレーナーはどうした、アン……」
「アン、で。今の私は、お忍びで日本のレースを見に来たウマ娘、アンだから。
トレーナーは今チュロス買っててくれてるよ。日本のチュロス美味しいよね、驚いちゃった!」
アン。
……アンちゃん?
ようやく彼女の正体に思い至った私に対し。
「お久しぶりです、ホシノウィルム。と言っても、1カ月ぶりですが」
金髪のウマ娘は……いいや、私のライバルは。
その帽子を軽く上げて、その金の瞳を私に向けて来た。
「なっ、いや、え、はっ!?」
「ウィル」
咄嗟に口を塞いでくれたおかげで大声は出さずに済んだけど……いや若干でかい声出ただけで済んだけど。
でも、え!? いやほんとになんで!?
「なんで、アンダースタンディブルがここにいるんですか……!?」
アンダースタンディブル。
欧州にできた、私のライバルの1人。
転生チートを持つ私以上にヤバい、多分テイオーと並ぶくらいの大天才。
凱旋門賞で覇を競い、いつか再戦をと誓い、けれど多分暫く再会はできないかなぁと思っていた彼女は……。
何故か今、京都レース場の関係者席にいた。
「なはは、ドッキリ大成功~! ……って言うんだっけ、日本では?」
「君、益々日本語上手くなるなぁ」
「いや、てかなんで歩さんは驚いてないの! アンちゃんですよ!? アンダースタンディブルですよ!?」
「俺はこの子が日本に来たのは知ってたし」
「知らせてました~」
「何なのこの人たち……」
昌さんと私、ドン引きである。
いやホントに何? 別に担当でもないし、むしろ敵対陣営なのに、えらい距離感近くない君たち?
いや、そこも気になるけど、今大事なのはそこじゃなくて。
「え、なんで? ほんとになんでここにいるのアンちゃん」
「そりゃあ再戦のためですよ! ホシノウィルムならジャパンカップに出ると思ってこっちに渡って来たんですよ! まぁ来た直後に出ないって聞いて悲しくなりましたけど!」
「あ、それはごめんね。トレーナーと話し合って、安全のためにって……」
「わかってます。ちょっと悲しいけど我慢する、です。します。
私だって、ホシノウィルムに故障してほしくはないですから……物分かりの良いアンダース……アンちゃんは、推しのためなら我慢できるのです」
「嘘吐け君それ知った時俺相手にめちゃ八つ当たりしてきたじゃん」
「Seriously!? それ言わないでしょう普通!?」
いや……いや本気で仲良いなこの2人!?
何なの!? なんで私が仲良くなったウマ娘たちって大体歩さんとも仲良くなるの!?
友達の友達とかの距離感じゃなくて、普通に個人的な親愛の関係築いてんじゃん!? 私より歩さんの方が距離感近いってどういうことなの!?
ぐうううううっ、なんだ、私はいつまでもNTRの危険に頭を悩まされる運命なのか!?
この運命の壁はどうやったら破れるんだ……!?!?
「あ……歩さんって私のトレーナーですよね? 乗り換えたりしませんよね?」
「しないが?」
「は!? 堀ウィルはガチで永遠で絶対離れたりしないフォーエバーなんですが!?!?」
なんでアンちゃんに怒られてるの私?
ていうかあなた、よくわかんないけどあんまり目立たない方がいいんじゃないの?
* * *
……と。
正直めちゃくちゃビックリする再会もあったりもしたんだけど……。
なんだかんだで私たちは、「えへへ、堀ウィルの原液直飲み~!」とかほざいてニコニコ笑顔のアンちゃん、そしてチュロスと共に帰って来て「アン……今日は2人で見る予定だったよね?」とちょっと怖い顔でアンちゃんを怒る彼女のトレーナー……。
つまりはアンダースタンディブル陣営と共に、菊花賞を観戦することとなった。
「申し訳ありません、ホリノトレーナー。アンダースタンディブルがご迷惑をおかけします」
「お気になさらず。……驚きました、綺麗な日本語ですね」
「はは、付け焼刃ですが。アンが学ぶ以上、トレーナーたる自分も勉強を怠るわけにもいきませんから」
「なるほど、おみそれしました。北欧の主神にも例えられる天才トレーナーと観戦を共にできて幸いです」
「こちらこそ! ホリノトレーナーの名はあちらでもよく知られています、どうか日本のレースについて教えていただければと思います」
歩さんとアンちゃんトレーナーさんは、なんというか、まさしく大人のお付き合いって感じで挨拶を交わしている。こういうのちょっとカッコ良いよね、憧れる。
で、歩さんの一歩後ろの昌さんも、同じように頭を下げてご挨拶。こっちは歩さんたちと違って、ちょっと余裕なさそうというか、緊張してる感じだ。年上の女性にこう思うのもなんだけど、かわいい。
一方私とアンちゃんは、1か月ぶりに旧交を温めつつ、このレースについて話したりなどする。
「わざわざ見に来たの? シニアレースでもないのに」
「今、日本のレースは、あっちでもかなり注目されてますよ。実際、菊花賞はネディとウィッチも中継で見るって言ってましたし」
「ネディリカちゃんとウィッチイブニングちゃんか。仲良しになった感じ?」
「はい! 私を負かしてくれるかもしれない相手ですから、興味が湧いて」
「わかるよその気持ち、ホントよくわかる。……でも、わざわざ日本まで来るなんてね」
「日本のレースを生で見たかったんです。それと……あなたの後輩が出ると聞いて」
「ブルボンちゃんかー、良い嗅覚してるね。あの子多分新時代のスズカさん枠だし、注目しといて損ないよ」
「きゅうかく? きゅう、嗅覚……匂い?
……え、スズカって、サイレンススズカ? ミホノブルボン、そんなに強いんですか?」
「あ、そっかスズカさんってちょい前に欧州でも暴れてたし、そっちでも名が通ってるのか。
そだね、ぶっちゃけ才能ではスズカさんの方が上かもだけど、歩さんバフがエグすぎるし。私がドリトロ行った後は下手するとブルボンちゃん一強になるんじゃないかな~」
「バフ……bahu? ドリトロは、えーっと、ドリームトロフィーリーグのことで……」
……まぁそれは、彼女がここでライスシャワーという強敵に阻まれなければ、かもしれないけども。
そんなことを話している内、いよいよ出走ウマ娘たちが地下バ道から出て来た。
「お、来ましたよ出走ウマ娘。……あ、ブルボンちゃんも!」
「……なるほど、やはり生で見ると……ええ、素晴らしい仕上がりですね。ハロン毎の目標タイムは12秒……1、程度でしょうか?」
「ご慧眼、脱帽します。……ミホノブルボンの調子は絶好調。覚醒に踏み込む直前の、彼女としては最高と言っていい状態だな」
歩さんはウマ娘の体調を、大きく分けて「絶不調」「不調」「普通」「好調」「絶好調」、そして絶好調が更に研ぎ澄まされた「覚醒」で区別しているんだけど……。
殊ブルボンちゃんにとっては、覚醒し切らない絶好調くらいのコンディションが一番良いらしい。
ブルボンちゃんの強さはアベレージ、常に一定の出力を維持する状態。
極端に調子が良くなれば上振れ下振れが生まれやすくなり、思わず力を出しすぎてしまう可能性なども生まれてしまうかもしれない。
故に、彼女の実力が安定するそのラインが丁度良いのだとか。
「……うん、俺から見ても、レースに集中できている。より言えば、自分自身に視線を集中できている、というのが正しいだろうが。
問題は彼女のライバルになり得る、ライスシャワーだ、が……」
そこで、ピタリと。
歩さんの言葉が止まった。
それが何故かと言えば、多分、彼の視界にそのライスシャワーが入って来たからで……。
……もっと言えば。
ライスちゃんの状態が……私から見ても、凄絶だったから、だろう。
「あれは……」
「ライスシャワーさん……ですよね?」
「うわ、何アレ。気合入り過ぎてちょっと……他の子たちと同じウマ娘とは思えないかも」
「…………」
私、昌さん、アンちゃん、アンちゃんのトレーナーさんは思い思いの反応を漏らし。
そして……歩さんは。
「……そこまでして勝ちたいか。
いや、そうだな。そうだよな。勝ちたいに決まっている……が、しかし」
ボソリと、呟きを漏らす。
その底冷えのする響きに、思わず見上げた先にあった彼の瞳は……。
痛々しいものを見るような。
もしくは、許せないものを睨むような。
あるいは、自身の通って来た青さを振り返るような。
……そんなものに、どこか祈りを捧げるような。
「下手をすれば潰れるぞ。……いつかの、誰かのように」
そんな、複雑な感情に満ちていた。
運命を打ち破る選択。
それは人によって様々で……。
次回は一週間以内。ミホノブルボンの視点で、運命の舞台前編。