転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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ホシノウィルムのヒミツ②
 実は、朝に弱い方で、よくぼんやりしている。
 ただ、無表情だからあまり気付かれない。



 今回はおまけの別視点回です。
 読まなくても意味はわかるようにしますが、読めば本編をもっと楽しめると思います。





おまけ ワガハイはウマ娘である。名前はまだ……

 

 

 

 ボクはウマ娘だ。

 ウマ娘は走るモノ。

 だからその日も、ボクは走っていた。

 

「はっ、はっ、はっ……あと、ちょっと!」

 

 不慣れなことをしたせいで、脚に余裕がなくなってきた。

 多分、このペースを保つことはできても、これ以上のスパートはできない。

 でも、勝つ。

 目の前を走る彼女が垂れれば、このスピードでも追い抜けるはずだ。

 

 

 

 ……なぜか色のない中山レース場で、17人のウマ娘たちと一緒に走る。

 皐月賞。クラシック三冠の、最初の一歩。

 ボクの夢の1つがかかった、絶対に負けられない戦い。

 その日に走っていたのは、そういう大事なレースだったんだ。

 

 

 

 皐月賞と同じコースの若葉ステークスに出て、理解したことがある。

 2000メートルって距離は、走ってみると案外短い。

 ボクの脚だと……オープンレースならともかく、国内最高峰のG1レースじゃ、終盤で一気に捲るのは無理だと思う。

 だから、前め前めに走って、第三コーナーあたりから一気に先頭を目指す……。

 定番の戦術って言えばそれまでなんだけど、これがボクの立てたレースプラン。

 それで問題なく、いつも通り1着を取れる……。

 

 ……はず、だったんだ。

 

 その日のレースは、上手くいかなかった。

 ネイチャに圧力をかけられたわけでもないのに。ボクの体調は絶好調だったのに。

 何故か、ずっと……ちゃんと走れてないって感覚があった。

 理屈はない。ただぼんやりとした嫌な予感と、脚が余っているような違和感があって。

 

 先頭を走る彼女が坂を降る瞬間、ようやくわかった。

 ペースをコントロールされてる、って。

 

 彼女はボクと同じで、ずっとスペックに任せて勝ってた。

 というか、ボクらにとってはそれが普通なんだ。

 ウマ娘としての強い力を持ってるから、それを使って正々堂々と、真正面から戦って勝つ。

 ……そういうものだと、思ってた。

 

 けれど、どうやら彼女は違ったみたいで。

 とんでもなく強引な方法で、ボクたちの皐月賞を掴み上げて、手のひらの上に乗せていたんだ。

 

 それを理解した瞬間、一気に駆け出す。

 このままじゃ、あの模擬レースの時みたいに差を付けられちゃう。

 ……でも大丈夫、まだ勝ち目は十分にある。

 

 彼女が最初に見せた速度は、明らかにラストスパートのそれだった。

 つまり、もう体力はそこまで残っていないはずだ。

 なら、ボクは……ロングスパートで距離を詰めて、最終コーナーで抜き去る!

 

「いよし、行くぞ……!」

 

 ジリジリと前を目指すロングスパートは、ボクの専売特許だ。

 ……流石に、今回みたいな1000メートルのスパートはやったことがないけど。

 それでも、ボクにできないわけがない。

 絶対に差し切ってやる!

 

 

 

 第三コーナーに入った。あと10バ身差くらい。

 最終コーナー。6バ身差まで縮めた。

 

 行ける。

 もう少しだけ加速して、その後方2バ身まで入って……彼女を振り向かせるんだ。

 

 トレーナーが言うには、彼女は後方からの圧力に弱いらしい。

 2バ身差くらいまで迫れば、こちらを振り向いて大きく掛かってしまうって話だった。

 前半にあんなペースで飛ばしたんだ、彼女にこれ以上スパートをする余裕なんてあるはずない。

 掛からせれば、確実に垂れる。

 それを差し切れば、ボクの勝ちだ。

 

 大丈夫。絶対問題ない。ボクなら勝てる。

 ……そのはずなのに。

 なんで、こんなに胸騒ぎがするんだろう。

 

 5バ身……4バ身……3バ身。

 行ける。この最終コーナーで詰め切れる。

 

「皐月賞は、もらった!」

 

 そうして、ようやく届いた。

 彼女の後方、2バ身。彼女を焦らせて、こちらを振り向かせるに足る距離に。

 自慢じゃないけど、ボクの圧力はちょっとすごい。何せ無敵の帝王様だもの、彼女も気付かないはずがない。

 

 ……それなのに。

 

 振り向かない。

 彼女は、何事もなかったかのように、ただ走っている。

 何かがおかしい。話が違う。

 なんで彼女は……ボクのことを見ようともしないの?!

 

「テイオーちゃん」

 

 何故か、ターフを蹴り飛ばす轟音の中でも、その言葉が聞こえた。

 静かで、澄んでて、けれど重い言葉。

 

「私にはもう、弱点なんてないんですよ」

 

 マズい、って思った。

 理屈のない直感。でも、間違いなくそう思う。

 このままじゃマズい。もっと、もっと速く走らないと!

 

 そうじゃないと、ボク……!

 

 

 

「さようなら」

 

 

 

 その後ろ姿が、弾けた。

 彼女の背負った灰色の光が一層輝いて、ボクがそれに見惚れた一瞬の後、既に彼女は遥か彼方にいた。

 

 ……スパート。

 序盤にあれだけの走りをして、その上で、いつもと変わらないスパート?

 なんでそんなことできるの?

 底なしにスタミナがあるの?

 それとも、どこかで脚を溜めてたの?

 

 いや、今は考えるな。

 負けじと脚の回転を速める。跳ね上がるようにターフを蹴り付ける。

 今はただ、前に走るんだ!

 

 ボクが、負けるわけがない。

 これまでだって、ずっと勝ってきたんだもん。

 本気を出して負けたのなんて、それこそあの模擬レースくらいのもので、あれだってネイチャに足を引っ張られたから負けたんだ。

 ボクは負けない。勝つ、勝つんだ!

 そのはずなのに……!

 

「なんで、なんでっ!?」

 

 届かない。迫れない。遠のく。

 足に力が入らない。息が上がる。フォームが乱れる。

 

 ……彼女との差が、開いていく。

 

 

 

 

 

 

 ボクが、負ける?

 

 

 

 

 

 

 そうして。

 

『ホシノウィルム、1着でゴール! 8バ身を付けた、堂々の圧勝!』

 

 ボクは、ただその光景を見ていることしか、できなかった。

 

 ……いや、できなかった、じゃない。

 

 ボクには、星のように煌めく灰色を、後ろから見ていることしかできないんだ。

 

 永遠に。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「わぁっ! うげっ!」

 

 気付けばボクは、頭を抱えていた。

 痛い……。何かにぶつけちゃった?

 

「あいたたた、なんだよ、もぉ……」

 

 周りを見回すと……そこは、色のないレース場じゃない。

 ここは……栗東寮の、ボクの部屋。今いるのは、ベッドの上?

 

 ……あぁ、なるほど。夢だったんだ。

 もう、なんて夢見るんだよ、びっくりしたぁ。

 あんなの、できれば二度と見たくないよ。

 

 で、状況は……飛び起きて、壁にかけてあったボードに思い切り頭をぶつけた、って感じかな。

 なんてツイてない朝だろ。よりにもよって皐月賞に負ける夢を見るなんて。

 ボクは、三冠を取らなきゃいけない、のに……。

 

「……あ、そっか」

 

 ボードをかけ直している時に、それがちらりと目に入る。

 ボクが掲げた目標の書かれた、2つの紙……。

 「無敗の三冠ウマ娘になる」「カイチョーを超える」。

 その内の片方、前者が、ぐちゃぐちゃに塗りつぶされているのが。

 

 

 

 ボクはもう、三冠を取れない。

 さっき見たのはただの夢じゃなく、現実で起こったことで。

 

 

 

 皐月賞は、彼女に……蛇ちゃんに、取られてしまったんだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「テイオー、大丈夫か?」

「トレーナー?」

 

 いきなりトレーナーに声をかけられた。

 大丈夫? 大丈夫って何だろ。

 特に気分が悪いとか、どこかが痛いってことはないけど。

 

「足、止まってるぞ。集中し切れてないんじゃないか?」

「足? ……あぁ、そっか」

 

 しまった、ランニング中だったんだ。

 ぼんやりと考え込んで、足を止めちゃった。

 ……あれ、ボク、何を考えてたんだっけ。

 

「……テイオー。やっぱり今日は休もう」

「っ、ダメだよ! トレーニングしないと、ダービーでも……!」

「うん、君の言いたいことはわかる。

 日本ダービーまで、あと1か月と少し。あのホシノウィルムに勝つためには、これまで以上のトレーニングが必要、だろ?」

「そうだよ! もっと頑張らないと、ボク……」

 

 

 

 もう、負けたくない。

 あんな経験はしたくない。

 

 ボクが勝つはずだったんだ。

 10万人が見守る中で勝って、あの歓声を浴びるはずだったんだ。

 それなのに、8バ身差なんて大きな差を付けられて……ボクに向けられたのは、冷たい声だけだった。

 

 いや、それじゃない。

 一番辛かったのは、それじゃなくて……。

 

『……残念です』

 

 彼女の目が、ボクを、見ていなかったこと。

 

 

 

「テイオー。……テイオー!」

「え、あ、うん。何?」

「……やっぱりダメだ、テイオー。今の君が無理にトレーニングすれば、最悪事故を起こしかねない」

「そ、そんなことないよ! お願いトレーナー、ボク頑張るから!」

「テイオー……わかってくれ」

「やだよ! やだやだ! このままじゃ、ボク……!」

 

 自分が焦ってるのは、薄々わかってる。

 このままじゃマズいってことも、頭では理解できてる。

 

 でも、それでも、もっと頑張らないと……。

 あの子に勝てない。

 ……蛇ちゃんに、相手にもされない。

 同じ土俵に上がることすら、できないんだ。

 

 

 

 その時。

 

「テイオー!」

 

 トレーナーとは別の、少しだけ怒ったような声がかかる。

 振り向かなくてもわかる。

 ボクがその声を、聞き間違えるはずがない。

 

「カイチョー……」

 

 そこにいたのは、ボクの憧れの人。

 トレセン学園生徒会長、無敗の三冠ウマ娘、シンボリルドルフその人だった。

 

 

 

 少し昔、まだカイチョーがトゥインクルシリーズ現役だった頃。

 皐月賞に続いてダービーに勝った後、カイチョーは余裕の表情を見せながら、2本の指を立てた。

 幼いボクは、そのカッコ良さに……たくさんの人から声援を貰って誇らしげに立つその姿に、心底憧れたんだ。

 

 その瞬間から、ボクの目標はカイチョーになった。

 だから後を追うように中央トレセン学園に入って、トゥインクルシリーズに登録した。

 

 ……その後、トレーナーと出会って、憧れるだけじゃなくカイチョーに勝ちたいって思うようになったりしたけど。

 今でもカイチョーと、カイチョーの成し遂げた無敗の三冠っていう伝説は、ボクにとって最高にキラキラした……憧れなんだ。

 

 

 

 そのカイチョーが、珍しく眉をひそめてボクを見てた。

 ……自分が良くないことをしてることは、なんとなくわかってる。

 だからちょっと気まずくて、ボクはカイチョーから目を逸らしてしまった。

 

「テイオー、言っただろう。トレーナー君にあまり迷惑をかけるな、と」

「……うぅ、だって」

「君の気持ちもわかる。私とて生涯無敗だったわけではない、敗北……大敗した時の動揺は、理解できるとも。

 けれど、そんな時だからこそ心機一転、自分のトレーナーと息を合わせて歩まなければいけない。

 彼は君のことを考えて言ってくれてるんだ。だから君も、彼と契約しているウマ娘として、彼に寄り添わなければならない。

 ……違うかな?」

「うぅ……違わないけどぉ」

「まぁまぁ、ルドルフ。テイオーにだって想いがあるんだ、そこを蔑ろにしちゃいけないよ」

 

 カイチョー、何かあった時は必ずトレーナーの肩を持つんだもん。

 正直、カイチョーとそこまで信頼関係を作ってるトレーナーに、ちょっと嫉妬するくらいだよ。

 

 

 

 ボクのトレーナーは、カイチョーのトゥインクルシリーズ現役時代のトレーナーでもあった。

 ドリームトロフィーリーグに移籍するにあたって、色々あってチーム所属になり、トレーナーとの契約は解除したらしいけど……。

 今でもカイチョーは時々トレーナーに会いに来るし、トレーニングについても相談してる。

 契約がなくなっても、長い時間が培った信頼関係は揺るがないみたいだ。

 ……いいなぁ、そういう関係。ちょっと憧れる。

 

 元々、トレーナーに契約を持ちかけたのはボクの方から。

 カイチョーを担当してたトレーナーなら、ボクをカイチョーの背中へ導いてくれるかもしれないって思って、彼にアタックしたんだ。

 結論から言うと、確かにその能力は高かった。

 きちんとボクの気持ちを理解した上でトレーニングを組んでくれるし、すごく堅実な育成をしてくれる人だ。

 信頼は、まぁ、してるよ。この人なら間違いないって。

 ただこうして時々、カイチョーとの関係性を見せつけられて……ちょっとうんざりもしてるかな。

 

 別に、トレーナーが誰と仲良くしようといいんだけどさ。

 自分の契約トレーナーと、自分の憧れの人が親しいと……なんか、むかむかする。

 ボクのトレーナーだし、ボクのカイチョーなのに、って。

 

 その上、今は皐月賞での負けもあって、ボクは素直にカイチョーの言葉を聞ける状態じゃなかった。

 

 

 

「だって、だって! もっとトレーニングしなきゃ……!」

「トレーナー君も言っていたが、これ以上は時間を浪費するだけだ。一旦気分転換でもしてきた方が良い」

「やだ! そんなことしてる間に、あの子はもっと速くなるんだもん!」

「……やれやれ、困ったな」

 

 カイチョーは、苦笑いで腕を組む。

 うぅ、カッコ良い。

 カッコ良いけど、だからって騙されたりしないからね!

 

 頬を膨らませるボクを前に、トレーナーはカイチョーに近寄って、何かを囁く。

 

「ルドルフ、もしよければ……」

「む? ……なるほど。ふふ、相変わらず君は、ウマ娘使いが荒いな」

「頼めるか?」

「君の頼みを、私が断ったことがあったかな?」

 

 仲が良い2人を見てると、もっともやもやする。

 ボクのトレーナーって言うんなら、カイチョーじゃなくてボクの方を見てくれればいいのに。

 カイチョーだって、もっとボクのことを見てくれてもいいじゃん。

 ……なんで皆、ボクのこと見てくれないんだよ。

 

「2人で何話してるのさ!」

「いや、何でもないよ。

 ……時にテイオー、君もあれから成長したはずだ。また模擬レースをしてみないか」

「えぇっ、カイチョーとレース!? いいの?」

 

 カイチョーは生徒会長で、いつも忙しそうにしてる。

 その上、やっぱり無敗の三冠ウマ娘って栄光には、ちょっと手の伸ばしにくいところがある。

 だからカイチョーは、模擬レースしたいって思っても簡単には挑めない相手なんだ。

 

 ……三冠の夢は破れたけど、カイチョーを超える夢は残ってる。

 こうなったら、それだけでも叶えてみせるよ。

 

「今度こそは勝つからね、カイチョー!」

「ああ、本気でかかって来るといい、テイオー。

 ……今回は、こちらも全力でお相手しよう」

 

 ゴクリ、と息を呑む。

 カイチョーの全力。

 ボクは初めて、この身でそれを体験できるんだ……!

 

「時にトレーナー君、来週末の予定はどうかな。実は映画のチケットが2枚手に入ってね、是非君と行きたいと思うんだが」

「来週末か。……わかった、予定を空けておくよ。ありがとう、ルドルフ」

 

「ねーっ! ボクが気合を入れてる時に2人で楽しそうにしないでよーっ!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 数日後、模擬レースの日が来た。

 

 参加するのは、ボクとカイチョー、それから7人のウマ娘たち。

 急な模擬レースの開催を聞きつけて、自分も参加したいって言ってきた子たちだ。

 ……その中に、蛇ちゃんはいなかった。

 その代わり、って言っちゃ何だけど……。

 

「テイオー、今日はよろしく」

「ネイチャ……参加するんだ」

「まぁねー。あの会長と走れる機会は逃せない、ってトレーナーさんがさ」

「……へぇ、そっか」

 

 ボクと同期のウマ娘、ネイチャがいた。

 

 ナイスネイチャ。

 いつも飄々とした態度の、主に差しを得意とするウマ娘だ。

 ここまでの戦績は4戦2勝。目立って強いウマ娘ってわけじゃない。

 その末脚も、そりゃ他の子に比べれば切れるけど、間違いなくボクの方が上だ。

 

 それなのにあの日。

 

『いいえ、勝つのは私です。

 ……ネイチャならともかく、今のあなたに負ける道理はない』

 

 蛇ちゃんは、ネイチャがボクより強いって言い放った。

 ネイチャの脚は、あの子と違って普通のものだ。飛び抜けて強いわけじゃない。

 それなら、ボクが負けるわけない。

 実際、若駒ステークスでも2バ身の差を付けてボクが勝ってるんだから。

 

 ……負けるわけがない、のに。

 

 あの言葉が耳から離れない。

 ……彼女から見て、ボクとネイチャは、何が違うんだろう。

 

「それと、テイオー」

「……ん、何?」

「今日のレース、後ろめに行った方がいいよ」

「んえ、なんで?」

「そうしないと、皇帝の……行程は、止められないから、なんてね」

「…………あー、うん」

 

 そう言えばネイチャ、カイチョーと同じようなセンスだったっけ。

 レース前にこんな脱力することあるんだ。

 ある意味、これはネイチャの持つ脅威かもしれない。

 

 ……しかし、カイチョーを止められない? なんで?

 ボクがそれを聞こうとした時、ちょうどボクのトレーナーが模擬レースを始めるって言い出しちゃった。

 仕方なく、ボクらは会話を切り上げてスタートラインに並ぶ。

 うーん……ネイチャ、何が言いたかったんだろ?

 

 

 

 さあ、模擬レースが始まる。

 

 ボクは基本的に、トレーナーからどう走るかの詳細な作戦をもらったりはしない。せいぜいどの位置からどれくらいでスパートする、とかその程度だ。

 ボクにはレースセンスがあるし、変に前もって決めるよりも、その場でどうするか考えた方がいいからね。

 

 で、今問題なのは、ネイチャから言われたことを信じるかどうか。

 

 カイチョーは、いつも通りの差しで来るとして。

 ネイチャが言うには、後ろめ……つまりボクの場合は、中団くらいにまで下がって走った方がいい、って話だった。

 ボクは差しがそこまで得意じゃない。だからネイチャがボクを警戒して、変なことを吹き込んできたんじゃないか、とも思ったんだけど……。

 ネイチャはそういうことをする子じゃない。

 ……そして多分、今回の彼女の目標はボクじゃないと思うんだよね。

 

 ネイチャは、自分から見た最大の難敵を潰すために、全力を尽くすタイプだ。

 ボクを掛からせて蛇ちゃんに迫らせた、あの模擬レースの時もそうだった。

 あくまでボクの体力を枯らすのはおまけで、蛇ちゃんを暴走させるのがメインの目標だった……ってのが、トレーナーの考察。

 であれば、今回も……カイチョーより前をウマ娘が走るのは危険、それでカイチョーが調子を上げてしまうって、ネイチャはそう判断してるってことかな?

 

 どうしよう。今回は差しで行くべき?

 ……いや、でも、ダメだ。ボクの差しじゃ、絶対カイチョーに競り合えない。

 カイチョーの本気を知るためには、ボクは先行策で行かないと。

 

 ボクが今回の作戦を決めると同時に、トレーナーが持っていたフラッグが振り下ろされる。

 

「ふっ!」

「ここっ!」

「っ!」

 

 抜群のスタートを切ったのは、やはりカイチョー。ボクとネイチャがそれに続く形だ。

 勿論、3人とも逃げウマ娘じゃないから、きちんと自分のペースを守り、レースの流れに従って位置を下げる。

 ネイチャとカイチョーは中団、ボクは先行の位置に。

 

 今回は、逃げウマ娘が1人、先行ウマ娘が……ボクも含めて2人か。

 他は6人は差しと追込?

 えらく偏ってる。もしかしてネイチャ、皆にも同じことを伝えてたのかも。

 

 まぁ、同じ作戦のウマ娘は少ないほどいい。

 何せバ群に囲まれて抜け出せなくなることがないもんね。

 そういう意味では、この形はかなりラッキーだ。

 

 もう1人の先行ウマ娘より少しだけ前方に抜けて、内ラチに沿ってインコースをひた走る。

 よし、このまま好位置をキープして、終盤でスパートをかけよう。

 幸い、逃げウマ娘はそこまでペースを上げてない。これなら問題なく走り抜けられるはず。

 

 

 

 ……そこから終盤までは、普通のレースだった。

 ネイチャや他のウマ娘たちが何かを仕掛けてくることもなく、ボクも走りを間違えることなく。

 良く言えば、この上なく順調。

 悪く言えば、薄気味悪い嵐の前の静けさ。

 

 

 

 そしてその沈黙は、唐突に破られた。

 

 

 

 後方から、すさまじい威圧感が届く。

 この感じ、間違いない……カイチョーだ!

 

 負けじとボクもスパートを始める。

 皐月賞では満足に出せなかったボクのスパート。自慢になるけど、そう簡単には追い付かれない自信がある。

 大丈夫、これならカイチョー相手でも……!

 

 

 

 瞬間。

 ボクが見ていた世界が、塗り替わる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 まるで、どこかの国の宮殿みたいな景色。

 

「我の前に道はなし」

 

 その中を、1人のウマ娘が進む。

 この豪奢な宮殿にあってなお威風堂々としたその姿は、まさしく皇帝そのもの。

 

「なればこそ、勇往、邁進!」

 

 バチバチと、その全身から稲妻が溢れて……。

 彼女が手を振るえば、光り輝く雷撃が眼前に広がる床を焼き払う。

 

 そうしてそこに、一条の進路が拓かれた。

 

 これこそが皇帝の歩むべき……覇道。

 

「道は自ら切り開くッ!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「な、なにこれ!?」

 

 確かにレーンが見えているのに、同時におかしな光景が重なって見える。

 

 ……でも、なんとなくわかる。

 この世界こそが、カイチョーの見せたかった、カイチョーの本気。

 

 間違いない、ここからカイチョーが上がって来……。

 

 

 

 ぞくり、と。

 とんでもない重圧に、体が硬直して姿勢を崩しかけ、咄嗟に道を譲った。

 

 

 

 ボクの横を、信じられない速度で、何かが抜き去っていく。

 ……カイチョーだ。

 一瞬だけ見えたその瞳からは……まるで稲妻のような、白い閃光が走っているように見えた。

 

 並んだのは、本当に瞬きほどの刹那。

 カイチョーは……ボクに一瞥もくれることなく、遥か前方に駆け抜けていった。

 

「……っ」

 

 ……仕方、ない。

 カイチョーに負けるのは、仕方ない。

 ボクじゃまだ、カイチョーにも、蛇ちゃんにも、届かない。

 

 ……でも、きっと、いつかは勝ってみせる。

 だから今は、せめて2着に……!

 

「ここだ……ここで、一気に!」

 

 後ろから、声がした。

 焦りもない、消沈もない、ただ歓喜と充実感の籠った声。

 

 ネイチャの声だ。

 

 もうここまで上がってきたんだ。

 ……でも、絶対に抜かせない。

 これ以上、ボクは負けたくない……! 

 

 

 

 そう、思ったのに。

 

 

 

「やっと見えた……アタシだけの、世界!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 世界が暗闇に落ちる。

 どこにも寄る辺のない、どうしようもない暗い世界。

 

 その中に、1つだけ、星があった。

 輝く星。遠い星。……灰色の、星。

 そこから、1本の光の道が伸びている。

 ……いや、そこから伸びてるんじゃない。

 これは、星へと至る道。星を掴み取るための、彼女の道だ。

 

「夢、見せられるだけじゃ、ね!!」

 

 そう叫んで、彼女は星へと駆け出す。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……こ、これ、カイチョーのと同じ!?

 なんでネイチャが使えるの!?

 ボクだってまだわかんないのに……!

 

 それぞれを中心に広がるカイチョーとネイチャの世界が、互いを侵食しようと削り合う。

 ……ネイチャの世界は、カイチョーの世界ほど整ってない。完璧じゃない。あるいは進化してない。

 それでも対等に……カイチョーと、競り合ってる!

 

「はぁぁぁぁああああ!!」

 

 ネイチャの絶叫が聞こえる。

 命をすり減らしてるんじゃないかと思うほどの、必死の絶叫。

 

 そしてネイチャはボクに並んで、すぐに……抜き去った。

 

 ボクには、目もくれずに。

 

 カイチョーは一瞬だけ振り向いて、ボクじゃなく、ネイチャを見て……。

 少しだけ唇を緩め、更に足を早める。

 

 

 

 

 

 

 その光景が、心の最後の一線を、越えた。

 

 

 

 

 

 

 ……なんで。

 なんでだよ。

 ボクだって、カイチョーや、ネイチャや……蛇ちゃんと同じ、ウマ娘なのに。

 なんで皆、ボクの方を見てくれないんだよ!

 

 ボクだって同じようにここにいる! ここで走ってる!

 なのに、皆知らん顔して走り去って!

 ボクじゃ相手にならないって? ボクなんか視界にも入らないって?

 ふざけんな! ボクだってウマ娘だ!

 

 ボクだって、このレースに勝ちたいんだ!!

 

 

 

 渾身の力を脚に込める。

 

「……ボクが!」

 

 全力全開で、全身全霊で、一切出し惜しみのないボクの本気。

 それでも、このレースには勝てないかもしれない。

 相手はカイチョー、そしてカイチョーと互角に張り合えるネイチャだもん。

 調子の悪いボクの脚じゃ、永遠に追い付けない。

 ずっとずっと、その後ろ姿を眺めていることしかできない……。

 

 

 

 ……なんて。

 

 そんなの、絶対っ! 認めない!!

 

 勝つ、絶対に勝つ!

 ボクが、誰より速く、1着で、ゴールするんだ!!

 

『私は、トウカイテイオーと戦いたかった。

 私の全身全霊をも捻じ伏せてくる、最高のウマ娘と戦いたかった。

 ……残念です』

 

 あの日言われた、冷たい言葉がフラッシュバックする。

 

 見てろ、ホシノウィルム。

 

 いいや、ボクを見ろ、カイチョー、ネイチャ、ホシノウィルム!

 

 今回も次も、ボクが勝つッ!!

 

 

 

「ボクが、トウカイテイオーだぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!」

 

 

 

 パキン、って。

 

 呆気なく、視界が割れる。

 その先にあったのは……。

 

 

 

 青空。

 どこまでも広がる、綺麗で自由な青空。

 

 ……あぁ、なんて気持ち良い世界なんだろう。

 

 この空の中でなら、ボクはどこまでだって行ける。

 

 

 

 ボクを中心に広がった世界が、ネイチャのそれとぶつかる。

 それらは自分の領域を広げようと、互いにガリガリと削り合って……。

 ……その時、割れた世界の破片から、ネイチャの心が伝わってきた。

 

『勝ちたい! アタシだって、アタシだって勝ちたい!

 勝ってトレーナーさんに証明するんだ! あなたが選んだウマ娘は、本当に強い子に育ったって!!

 だから、絶対に! 相手が帝王だろうが、皇帝だろうが、負けてやるもんか!!』

 

 心の底から勝利を望む、ウマ娘の本性。

 燃えたぎる、闘争本能。

 

 それに魂が共鳴するように、ボクの心の熱も高まっていく。

 

 勝つ。勝ちたい。このレースに! 隣にいるウマ娘に! 遥か彼方にいる目標に!!

 

 これだ。この気持ちだ。

 あの日のボクに足りなかったもの。

 あの子に迫るために必要なもの。

 

 これがあれば。

 

 

 

 ボクはもう、負けない!!

 

 

 

「……っ!」

「来たか!」

 

 ネイチャから、そして前にいるカイチョーから、視線が向けられる。

 ボクがここにいると、脅威になり得る「ライバル」だと、ようやく認められた。

 

 喜んでる暇なんてない。

 ボクは、この2人に、勝つんだから!

 

 青空を飛ぶように、ターフを走る。

 ずっと高く、ずっと速く、どこまでも遠くにまで、この足で駆け抜ける!

 

「ボクが、勝つんだぁぁぁあああ!!」

「ッ、くそっ、まだまだぁぁぁあああ!!」

 

 お互いの世界をガリガリと削り合いながら、前へ、前へ!!

 

 まるで夜闇のように真っ暗なネイチャと、真昼のような青空のボク。

 2つの世界は対極だ。絶対に相容れない。

 そして、遥か先にいるカイチョーも。

 同じ競走ウマ娘で、同じレースを走るライバルで、勝つのはただ1人だけ。

 

 だから、だから、だから!

 

 勝つのは、ボクだぁぁぁあああ!!

 

 

 

 

 

 

「その感覚を忘れるな、2人共。

 そしていつか、夢の舞台で覇を競おう」

 

 

 

 

 

 

 ゴールラインを踏んだのは、カイチョー、ボク、ネイチャの順で。

 

 7バ身差で、カイチョーの勝ち。

 ネイチャとは、3バ身差だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「テイオー! 大丈夫か!」

 

 遠くから、トレーナーが走り寄って来る。

 まぁ……心配にもなるよね。

 膝に手を付いて肩を上下させるなんて、ボクらしくない。

 今までずっと、あの皐月賞の時でさえ、ここまで疲れ果てることなんてなかったから。

 

 でも今は、この疲労が気持ち良い。

 ボクはようやく、カイチョーやネイチャ、そして蛇ちゃん……ホシノウィルムと、同じステージに立った。

 これは、その証拠だ。

 

 ……ああ。

 それでも、悔しい。

 

 悔しい。

 悔しい、悔しい、悔しいっ!!

 勝てなかったのが悔しい、結局カイチョーには全然届かなかった、それが心の底から悔しい!!

 

 けど、だからこそ。

 この気持ちがあるからこそ……ボクは、勝てる。

 

 あの灰色の光の向こうにいる、異次元の速さを持った彼女にだって!

 

 駆け寄ってきたトレーナーに、首だけを上げて、答えた。

 

「ふぅ……はぁ、大、丈夫……。

 ごめん、ありがとう、トレーナー……ボク、もう大丈夫、だから」

「……! そうか、見えたのか」

「うん! ……ボク、これで、ウィルムに、勝てるかな……?」

「勿論だ、準備は完全に整った。

 ……ダービー、勝ちに行くぞ、テイオー」

「っ、うん! 追い切りメニュー、頼んだよ……トレーナー!」

 

 

 

 

 

 

 君の願い、今度こそ叶えてあげるよ。

 トウカイテイオーが、君の言う最高のウマ娘が、君と戦ってあげる。

 そして、その伸びた鼻、叩き折ってやる!

 

「ダービーで待っててよ……ウィルム!」

 

 

 







 シンボリルドルフ
 『汝、皇帝の神威を見よ Lv9』
 レース終盤に3回追い抜くと最終直線で速度がすごく上がる。
 更に、皇帝の威圧が進むべき覇道を切り拓く。

 ナイスネイチャ
 『きっとその先へ…! Lv1』
 レース終盤で3番手の時に負けそうになると闘志に火が付き速度が上がる。

 トウカイテイオー
 『究極テイオーステップ Lv1』
 最終直線で前と差が詰まると華麗な脚取りで速度がすごく上がる。



 そんなわけで、テイオー視点でライバル覚醒編でした。
 本気になったトウカイテイオーはとんでもなく強いです。
 ダービーは、皐月のように簡単には勝てないかもしれませんね。

 あの「世界」が何なのかわからない人もいるかもしれませんが、後ほど説明はあります。
 もうちょっとお待ちください。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、困難と不可能への挑戦の話。
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