転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 ライス視点で菊花賞「中編」です。





二矢、惹き付け

 

 

 

 ライスシャワー。

 それが私に与えられた、競走ウマ娘としての名前。

 

 その意味は、祝福。

 誰かに幸せを送り届けるっていう、素敵な名前でした。

 

 じゃあ、実際のライスはそんな素敵な、誰かを幸せにできるウマ娘なのかって言うと……。

 残念だけど、そうじゃなかった。

 

 むしろ、その真逆。

 周りにいる人を不幸にして、その幸せを奪ってしまう、駄目な子だった。

 

 庭園の、青いバラ。

 みんなと違う、不幸を呼んでしまう花。

 

 それが、トレセン学園に入るまでのライスで……。

 

 いいや、違う。

 それが、お姉さまに出会うまでのライスだったんだ。

 

 

 

 けど、お姉さまは……ホシノウィルム先輩は、言ってくれた。

 

 自分の力で、自分を変えればいいんだって。

 不幸しか届けない青いバラ。そんな運命は、君自身の力で破ればいいって。

 

 きっとお姉さま自身は、自分のそんな言葉を、覚えてすらいないと思う。

 

 それはお姉さまにとって、自分の後輩たちにかける、なんでもない言葉の1つに過ぎないんだろう。

 お姉さまがたくさんの後輩たちに慕われているのは、勿論外見の可愛さとかその戦績もあるとは思うけど、同時にそうやって多くの後輩たちの相談に乗ったり、勇気付けたりしてきたからなんだもの。

 

 ……けど。

 お姉さまにとっては、簡単に忘れられる、日常的な言葉でも。

 ライスにとっては、人生を変えてくれるような、忘れられない言葉になった。

 

 自分を変えてくれる誰かを待つんじゃない。

 自分の力で庭園の外に出て、手を貸してくれる人を探して、そうして咲き誇って……。

 見てくれる誰かを幸せにできる、素敵なウマ娘になる。

 

 そんな未来のビジョンを見せてくれたお姉さまの言葉自体は。

 私にとって、これ以上ない助けで、救いで、導きだったんだ。

 

 

 

 ……だから。

 

『まずはブルボンちゃんの背中を目指せばいいと思うよ』

 

 だからライスは、お姉さまの言葉に従って、ひたすらにブルボンさんを目指し続けた。

 

 ライスと同期の……きっと、この世代の台風の目になるだろう競走ウマ娘。

 寒門、つまりはそこまで良い血統を引いているわけではない、けれど抜群の素質を持っていた逃げウマ娘。

 まるで、次代のホシノウィルムとでも言うような……主人公(ヒーロー)

 

 お姉さまを育てた堀野トレーナーさんは、ライスではなく、ブルボンさんを選んだ。

 彼女を新たな担当ウマ娘に迎え、クラシック三冠達成に向けて鍛えていた。

 ホシノウィルムの後輩、あるいはその後継となるべきは、その素質があるのは……ライスシャワーではなく、ミホノブルボンなのだと、そう言うように。

 

 ……それが羨ましくなかったと言えば、嘘になる。

 

 ライスも、お姉さまの後輩として、胸を張りたかった。

 お姉さまの背を追いかける姉妹弟子として、まるでクラシック三冠なんて獲って当然みたいな顔をして……。

 そうして、当然のようにその夢を叶えて、多くの人に祝福されながら先輩の背を追う。

 そんなもしもの世界を、夢見なかったと言えば……それは嘘だ。

 

 でも、同時に、ライスをここまで連れて来たトレーナーさんと別れたくもなかった。

 ライスの望み通りに、必死に、全力で、外部からは罵倒されるかもしれないような育て方でも躊躇わず、ずっと支えてくれたんだもの。

 ライスの導き手はお姉さまと、そしてトレーナーさんだ。どちらか片方でも欠かすことはできない。

 

 だから……トレーナーさんがホシノウィルム先輩をスカウトしていて、ライスが後輩として選ばれる。

 そんな在り得ない、都合の良すぎる世界を夢見てしまうライスは……やっぱり悪い子なのかもしれない。

 

 

 

 でも。

 現実は、そうはならなかった。

 ライスのトレーナーさんが担当していたのは、ネイチャ先輩ただ1人だし。

 やっぱり、ホシノウィルムの後継は、ブルボンさんだった。

 

 ……そう。

 このレースで……菊花賞で勝利を期待されているのは、ミホノブルボンだ。

 

 それを破ろうとするライスは、やっぱりヒーローじゃないんだろうと思う。

 ホシノウィルムの後を継ぐ後継、二年連続の無敗三冠を叶える奇跡の主人公(ヒーロー)を妨害する、邪魔者。

 悪い人(ヒール)って、そう呼ばれても仕方ないかもしれない。

 

 

 

 ……それでも。

 

 それでも、勝ちたかった。

 

 ミホノブルボンに勝てば。

 彼女よりも強く、速くなれば。

 そうなれば……お姉さまに、その背中に、近付く。

 誰かを幸せにできるウマ娘になる、その第一歩として、たくさんたくさんお世話になった人を、楽しませることができる。

 

 だから、勝つんだ、と。

 

 そう思って、ライスは皐月賞に、日本ダービーに挑んで……。

 

 

 

 ……ミホノブルボンの、圧倒的な強さに、跳ね除けられた。

 

 

 

 ホシノウィルムの後輩である、ミホノブルボン。

 彼女は、強かった。強すぎた。

 

 2000メートルでも。2400メートルでも。

 その血統から考えて、彼女には厳しいはずの距離でも、ライスはミホノブルボンに勝てなかった。

 

 完全に、マークしていた。

 彼女のペースについて行けるように、備えていた。

 最後に差し切るために、構えていた。

 

 ……それでも、追いつけなかった。

 

 想定外のペースで、想定外の走りで、想定外の実力で。

 彼女は適性の壁っていう大きすぎるギャップを超えて、誰より速くゴール板の前を駆け抜けた。

 

 ライスは……多分、素質の面では、ブルボンさんに遠く及ばないんだと思う。

 ブルボンさんみたいに、血統の限界を超えることなんてできない。

 頑張っても頑張っても、ライスには明確で絶対的な壁があって、それを超えることができない。

 苦手な距離を、得意な距離にすることはできない。

 

 

 

 ……だから。

 

 だから、逆に言えば、今この瞬間だけがチャンスだった。

 

 菊花賞。

 

 3000メートルの長距離と高低差の大きな坂によって、ミホノブルボンに極めて不利な距離であり。

 逆に、堀野トレーナーさん曰く「生粋のステイヤー」らしいライスシャワーにとって、最も有利な距離であり。

 時間が経てば経つ程に開くだろう差が、まだ致命的なレベルになっていない時期であり。

 ライスが、ブルボンさんの走りを、しっかり覚えられた今。

 

 今、この瞬間しか……。

 ライスシャワーは、ミホノブルボンに勝てないかもしれない。

 

 お姉さまとレースを走って、お姉さまを楽しく幸せにして……。

 ホシノウィルムの後輩として、胸を張って、勝つ。

 そしていつかは、誰しもを幸せにするお姉さまみたいなウマ娘になる。

 

 そのために、このレースで、ライスは勝たないといけなかった。

 

 

 

 だから、できることをした。

 

 ひたすらに、自分の身を削り落とすみたいに、余計なものを切り捨てた。

 

 ウマ娘としての芸能活動も。

 ライスの個人的な趣味や嗜好も。

 トレーナーさんの懸念も、ネイチャ先輩の心配も。

 肉体的な苦痛の訴えや……故障のリスクさえも。

 

 その全てを捨て去り、あるいは呑み込んでこの一戦に賭けた。

 

 

 

 全ては、菊花賞に勝つために。

 

 ミホノブルボンの背中を超えて、先に進むために。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『さぁ18人のゲートインが終了、体勢整いました』

 

 

 

 ゲートの中。

 

「…………」

 

 今の私には、感情も、焦りも、感慨もなかった。

 ただ、耳を澄ませ、精神を尖らせて、スタートの瞬間を待ち……。

 

 

 

『……スタート!!』

 

 

 

 瞬間、駆け出す。

 

 お姉さまに教えてもらった集中法、「コンセントレーション」。

 それは今でもライスの中に息づいていて、私はおおよそ最速のスタートを切ることができた。

 

 ……けど、最速のスタートを切ったのは、ライスだけじゃなくて。

 ライスのすぐ隣にいたミホノブルボンもまた、ライスと同じくらい完璧なスタートを切っていた。

 

「…………」

 

 けれど、それは、予想通りの展開だ。

 

 お姉さまは、ライスのことを応援してくれているけど……。

 それでもやっぱり、お姉さまの一番の後輩は、同門のブルボンさんだ。

 その技術を、逃げウマ娘にとって最大の力となるスタートの技法を、ブルボンさんが教わっていないわけがない。

 そもそも、お姉さまにそれを伝えたのは、ブルボンさんのトレーナーの堀野トレーナーさんだし。

 

 ……大丈夫。

 問題はない。

 

 今大事なのは、ミホノブルボンのペースについて行くこと。

 遅れてスタートを切るんじゃなく、同時にスタートできたなら、大丈夫だ。

 

 

 

 ライスは、ネイチャ先輩と違って、器用に走れない。

 

 レースの流れとか、どのウマ娘がどこにいるとか、ここから抜け出すにはとか。

 そういうことを考えて、整えて、勝利への道を舗装する。

 それこそが、ネイチャ先輩が得意とする、レースメイクっていうもの。

 

 どれだけ頑張っても、ライスにはそんなこと、できなかった。

 すぐに頭がいっぱいになってしまって、走りが歪になる。

 他のことに気を取られて、本来すべき走りができなくなってしまう。

 

 ライスは、器用じゃない。

 色んなことに、他のウマ娘に目をやれば、すぐに自分がダメになってしまう。

 

 だから、ライスがすべきは……お姉さまの言う通り、一極集中。

 何か1つに、誰か1人に、どこまでも集中することだ。

 

 ライスシャワーの脚質は、先行。

 レースのペースを作る逃げウマ娘や、他の先行ウマ娘に追従して走り、終盤にそれを差し切って、そのままゴールするっていう作戦。

 

 そして、ライスにとっての目標はミホノブルボンであり、お姉さま。

 

 だから、他の全ては、気にしない。気にする必要はない。

 

 ミホノブルボンとライス以外の、全ての出走ウマ娘。

 彼女たちは全員……いいや、全て。レースの条件の1つに過ぎない。

 芝の状態とか、天気とか、自分の枠番と同じ。

 そこにあって、レースを変動させ得るだけの、ただの不確定要素でしかない。

 

 本質的に、このレースは、ライスとミホノブルボンの競走だ。

 ミホノブルボンが逃げ切るか、ライスシャワーが差し切るか。

 勝敗を決めるのは、ただそれだけ。

 

 それ以外のことは、考える必要はないし、考えてはいけない。

 それを考慮しながら勝てる程、ライスは器用じゃないんだから。

 

 

 

 けれど、そう、結果的には。

 コントロールせずとも、レースの展開は、ライスの有利な方へ進んでくれた。

 

 

 

『さぁバ群を突き抜けたのはやはりミホノブルボン、右耳の耳飾りが先頭に輝きます。

 もう1人の逃げウマ娘ソウリクロスはどうするか……行った行った行った! 一気にソウリクロスが大外からかわして前に出ました!

 注目の先陣争いを征したのは……ソウリクロス! ソウリクロスが一気に4バ身のリードを広げた! 驚異的な加速、しかし菊花賞は3000メートル、果たして逃げ切りは叶うのか!?』

 

 

 

 誰かが、領域を開く気配がした。

 どこかネイチャ先輩のソレと似た景色。

 昏い中、一条の光が走るそれが、京都レース場の芝の上に拡がる。

 

 けど、ライスはそれを気にせず、ただミホノブルボンさんを見続ける。

 

 前で放たれる矢を、気にする必要はない。

 矢は前へと飛ぶもの。前にいる者だけを狙い、射抜くもの。

 

 だから、展開したウマ娘、無理に前に出ようとした彼女よりも後ろにいた私には、影響もない。

 

 気にせず、私はただ、自分の走りを続けた。

 つまりは、ミホノブルボンだけを見続けることを。

 

 ……けれど、一方で。

 どうやらミホノブルボンは、自分の走りを続けられなかったらしい。

 

 

 

『ミホノブルボンが前にウマ娘を見るのはメイクデビュー以来のことになります。

 先頭ソウリクロスから少し差を詰めて3バ身、2バ身とミホノブルボン、そこから4バ身5バ身離れるかシャバランケがここにいる。

 これから1周目の第4コーナー、10番マチカネタンホイザが4番手、そのすぐ後ろに好位置で追走するのはライスシャワー!

 レースはまだ始まったばかりですが大きく大きく縦に開いた形! ここから誰がどう動くのか!?』

 

 

 

 ……想定外に。

 展開は、ライスの有利に転んだ。

 

 ミホノブルボンは、掛かっている。

 

 彼女の走りを、ライスは誰より知ってる。覚えてる。

 だからこそ、断言できる。

 

 今、ミホノブルボンは、自分の走りを乱して前に出た、って。

 

 京都レース場の第三コーナーには、淀の坂で上った分を一気に駆け降りる、急こう配の下り坂がある。

 ミホノブルボンはそれに合わせるように一気に加速し……。

 遠心力によって外に流されかける体を無理に抑え込んで、先頭のウマ娘に迫って行く。

 

「……ついて、く」

 

 ライスはそれを追って、少しだけ前に出た。

 

 大丈夫。

 日本ダービー以来、ライスは全力で自分を鍛え上げた。

 今のライスのスタミナは、それこそシニア級のステイヤーと見比べても遜色ないものがあるはず。

 

 だから、このペースにも十分、ついて行ける。

 

 

 

 ミホノブルボンが掛かるのは、ライスにとって、僥倖と言う他なかった。

 

 トレーナーさんは、ミホノブルボンは日本ダービーで自分の気性を克服したと判断していた。

 一緒に走ったライスからしても、完全に克服したかはともかく、ある程度抑え込めるようになったんじゃないかなって思ってた。

 だからこそ、この菊花賞で、ミホノブルボンが易々と掛かるとは思えなかったんだ。

 

 逃げ宣言をするウマ娘がいると聞いても、それが聞き覚えのある名前でも、関係ない。

 あの史上最強のウマ娘と併走しているブルボンさんが、今更クラシック級のウマ娘相手に掛かるはずがないって、そう判断してた。

 

 だからトレーナーさんは、彼女が掛からないことを前提としてプランを組み、走りを組み立てた。

 そのプランでは、どうしたって勝率は高くはならなかったけれど……。

 

 ……ミホノブルボンが掛かるとすれば、状況は一気に変わる。

 

 ミホノブルボンの唯一にして最大の弱点は、スタミナ。

 彼女は適性の壁に阻まれ、長距離を走るだけのスタミナを持てない。

 実際トレーナーさんの分析からしても、ミホノブルボンは肉体的に仕上がっているけど、スタミナだけは菊花賞を走るにはギリギリだと思う、って。

 

 だからこそミホノブルボンは、日本ダービーの時のように、自分の走りをプランニングし、それを完璧にこなして、きっちりと体力全てを使い切る形でゴールしなければならないはずだった。

 

 けれど……1人のウマ娘の走りが、その前提を崩した。

 

 掛かってしまえば、その計画は崩れる。

 経済速度から外れ、一気に加速したことによって彼女の体力は浪費され……。

 結果的に、ミホノブルボンのゴールは、ずっと遅くなる。

 

 ……勝てる。

 

 そんな不安定な走りしかできないミホノブルボンになら、絶対に。

 

 今のライスが、負けるわけがない。

 

 

 

『さぁ場内から大歓声が上がる中、ウマ娘たちが走ります。

 先頭5人が突出して前に出た形、ソウリクロス、ミホノブルボン、シャバランケにライスシャワー、それぞれ2バ身程空けて最後に1バ身でマチカネタンホイザが続く形。

 1000メートル通過タイムはおおよそ59秒強といったところ、やはりソウリクロスの突出に引きずられるようにしてかなりのハイペースを刻んでいます!

 逃げと言うよりは大逃げにすら近いでしょう、突き抜けたソウリクロス。しかしそれに食らい付くミホノブルボンという形で、レースはまだまだここから。第一コーナーに入ります!』

『ソウリクロスもミホノブルボンも、やや掛かってしまっているかもしれません。一息吐けると良いのですが』

 

 

 

 ミホノブルボンの背中まで、前に2人。

 

 問題ない。

 障害ではあっても、かわせない速度と大きさじゃない。

 時がくれば、追い上げて差し切る。

 

 ライスがいないと仮定した場合、このレースで1着を取るのは、間違いなくミホノブルボンだ。あの子たちではない。

 適性の差があろうが、自分にとって不利だろうが、あるいは誰かに掛からされようが、それでも勝ち切ってしまうくらいに……ミホノブルボンは、強い。

 

 だから、問題は、ライスがミホノブルボンを越えられるかどうか。

 

 1着になる相手の背を越えれば、ライスが1着になる。

 その背を越えられなければ、ライスは1着にはなれない。

 

 今回のレースで大切なのは、その一点だけ。

 

 

 

『レースも半ば向こう正面、先頭は変わらずソウリクロス、ややその走りに陰りが見えてきたか、じりじりと番手ミホノブルボンとの差が埋まって来ている。

 そして未だ1バ身程開いて3番手にはシャバランケとライスシャワーが並び、ややシャバランケが前に出ているか。そこから1バ身程離れてマチカネタンホイザ、そして3バ身4バ身離れてわっとバ群が固まっています。

 やはり注目は先頭争い。夢の三冠にその手は届くか、残り1200で淀の坂が立ち塞がる!』

 

 

 

 先頭の逃げウマ娘に追従する形で、ミホノブルボンは走っている。

 その距離は迫りも縮まりもせず、一定のペース。

 

 序盤に急加速を見せた時にこそ掛かりはしたけれど、その後、ミホノブルボンのペースは彼女にとっての基準やや下で落ち着いている。

 もっと正確に言うなら、「ミホノブルボンから」逃げている先頭のウマ娘が、そのペースに併せるように走っている、っていうのが正しいだろうけど。

 

 ……けれど、一度スタミナを浪費したって事実は、決して変えられない。

 

 万全の状態なら、その快速のままに乗り越えられたかもしれない、この登り坂は……。

 

 今のミホノブルボンには、高すぎる。

 

 

 

『さぁ長い登り坂を駆け上がって第三コーナー下り坂、やはりその勾配は高かったか、逃げる2人と後続の差はジリジリ詰まって、先行集団までは半バ身差といったところか!

 そして残り600最終コーナー、ここで動くかミホノブルボン、ソウリクロスとの差が埋まって行く! それを追うようにシャバランケも外から前へ!

 ソウリクロスの先頭はここまでか、遊びは終わりだと言わんばかりに栗毛の超特急が先頭へ躍り出た!!

 ついに最終コーナー終わって直線コース、先頭はミホノブルボン、リードは1バ身強といったところか! どこからでも何でも来いと言わんばかりだ!!』

 

 

 

 差は、詰まった。

 

 京都レース場の淀の坂。

 4メートルっていう国内最大級の勾配に、体力を消耗していた逃げウマ娘たちの脚は鈍ってしまい……。

 その隙に、ライスたち後続は、一気に前へと走り出る。

 

 下り坂で多少加速し直しても、もう遅い。

 菊花賞の第三コーナーで加速するのは、タブーだ。

 ネイチャ先輩みたいな抜群のコーナリング技術でも持っていなければ、あるいはそれこそ常識破りのウマ娘でもなければ、ここで加速し切ることはできないし……。

 

 ……何より、もはや今のミホノブルボンに、トップスピードを維持できるスタミナは、残っていない。

 

 大逃げしてから、鋭い末脚を発揮する。

 そんなことができるのは、お姉さまだけだ。

 

 ブルボンさんの走りは、あくまでハナからテンまで一定のペースで走り続けるっていうもの。

 それが崩れた今、彼女のスパートに、恐れるところなどありはしない。

 

 

 

 コーナーを抜けて、直線。

 遥か前方、霞んだ視界にゴール板が映った時。

 

 ライスとミホノブルボンまでの距離は、2バ身も開いていなかった。

 

 ライスが詰め切れるだけの距離間。

 ライスが勝ち切れるだけの位置関係。

 

 ……準備は整った。

 

 付いて行くのは、ここまで。

 

 

 

「……越える」

 

 

 

 少し外に出て、直線に入ると同時、脚に満身の力を込めた。

 

 軋むような音が鳴る錯覚。

 粉々に砕け散ってしまう幻想。

 そして……勝利を確信する直感。

 

 それらを胸に抱いた、その時。

 

 

 

 ライスの見ていた世界にヒビが入り……割れた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「誓います」

 

 

 

 開いた、ライスの領域。

 そこに広がっていたは、夜の式場だった。

 

 まるでその祝福の名(ライスシャワー)を体現するかのように、私はバージンロードを歩く。

 

 その手に握られているのは、1つの青いバラの花束。

 誰のことも幸せにはできない、庭園に咲く不幸の象徴。

 

 ……けれど。

 ライスは、変える。

 自分の力で、その花の意味を変えるんだ。

 

 

 

「大好きな人たちと……幸せの青いバラに」

 

 

 

 ライスに道を示してくれた、お姉さま。

 ライスを信じて支えてくれた、トレーナーさん。

 ライスにたくさんのアドバイスをくれた、ネイチャ先輩。

 ライスに声援を送ってくれる、ファンのみんな。

 

 窓辺に咲く私を見てくれる人は、たくさんいる。

 ライス自身が、それをきちんと見ることができていなかっただけで。

 

 だから……そんな人たちのために。

 ライスは、走って、勝つ。

 

 

 

 祭壇の前に辿り着き、一瞬、祈るように目を閉じて……。

 振り返る。

 

 バラの花束はこの手から離れ、花びらが式場に舞い上がり……。

 青い嵐の中、ライスは、腰に具え付けられた短剣に手をやった。

 

 一振りの短剣。

 ただ1度、ただ1人を差すための、ライスの武器。

 

 誰のどんなものよりも研ぎ澄まされた、究極の切れ味を有している。

 ライス自身が……それを、ライスを、限りなく削ぎ落してきた。

 

 ウマ娘としての芸能活動も。

 ライスの個人的な趣味や嗜好も。

 トレーナーさんの懸念も、ネイチャ先輩の心配も。

 肉体的な苦痛の訴えや……故障のリスクさえも。

 

 その尽くを削ぎ落し、自身をただ単一の機能のみを残した、走るだけの物(たんけん)としたんだ。

 

 ただ1度振っただけで折れてしまうような、あまりに細く脆い剣。

 けれど、そのただ1度だけは全てを差し切る、絶対の剣でもある。

 

 だから……この短剣が届く限り。

 

 ライスは、決して、負けない。

 

 

 

「────ライスが、今、咲いてみせる!!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 渾身の力を込めて、大地を蹴りつける。

 

 芝を蹴り飛ばし、それどころか吹き飛ばす勢いで、前へと駆け出した。

 

 

 

 

『残すは400メートル、ライスシャワーだ、ライスシャワーが襲い掛かって来る!! 

 ローカルストリームも、そしてマチカネタンホイザも一気に前へと躍り出る! 勝負の行方はまだわからない!!』

 

 

 

 領域のイメージの上で、ライスは未だ、短剣を握っている。

 これを振り抜き、ミホノブルボンを捉えれば……ライスは、勝てる。

 

 大丈夫。

 領域を開かれようと、問題ない。

 果てのない宙であろうと、彼方の星であろうと、この剣は必ず届く。

 

 残すは、あと1バ身。

 

 越えられる。

 

 差し切る。

 

 勝つ。

 

 そのために、ライスは、ライスの全部を使ったんだから。

 

 

 

 もはや、他のウマ娘なんて目にも入らなかった。

 視界が歪み、白ばんでいくことも、体に感じる疲労と痛みも、その全てが意識に入らない。

 

 ライスに見えているのは、ただ、勝利だけ。

 ミホノブルボンというウマ娘の背中、その先にある、このレースの勝利だけ。

 

 その背に、後ろから短剣を突き付け、打倒する。

 

 そのこと以外に、ライスは何一つとして考えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから。

 

「ま、だ」

 

 だから、そんな言葉は。

 

「まだっ、だ!」

 

 だから、そんな言葉は、ライスの耳には入らない。

 

「まだ、私はっ、私、だって……!!」

 

 ライスの耳には、何も……。

 

 

 

「私、……だってッ!!!」

 

 

 

 そんな、言葉と共に……。

 

 矢が。

 

 放たれた一本の矢が、私の世界に向かって飛んだ。

 

 

 

 ……歯に衣着せずに言えば。

 それは、ちっぽけな一矢だった。

 

 絶対に、私にまでは届かない。

 ミホノブルボンにも、届くことはない。

 無謀で、無意味で、無価値で、殆ど誰も幸せにはできないだろう……。

 どこか親近感さえ覚える、無価値な抵抗だ。

 

 レースが始まった時のそれに、似た感覚。

 けれど、決定的に違うのは……。

 

 

 

 今は、ライスも、その矢の届く場所に……彼女の前にいるということ。

 

 

 

 無視してしまっていい、こんなものは無視するべきだと、私の理性は判断する。

 どうせ勝敗を左右はしない要因、頭の中に入れることさえ無駄だと。

 

 ……けれど。

 そうして考えてしまっている、見てしまっている時点で。

 

 私は既に、彼女の術中にあったんだろう。

 

 

 

 ほんの一歩、ほんの1メートル。

 矢が、領域の中にいる私に、近付く。

 

 すぐに沈む、すぐに落ちる、そんなつまらない矢に……。

 

 けれど、私は。

 私と何も変わらない、競走ウマ娘としての意志を見た気がした。

 

 どんな手を使ってもいい。

 髪の先から足の爪まで、全てを使い潰しても構わない。

 それでも、勝ちたいのだ、と。

 

 

 

 だって。

 

 私も、ホシノウィルムの、後輩なんだから。

 

 

 

 その矢に込められた想いには、見覚えがあった。

 ライスシャワーが胸に抱き続け、それを明かすために走り続けた……。

 

 星に焦がれた、凡人の意地。

 

 ライスの持つ短剣と形は違えど、同じ武器を持っているウマ娘がいた。

 共感と共に、根拠もない警戒心が湧き立つ。

 相手にもならないと目に入れなかった、目に入れるべきでなかった相手を、直視してしまう。

 

 

 

 ソウリクロス。

 

 菊花賞の出走ウマ娘であり、ホシノウィルムの後輩である彼女は、今。

 

 全身から汗を散らし、歯を噛みしめ、目を血走らせて……ミホノブルボンとライスシャワーを、並み居る強敵たちを、打ち倒そうとしていた。

 決して勝てないと悟りながらも、最後の瞬間まで諦めることなく、走り続けていた。

 

 

 

 二本目の、決して届かない矢が、迫る。

 その決意を、誇りを、走りを、武器を……想いを。

 

「……ああ」

 

 ライスだけは、無視、できない。

 その強さを、恐ろしさを、知っているから。

 

 

 

 だから。

 

 ライスは……その手に持つ武器を使って、自身の脅威を打ち払った。

 

 負けを認めないために。

 このレースに、勝つために。

 

 

 







 ライスシャワー
 『ブルーローズチェイサー』 Lv2
 レース終盤に追い抜いて先団につけると最終直線で強い意思を持って速度が上がる。



 ソウリクロス

 スキル進化!

「再燃焼」→「連弩」
 レース終盤に持久力を少し回復して加速力を上げ、前方のウマ娘の視野を狭くする<作戦・逃げ>




 次回は一週間以内。このレースの主役の一人だったウマ娘の視点で、菊花賞後編。
 徹底的に引っ掻き回し、どこまでも貪欲に勝利を追い求めた先にあるものは……。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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