転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 新章前の後片付け回。
 あるいは彼女が先達の横を走り出す話。





策士と名優と秋天の季節
色を知る年齢か!!


 

 

 

 もはや恒例となった話ではあるが。

 俺たちの陣営では、担当たちのレースが終わった後、勝てば祝勝会、負ければ残念会として、ちょっとした打ち上げを行う。

 

 ……とは言っても、俺たちの陣営はウィルの有記念を除いて公式レース負けなしなので、今のところ残念会というものはやったことがないんだが。

 有記念の後も、俺の再入院やらリハビリやら年末進行で大忙しで、とてもじゃないが打ち上げどころじゃなかったしね。

 

 レースを走ったウマ娘への労いは必要だろう、という昌の提案で始まったこれ。

 実は俺も、今年の中頃から、やっぱりこういうのも大事だよなぁと感じ始めてたりした。

 

 人間もウマ娘も、ずっとピリピリ張り詰めている状態はあまりよろしくない。体力精神力両面で、緩め時というのは必要なんだろう。

 それを自分の体を介して理屈ではなく実感で理解した今だからこそ、わかる。

 一度大きくはしゃいで、レースという非日常とこれから日常をキッパリ区切るという行為には、確かな生産性と意味がある、と。

 まだトレーナー業に慣れてもいない頃にこんな適切な提案のできた昌の気遣いの深さには、改めて舌を巻くばかりだが……それはさておき。

 

 当然ながら、ブルボンが見事に菊花賞で勝利を収めたその日も例外ではなく、祝勝会は開かれた。

 ブルボンも疲れているだろうし日を改めようかとも思ったが、ブルボン自身の強い要望によって、当日の開催となり。

 いつものブルボンなら「十分以上の量と栄養を取れるのなら食事の内容自体には強い拘りはない」とでも言いそうなところなのだが、本日は「雰囲気のある場所」を乞われたので、堀野の家の力と最近高まってきた俺の名前パワーをバチバチに使って無理やり予定をねじ込み。

 

 そんなこんなで俺たち4人で、ちょっとささやかとは言えない祝勝会が開かれたのだが……。

 

 

 

「マスター、疑問を提起します。入籍はいつにしますか?」

「ぬわーっ! ガチNTRは純愛タグルールで禁止ですよね!? ていうかそろそろ落ち着こうかァ後輩!!」

「第一ねぇ! 兄さんは女不幸にしすぎ! その気もないのにそれっぽいこと言うのやめてくれる!? あとで色々言われるこっちの身にもなってよね!?」

 

 ……流石にこれはハメを外しすぎではないかと、そう思うんですけど。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 最初に微かな違和感を覚えたのは、菊花賞が終わった後だった。

 

 まるでウィルを継ぐような大逃げからの末脚を見せた、ソウリクロス。

 自らを追い詰めるかのように、徹底的に後を追って来たライスシャワー。

 そんな2人と共に走りながらも、最後の最後まで自分の走りを貫いて走り切った、ミホノブルボン。

 三者三様に祈りと決意を込めたのだろう、クラシック級のレースとは思えないような熾烈な菊花賞が終わって、しばらく。

 

 本バ場から退場し、地下バ道で合流したブルボンは……今までにない程強い感情に瞳を揺らし、「マスター、わた、私、三冠を」と、こちらに言葉にならない声を投げて来た。

 レースの熱が落ち着き、俺たちの顔を見た今、改めて自分が成し遂げたことを自覚できたんだろう。

 ついにずっと夢見てきた場所にたどり着いたという感慨、そして並みいるライバルたちよりほんの少し先を行けたという達成感が一気に押し寄せて来たわけだ。

 

 ……ああ、形は違えど、見覚えがあるとも。

 なにせ、クラシック級で宝塚記念を越えた時、ウィルも似たような笑顔を浮かべていたもの。

 

 間違いなく。

 ミホノブルボンは、一歩、自らの意志と脚で未来へと進んだのだろう。

 

 俺は知らず微笑を浮かべ、「おかえり、ブルボン」と言いながら彼女の頭を撫で。

 ウィルは先輩として彼女を抱きしめて受け止めて──体格差があるのに平然とその勢いを止められるというのだから、やはり競走ウマ娘のパワーはすごい──、「頑張ったね」と声をかけ。

 昌は目の前で初めて明確なウマ娘の成長を見たからか、あるいは共に駆けて来たミホノブルボンの到達に歓喜してか、「おめでとうっ、ございます……!」と言って顔を背け目頭を押さえていた。

 

 

 

 

 そして、それから数分。

 

 少しは落ち着いたか、ウィルの腕から出て来たブルボンは、赤くなった目で俺のことを見て来た。

 

「改めて……感謝申し上げます。本当に、ありがとうございました、マスター。

 あなたのおかげで、私は第一の目標を達成し……なおかつ、己の走る道を見出すことができた気がします。

 これからも、ミホノブルボンのオペレートをよろしくお願いいたします」

 

 そう言って晴れやかに笑う彼女の顔は、間違いなく、俺が何度も見て来た「競走ウマ娘」のそれで。

 そこにはもう、自我が薄く盲目的な少女の面影は残っていない。

 

 かつて見た三冠ウマ娘の後ろ姿に焦がれ、同時慕っていた父の嬉しそうな顔を見て、自らの目標をただ「クラシック三冠」だけであると規定していた少女。

 けれどその実、彼女の根源にあったのは、強者の背を越えたいという渇望と、競走を以て誰かを幸福にできることへの達成感であり……。

 それは何も、クラシック戦線という舞台に縛られる必要はないのだ。

 

 ミホノブルボンは、自分でそれに気付くことができた。

 そして……誰かと走り、誰かを超えることの楽しさに、気付いてくれた。

 

 俺はそれに喜びを覚え、彼女へと微笑み返す。

 

「そうか……良かった。君が勝ったことも勿論そうだが、その先に何かの道を示せたのなら、俺はトレーナーとしてこの上なく嬉しく思うよ。

 改めておめでとう、ミホノ……いや、ブルボン。ここが君の1つ目の戦いの終わりであり、そして新たな旅路の始まりだ」

 

 陣営を挙げて勝利を祝い、彼女の感動を共有し、あるいは未来を夢見て。

 そうして、俺たちの今年の菊花賞は、終わりを遂げたのだった。

 

 

 

 そう。

 そこまでは、まぁ良かったんだ。

 

 ……いや、良くはない。

 ぶっちゃけこの時点で、いくらかブルボンの様子には違和感があった。

 でもまぁ、それも無視できるレベルというか、契約トレーナーと担当ウマ娘として、これ以上ないくらいいい感じの会話が出来ていたと思う。

 ウィルもなんかぴゃーぴゃー騒いではいたが、可愛いだけなのでなでなでしてたら落ち着いたし。

 

 その後俺は、軽い打ち合わせの後勝利者インタビューを受けて、どことなく俺との距離が近いような気がするブルボンと共に、今後の目標を発表したり。

 気持ちいつもより笑顔が柔らかい気がする彼女のウイニングライブを観覧して、ウィルがペンライトぶんぶん振り回して応援してるのに苦笑したり。

 

 そういったお仕事が終わり次第、私服に着替えて軽く変装し。

 その後はレース場を後にして、彼女の要望通り、菊花賞の祝勝会を行うべく料亭に向かったのだが……。

 

 その道中で、ついに違和感が無視できないものとなった。

 

 

 

「ぶ、ブルボンちゃん?」

「何でしょうか」

「いや、その……うーん……」

 

 時に。

 どこかへと向かう際、基本的に俺の左隣はウィルのスペースとなっている。

 

 URA本社に出向く時とかレッスンスタジオに行く時とか、それこそブルボンを迎えに地下バ道を歩く時とかもそうだったんだけど、トレーナーの俺は当然、担当であるウィルと一緒に歩く機会が多い。

 そういう時は自然、俺が右側、ウィルが左側に立って歩くのである。

 

 これに関してはもう、3年の付き合いが培った、無意識的なポジションキープだ。

 俺が何を言わなくともウィルはすっと左に並んでくれるし、ウィルが何を言わなくとも俺は彼女のペースに併せて歩く。

 この立ち位置はこの2年くらいずっと変わってないし、きっとこれからも変わることはないだろうと思う。

 

 ……まぁ、強いて言えば。

 昔は50センチくらい離れていた彼我の距離は、今や5センチ足らずにまで近づいたし、なんならゼロ距離になることも珍しくはない、っていう変化はあったんだけど……それはともかく。

 

 その日、料亭に向かう道筋でも当然、俺の左隣にはサングラスとつばの広いハットで人目を避けようとするウィルがてくてく歩いていたわけだが……。

 

 そんな俺たちの横に、イレギュラーが1人。

 いつもは綺麗に後ろを追従してくるはずのブルボンが、俺の右隣に並んで歩いているのだ。

 

 しかも、触れ合う程近くで。

 更に言えば、その視線を、俺の顔の方にじっと向けたまま。

 

 おかしい。

 流石にちょっとおかしい。距離が近すぎる。

 

「み、ミホノブルボンさん……なんというか、その、兄さんとの距離感が……」

「私はマスターのウマ娘ですので、この距離感が適切であると考えます」

「いやブルボン、その、節度ある距離というものがだな。しかもここ人目もあるしなここは」

「ウィルム先輩は、マスターと腕を組んでいらっしゃいますが」

「いやウィルはウィルだし……体型的にもそういう対象とは見られ辛いし……」

「んんんんんん? ちょっと今見過ごせない言葉があったような気がするんですけど歩さん?」

 

 俺が彼女のことをどう思うかはともかくとして、あくまで世間的な見方をすれば……。

 ウィル程の小柄な体型のウマ娘となると、もはや事案云々の話ではないんだよな。

 この子の身長は145センチで、俺は185とかそこら。

 身長差驚異の40センチメートルというのも効いていて、ここまで違うともうお父さんと子供という感じで、逆に犯罪臭が消えるっぽいんだよね。

 

 その上、俺もウィルも、今や世界規模で顔が売れている。それもトレーナーとウマ娘としてセットで、だ。

 だからこそ、俺たちが引っ付いてても「ああ、トレーナーとウマ娘だからね」と多少のお目こぼしがもらえるわけだ。

 

 ……けど、これがブルボンとなると話が別だ。

 いや、ブルボンも顔は売れてるんだけどね? レースに興味のある人なら俺との関係もわかると思うんだけど。

 でも、それはウィル程じゃない。「レースに興味がない一般人ですら顔と名前を憶えている」っていう段階までは来てないんだ。

 

 更に言うと、ブルボンはウィルと違い、その年齢に釣り合わない程の恵体。

 しかし同時、どこか幼さを覚えるような童顔、まだ子供らしい雰囲気も持ち合わせている。

 

 だからこそ、もし俺たちのことを知らない人が見れば、普通に事案なのだ。

 俺の社会的な立場がピンチである。嫌だよ俺、ここまで担当と一緒に頑張って来たのにそっち関係の誤解でトレーナー免許はく奪とか。

 

 ……なんて、頭を悩ましている俺を他所に。

 

「でも、ほら、ブルボンちゃん? やっぱさ、今ブルボンちゃんってすごい話題性あるわけだし、今歩さんとくっ付いて歩いたらさ? メディアにすっぱ抜かれたりしたらマズくない? マズいでしょ」

「ウィルム先輩の方が話題性は強いものと思います」

「あれーおかしいな、おかしいなちょっとブルボンちゃんいつもの素直さがなくなって卑しさ千倍だなー?」

 

 俺たちが何を言おうとブルボンは離れてはくれなかったし、というかそもそも本日の主役であるブルボンの意向を強くは否定できないし。

 

 俺は周りから突き刺さる針のような視線のむしろの上、料亭までの道のりを歩き……。

 ようやく目的地に辿り着き、個室を取っていたからこれで安心と、安堵の息を吐いたのだが。

 

 むしろ、地獄はここから始まったのであった。

 

 

 

「トレセン学園卒業後、然るべく『プロセス:ご挨拶』を経て入籍、というフローを提案します。

 これまでのデータから、マスターと父は話が合うものと推測。是非一度、私の実家への来訪を」

「ねぇ待ってぇ! 置いてかないでぇ! 先に好きになったの私! 私だからぁ!!

 ていうか私はもうご家族にご挨拶済ませてるしぃ!? なんなら私の方が入籍秒読みだからねあー言っとくけどこれはマウントじゃなく純然たるファクトに基づく事実だからぁ!!」

「わかる!? 兄さんが悪いんだからね! 私がこっそり距離間調整してあげてるのに、いつもいつも勘違いさせるようなこと言って……大学の時もさぁ! 私がどれだけフォローしてあげたと思ってんの!? ウィルムさんの時もそれっぽく匂わせてぇ! それなのになんでブルボンさんまでたぶらかしてるわけぇ!?」

 

 ブルボンは真面目な顔で凄まじいことを言い始めてしまったし。

 ウィルは顔を真っ青にしてブルボンちゃんの胸元を掴み上げてぶんぶん揺すってるし(体格差を無視して振り回せる辺り、競走ウマ娘のパワーはすごい)。

 昌は……酒は飲んでも呑まれるなというのに、珍しく、彼女にしては本当に珍しく、痴態を晒している。

 

 なんだこれは。

 どうして祝勝会が修羅場みたいになっているのだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 虚ろな目で時間が過ぎるのを待ちながら、なんでこうなってしまったか、ぼんやり考える。

 

 まず、一番やらかしてると思われる昌についてだが……。

 これに関しては、俺の判断ミスというか、見込みの甘さがあったな。

 昌にかかっていた重圧や抑圧の程を測り間違えていた。

 

 多分、俺のG1レースについての感覚は、既に壊れているんだろう。

 思えば2年前、ウィルをホープフルステークスに送り出した時には、「これで負けることないだろ」という確信と共に、かなり強い緊張を覚えていた気がする。

 なにせG1レース、国内最高峰だ。数多のトレーナーとウマ娘が挑み、そして散って行く、日本でただ1人しか勝つことのできない夢の舞台。

 これに勝つことは俺の、ひいては堀野の家の強い名誉となる。

 

 前世のゲームでは割と全戦全勝が当たり前だったけど、やはり現実としてこの世界に生きていれば、G1レースで勝利することの難しさ、そしてそれを成し遂げる偉業っぷりは嫌でも理解できるわけで。

 当時の俺は、可能な限り私心を殺そうとはしていたが、それでもやはり緊張はあったと思う。だいぶうろ覚えだから多分だけども。

 

 が、ウィルと一緒に走っていれば、そんな感覚は跡形もなくぶっ壊れる。

 

 これまで何戦G1を戦い、そして勝って来たか。

 今やウィルが出走するのはG1レースだけだ。

 昔は叩きや調整でG2なども走った方が良いんじゃないかというご意見も頂いたが、今や「ホシノウィルムの脚を無駄使いするな」とG2以下のレースへの出走が厭われる程である。

 

 もはや俺たちにとって、G1レースを目指し、そのために調整し、追い切りを行い、レースに出す……というのは、日常の光景。

 それこそ朝起きたら飯を食べるとか、夜に仕事が終われば風呂に入るとか、そういうのと同等だ。

 

 そんな状況下で緊張感が保てるかと言えば……否。

 俺は今、良くも悪くも、極々自然な心持ちで彼女たちを育てている。

 

 が……それはあくまで、俺だからであって。

 俺よりずっと要領が良いとはいえ、これまで1人でウマ娘を支えた経験が殆どなかった昌にとって……。

 ……いいや、意地が悪いことを言えば、去年の有記念でウィルを勝たせることができなかった昌にとって。

 

 俺が不在の2か月間、あと1歩で夢見た場所に辿り着ける状態にあったミホノブルボンを、たった1人でサポートし続けることが、どれだけ負担だったか。

 この菊花賞に懸けるブルボンの想いを守らねばならないという、昌の大人としての責任が、どれほど重いものとなっていたか。

 そして、ブルボンの挑戦が成し遂げられた瞬間、彼女がどれほどの達成感を覚え、救われた気持ちになったか。

 

 あまり多くの苦労や不安を語ろうとしない、良い意味で自立した精神を持っている昌のことを、俺は測りかねていた。兄として恥ずかしいことだが。

 

 だからこそ、まぁ、今ハメを外すことを責めるつもりはない。

 名家の娘としてはあるまじきことではあるが……そもそも俺たちだって、名家の子である以上に人間なのだ。

 ウマ娘である2人と同じく、時には気を緩める瞬間は必要で、彼女にとっては極大の抑圧から解放された今こそがその時なのだろう。

 

 ……というのは、間違いないんだけどさ。

 

「もー兄さんは昔から! 私が横にいないとホント駄目……去年までどうやってたのって話! あ、ディケムお代わり頼んで。15年ね!」

 

 気が緩み過ぎた結果いつも以上にお酒飲んで酔っちゃうのは、お兄ちゃんちょっとどうかと思います。

 俺と2人の時とかならいいんだけど、今一応担当の、子供の前だよ?

 あとごすごす脛を蹴るのもやめてほしいです。痛いです普通に。

 

 

 

 さて、明日の朝には真っ青になって頭を抱えることになりそうな昌は俺の対面に座り、ひじ掛けに頬杖を突いてワイングラスを揺らしながら、一人で無限に愚痴を垂れ流しているわけだけど……。

 

 それでは、担当2人は何をしているのかと言えば。

 

「て、てかブルボンちゃんさぁ! 慎みって言葉ァ覚えた方がいいんじゃないかなぁ!」

「『慎み』をアーカイブでワード検索……ヒット:0件」

「世界で一番駄目なナポレオン!」

 

 良識ある大人からちょっと駄目かもしれない大人に転落してしまった昌に、目を向けることもなく。

 俺の両サイドを挟み、それぞれ腕を抱きしめながら、わちゃわちゃと言い合っている。

 

 勿論、本気で敵意を向けてるわけじゃない。

 いわゆるじゃれ合いの範疇だ、先輩後輩の可愛いコミュニケーションである。多分そう。部分的にそう。

 

 今更だけど、個室を取って良かったと心底安堵する。

 人気スターである2人を両手に侍らせるとか、こんな光景が世間に公開されれば俺は磔刑だろう。

 ……いや、案外そうでもないか? この世界……トレウマ? だったか、そっち関係にはめちゃくちゃ寛容らしいし。

 いやいや、それでも2人は駄目だろ、多分刺されるぞ、女じゃなく男からも。

 

 

 

 ……と。

 いい加減、現実逃避して物思いにふけるのはやめにしよう。

 楽しそうなところに水を差すようで申し訳ないが、トレーナーとして、然るべきことはせねばなるまい。

 

 俺の右側に引っ付いてこっちに視線を向けながら、上機嫌そうにちょこちょことフルーツジュースを口にするブルボンに声をかける。

 

「あー、ブルボン、少しいいだろうか」

「式の形態はマスターにお任せします」

「うーんちょっと行間読み過ぎだから一旦言葉を聞いてもらっていいかな」

 

 いつもの彼女は、あまり表に感情を出せない。

 出さない、ではなく出せない。

 これまでそうして来なかったし、そのやり方を知らない、という感じだ。

 

 今もまさしくそうで、無表情で冷静なように見えるけど……。

 長い付き合いだ、いい加減その無表情の奥にある、微かな感情も見えて来る。

 

 まぁ当然と言えば当然の話だが、ブルボンは今、かなりはしゃいでいるらしい。

 

 その薄い情緒から誤解されがちだが、彼女はあくまでも普通の少女だ。

 その濃度は他に比べて薄くとも、良いことがあれば喜ぶし、良くないことがあれば悲しむ。

 ただそれが表に出にくいだけで……彼女の中には、真っ当で善良な、少女としての感情がある。

 

 そんな彼女が、ずっとずっと抱いていた、ただ1つの目標を達成したのだ。

 舞い上がってしまうのは、至極当然の話だろう。

 

 だからこそ、ブルボンはこうして冗談やわがままを言い、今を楽しんでいる。

 

 彼女がそうあれることは、それができるくらいに俺やウィルのことを信じてくれていることは、心底嬉しい。

 

 嬉しい……が、それはそれとして。

 訊くべきことは訊かねばならない。俺はトレーナーだから。

 

「どうして……ええと、なんだ、どうしてその結論が出たんだ? 入籍だとか何だとか……」

 

 問いかけると、彼女は表情を大きく変えることなく、けれどきゅっと腕を抱きしめて来る。

 勘弁してほしい、俺も一応男なので色々と困る。……まぁその辺の意識を殺す方法はちゃんと勉強してるので、問題は起こさないが。

 

 脳内でスイッチを切り替えていると、ブルボンは俺を見上げて言ってくる。

 

「マスターは、ミホノブルボンのただ1人のマスターです。私はそう定義しました。

 私にとって、女性にとって、ただ1人の男性。それが指し示すのは、即ち夫婦関係であると考えます」

「あー……なるほど?」

 

 マスター=ただ1人の特別な男性。

 ただ1人の特別な男性=夫。

 

 うーん、この三段論法の誤謬。

 まったく、この子は……全力でふざけにいってるな。

 

 俺は、それを少し嬉しく思いながら、彼女をたしなめる。

 

「ブルボン、楽しいのはわかるが、よくわかるが、先輩をからかって遊ぶのはどうかと思うぞ。少し趣味が悪い」

「ふふ……申し訳ありません、少し遊び過ぎました」

 

 珍しく小さな笑い声を上げながら、彼女は俺の腕を離し、こくりとジュースを飲み込んだ。

 

 

 

 対し、俺の左腕に抱き着いているコアラのようなウマ娘は目を皿のように見開く。

 

「え、は!? 冗談!?」

「はい、メカジョークです。……半分は」

「メカ要素どこ!? あと半分は!?」

 

 俺と同じ理屈屋のブルボンが、三段論法の誤謬など犯すわけもない。

 ……まぁ、なんだ、ウマ娘として俺を慕ってくれているのは間違いないだろうが、だからと言って結婚だとか入籍だとか、そこまで見据えていることはまずあり得ないだろう。

 

 彼女はこれまで、呪いとは言えないまでも、自らの生き方を1つに強く規定してしまっていた。それ以外の未来の一切を、考えることができていなかった。

 だから、すぐに俺とどうなるとか考えられるはずもない。要するにただの冗談である。

 

 しかし、俺や昌なんかは、そして恐らくはウィルも、そんな今しか見えていない彼女の危うさを心配していたのだが……。

 

「ミホノブルボンにとって、マスターが特別な男性であることは……事実ですので。

 私と父と、そしてマスターの夢を叶えてくださった。そしてこの先の未来を、私の本来の目標を思い出させてくださった。

 ……だからこそ、私にとってマスターは、唯一無二の『マスター』です。私が共に歩むべき、ただ1人のお相手なのです」

 

 ジュースの入ったグラスを手に、どこか思いを馳せるように……いや、まるで楽しい明日を想うようにまぶたを閉じた、ミホノブルボン。

 

 自分の脚で歩き出した彼女には、もう、いらぬ心配だろうな。

 

 ただ1つの目標のみを見据え、それに向けて鍛錬を積むことこそ、ミホノブルボンの在り方なのだろうが……。

 それにしたって、そこしか見えていないのと、周りも見えているのとでは、全く違うだろう。

 

 ここから先はロスタイムであり、自由時間。

 据えていた目標を達成した以上、ここからは彼女自身がその目標を決め、自らの意志で走って行く。

 視界の中にある全てから、自分で選び取り、歩んで行く。……彼女が望んでくれるのなら、俺もまた共に。

 

 この世界に生きるミホノブルボンは、彼女が心底から満足するまで、もう脚を止めることはない。

 俺が彼女を助け、時に彼女に俺が助けてもらいながら、これからも競走ウマ娘としてレースに臨み続けるだろう。

 それが、彼女自身が決めた、運命を越えた未来だ。

 

 ある意味において、ここが彼女の物語の終わりであり、そして始まりなのだろう。

 そんな日に立ち会えたのは、そして彼女と共に歩みを進められるのは……全く、トレーナーとしてこれ程嬉しい話もない。

 

 俺はホシノウィルムのトレーナーであると同時、ミホノブルボンのトレーナーだ。

 ウィルと同時、ブルボンのことも、力の許す限り支えていこう。

 

 

 

 

 

 

 ……と、感傷に浸っている横で。

 

「ですので、先輩がマスターを必要としないのであれば、私がマスターを接収します。

 これまでもこれからも、ミホノブルボンの人生には、マスターが必要ですので」

「ちょっとー? ねぇちょっとー? ブルボンちゃーん屋上、いやターフ行こうかターフ。二度と生意気な口利けないように叩き潰すわ。私のモノ取ろうとか凱旋門勝ってから言え♡」

「まだ年若いウマ娘2人を引っかけて楽しいかハーレムやろー! 堀野の誇りはどーした堀野の誇りは! お前はいつからナンパ師になったんだぁ!?」

「凱旋門賞に勝てばマスターをいただけるのですか? であればマスター、次の達成目標には凱旋門賞を……」

「ッ、ちが、あ、くっ、くあーッッ!! 歩さんをトロフィーとか景品みたいに扱うのはやめろォ!! この人は独立した人間で、私の大切なトレーナーだーッ!!」

「責任取れ責任! どっちかに明確に絞るかどっちも断るかしろ! ここはなろうファンタジーあるあるの一夫多妻世界じゃないんだぞぉ!! ……聞いてんですか兄さん!? ほらもっと飲んで!!」

 

 女性陣はてんやわんやと大騒ぎだ。女三人寄れば何とやら、というヤツか。

 唯一の男としては肩身が狭いことこの上なく、なんというか、すごくつらい。

 

 俺としては、こんな日くらい、もうちょっとシリアスな感じで締めてもいいんじゃないかなーって思うんですけど……。

 

 ……ま、ブルボンが楽しそうだし、いいか。

 

 

 







 恋のダービーに緊急参戦する(?)ハイテンションで小悪魔なブルボン!
 想定外に恐ろしい刺客に顔を青くするウィル!
 翌朝あまりのやらかしにもっと顔を青くする妹ちゃん!
 コンプラ的な退職の危機にこっちも顔を青くする堀野君!

 これが史上最強と崇められる陣営の姿か……?



 次回は一週間後、ホシノウィルム視点でオリジンの話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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