転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 このタイトルでお話を書けるのをずっとずっと待ってました。3か月くらい。


ライスシャワー:オリジン

 

 

 

 ブルボンちゃんの菊花賞が終わってから、おおよそ一週間。

 我らが陣営は、修羅と混迷を極めていた。

 主にトレーナーさん2人が。

 

 私が三冠を獲ったり凱旋門を制覇したりした時も、私たちの陣営はすんごい忙しくなった。

 特に、まだ1か月くらい前だけど、凱旋門の時はそりゃもうすごかったね。

 なんていうかもう、日本が物理的に揺れてるんじゃないかって思うくらいのすんごいお祭り騒ぎになってたし、私たちの陣営にも依頼とかファンレターとかそういうのが(物理的に)山ほど来たんだよ。

 やっぱり凱旋門賞って、日本にとって夢そのものだったんだなあって思わされるよね。

 

 まぁでも、それだけの騒ぎになったのは、やっぱりアレが世界最強を決めるレースだったから。

 流石にあれ以上の騒ぎはないだろうと、そう思ってたんだけど……。

 

 結果から言うと、私はまだ歩さんを甘く見ていた、と言うべきか。

 ブルボンちゃんの菊花賞勝利、無敗でのクラシック三冠獲得はホシノウィルムの功績とも結びつき、日本のレース界隈は更なる盛り上がりを見せた。

 この瞬間こそがトゥインクルシリーズの黄金期だろうと、多くの人がそう直感する程の大騒ぎである。

 

 2年連続での無敗三冠。

 それもどちらも寒門のウマ娘の勝利で、今年に至っては適性的不利の超越という側面まで持っている。

 ブラッドスポーツと呼ばれ、その生来の素質で全てが決まるとされていたレースの定説は今、完膚なきまでに覆されたと言っていい。

 ウマ娘個人の努力の意義と、そして堀野歩という最強神トレーナーの実力を疑う者は、もはや日本のどこにもいないだろう。

 ……なんなら一部では「これ堀野トレーナーがぶっ壊れてるだけでは?」なんて言説まで上がってる程で。悔しいけど、歩さんが怪物トレーナーなのは事実なのでなんとも否定し辛いよ。

 

 

 

 で、そこまではいいんだけど……問題は、だ。

 そういう風評が定着した結果、私とブルボンちゃんだけではなく、歩さん個人にもすごい仕事が飛んでくるようになったってこと。

 それも、並のウマ娘よりも多くの仕事が。

 

 雑誌や番組でのインタビューは勿論、バラエティ番組とかラジオ番組に呼ばれたり、果てにはビジュアルが良いことに気付いたファッション雑誌から「モデルになりませんか」なんて誘いまで来てるらしい。

 もはやアイドルウマ娘ならぬアイドルトレーナーだよこれ。

 

 歩さんの最古参ファンである私としては、あの人の素晴らしさを知る者が増える嬉しさと同時、私だけで独占できなくなったのにちょっと寂しい気持ちもある。

 これから歩さんのにわかファンとか出てくるのかなー。「ウマ娘のことを何とも思ってなさそうなクールキャラ」とか言ってる人見つけたら、私ブチ切れてレスバしちゃうかもしれん。

 

 更には、この被害……被害? にあったのは歩さんだけではない。

 一部の目敏いメディアは、「目立たないけど堀野妹の方も優秀なのでは?」と気付くとこも出て来て、昌さんの方にまで舞い込んで来るようになった。

 昌さんもかなりの美人だからね。ほんと美形の一族だよ堀野さん家は。

 

 で、その結果、何が起こったかと言えば……。

 

 

 

「兄さん次の仕事いつ!?」

「ウィルは今日の14時にスタジオ到着、ブルボンは明日の15時現地! 送迎はこっちでやる!」

「違う兄さんの!」

「俺は10分後に出て30分後から!」

「何時間かかりそう!? 私明日の仕事がいきなり2時間後に繰り上がったんだけど!?」

「マスター、本日のトレーニングメニューは……」

「少し待てブルボン、今印刷してるから。で昌、ウィルの方にはたづなさん呼んで見てもらって! ブルボンの方はソウリクロスとの共同だからあっちのトレーナーが見てくれる予定! 今日処理する予定だった仕事は明日に、緊急の奴はこっち回して! あと先方には若干圧かけといて、流石に舐められてるわ!」

「ごめんミホノブルボンさんの明後日のリスケだけお願い、あと急ぎじゃないけどこれ会計処理、こっちのはホシノウィルムさんの税務関係、こっちが上げる予定の予算案の確認も手隙の時!」

「それも纏めてこっち回して。それから今そっちの仕事リスト化したから移動中とかに確認!」

「そっちは了解、ごめんそれと何十件か自称私の生き別れの家族だとかホシノウィルムさんの本当の親だとか言ってきてるアホいるんだけどこれって着拒でいいの? てかどこから私のメアド漏れてんの!?」

「一回セキュリティソフトフルで回してウイルスないか確認した後、たづなさんに用件とメアド共有して、トレセンのブラックリスト入れてもらうから!」

 

 ……ここ1週間、トレーナー室はもう常にこんな感じ。

 響き渡る怒号、だだだって感じのタイピング音、頻繁にかかってくる電話とかける電話、ぺらぺらではなくばさばさって紙の音、部屋を行ったり来たりする足音。

 有り体に言えば、修羅場である。

 

 担当ウマ娘のレース前になると多くの陣営がピリピリするものらしいんだけど、ウチは私やブルボンちゃんの気性もあり、それが控えめな方。

 けど多分、今の堀野兄妹はそんな感じなんだと思う。

 2人とも目の下には分厚いクマを作ってるし、働いてない瞬間なんて一切見ない。ずっと走り回ったりキーボード叩いたり書類めくったりスマホ耳に当てたりしてる。

 

 私とブルボンちゃんには優しく対応してくれるものの、単純に忙しそうすぎて……ご褒美権だのなんだのと言ってられる状況ではないな、これは。

 

 

 

「……マスターたちは多忙を極めている様子。何か、私たちにできることはないでしょうか」

 

 もはや忙しさを隠すだとか余裕を見せるだとかそういう次元ですらないデスマーチっぷりを前にして、ブルボンちゃんが心配そうに2人を見てるけど……。

 彼女の横に座った私は、首を振った。

 

「いや、変に手を出すべきじゃないと思うよ。

 単純な話、私たちは事務なんてできないから、手伝おうとしても足を引っ張っちゃうってのもあるし……」

 

 ちらりと、私はトレーナー室の隅のソファから、歩さんたちの顔を窺う。

 2人はすごく忙しそうで、必死で、ちょっとやつれていて……。

 

 けど、同時。

 

「何より、2人とも、楽しんでやってるしね。

 ウマ娘のトレーナーなんて、心の底からウマ娘の育成が好きでなけりゃやってられないんだ。

 2人にとって今やってる仕事は、謂わば私たちにとってのレースと同じ。大変だけど、同時、心からやりたいことなんだと思う。それを奪っちゃいけないよ」

「……なるほど、了解しました」

 

 トレーナーは、ウマ娘の「走る」って領分に過分には手を出さず。

 ウマ娘も、トレーナーの「支える」って領分に過分には手を出さない。

 

 それぞれがそれぞれの仕事を信頼し、自分に出来ることを全力でする。

 それこそが協力であり、二人三脚であり、パートナーという関係性なのだろうと思う。

 

「ああああああ提出した書類不備だらけでワロタァ! 終生修正をする習性ってか!!」

「あと123ページ……時間足りない……育成プラン組めない……来年の春までもう時間ないのに……」

 

 ……し、信頼していいんだよねこれ?

 

 いや、信じよう。信じるんだ2人を……!

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そんなわけで、2人が忙しくしている間に、私は私でできることをしよう。

 

 一連のトレーニングを済ませた夕方、私は寮の自室に荷物を押し込み先輩に挨拶しながら、カジュアルなトレーニングウェアに着替え、駆け出した。

 今日も今日とて、私の大好きな自主トレである。

 結局のところ、私たちウマ娘にとって、「走る」以上にできることなんてないからね。自分の領分で頑張らねばなるまい。

 

 ……まぁ、今日は気ままに走る以外に、もう1つ目的があるわけだけども。

 

 当たり前の話、私は競走ウマ娘ではあるけど、それだけではない。

 かつて両親からもらったとある名を持つ少女であり、この世界に生きるウマ娘の1人であり、トゥインクルシリーズを走る競走ウマ娘であり……。

 そして同時、とあるウマ娘の先輩でもある。

 

 余計なお世話かもしれないけど、やらない後悔よりやる後悔。

 一度関わると決めた以上、最後まで責任持って関わるというのが、彼女の先輩としての私の「できること」だ。

 

 そんなわけで、たったったっと脚を前へと走らせる。

 いつもより気持ちハイペース。……そうしないと、あの子に追いつけないかもしれないし。

 

 

 

 ホシノウィルムの自主トレの際のランニングコースは、大体決まってる。

 トレセンからちょっと離れた並木道、多分故意に造られてるんであろう、信号のないほぼ直線の長い道。

 そこを基本に、後は時によって街中に入ったり、少し遠くの山道に脚を伸ばしたり、という具合だ。

 

 で、私は彼女と、長いこと一緒に自主トレをしてた。

 彼女が主導することもあったり、私が主導することもあったり、そこはバラバラだったけど……。

 共通するのは、彼女より1年分多くの経験を持つ私がコースを提案していたことだ。

 

 だからきっと、今日も彼女は、ここを走っているんじゃないかと思ったし。

 ……ちょっとハイスピードで飛ばしている内、想像通りに、その後ろ姿が見え始めた。

 

 日の沈みかけた夜の闇に溶けるような、長い黒い髪。

 私と同じくらいの小柄な体格と、それとは不釣り合いな程に大きな耳。

 彼女のトレードマークである帽子は風に揺れ、けれど飛ばされることはなく……。

 私のジョギングペースとほぼ同じくらいの速度で、その体は前へと進んで行く。

 

 その背中に、私は声を投げかけた。

 

「ライスちゃん!」

「……お姉さま?」

 

 振り返ったのは、1人の少女。

 

 ライスシャワー。

 

 私の可愛い後輩であり……。

 先日、菊花賞で、ブルボンちゃんに敗れたウマ娘だ。

 

 

 

「ごめんなさい、お姉さま。ご心配をおかけして……」

「ううん、いいよ。お気になさらず、だ」

 

 持ってきてたスポドリを片方手渡して、私たちは道のベンチに座った。

 

 私はそりゃもう人気だし、ライスちゃんの方も菊花賞で結構人気が出たみたい。

 稀に通りがかる道行く人は、有名人である私たちにちらっと視線を向けて来るけど……私がひらひらって手を振ったり、ライスちゃんが会釈をすると、すぐに視線を逸らしてくれる。

 今の私たちはアイドルではなくアスリートであり一般人。その辺りを配慮してくれる優しいファンが、この世界には多いんだ。ありがたいね。

 

 さて、私たちは軽くファンサをしながらも、話を始めた。

 

「私が遠征する前だから……3か月ぶりかな? こうやって面と向かって話すのは。

 LANEでよく話してるし、ちょっと忘れそうになるけどね」

「そう、ですね。ライス、ここ最近、人前に出てなかったので……」

「あれ、そっちのトレーナーさんの策でしょ? 結構ビビってたよ、私のトレーナー。ライスちゃんめちゃくちゃ鍛え上げたことも合わせて、『そこまでするか普通!?』だってさ。

 実際ライスちゃんがどこまで伸びて来るかわかんなくて、かなり計画立て辛そうだったし」

「……それでも結局、勝てなかったですけど」

 

 かくりと、小さな肩を落とすライスちゃん。

 その様子は、年相応以下の、庇護欲を掻き立てるような幼女のように見えた。

 

 

 

 ……なんというか、ギャップがすごいなぁ。

 

 菊花賞の時のライスちゃんは、そりゃもう覚悟キマってる感じで、正直私も意識せざるを得ないくらいの圧を持ってたんだけど……。

 レースが終わった今、ライスちゃんは、失敗に落ち込むちっちゃなウマ娘に過ぎない。

 可愛いな、という感想は出ても、怖いな、なんて感想はまず出てこないだろう。

 

 菊花賞のライスちゃんを最初に知っていれば、この可愛すぎるちっちゃなウマ娘に脳を焼かれるし。

 普段のライスちゃんを最初に知っていれば、レースの時の鬼神の如き圧に脳を焼かれる。

 古来より続くギャップ萌えの系譜を受け継いでるんだろう彼女は、確かにファンを惹き付けるだろう、強い魅力を持っていた。

 言っちゃうと私も元オタクとして「この子やっぱり推せるなぁ」って感情を抱いてるくらいだ。

 

 ……なんなら、単純なファン受けで言えば、彼女たちの世代でもトップかもわからんね。

 こういうの世間受けいいし、菊花賞も惜敗で、世間からの評価は決して低くないわけで。

 

 

 

 ともあれ、だ。

 

 世間からの評価がどうあれ、彼女自身が落ち込んでいるのは間違いない。

 私たちウマ娘にとって、ファンからどう思われるかは大事な要素ではあるけど、やっぱり一番大切なのは自分で自分に納得いくかどうかだもん。

 

 まずは、その辺りからかな。

 

「惜しかったよ。間違いなく良いレースだった。私とアンっ……友達も思わず叫んじゃうくらいにね」

 

 危ない危ない、アンちゃんの来日は明日明後日くらいに公開予定の情報だ。

 直前とはいえ、公式発表の前に私の口からお漏らしするのは本当に駄目なヤツ。

 

「ライスちゃん的にはどうだった? レースの結果、納得できなかった?」

「いえ」

 

 ライスちゃんは、悩むことなく首を振った。

 そして、どこか考え込むように、手の中のペットボトルを握りしめて言う。

 

「ライスは……ライスの、全力で戦いました。本当の本当に、ライスの全部を出し切って戦いました。

 それでもブルボンさんには届かなくて……だから、結果に、納得は、してます。今のライスじゃ、届かなかったんだって」

「なるほど。納得はしてるけど、満足はしてない、と」

「……はい」

 

 そりゃそうだろう。

 

 ウマ娘は勝つことを目指すもの。

 レースの結果は1着から18着で表されるけど、私たちにとっては勝ったか負けたかの二択だ。

 負けて満足なんてしてるようじゃ競走ウマ娘失格……とまでは言わないけど、まぁ上昇志向を失ったアスリートの末路が明るいわけもなく。

 特に、あそこまで切り詰めて勝利を目指していたライスちゃんが、敗北に満足なんてするわけもないのだ。

 

 でも……それは、決して駄目なことじゃない。

 

「うん、良いことだ。負けに満足なんてしちゃいけない。

 お恥ずかしい話、私も去年の有の時はそりゃもう悔しがったもんだよ」

「え……いや、でも、お姉さまの時は」

 

 私はライスちゃんの声を、首を振って制する。

 

「言い訳なんてしないよ。ライスちゃんだってさ、今回はあの子が~、なんて言い訳する気はないでしょ?

 そりゃ条件は悪かったかもしれないけどさ、そんなの他の陣営だってそういうのあったかもしれない。

 だから結局、レースっていう真剣勝負の場で、私たちは力不足で負けた。それだけだよ」

「そう……ですね。うん、そうだと、思います」

 

 ライスちゃんの瞳に、納得の色が浮かぶ。

 

 今回の菊花賞、ライスちゃんの直接の敗因は……ソウリちゃんだろう。

 私のもう1人の可愛い後輩であるソウリちゃんは、菊花賞後半でかなり強い圧を放ってて、ライスちゃんはそれに一瞬だけ目を奪われた。

 一極集中こそが持ち味である彼女がブルボンちゃんから視線を離すのは、ブルボンちゃんが掛かるのと同じようなもので、その走りを大きく乱されてしまう。

 その結果……彼女の世界はその精度を落とし、逆にそれを吊り上げたブルボンちゃんに、逃げ切られてしまったわけだ。

 

 でも、言い訳なんてしない。

 レースの結果に満足はいかなくても、敗北は受け入れて、納得してるからね。

 

 負けは負けであり、理由なんてどうでもいいのだ。

 あ、いや、どうでもいいことはない。それを反省して次に繋げるのは大事だよ?

 負けた理由を探して自分を正当化する、なんてことはしないって意味でね。

 

 そして……うん。

 やっぱり余計なお節介だったかもな。

 

「だから、ライスちゃんは間違ってない。

 今君が感じてるだろう悔しさも、辛さも、次回こそはっていう決意も、全部間違ってないよ。その想いが君をもっと先へと進めてくれるはず」

 

 言って、ライスちゃんのちょっと下がった頭を撫でる。

 10月に入って肌寒くなってきた夜の中、私の手に……あるいは、歩さんからも「あったかくて落ち着く」と定評のある私の体温に、ライスちゃんはちょっとだけ肩の力を抜いてくれた。

 

 ……もしも彼女が、レース結果に納得できてなかったり、逆に負けたのに満足してたりしたら……その時はちょっとお話しなきゃなって思ってたけど。

 やっぱり、彼女は彼女で、自分のトレーナーや同門の先輩と話し合って、自分なりに前に進んでるんだろう。

 

 彼女の向く先、そのベクトルに関して、私が口出しをする必要はなさそうだ。

 何より、何より。

 

 

 

 まぁでも、いや、だからこそか。

 私は私で、陣営の人たちでは難しい、後輩の心のケアもできるはず。

 

 当初はミホライを推進していた私ではあったが、何だかんだで彼女にとって特別な「お姉さま」呼びを許されるくらいには彼女に信頼してもらってるみたいだし。

 その信頼には、私にできる形で応えたい。

 

 そう思って、しばらく「よしよし」ってその頭を撫でていると……。

 

「……本当は、今回でブルボンさんを超えるつもりだったんです」

 

 ぽつりと、彼女は語り始めた。

 今回のレースに懸けていた、彼女の想いを。

 

「菊花賞は、ステイヤーのライスに有利なフィールドで、これ以上ないくらいのチャンスで……だからこそ、勝ちたかった。

 お姉さまの後輩として、次世代のステイヤーとして、胸を張れるライスになって……それから、お姉さまと走りたかったから」

 

 胸を張れるライス……か。

 申し訳ないけど、その辺りの感覚は、私には分からない話だ。

 

 私は生来自信家だ。

 前世の頃からなんだかんだ要領が良くて、どんなことでもまぁやってやれないことはないだろう、っていう無意識下の確信がある。

 胸を張れる自分を目指す前に、元から私は私自身に胸を張っているのだ。

 

 だけど……理屈の上でなら、それも理解できない話じゃない。

 昔から不運に付き纏われ、それに人を巻き込んでしまうことに負い目を感じていたライスちゃん。

 

 だからこそ彼女は、自分が勝利することで、ファンの皆に喜んでもらい、幸せにしたかった。

 誰かを幸せにできる存在……「青いバラ」のようなウマ娘になって、それから私を目指そうとしていた。

 

 

 

「でも……結局、ライス、勝てなくて。

 お姉さまと並び立てるようなウマ娘になりたかったのに……」

「んー……それはちょい、違うかな」

「え?」

 

 聞き逃せない言葉に、反論を一刺し。

 まったくもう、ソウリちゃんもそうだけど、後輩ちゃんたちはその辺りの自認が甘いというか。

 

「私に並び立てる? 何言ってるの、君はもう私と並び立つべきウマ娘だよ。

 クラシック戦線が終わればシニア混合レースだ、私たちシニア級と走ることになるんだよ?」

「それは……そう、ですけど」

「それにさ」

 

 スマホを取り出し、ぺしぺしと突いてウマッターを開き。

 ライスシャワー。その言葉で検索をかける。

 

 話題のウマート欄は公式とかお知らせばかりなので、最新ウマート欄を覗けば……。

 

「ほら」

「……え」

 

 そこには、ファンのたくさんの声があった。

 

『ライス惜しかった! レース展開があとちょっと有利に運べばな』

『ブルボンもそうだけどライスの走り良かったな……あのマーク、刺されば絶対強いでしょ』

『ライス、絶対次は勝てる! 勝ってほしい~!』

 

 ……たくさんの、声。

 ライスちゃんの走りを楽しみ、敗北を悲しみ、そして次のレースでの勝利を祈る声が。

 

 多分、ずっと自分の中に籠っちゃって、外の声に耳を傾けられていなかったんだろう。

 ライスちゃんはその目をまん丸に開き、すいすいと画面をスライドして見ているけど……。

 うん、横から覗いても、ライスちゃんのファンの声ばっかりだ。

 

「君の頑張りは誰も見ていなかったかもしれないけど、君の走りから誰もがその頑張りを知ってくれてる。

 その上で、君と共に悲しみ、君と共に笑ってくれる人はたくさんいるんだ」

 

 人を幸せに「できる」かどうかで言えば。

 ライスシャワーは、人を幸せにできるだろう。

 

 彼女はもう、十分なファンを獲得した。多くの人に夢を魅せ、そして多くの人の夢を背負った。

 後はただ、栄光を掴む、それだけでいい。

 

「ファンのことを幸せにしたいって言うんなら、もっとファンのこと見てあげな。

 『こんな私』なんて自分を卑下するのは……ふふ、私の近くにもそういう人いたけどさ、そういうのはファンとか君のことを好きって言ってくれる人に失礼だよ。

 みんなもうライスちゃんのこと大好きになってくれてるし、だからこそライスちゃんが勝つことを望んでくれてるんだ。

 それなのに、君が私に、ライバルに気後れしててどうするの」

 

 言って、ニコリと微笑む。

 

「君はもう、誰かに幸せを届けられる、一人前のウマ娘だ。

 あとは咲き誇って、それを為すだけ。……私たちに気後れなんてしてたら、それこそ君を待ってくれてる人たちを幸せにできないよ?」

 

 ……全く。

 ソウリちゃんもライスちゃんも、この辺りの自認が甘いったら。

 

 彼女たちはもう、シニア級の私たちと同じレースに出走できる、つまりは同じ条件で戦う相手。

 見習いでもなければ、未熟者でもない、私たちと同じレースを同じように走る、私たちのライバルだっていうのにさ。

 

 この辺りをちゃんと自覚できてるのは、それこそブルボンちゃんくらいだろうね。

 あの子はもう、私を見上げてない。対等な高さを走る相手として、背中を追ってくれている。

 

 それでいいんだ。

 世間で言われてることと現実は乖離してる。

 私は別に、どうしようもなく手の届かない星ではない。君たちと同じ、ターフを走る競走ウマ娘なんだから。

 

 

 

 私は手の中のペットボトルを一度呷り、改めて語りかける。

 

「それに、今回のレースで勝った負けたで君の価値が決まるわけじゃないよ。大事なのは君の『走り』だ」

「走り……?」

「ライスシャワー。君は何のために走ってるの?」

「それは……それは、誰かを幸せにできる、素敵な……お姉さまみたいなウマ娘になるために」

 

 うん、私みたいにってのは置いといて、それは素敵な夢だ。

 

 ライスちゃんの原点、ライスちゃんの一番大事な根っこ。

 彼女がヒーローを目指したいと思った理由、その果てに至りたいと思った最終地点。

 

 そして、彼女がそれを口に出せるってこと自体が、今は一番大事だったりする。

 

「なんだ、自分で分かってるじゃん。

 ……競走ウマ娘としてこの発言はどうかと思うし、オフレコでお願いするけどさ。レースに勝つ負けるは、その手段でしかないんだよ、ライスちゃん。

 大事なのは、君が理想の君に至ること。君が幸福に至ることで、ファンの皆にそれを伝播させることだ」

 

 

 

 それはかつて、私が教えられたことだ。

 

 大事なのは「負けないこと」ではない。

 過去に縋り付き、変えられないそれに変われと、何かを取り戻したいと、駄々をこねることじゃない。

 

 勝つこと、でもない。

 レースに出走し、勝利することはきっと、目的のための手段に過ぎないのだ。

 

 大事なのは、今を、満足して生きること。

 この世界に生まれた1人として、お父さんとお母さんの娘として、歩さんのウマ娘として。

 私の人生を、私なりに、全力で駆け抜けること。

 

 かつてそれを、先達の誰かに教わってきたように。

 今度は私が、それを教える番だ。

 

 

 

「悪くないでしょ? 目標に向けて頑張ること、見えてる背中を目指すことってさ」

「それは……」

「少しずつ出来ることを増やして、自分の能力とか技術をゆっくりと向上させる。

 それはまさしく、君が時々言っていたように、『駄目な自分を変えていく』ってことだ。

 それに充実感と達成感と、何より夢に近付いている実感を得られたからこそ、ライスちゃんはあそこまで頑張れた。……違う?」

「…………お姉さまには、何でもお見通しなんですね」

「先輩だからね」

 

 ライスちゃんは元より、そういう子だ。

 すごく一途に、目指した目標に向けて努力し続ける。

 それがきっと、彼女の魂の走りなのだと思う。

 

 一度負けても、決して屈さない。

 たった一つの目標を目指して、頑張って、頑張って、頑張って頑張って頑張って……。

 そうしていつか、大きな祝福を掴む。

 

 そんな彼女だからこそ、私は……。

 かつての世界で、ウィンドウ越しに見た彼女に、憧れたんだ。

 

 恥ずかしいから口には出さないし、教えないけどさ。

 私だって、君のファンなんだよ?

 

「私は君に期待してるよ、ライスシャワー。

 あの菊花賞の日に見た君は、だいぶ怖かった。私にだって迫って来るかもしれないと、そう思うくらいに。

 ……まぁ、毎回あそこまで張り詰めてたら破裂しちゃいかねない。いくら君の体が頑健でも、程々に抑えた方がいいかもだけど……その辺りは君とトレーナーさんの判断か」

 

 あの日、歩さんが「壊れかねない」って言ってたライスちゃんの仕上がりだけど……。

 菊花賞後の精密検査では、彼女の体には全く問題が見られなかったらしい。

 

 私以上かもしれない、体の頑健さ。

 これもまた、ライスちゃんが生まれ持った強さの一つなんだろうね。

 勿論、胡坐をかいたら最悪なことになりかねないし、ちゃんと育てないといけないだろうけど……。

 

 ま、あのトレーナーさんなら大丈夫でしょう。

 なにせネイチャを私の隣に連れて来た人だもん。

 私はあの人の実力を、歩さんの次くらいに高く評価してる。

 

 

 

 つまるところ、フィジカルには何の問題もない。

 彼女にとって最大の壁は、後ろを向きがちなそのメンタルだ。

 

「負けたら変に溜め込まず、ほら、あの木の洞にでも『悔しいーっ!』って叫んで切り替えてさ、またトレーナーとかネイチャと力を合わせて、私とかブルボンちゃんを目指して来なよ。

 いつか私たちを超えて、万雷の祝福を受けて……君のことを大好きでいてくれるファンに幸福を届けられるようにね。

 なんなら、私に愚痴ってくれてもいいんだよ? 新たなライバルとして、胸くらい貸してあげるとも」

 

 まぁ貸す程ないけどさ。

 

 しかし……うーん。

 どうだろう、ちゃんと伝えるべきことを伝えられたかな。

 

 正直、私は要領こそ良いけど、特別口が上手いってわけじゃない。

 この辺りはむしろ、歩さんの方がまだ上手いかもしれない。

 あの人大事な時にはちゃんと必要なこと伝えて来るからなー。そういうところが好きなんだけど。

 

 でも、取り敢えず私の言いたいことは言った。

 後はライスちゃん次第……と。

 そう思った時。

 

 

 

 ライスちゃんは、ベンチから跳ね上がるように立ち上がり。

 

「くっ、悔しいーっ!!」

 

 そう、大声……とは言えないくらいの、可愛らしい声で、叫んだ。

 

 ……いや、今すぐ叫べって話ではなかったんだけど……と、ぱちくり目を瞬かせていた私だったけど。

 続けてこっちを見て来たライスちゃんの表情を見て、表情を緩め、聞く姿勢を整える。

 

「ライス、悔しくて……あとちょっとだったのにって、頭の中がそのことばっかりで!

 悔しくて、悔しくて、そのあとちょっとが足りなかった、自分の頑張りが足りなかったのが悔しくて!!」

「うん」

「お姉さまも! ファンになってくれた人たちも! トレーナーさんもネイチャ先輩も!!

 みんなが期待してくれたのに、それなのにって、ずっとずっと悔しくて!!」

「うん」

「ブルボンさんの背中は遠くて……それを追ってるのはライスだけじゃなくて……!

 あれだけ積み上げて、頑張って、走ったのにって! ブルボンさんが強くって! ソウリさんも、ソウリさんのこと、すごいって思っちゃって……っ!」

「うん」

「ライス……ライスは……っ!!」

 

 ……それからは、言葉にもならないような、嗚咽のような言葉が続いた。

 

 ライスちゃんは、優しいんだよね。

 心配してくれる同門の先輩、信頼するトレーナーに、弱みを見せたくはないだろうなって思う。

 ファンもそうだ。自分に憧れている人がいるっていうのに、その夢を壊したいとは思えないだろう。

 

 でも、私は彼女のお姉さまだ。

 いつの間にか彼女の精神的な拠り所になっていたらしい私になら、彼女だって弱音を吐けるんじゃないかな……なんて、そう思っていたけど。

 

 どうやらそれは、上手くいってくれたらしい。

 

 

 

 涙ながらに叫ぶライスちゃんの想いを受け止めること、しばらく。

 彼女は肩で息をして、私の隣に座り直した。

 

「すっきりした?」

「ふぅ……はい、少し」

「そっか」

 

 吐き出しただけで全部が楽になる、なんてことはあり得ない。

 

 彼女の悔しさは、決してなくならない。

 菊花賞で負けてしまったことは、彼女の心を確かに蝕むだろう。

 

 ……けど。

 もやもやとしたストレス、脚を引っ張る無駄な苛立ちは、なくなったかな。

 

 

 

 改めて向けられたライスちゃんの顔は……。

 

「……ライス、悔しいです。悔しいから……ブルボンさんとお姉さまに、今度こそ勝ちに行きます。

 トレーナーさんと、ネイチャ先輩と、ライスのことを応援してくれるファンのみんなと……それから誰より、お姉さまとライス自身のために。

 何度でも、何度でも、挑み続けて……祝福を、掴んでみせます!!」

 

 確かに、競走ウマ娘の表情をしていた。

 

 私はそれが嬉しくて、笑う。

 

「うん。本気で逃げ切るから、いつか差し切ってみせてね……ライス」

「はいっ!!」

 

 

 







 負けてもへこたれず立ち上がることこそ、何よりのヒーローとしての資質。
 だからこそ、彼女はいつかきっと、大きな幸せを誰かに届ける、本物のヒーローになるのでしょう。



 次回は一週間以内。トレーナー視点で、秋のレースの話。



(追記)
 誤字報告を頂き、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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