「えー、まずはここ数日、酷く余裕のない姿を見せてしまったことを謝罪したい。
常にドンと構えているべきトレーナーが余裕を失って働いているのは、担当としては心安らかならぬ光景だったと思う。そこに関して、申し訳なかった」
「私からも……すみませんでした、2人共」
俺と昌は、トレーナー室に集まってくれた、2人の担当ウマ娘に頭を下げた。
体感、すさまじく長かった10月が、もうすぐ終わろうとしている。
凱旋門賞から日本への帰国、ウィルを取り巻く声の嵐の対処にブルボンの最終調整、菊花賞出走からの爆発的に膨らんだ仕事の対処……。
俺と昌はここしばらく、とかく事後処理に追われていた。
ウィルの凱旋門賞、そしてブルボンの三冠。
それらが示すのは……「血統による力の否定」、そして「適切な鍛錬による力の肯定」だ。
これまでの常識として、ウマ娘のレースは「ブラッドスポーツ」……つまりは血統に依存した競技である、と知られていた。
優秀な親から生まれた名門のウマ娘は強く、そうでない寒門のウマ娘は振るわない。
「怪物」と呼ばれるようなごく少数の例外こそあるものの、あくまでもそれはごく少数の例外。
血統とは基準であり指針であり、揺るがない土壌だったのだ。
が。
ウィルがありえん成績を残し、それに続いてブルボンまでもが無敗で三冠を獲るという快挙を達成。
更にブルボンに限って言えば、血統による距離適性すら超越した結果を残した。
その両者共に優れた血統を持たぬ寒門であり……両者共に、トレーナーが同一人物であったこと。
それが世間にどのような捉えられ方をするかと言えば、だ。
寒門のウマ娘であろうが、天才的なトレーナーが最適解と言えるトレーニングを付ければ、結果を残せる。
即ち、「ブラッドスポーツ」という言葉の否定、である。
……その実、これは間違っていると言っていい。
だって俺、実力じゃなくて、チート使って勝負してるわけだし。
「アプリ転生」。未だに出処も構造も不確かな力ではあるが、これがなければウィルやブルボンをここまで完璧に育てることはできなかっただろう。
これは再現性のない特殊な力なわけで……ああ、そういう意味じゃ、ある意味においては個人の才能とも捉えられるか。
ともかく、それだけのとんでもないナニカを持っていなければ血統の壁ってヤツは越えられないわけで、やっぱり血統っていうのは変わらず土台となるべき基準なのだが……。
今更俺がそれを主張しても、世界はそれを信じはしない。
人は往々にして信じたいものを信じ、面白いことを事実にするものだからな。
……とはいえ。
サイレンススズカなり、アンダースタンディブルなり、あるいは英雄を支えるトレーナーなり、もしくは俺のライバルなり。
チートなんて持ってないくせにチート並みの才能を持った者も、この世界には存在する。
俺のチートと張り合える出力の才能を持つトレーナーがこの世界に現れた時には、確かに血統の壁というものは絶対的でなくなるのかもしれない。
それこそ……前世アプリのトレーナー、主人公なんかがその典型だろう。
この世界の彼はスカイを育成していたが、もしもネームドでない子を育成していても、きっと結果を残したりしていたんだろうが……。
話が逸れ過ぎた、閑話休題だ。
とにかく、世界は俺たちの躍進を「新時代の到来である」と捉えた。
それは今まで足の付いていた地が、常識が……間違っていたものとして、崩れ去る。
地球が球体であると、天ではなく地が動いていると、人は元々猿から進化したのだと知れ渡ったのと同じく。
人が旧く不確かな知を否定し、新しく確かな知へと踏み込む瞬間である、として。
世界は動揺し、興奮し……結果として、凄まじい騒ぎになってしまったのである。
それはもう、本当に……本当にすごかった……。
俺と昌ではとても処理しきれず、恥を忍んで理事長に頭を下げて事務局と連携させてもらい、けれどそれでもマンパワーが足りなかったためにURAから事務員を動員してもらい、それで平均睡眠時間を1日30分まで削ってようやくギリギリ回るくらい。
多分、堀野歩が味わう、人生で一番多忙な瞬間だったと思う。
関係各位には文字通り「死ぬ程」迷惑と苦労をかけてしまい、最後の方には全員がガン決まった目で「お互い頑張って新時代の優駿を支えていきましょう」と言い合う謎の連帯感まで生まれていたくらいだ。
まぁ、全員が全員、やりたくて始めた仕事だ。悲鳴を上げ内心ではキレ散らかしながらも、それでもやりがいはあった。やりがいだけは。
と。
そんなこんなで、俺たちはここ数日、死に物狂いで働いた。
とにかくウィルやブルボンに過度の負担がかからないよう、スケジュールの調整からイベントの開催と調整、分刻みで山を成す書類との格闘と、当然ながら2人のトレーニングプランの仕上げ。
調整調整調整! 報告報告報告! 却下却下却下! 名前名前名前! 会議会議会議!
頭がパンパンになっておかしくなっちゃいそうな、毎秒増えていく仕事に忙殺される毎日。
その中で俺と昌は、大人として持つべき余裕を……お恥ずかしい話だが、完全に喪失していた。
大人とは、先達である。
後進である子供には常に余裕を見せ、頼れる存在としてそこにあらねばならない。
これは名家の子としてかくあれと、耳にたこができる程に叩き込まれたこと。
父はそれを体現するように、常に俺の憧れであり。
母もまた常に余裕を持ち、頼ることのできる人だった。
故に俺も昌も、ウマ娘たちの前では常に余裕を持ち、過度に無様を晒さないよう──まぁ昌は、この前……うん、本人も凄まじく後悔してたからアレは忘れるとして──行動には気を付けていた。
……気を付けていた、が。
まぁ、今回ばかりはそんな余裕なんて欠片も残らなかったというか。
俺も昌も、その全てを注力してなんとか打ち克てる程の総力戦だったというか。
いや、言い訳はよそう。
とにかく、ここ数日の俺たちは、トレーナーとしてはあるまじき姿だった。
改めて、それついて頭を下げる俺たちに……担当2人は、片方は慌ててこちらに駆け寄り、片方は緩く首を振ってくれた。
「いやいや、そんなの気にすることありませんって! 私たちのために頑張ってくれたのはわかってますし、それになんやかんや言う程恩知らずじゃないですよ!」
「先輩の意見に同意します。マスターが私のために頑張ってくださったことは、誰より私がよく見ていました」
「ブルボンちゃん? 『私』のためじゃなくて『私たち』のため、ね? あと私も見てるからね?」
真剣にこちらを気遣ってくれるウィルと……あるいは雰囲気を変えようとしてか、冗談めかしてウィルを揶揄うブルボン。
俺は本当に良い教え子たちを持ったと、彼女たちを見て、しみじみそう思う。
「……ありがとう、2人とも。俺は本当に、出会いに恵まれた」
「光栄ですが、ところで歩さん昨日何時間寝ました? なんかちょっと雰囲気がいつぞやに近い気がしますが」
「昨日は寝てないが?」
「一昨日は?」
「寝てないが?」
「寝ろ!!!」
* * *
寝ろと言われて寝るわけにもいかないので、本日の本題を切り出す。
「さて、それでは……いやわかったわかった、この会議が終わったら仮眠取るから今は待ってってば。
それでは改めて、今秋のレースについて、作戦会議といこうか」
我らが陣営では毎回恒例の作戦会議。
というか今回は、今後の展望の決定会か。
俺がその開始を宣言すると、昌がいつも通りにホワイトボードを引っ張って来てくれた。
俺もいつも通りにそこにペンを走らせていく。
長年共にあった兄妹で、1年もサブトレーナーをしてもらっているんだ、これくらいは阿吽の呼吸である。
「ではひとまず、残ったマイルから長距離のG1レースについて並べるが……」
11/1 天皇賞(秋)
11/15 エリザベス女王杯
11/22 マイルチャンピオンシップ
11/29 ジャパンカップ
12/27 有馬記念
以上が、今年行われる残りのG1レースだ。
「以前も伝えた通り、ウィルの再始動は有馬記念だ。
そこまではゆっくりと脚を和芝に適応させ直しながら、本格化終盤に向けて体を完璧に仕上げ切る」
「うぅぅ、改めて聞くと何ともご無体な……こんなにも走れるレース、千切れる相手がいるというのに……可能なら全レース出て勝ちまくりたいのに……」
よよよ、と泣き真似する愛しの担当ウマ娘。
この子止めなきゃ2か月で5本G1出るつもりか? 脚折れちゃうよ本当に。
「レースに出ること自体は、これからもできる。ちょっとくらいは我慢しなさい。
……まぁ、トゥインクルシリーズに残れる時間は、そこまで長いわけじゃないだろうが」
「ですよねぇ。ああ、この調子で全中長距離G1タイトル確保ってできるんでしょうか……」
「しれっと恐ろしい目標を打ち明けるのはやめなさい」
「……?」
ウィルはまぁ予想できていたんだろう、俺の言葉に疑問を漏らすことはなかったが……。
その代わり、椅子に座っているブルボンは、こくりと小首を傾げた。
「先輩が……トゥインクルシリーズにいられる時間が少ない、とは?」
「言葉通りだ。ウィルはこのシリーズで結果を残した。それ自体は素晴らしいことだが……同時、
凱旋門に春シニア三冠、もはやウィルの功績と能力は疑うまでもなく。
だからこそ近く、世間はこう言ってくるだろう。『早くドリームトロフィーリーグに上がれ』、とな」
この声は、成績を残したウマ娘につきものだ。
強いからこそ、トゥインクルシリーズにはもはや並ぶ者がないからこそ……それならば次のリーグ、強者ひしめくドリームトロフィーに行ってほしい。
後進のウマ娘たちの活躍の舞台を奪ってしまうだろう、というのもあるが……。
「今の」ウマ娘たちでは敵わない。それなら「歴代の」優駿が集うあそこでも実力は通用するのか?
それを、ファンとしては見たがるわけだ。
「ま、結局は俺とウィルが何をどう選ぶかだが……残れてシニア2年、来年の年末までかな。それ以降は、ちょっと世論的に怪しいだろう」
「……それは」
ブルボンは、その目を僅かに細めた。
心底……残念そうに。
ウィルをライバルと見据え、その背を超えることを望む彼女にとっては、タイムリミットが制定されるようなもの……だと感じるんだろう。
だが、それは間違いだ。
「ブルボン。君がもっとウィルと走りたいと思うなら……その輝かしき道を辿ればいい。
俺とウィルが築いた歴史を追えば、必ず君も夢の舞台への招待が来るだろう。
そこで改めて、ウィルと雌雄を決すればいいんだ」
……口さがのない意見だとは思うが。
レースファンの中には、トゥインクルシリーズは前座に過ぎず、ドリームトロフィーこそがレースの本場である、と語る者もいる。
トゥインクルシリーズは本格化中のウマ娘が大半であり、そこで競われるのは「早熟具合」であることが少なくはない。
素質素養の意味でも……歯に衣着せず言えば、玉石混交だ。
だが、真の優駿のみが招致されるドリームトロフィーリーグは、真の上澄み、真の最強たちの晴れ舞台。
だからこそ、そこでのレースこそが本番なのだ、と。
俺としては、そんなことは決してないとは思う。
トゥインクルもまた、ウマ娘たちにとっての挑戦の舞台であり本番。
そこにドリームトロフィーとの大きな違いはない。
が、同時。
そうして見る人間の存在や、その意思を否定はしない。
リーグが分けられていることには、確かな意味がある。
トゥインクルシリーズが「現役」のウマ娘の戦いならば、ドリームトロフィーは「歴代」のウマ娘の戦い。
現に、ウィルのようなウマ娘と後進の子たちが対等な条件で戦うには、ドリームトロフィーリーグはこれ以上ない……まさしく「夢の舞台」だからな。
「俺とウィルは、ドリームトロフィーリーグでも勝ち続ける。
だから俺と君は、それを追うように勝ち続ければいい。二重の意味でウィルの背を追う戦い、というわけだ」
「なるほど……仔細、了解しました」
「ま、抜かせませんけどね! 私、強いので!」
ブルボンはこくりと頷き、ウィルは楽し気に笑っていた。
* * *
「さて、言葉をひっくり返すようで悪いんだが、ブルボンがこのまま勝ち続けるのは非常に困難だ」
「酷いちゃぶ台返し!」
続く俺の言葉に、ウィルがひっくり返る。ズコーッ、と。
……いや、本当にひっくり返られるとちょっとびっくりするな。頭打ってない? 大丈夫?
「……非常に困難、とはどういう意味……いいえ、何故でしょうか」
一方ブルボンは、ちょっとむすっとしてる。
付き合いも1年になり、そして菊花賞以来少し表情が柔らかくなったこともあって、不肖俺にもブルボンの感情がちょっと掴めるようになってきた。
今でこそウィルは表情豊かだが、そう言えば出会った頃の彼女も無表情系ウマ娘だったな。そして彼女の場合も、大体1年くらいで感情が掴めるようになった気がする。
……来年契約することになるだろう子も無表情キャラだったりしないよね? 大丈夫?
と、変な杞憂はさておき、彼女の問いに答えないと。
「端的に言えば……今まで君が体験してきたレースと、これから君が出るレースは、全くと言っていい程の別物になるからだな」
ミホノブルボンは、強い。
ぶっちゃけこの子がクラシック戦線でライバルとして出て来たら、内心「やっべ~~~……」と思っちゃうくらいに、強い。
某イギリスの英雄姫はぶっ飛んでるから除外するとして、それ以外の同世代のウマ娘としては、世界中で見ても一回り高い実力を持っていると言っていい。
が。
それはあくまで同世代、「現在のクラシック級の中で」であって。
ここにシニア級の古豪たちをぶち込めば、ブルボンのステータス的な優位性は崩れ去り、むしろ他にアドバンテージを握られる形となる。
「ブルボン、君は今、ウィルだけを特別視しているのかもしれないが……はっきり言ってしまえば、ウィルに並ぶウマ娘たちは他にも少なからずいる」
星の世代。それがウィルの世代を指す名だ。
ホシノ世代ではなく、星の世代である。
ウィルという燦然と輝く一等星の他にも、注目に値するウマ娘はたくさんいる。
それこそ二等星と呼ばれる絶対の帝王だったり、三等星と呼ばれる深謀遠慮な策謀家だったり。
彼女たちはウィルの後ろを走っているが……そこには、大きなリードがあるわけではない。
ウィルが一瞬でも走りを緩めれば、あるいは彼女たちの走りが伸びれば、簡単に追いつかれるような僅かな差。
実際テイオーは春天でその差を埋めきり、ウィルと同着をもぎ取ったわけで……。
はっきり言えば、彼女たちはウィルと同等にも近い、凄まじい実力者なのだ。
実際俺の横にぴったりと張り付いた愛バは、うんうん、と頷いている。
テイオーやネイチャの脅威は、この子が誰より知っているからな。
「今の君が簡単にはウィルに追いつけないように……ハッキリ言って、簡単にはシニア級の子たちから逃げ切り続けることはできないだろう。
シニア混合レース、特に冬のレースは、クラシック級の子たちにとっては格上への挑戦に他ならない。
これは君が劣っているとかウィルが優れているとか、そういった要素の前にある前提事項だ」
西洋ではクラシック級の子たちにすごい勢いがあって、そこまで不利ってわけでもないんだが……日本においては、この傾向はかなり顕著。
だからこそ、冬どころか夏の段階でクラシック級のウィルがシニア混合の宝塚記念を制する、というのはとんでもない偉業だったわけだ。
そして更にもう1つ。
「その上、去年と今では、状況が違う。
ウィルの存在が同世代のウマ娘たちの基準を大きく吊り上げたんだ。今のトウカイテイオーやナイスネイチャは、『ホシノウィルムに並ぶ』怪物じみた力を持っている」
強いウマ娘、手の届かないライバルは、時にウマ娘の心を折って脚を止めさせてしまうが……。
時に、逆に凄まじい活力を与えることもある。
テイオーとネイチャはその典型例。ウィルという遥か高い目標を目指してひた走った2人は、きっとウィルがいなかった場合の彼女たちより、遥かに強くなっているだろう。
「ミホノブルボンは強い、確かにとても強い。……が、この際ハッキリ言おう。
君は今、菊花賞を越えて、ようやくウィルに並んで走り始めたんだ。クラシック級の最初期から並んで走っていたあの子たちからは、だいぶ遅れてしまっている」
「……!」
ブルボンが、その目を見開いた。
ようやく彼女は、これからのレースの難易度と困難に、本質的な理解を抱いたのだろう。
彼女が至った、「ホシノウィルムと同じ土俵で走る」という境地。
そこに、テイオーは、ネイチャは、1年半以上前に至っている。
1年という本格化のズレによるステータスの開きと合わせ、それは彼女たちの間に、非常に大きな溝を生んでいる。
「だから、君が勝ち続けるのは難しい。
なにせ、今後も同じように勝ち続けるのは、実質的にホシノウィルムを相手に勝ち続けると同義だからだ」
トレーナー室に、重い沈黙が舞い降りる。
……思えば、俺が担当に対して「勝つのは難しい」と言うのは、初めてか。
ウィルが宝塚記念に出る時も、ブルボンが菊花賞に挑む時も、俺は必ず「勝てる」と言ってきた。
実際、俺には勝てる未来が見えていた。どう育てればいいか、どう伸ばしていくか、ある程度の目算が立っていた。
だが……ブルボンをこのまま無敗に保つ未来は、俺には見えない。
良くも悪くも、な。
「君は必ず一度、負ける。ウィル以外の誰かに、勝てずに膝を突く。
……だが、それは必要なことであり、何よりこれからの君の糧になるだろうことだ。
日本において、G1レースを勝ち切り、なおかつ無敗で長く走ったウマ娘はいない。長い競走人生、必ずどこかで負ける日は来る。それは仕方のないことだし、同時、更なる成長の契機ともなる。な?」
「はい!」
俺が胴に巻き付くコアラ娘に問いかけると、彼女は満面の笑みで頷いた。
去年の有馬記念は俺たちにとって苦い思い出だが、だからこそ今春は更なる向上を目指して頑張れたと思う。
敗北、それ自体は、悪いものではない。
それは立ち上がり、より強くなる起爆剤ともなり得るのだ。
だからこそ……。
「さて、その上でブルボン、俺から提案だ。次走は、ジャパンカップにしよう」
「ジャパンカップ……」
外国から数多の刺客の出走する、ジャパンカップ。
今年のそれは恐らく……今を逃せばきっと二度とは味わえない、凄烈なレースとなるだろう。
「天皇賞(秋)も、次なる舞台として悪くはなかった。
こちらはナイスネイチャとメジロマックイーン、メジロパーマーにダイタクヘリオスなどが出走予定だ。
大逃げウマ娘2人と共に走るのは、逃げウマ娘の君にとって非常に貴重な体験になるだろうし、ナイスネイチャとメジロマックイーンは、それこそウィルに並び得る優駿。彼女たちの強さを体感するのは、きっとこれからの君の糧になる。
……だが、何分菊花賞から近すぎたからな。流石に脚への疲労を考慮すれば選べない選択肢だ」
菊花賞に向けて厳しいトレーニングを積み重ねた結果、ブルボンの脚にはかなり重い負荷が溜まっていた。
特に右脚は結構深刻な状態で、素人眼でも危ないラインに入りかけていることがわかった。
というわけで、彼女のトレーニングは現在かなり負荷を落としている状況。
こんな中で天皇賞に出るのは無理ってものだろう。距離的には最適に近いんだけどね。
「一方、有馬記念まで出走を避けるという選択肢もある。
が、これは……正直、あまり君のためにならない選択かな、とも思う。
有馬にはウィルも出る。ついに同陣営での対決になるわけだが……君はウィルと戦う前に、まずは他のシニアのライバルたちと走った方が良い。
これまでのレースとこれからのレースの違いを実感し、その上でウィルと走った方が経験値にもなるし、勝率も上がるだろう」
「は? 負けないが? 私がひゃくぱー勝つんだが?」
可愛いメスガキコアラが何か言ってるがスルー。
「しかし、俺のイチオシは、やはりジャパンカップだ。
なにせ、君も知っての通り、ジャパンカップにはあの英雄が来るからな」
京都レース場でブルボンの前にその姿を現した、アンダースタンディブル。
ホシノウィルムをして、そして俺をして「なんだこのバケモン!?」と思わされる、真正の怪物。
龍の首にすら手が届き得た、英雄姫。
「そしていわゆる守りの日本総大将には……トウカイテイオーが出走予定だ」
天皇賞(春)という適性的な不利なレースで、けれどついに龍と横に並んだ天才、トウカイテイオー。
こちらもまた、俺とウィル双方から「うーんこれはバケモン」と言わしめる、天性の怪物。
龍と共に天すら駆けた、絶対の帝王。
「この二者と同時に戦える機会など、恐らくは今後二度とはないだろう。君にとって、これ以上経験になるレースは他にない。
以上がジャパンカップへの出走を強く勧める理由だな」
俺の胴に抱き着きながら「いーなーいーなー! 私もあの2人と走りたいなー!」と騒いでいる天使なメスガキコアラの頭をなでりこしながら、そう言うと……。
ブルボンは、難しそうな顔で俯いてしまった。
「不服か?」
「……勝利を目指さず、負ける前提で挑むという方針に対し、精神的な負荷……不快、を検知しました。
個人的な意思としても……『マスターのウマ娘』としても」
……?
ああ……うん、なるほど、そういうことか。
「ブルボン、誤解しないでくれ。俺は君を勝たせに行くぞ」
「……? いえ、しかし、先程『勝つことは難しい』と……」
「うんまぁめちゃくちゃ難しいが」
実際これまでのどのレースより──俺がちゃんと見られなかった去年のウィルの有馬記念は流石に除くとして──勝率は低い。
今のブルボンには、足りていないものが、明確に1つある。
……その1つを、このレースで勝ち取りに……いや、負け取りにいくわけだけども。
「如何に勝率が低かろうと、それが君の更なる成長に繋がるのなら、俺はそれを選ぶし……。
如何に勝率が低かろうと、俺は全力で君を勝たせにいく。最上のプランと最高の環境で、君を育て上げる。
……誤解させたなら悪いが、これまでのレースと指針は変わっていないよ。
負けるつもりで挑むわけがない。今回だって、全身全霊で勝利をもぎ取りにいくさ」
俺は僅かに微笑み、彼女に……俺の担当ウマ娘に、声を投げかけた。
「勝てれば、精一杯喜んで、次のレースも頑張ろうと奮起し。
負けたら……その時は、一緒にいっぱい悔しがろう。
俺と君はパートナーだ。勝とうと負けようと共に進み続けるし、敗北の屈辱も未来への再起も、全て一緒に背負うべきだからね」
「……なるほど、それがマスターの……いえ、『私たち』の在り方、なのですね。
了解しました。再定義……完了。
ミホノブルボンは、ジャパンカップにおいて、全力を振るうとお約束します」
* * *
「よーしそれじゃ作戦会議は終わりですね寝ろ! 今すぐ寝ろ! 私の膝の上で寝ろ!!」
「いやウィルさんや、情緒とかって……」
「昌さんと比べて歩さんの方が明らかに顔色悪いんですよ顔面蒼白なんですよ血が通ってないんですよ! ほら早く! この身長145センチメートル幼女体型の本来許されない合法膝枕で寝ろロリコン!!」
「人聞きが悪すぎる」
「マスター、私ならば身長160センチメートルで外聞良好かと思います。膝へどうぞ」
「ブルボンちゃ~~~ん!?!?!?」
今後のマッチ
・秋天:ネイチャ vs マックイーン
・JC:テイオー vs アン vs ブルボン
・有馬:総力戦
・URAファイナルズ:世代最強決定戦
・恋のダービー:よわよわウィル vs つよつよブルボン vs 堀野君の理性
次回は一週間以内。ウィル視点で、先輩とお仕事の話。
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!