というわけで、ライバルで先輩なあの人の視点で、天皇賞(秋)前編。
メジロ。
その名は、トゥインクルシリーズを含むウマ娘の競走世界において、非常に重い意味を持ちます。
メジロ家はシンボリ家と並び、日本で五本の指に入る名家の一つ。
国内有数の長い歴史と格、血と実績を兼ね備える一族……と、そう知られていますが。
当然と言えば当然の話、私たちはただ血によってのみ栄えているわけではないのです。
「本格化してからが本番」と言われるウマ娘において、けれど私たちは幼少の頃よりトレーニングを始める。
主にその血統と状態からその適性を推し量られ、それに応じて将来どのレースを目指すかを定め、10年後のレースの為に幼い日々を消化するのです。
勿論、それで伸びる身体能力は、本格化中に比べれば微々たるもの。
そこでの1か月の努力が、本格化中の1日の努力に埋められることなんて珍しくもない程。
けれどそれでも、ほんの微量とはいえ、自らを高められるのなら……それをしない理由などない。
強く尊き血を継ぐ者こそ、努力を怠ってはならない。それは至極当然の道理であり、責務なのですから。
名家とは、継がれた血のみによって非ず。
栄誉ある歴史の中の一欠片として自らにできうる限りの努力を積み重ねたその果てにこそ、その血をより洗練させ、次の時代へと残すに足る貴顕へと至るのです。
私ことメジロマックイーンもまたその例に漏れず、子供の頃よりこの名と血に誇りを持ち、懸命にトレーニングに励んできました。
長距離……メジロにとっての主戦場たるそこに適正を見出され、あの子やライアンと共に、クラシック戦線で覇を競うために、これまで走って来た。
とはいえ、幼少の頃にはあまり評価されず、ライアンたちに後塵を拝していたのですが……。
故にこそ。
幾重にも辛酸を舐め、しかしついには辿り着いたG1レース……。
菊花賞。その勝利に、私は確かな達成と……自らが「メジロ」たるという誇りを持つことができた。
メジロマックイーン。
その名は私にこそ相応しく、またその名以上に私を表すものはなし、と。
けれど……どうでしょう。
その後の私は、果たしてその名に相応しくあれたのか。
メジロのウマ娘にとっての最大の目標、至るべき場所たる楯の栄誉……天皇賞。
長距離に適性を持つ私は、当然ながら、国内G1最長距離にあたる春のこれに挑みました。
……しかし。
1年目は、青空を広げるトリックスターによって、その道を閉ざされ。
2年目は、宙を飛ぶ龍と地を駆けた帝王によって、真正面から下された。
秋の天皇賞には、勝つことができた。
2000メートル。中距離区分のレースでは最短の距離で、しかし後続を引き離す勝利を刻めた。
楯は確かにこの手に。おばあさまからもお喜びいただき、私の名は確かにメジロの歴史に刻まれたのかもしれません。
あるいは、これ以上を望むことは間違いであるのかもしれませんが……。
……いえ、取り繕うのはやめましょう。
私はただ、悔しいのです。
メジロのウマ娘として、長距離を志すステイヤーとして、春の天皇賞に勝てないという事実が……。
あの子たちに勝てないということが、心底悔しい。
名を、そして血を遺せるのか。
名家に生まれれば必ずや突き当たる、この壁。
しかし、今私を奮い立てるのは、それではない。
これから先の未来は、関係なく……ただこの瞬間に、満足いかないのです。
名家に生まれた子に、自らの意思は必要ない。
あらゆる時間を、ただ自らの存在意義を明かすこと、その血を遺すことにのみ費やす私たちに、個人的な趣味嗜好など必要はない。
……そう、頭では理解していても、抑えられないものもある。多く、ある。
私は、どうしても勝ちたいのです。
天皇賞に。ライバルに。あの、強きウマ娘たちに。
故に、今回のレースは負けられない。
シニア級2年目、二度目の天皇賞(秋)。
昨年私が征し……。
今年は新時代の策謀家、レースメーカーとの戦いとなるだろうレース。
……去年の天皇賞(春)でセイウンスカイさんに敗れて以来、私はひたすらに自らの脚を鍛え上げた。
どんなウマ娘の、どんな策謀に対しても、決して負けないように。
全ての企みをこの脚で踏み潰し、身体能力という純粋な力によって、問答無用にレースを征するために。
未だ、それが完全であるとは言えません。
まるでスカイさんの後を継ぐように現れた、ホシノウィルムの好敵手、三等星のナイスネイチャ。
私は一度、その策略に敗れた。
去年の熾烈を極めた有馬記念、ミークさんのそれすらをも超えるレースコントロールを前に、ハナ差での差し切りを許してしまいました。
星の世代。煌びやかな優駿たちが彩る、夜空のように眩い、瞬き程の刹那。
私はジャパンカップでホシノウィルムに敗れ、有馬記念でナイスネイチャに敗れ、そして天皇賞(春)でトウカイテイオーに敗れている。
一世代上の先輩としての誇りが形無しです。全く、お恥ずかしい限りで……。
……であれば、なおの事。
この天皇賞には、勝たねばなりません。
昨年の有馬記念のように、あまりに多くの優駿が策謀を絡め合わせる、修羅の如きレースではなく。
相手は私が対策に対策を重ねた策謀家。星の世代の三等星。
勿論彼女だけが対戦相手というわけではない。
17人の出走ウマ娘全てが私のライバルです。
……けれど、ナイスネイチャは16人の……いいえ、私を含む17人のウマ娘を操って、勝利をもぎ取りに来るでしょう。
だからある意味で、これは彼女との戦いに等しいのです。
楯の栄誉を勝ち獲る、という意味でも。
メジロマックイーンというウマ娘の血を遺す、という意味でも。
私は、負けるわけにはいかない。
勝たせていただきますわよ……ネイチャさん。
* * *
『綺麗な秋晴れが広がる11月1日。1が3つ並ぶ今日この日に、東京レース場へ18人の優駿が集いました。
年に二度競われる楯の栄誉を懸けた戦い、天皇賞。その秋の部が、今始まろうとしています。
バ場状態は良バ場の発表、レースを描くレースメーカーと、舞台の上で踊る名優が揃ったこの状況。ここから始まるのは無二の戯曲、観客の皆様はまばたき厳禁、片時もお見逃しのないようお願いします』
本バ場で軽く周遊する私の下に、実況の声が届きました。
ふ。
しかし同時、言い得て妙、と感じる部分もありますわね。
事前の仕込みによってレースの展開を自在に操る、レースメーカーとしてのネイチャさんの動き。
然るべきようにレースを運ぶことから付けられた、「名優」という私のあだ名。
今回は、言うならば脚本家と俳優の戦い。
事前に組み立てられた脚本の流れと、作中で動く俳優のお芝居。
どちらがより輝くか、どちらがより美しいか。
それこそ、このレースの肝の部分なのかもしれません。
……無論、ターフの上での輝きで負けるつもりなど、毛頭ありませんが。
本格化を終えて、1年。
競走ウマ娘にとっての成長期を終えた私は、大きくその能力を伸ばすことこそできませんでしたが……。
その分、走りの技術を洗練させてきた。
忙しなく動き続けるレースの流れの中で、けれど自分の走りを保ち、より理想的に駆け抜ける術を、身に付けて来たのです。
脚本の手を離れてなお輝く私の走りで、観客の皆様を魅了して差し上げましょう。
メジロのウマ娘、その走りをご覧あれ。
『さぁ、遅れてターフに登場しました、本日のもう一人の主役!
去年の有馬記念以来、おおよそ1年越しの出走、星の世代の三等星、レースメーカーナイスネイチャ!
冴え渡るレースプランニングはターフの名優すら絡め取るか? その策謀と末脚は今年も健在か? 彼女の走りはスポットライトを作るのか、それとも自分に向けるのか!?』
私の視界の中に、現れた影。
それは彼女の……ナイスネイチャさんのもの。
東京レース場の青々しいターフの上に脚を踏み入れた彼女は……。
「……1年ぶりのレースだというのに、怯えも動揺もないとは。
まったく……少し、妬いてしまいますわね」
堂々と、それでいて周りの様子を窺いながら、彼女はゆっくりと歩みを進めていました。
私たちの競走における、最も高い指標たるG1レース。
何時挑もうと、これの持つ威圧感はかなりのものがあります。
なにせ、決めるのは国内最強。どのウマ娘も決死の覚悟を固めており、どの観客も最強のウマ娘を見に来ているのです。
私たちの心と背にかかる重圧は並み大抵のものではなく……だからこそ、長く休養を挟んだウマ娘がすぐにこれに出れば、心の折り合いが付かないことも多いというのに。
私の前に並び立った彼女は、全くと言っていい程、動揺していない。
それはきっと……その体にかかる重圧以上のものを、彼女が既に背負っているからなのでしょうね。
「マックイーン先輩」
「何でしょうか、ネイチャさん」
投げかけられた声に応えた私に対し。
彼女は、その強い光の籠った視線を揺らすことなく、堂々と言い放ちました。
「このレース、私が勝ちます。
……テイオーもウィルに追いついて、新しいライバルも現れて。そろそろアタシもG1の1つくらい取らないと、あの子の親友として胸を張れませんから」
その言葉に込められたのは、強い自信と、勝つのは自分であるという確信。
自らの才能に自信などなくとも、それを補って余りある程に積み上げたのだろう、膨大な鍛錬への自信の程が窺えました。
……ああ。
本当に、妬けてしまいますわね。
初めて出会った、1年半程前の彼女は、どこか自信なさげだった。
自身の素質に諦観を抱き、程々に頑張ると言いながら、それでも根底で闘志を燃やす。そんなウマ娘。
けれど今……彼女はもはや恥も外聞も投げ捨て、自らの持つ闘志を露わにしている。
ナイスネイチャは、いえ、ナイスネイチャも、変わった。
内に秘め続けるだけでは勝てないと判断したか、あるいは引き出されたのか、あるいはこれすらもミスディレクションなのか。
どれにしろ、その姿は、戦士としてこれ以上ない程に好ましい。
彼女は……本当に良い環境に、その身を置けたのでしょう。
ウマ娘は時に、目の前を走るウマ娘の背に活力をもらうもの。
遅れて走り始めた私が、アイネスさんやライアンの背を追って菊花賞を制したように……。
彼女は、あまりにも眩しい星に手を伸ばし、ひたすらに走り続けて来た。
ウマ娘として、それは垂涎の環境と言えるでしょう。
私が去年、あの宝塚記念にようやく抱けたこの想いを、彼女は一番最初から抱けているのですから。
彼女の努力。それ自体は、羨むべきものではない。
それは苦難の歴史であって、彼女の克己心の証。敬意を持つことこそあれ、己もそうであったら、などと思えるわけもないのです。
けれど同期に、そして最も近しい場所に、彼女が……ホシノウィルムさんがいるという、その環境。
それに関しては……ええ、本当に羨ましい限りで。
……ある意味で言えば。
ナイスネイチャはホシノウィルムという特異点じみたウマ娘から、最も多くのものを受け取ったウマ娘と言っていいのでしょうね。
彼女自身が時折自嘲していたように、「素質」……生まれ持ったものは、確かに断言しかねるものがあるのかもしれません。
個人的には、素晴らしいものを持っていると思うのですが……。
事実として、彼女にはホシノウィルムさんのような怪物じみた身体能力も特殊能力も持っておらず、トウカイテイオーのような天才的なレースセンスや体の柔軟さがあるわけでもない。
生まれ持った最強の矛がないのですから、彼女自身が満足できないのも、理解できない話ではありません。
けれどそんな、圧倒的に不利な状況から、彼女は立ち上がり、走った。
ホシノウィルムという
生まれ持った「素質」の力も、勿論あるのでしょうが……。
彼女程、本格化中に多くの「素養」を培ったウマ娘は、きっとこの世界に二人といないでしょう。
……けれど、それでも。
「いいえ。昨年に引き続き、このレースは私が勝ちますわ。
春は、あなたの世代の2人にしてやられましたから。秋の楯こそ、このメジロマックイーンが勝ち獲ります」
良き友には、親愛を。
強き敵には、敬愛を。
2つの意を込め、その上で……自らの勝利を宣言いたしました。
彼女にこれ以上ない程の「素養」があるように……。
私にも、長い歴史の中で培われた「素質」がある。
彼女が決して少なからぬ「素質」があったように……。
私にも、幼少の頃から積み重ねた「素養」がある。
長い歴史と勝ち獲って来た勝利が刻まれた、メジロの血。
私自身が積み上げて来た、多くの務めと誇り。
それがあるから、私は……いつでも、誰にでも、胸を張れる。
負けるわけにはいかないのは、両者共に同じ。
背負った夢もその多寡を問わず、きっと等価値でしょう。
このレースにかけられた望みと願いは18通り。
その内、成就するのはただ1つ。
ならば、後はレースを以て雌雄を決するのみ。
「見せていただきますわ。未だあなたがあの2人に劣らない輝きを保つ、レースメーカーたるか」
「アタシはアタシらしく、勝ちますよ」
* * *
『ウマ娘たちが追い求めるは一帖の楯、鍛え上げた脚を武器に往く栄光への道、天皇賞(秋)!
春を征したのは今を生きる神話とそれに挑む帝王、ならば秋を征するのは誰になるのか?』
ゲートの中。
私はじっと仁王立ちしながら、再度、本日のレースの条件を振り返ります。
東京レース場、芝左回り、2000メートル。
天気は晴れ、バ場状態は良バ場。
この条件の中で着目すべきは、やはりその距離の短さ。
ステイヤー気質であるメジロマックイーンに、このレースの距離はあまり適しているとは言い難い。
私は去年、このレースを征している。
それは私の持つスタミナを出し切るハイペースの走りによって、周りのウマ娘のスタミナを枯らし切ったから。
しかし……このレースでも同じことができるかと言われれば、それは難しいでしょうね。
『3番人気はマイルの大逃げ王者、3枠6番ダイタクヘリオス! 大逃げ脚質再評価の煽りを受けて、4番人気メジロパーマーと並んだ爆逃げコンビがここにいます』
『競い合うようにテンポを上げていく大逃げウマ娘のコンビの片割れ、直前のG2毎日王冠でのイクノディクタスやパンパグランデを下しての勝利は記憶に新しい。
今回のレースは2000メートル、マイラー気質の彼女からすれば比較的長めの距離となりますが、果たしてゴールの瞬間までその笑顔は続くのか?』
このレースには、大逃げウマ娘が2人参加している。
ダイタクヘリオスと……私と同じメジロ家のウマ娘、メジロパーマー。
2人は、後方のウマ娘のことなど気にしない。
曰く「逃げて逃げて爆逃げする」とのことで、それぞれがどれだけ前に出ているか、そしてどこまで逃げられるかしか気にしていない。
ある意味典型的な──大逃げなのに後方との距離感を見計らうあの子は、どこまでも例外的なのです──大逃げウマ娘と言っていいでしょう。
……だからこそ、難しいところがありますわね。
このレースにおいて、私はペースメーカーとはなれない。
誰もが私ではなく、跳ぶように走る彼女たちに注目するでしょうし……。
何より、それすらも彼女の掌の上なのでしょうし。
『2番人気を紹介しましょう、星の世代の三等星、6枠11番ナイスネイチャ!』
『有馬記念で数多のシニア級の優駿を下し大健闘を見せた後、骨膜炎の療養に入った彼女ですが、ついに1年の沈黙を破りターフに上がりました!
その仕上がりは1年前を遥かに越え、まさしくトゥインクルシリーズの頂点に立つに相応しき頂点の一角といったところ。
久方ぶりにその驚異的なまでのレースコントロールが見られるか?』
……先程見た、ネイチャさん。
彼女は元より単純な身体能力の高さではなく、他のウマ娘たちの動きやレース展開を上手く操り、自分の有利になるように状況を整えることによって勝利を目指していたウマ娘。
彼女はここしばらく、表舞台に出て来ていませんでしたが……。
この数か月で、すっかり様変わりしていました。
あるいは、彼女の後輩となったライスシャワーさんが影響を与えたのでしょうか。
ネイチャさんはこの数か月で……その体を、驚く程に鍛え上げていた。
策謀で勝ちに行くという彼女のイメージに反するような、徹底的なまでの身体の強化。
ここまで表に出てこなかったことも含めて、意表を突くこともまた、彼女の策の一部なのでしょうね。
もしかしたら、ホシノウィルムさんの意表を突こうとしてのものだったのかもしれないそれを思い至り、私は思わず笑みを浮かべました。
まったく、策士が戦士としても優れているなど、恐ろしいものです。
このレースにおいても間違いなく、彼女は強敵と……いいえ、私の天敵となるでしょう。
……ですが。
『1番人気はこの子、秋の天皇賞覇者、7枠15番メジロマックイーン! 去年に引き続き京都大賞典を征した彼女は、史上初の天皇賞連覇の夢を叶えることができるのか?』
『長く使える脚を用いて誰も付いて来れない走りを叶える生粋のステイヤー、2000メートルは彼女にはやや短いようにも思えますがどう響くか。
メジロの誇り、史上初の快挙を懸けた一戦。古豪としての誇りを見せる意味でも、彼女にとって負けられない戦いとなるでしょう』
私は、メジロのウマ娘であり……。
同時、ファンの皆様より最も期待されているウマ娘でもある。
如何に適性が合っていなかろうと、如何に困難なレースであろうと、如何に敵が強大であろうと、真正面から打ち砕いてこそのメジロ。
その務めを、果たして参りましょう。
『さぁ今18番ディスティネイトがゲートイン完了、出走の準備が整いました。
楯の栄誉を目指して、今────スタート!!』
「っ!!」
ガタン、という音を聞き、渾身の力でこの身を前に走らせます。
天皇賞(秋)の最大の特徴と言っていいのが……この、スタート。
楕円の形状をしたレース場、その第一コーナーの奥に作られた「ポケット」と呼ばれる地点が、私たちのスタート地点となるのですが……。
このポケットが第二コーナーに入るまでの距離は、僅か120m強。
コーナーの中に入れば、外に遠心力がかかる都合上、私たちはトップスピードを出すことはできない。
勿論、コーナリングの技術を磨けば、それはトップスピードに近付きはしますが……それでも、自在に理想の速度を出すことは不可能。
そうなると加速と減速の駆け引きでバ群のポジション争いなどやっていられるはずもなく、序盤のポジション争いは最初のコーナーに入るまでに行われるのが基本となります。
……が、しかし、このレースでそれが行えるのは120m。
私たちの速度から考慮すれば、秒数にしてたったの8秒だけ。
即座に自らの理想の位置を取らなければ、コーナーで大きく外に追いやられ、一気にロスが大きくなる。
周りの状況を窺いながらどう踊るかを決める、刹那の勝負。
──故にこそ、名優と呼ばれた私の、腕の見せ所と言えましょう。
『さぁ18人のウマ娘が一斉に駆け出しました、中でもメジロマックイーン好スタート! 14番エレガンジェネラルがやや遅れたか、息つく間もなく広がったまま第二コーナーへ!』
『ナイスネイチャは6番手辺りでやや外からこれを見ている、全ては計算通りかそれとも!?』
ハナを切って誰よりも前へと駆け出したのは、パーマー。
そして彼女を追いかけるように……いいえ、実際追いかけているのでしょう、ヘリオスさんが続く形。
私はそれを見ながら、内に滑り込んで3番手の位置を追走、コーナーを曲がって行きます。
この距離において、私はおおよそスタミナ切れを考えなくていい。
適切なペースを保っていれば、私の脚が止まることはないでしょう。
むしろ、変に温存しようとしてバ群に呑まれる方がずっと怖い。
このレースは2000メートル、如何に最終直線が長いとはいえ、バ群の壁に進路を塞がれてしまえばそれは決定的なディスアドバンテージとなってしまうでしょう。
故に、多少無理にでも先行集団先頭の位置を確保し、逃げウマ娘を捉えられる位置を保たなければならない。
何にしろ、前にいる2人は、自身の熱を抑えるタイプではない。
まず間違いなく、前へ前へと猛って飛び出していくはず。
私はそれを差し切る位置に付いて、最終コーナーまでポジションキープすればいい……。
……と、そう思っていたのですが。
やはり、そう容易くはありませんわね。
『向こう正面に入って行くバ群、先頭からダイタクヘリオス、横並びにメジロパーマー、1バ身弱付けてメジロマックイーン、イクノディクタスが続いて1バ身半ディスティネイト、そして内にナイスネイチャ!
爆逃げコンビはいつもよりローペースなレース運びか、後続との距離はそこまで開いていません。先行集団もそこまで開かず、纏まったバ群が向こう正面を駆けて行きます』
……なるほど。
実に堅実なプランですわ。
私に、というかステイヤーに勝つ方法は、明白。
スタミナという最大の長所を活かすことを許さず、脚を余らせたまま完走させる。そうすれば私たちは本領を発揮できなくなってしまう。
そのためには……レースのペースを遅らせ、終盤での末脚勝負に持ち込ませるのがベスト。
故に、ヘリオスさんとパーマーに大逃げを放棄させ、私の蓋としたのでしょう。
しかし、あの2人に大逃げを放棄させるとは。
言葉で言えば簡単に聞こえますが、ヘリオスさんとパーマーの逃げへの拘りは非常に強かったはず。決して容易いとは思えない。
果たして、何をどう吹き込んだのか。信じ難いものがありますわね。
……さて、その上で、どうするか。
私は先行ウマ娘、G1レースで勝ち切れるだけ、逃げのメソッドを持っているわけもない。
前にウマ娘が見えているからこそ自らのペースを保ち、また他のウマ娘の存在を感じるからこそ弛みなく走り続けることができる。
それを無視することができるのは、それこそスパートの迫る終盤、最終コーナー以降。
それまでは……ええ、この流れに乗るしかないでしょう。
見事に策中に嵌った、と。
そうとも言えますが……しかし。
私にとっては、この程度、いつものこと。
誰の脚本も、どのような絵図も、悉くこの脚で踏み潰すが故の、メジロマックイーンです。
「……ここから、ですわね」
ナイスネイチャさん。
星の世代の三等星、レースを支配するレースメーカー。
あなたがどのような走りを以て迫って来るか……見せてもらいましょうか。
この人メンタルが完成され過ぎて書くことがない。シニア2年目=メインストーリー完結済みですし。
次回は一週間以内。最恐のウマ娘の視点で、天皇賞(秋)後編。
今回はウィルたちの関わりの少ないレースということで、2話完結を目指します。