転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 最恐のウマ娘の視点で、天皇賞(秋)後編。





We are all of us stars, and we deserve to twinkle. Ⅱ

 

 

 

 ナイスネイチャ。

 その名前は、今のトゥインクルシリーズで、結構重い意味を持ってしまってる。

 

 例えば、ホシノウィルムが無二の親友であり最恐のライバルであると語る子、とか。

 例えば、トウカイテイオーがレース中に意識する数少ない相手、とか。

 例えば、キラキラした恒星たちと並ぶ、星の世代の三等星、とか。

 

 なんとも過分な評価を受けたものだと思う。

 

 アタシは現状、自分が主人公だなんて思えない。

 流石にもう端役とか脇役だとは言ってられないけど、それでもまぁ、程々の準主役くらいが妥当なんじゃないかと思う。

 ……こう言うと、いつもトレーナーさんとかライス、ウィル辺りには「何言ってるんだろこの人」みたいな顔で否定されるけど。なんでこんな高評価もらってんのかね、アタシは。

 

 アタシの……キラメキ? みたいなヤツは、ウィルやテイオーには勝てない。

 ウィルみたいな、天性のものと言う他ない、最強無敵のウマ娘ってわけじゃない。

 テイオーみたいな、あの子にも張り合える古今無双の天才ウマ娘ってわけでもない。

 アタシだってそりゃあ必死に頑張ってはいるけど、努力する凡人止まり。努力する天才には……ま、少なくともそのキラキラっぷりには勝てないかなって、そう思ってしまう。

 

 そもそも、アタシがここまで来れたのは、ただ運が良かったからってだけだし。

 

 

 

 まだアタシたちがクラシック級に入る前のことだから……もう2年以上前のことになるか。

 ナイスネイチャは唐突に、史上最強のウマ娘の卵に、目を付けられた。

 

 それはもう本当に、目を付けられたとしか言いようがない状況だったよ。

 アタシのトレーナーさんが突然取って来た模擬レース、誰とのレースになるかと思ってたら、当時トウカイテイオーの一強を崩しかねないって言われてた突然変異の怪物とのもので。

 大いにビビリ、けどこんな最高の経験をさせてくれるトレーナーさんのために全力で食らい付いたら……。

 ……なんか気に入られたんだよね、あの子に。

 

 ぶっちゃけて言えば、あの頃から既に、ホシノウィルムに憧れる子なんてわんさかいた。

 当時のあの子はクールでカッコ良い系だったし、その上でグループも組まずただ一人孤高な感じで、それでいてメイクデビューで大逃げキメて大差で勝ち切るっていう偉業も成し遂げ、結果としてあのテイオーと並ぶんじゃないかとまで言われてたんだ。

 そりゃちょっと憧れるよね。ぶっちゃけアタシにもそういう感情あったしさ。

 で、そんな子と模擬レースできるってなれば張り切る子も多いだろうし、きっと諦めない子もいただろう。

 殊更、アタシがすごかったってわけじゃない。

 

 それなのに、あの子はアタシを見た。

 ナイスネイチャを、最初のライバルに選んでくれた。

 

 ……運、と。そう言う他ないよね。

 

 後々聞いた話、あの子の家庭環境は……よそ様を悪く言いたくはないけど、決して良いものじゃなかったらしい。それであの子自身も荒れてしまって、周りを威圧するような在り方をしていた、と。

 そんなあの子にとって、「決して諦めず自分を追ってくれる」って経験自体が新鮮なもので。

 だからこそ、アタシなんかを特別視してくれたんだと思う。

 

 アタシは本当に、誰より運が良かった。

 トレーナーさんが持ってきてくれた模擬レースが、本当に偶然に、アタシの道を切り拓いたんだから。

 

 誰より輝くウマ娘の背中が、いつだって目の前にあった。

 誰もがハッキリとは見えないはずの導きの星が、すぐそこで煌めいていた。

 

 だからこそ、アタシは誰より頑張った。頑張れた。

 策を巡らせ、体を鍛え、技術を身に付け、頭を回して。

 ありとあらゆる手段であの子を超えようと、頑張って、頑張って、頑張って、頑張れたんだ。

 

 

 

 あの子がいなければ、きっと、アタシなんて凡百のウマ娘に過ぎなかったんだろうね。

 世代の頂点なんてもってのほか。精々が名脇役って言われる程度の、準主役にさえ決してなり切れない……そんなウマ娘だったんじゃないかな。

 

 でも、現実は違う。

 

 今、アタシは、世代の三等星……ウィルやテイオーに並び得る、強者の一角として認識されてる。

 

 実際は違うんです、とか。偶然こんなことになっちゃって、とか。

 そんな言い訳を、いくつ重ねただろう。

 アタシはどこまで行っても自分に自信なんて持てなくて、だからそうして無駄に予防線を張ろうとして、負けても仕方ないって逃げ道を作ろうとして……。

 本当、何やってんだか。

 

 アタシに才能がないことは、前提だ。

 

 素晴らしい素質(ナイスネイチャ)という名前に反して……という訳でもないかもしれない。

 アタシには、まぁ、ギリギリG1には出られるくらいの素質は元よりあったんだろうし、それはとんでもなく恵まれてるものだって、このトレセンのウマ娘たちでも頂点に等しいものだって、それはわかってる。

 

 確かにアタシは、「素晴らしい」素質を持ってるんだろう。

 ……ただしそれは、「図抜けた」素質ではない。

 G1でいいとこ狙うことはできても、世界を変えるとか歴史を変えるとか、そういう枕詞を持つウマ娘たちとは並べない、ってだけだ。

 

 

 

 でも、だから何?

 だから、大人しく負けを認めて、雑魚は雑魚らしく分をわきまえろって?

 

 ふざけんなっての。

 

 

 

 アタシが悔しい想いをするのはいい。

 負けるのも、最悪、許容できる。

 野次を飛ばされるのだって、罵倒されるのだって、受け入れてやろうとも。

 

 でも、アタシなんかに期待してくれる人の、その夢を裏切ることだけは、絶対にできない。

 

 3番目なんていう微妙なポジションのアタシを推してくれる、奇特なファンのみんな。

 アタシなんかを先輩と仰いでくれる、可愛い後輩のライス。

 絶対にホシノウィルムを超えてみせるなんてうそぶく、大胆不敵なトレーナーさん。

 そして……こんなアタシにどこまでも期待してくれる、アタシの親友……ホシノウィルム。

 

 あの子たちから託された、この背に負う夢。

 それを投げ出すことは、絶対にしない。

 

 

 

 だからアタシは、3等星にならなくちゃいけないんだ。

 

 ホシノウィルムとトウカイテイオーに並び、そして彼女たちを越え得る「最強の一角」に。

 あの子が「期待してよかった」って笑えるような……「最恐のライバル」に。

 

 ホシノウィルムは今も変わらず、天上の星。地上のウマ娘たちの憧れだ。

 トウカイテイオーはついに彼女に並び、初の冠を頂き、楯の栄誉を手にした。

 

 だから、アタシもそれに並ばなきゃいけない。

 

 ナイスネイチャという、一人の競走ウマ娘として。

 

 

 

 天皇賞(秋)。

 

 本当はウィルと戦って並ぶはずだったこのレース、あの子は出走回避してしまったから、仕込みの一部は無駄になってしまったけれど……。

 レースの中核を担うマックイーン先輩は、あの子と同じく、フィジカルで押すタイプのウマ娘。

 であれば、勝ち目がないという程でもない……いいや、むしろ勝ち目は十全と言えるだろう。

 

 アタシは、勝たなきゃいけない。

 ウィルやテイオーなら当然のように勝つんだろう、このレースに。

 

 ……きっと、このレースに参加する全てのウマ娘が、同じように譲れない想いと決意を抱いているんだろう。

 マックイーン先輩だってそうだ。メジロのウマ娘として、天皇賞(春)に二連続で敗れているあの人は、秋の二連覇を心の底から渇望しているだろう。

 

 でも、それは諦める理由にも、譲る理由にもならない。

 

 あの人がどれだけ優れたウマ娘でも、選ばれた主人公でも、キラキラした星でも。

 それでも……アタシだって、みんなに望まれた3等星だ。

 この世界を生きる、競走ウマ娘の1人。他の皆と……あの子たちとだって同じなんだから。

 

 だから。

 17人の願いを、祈りを、夢を……利用し、奪い、踏みにじって。

 

 

 

 勝ちます。マックイーン先輩。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『向こう正面に入って行くバ群、先頭からダイタクヘリオス、横並びにメジロパーマー、1バ身弱付けてメジロマックイーン、イクノディクタスが続いて1バ身半ディスティネイト、そして内にナイスネイチャ!

 爆逃げコンビはいつもよりローペースなレース運びか、後続との距離はそこまで開いていません。先行集団もそこまで開かず、纏まったバ群が向こう正面を駆けて行きます』

 

 

 

「…………」

 

 息を乱さず、心を乱さず、アタシはバ群の中を走る。

 

 ここまでの展開は、ほぼほぼプラン通り。

 細部を変更することはあれど、大まかな形はベストの構築通りに動いてる。

 

 マックイーン先輩を擦り潰すこと以外にも、このレースは色々考えなくちゃいけない。

 2000メートルっていう、ウィル以外のミドルディスタンスの大逃げウマ娘にとっては走りやすいだろう距離。ダイタクヘリオス先輩とメジロパーマー先輩を止めるためにも、ペースを遅くさせないといけない。

 逃げから先行までを走るだろうイクノがどう動くかにも注目して、マックイーン先輩にぶつける飛び道具にしないといけない。

 

 他にもG1たるこのレースにはたくさんのウマ娘が出走してるんだ。

 誰がどう動くか、何を考えているか、どんな走りをするか、その全てを予想し、組み上げ、歪め、アタシにとって最も有利になるように整えないといけない。

 

 うん、これ自体は、そこまで難しいことじゃない。

 

 それじゃあ、早速で悪いんだけど……行ってもらおうかな。 

 

「っ!」

 

 強く、地面を踏みしめて、蹴り飛ばし……圧を飛ばす。

 

 ビクリと体を震わせて、少し前を走ってたディスティネイトがペースを上げ始める。……加速しないと、このままじゃ差し切られると思ったかのように。

 かのようにっていうか、そう思わせたんだけど。

 

 

 

『東京レース場の長い直線がそろそろ終わる頃、1番手メジロパーマー2番手ダイタクヘリオス、おっとここで3番手をメジロマックイーンとイクノディクタスが競い合う形。

 そしてディスティネイトとナイスネイチャがジリジリと差を詰める、最近の中長G1レースには珍しくバ群はギュッと固まった展開!

 残るは半分、1000メートル! レースはまだまだここから、誰がどこから仕掛けるか!?』

 

 

 

 ……圧。

 恐ろしく強いウマ娘が発する圧ってヤツは、結局どんなもので、何故醸し出されるのか。

 

 端的に答えを言うのなら、それは自信と、不安だ。

 

 強者は皆、ここから自分が勝つのだという自信を持っている。そして、それを現実的に成し遂げる見通しと、それを叶える技術とフィジカルも。

 そして周りのウマ娘は、意識していたウマ娘の圧倒的な自信に、畏怖を感じる。勝てないかもしれないと、心の奥底で不安が生じる。

 その落差が、精神的な格差が、結果的に相手の存在を見誤らせる。まるで相手から圧が放たれているかのような錯覚を覚えさせるんだ。

 

 じゃあ、アタシはその強者然とした圧を自然と放つことができるか?

 答えは否。

 アタシには、地の部分に自信がない。この学園に来てから幼い自負は叩き折られちゃったし、一度折られちゃったものを直したところで一度も折れ切っていない子たちのそれには勝てない。

 

 でも、必要だった。

 

 だから、身に付けた。

 

 

 

 幸い、これは領域みたいなフシギパワーじゃない。ちゃんとした論理に基づく心理的な影響に過ぎない。

 なら、技術で再現できるはずだ。

 

 アタシは確かに、純粋なフィジカルにおいて、神話にも帝王にも及ばない。

 けど……。

 何の変哲もなく、誰にだって頑張れば習得出来るような、汎用的な技術。

 その習得においては……誰一人にさえ、後塵を拝するつもりはない。

 

 アタシはウィルムの隣、トレーナーさんの前っていう最高の環境で、この3年を駆けたんだ。

 

 努力の量と質だけを比べれば、誰にだって負けるわけがない……!

 

 

 

 アタシは、誰より知っている。

 

 人を惑わす星の光。

 一等眩しき凶星の煌めきを。

 

 他のどんなウマ娘よりも、ずっとずっと、それに目を焼かれて来た。

 誰より近くで、あの子の走りと栄光の旅路を見続けて来た。

 

 だからこそ。

 

 あの子の光を……アタシは、再現した。

 

 圧倒的な実力を。

 圧倒的な自信を。

 圧倒的な悦楽を。

 圧倒的な圧力を。

 

 まるで、あの子を憑依させるかのように……。

 

 ほんの一瞬だけ神話に至り、この身に過大な輝きを宿す。

 

 

 

 他の子がこんなことしたって、ただのこけおどしにしかならないだろう。

 賢い子には……それこそ、マックイーン先輩みたいな本当の強者には、本来通じない。

 

 けれど。

 ナイスネイチャという存在は、今や、トゥインクルシリーズでも大きな意味を持つ。

 アタシは三等星として、活躍を期待され、同時にその走りに関心を持たれている。

 

 そして……レース前に見せた絶対的な自信の()()

 アレが、アレこそが、全ての出走ウマ娘たちに、アタシをホシノウィルムと被らせる。

 

 いないはずのウマ娘が、そこにいるという違和感。

 強烈過ぎる存在が唐突に現れたという錯覚。

 

 それが、レースに集中し切った彼女たちの目と脳を焼き、精神をかき乱す。

 

 

 

「「「……っ!?」」」

 

 爆発的に膨らんだアタシの存在感に、イクノに続いて、周囲のウマ娘たちが動揺する。

 それはギリギリ、マックイーン先輩にも届いて……。

 

「…………!」

 

 けれど。

 マックイーン先輩は、アタシのことが見えない。

 

 だってアタシは、ディスティネイトの陰に隠れて、先輩の死角に入ってるから。

 

 

 

 

『さぁオオケヤキを越えて最終コーナー、ここでマックイーン周囲を見回す! 誰を探しているのか、いつも泰然自若の彼女らしくない振る舞い!』

『バ群全体が戸惑うようにペースを乱しています、その中を突き抜けるのは……すぐさま加速を開始したメジロマックイーン、次いで……ナイスネイチャ!』

『これもまた脚本の内か、レースメーカーが名優に迫る!!』

 

 

 

 溢れ出る星の威光に、バ群全体が揺らぐ。

 

 そして、今、この瞬間。

 オオケヤキを越え、レースが終盤に入った今。

 バ群にできた大きな穴を潜り、アタシは一気に前へ距離を詰めた。

 

 ほんの一瞬の幻覚、それによって生まれた意識の空隙を突いた抜け出し。

 それに対処できたのは……真に優れる、ただ一人のウマ娘。

 

 ……マックイーン先輩には、対処されちゃったか。

 

 でも、いい。

 少なからず影響は与えて、走りを崩すことができたし……。

 何より、アタシの狙いは、先頭を取ることじゃない。

 

 5番手の位置から、ディスティネイトをかわし、イクノディクタスをかわし、そしてメジロパーマーをかわして……。

 アタシは、辿り着いた。

 

 3番手。

 魂の風景を開く、アタシの魂に焼き付いたポジションに。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 彼方に星が光る。

 アタシの目標、導の星。

 ……ただし、少し先で輝く灰のそれではなく、アタシ自身の夢の星が。

 

 そこに続くのは、アタシの足元から続く、蜘蛛の糸みたいな金の道。

 それは輝いて、道を照らしてくれるけど……。

 今のアタシの目標に至るには、思わず踏み外しかねない程に、あまりにも細すぎる。

 

 

 

 だから、アタシは、その糸を紐に組み上げるんだ。

 

 

 

 あの星から垂らされているのは、たった1本だけじゃない。

 周りには実に17本、ざっくばらんに糸が伸びていた。

 

 レースを作り上げる、18人のウマ娘の走り。

 アタシはそれらを手に取り……。

 

 

 

「全部使って、全部利用して……」

 

 

 

 まるであやとりでもするみたいに、黄金の意図(いと)を繋ぎ、合わせ、絡めて、作る。

 

 このレースの、勝利へ続くプランを。

 

 アタシを導く……誰一人として邪魔のできない、絶対的な道筋を。

 

 

 

「アタシの夢を、アタシで叶えるッ!!!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その道は、誰にも妨げることはできない。

 

 アタシが……星の世代の3等星が組み上げたこのプラン。

 

 乱せるのは、ただ2人だけ。

 

 ……メジロマックイーン先輩。あなたじゃ、ない。

 

 

 

 編み上げた紐を、勝利へと繋がるプランを、その手で強く引けば……。

 

 アタシの前を走るウマ娘たちは、皆、コーナーの外へと叩き出される。

 レースの急展開に動揺し、加速してしまい……けれどそこがコーナーであるが故に、その体にかかる遠心力が彼女たちを内に寄せ付けない。

 

 勿論、その変化は一過性のもの。

 あと1秒2秒と待つ内に、一瞬で埋まってしまう空隙だろうけど……。

 

 それでも、アタシが介入できるだけの進路はできた。

 あとは……誰より速く、ここを走るだけ!!

 

「こ、こッ!!!」

 

 

 

『最終直線前、バ群が縦に開き……内から突き抜けていくのはナイスネイチャ!! ほんのわずかに空いた隙間を縫うように、けれどまっすぐに駆け抜ける!

 やや外に膨らんだメジロマックイーン、逃げ切れるか!? ダイタクヘリオスは置き去りに、ここからは2人のマッチレースか!!』

 

 

 

 あの日アタシが見た、一番最初の領域。

 シンボリルドルフ先輩の世界。アタシの知る限り最強のソレ。

 

 ぐっと加速しながら、他のウマ娘たちに干渉して無理やりに道を空けさせるアレは、アタシみたいな差しウマ娘にとって理想そのものみたいな走りだ。

 

 参考にした、というわけではないけど……結局行き着く先は同じだった、ということか。

 アタシの昇華した領域もまた、それに近いもの。

 ありとあらゆるウマ娘の走りを使い、支配して、束ね……そして道をこじ開ける。

 アタシの夢へと続く、勝利への道を。

 

 

 

 全力全開の力で、脚を回す。

 とにかく前へ。誰より前へ。それだけを頭に入れ、ひたすらに走る。

 

 東京レース場の最終直線は、すごく長い。

 実に525メートル。新潟レース場のそれに次ぐ、全レース場の中で2番目を誇る……G1レースに限れば最長の直線だ。

 その上、ほぼ平坦な新潟と比べて上り坂もあるので、かかる負荷は殆ど平坦な新潟レース場以上かもしれない。

 

 つまりは何が言いたいかというと。

 距離はともかく、このコースはマックイーン先輩に有利なフィールドだってことだ。

 

 ステイヤーのウマ娘は、基本的に爆発的な末脚を持っていない。

 ジリジリとしか速度が上がらず、けれど長く使える脚を持っている場合が多い。

 ……っていうか、そういう脚を持ってる子をステイヤーって呼んだりするんだけど。

 

 とにかく、そんなマックイーン先輩からすれば、長い直線はそれだけ脚の出力を上げやすい条件に適う。

 スタミナという最大の強みを活かすことは難しくても、自身の脚の強みは活かすことができる。

 だからこそ、去年の天皇賞(秋)でマックイーン先輩は勝つことができたんだろう、っていうのがトレーナーさんの見立てで、多分これは正しいだろう。

 

 

 

 ……で。

 問題は、1等星にも2等星にも届かないアタシが、どうやってフィジカルの暴力じみた先輩に、この条件下で勝てばいいのか、だ。

 

 最適のレース展開を作る。

 これは前提だ。できて当然、やって当然、ハマって当然の大前提。

 アタシの強さなんてここに8割依存してるんだから、それができなくてどうするんだって話で。

 

 ……でも、まぁ、それだけじゃマックイーン先輩には届きそうにないのも事実。

 

 アタシがマックイーン先輩みたいなフィジカルタイプを倒すための策略を立てるように、あの人はアタシみたいな策略家を叩き潰すための走りをする。

 お互いがお互いの天敵みたいなスタイルだ、G1を獲るような強者たれば相手へ対策を取るのは当然の話。

 

 だからこその、8割。

 アタシの走りの8割だけを、策略に依存させ……。

 

 

 

 ……残りの2割は、別のところから持って来る必要がある。

 

 

 

 結局のところ、「自分の走り」なんてモノに拘ってちゃ、アタシに勝利の女神は微笑んでくれない。

 

 だって、アタシは弱いから。

 ただ幸運によってここまで登って来れた、あの世界の主人公たちとは比べ物にならない「普通のウマ娘」に過ぎないから。

 

 だから、使えるものは全部使うし……。

 策士だからって、策だけに依存してもいられない。

 

 ウィルからその威光をパクッたように。

 テイオーの体捌きを参考にしているように。

 一番身近にいた彼女からも、アタシは力を貰った。

 

 それは、決して妥協しない鬼のような鍛錬。それを支える克己心。

 そして……どれだけ長距離でも走り切れるような、持久力。

 

 それが、残りの2割。

 ナイスネイチャの、飛び抜けた素質がなくとも戦えるだけの、「素養」だ。

 

 

 

「っ、ふっ!!」

 

 風を切る音に加えて、小さく息を吐く音が聞こえた。

 

 ……当然だけど、何も厳しいトレーニングを積んで来たのはアタシだけじゃない。

 メジロマックイーン先輩。あの人だって、ここまで決死の覚悟でそれに臨んで来たはずだ。

 

 ある程度の素質も、ある程度の素養も、この頂点の舞台においては誰もが持ってて当然のもの。

 レースに勝つのは、それを超えるものが必要になる。

 

 それは例えば、例外的な神話の龍を除けば唯一無二の図抜けたスタミナ、あるいはそれを叶えるだけの日本屈指の血統だったり……。

 

 あるいはそれすらも覆し得るような、幸運によって得られた環境と……諦めきれない負けず嫌いが作り上げた、「競走ウマ娘ナイスネイチャ」だったり、だ。

 

 

 

 序盤から中盤にかけて、大逃げウマ娘2人の足並みを狂わせて作った蓋。

 中盤の終わりに行った威圧による一瞬の加速へのためらい。

 それによってもたらされた、加速力の減少。……これは領域によって埋め合わされたけど、逆に言えば領域の強みを潰すことができた。

 

 メジロマックイーンの脚は、十分鈍らせた。

 

 ここから先は……アタシの脚が持つか、彼女の脚が速まるかの勝負。

 

 

 

『さぁ勝負の最終直線、バ群から抜け出しているのは内からナイスネイチャ外からメジロマックイーン!

 後方との差は1バ身程、ここから上がろうとしているのはシャルウィラン、一番外からシャルウィランとスポットライトが駆け上がる!!

 だが譲らない譲れない! 勝利の栄光を求めてナイスネイチャとメジロマックイーンが駆ける!! 勝負は残り200メートル!!!』

 

 

 

「はッ、はッ、くぅ────!!」

 

 キツい。

 肺と、脚から、鈍い痛みが走ってる。

 

 当然だけど、アタシみたいなウマ娘が生粋のステイヤーに追い縋るのは、難しい。

 あの人と同じ速度で、いいや、それ以上の速度で加速なんてすれば、バ鹿にならないペースで体力を食いつぶされてしまう。

 

 ……けれど、それでも。

 

 

 

「アタシ、は……」

 

 ここじゃ、まだ、脚を止めてやれない。

 アタシの夢は、未来は、この道の先にある。

 

「……勝つんだ!!」

 

 ……何に勝つんだ、って?

 そりゃあ明白ってもんでしょう。

 

 このレースに? ……違う。

 

 メジロマックイーンに? ……違う。

 

 トウカイテイオーに? ……違う。

 

 ホシノウィルムに? ……それも違う。

 

 アタシが勝ちたいのは。

 

 

 

 アタシの中の、諦めに、だ。

 

 

 

 キラキラしたウマ娘になりたい/なれるわけがない。

 

 G1に勝ってみたい/勝てるわけがない。

 

 アタシこそ世界の中心だって顔をしてみたい/許されるわけがない。

 

 ナイスネイチャって名前に相応しい活躍を残したい/できるわけがない。

 

 ……そんな、今でも心の片隅で呻く、情けない諦めをぶっ倒して。

 

 

 

 誰かに、幸福を、楽しさを、熱狂を、夢を、届けられる……。

 そんなウマ娘に、なりたい。

 

 

 

 

 

 

 そうなるんだって、胸を張って。

 あの子たちに、堂々とアタシを誇れるように。

 

 今、この場で……。

 紛れもない優駿を、正面からぶっ千切るんだ。

 

 

 

 

 

「は、ぁぁぁぁああアアアアアッッッ!!!」

 

 トレーナーさん以外には誰にも言えないようなこっ恥ずかしい想いを、胸に秘めて。

 

 ギシギシと悲鳴を上げ始めた体を、カラッカラに乾いた頭で、前へ、前へ、前へと押し出し。

 

 もはや胸に灯った炎以外の何も感じられなくなる程、全てを走りに注ぎ込んで……。

 

 

 

 ……そうして、アタシは。

 

 

 

 

 

 

『ゴール板を駆け抜けたのは────ナイスネイチャ!! ナイスネイチャが一着入線!!!

 

 2着入線メジロマックイーンに1バ身半の差を付け、見事と言う他ない走りで天皇賞を征しました!!

 レースメーカーが綴った最後のページに記されていたのは自らの勝利! 春で天皇賞を獲った2等星トウカイテイオーに続き、3等星がここに初のG1タイトルを獲得した!!』

 

 

 

 * * *

 

 

 

 あー……しんどい。

 

 全身がジンジンする。痛いっていうか、熱い。

 レースを走り終わった時はいつもそうだけど、本当に全部出し切っちゃって、一歩も動けないってこの感じ。

 キッツいけど……嫌いになれないな、やっぱ。

 

「ナイスネイチャさん」

 

 後ろから声をかけられて、アタシは膝に突いた手を離して、振り向く。

 

 そこには、悔いのなさそうな笑顔で、けれどさかしまに悔しそうな……「アタシのライバル」が、いた。

 

「お見事です。……本当に、お見事と言う他ありません。他に何かを語ること自体が、あなたへの侮辱になってしまうでしょう。

 だから、敗北した私からは、ただ一言」

 

 そう言って、芦毛の先輩は一度、そのまぶたを閉じて……。

 

「おめでとう、ナイスネイチャさん」

 

 再びそれを開けた時。

 そこにはただ、純粋な賞賛の色だけが残っていた。

 

 ……カッコ良い人だなぁ、ホントに。

 

「ありがとうございます……マックイーン先輩」

「先輩ではなく、さん、で構いませんわよ。あなたもあの子と同じ、平等なライバルですから」

 

 

 

 改めて観客席に向き合うと、今更ながら、すごい歓声が投げかけられてることに気付く。

 アタシの初のG1レース勝利に、ファンの皆は……いや、多分他の子のファンも、喜んでくれてるみたいだった。

 

 星の世代の3等星。

 それが……多分、揺るぎないものとなったことに。

 

 アタシは、そんな皆の前で、一本の指を上に突き上げ……。

 

 ……そして、それを、観客席のただ一点に向けて、ゆっくりと下ろす。

 

 

 

 アタシの最愛の親友。

 アタシの抱いた憧れ。

 アタシの一番の強敵。

 

 ホシノウィルム。

 

 アタシの人差し指の先にいるあの子は……。

 

 酷く嬉しそうに、愉快そうに、ちょっとだけ歪な笑みを浮かべてた。

 

 ……ああ、なんとなくわかる。

 多分、アタシも今、同じ笑顔を浮かべてるんだろうね。

 

 

 







 ナイスネイチャ
 『きっとその先へ! Lv7』
 レース終盤の最終コーナーで3番手で前のウマ娘との差が1バ身以内だと闘志が噴き出し速度が上がる。
 更に完璧に通した策と譲れない意地が夢への道を切り拓く。



 スキル進化!

『八方にらみ』→『目指せ!主人公!』
 レース終盤にしばらくの間速度が上がる<作戦・差し>

『魅惑のささやき』→『スターライト・オマージュ』
 レース中盤に周囲のウマ娘を戸惑わせる。十分なスタミナがあれば一気に前に出る<中距離>



 ペースコントロール→バ群全体を動揺させてスピードデバフ、ポジション崩し→抜け出しながら領域展開して最内コース確保→領域とスキルで速度加速両面を上げて突き抜け
 メジロマックイーンと最終直線で真正面から競って1バ身半付ける策士。策士とは一体……?



 次回は一週間後。英雄姫の視点で、日本のウマ娘どうなってんの? の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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