転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 脚を……引っ張らないでくださいね?(デバフはやめて)





それは前提だから、諦める理由にはならない。

 

 

 

 折り合いをつける、という言葉がある。

 前世には存在しなかった言葉……いや、存在したのかな?

 別に私って現代文に強かったわけでもなく、競馬文化に詳しかったわけでもないので断言はできないけど、まぁ私は知らなかった言葉なので、少なくともマイナーなものではあったんだろう。多分。

 

 でも、一方でこっちじゃ、折り合いっていうのはかなり一般的な言葉だ。

 なにせ、世界中でメジャーな競走ウマ娘のレースに関わる言葉だからね。

 

 折り合いっていうのは、端的に言えば、トレーナーによる作戦とレース当日のウマ娘の精神状況などが上手く噛み合うことだ。

 これが良い感じにキマって心身が整った状態にあることを「折り合いが付いた」状態と呼び、逆にこれが上手く噛み合わずに落ち着かないことを「折り合いを欠く」と言ったりする。

 

 折り合いを欠くと……まぁ、真っ当には走れない。

 出遅れたり掛かったり、はたまた作戦を忘れたり他の子に出し抜かれたりレースの流れを掴み損ねたり、精神が集中できてないから当然ではあるんだけど、どうしたって走りのクオリティはガタ落ちしちゃう。

 

 レースもそうだけど、スポーツっていうのは心身ともに完成してないとまず成績なんて残せない。だからこそ私たちにはトレーナーが付いて、付きっ切りで状態を保ってくれるわけでね。

 G3とかG2はほぼ出てないからちょっとわかんないけど、少なくともG1レースに勝つともなれば、とてもじゃないけど折り合いを欠いてはいられない。

 だってライバル全員が完璧に折り合い付けてくるんだもん、自分だけそうじゃないなんて特大のデバフだ。それを背負ってなお勝てるなんて、それこそ私とかアンちゃん級のイレギュラーだけだろう。

 

 でも逆に言えば、これがウマ娘のレースの面白い要素とも言えるんだよね。

 私たちは生き物であって機械じゃない。常にスペック通りの力を出せるとは限らず、また常にスペックの内の力しか出せないとも限らないんだ。

 その日の折り合いの付き具合、心身の整い具合によって、私たちは想定とは全く違う結果を残す。

 だからこそレースっていうのは常に予測が付かないし、そのハプニングこそがファンの待ち望んだものであるとも言えるわけだ。

 

 

 

 さて。

 トレセンでは中等部の2年で習うようなことをつらつらと語ったわけだけど、本題はここからになる。

 

 折り合いを欠く、で言うと……今となっては途轍もなく懐かしいけど、まだお父さんの言葉に呪われてた頃の私なんかが典型例にあたるだろう。

 

 あの頃の私、自分で言うのもなんだけど、競走ウマ娘としてはめちゃ未熟だったよね。

 敗北への危機感に急き立てられて、本来の作戦を無視して掛かってしまう。自分の中から迫る凍えるような恐怖に耐えられない。

 呪いのせいにしちゃえば簡単だけど、ぶっちゃけて言えばあの頃の私はトレーナーこと歩さんのことを心からは信じられていなかったし、何より競走ウマ娘ってものへの理解度があり得ないくらいに低かった。

 いやはや、反省の極みだよ。ホント枕に顔埋めたいレベルで恥ずかしい黒歴史である。

 

 あんな感じで折り合いを欠けば、本来取るべき作戦の放棄に直結してしまうし、そうなれば当然走りのクオリティは落ちる。

 あの頃は私のチートフィジカルもあってそれでもなお勝ててたけど、同等な力で戦っていればまぁ負けていただろうと思う。だって相手はテイオーとかネイチャだもん。

 

 

 

 そしてもう1人、かつての私以外に折り合いを欠きやすいウマ娘を挙げるのならば……。

 やっぱり私の後輩、掛かり癖を持つブルボンちゃんになるだろう。日本での知名度的に。

 

 ブルボンちゃんの掛かり癖は、まぁ、ちょっと酷いと言っていいレベルにある。

 周りにウマ娘の存在を感じ取った時点で、彼女はその胸から込み上げる熱を抑えられるかの、自分との勝負を強いられてしまう。

 歩さんなんかはそれを指して、「ミホノブルボンの戦いは他者とのものではなく自分とのものだ」、なんて言っていたっけ。

 

 ブルボンちゃん自身の素質は、転生チートウマ娘である私程じゃないにしろ、日本でも頂点級だ。

 歩さん曰くスポンジのように経験を吸収して糧にできる体質なんだとかで、そもそもの成長率が高く技術の習得も早いらしい。

 実際彼女の世代だけで見れば、そのスペックは大差を付けたダントツのトップだしね。

 ……私とかアンちゃんがいるから世界最高とは言えないだろうけど。

 

 だからこそ、完璧な走りができるブルボンちゃんを、他の出走ウマ娘たちは超えることができず。

 これまでのブルボンちゃんの戦いは、わざわざ誰かを蹴落とす必要などない、自分自身を御し切れるかの戦いだったわけだ。

 

 

 

 ……が、そんなぬるま湯のレースは終わりだ。

 ここから先にあるのは地獄のデッドヒート、1つ弱点がある時点で100%勝てなくなる頂上決戦である。

 

 転生チートウマ娘でさえ、天然バグ枠ウマ娘でさえ、ちょっと対戦相手から目を離せば負ける。

 ていうか弱みなんてなく万全な状態で挑んでも、それでもなおスペックと領域の練り上げ不足で3着になっちゃうこともある世界だ。一週間経った今でも暴れたくなるくらい悔しい。

 

 もはやブルボンちゃんも、自分との戦いだとか、そんな甘ったれたことは言ってられない。

 自分との折り合いをしっかりと付けながら、相手との戦いをしていかないと勝てない世界に彼女は脚を踏み入れたのだ。

 

 で、だ。

 あくまで個人的な思いで言えば、そりゃあ私としちゃ、新天地に来た彼女を応援してあげたい。

 というかブルボンちゃんだけに限らず、ライスちゃんもソウリちゃんも、可愛い後輩ちゃんたちはみんな応援してあげたいし、色々教えてあげたい。

 歩さんやトレセン学園の皆さん、ファンの皆にもらったものを、少しでも還元できる時だからね。

 

 でも、それを難しくするのが私の立場なんだよなぁ……。

 

 なんだかんだでレジェンド枠に入ってしまった私は、もはや個人的な感情で好き放題動くってことはできない。

 いや、できるんだけど、やっちゃうと色んな人にいっぱい迷惑かけちゃうからやり辛い、っていうのが正確か。

 ここのところ歩さんも昌さんも働きづめだし、ちょっとこれ以上わがままとか言ったりはできないかなーと思ってます。将来家族になる人たちに迷惑かけたくなんてないのだ。

 

 そんなわけで最近、私は自分からブルボンちゃんに過度な接触をすることはなかった。

 勿論、一緒にご飯食べたり、トレーニングの合間に雑談したりとかはしてるけど……。

 それ以外だと、あくまでも歩さんの望んだ通り、教えてあげなさいと言われれば技術を伝え、併走してあげなさいと言われれば走ってあげる、そんな毎日である。

 

 

 

 さて、そんな毎日の中の一日。

 

「これでいいのかなぁ……」

 

 衆目がないのを良いことに、私は自室で深くため息を吐いた。

 

 私は悩んでいた。

 なんかこう、どうにかしていい感じに、先輩としてブルボンちゃんの力になれないか、と。

 

 去年からライスちゃんに色々教えたりもしてた私だけど、なんとなくの感覚、ライスちゃんって菊花賞で完成した気がするんだよね。

 あ、いや勿論これからも成長はするよ? まだ本格化2年目だもん。

 でも、なんというか……彼女の彼女らしい走りは、ちゃんと形にはなったと思う。

 方向性はしっかり定まった、みたいな言い方がわかりやすいかな。

 後は地道に地力を伸ばすだけで、彼女は恐ろしい刺客として私を追い詰めてくれるだろう。

 

 その一方で、ブルボンちゃんは走りの形がまだ伸びそうだ。

 ひとまず形にはなったとはいえ、そこにはまだまだ発展性があるように思える。

 

 だからこそ、私も何か協力してあげられる、と思ったんだけども……。

 

「ハブられてるからなあ、私……」

 

 口から出た呟きに、我ながらどんよりしてしまう。

 ホシノウィルムはひとりぼっちになるのが嫌な寂しがり屋なのだ。主に幼少期のトラウマから。

 まぁ実際には歩さんがいるからいいけどさ……それでも寂しいことに変わりはないんだ。

 

 いやまぁ、別にイジメとかじゃないんだけど。

 

 テイオーと共同戦線を組んで以来、歩さんはブルボンちゃんとテイオーで併走とかをさせることが多い。

 尋ねてみれば、「ウィルはちょっと例外的すぎるから色々参考にならん」とのこと。

 ずっと上ばかり見上げていたテイオーは一度後進に走りを教える機会を持ち、ブルボンちゃんの方はテイオーというホシノウィルム以外の優駿を見る機会を持つことが良い刺激になる、ですと。

 

 そんなわけで、私は寂しく2人からハブられてる。

 時々一緒にやるネイチャやライスちゃんと走ることはあるけど……すぐそこに最強のライバルと期待の後輩を見ながら手を出すなとは、歩さんも酷なことを言ってくれるよね。

 ぐうの音も出ない正論だけどさ。

 

「下手にこっちから突っ込むとなぁ……歩さんのプラン乱すのもアレだし……」

 

 ぶっちゃけ私はこれまで、ブルボンちゃんに先輩らしいことをしてあげられていない。

 

 精々が信頼できるトレーナーを紹介したのとか、練習の時に色々技法の体感とか話してあげるのとか、模擬レースに交ぜてあげるのとか、その程度。

 ……あれ? 思ったより色々やってあげてるかこれ?

 いやでも、なんかこう、彼女のライバルであるライスちゃんに色々教えてたこともあって、ブルボンちゃんには何かと申し訳なさ覚えちゃうんだよね。

 

 なんとか力になれないかな。

 去年の年末のスペ先輩みたいに、スパッとカッコ良く導ければいいんだけど……。

 

 

 

「うむむむむ……」

 

 最強激かわぷりちー先輩がトレーニングで不在なのを良いことに、私はベッドの上でぐでんぐでんのたうち回りながら、どうにもならない思考を巡らせた。

 気分はまな板の上のエビだ。びたんびたんと栗東寮の柔らかなベッドを虐待していく。

 

 パブリックなイメージを考えると人前ではできないけど、実のところホシノウィルムは人目のないところでは結構落ち着きがないタイプなのだ。

 ……将来はこの辺も矯正しなきゃいけないかもね。歩さんの隣にいるなら、やっぱり落ち着きがある方がよろしいでしょうし?

 

「っと、違う違う」

 

 思考を戻して。

 

 今、ブルボンちゃんの前に立ち塞がっている壁……自身の気性、精神性、身体的特徴、才能とどう付き合っていくか。

 これは実のところ、多くのウマ娘が直面する壁だ。

 

 私だって去年のダービーくらいまでは掛かり癖に悩まされたし、テイオーはその走りを根本から改善する必要があった。ネイチャだって、その素質の不足に大いに悩んでいた。

 菊花賞の時に交換したLaneで聞いた話、アンちゃんも才能がありすぎてずっと本気になれなかった的なこと言ってたし、やっぱりどんなウマ娘だって多少の悩みくらいはあるだろう。

 

 ブルボンちゃんの場合、それが自身の性格や走りと気性の不一致だったわけだ。

 

 歩さんも言ってたけど、多分ブルボンちゃんの一番強い走りは、あのラップ走法で間違いない。

 掛かることも垂れることもない、自分のスタミナを完璧に使い切る逃げは、ある種スズカさんの大逃げと同じでウマ娘の夢の走りと言ってもいいだろう。

 なにせ、速度は上げれば上げる程、指数関数的に消耗するスタミナが増えてしまう。

 計算尽くでそれを丁度良いバランスに調整できるのなら、つまるところそれは理論上の最速なのだから。

 

 けど、理想の走りに対して、ブルボンちゃんの気性は非常に野性的というか、本能が強い。

 他のウマ娘の気配を感じれば、その魂からマグマのような闘争心が込み上がり、彼女の理性を焼き、掛からせてしまう。

 

 私も同じウマ娘だからわかるけど、これはなかなか抑えがたいものだ。

 ……というか、抑えられる量にはウマ娘それぞれで上限がある、と言うべきか。

 私なんかは、転生者ってこともあってかかなりウマ娘的本能が相当に弱いらしく、この上限がかなり高い。だからこそ、終盤の一瞬に備えて熱を溜め込んでおけるけど……。

 ブルボンちゃんは上限がとても低く、私級のウマ娘が2人もいれば暴走してしまうっぽい。

 

 理性的で氷のように冷たい走りと、情熱的でマグマのように熱い気性。

 このミスマッチがこの問題の肝で……。

 

 

 

「ん?」

 

 ぐちゃぐちゃになったシーツの上、上体を起こしてあぐらをかいて、ふと思考の端に引っかかったものを手繰り寄せる。

 

 冷たいと、熱い。

 これって……。

 

「あ、私と同じか」

 

 そう、よく考えれば、これはホシノウィルムと同じ症状であった。

 

 私も去年、自分のミスマッチに悩まされたことがあった。

 とは言っても私の場合のそれは、色々あって冷たい仮面を被ってたけど、本当の内心は熱かったってだけなんだけど……。

 

 結果として私は、「寒」モードと「熱」モードの切り替えスイッチを持つことで対処した。

 

「ブルボンちゃんにもスイッチを付ける? ……いや、無理だよなぁそれは。

 アレって私がトラウマレベルで追い込まれた結果10年くらいかけて作ったヤツだし、何よりブルボンちゃんって仮面とか作れる程器用でもないだろうし」

 

 距離や速度を計器レベルで正確に測れるトンデモ能力を持つ一方、人格的な機微に関しては、ブルボンちゃんはかなり不器用な方だ。

 今から自分の心に仕切りを作れと言っても、まぁ難しいだろうな。

 

「うーん、困った」

 

 実のところ、私が熱のコントロールに成功している要因の一つが、このスイッチだ。

 なので、それなしでどう自分の熱と付き合っていくのかと訊かれると……わかんないんだよね……。

 

 私はここに来た時から冷たい仮面を被ってたし、中から熱い闘走本能が込み上がって来ると同時、その「寒」のモードと「熱」のモードが自然と分かれた。

 逆に言えば、そうじゃない状態を知らないから、他の子にはアドバイスのしようがない。

 

 というかそもそも、私って別に熱問題を自力で解決したわけじゃないんだよね。

 先輩として後輩の力になるって、要するに自分が踏んで来た経験とかを元にアドバイスとかすることじゃん? 私にその経験がないんだから、それって岡目八目っていうか、できもしないことを他所から言う一番ウザいお節介になるんじゃないか?

 

 私、この分野に関しては先輩どころか、感覚派でてきとうに片付けてるタイプの、一番指導に向かない人間なのでは?

 

 

 

「……よし、諦めるか!」

 

 さんざっぱら悩みまくってなんだけど、私は思考を切り上げた。

 

 世間からは史上最強だの今を生きる神話だのと持ち上げられ放題な私だけども、ぶっちゃけちゃえばただの転生チートウマ娘、前世まで含めたって人生の半分も歩んでいない半端者だ。

 できることもあればできないこともある、全能なんか程遠い人間なわけで……。

 

 けれど私には、そのできない部分を補ってくれるパートナーがいるのだ。

 

「歩さんを信じよう。あの人ウマ娘のことについては絶対外さないし」

 

 あの人がテイオー対策を私に託してくれるように、ブルボンちゃんの育成はあの人に任せればいい。

 そうやって互いに分業し、信じて頼り合うのがパートナーだろう。

 

 ……というかそもそもあの人の本業はそこなわけで、私が中途半端に手を出すこと自体が間違いなのではないでしょうか?

 

 なんなら私がまずすべきだったのは、早めに上がったトレーニングの後一人でグダグダと考え込むことではなく、歩さんに相談して自分にできることがないか訊くことだったのでは?

 ずっとこれ考えてたの、すっごい無駄な遠回りだったのでは?

 

「…………気分転換に誰かのトレーニングでも見に行くかァ!」

 

 私はベッドから立ち上がり、服を着替えることにした。

 

 考えてみれば、私はトレーナーじゃなくウマ娘。

 グダグダと悩むより、何かしら動いた方が実りもあるかもしれないしね!

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ウマ娘のトレーニングを見るというのは、部外者にとってはそりゃもうめちゃくちゃに困難だ。

 そもそもトレセンの敷地内に入れないし、女子生徒をジロジロ見るのは倫理的にもアウト。

 メディアに公表するごく一部を除いて、私たちの毎日は外部から強く秘匿されている。

 

 が、逆に。

 生徒になってさえしまえば、皆のトレーニングを見るのは割と簡単だったりする。

 

 グラウンドとかプールとか体育館とかジムとかに赴けば、そこでは常にたくさんのウマ娘が研鑽の日々を過ごしているんだ。

 相手を限らなければそれらは無数に目に入るわけで、そこに困難も苦労もない。

 

 ……普通の生徒にとっては、だけどね。

 

「私が行くと騒ぎになっちゃうからなー。有名税って厄介だ、っと」

 

 とっとことっとこと軽やかに、トレセン学園校舎の裏へと脚を伸ばす。

 

 昨今の学校なんて大抵はそうだけど、トレセン学園は屋上が封鎖されている。

 入り口には頑丈なダイアル錠がかけられ、侵入者を許さない。

 

 まぁ、情報通の生徒の中には、そのナンバーを知ってる子とかもいるらしいんだけど……。

 ぶっちゃけ、正攻法以外でも屋上に上がる方法はあるんだ、これが。

 

 トレセンの校舎の隅、目立たない科学実験室の横に到着。

 私はすぐに、そこの雨どいを掴み、体を引き上げ始めた。

 

「ふっふふっふふーん♪」

 

 今はもう寮玄関の合鍵を貰ってるから不要だけど、クラシック級の頃なんかは、自主トレしすぎて寮の門限を越えてしまい、閉め出されちゃうことがよくあったんだよね。

 そういう時には、寮の後ろの雨どいを伝ってよじ登り、自室のベランダから帰還するのが定例であった。

 さいかわな先輩には「……ウマ娘というより、おさるさん?」なんて言われてしまった。解せぬ。

 

 ともあれ、そんな私にとって、トレセンの屋上に登ることなんてそう難しくもない。

 まぁ若干危なくないこともないけど、これでも私はウマ娘。危機察知能力はめちゃ高いので、老朽化とかは感覚でわかるし、気さえ抜かなければ万が一もない。

 

 そんなわけで、するするするっと雨どいを登って行って、最後に懸垂の要領で屋上に上がっていった。

 

 

 

 校舎三階の上という高所からだと、そろそろ沈みつつある夕日がとても映えて見えた。

 そして、そんな夕方にもトレーニングしてる、元気で健気なウマ娘たちも。

 

 人間もウマ娘も、水平な周囲には気を配れても、上方向の気配には気付くことは少ない。

 ちょっと動いただけでニュースになっちゃう私にとっては、トレセンの屋上は見やすいけど気付かれにくい、絶好のトレーニングウォッチスポットなのだ。

 

「さてさて、掘り出し物の注目株はいるかなーっと」

 

 呟き、外と内を分けるフェンスに寄りかかる。

 屋上から見下ろす、キロメートル単位で広がる広大なグラウンド。

 そこでは、百人弱のウマ娘たちが、それぞれのトレーニングに励んでいた。

 

 G1級の子とかドリトロの先輩は……うーん、いないかな。

 確かトゥインクルの中堅格だったはずのチームが1つ、オープン格だったかのチームが1つ、それから個人らしい子たちが複数。

 その中には、何人か顔見知りの後輩ちゃんが走っている姿もあって、自然とそっちに目がいってしまう。

 

「うーん……」

 

 ただ、残念ながらというか、私を沸き立たせてくれそうな子は目に入らない。

 どの子も、なんというか、根底にある諦観みたいなものが見えてしまって、そこが少し残念だ。

 

 

 

 才能。

 とても残酷だけど、ウマ娘には確かにそれがある。

 

 素晴らしい素質、類を見ない体質、チートみたいな特殊な力、あるいは底知れない魂の出力。

 これらを1つでも持ってる子は、それを武器とすることができるわけだけど……。

 逆に言えば、そのどれも持っていない子は、「平凡」という二文字の中に押し留められる。

 

 中央トレセンは、それぞれの地元とは文字通りレベルが違う。

 だからこそ、ここに入学すれば、ウマ娘はその内自分の分というものを知り、弁えてしまうことが多いんだ。

 それこそあのネイチャでさえ、ジュニア級の頃はそんな空気を纏ってたしね。

 

 でも……私は、そういうのを乗り越えて来る子が好きだ。

 

 ネイチャやネディリカ、ソウリちゃんなんかが典型例だろう。

 自身の才能のなさを知り、足りないことを理解して、それで諦めようとし……けれど諦められず。

 強者相手に「せめて一太刀」と、果敢に必死に懸命に、自分の全てを以て挑みかかる。

 

 そんな子の走りにこそ、私は強い熱を感じる。

 身の程を知ってなお自分に見切りを付けられず、どこまでも聞き分けなく無様に足掻く……。

 

 そんな子の走りには、時に、神が宿る。

 

 地獄のような有記念で、数多の優駿を抑えて3着に収まったり。

 英雄姫すらを越えてその力を証明し、私にまで迫ってきたり。

 確かに主役の一人として、ブルボンちゃんやライスちゃんに認められる星となったり。

 

 それは、無謀にも思える挑戦なくしては、決して成し得なかったことだ。

 

 挑戦という種を蒔かなければ、達成という花が咲くことはなかった。

 だからこそ、諦めないでほしい。

 

 無謀でも、辛くとも、それでもなお走り続け……いつか、どこかで咲き誇る。

 そんなウマ娘こそ、きっと真に評価されるべきなんだ。

 

「去年はネイチャ、今年はソウリちゃん。来年や再来年のクラシックレースでも、そんな子が見られるかなぁ」

 

 

 

 

 

 ……あるいは。

 そんなことを呟いていた私が、その子に目を留めたことは、運命だったのかもしれない。

 

 だって、偶然だとしたら、あまりにも出来過ぎていた。

 

 

 

 

 

 

「ん」

 

 視界の端、ちょっとおかしなものが引っかかり、意識がそちらに持って行かれる。

 

 屋上から見下ろすトレセンの正門、その向こう側。

 そこに今、一人のウマ娘が立っていた。

 

 ……トレセンの生徒じゃないね。

 制服着てないし、見覚えもないし、何よりまだまだ幼い。

 顔付きも体も、アスリートのものじゃない。本格化も始まってない、初等部の子だろう。

 

 綺麗な栃栗毛の髪をセンターで分け、その下にはウマ娘らしい整った顔立ち。

 でも、ちょっと日本の子っぽくないかも。海外の血が入ってるのかな。

 

 

 

 ぼんやりとその様子を観察していると……。

 まだ小さな体で眩しそうに正門を、そしてトレセンの校舎を見上げるその子と、視線が合った。

 

「……へぇ」

 

 殆ど迷うこともなく、私は屋上から飛び降りた。

 こちらに刺さる驚愕の視線を感じながら、木々の枝とかベランダとかを飛び移り、少女の元を目指して……。

 

「やあ、こんにちは」

 

 数秒かけて、未来の競走ウマ娘の隣に降り立った。

 

「あ……え、ほ、ホシノウィルム……さん?」

 

 女の子は、その桜色の目を見開き、驚いてるようだった。

 

 ま、それもそうか。

 学園の前で「将来ここに入るぞ!」みたいに思ってたら、何故か屋上にいた史上最強のウマ娘と目が合って、かと思いきやぴょんぴょん跳んで自分の横にまで降りてきて、声をかけられる……。

 自分で言うのもなんだけど、なかなかにショッキングなイベントかもしれない。

 

「そうだよ、ホシノウィルムです。知ってくれてるんだね、いつも応援ありがとう」

 

 ……片膝でも突こうかと思ったんだけど、いざ並んでみると、殆ど少女と身長変わらなかった。

 ホント、このロリ体型って成長しないもんかな。本格化が終わったら遅れて第二次性徴来たりしない?

 

 何とも言えない微妙な思いを胸の内に隠し、私は彼女に微笑みかける。

 

「熱い視線をもらったから、ついお話がしたくなっちゃって。来年入学予定の子かな?」

 

 訊くと、早くも混乱を収めたらしい彼女は、薄い微笑みをたたえて頷く。

 

「はい。今日は学園の周りの下見に。ついでに、学園も見れたらなって。

 来年……あと何か月かしたら、入学予定なので」

「そっか。言わなくとも知ってると思うけど、トレセンは良いところだよ。周辺併せて施設が充実してるし、強い子たちと切磋琢磨できるし、何より良いトレーナーに出会えるかもしれないからね」

 

 そう、なんなら人生のパートナーになり得るようなパートナーに出会えるかもしれないのだ。

 ……自分で言っといてなんだけど、婚活会場か何かなのかなここは。

 

「トレーナーさん……」

 

 少女は私の言葉に、考え込むようにそのまぶたを僅かに落とした。

 

 あんまり実感がない感じだろうか。

 わからなくもない。私も3年前の今頃は、まさかこんなにトレーナーゾッコンラブになってるとは思いもしなかったし。

 ま、この辺りは実際に入学したらこの子もわかるでしょう。

 

 

 

 ……さて、ま、世間話はこの辺りでいいでしょう。

 

「ところで、君には夢ってある?」

「え?」

「夢だよ、夢。この学園に入って何がしたいのかっていう、明確なビジョンはある?」

 

 私の唐突な問いに、少女は一度驚いたように声を上げ、目を見開いて。

 

 けれどすぐに、桜の瞳で、私を見据えて言ってくる。

 

 

 

「あります。誰も倒せないような最強に……あなたに、勝つこと」

 

 

 

 ……ああ、本当。

 ウマ娘ってのはさ、たまんないよね。

 

 こんなに小さな子が、こんなにも良い顔をするんだもん。

 

 私は自分の顔がニヤけるのを抑えながら、煽るような言葉を投げ返す。

 

「言っておくけど、難しいよ? 私を倒すのは。

 一応これでも最強やらせてもらってるし……君、脚、脆いでしょ?」

「はい。……すごいな、わかっちゃうんですね」

 

 感覚的にわかるとも。

 

 この子の脚は、多分、テイオーと同じだ。

 彼女自身の秘めたる才能に対して、脚の頑丈さが付いて行けてないんだろう。

 

 きっとその走りは、最強すら脅かすものになり得るだろう。

 多くの人を魅せる、夢のような走りを見せてくれるだろう。

 ただし、その脚の寿命を犠牲にして、だけど。

 

 彼女は多分、テイオーと同じ、幾度も挫折を味わうウマ娘だ。

 その果てにドラマを生み、多くの人を魅了する運命を背負っているんだと思う。

 

 歩さんのウマ娘としては、どこか寂しく感じるんだけど……。

 ……ま、あくまで他人である私に、とやかく言えることじゃないかな。

 

 

 

 そんなことを考えている私に、少女は少し視線を落として言ってくる。

 

「あなたは余りにも強くて、高くて、輝いていて。

 それに対して、私は、走れない。

 だから、私はあなたには勝てないと思います」

 

 けれど、そんな悲観的な雰囲気を振り払い。

 決意の籠った桜色の視線が、私を刺し貫いた。

 

 

 

「──今は、まだ」

 

 

 

 未だ幼い少女の目には、諦観がない。

 自身の限界を、これから歩むだろう苦難を理解した上で、それでも止まらないと主張する強さがあった。

 

 その想いは、熱くはない。その熱を彼女が表に出してはいないから。

 それは儚く、痛ましく、けれど艶やかで、強かで、揺らぐ気配もない……。

 

 そう、まさしく。

 彼女は、冬を耐え忍び花を咲かせる日を待つ、桜の大樹のようだった。

 

 

 

 その右を胸に当てて、彼女は宣言する。

 

 私に。世界に。あるいは、自分自身に、改めて。

 

「どれだけ苦労しても、傷付いても、涙を流しても。

 それでも、あなたが立つそこに、たくさんの人に輝きを届けられる最強の座に、いつか私は立ってみせます。

 お父さんのいる地、最強を決める戦い……凱旋門賞に勝って。

 誰よりも輝く、一点の陰りさえない『最強』になる。なってみせる」

 

 

 

 それは、言ってしまえば、子供特有の「夢」だった。

 できるできないではなく、そうしてみせると語る、ただの夢物語だ。

 

 人間は、ウマ娘は、最初には誰もがそれを抱き……けれど、多くの人は現実を知って諦める。

 これくらいが自分に丁度良い現実だと、それを認めて、足掻くことをやめてしまう。

 

 ……けれど。

 彼女は、諦めないんだろう。

 どれだけ苦境に立たされても……あの子たちと同じように、決して視線を落とさないのだろう。

 

 だって。

 今、ホシノウィルムを見るその目に、諦めなんて欠片もないんだもん。

 

 ……この私を。

 ちょっとだけ本気を晒したホシノウィルムを目の前にして、絶対に勝つって宣言できる、競走ウマ娘の卵。

 果たして、日本を探して何人見つかるかな。

 

 

 

「くくく……良いね。うん、すごく良いよ、君」

 

 抑え切れず、笑みが漏れた。

 

 時代は巡る。世代は変わる。

 若輩のジュニア級だった私が、いつしかこの世界の中心に立っていたように。

 ブルボンちゃんが今、シニア混合レースという新たな戦場に対応しようと頑張っているように。

 私はそこまで深く関わっていない今のジュニア級の子たちが、来年はクラシック三冠を競うように。

 彼女や、感謝祭で見たあの餓えた肉食獣のようなウマ娘もまた、新たな時代を作って行くのだろう。

 

 きっと私もテイオーもネイチャも、瞬く間にロートルへと押しやられる。

 それは少しだけ悲しいことにも思えるけど……。

 

 でも、それ以上に、本当に楽しみだ。

 

 どんどん強いウマ娘が出てくる。

 私を熱くしてくれる、楽しませてくれる、最高のウマ娘たちが。

 

 

 

 ……それに対して、私にできる恩返しはなんだろう。

 

 さっきもそうだったけど、私が自分で教えられることなんてタカが知れてる。

 仮に何か教えるとしても、歩さんにどんな技術を教えるべきか指示してもらった方がずっと効率が良いだろう。

 

 それなら、私にできるのは……まぁ、ブルボンちゃんの時と同じか。

 そりゃあ当然、思うところがないわけじゃないけど……。

 たくさんの苦節を味わい、苦渋を舐めるだろう彼女を支えられるトレーナーを、私はたった一人しか知らないんだから。

 

 

 

 浮かべた笑みはそのままに、私は彼女に背を向ける。

 

「本気で追って来るつもりなら、私のところに来なよ。堀野歩トレーナー、知ってるでしょ?」

 

 一瞬、返答に窮するような間。

 しかし彼女は、意を決したように、尋ね返してきた。

 

「そのトレーナーさんは、私と同じ夢を見てくれますか?」

「歩さん程夢見がちで、そのくせ現実主義な人はいないよ。

 ミホノブルボンの、血統に背くクラシック三冠。誰も信じなかったその夢を、けれどあの人だけは心の底から信じた。『俺と君で叶える夢だ』、なんて妬くようなことまで言ってたし」

「……私の脚に、どこまでも付き合ってくれますか?」

「それこそがあの人の望むことだよ。呆れちゃうくらいに安全第一、ウマ娘大好きなんだから。

 まぁ……トゥインクルで私に勝ちたいのなら、急がなきゃいけないだろうけどさ」

 

 軽くジャンプして、正門の上に飛び乗る。

 そして、そういえば尋ねてなかったと思い至り、振り返った。

 

「最後に、名前を教えてもらっていいかな? 私の将来のライバルちゃん」

「……はい。私の名前は──」

 

 ひっそりと開花を待つ蕾のような可愛い笑顔を浮かべた、未来の後輩ちゃんから聞いたその名前は……。

 

 

 

 

「いつかあなたを超え、ただ一つの頂に立つウマ娘。

 ……ローレル。サクラローレルです!」

 

 

 

 本当に、彼女らしいものだった。

 

 

 







 次世代のウマ娘のお話でした。
 凱旋門を征し、今や世界でただ一つの頂に立ったホシノウィルムの姿は、彼女からはどう見えていたでしょうか。

 先に申しておきますと、彼女の戦いは本編では殆ど書かれません。
 本編終了後の蛇足編で少しだけお話する程度の予定なので、過度なご期待はなさらぬよう。



 次回は一週間以内。トレーナー視点で、「熱」の攻略法の話。


(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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