転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 ゆゆうじょうととれーにんぐー!





ステを上げて数値で殴れ

 

 

 

「ウィル、俺が何で怒ってるかわかる?」

「死ぬ程めんどくさい絡み方してくる彼女みたいな歩さんが現れた……」

 

 トレセン学園に所属し、トレーナーと契約を結んだ競走ウマ娘は、朝礼前の時間帯、トレーナー室に寄ってミーティングを行うことが多い。

 その日のトレーニングは何になるとか、誰と何をするとか、あるいは何時にどこに集合するとかの通達事項をきちんと伝えるためだ。

 

 で、そんな朝のミーティング前。

 トレーナー室に入って来たウィルに対して声をかけると、ちょっとビックリしたような顔をされた。

 

 いや、君が驚く?

 君、昨日自分が何をやったか覚えてないのか?

 

「昨日は負荷を抜くために早上がりしただろう。その後、君は何をしたのかな?」

「え? いや普通に部屋に帰って…………あっ。そ、そのままぐっすりすやすや寝ましたけど?」

「こうして詰められてる時点で嘘を貫くのは無理だと察してるよね?」

「…………ええと。まぁその、ちょっとだけ屋上に上がって、他のウマ娘のトレーニングの観察など。あ、でも、すぐ降りましたよ?」

「真実を語らないのも無理だからね」

「全部バレちゃってるぅ!」

 

 ウィルは悲鳴を上げて頭を抱える。

 

 まったく、バレちゃってるー、じゃないよ。

 昨日君が屋上から飛び降りたって急な連絡が来た時、俺が一体何を思ったか考えてほしい。割と破滅的な考えまで浮かんだからね。

 ホントさ、自分の身をもっと気遣ってやってほしいよ。君の生命と競走人生は、もはや日本の夢であり誇りであり光なんだから。

 

 

 

 デスクの前で腕を組む俺に対して、ウィルは唇を引きつらせてソファにへたり込む。

 

「お、怒ってたり……します?」

「……少し、怒っている」

「めっちゃくちゃブチギレてるじゃないですかヤダー!! こんな歩さん見たの大阪杯ぶりなんですけどぉ!?」

 

 「お助けー」と頭を抱える姿はなんとも情けない。三冠ウマ娘の威厳はどこに行ったのか。

 いやまぁこの子、レースやトレーニングの時はともかく、普段はキュートなタイプなんだけどさ。

 

「屋上へのよじ登り……これだけなら、まぁいいだろう。

 君は去年からずっとそんなことやってたし、言うならば趣味嗜好の領域だろう。登山のようなものと解釈すれば、トレーナーでしかない俺がそれを止めるのは誤りだと解釈できる。

 時速60キロメートル強の速度で走っても問題ないように、ウマ娘の体は積み重なる負荷には脆いが、単純な衝撃に対しては頑丈だ。状況次第ではあるが、10メートル程度の高度からの中継点を持った落下では骨折などは考えなくてもいいだろう。

 殊に君の脚はかなり頑健な方だ。レースを避けて負荷自体はかさんでいない今、骨折の心配はしていない」

「えへへ、褒められちゃった♡」

「良くないことなんだから反省しなさい」

「はい……」

 

 この子はホントにさぁ……。

 

 ウィルの脚の負荷という意味では大して問題ないとしても、屋上に入ること自体がとても大きな問題だ。

 多少の出入りが黙認されているとはいえ、トレセンの屋上は基本的に立ち入り禁止とされている。校則で縛られている、立派な禁止事項である。

 

 三冠兼凱旋門賞ウマ娘であるウィルは、全校生徒の模範となるべき立場。

 そんな子が率先して校則を破るようでは、学園の治安は悪化待ったなしだ。割れ窓を放置どころか、持ち主がバットで窓をバリバリに割っているんだから。

 

 ……まぁ、今更と言えば今更だけどさ。

 この子昔から割とよくやらかすし、普通にルール破ることもあるし……そういうやんちゃなところも可愛いんだけどさ。

 

 

 

「で、その後はどうした?」

「……まぁ、ちょっと見込みのあるウマ娘がいまして」

「思わず飛び降りた、と」

「あ、でも、アレですよ!? 歩さんが言ってた通り、ちゃんと危なくなさそうなトコ選んで中継してますから! 脚痛めたりはしてないはずですよ!」

「どれ」

 

 立ち上がってウィルに歩み寄り、その脚に手を伸ばす。

 相変わらずとても細い、陶器のような脚だ。こんな儚さであんな苛烈な走りをするというのは……3年経った今でも、少し信じ難い。

 

「ひゃっ! ちょ、いきなりはびっくりしますってっ!」

「……確かに、変な負荷にはなってない……か?」

 

 軽く触診してみると……あくまで素人意見ではあるが、変なコリや疲労もなさそうには感じる。

 まぁこの子、めっちゃ要領良いからな。そういうトコでも、不必要な無茶はしないだろう。

 

 ……余程熱に浮かされでもしてない限りは。

 この子、前科としてダービーでの炎症に宝塚の骨折、大阪杯での嘔吐と、無茶しないことに関してはあまり信頼性ないんだよなぁ……。

 

 

 

 ……まぁ、そこは一旦置いておくか。

 こういう奇行は既に1年以上、あるいは故郷ではもっとやってたのかもしれないし、今更止めたところで制止できる気もしないしね。

 

 トレーナーはウマ娘の短所を叩き潰すのではなく、長所を伸ばすものだ。

 多少のやんちゃを受け入れるのはトレーナーの甲斐性というものだろう。

 

 触診した感じ、彼女の脚には大きな問題がなさそうだし、「アプリ転生」上でも体力が減った様子はない。

 ひとまずここは流すとして、だ。

 

「で、見込みのある子と言っていたが、誰と話したんだ。名前くらいは聞いただろ?」

 

 振った話題に、ウィルは思い出すように視線を宙に投げた。

 

「えっと、サクラローレルって子ですね。すごく良い目をする子で……冬の桜みたいな感じの」

「ふむ……聞いた覚えのない名だ。本当に学園の生徒か?」

 

 トレセンに所属する目ぼしい生徒の名前は憶えている。

 今年のジュニア級にも、そんな名前の子はいなかったと思うが……。

 

「いえ、来年入学予定だとか」

「え、君一般人に話しかけにいったの?」

 

 一般論だが、アイドルである競走ウマ娘が自分から一般人に接触するのは、あまり褒められたことではない。

 例えばどこかの商店で店員に話しかけるとか、あるいは話しかけられてファンサするとか、そんなちゃんとした理由があれば構わないんだが……。

 

 露悪的な捉え方をすれば、特定のファンに話しかけるのは依怙贔屓とも言える。

 握手会なりファンミーティングなりライブなりは厳選なる抽選という公正な基準があるから納得できるものの、単純に特定の誰かが贔屓されたとなれば、やはりファンとしては納得し辛いものがある。

 故にこそ、競走ウマ娘はファンに対して過度に接触するのを避けるべき、となるわけだ。

 

 勿論、ウィルもそういうことはわかっているはずなんだが……。

 

 

 

「い、いや、スカウト! スカウトですって!」

 

 彼女はぶんぶんと手を振って必死に否定する。

 なんだか嫌な予感のする言葉と共に。

 

「スカウト?」

「なかなか見所がありそうで、けど脚が脆そうだったので、ウチに来たらーって勧誘しただけですよ!」

「いや本当に何してるのよ君は」

 

 俺は思わず頭を抱える。

 

 手前味噌な話だが、堀野歩はまずまず……いや、オブラートなく言えば、今日本で最も注目されているトレーナーだと言っていい。

 天才と言う他ない担当を死力を振り絞って育成した結果、連続で三冠を獲ったり凱旋門賞獲ったりしたからね。有り難いことに多くの評価を頂いている。

 

 そして俺の担当はその何倍何十倍という評価をいただいている。

 特にウィルなんかは、もはや語る必要もないだろう。史上最強である。

 

 となれば当然、俺たちの陣営は特定のウマ娘をスカウトせずとも、とんでもない数の逆スカウトが来る。

 シーズンじゃない今だって、移籍依頼や担当依頼が日に一つは届くくらいだ。来年の1月になれば、そりゃもう凄まじい数の逆スカウトが飛んでくるに違いない。

 

 そんな中で、陣営の中核と見なされているウィルが特別に招いたウマ娘となれば、当然俺たちとしては特別扱いせざるを得なくなるわけで……。

 言ってしまえば、これまた依怙贔屓である。ファンからはともかく、他の競走ウマ娘たちからの目線や印象は相応に悪くなってしまうだろう。

 

「い、いや、その、去年のブルボンちゃんも似たようなもんだったでしょ?

 歩さんはつよつよウマ娘を担当できてヨシ、ローレルちゃんは最高のトレーナーと巡り合えてヨシ、そして私はつよつよローレルちゃんを見れてヨシの三方ヨシ! じゃないですか!」

「何を見てヨシって言ったんですか?」

 

 ……まぁ、ウィルの強いウマ娘へのセンサーは信頼できる。

 この子が強いって言ったんだから、きっとサクラローレルは優駿になり得るウマ娘なんだろう。

 そんな子を担当できるんだったら、トレーナーとしては冥利に尽きるというものだ。

 

 が、しかし、それはそれとして。

 屋上への立ち入りと併せ、ハッキリ言って褒められた行為じゃないことは事実だ。

 いや褒められた行為どころか、すごく叱られるべき行為だ。

 

 というわけで、罰則を下す。

 

「君、今日から二週間自主トレ禁止。ブルボンたちやネイチャとも走らせないから」

「なっ、なぁっ!? それは流石に酷というものではぁ!?!? ってあいたっ!」

 

 ついでにデコピン一発。

 

 まったく、何が酷なものかよ。俺の昨日の心配を返してほしいわ。

 確かな情報が入ってくるまでめちゃくちゃ耐えたし、君のメンタル面を鑑みて今日まで直接は会わないようにしてたんだから。まぁ全部杞憂だったけどさ。

 

 

 

 しかし、サクラローレルか。

 サクラ。サクラね。

 

 その冠名、聞いたことがあるというか……ヴィクトリー倶楽部所属の子に多い名前だよな。

 割と早期にウマ娘辞めちゃった俺は知らないけど、後々追加されたネームドのウマ娘だったりするんだろうか?

 

 ……まぁ、どちらでもいいか。

 来年、もしもウチに来たいと言ってくれるなら……。

 俺がすべきは、全力でその子を支えることだけだ。

 

 それはネームドだった子だろうが、モブだった子だろうが変わらない。

 そんな前世世界の基準は、この世界じゃ何の指標にもならないしな。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「とっ、ところで! ブルボンちゃんってどうですか!? 掛かり癖への対処って万全です?」

 

 露骨に話題を変えようと、ウィルは急ハンドルを切ってきた。

 

 ただ、浮かんでいる表情は誤魔化しの感情ばかりというわけでもない。

 後輩を気にしているというのも嘘ではないのだろう。

 

 基本的に自由気ままでフリーダムではあるが、なんだかんだ結構気を遣う子でもあるからな。

 初めてできた身近な後輩に、何かをしてあげたいと思っているのかもしれない。

 うん、そういうところも可愛いね。

 

 しかし、ブルボンの具合か……。

 

 ちらりと振り返ると、目に入るのは俺たちのトレーナー室。

 今ここにいるのは、俺とウィル、昌の三人きりで、ブルボンはまだトレーナー室に来ていない。

 

 本人を前にする話でもないので、ある意味じゃタイミングは良いのかもしれない。

 

「万全と言えば万全。そうでないと言えばそうでもないな」

「ふむ? というと?」

 

 俺が改めてデスクに着くと、ウィルはわざわざ椅子の横にまで来て……肘掛けに腰を下ろし、俺の方へと体を預けて来る。

 危ないので体を抱えて膝の上に下ろしてから、改めて話を再開。

 

「根本的な話、掛かり癖を解消するというのは非常に困難だ。

 勿論、軽いものや生来でない心因性のものであれば、解決する方法はあるが……彼女の掛かり癖は本能故のもの。何千年とかけて培ってきたそれを十数年分の理性で圧倒できるかと言うと、それは難しいだろう。

 殊にブルボンは本能が非常に強く、一方で理性は……未だ未熟と言って差し支えない状態にある。ある意味では君の対極か」

「いえ、そんな褒められても……というかそれ、聞いてる限りじゃ解決の見込みなくないです?」

 

 やや不安そうな顔でこちらを見上げて来るウィル。

 ……この子、割と幼児体型であどけない顔付きだから、そんな泣きそうな顔されるとすごく申し訳なくなるんだよなぁ。

 そういうこともあって、俺はウィルにはあまり強く出られなかったりもする。ここはちょっと反省すべき点か。

 

 ともあれ、と。俺はちょっと胸を張って答えた。

 

「ふ……そこは大人と子供の方法論の違いだな」

「というと?」

「本質的に、これは解決する必要のない命題だ、ということだ」

 

 

 

 掛かり癖。

 ウマ娘によっては最大の敵ともなり得る、精神的な特徴だ。

 

 ウィルなんかは例外だが、実のところ多くの逃げウマ娘は、この掛かり癖によるロスを避けるために逃げの脚質を取ることが多い。

 他のウマ娘と走れば掛かってしまう。ならばその気配を感じない程度に前を走ることによってそれを軽減しよう、というわけだ。

 

 逆に言えば、そうすることくらいでしか、掛かり癖という弱点は克服できない。根本的な治療というものはかなり困難なのだ。

 ……ぶっちゃけて言えば、彼女たちが前世から引き継いだ魂の影響だろうからな。多分こればっかりはどうしようもないと思う。

 

「え、でも抜本的な解決とか熱を力にするとかカッコ良いこと言ってませんでしたっけ!? 私それで結構考え込んじゃってたんですけど!?」

「ん? ああ、別に嘘は吐いてないが……気を揉ませたならすまんな。

 先程も言ったが、掛かり癖は解決する必要のない問題だ。注目すべきはそこではない」

「ん……ああ、はいはいそういうことですか。つまりは『掛かり癖』ではなく『ブルボンちゃんスタミナ足りない問題』を解決する、と」

「いや、より正確に言えば『ブルボン勝てない問題』だな」

 

 

 

 俺は昌が淹れてくれたコーヒーを口に含み、ウィルも欲しがったので一口あげて、改めて話し出……。

 ……君、そんな苦い顔するなら飲まなきゃよかっただろうに。

 

「ブルボンにとっての問題は、掛かり癖でもスタミナが足りないことでもなく、勝てないことだ。

 極論になるが、掛かろうが垂れようがそれで勝てるのなら問題はない。それこそ彼女の選抜レースのようにな。

 掛かり癖の解消はあくまで勝利に近づく為の手段の一つで、これは効率が良いのは確かだが、実現が困難だ」

「ん、言われてみれば、なるほど確かに。

 けど、それならどうするんです? 『ブルボンちゃんを勝てるようにする』って言葉では簡単ですけど、効率的な強化手段……ブルボンちゃんはもう走りもある程度形になってますし……」

 

 むむむ、と膝の上で顎に手を当てて考えるウィル。

 

 ……まぁ実際は、そこまで悩むようなことでもないんだけどね。

 というかむしろ考えてはいけないのだ。

 

「答えは……『特別なことは何もしない』、だ」

「……えぇ?」

 

 拍子抜けそうな顔をするウィル。

 でも、結局のところそれが全てなんだよな、あの子の場合。

 

「前にも言ったが、ブルボンの身体的特徴はかなり独特だ。勿論優秀という意味で。

 多くのウマ娘が体験や理解を自らの脚に落とし込むのに多少の時間をかけるのに対して、彼女は非常にスムーズにそれを行うことができる……つまるところ、刺激に対して非常に素直に成長してくれる。

 つまるところ、複雑なことのない基礎ステータスを向上させるトレーニングにおいて、彼女は効率良くそれをこなすことができる」

 

 何事も向き不向きというものが存在するが、彼女の場合はその振れ幅が大きいと言える。

 

 ミホノブルボンは非常にシンプルなウマ娘だ。

 先頭を走り、常に定速の理想的な走りを見せ、そのまま1着でゴールする。

 他のウマ娘がどうとか、コースのここがどうとか、そういう複雑な要素は一切含まれない。あらゆるレース場で、ただ一人で理想の走りを体現すれば勝てるというもの。

 

 そんな走りを表すように、彼女の得意分野は大抵がシンプルだったり質素なものだったりする。

 たくさん食事を食べ、たくさんトレーニングを積んで、たくさん眠って成長するという習慣もそう。

 過度に複雑なものは……心の情動についてや、それこそその手に触れると確実に破壊する機械などが典型だが、大体苦手だったりする。

 

 複雑な策を弄することなく、ただ誰よりも速く、正確に、隙なく走る。

 特別なトレーニングなど不要で、ただ誰よりも多く積み重ねた日々の鍛錬の累積で勝つ。

 

 シンプル・イズ・ベスト。

 それがミホノブルボンというウマ娘の本質の一つだ。 

 

 

 

「そんな彼女にとって、大切なのは……掛かり癖の解消、つまりは熱の許容上限を上げることではない。

 受け取る熱の総量自体を、問題ないレベルに調節することだ」

「む……あ、いや、そういう感じ」

 

 一瞬眉をひそめかけたウィルだが、直後に俺の言葉を正しく受け取ってくれたらしい。

 

 別に本能を抑えるだとか、競走を楽しまないという話ではない。

 その量を減らすというのは、つまるところ相手に感じる脅威を抑える……言い換えれば、それだけ自分が強くなる、という意味合いだ。

 

 ウマ娘の熱は、言ってしまえば感情。心の動きだ。

 そして感情というのは、外界のもたらす刺激に対する心理的な変動。

 これは単体では機能せず、あくまでも外界との接触によって生まれる相対的なものに過ぎない。

 

 つまり何が言いたいかというと、感情というのは、自己と他者の関係で簡単に変わるってこと。

 

 ウィルと模擬レースをした時の感情で例えればわかりやすいか。

 それこそ昨日ウィルが会ったという未デビューのウマ娘がウィルと模擬レースでもすれば、まぁ憧れのウマ娘と走れたという感激、圧倒的な強者に対する畏怖辺りが出てくるだろう。

 ジュニア級の子が走れば、遥か高みへの憧れと、自らはそこに辿り着けるだろうかという不安が。

 クラシック級の子が走れば、モノの違いを理解してしまい諦めが出るかもしれないし、それでもという奮起が生まれてくるだろうか。

 シニア級の子が走れば、圧倒的な実力を前に折れてしまうか、あるいは必ずその鼻っ柱を折ってやるという覇気に繋がるかもしれない。

 

 ウィルとの実力、等級、生活圏の距離感によって、これらは大きく左右される。

 結局のところ、外界から受ける影響は、その対象と自身の関係性や距離感に依存していくらでも変わってしまうものなのだ。

 

 ブルボンの熱もまた、その例に漏れない。

 彼女が熱を受けるのは、相手を脅威と思うからだ。だからこそ闘走本能を掻き立てられる。

 極端なことを言えば、本格化すらしていない子供と走ったとして、闘走本能が刺激されて燃え上がるかと言えば、それは否だろう。

 

 勿論、そのレベルにまで落とし込むのは不可能だが、それでも許容圏内にまで熱の発生を抑えることができる……かも、しれない。

 

 

 

「あ、なら感覚壊します? 今年の初めはそんな感じで攻略してましたよね」

 

 足をぷらぷら揺らしながらのウィルの問いに、首を振って否定。

 

 確かに、今年の初め頃はそれが通っていた。

 ウィルと併走させることにより強者の感覚に慣らし、同世代、クラシック級の子たちから受ける熱の量を掛からないレベルに減らす。

 これは一時的な熱量のコントロールには有効な手段だった。

 

 が、それはもはや通用しなくなった。

 なにせシニア級にはウィル級の子がたくさんいる。ウィル1人に慣れたところで、それが複数来れば掛かってしまうことは、前の模擬レースで証明済みだ。

 

 ブルボンが自らの走りを掴む前であり、なおかつ周囲のレベルがまだ高くはなかったが故に当時はあれが最適解だったが……。

 今の最適解は、もっと単純だ。

 

「言ったろ? 特別なことは何もしない。ただミホノブルボンを強くすればいいんだ」

「……? いや、まぁそれはそうですが……」

「ブルボンが強くなるということは、相対的に周りが弱くなるということでもある。

 それによってブルボンが受け取る熱はセーブされるし、なおかつスタミナを鍛え続ければ多少の掛かりも問題なくなるバッファも得られる。

 な、一挙両得だろう?」

「い、いや、そう、そりゃまあそうですけども」

「結局は基礎的なトレーニングこそ至高。レベルを上げて物理で殴れ、だ」

 

 俺が言い切ると、ウィルは「えぇ……?」という感じでちょっと驚いている。

 いや、言葉を選ばず言えばちょっと引いてるかもしれない。

 

「あ、歩さんってそんな脳筋でしたっけ?」

 

 え、俺ってそんな頭脳派と思われてた?

 これでも奇抜な要素は何もない、割と堅実で実直な育成論してるつもりなんだが。

 

 ちょっと目を見開いた俺の横、彼女用のデスクから事務処理中の昌が口を挟んで来る。

 

「ホシノウィルムさん、兄さんは割と脳筋ですよ。コイツ昔から『無能なら人の十倍鍛錬すればいいだろ』って言い出す人なので」

「そういえばそうだった……! この人石橋を叩き壊して自分で建築するやべー人だった!!」

「失礼じゃない?」

 

 ……まぁでも、真面目な話、これは割と真理を突いていると思うんだよね。

 

 ブルボンは、ウィルやネイチャとはまた違ったウマ娘だ。

 

 鍛錬による能力や技術の吸収率が高く、逆に複雑な走法や競い合い、レースメイクは不得手。

 であればレースでの策も普段のトレーニングも、腹芸なく正面からに向いてるし、自らの限界と戦うが吉だ。

 

 俺は今や、ウィルの専属トレーナーではない。

 ブルボンというもう1人の担当を持っているし、来年にも多分担当が増えることになりそうだ。

 

 である以上、それぞれに適切に向き合わなければならない。

 

「ブルボンにはブルボンの相応しい形があり、君には君の相応しい形がある。

 担当それぞれによって最適なやり方でやるさ。俺は契約トレーナーだからな」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……さて、そんな風に偉そうに語りはしたが。

 

「とはいえ、今言ったのはあくまでも俺から課す施策に過ぎない。

 最初に順調と言い切らなかったのは、こちら側だけではおおよそ足りないからだ。

 結局一番大切なのは、やはりブルボン自身が自分と折り合いを付ける方法を掴めるか、となるわけだが」

「まあ精神論ですしねぇ、その辺って。流石にトレーナーとしては手の出しようがないですか」

 

 俺たちトレーナーはメンタリストでもアスリートでもない。当然だが。

 指導者として彼女たちを適した進路に導くことはできるが、彼女たち自身の苦悩や懊悩を解決すること自体はできない。

 

 去年、ウィルに対してそうだったように……。

 俺にできるのはあくまで、その為の道を舗装し、背中を押すことだ。

 その道を突き走るのは、彼女たち自身でしかない。

 

 彼女の込み上げる熱を軽減はできる。そうなるように育てることはできる。

 ただし、その弱くなった熱を乗りこなせるかはブルボン次第、となるわけだ。

 

 

 

「そういう意味では、やっぱりテイオーと組めたのは大きいな」

「ふむ? 確かに方向性は近いですか」

「ブルボンに流用できるかはともかく、ある種の成功例だからな、あの子は」

 

 トウカイテイオー。ウィルの最強のライバル。

 彼女の走りの根幹にあるのは、自身の才能、自身の走りへの絶対的な自信と肯定だ。

 自分が十全に走ることができれば、誰よりも強い。その確信があるからこそ、彼女は複雑な策など弄さず、自身の走りにのみ焦点を置いて全力を尽くして来る。

 

 ブルボンがあの絶対性を取り入れることができれば……他者を意識することなく、自らの走りに集中することができれば、それは何よりの結果だ。

 ……が、それができるだろうかと考えると、やや難しそうにも思えるな。

 

 テイオーが自分を信じられるのは、その凄まじい才気故だろう。

 ブルボンがトレーニングの天才だとすれば、テイオーはレースの天才。本番で直感的に最適なレース展開を掴み取って来るわ、所持してもいない上位スキルを乱発してくるわ、やりたい放題である。

 それがあるからこそ、彼女は自らの走りに絶対の信頼を置くことができるのだろう。

 

 残念ながら、ブルボンにはそれがない。

 レース中にそれぞれのウマ娘がどこにいるか、どうするつもりか、最終的な着地点はどこか……そういったことを考えたり再現したりといった、複雑なことはできない。

 それは結果として、自らの走りへの絶対的な信頼を持てない結果に繋がるかもしれない。

 

 だが、トウカイテイオーの走りから刺激を受けること自体はできるはずだ。

 最適解を見せるという意味では、2人の理想の走りは一致している。

 後は繰り返す併走と疑似レース、そしてジャパンカップから、ブルボンが何を学び取ってくれるか、だな。

 

「ま、俺にできるのは今も昔も、強敵を用意することだけだ。ウマ娘を伸ばすにはそれが一番、ソースは無敗三冠ウマ娘を二年連続で排出した俺」

「それホント誰も論破できなくなるからやめない?」

「やめない。2人とも俺の誇りだから」

「むぅ……」

 

 さしもの昌も2人の頑張りは否定できず、しかし俺の暴論にも近い結論には納得しきれないようで、横のデスクで書類整理しながら微妙な顔をしていた。

 

 その一方、ウィルはこくこくと深く頷いている。

 まぁこの子、その成功例だからね。

 

「ですね! この前の模擬レースで超え難い壁は認識できたっぽいですし、次はそれにどう向き合うか、本人が考えるのが一番ですか。

 私も宝塚でありえん強い先輩とぶつかってカキーンッていけたわけですし、ブルボンちゃんもいけますかね?」

 

 かきーんって。何、そんな擬音出してたのあの時?

 

 少し興奮したウィルの問いに、俺は腕を組んで答えた。

 

「さて、それはブルボンの魂と運命の巡りが決めることだな。

 ……ま、今回で完成しなければ競走人生が終わるというわけでもない。彼女にはまだまだ先がある。

 仮にいけなかったならいけなかったで、俺は次の道を舗装するだけだ。それがトレーナーとしてウマ娘と付き合っていくということだろうしな」

 

 なんだかんだ言ってはきたが、別にジャパンカップで必ず目覚めなくてはならないわけではない。

 今回がダメでも次回で、次回が駄目なら次々回で。何度でもチャンスを用意しようとも。

 

 その競走人生に最後の瞬間まで寄り添い、共に走るのが、俺たち契約トレーナーだからな。

 

「あーあ、ブルボンちゃんったら愛されちゃってもう。

 私もなー、歩さんに愛されたいなー。競走ウマ娘としても……乙女としても、なんちゃって!」

「愛してるよ」

「おびょばっ!? い、いやそういうのやめてって! 急に言われるとびっくりするって!!」

「……朝っぱらから兄と史上最強のウマ娘の痴情を見せ付けられる妹の気持ちを答えなさい。配分30点、部分点あり」

 

 

 







 ごく自然に膝の上でだっこしたり飲み物シェアしたり愛の告白したりするコンビ、これで付き合ってないは無理があるのでは?



 次回は一週間後、ホシノウィルムの視点で引率じみた自主トレの話。


(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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