バグ枠天然チートウマ娘の視点で、ジャパンカップ中編。
私──アンダースタンディブルは天才だ。
これに関しては、おおよそ誰からも否定の声は上がらないだろう。
この世界で、特にレース関係のことで、私には不可能というものがなかった。
誰かの走るレースの結末を予想することも。
誰よりも速く走りゴールすることも。
それこそ……本格化を迎えてない頃に、現役の競走ウマ娘に競り勝つことでさえも。
だから、つまらなかった。
そうなるって知ってるなら、結果は意味を持たない。
できないことなんてないから、達成感なんて得られない。
賞賛なんて聞き飽きた、異様なものを見る目にも慣れ切った。
くだらなくてつまらなくて、世界はどうしようもない閉塞感に包まれていた。
ああ、この世界は私には狭すぎたんだ。
きっと私を楽しませてくれる未知なんて、この世界には現れない。
そんな風に考えていた時期が、私にもありました。
……って言うんだよね、日本だと。この前ホシノウィルムがLaneで言ってた。
凱旋門賞で私は特大の「理解らせ」をくらった。
それも……ずっと憧れていたホシノウィルムじゃなく、視界にも入っていなかったネディに。
ネディ。もとい、ネディリカ。
私が舐め腐っていた、その可能性を欠片も信じていなかったウマ娘。
当時の私は、ネディの持つ力の全てを理解していたつもりだった。
この凱旋門賞で私の脅威になることはないと、私とホシノウィルムのランニングデートに付き合うことなんてできるはずもないと、そう確信していたんだ。
けれど。
分かっていたはずの全ては、覆された。
アンダースタンディブルは、余りにもウマ娘を知らな過ぎたんだ。
私はネディに負けた。
自分の走りを、世界を、魂のもたらす力を……完膚なきまでに、ぶっ壊された。
……いや、正確にはぶっ壊すとはちょっと違うかな? ネディのアレは、強制的に安息をもたらして平等化する、みたいな意味合いだと思うし。
でも、とにかく、だ。
私が絶対の自信を持っていた走りは、覆された。
この世界には本来存在しないっぽい、特大のイレギュラーたるホシノウィルムではなく……。
他のウマ娘たちと何も変わらない、ただ少しだけ強くて、少しだけ頑張ったネディリカによって。
私が初の敗北に悲しんだかと言えば……それは、全く以て否。
むしろ真逆だ。私はそれに、本当の本当の本当に、心の底から歓喜した。
ホシノウィルムが特別だから、予想外のことが起こったんじゃない。
勿論、私が気付かなかっただけでネディが特別だった、ってわけでもない。
この世界のウマ娘は……誰でも特別になり得る。
私の既知と思ってた世界は未知に溢れてて、この世界には無限に等しい可能性が広がっている。
閉ざされていた世界は、拓けた。
そして、恐らくは……私自身の可能性も。
私はウマ娘というものに興味を持った。
ネディ。ウィッチ。トゥモロー、ビスク、キャンディ。
ちゃんと世界を見回してみれば、私を楽しませてくれそうなウマ娘たちはいくらでもいた。
勿論、今でも最推しはホシノウィルム一択だけど……。
それでも、他の子たちのレースを見たり、応援したり、あるいは共に走るのを楽しめるようになった。
私の世界が拓け、色付いていく。
それはおおよそ、生まれてから一度たりとも味わったことのない、魂の悦楽だった。
みんなはずっとこんなのを味わってたのかと思うと、嫉妬で狂いそうになるくらいだよ。
これまでに比べて、時間の流れが速かった。
体感にして1124倍速、瞬きの内に過ぎていく。
これまでに比べて、感情が強く揺さぶられた。
私はきっと、感情豊かになったんだろう。
でも……私は欲張りなので、それだけでは我慢しきれず。
ヨーロッパにまで殴りこんできたホシノウィルムみたいに、今度は私が日本に殴りこむことにしたのでした。
交換したLaneで、ホシノウィルムは言ってた。
「日本の芝ってこっちと全然違って、慣らすのに結構苦労したんだ。水とか食料とかも色々違ってるみたいで、やっぱり海外遠征って難易度が高いね」って。
なるほど、高難易度レース。とても楽しそう。
そして、また最推しであるホシノウィルムと走り、リベンジもできる。
更には、日本のあまり知らないウマ娘たちを、現地で見ることもできる。
こんなに最高なハッピーセットがあるだろうか? いやない。
まぁ結果としては、ホシノウィルムとの勝負は流れてしまったけど……。
これはあの人の脚の健常のためだから仕方ない。
菊花賞の時にパッと見た感じ、確かにちょっと脚が変に曲がってたもんね。物理的じゃなく、いわゆるバ場への適性的な意味で。
やっぱり推しには万全の状態で走ってほしい。競走人生を縮められるくらいなら、再戦をちょっと先に延ばす方がずっとずっとマシだ。
まぁ悲しいけども。悲しいけども!
でも……まぁ、我慢はできますとも。
だって、今まさに……こうして、楽しいウマ娘たちと巡り合えたんだから!
* * *
ジャパンカップ、その出走直前。
私は、ターフの上に揃ったウマ娘たちを眺めた。
トンネリングボイス、シャルウィラン、イクノディクタス。
ホシノウィルムのレースを介して知った子たち。
その全てが、確かにこのジャパンカップを走るに相応しいだけの力を持っている。
うーん……誰も彼も美味しそう!
しかしその中でも、特に存在感を放っているのが……。
ホシノウィルムを継ぐ次世代の三冠、ミホノブルボン。
ホシノウィルムに並ぶ絶対の二等星、トウカイテイオー。
やっぱりこの2人だ。
トウカイテイオーについては、もはや語るまでもないね。
現状の日本の本格化リーグ、公式レースで唯一ホシノウィルムと並んだことのあるウマ娘。
ちょっと懐かしい礼服のような勝負服を身に纏う彼女は、私には目を向けることなく、けれど意識しないわけでもなく、彼女は淡々とコンディションを整えるために体を伸ばしている。
心身の調子は、絶好調……いいや、それ以上か。
多分才能の絶対量だと私に次ぐ……このレースで、唯一私に「勝ち得る」ウマ娘だと思う。
……とはいえ、だ。
私に「勝ち得る」ウマ娘は彼女一人だけど、私を「下し得る」ウマ娘は他にもいる。
そもそも私はアンダースタンディブル。一対一の競走なら、まぁホシノウィルムやトウカイテイオー以外に負けるつもりは全くない。
けれど、レースっていうのは複数のウマ娘が走るものだし、不測の事態なんていつ起きるかもわからない。
その典型が、ホシノウィルムが最恐のライバルと語るナイスネイチャだし……。
今、目の前にいるミホノブルボンも、その一人かもしれない。
あ、当の本人と目が合った。
中等部2年、私と同学年とは思えないくらいの恵体に乗った頭からは、鋭い視線が飛んできていた。
「…………クク」
ぞくぞく、する。
彼女の目。
この前の菊花賞の時と、全然違うんだけど?
この1か月の間に、彼女に何があったのか……まぁ、ある程度予測は付くけどさ。
なにせ、あの堀野歩トレーナーが……。
この私とレース感が一致する、私のトレーナーを除けば唯一の人間が、彼女を支えているんだ。
私に敗北を教えるために、凱旋門賞に挑ませたトレーナーみたいに……いいや、違うな。
ミホノブルボンと私は違う。あの子は私みたいに無知ではないはず。
だとすると、やっぱり開いてたっていう模擬レースで、一度敗北を踏ませたかな? それも致命的な大敗を。
菊花賞の時のミホノブルボンは、恐くはなかった。
足元が見えてない、凱旋門賞前の私と同じだったから。
でも……今は、ちょっと怖いかも。
私たちウマ娘にとって、恐らくは最大の敵なんだろう、
……いやまぁ、この辺りは私自身、よくわからないんだけどさ。なんとなくの肌感覚ね。
「これは楽しくなりそうだなぁ」
敢えて、話しかけにはいかなかった。
彼女を知るには、その瞳を見るだけで十分だったからね。
* * *
今回の枠番は、1枠1番。
18人立てのレースで、私は最内のポジションを手に入れた。
ウマ娘のレースは、基本内枠有利だ。
単純な話、走る距離が短いインコースを取りやすくなるものね。
つまるところ私は、ジャパンカップにおいて最も有利な位置を確保したことになる。
忖度……ではないんだろうけど、なんだか運命的なものを感じちゃうな。
世界はまた私に勝たせようとしてるのかな? 正直、そういうのは飽き飽きっていうか……別に勝ちたいとは思わないんだけど。
私がレースに求めるのは予想外の激闘だ。想定通りの勝利じゃない。
別に負けたいわけじゃないんだけど、だからと言って勝ちたいわけでもなく、かといって本気で挑まないのはそれでまた違う。
我ながら、なんとも複雑で面倒な、そして強欲なウマ娘になったものだと思うよ。
「……こういう時は、ドキがムネムネする、だっけ? 日本のゴロク? ミーム? だと」
呟き、期待をこめて、一度まぶたを閉じる。
深呼吸を一つ挟んで……改めて、ぱちりとまぶたを開ける。
よし、思考をレースモードに切り替えよう。
私の目に映るのは、未だ微かな水気を保った、青々しい芝。
野芝、っていうんだったかな。私が普段走っている洋芝とは別種のものだ。
私のホームグラウンドより、日本の芝は……軽い。
反発が少なく、足が沈まず、かけた力に対して得られる加速力が大きい。
結果として何が起きるかと言えば、より少ない体力消費による加速、ひいてはウマ娘の走り、レース全体のペースアップ。
そしてペースが上がるからこそ、レース展開は前側有利になり、なおかつかけるスパートもあちらに比べればだいぶ前倒し。
半面スパートの速度自体は控えめで、西洋のそれには劣るかもだ。
結果として、逃げや先行有利な傾向になりやすい。
だからこそ、あっちではラビット扱いの逃げが、日本ではかろうじて有効な戦略足り得る。
……まぁホシノウィルムやミホノブルボンの台頭で、かろうじてではなく十分に、になりつつあるけど。
そもそもの話、西洋と日本では、まったくと言っていい程、取るべき走法も求められる走りも違う。
地面に対して入れるべき脚の角度、踏み出す力加減と重心の移動、蹴り飛ばす感覚とそれによる加速度、脚にかかる負荷。
駆けだす際にかけるべき力とレースに付いて行くためのペース、コーナリングで落とす速度とスパートをかけるタイミング、そして終盤に振るうべき末脚のペース。
その全てが違うんだ、これはもはや全く別の競技と呼んでいいだろう。
まぁ、こっちに来て2週間で慣れたけどさ。
……2週間もかかった、って言うべきかな。私のことだし3日くらいで慣れるかなーって思ったんだけど、流石ホシノウィルムが苦戦しただけあって、適性の壁は厚くて大きかった。
ま、でも、なんとか間に合ったし、結果としては悪くない。
今の私は、おおよそ日本のG1のウマ娘と同程度の野芝適性を備えている。
トレーナーの見立てだと、ホシノウィルムには一歩及ばないものの、他のウマ娘たちとはほぼ横並び、と言った感じらしい。
日本のレースのペースも理解した。
どう戦うべきかもわかってる。
このレースにどう勝つか──もう、見えてる。
故に、ゲートに入った今も、緊張はない。
この胸を揺らすのは、ときめきの拍動だけだ。
『……スタートしました!!』
故郷のそれとは違う、バタンっていうゲートの開閉音と共に、前へと飛び出す。
スタートダッシュが肝要なのは、西も東も変わらない。
0.1秒早く駆け出せば、おおよそ2mの差が付く。ほんの数センチの差が1着と2着を分かつ競走において、この瞬間の溝はどうしようもなく埋めがたい。
特に逃げから先行、前目に付くウマ娘にとって、ポジション争いを優位に進めるためにも、これは必須の技能と言っていいだろう。
勿論私も、これを怠るようなおバ鹿じゃない。
というかぶっちゃけ、ホシノウィルムを除けば多分世界最速だろう。
実際、このレースで私のスタートについて来れてるのはただ一人……。
堀野トレーナーの指揮下、徹底的にスタートを極めてると思しきミホノブルボンだけだった。
『さぁ纏まって飛び出した18人、その中でも好スタートを切ったのは西洋の女傑アンダースタンディブルと三冠ウマ娘ミホノブルボン!
第一コーナーに向けての先行争い、ミホノブルボンがぐいと引き離して1バ身、続くはユニゾンブラック、この2人が果敢に先頭に立ちました!』
前に出ていくミホノブルボンを無理には追わず、先行集団、3番手の好位置を取りに行く。
トレーナーの予想通り、ミホノブルボンは先頭をもぎ取りに行ったし、ユニゾンブラックもそれに続いた。
テイオーも大きくは前に出て来ないし、これならプラン通りでオーケー。
面白くはないけど堅実なスタート、やっぱり日本の子たちは様子見から入るか。
何人かの海外の子は、露骨に私を意識してるけど……ふふ、そうだよね。日本のレースはラフプレーのルールが厳しいから、ちょっとおっかなびっくりだ。
レースは一人のランニングじゃなく、みんなの走りを噛み合わせる競技。
前のウマ娘にコースが塞がれることもあれば、横のウマ娘に動きを妨害されることもあり、誰もが自分の全力を出し切れるわけじゃない。
……そう、ただ一人、先頭に立つウマ娘を除いては。
ミホノブルボン。
サイボーグなんて言われることもある、ラップ走法の化身。
彼女の走りの精密さは私以上、真似するのもちょっとリソース食われ過ぎるくらいのものだ。
彼女は今回も今回とて、後方のことを気にすることなく自身のペースを……。
……いや、保ってないね、これ。
「へぇ……」
自身を追うユニゾンブラックを意識してから、そのペースはほんの僅か速く、ミホノブルボンのミドルよりやや速めだ。
掛かっていると、そう言っていい状態だね。
思わずガッカリしかけたけど……。
それなのに、全然、弱まっている感じじゃない。
不可思議なことに……むしろ、強くなっているまである?
「……面白いじゃん」
『さぁ続く3番手はアンダースタンディブル、そして外にサコッシュ! 走る白と青の軌跡トウカイテイオーは陰に隠れるように5番手の位置!
少しずつ縦に開いて行くバ群が今、第一コーナーへ入って行きます』
……ミホノブルボンの牽引で、ペースはやや想定よりも速くなった。
けど、あくまで誤差レベル。大勢に大きな影響を与えるものじゃない。
日本のレースはいわゆる高速レースってヤツで、西洋のそれに比べてだいぶ基準となるペースが速い。
あっちじゃミドルのハイくらいのペースが、こっちじゃミドルのロー。脚に入れるべき力の分配とかも含めて、この辺りの調整が難しいんだろう、一般的には。
ただ、私はこれでもホシノウィルムの大ファンだ。日本の基準ペースなんてとうの昔に記憶に染み付いている。
だから、私自身のことは問題じゃない。
本当の問題は……どこまでが堀野歩トレーナーの策なのか、だね。
ミホノブルボンの掛かり癖は、部外者でも知る彼女の弱点の1つだ。
トレーナーである彼がそれを理解してないわけもない。
それをどう解決してくるか、っていうのが今回の主題の1つだったんだけど……。
この若干速いペースは、掛かり癖解消失敗? それとも、堀野トレーナーの策の内?
……多分、後者だろうな。
少し、早めにしかけるか。
ミホノブルボンのスペックは把握してる。それ自体は脅威になることはない。
けれど……少しばかり、不気味だ。目を離すのは危険かもしれない。
だから、彼女のライバルの真似でもしてみようか。
『さぁここで前に出るミホノブルボンについて行くのがアンダースタンディブル、黄金の英雄は前目前目の積極策で向こう正面に入った!
バ順の入れ替わりが激しい乱戦模様! 一方で日本の盾トウカイテイオーは、ちょっと後ろの5番手から冷静にレースを見ているぞ!
まだまだレースはわからない、ここから果たして誰がどう動くか!?』
たった一人を見て、常にその子を射程圏内に捉える……いわゆる徹底マーク。
ミホノブルボンのライバル、ライスシャワーの得意とする戦術だ。
マークの対象を間違えればその瞬間に全てが頓挫する危険な戦法ではあるけど、何よりこれの強烈なところは、相手に強い圧をかけられるところだ。
私は自分の視線を一点に絞り……ミホノブルボンに向ける。
自分で言うのもなんだけど、アンダースタンディブルの圧力は強い。
私が一点に圧を注いだりすれば、それはもうとんでもないものになるだろう。
ミホノブルボンは……熱に浮かされやすいあの子は、それを無視できない。
ぐい、とペースが上がる。
バ群を引っ張りペースメイクするミホノブルボンが、更なる掛かりを見せた。
うん、想定通り。
ざっと計算した感じ、このペースなら彼女は残り300辺りから垂れる。
ちょっと大人げないような気もするけど……レースは常に全力を尽くすもの、舐めプしたヤツから死んでいく。ソースは凱旋門賞までの私だ。
全力で勝ちに行くからこそ、負けた時の気持ち良さが際立つんだ。
だから私は、もう慢心なんてしない。
私にできる全てを以て、他のウマ娘を潰す。
『さあ先頭に立つミホノブルボンやや前に出た、ユニゾンブラックは抑えて1バ身、そこに外から並んでいくのはアンダースタンディブル3番手!
そこからちょっと空きましてサコッシュ、すぐ後ろに詰めてトウカイテイオーという形! イクノディクタスが追従するがここもやや離れているか!』
体力の残量と脚の状態、コースとバ群の配置。
レースというのは極論、常に変化し続けるそれらを管理するシミュレーターゲーム。
大体のことをわかってしまう私にとって、それは困難を伴うものじゃなく、むしろ余裕を持って進めるもの。
だからこそ、こうして考える暇もできるんだけど……。
……さて、どう見るべきだろうね。
ミホノブルボンの脅威性は削いだ。
勿論、これだけで完全に無力化したとするのは早計だ。
けれど、少なからず彼女の強みを削った、という事実を無視するのはもっと良くない。
だから、考えるべきは他のこと。
このレースの、最大の脅威だ。
『第三コーナー坂を下って、依然として先頭はミホノブルボン、しかし3番手アンダースタンディブルとの差は着々と埋まりつつあるぞ!
そしてトウカイテイオー脚を緩めて4番手からまだ焦らず着実にレースを進めている、これは帝王の慧眼かはたまた余裕か!?』
このレースで一番、私を追い詰めて来得る……トウカイテイオー。
私がペースアップしたら彼女も付いてくるんじゃないかって思ってたんだけど、どうにもそうはしなかったらしい。
私はホシノウィルム程に耳が良くないから、正確にはわからないけど……どうやらトウカイテイオーは、平常のペースを保っているみたい。
「うーん……?」
一般的に言って、だけど。
日本のレースは高速レース。基準となるペースが速く……その分、終盤の激しさは、西洋に比べれば緩い。
私たちにとって、レースというのは中盤までは抑えに抑え、終盤に爆発させるもの。
だからこそ……末脚のキレは、日本のウマ娘に負けない自信があった。
私もトウカイテイオーも同じ先行脚質で、そこに差は生まれない。
才能という面でも極端な差はないし、スペック的には私の方がむしろ上。
残るは環境の違いで、だからこそ終盤に完全な末脚勝負になれば、私は彼女にまず負けることはない。
……っていうことを、トウカイテイオーが理解できてないわけもないよね。
それなのにペースを上げず、私について来ない道を選ぶのか。
何が目的かな?
戦術、戦略……いや、違うな。
色々考えても、単純な作戦で見ればこの一手は悪手。
ということは、何かしらの秘策があるな。
そう、それこそ、彼女の領域とか。
彼女の天皇賞(春)で見せた領域。
アレは……うん、すごかった。
困難であればある程、不可能であればある程絶対的な力を発揮する、この世界の中心であるかのような、赤く燃え上がる情熱の世界。
敢えて下がることで、レースの勝利の不可能性を高めてるのかな?
自分で言ってて意味がわからないけど、そうして舐めプにも等しいことをすることで、彼女はもっともっと速くなる。
自分自身の走りを研ぎ澄ますという意味では、トウカイテイオーの在り方とも一致する……。
……するか? 一致。
なんか違う。違う気がする。
この考え方の方向性は合ってるけど、結論が間違ってる、そんな感覚。
領域なら、問題ない。
私の領域は、私を上回り得る者の領域をコピーする。
だから、トウカイテイオーが強烈な領域を以てレースを決めに来るのなら、私は純粋にそれを上回ればいい。
それだけで、問題なく勝つことができるはず。
だけど、なんとなく、そんな気がしない。
あのトウカイテイオーが……そんな簡単に勝たせてくれるとは思えない。
…………あー、マズい、わかんない。
トウカイテイオー……どう出てくる?
わかんない。
わかんない、わかんない、わかんない。
わかんないことが、楽しい!
……さぁ、来い。
見せてくれ、日本のウマ娘。
私のわからないことを、私の知らないものを……私に、勝てないレースを!!
『オオケヤキを越えてついに第四コーナー、ここからが勝負所!!
ここでついにトウカイテイオー上がった、トウカイテイオーが上がってきている!!
残すは600メートル、後続の追い上げにミホノブルボンとユニゾンブラックは食い下がれるか!?』
レースも終盤、私の体を、誰かの開いた領域の気配が包む。
予想通りの展開だ。
ここから先は純粋な末脚勝負、残されたスタミナを全て使っての力戦になる。
だからこそ、領域という莫大な恩恵をもたらす力を使わない選択肢はない。
私はそれに乗らせてもらう。
そこで浴びる熱を、感じる力を、未知の脅威を……全て喰らい、力にする。
殊更に喰い出があるのは、やはり絶対の帝王のそれ。
春の天皇賞で覗いた、どんな苦境からも必ず勝つ可能性を見出す、紅蓮の世界。
アレは、明確に私を上回り得る力だ。
だから私は、それが眼前に現れるのを、涎を垂らしながら待って……。
「…………な!?」
……念願の、私の知らないモノを、見せ付けられた。
感覚で全部分かっちゃうタイプの天才。
その「理解っちゃう」度はテイオーすら優に超えています。もはやホラーの領域。
ジャパンカップに挑むトウカイテイオーの走りは、そして掛かってしまったミホノブルボンの走りはどうなるか。
次回、決着です。
次回は一週間以内、帝王の視点でジャパンカップ後編。
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!