転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 あまり馬や人体に詳しいわけでもないので、設定に緩さがあっても笑って許してもらえると助かります。あくまでフレーバー程度なので。





とあるダービーの結末

 

 

 

『ここでトウカイテイオー、トウカイテイオー抜け出した! ペースを上げてホシノウィルムとの差を詰めに出た! 3人の逃げウマ娘たちはここまでか?』

『スタミナ自慢で知られるホシノウィルムにロングスパート勝負を挑むつもりかトウカイテイオー! 果たしてその判断はどう出るのか!?』

 

 

 

 暗くしたトレーナー室で、モニターを見つめる。

 画面に映っているのは、先日の皐月賞の映像。

 その中でも、テイオーちゃんを撮影した部分だ。

 

「ここで……そう、やっぱりここ」

 

 私が下り坂に差しかかってすぐ。

 テイオーちゃんがペースを上げる。

 この瞬間だ。

 彼女の脚が大きく伸びて地面を蹴り付ける、この瞬間。

 

 ここから彼女のロングスパートが始まるんだけど……。

 注目すべきは距離とかタイミングではなく、彼女の走法。

 

 ウマ娘の走法に関しては、そこに積んである教本で勉強した。

 膝を折り曲げ、足を落として地面に付ける。

 後ろに向かって蹴り跳ばすことで前への推進力を得る。

 後ろに流れて伸びた脚を折り曲げて戻し、再び地面へ落とす……。

 2本の脚で交互にこれを行うことで、バランスを保ちながら前へ前へと走るのだ。

 

 ……ま、つまりは人間とほぼ変わんない。スピード感が跳ね上がるだけだ。

 

 

 

 けれど、テイオーちゃんのスパート時の走り方は、少しばかり普通と違う。

 

 あまりにも脚を回すペースが速いから、一見して全然違和感がないけど……やっぱり、ちょっとおかしい。

 ただ足首と膝のバネがすごいってことだけじゃ、私が大差を付けられない理由にはならないはずだ。

 何かある。絶対に、何か……。

 

 

 

 ずっとずっと見続けて。

 ようやく……わかってきた。

 彼女の走法の最大の特徴は、ストライド走法の……歩幅の広さ。

 そしてそれは、膝を曲げた後、下に落とすんじゃなくて、一気に前に伸ばすことで成立している。

 

 とはいえ、これだけならおかしいって程じゃない。

 ストライド走法で行くんなら、前に落とした脚を勢いに任せて引き寄せ、そこで改めて地面を蹴ることもある。

 

 だが彼女は……半ば脚を伸ばした状態のまま、かなり前方で地面を蹴り飛ばしているように見えたんだ。

 

「……減速するはずなのに」

 

 想像すればわかることだ。

 普通、足を前に伸ばしたまま、後ろに向かって地面を蹴ることはできない。

 前に蹴り出すためには、自分の脚力を地面に対して後ろ向きに伝えなくてはならないんだ。

 なのに、脚が前に伸びていれば……つまり自分の腰から斜め前に伸びているなら、どうしたって脚力は前に向かって伝わってしまう。

 

 更に言えば、膝が曲がっていない以上、足首のバネを活かすこともできない。

 通常のフォーム以上の脚力も期待できないはずだ。

 

 それはひとえに、体の構造の限界。

 いくらストライド走法だろうと、それ以上歩幅を伸ばすことはできない……はずなんだ。

 

 だと言うのに。

 

 

 

『トウカイテイオー速い! 最速と思われたホシノウィルムとの差をぐんぐん縮めていきます! これがクラシックに現れた帝王の姿なのか!』

 

 

 

 何度見ても、前で蹴ってる。

 結果として、彼女は普通では考えられない、とんでもない歩幅のスプリントを見せている。

 

 ……何故そんなことができる。何故減速しない。

 

 再びシーンを巻き戻して、テイオーちゃんがスパートする直前に戻る。

 ここまでは、彼女の走法は普通なんだよな。

 でも、スパートを始めた瞬間……。

 脚を伸ばして蹴り付ける、非常に歩幅の大きい、大ストライド走法とでも言うべきものになる。

 

 どうやってそれで「普通の走法」以上の推進力を得てるんだ?

 前世の知識もある私なら、きっとわかるはず……。

 見ろ。考えろ。結びつけろ。答えを出せ。

 

 前に向かって進む。

 後ろに向かって蹴る。

 正しい角度で蹴り跳ばす……。

 脚から出した力を、地面に対して的確に流す……。

 流す?

 流れる……曲がる……曲げる?

 誘導する、あるいは……コントロールする。

 

 ……もしかして。

 

 映像を停止して、テイオーちゃんの足元にズームする。

 ああ……ようやくわかった。

 

 

 

「足根関節か」

 

 

 

 足根関節。これはウマ娘特有の部位の呼称。

 人間の体で平たく言うと、足首の関節だ。

 

 一時停止した映像の中の、テイオーちゃんの足首。

 そこに彼女の秘密がある。

 

 やっぱり、脚の柔軟さがすごいんだ、この子。

 彼女の靴の上側……足の甲が、脛を超える角度で芝に沈んでいる。

 これが……これこそが、彼女の神髄。

 

「……曲芸じゃん」

 

 本来脚と並行に、つまりは後方への推進力になるはずの脚力のベクトルを、足首で無理やり後ろに捻じ曲げ、足先で地面へと伝える。

 

 つまり。

 本来は膝と足首で担うべきバネの役割を、足首のみに押し付けて……。

 1回1回地面を蹴るたび、その関節の柔軟さを以て、自身の脚力の全てを足首で受け流しているのだ。

 

 

 

 思わず顔をしかめる。

 なんて走り方をしてやがるんだ、このウマ娘は。

 

 そりゃ速いでしょうよ、何せ普通に比べて20%くらい歩幅が広いわけだし。

 そのくせ足首が柔らかすぎて、それ単体でも普通の子より地面へ伝わる脚力が強いし。

 

 ……でもそれは、致命的に脚に負担のかかる走りだ。

 

 言い方悪くなるけど、そりゃあ故障もするよ。

 1歩ごとに、自分が地面を蹴り跳ばす脚力、その全てを足首にかけているようなものだ。

 この大ストライドでスパート中のテイオーちゃんは、走るたびに自分の足に多大な負荷をかけている。

 

 前世の私は「テイオーちゃんは骨が弱いのかな」って思ってた。

 骨が弱いから折れてしまうんだって。

 けれど、現実は違った。

 

 彼女の骨は、むしろ強い。

 けれどその走り……才能に、彼女の体が付いて来れないんだ。

 

 同じウマ娘だからこそ、わかる。

 その体の天才性と、頑丈さ。

 彼女はどちらも、飛びぬけて高い。

 ここまで事故も起こさず大ストライドを行えていたのが良い証拠だ。

 

 けれど、それでも。 

 天才性の方が、僅かに上回るのだ。

 

 如何に頑丈なウマ娘の体とて、その飛び抜けた柔軟さがもたらす天才的なストライド走法に耐え得るものではない。

 いくら頑丈な体でも、それすらいつかは破壊してしまう。

 ……天性の才能というのも、行き過ぎれば呪いになるのかもしれない。

 

 寿命を縮める代わりに、爆発的な速度を生み出すスパート、か……。

 勿論、彼女程の体の柔らかさがなければ、真似もできないだろうけど。

 

「…………私なら、あるいは」

 

 誰にも聞こえないくらいの、小さな声で呟いた時。

 

 

 

 パチン、と部屋の電気が付く。

 

「ホシノウィルム、その研究は終わりだ」

「トレーナー」

 

 部屋に入って来て電気を付けたのは、私を担当してくれてる堀野トレーナーだった。

 なんか生徒会室に呼ばれてたみたいだけど、やっと帰って来てくれた。

 立ち上がって迎えようとすると、彼はその動きを手で制してくる。

 

「そのままでいい。どちらにしろ、今日は勉強尽くしだからな。

 それで、皐月賞の映像を見て、何か収穫はあったか?」

「そうですね……」

 

 収穫。収穫は、あったけど……あまり言うべきものでもないかな。

 所詮は思い付きだし、すぐさま再現できるものでもないし。

 

 あっでも、それ以外で伝えたいことはあったわ。

 

「テイオーちゃんの走法を見ていたのですが……。

 あのストライド走法は、速い分、足根関節や第三足根骨へのダメージが大きい気がします。

 ……あまり言いたくないことですが、彼女の脚は……ガラスの脚なのではないでしょうか」

 

 ごめんトレーナー、半分くらい嘘です。

 テイオーちゃんの脚はガラスどころか鋼鉄レベルだと思います。

 ただ、その走法があまりにもイカれてる。

 鋼鉄だってウマ娘が思いきり力を込めれば曲がっちゃうんだ。

 

 そうして……日本ダービーで、完全に折れる。

 

 ただ、そのまま言っても伝わるとは思えないから難しい。

 言葉を選びながらそれを伝えた私に対して……。

 

 トレーナーは、かなりビックリした顔をしていた。

 

「……驚いた。気付けるものなのだな」

「気付ける……と言うと、トレーナーにもわかっていたのですか?」

「ああ。……トウカイテイオーの脚は、恐らく菊花賞までもたない。

 このままならダービー周辺で……故障するかもしれない」

「っ!」

 

 やっぱり、この人はすごい。

 全部わかってるんだ。テイオーちゃんの走り方の危険性とか、脚の耐久の限界とか。

 でも、それなら……何とかできないのかな。

 

 たとえそれがわがままで、上から目線の憐憫だとしても……。

 テイオーちゃんが曇らずいられるなら、それ以上のことはないんだから。

 

「どうにかして、彼女を助けることはできませんか」

「……それは、難しい。

 まず第一に、俺の観察眼で得られる情報は、他者に示せる論理的な根拠に欠ける。だからベテランのトレーナーの判断を覆すに足る材料がない」

 

 あー、確かに。

 トレーナーの観察眼は、非常に正確だ。

 今までに1度だって、間違ったことを教えられた記憶はない。

 でもその根拠は……結局、トレーナーの主観なんだよな。

 信頼関係を築いてない状態で言っても、確かに信じてもらえないかも。

 

「次に、そもそもウマ娘とトレーナーの関係は唯一無二、不可侵のもの。

 ……ホシノウィルム。もしも誰か、例えば他のトレーナーが、急に俺の育成方針に異を唱えてきたらどうする?」

「殴ります」

「え?」

「殴ります」

 

 ……いや、殴るでしょそりゃ。

 私のトレーナーが、判断を間違うわけがない。

 特異な能力も持ち、その上で新たな知識を得る努力を怠らず、いつだって私のことを考えてくれてる彼が、判断を間違えるわけがないんだ。

 

 仮に間違ったとしたら、それは他の誰にだって正しい答えの出せない問題だろう。

 そしてその時が来たとしたら、私はトレーナーの判断に殉ずるつもりでいる。

 それこそが、あの時命を捧げた意味だもの。

 

 彼にならば、騙されたって後悔はない。

 だから私は、彼を信じる。

 堀野トレーナーは私にとって唯一無二、絶対の信頼を置ける人なんだ。

 

 その彼の判断に異を唱える?

 私のことをまともに知りもしない木っ端が、彼を否定する?

 ふざけんな。

 その判断は、彼が生きてきた人生から導かれた結論だ。

 その判断は、私たちが築き上げてきた関係性の結晶だ。

 それを否定する?

 

 そりゃ殴るでしょ。ナメんなクソが、と。

 

「……いやまぁ、殴るのはやめようか。ちょっと怒ってくれたら俺は十分嬉しいよ。

 とにかく、話を戻すが。

 トレーナーとウマ娘っていうのは、そういう関係なんだよ。他者が足を踏み入れるべきものじゃない。

 俺にできるのは精々、向こうのトレーナーに走法の危険性を伝えることくらいだ」

「……なるほど」

 

 すとん、と腑に落ちる。

 確かに、私だってトレーナーとの関係に第三者が入って来るのはごめん被る。

 そんな闖入者に「君の走り方は危険だからやめた方がいい」とか言われたら……うん、間違いなく拗れるね。

 最悪殴られるのは私になる。痛いのはイヤだな。

 

「そして最後にもう1つ。

 そもそも、あの走り方こそがトウカイテイオーの強みだ。

 彼女がそれをやめるというのは、最大の武器を捨てることを意味する。

 ……トウカイテイオー本人が、それを望まない可能性は、あるだろう」

 

 そういうもの……なのかな。

 正直私からすれば、事故なく走れる方がずっと良い気もするんだけど。

 これは私が勝ててしまうからこその余裕……あるいは油断なのかな。

 

「そういうわけで、俺たちがあの陣営にしてやれることは少ない。

 ……ま、そちらに関しては俺に任せろ。できることはしておくさ。

 だから君は、目の前のダービーに集中するんだ」

「了解しました」

 

 テイオーちゃんの故障に関して不安は残るけど……。

 彼がそう言うのなら……うん、頼ろう。

 トレーナー、テイオーちゃんのこと、任せました。

 ……ついでにネイチャとの模擬レースのセッティングも任せました。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 話が終わると、トレーナーはモニターを消し、机の端に寄せた。

 そして机に、引き出しから取り出したでっかい紙と紙束を置く。

 

「さて、皐月賞の次は、来月のダービーの研究を始めるぞ」

 

 机に広げられた大きい方の紙は……これ、東京レース場の俯瞰図か。下にあるのは傾斜かな。

 めっちゃ細かく色々書かれてる。トレーナー、こういうとこかなり几帳面だよね……。

 

「ではまず、東京レース場の芝2400メートルコースについて軽く解説していく。

 わからないことがあったら随時聞くように」

 

 

 

 トレーナー曰く。

 このコースは、40メートル程度の短い登り坂から始まる。

 その先400メートルの直線を抜けると、500メートル程続くコーナーに差しかかる。

 で、このコーナーを抜けるとまた400メートル程の直線。途中からは再び短めの登り坂になる。

 登り坂を越えたらすぐ、今度はしばらくの間下り坂が続き、そのままコーナーへ。

 最終コーナーを抜けると、すぐに登り坂と500メートル強の最終直線。登り坂が終わった後だけでも直線は300メートル以上ある。

 

 これが東京レース場、芝2400メートルコースである。

 

 ……うーん、やっぱり言葉だと伝わりにくいよね。

 こうしてトレーナーが図解してくれるから多少は理解できるけど、やっぱり実際に走ってみないと感覚的にはわかんないかも。

 

「さて、ホシノウィルム。何故このレースが逃げウマ娘に不利だと言われているか、わかったか?」

「……ええと、理由は複数あると思います」

「うむ、思い付くだけ言ってみなさい」

 

 うーん、逃げウマ娘に不利な理由……だよね。

 

 まず第一に、最初に登り坂からスタートするってのが不利だ。

 逃げウマ娘は序盤に突っ走って、後続から距離を離さなきゃいけない。

 なのにこのコースでは、登り坂で加速がしにくい上にスタミナを持っていかれるし、バ群に呑まれたり影響を受ける可能性もある。

 これは結構な不利だと思う。

 

 次に……登り坂や下り坂が多い。

 地形の切り替えに意識を持っていかれるし、それだけスタミナを消耗しやすい。

 逃げウマ娘は序盤から飛ばすわけで、終盤までのスタミナの割り振りを間違えてしまえば、それでゲームオーバーだ。

 でも、そもそもこの割り振りを考えるのは頭で、思考というのは疲れで停滞するもの。

 レース後半になると、疲れてペースを見誤り、ペースを見誤った結果スタミナを無駄にする悪循環が発生する。

 故にスタミナのキープは、逃げウマ娘にとっては死活問題なのだ。

 

 後は、というか何より、最終直線が長すぎる。

 500メートル強という、トゥインクルシリーズで用いられるレース場でもトップレベルに長い最終直線。更に前半は上り坂になっている。

 スタミナを使い切った逃げウマ娘は登り坂で減速を避けられないし、それを登り切ってもまだ300メートルもあるんだ。

 ……300メートルの直線って、菊花賞が開催される京都レース場の最終直線と同じくらいの長さなんだよね。

 末脚の切れるウマ娘にとって、差し切るには十分すぎる距離だ。

 

「……と、即座に思い付いたのはこの辺りでしょうか」

 

 思い付いたことを並べてみると、トレーナーは何とも言えない顔をしていた。

 え、何? なんかもっとあるの?

 

「ええと、何か見落としていたでしょうか」

「いや、逆だ。素晴らしい理解力だと思う。うん、偉いぞ」

 

 えへへ、頭撫でてもらっちゃった。

 ……でもこれ、そんな褒められることかな。

 普通にコースとか脚質の勉強をしてれば、答えられる範疇だと思うんだけど。

 まぁいいや、温かくて気持ち良いし、今はこの幸せを享受しよう。

 

「……そりゃそうだよな。大逃げウマ娘なら誰も彼もが頭先頭民族なわけじゃないよなぁ、安心安心」

「戦闘民族、ですか?」

「あぁいや、気にしないでいいぞ。おーしおし、偉い、偉いなー」

 

 おわわ、わしゃわしゃだ!

 レースに勝ってもないのに、こんなのしてもらっちゃっていいんですか!?

 お、お金とかいります? 私、今ならちょっとくらいは払えますけど?

 

「うむ、君の判断は大方間違っていない。大事な部分はきちんと押さえてるな。

 今君が言ったように、ダービーで走るのは、逃げウマ娘にとってかなり不利なコースだ。

 あのセイウンスカイでさえ、ダービーだけは取り落とした程に」

「スカイちゃん……」

「……相変わらずちゃん付けの基準がわからんなぁ」

 

 セイウンスカイちゃん。

 前世アニメの1期で、主人公スペちゃんから皐月賞と菊花賞を奪っていったやり手のウマ娘だ。

 最近はレースに出てないけど、一応今もトゥインクルシリーズ現役らしい。

 ミーク先輩曰く、現役最強の逃げウマ娘。

 やっぱり強いんだろうなぁ。トレーナーが「あの」って言うくらいだし。

 

「……だが、このレースにおける不利は、それだけじゃない。

 日本ダービーは、色々と特殊なレースなんだ」

「そうなのですか?」

「……うん、まぁ知らないよな、そうだよな。

 今でこそ有記念や宝塚記念、ジャパンカップなどに存在感を奪われつつあるが、元々東京優駿は日本における最大のレースだった。

 今でもその頃の威厳は残っている。『ダービーに始まりダービーに終わる』という言葉もあるくらいだ。

 故にこそ、ダービーを取ったウマ娘はダービーウマ娘として、そのトレーナーはダービートレーナーとして賞賛される」

 

 はえー、そうだったんだ。知らなかった。

 ああいや知ってるというか、一応学校で勉強した……気もするんだけど。

 

 正直レースの勝敗に直接関係ない勉強には、あんまり興味持ててないんだよなー。

 試験は毎回直前2日で一気に追い込んで、ちょうど中間くらいの順位に落ち着いてる。私、試験においては追込ウマ娘なのだ。

 毎回ノート貸してくれるネイチャには感謝しかないよね。無二の友人最高!

 

「そんなダービーという一大レースで、他のウマ娘の存在を感じながら逃げ続けるのは、精神的な消耗が大きいのだ。

 そういう意味でもダービーは逃げウマ娘に不利とされている……が」

「私には関係ありませんね。レースの箔に興味はありませんし」

「うむ、そうなる。君に限定すれば、ダービーの不利は半減すると言って良いだろう。

 残る問題は……ライバルだな」

 

 そう言って、トレーナーは脇に避けてあった紙束を出してきた。

 

「皐月賞直前時点での、ダービー出走予定のウマ娘たちのリストだ。

 確実に出走できるかわからないウマ娘も含め、30人程のデータをまとめてある。

 あくまで俺の観察眼依存のデータだから、確実に正しい保証はないがな」

「……30人、ですか」

「まだ誰が出るか確定していないから、一応な。

 とはいえ十中八九、最初の17枚の子たちが出てくるだろうが」

 

 取り敢えず、一番上の紙を見てみる。

 

 

 

 トウカイテイオー

 

 ステータス

 最高速度 C  431

 スタミナ D  348

 加速力  D+ 364

 精神力  D  319

 戦術眼  D+ 352

 

 一芸

 直感的なレースセンスがある。

 天才的な脚の柔軟性を持つ。

 好位置を取り、脚を溜めるのが上手い。

 バ群から抜け出すタイミングを逃さない。

 直線での加速の技術はトップクラス。

 

 総評

 今のところ恐れるに足る相手ではない。

 ホシノウィルムが全力を出せれば必ず勝てる。

 ただし伸びしろは非常に大きい。要観察。

 

 

 

 ……あの、えっと、こういう感じ?

 え、トレーナーの観察眼って、こんなゲームのステータスみたいな感じで見えるの?

 それとも自分の感覚からこんな細かい数字割り出したの?

 どっちにしろすごいな。

 

 ……いや、本当にすごいな!? 二度見ならぬ二度思いだわ!

 彼の眼は極めて正確だ。つまりこのテイオーちゃんを筆頭とする全てのウマ娘のデータも、限りなく事実に近いと思うんだけど……。

 ここまで完璧にデータとして抽出されているのなら、次回のレース展開の予想も相当にやりやすくなるだろう。

 

 ……ひょっとしてこの紙束、他のトレーナーは喉から手が出る程欲しいヤツなんじゃない?

 売ろうとすればめちゃくちゃ高額になりそう。

 い、いや、流石にそんなことしないよ?

 もしかして3か月分の食費くらいにはなるんじゃないかとか、そんな恩知らずなこと考えるわけないから。

 

「トモを見ればわかると伺っていましたが、こんな細かい数字まで見えているんですか?」

「……まあな」

「脚を見ただけで、精神力や戦術眼までわかるのですか……」

「…………うん、まあ」

 

 そ、そうなんだ……。

 

「これがトレーナーの力、なのですね……!」

「あ、それで納得するんだ」

「当然です。私はトレーナーを信頼していますから!」

「お、おう……」

 

 何言ってるんですか、1年以上の付き合いですよ。

 もう家族みたいなものじゃないですか。そりゃ信じますって。

 

 改めて手元のデータに目を落とす。

 

「……やはり他の子に比べても、テイオーちゃんは強いのですね」

「他のウマ娘は各ステータスがEからE+程度。スキル……技術の面で言っても、トウカイテイオーは頭1つ抜けているな」

「ちなみに、私はどの程度なのでしょうか」

「最後のプリントに載っているぞ」

 

 ええと……あ、本当だ、あった。

 

 

 

 ホシノウィルム

 

 ステータス

 最高速度 C+ 583 

 スタミナ A  877 

 加速力  C  413 

 精神力  B+ 736

 戦術眼  D  339

 

 一芸

 常にレースに対して全力で臨む。

 芝、長距離、逃げに強い適性がある。

 抜群のスタートを見せる。

 スタート直後の加速が速い。

 コーナーでの速度維持、息の入れ方が上手い。

 末脚が切れる。

 大逃げや逃げへの理解度が高い。

 

 総評

 無敗で三冠を取るウマ娘。

 極めて優秀。

 

 

 

 うわっ……私のデータ、強すぎ……?

 自分でも結構強い自信はあったんだけど、ちゃんとトレーナーからも評価されてるってわかって、思わず口の端が吊り上がりそうになる。

 極めて優秀、だって。へへ、嬉しいね……。

 

 って、え、嘘、私確かにスタミナに自信はあったけど、精神力も高すぎない?

 

「あの、私、そこまで図太く見えるでしょうか……」

「ん? ……あぁ、精神力か。いや、そういう意味じゃないぞ。

 これはスタミナを体力としたところの防御力というか……いざスタミナが切れかけてからどこまで粘れるかの根性、他のウマ娘と張り合う時の意志の強さ、みたいな感じだな。

 ……冷静に考えると、ここの表記は根性のままで良かったか。わかりにくいかと思って変えたけど、余計だったな」

 

 なるほど、ど根性か。

 ……根性、あるのか? 私に。

 あんまり自覚ないなぁ。

 

 あと、気になるところと言えば……。

 

「高く評価していただけて、とても嬉しく思いますが……。

 比べると、私は戦術眼が低いのですね」

「ああ。ここまでは読みやすいレースが多かったし、ずっと俺の指示で走っていたから問題なかった。

 だが、日本ダービーからは不確定要素が増えるし、俺の指示に従うだけではやっていけなくなる。

 故に、ここからは戦術眼も培ってもらう。そのために今日も、君にはひたすら勉強し続けてもらったわけだ」

 

 あぁ、だから朝からずっとレース見せられてたんだ。

 おかげで、客観的に見た自分の弱点とかレースの展開などは理解できた。

 今日だけでだいぶ戦略眼は上がったんじゃないだろうか。

 

 ……しかし、そっか、いよいよトレーナーの指示だけじゃ「確実に勝てる」とはいかなくなるのか。

 大丈夫かな、私。

 掛かりやすい弱点の克服は、トレーナーに指示を貰ってこそのものだった。

 それがなくなれば、私はまた暴走してしまうんじゃ、って……。

 

「心配するな」

 

 いつの間にか俯いていた頭に、手が置かれる。

 温かいけれど……今は、少しだけ頼りなく感じた。

 

「君なら大丈夫だ。……今の君なら、あんな危険な形で掛かることはないさ」

「そう、でしょうか」

 

 あの寒気。

 ネイチャちゃんに迫られた時の寒気は、今でも思い出せる。

 

 追い付かれるんじゃないか。負けるわけにはいかない戦いで、負けるんじゃないか。

 その恐怖は耐えられない怖気となり、私の頭はただ「追い付かれちゃダメだ」という一点のみに集中した。

 レースの展開も、残りの距離も、全てを忘れて全力で駆けだしてしまった、あの感覚。

 

 ……まるで、後ろから伸びてきた冷たい手に、心臓を握りつぶされるような。

 あの感覚から、私は逃げ切れるだろうか。

 

「君はここまで勝って来た。そんな自分を信じろ。

 ……それに、たとえ負けたとしても、俺は必ず『おかえり』と言って君の頭を撫でよう。

 だから走りたいように走って来い。

 それで、君は大丈夫だ」

 

 トレーナー……。

 でも、そんなこと、本当にあるんだろうか。

 

 敗北するホシノウィルムに……価値は、ないのに。

 

 それでも、トレーナーは私を……愛して、くれるだろうか。

 

「負けても、慰めてくれますか?」

「むしろ負けた時こそ慰めてやる」

 

「勝ったら、褒めてくれますか?」

「鬼のように褒め殺してやろうか」

 

「……じゃあ、勝たなくても、レースに出なくても、ここに帰ってきていいですか?」

 

 それは……。

 競走ウマ娘として、言っちゃいけないことかもしれない。

 

 私たちは、走るためにここにいる。勝つためにここにいるんだ。

 それを投げ出すことは、禁忌。

 

 勝利を諦めたウマ娘に、未来はない。

 そんなウマ娘に、トレーナーはもったいないんだ。

 

 だから、トレーナーである彼が、その言葉を肯定できるはずがないのに。

 ……なんで私、こんなことを聞いてるんだろ。バカじゃん。

 

「すみません、何でも……」

 

 取り消そう。

 今のはウマ娘として、トレーナーとの関係を破壊しかねない言葉だった。

 私は彼の担当ウマ娘でしかないんだって、それをちゃんと思い出さなくちゃ……。

 

「当たり前だ」

「……えっ」

 

 トレーナーは、いつも通りの無表情で……当然のように、告げる。

 

 

 

「君が望まないならレースには出さない。

 俺がすべきは君に寄り添うことであって、君に無理を強いることではないからだ。

 君が出たくないと言えば、どれだけ予定が荒れようと出走を取り消そう。

 だから、走りたい時に走れ。勝ちたいときに勝て。

 戻って来たい時には戻って来い。俺はいつでも君を待っている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……バカ。

 バカ、バカ、本当にバカ。

 

 なんで、そんなこと、言うの?

 

 信じたくなっちゃうじゃん。

 誤解だってわかってるのに。

 トレーナーとしての言葉でしかないって、わかってるのに。

 

 ……間違えたく、なっちゃうじゃん。バカ。

 

 

 

「ホシノウィルム。……ホシノウィルム?」

「自主トレ、行ってきます」

「え? いきなり?! ちょっと待った、今日は賢さトレーニングを、」

「うるさい。……寄り添って、待っててくれるんでしょう?」

「あー……あーもう、わかった。ジムでランニングマシン、最長2時間!

 無理せず、足並みが乱れたら一旦休んでくれよ!」

 

 トレーナー室を出て、ぴしゃりと扉を閉める。

 

 顔が熱い。しかもくしゃくしゃ。目も絶対赤くなってる。

 とてもじゃないけど、人に見せられる顔じゃない。……特に、トレーナーには。

 

 早足にそこから離れて……絶対にトレーナーには聞こえないところまで逃げて。

 

 ……知らず、思考が口から漏れた。

 

「……あー、あ。もっと早く、会えてればな」

 

 そうすれば、私も……。

 

 ……なんて。

 

 そんなこと、考えたって意味ないんだけどさ。

 

 彼は名家の出身で、中央トレセンでトレーナーをすることは決まってたし。

 私は寒門のウマ娘で、彼と交わる未来は、去年のあの日にしかなかったんだから。

 

「それでも……」

 

 運命は交わった。

 

 あの日、真っ暗な空の下、失意のどん底で。

 

 

 

 

 

 

 私は、私の運命の人(トレーナー)に出会ったんだ。

 

 

 

 

 

 

「……あー、もう、最悪」

 

 私、今世ではチョロくならないって誓ったのにさ。

 いっつもいっつも、そうして私が欲しい言葉ばっかかけてきて。

 頭も撫でてくれて……愛をくれて。

 

 そんなのさ。

 ……勝てるわけないじゃん。

 

「先に好きになった方が負け、だもんな」

 

 ちぇっ。

 こっちの勝負まで惨敗だよ。

 

 勝てないなぁ……トレーナーにだけは、さ。

 

 

 







 恋のダービーは掛かった方の負け。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、彼女の領域と彼女の限界の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
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