絶対の天才の視点で、ジャパンカップ後編。
アンダースタンディブル。西洋の、英雄姫って呼ばれてるウマ娘。
ボクことトウカイテイオーと彼女の競走上の相性は、最悪と言っていいくらいに悪い。
ボクの走りのスタイルは、ウィルムやネイチャみたいに複雑じゃない、至極シンプルなもの。
他の子たちには手を出すことなく、それどころか頭に入れることもなく、ただ自らの走りを高める。自身にできる最速のタイムで以てゴールへと駆け抜ける。
ある意味では、ただ適切なペースで走り続けるブルボンのそれに近いだろう、絶対的な自己昇華の極み。
それがボクらしいやり方ってヤツだ。
対してアンダースタンディブルの走りは、ボクとは真逆のものと言っていい。
強力な他者に反応して強くなる。素晴らしい技術を見て上回る。
どこまでも他者に依存する相対的なその走りは、強力なライバルを得なくては強くなれない代わり、ライバルが強ければ強い程に彼女もまた強くなるというもの。
アンダースタンディブルはある意味、ボクたち自己昇華型のウマ娘に対して……そうだね、ウィルムの言い方だと「メタを張ってる」存在だ。
ボクが強くなればなる程に、アンダースタンディブルも強くなる。そしてその速度は、恐らくはボクたちを上回っている……のかもしれない。
彼女と相性が良いのは、ネイチャみたいな子だろう。
素の身体スペックは高くなく、けれどレース全体を操るような権謀術数によって勝つ。
彼女自身は飛び抜けて強いわけではないからこそ、アンダースタンディブルは彼女を個としては強く意識することができないわけだね。
……いやまぁ、あの天皇賞(秋)を見る限り、もはやネイチャもこっちの世界に足を踏み入れてる感あるけど、それはともかく。
自分で言うのもなんだけど、トウカイテイオーは天才だ。
ウィルムと同程度に、とまで言う程驕ってはないけど、それでも日本のトゥインクルシリーズじゃ2番手の天才であるという自負がある。
だからこそ、ボクの一歩一歩はウィルム以外の誰よりも軽く、そして長く……。
そうして歩んで来た道のりが長いからこそ、ボクと戦った時、アンダースタンディブルは抜群の成長を見せて来るだろう。
なにせ、たった1年でホシノウィルムに迫る身体能力を身に付けた子だ。技術はともかく素のスペックであれば、既にボクは負けてる。
その才覚は……認めるのは癪だけど、多分ボクよりも高みにある。
だからこそ、これまでのようにレース中でのアドリブや学習に賭けても、おおよそ勝ち目はないだろう。
……と、そう思っていたんだけど。
「そうでもないぞ。どうしようもなく勝てない、なんてことはない。
才能を数値化してその絶対値を単純に比べるのなら……まぁ、流石にアンダースタンディブルが優勢となってしまうだろうが。それでも、彼女と君ではその方向性が違うからな。
あの子にできて君にできないことがあるように、君にできてもあの子にできないこともある。そう悲観するものじゃない」
共同戦線を組んだ初日。
対アンダースタンディブル戦についてボクの所感を話した時、堀野トレーナーはそう言ってきた。
ウィルムの陣営と組んだ共同戦線。
アンダースタンディブルに勝ったウィルムは彼女のことを体感的に理解しているし、そのメソッドを知っている。だからこそ協力する意味があるのだろう。
……なんて、堀野トレーナーはそう言っていたけど。
実のところ、ボクとトレーナーの狙いはウィルムじゃなかった。
いや、ウィルムやブルボンと走るのも勿論メリットにはなるけど、それはあくまで二の次。
ボクたちの真の狙いは、その契約トレーナー。
そう、堀野トレーナーだ。
あの会長を支えたボクのトレーナーをして、「恐らくは俺に見えないものがたくさん見えている」と言わしめる、天才。ウィルムに並び立つに相応しい怪物。
ボクは、そしてトレーナーは、彼の意見をこそ聞きたかった。
彼の発想、知識、思考、観察眼。
それはトウカイテイオー陣営にはないもの。
それらを理解すれば、ボクはもっと良い走りができるはずだし……。
きっと、アンダースタンディブルというウマ娘を日本で一番理解しているのは、彼だ。
勿論、体感として理解してるのはウィルムだろう。なにせ世界でただ二人、彼女を超える体験をしたウマ娘だもんね。
でも、あの子は感覚派だし、多分細かいところは理解してない。
それを理屈の上で理解し、解剖し、欠点や弱点を知悉しているのは、あの人だ。
なにせウィルムの凱旋門賞のため、データに穴でも空くんじゃないかってくらいに研究しただろうしね。
そして実際彼は、多分無自覚なんだろうけど、そんなボクたちの期待に十二分に応えてくれた。
「アンダースタンディブルのレースへの理解には、致命的と言っていい弱点がある。
叙事詩に語られる英雄というものは、ドラマ性の演出のため、往々にして一度敗北することがあるが……その敗因は主に1つ。
そしてそれは、英雄姫と呼ばれるアンダースタンディブルにも共通するものだ」
「……それは?」
尋ねたボクに対して……彼はニヤリと、人の悪い笑顔を浮かべた。
「未知だ。英雄は往々にして、未知に敗れる。
ウマ娘というものを知らず後塵を拝した凱旋門賞のように、彼女は君に比べ、未知の物事への対応が遅い。
だから、君が
* * *
『第三コーナー坂を下って、依然として先頭はミホノブルボン、しかし3番手アンダースタンディブルとの差は着々と埋まりつつあるぞ!
そしてトウカイテイオー脚を緩めて4番手からまだ焦らず着実にレースを進めている、これは帝王の慧眼かはたまた余裕か!?』
未知、か。
かろうじて晴天と言える空の下、東京レース場。
ボクはそこを走りながら、堀野トレーナーの言葉を思い出していた。
未知に弱い。
それは、程度の差こそあれど、至極当然のことでもあった。
去年の皐月賞でのボクなんか、その典型例だろう。
世界を知らなかった。ウマ娘を知らなかった。レースを知らなかった。だから努力する意味を知らず、結果としてウィルムに追い縋ることすらできなかった。
凱旋門賞の時のアンダースタンディブルは、あの時のボクと同じだった。
ウマ娘というものの天井の高さを知らなかったから、負けてしまったんだと思う。
けれど、あのレースの敗北によって彼女は、それを知ったんだろう。
レースが始まる前のあの表情は、ウィルムのそれによく似てたもん。
そう、アンダースタンディブルは、ウィルムに似ている。
いや、見た目も走りも全然違うんだけど……なんだろうな、その根底の部分が似てるんだ。
本来あり得べからざる天才であり。
その魂を燃やして走るウマ娘であり。
そして……無意識に、自分の力を信じている。
強者故の妄信、もしくは傲慢。
絶対的な強さを持つが故の、無意識下での思考ロック。
ある時は長所になり得るそれが……けれど時に、付け入る隙になることもあるかもしれない。
「…………」
いつでも抜け出せる4番手の位置を走りながら、常に変化し続けるレース模様を見やって考える。
どこからどう攻めるべきか?
……それは、既に決まってる。
ボクが取るべき走りなんて、レースが始まる前からわかってた。
けれど、思考を止めちゃいけない。
常に考えて、考えて、考え続ける。
この作戦で本当に問題ないか、アンダースタンディブルに、そして他のウマ娘たちに通用するか。
このレースにおいて一番注目すべきはアンダースタンディブルだろうし、実際ボクはその対策に1か月を使ってきたけど……あくまでも、勝つべきはこのレースだ。
アンダースタンディブルに、ではなく、このレースにどうすれば勝てるのか、考え続ける。
ミホノブルボン。
あの子はどうだろう。
堀野トレーナーが仕上げたウマ娘は、この1か月、ボクの目の前で驚異的な速度で成長していた。
その成長速度は多分、ボクのそれに優るとも劣らない。
でも、それでも、あの子とボクの間には本格化1年分の差がある。
体に負荷をかけ続けて得た身体能力でも、何度も繰り返し走って培った技術でも……そして、何度も走って来たレースの経験でも。
ボクは今、ブルボンの優位に立っている。
そして、アンダースタンディブルに対しても、そう。
身体能力と技術。これらに関しては才覚を以て上回られるかもしれない。
けれど、ことレースの経験に関しては……後れを取るつもりはない。
そう、経験。経験だ。
あんな経験を持っている子は、そうそういないだろう。
……さて、そろそろ第四コーナー。
余分な思考はカットして、体の制御に集中しなきゃね。
『オオケヤキを越えてついに第四コーナー、ここからが勝負所!!
ここでついにトウカイテイオー上がった、トウカイテイオーが上がってきている!!
残すは600メートル、後続の追い上げにミホノブルボンとユニゾンブラックは食い下がれるか!?』
急加速し、ボクは前を目指す。
前にいるのは、ミホノブルボン、ユニゾンブラック、そしてアンダースタンディブル。
その内アンダースタンディブルは、ボクの加速を察してか、殆ど同時にペースを上げた。
もちろん、全身全霊ってわけじゃないけどね。
もはや語るべくもないことだけど、ウマ娘はコーナー内じゃ本気を出せない。
どうしても走る力の一部が遠心力のコントロールに費やされてしまうし、その比率は速度を増そうとすればする程に増えてしまう。
この物理法則は如何に天才だろうと、それこそ領域でも開かない限りは無視できない。
そう……いよいよ、レースも終盤。
ここからは、領域、つまりはウマ娘の世界同士のぶつけ合いだ。
あくまで、ウィルムから聞いた話だけど。
アンダースタンディブルの領域は、自分を上回り得るウマ娘の領域だけを対象とし、それをコピー、上位互換化して自分も展開するってものらしい。
……うん、なんとも法外な領域だ。単純なその力強さだけなら、ボクもウィルムも敵わないだろう。
しかし、その性質からだろう。
前方で開いたブルボンの領域に呑まれても、アンダースタンディブルは領域を開かない。
……もっと言えば、開けないんだろう。
彼女の認識においては、ブルボンは脅威足り得ないってことだろうね。
確かに、ブルボンは前半で掛かってしまっていた。
元々ブルボンが予定していたペースキープは崩れてしまっているだろうし……終盤に垂れてしまいかねないと、そう判断してもおかしくはない。
ただそれは、より正確に言えば、掛かったんじゃなく……。
自分の胸の内から込み上げる闘走本能を抑えることをやめていた、って言うべきだけどね。
言っちゃなんだけど、ユニゾンブラックからの熱くらいなら、ブルボンは容易に抑え込めたはずだ。
あの子はウィルムやボクと散々走って来たんだ。G1ウマ娘の、それもトゥインクルシリーズトップ層のウマ娘たちと。
それなのに、今更G1級の逃げウマ娘1人に掛からされるわけもない。
ブルボンは、自分を抑えない。
そうしてペースを上げてしまってもなおスタミナを保って走れるよう、この1か月鍛錬を積んでいた。
そしてボクは、それを誰よりも近くで見て来た。
ミホノブルボンのイメージは、ウィルムの後輩であり、次代の三冠ウマ娘。最初はそれだけだった。
けれど、1か月の間、驚く程ストイックにトレーニングに臨んでいた彼女の姿を見ていて、ボクの認識は塗り変わった。
脅威。
ミホノブルボンは、トウカイテイオーにとって、十分全力を出すに値する……。
いいや、全力を出さなければ勝てない、新時代を切り拓くウマ娘。
あの堀野トレーナーとウィルムの元にいるんだ。きっと彼女はこのレースで、自らの新たな可能性を確立してくるだろう。
だからこそ、ボクから見たミホノブルボンは、脅威だ。
「ふぅっ……!」
このレースでボクが越えなければならない壁は、2つ。
全身全霊の走りを以てしなければ越え難い、逃げウマ娘。
全身全霊の走りを見せればそれを超えて来る、先行ウマ娘。
全力を出さねば勝てず、全力を出せば勝てないという矛盾。
けれど……そこには、抜け道がある。
堀野トレーナーが模擬レースを、先達の背中を以て示した、ボクがいずれ辿り着くべきモノ。
それを、今、ここで再現できなくては……ただ、負けるだけに終わるだろう。
『残るは500メートル、勝負は長い最終直線に持ち込まれた!
粘る粘るミホノブルボン、しかしアンダースタンディブルまではあと1バ身といったところ、逃げ切れるか無敗三冠! トウカイテイオーも外から怒涛の勢いで追い上げる!!
サイボーグか! 英雄か! それとも帝王か! 府中に星は輝くか!?』
コーナーが終わり、道が開ける。
遥か彼方へのゴール、そこへ至る道を、ただ2つの背中が塞いでいる……。
その光景に、煮え立つような激情が胸から溢れる。
「勝つ……」
他の子たちと、自分と互角な子たちと走ることに覚える闘走本能。
ウィルムからもらった、まるで大地を割って噴き出すマグマのように、あるいは雲の間に差し込む光のようなそれは、トウカイテイオーにとっての一番の宝物。
自己昇華型という意味で、ボクとブルボンのスタイルは似ている。
だからこそ、この熱への対処もまた、変わらない。
目の前の、大きな背中。自分が越えられるかもわからない、巨大で分厚い壁。
それを越えようという欲を止める意味なんて……どこにも存在しない!
「勝つ!!」
目を見開いた瞬間、いくつかの感覚がボクを襲う。
自身の世界が内から溢れ出し、外側へ広がろうとする衝動。
アンダースタンディブルが酷薄な笑みを浮かべる気配。
……
そう。
トウカイテイオーとアンダースタンディブルの相性は最悪だ。
自らの走りに……つまり領域に比重を置くボクがそれを開いてしまえば、アンダースタンディブルはまんまとそれをコピーしてくるだろう。
より強い走りとより強い領域をぶつけられれば、ボクのような策を弄さないウマ娘には勝ち目がない。
それはボクにとって最大の負け筋であり、アンダースタンディブルにとって最大の勝ち筋。
故に、このまま領域を使えば負けるだけだろう。
でも、領域を使わなければ……ブルボンに負けるかもしれない。
可能性は、低い。9割ボクが勝つ。
けど……残す1割、ブルボンがボクの想定以上の走りを見せてくれば、負けるのはボクになるだろう。
では、どうすれば2人に、このレースに勝てるか。
そのための最適で最速の自己昇華の形は何か。
……その手本は、既に見せてもらった。
意識する。夢想する。形作る。
あの日見た、ボクの最初の憧れが為した、未だボクの届かぬ偉業を。
あの人は、自らの世界を、自由に操っていた。
ボクたちのように、胸の内から溢れ出すソレを、ただ世界に広げるんじゃない。
瞬き程の刹那だけ開き、あろうことかそれを弓矢の形へと落とし込んで、ボクとウィルムの領域を貫き崩してみせた。
残ったのは、自らの走りと世界を否定されて不調に陥ったボクやウィルムと、真打の世界を広げて一気に巻き返しを図った……永遠の皇帝、シンボリルドルフの背中。
領域の、同時展開。
そういうモノがあるとは知っていたけれど、実際に体験したとしないでは、全く違う。
その絶技と呼ぶ他ない技術、非現実的とすら思える発想。それを味わったその時、自分の見識が如何に浅かったのかを思い知り、視野がぐっと広がった感覚があった。
コロンブスの卵、というヤツだろうか。
アレは実際に直面しなければその発想が湧かないし、何よりその神業たるを理解できない。リバースエンジニアリングなんて以ての外だ。
……そう。
これは、味わったことのないウマ娘にとって、どうしようもない
アンダースタンディブルは、アレを知らない。
凱旋門賞でホシノウィルムが避けたこともあって、領域の連続展開を見ていない。スキルに落とし込むことなんて知らない。
だから、アンダースタンディブルは……。
これを、コピーなんてできない。
世界を世界のまま、外に解き放つのではなく……。
1つの
大丈夫、できる。
トレーナーが。ウィルムが。堀野トレーナーが。たくさんの人が信じてくれた、天才ウマ娘。
トウカイテイオーに、できないわけがない。
「すぅ……ッ」
煮え滾るような、赤熱の大地の世界を、右脚に。
吹き上がる熱が地面を覆し、この体に再起の翼をもたらして。
この身を跳ばす、自由の碧空の世界を、左脚に。
既に喪った自由の象徴を、けれどボクは既に取り戻している。
赤い炎と、青い空。
本来両立できないそれらを、けれど広げるのではなく、単純な力として、推進力として活かせば……。
小さな
「──勝つのは、ボクだ」
『400を切った! トウカイテイオー、トウカイテイオーが上がって行く!! なんだこれは、往年の彼女を思わせる大きな大きなストライドで一気に駆け上がって行くぞ!?
アンダースタンディブルまで2、1バ身、いやもう半バ身か!? 怒涛の追い上げトウカイテイオー、アンダースタンディブル懸命に食い下がるが、いやしかし凄まじい勢いに先頭との差が縮まって行く!!』
「────ッッ!!」
歯を食いしばって、脚を前へ前へと伸ばす。
これまでに捨て去り、封印してきたストライド。
ボクの脚の寿命を擦り減らすからと、他の走法へと切り替えたソレを、ボクは使っている。
勿論、捨て鉢なんかじゃない。
去年の有馬記念から今年の秋の間まで、ずっとずっと、ボクはこれを改良して来たんだ。
空を飛ぶようなあの走りと、大地を跳ぶような新しい走り。
どちらもボクの自慢の走り。十分にG1で通用するだろう走りだ。
けれど……それら2つを、どちらも使いこなせたら。
そうしたら、きっと、宙に輝く一番星すら越えられるから。
「…………な!?」
驚嘆の声が、聞こえた気がした。
当然だろう。ボクだって、最初に見た時は目と脳を疑ったもの。
どれだけの天才であろうと、ボクもウィルムもそうであったように、未知に対処できる者はいない。
特に、堀野トレーナーにそれが苦手だと言われた君は……。
ボクの新たな力に、トゥインクルシリーズで身に付けるには早すぎるこれに、対処できようはずもない。
だから。
たとえ君が、ウィルムに並ぶ天才であろうと。
たとえ君が、ボクよりもずっと世界に選ばれた存在であろうと。
それでも、ボクが勝つ。
……全てを使って、ボクが勝つ!!
『未だ先頭はミホノブルボン、しかしその差はもはや僅か! アンダースタンディブルとトウカイテイオーのデッドヒートは続き、ついにその影を踏んだ!!
交わし切れるかトウカイテイオー、逃げ切れるかミホノブルボン、差し切れるかアンダースタンディブル!! 残すところは200メートル、競り合いはまだ続く!!!』
アンダースタンディブルは、強い。
でも、君は……ウィルムじゃない。
ボクの最強にして最高のライバルである、ホシノウィルムじゃない。
……昔。と言っても、数年前だけど。
ボクは、自分こそが世界の主人公だと思ってた。
誰も勝つことなんてできない、誰も届きやしない、そしていつか自分の夢を叶えられる存在だって、そう根拠もなく確信してた。
いや、根拠はあったんだ。実際、ボクは大半のウマ娘よりずっと強かった。その成功体験が、ボクの自信を形作った。
けれど、ただ一つの眩い星の光が、それを覆した。
ホシノウィルムは、文字通りの世界最強だ。
あの会長にさえ届き得る、そしていつかは越えるんだろう、本当の天才。本当の主人公。
誰よりも真面目に走っていた、誰よりも走りを楽しんでいる、きっと皆に愛されるべき唯一無二のウマ娘。
ボクはその背中に焦燥と敗北感を抱くと同時……心のどこかで、それに憧れていた。
いつかその背を越えたい。天上に輝くただ一つの星と並びたい。あるいは一人のウマ娘として彼女より前へと走り出たい。
そう願ったその気持ちは、嫉妬でも嫌悪でもない、純粋な憧憬だった。
そのために、ボクはがむしゃらに走った。
ダービーに向けて、無理を通してでも自らを鍛え。
有馬記念を使って、新たな走法を調整し。
大阪杯を通して、彼女の正真正銘の限界を引き出して。
天皇賞(春)で、ついに隣に並んだ。
ずっとずっと、トウカイテイオーのトゥインクルシリーズは、ホシノウィルムを追いかけ続けて来た。
ただ一人、ただ一つ、ホシノウィルムはトウカイテイオーにとって、暗い夜道を照らす標だった。
感謝してるし、恨んでる。
尊敬してるし、羨んでる。
大事な友達だし、大事なライバル。
いずれ倒すと思ってるし……いつまでも前を走ってほしいとも思ってるかもしれない。
矛盾してるような、混沌としたそれを、一言で纏めるのなら……。
ホシノウィルムは、ボクの全てだったんだ。
そんなウィルムが、ボクを認めてくれた。
トウカイテイオーは天才だと。
私の最強のライバルなんだと。
あの無邪気な笑顔で、ほんの少しだっておためごかしのない本音で、彼女はボクを認めてくれた。
だから、負けない。
彼女にただ一人並べる二等星として……ボクはもう、ホシノウィルム以外の誰にも負けたくはない。
たとえそれが、彼女の跡を継がんとする、新時代の無敗三冠ウマ娘でも。
たとえそれが、彼女と並ぶ程の才を持つ、西洋における最強ウマ娘でも。
ボクは。
君に。トレーナーに。ファンに。
皆の夢を背負った、ボクは……!
「君たちに、勝つ──!!」
跳ぶように跳ね上がる右脚を、飛ぶように自由な左脚を、前へ、前へ、前へ。
苦痛も疲労も感じない。思考は澄んで、光景は輝いて。
今はただ、この心を焦がす熱ばかりが、ボクにとっての現実だ。
「…………ッ!!」
自らの領域を広げ、更に昇華させて……いつもの冷静沈着な無表情を破って歯を食いしばり、決して垂れることなく粘り続けるミホノブルボンも。
「あ、ははははッ!!」
領域を開くこともできず、それでも全身から歓喜の感情を撒き散らして……己の持ち得る全てで以て対抗してくる、アンダースタンディブルも。
ボクは、トウカイテイオーの走りで、全てを置き去りにして。
「負けるかァァアアアッッ!!!」
そうして、また一歩、前へと歩み出した。
『ゴォォオオオルイン!!! トウカイテイオー、トウカイテイオー!! トウカイテイオーが一着入線!!!
トウカイテイオーがやりました、最強の刺客、海外の刺客を返り討ち!! 圧巻と言う他ない勝利を今ここに見せ付けました!!!
日本の矛と並び、盾もその最強たるを示し、ここに日本レースの威信は成った!!
神話の龍に並び立つは絶対の帝王、唯一無二の覇道を鳴り響く喝采が讃えます!!』
『勝ち時計は……2分21秒7!! 重バ場としては驚異的と言う他ない恐るべきタイムで以て、このレースは決着しました!
二年連続のジャパンカップ勝利を為したのはシンボリルドルフに続く偉業、そして凱旋門賞とジャパンカップを同一の年に制覇したのは彼女たちの世代が初!
神話と共に紡がれる彼女の覇道、その先にあるのは果たして……!?』
* * *
「はぁ……はぁ……」
流石に、消耗が激しい。
G1レースにはもう出慣れてるし、初の勝利ってわけでもないけど……。
それだって、レースはいつも全力だ。疲れないわけもない。
「はぁ……ふぅ、よし」
膝に手を突いて数秒、息を整え、改めて視線を上げる。
そうすれば、何人かのウマ娘の姿が見えた。
ボクよりも余裕がありそうに見える、アンダースタンディブル。
『負けた~っ!! くわーっ、悔しい!!
トウカイテイオーもミホノブルボンも簡単に予想からはみ出してくれちゃって……あーもう、ウマ娘ってホントたまんないね!! というか堀野トレーナーがたまんないのかなこれは!?』
流暢な英語で喋る彼女が何を言っていたのかはわからないけど……3着という結果ながら、彼女はとても満足げに見えた。
確かに、熾烈な良いレースだった。満足感を覚えるのはわからなくもないかな。
……まぁボクだったら、内心悔しさで爆発してそうなものだけど。
ボクたちよりずっと余裕なさげにへたり込む、ミホノブルボン。
「コンディション、レッド……けれど……確かに、ラーニング、完了」
疲労困憊の彼女は、しかしぐっと拳を握る様子からして、このレースで何かを掴んだんだろう。
……多分、堀野トレーナーの想定通りに。
怖い人だね、ホント。ボクを高めて、負かせてまで、あの子を育てようっていうんだから。
他の出走ウマ娘たちも、それぞれに悔しがったり、何かを掴んだような表情をしていたり……きっと、色んなものをこのレースから得ていた。
ボクもそうだ。
レースの中で掴んだ、領域を用いるあの感覚。
ボクの生来の走りと、作り出した走り。それを両立するアレは、ウィルムの超前傾姿勢、天星スパートへの有効な対策になるはずだ。
ボクたちは、誰かとの走りを通して、色んなものを得る。
達成、悔しさ、満足、後悔、技術、トラウマ、あるいはその昇華。
トレーニングを通して日々の成長を見せるレースはしかし、時に成長に繋がる推進力をくれるんだ。
……そして。
レースから何かを受け取るのは、ボクたちだけではない。
見上げれば、思わず驚いてしまう程の大歓声と拍手喝采が、豪雨のように叩き付けられる。
テイオー! テイオー! と、ボクの名を呼んでくれるファンの皆がそこにいた。
全身を震わせるそれに、自然、頬に微笑みが浮かぶ。
レースは、世界の中で繋がっている。
ファンの皆からもらった熱によって、ボクたちがより強く走り。
そのボクたちのレースを見て、ファンの皆の心に熱が灯るんだ。
一身に向けられる、慈しみと興奮と歓喜と希望と、そして夢。
それに応えるために、そして勝者に突き刺さる、あの子の熱い視線に応えるため……。
ボクは、宙に向かって腕を突き上げた。
見ててね、みんな。
大地を駆け、空を跳び。
トウカイテイオーは今度こそ、あの宙の星を越えてみせる。
これにてジャパンカップは終了。
本来領域のスキル化は、ドリームトロフィーで1年2年かけて習得するもの。
なんでテイオーができたのかと言えば、本来多少なりとも努力を怠るはずの最高級の天才が、星に目を焼かれて遮二無二努力を重ねたからです。
ウィルからテイオーが何をしたか聞かされた堀野君は、「いや1つできれば御の字であって、2つ、それも同時使用は全く以てこれっぽっちも想定してない……!」と頭を抱えたのだとか。
次回は一週間後。トレーナー視点で、人外魔境トゥインクルシリーズの話。
(追記)
誤字報告をいただき訂正させていただきました。
テイオー呼び名チェック、完全に忘れてたぁ……!