転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 流行りに乗って行く(なお半月遅れ)





見ていてね、トレーナーが何をするのか

 

 

 

 12月も中旬に入り、いよいよ年の瀬と有記念が迫りつつある、とある日。

 俺はウィルとブルボンの併走の様子を、データを取りながら眺めていた。

 

 最近はテイオーやネイチャ、ライスにソウリなど、他のウマ娘たちとトレーニングを共にすることが多かったが、今回のトレーニングは俺の陣営の2人きり。

 ジャパンカップが終了したことで、トウカイテイオー陣営と組んでいた共闘関係は満了。

 更に、これまで2年強の間、殆ど欠かすことなく足並みを揃えて来たナイスネイチャ陣営とも、今月は合同トレーニングを見送る予定だ。

 

 始まってからおおよそ3年間続く本格化。この期間中、基本的に後の方になればなる程、ウマ娘のステータスの上昇率は上がって行く。

 特に本格化3年目、シニア級1年の年末は、その勢いが凄まじい。ある意味では、ウマ娘にとって最も大切な瞬間と言っていいだろう。

 なので、変に他のウマ娘と併せてトレーニングメニューを妥協するのではなく、有も見据えつつその子の限界ギリギリまで追い切りした方が良かったりする。

 

 前世アプリでは、他のウマ娘と一緒にトレーニングさせることでステータス上昇が加算されたり、あるいは友情トレーニングというなんかよくわからんものが発動してステータスが大きく伸びたりした。

 結局この世界と前世アプリがどんな関係を持ってるかはわからんままだけど、結果から言うとこっちの世界でもそれは変わらず。

 他のウマ娘、特にライバルだとか友達だとか、ある程度意識している相手とトレーニングを行えば、一人で行うよりも大きく実力が伸びる……という統計がある。ソースは堀野家の歴史。

 

 だが、他の子とトレーニングをするということは、つまりはその両方のウマ娘に合う程度の負荷と方針のトレーニング法しか選べないということでもある。

 平時であれば有効にはなるが、有記念と本格化終盤に向けた極限ギリギリの追い切りメニューを組むとなれば、それは時に足枷にもなってしまうわけだ。

 

 このデメリットを回避しようと考えれば、併走相手にウィルに合わせてもらう他ない。

 勿論他の陣営のウマ娘にこれを頼むなんてことはできないので、自陣営のウマ娘に協力を要請するのが限界だ。

 そうなれば、その自陣営のウマ娘は後回しすることになるので、埋め合わせが必要になるが……その子も3年目の年末に最優先でメニューを組む約束をすることで、最終的にはアドバンテージの方が大きくなる計算。

 

 彼女たちはまだまだ頑是ない子供だ。理屈より感情を優先することも少なくはなく、通常であればその辺りの説得が難しかったりもするらしいが……。

 ブルボンはちゃんとデータを提示して理詰めでメリットを伝えれば納得してくれるので、その辺りは楽だった。物分かりの良い担当で本当に助かるよ。

 

 そんなこんなで、本日のトレーニングはウィルの追い切りと、そこにブルボンが可能な範囲で付き合う形。

 俺はグラウンドで折り畳み式の椅子に座り、ちらちらとトレーニングを見て、左手でストップウォッチを止めながら、右手では書類を処分していっているわけだ。

 マルチタスクも慣れたもの、トレーニングを見ながら仕事もできないようじゃ彼女たちのトレーナーは務まりはしない。

 

 

 

 そんなわけで、2人がスタートラインを通過したのを見てストップウォッチをポチリとしつつ、右手に持った担当たちのデータに目を通す。

 

「さて……ウィルの伸びは、やはり鈍化しているか。

 ステータスが1200を越えてからは、どんどん伸びにくくなっていってるな。まぁ、むしろその方が納得はできるが」

 

 勉強も運動も、というか万事そんなものだけど、物事の習熟っていうものはある程度までは簡単だが、そこから先に踏み込めば鈍化していくものだ。

 ちょっと頑張れば誰にだってできることなら、専門的な仕事(プロフェッショナル)とは呼ばれない。そこから先は、ほんの少しずつの小さな成長を積み上げていくしかない。

 圧倒的な才能か、それとも圧倒的な努力。どちらかがなければ、おおよそその領分には辿り着けないだろう。そして辿り着いたとして、そこからの成長は加速度的に鈍化していく。

 だからこそ、ウマ娘のG1レースなんかではウマ娘それぞれの実力に差が生まれ辛く、ほんの少しの差がレースの結果を変えるような熾烈なものになりやすいわけだ。

 

 そういう意味で、もはや全てのステータスが余裕で1200を越えてしまったウィルの成長が鈍化しているのは、納得感のある話で……。

 それでも、本格化終盤ってこともあってか、かなり伸びてはいるんだけどね。

 

 ……いや、むしろ逆か?

 なんで皆の最高ステータスが1000とか1100くらいの中、ウィルは1500とかに踏み込んでるんだって話だけど……。

 まぁ、ウィルだからな。俺の愛バは最強なので、最強なのは仕方ない話。

 

 

 

「一方でブルボンは……ジャパンカップ以来、伸び方が一回り上がったか」

 

 俺や昌、ウィルが願っていたように、ブルボンは先日のジャパンカップで何かしらを掴んでくれたらしい。

 

 あの子は契約した時点で、クラシック三冠のみを目標としていた。

 もっと言えば、それしか見えていなかったんだ。

 幼い頃に抱いた夢であり、あるいは妄執とすら言えたかもしれないそれは、彼女にとって無二の推進力であると同時、それを達成した後にモチベーションを持っていないことも意味していた。

 

 であれば彼女のトレーナーとして考えるべきは、クラシック三冠獲得は当然として、むしろ肝要なのはそこから先だ。

 彼女が自らの走りに、誰かとのレースに、楽しさを見出してくれるか。

 それが俺にとっての課題であり挑戦であり、果たすべきトレーナーとしての役目だったわけだが……。

 どうやらそれも叶ったようで、何よりだ。

 

 その波のような熱を殺すのではなく乗りこなし、その上で走り切るだけの身体能力を獲得して、彼女の掛かり癖はある意味では克服された。

 

 先日のジャパンカップでは、本当にギリギリではあるものの、しかしその実力を遺憾なく発揮したと言っていいだろう。

 その上で負けたのだから、そこにはもはや言い訳の余地がない。

 

 彼女は、確かに劣っていた。

 トウカイテイオーという最強の一角に、ブルボンは敵うことなく……。

 決定的に負けている。その背を追うことしかできない。

 

 そんな状況だからこそ、ブルボンは見出したのだろう。

 

 誰かの背を追うという状況。

 それは見方によっては、言うならば彼女の果てぬ闘走本能を肯定できる環境とも言える。

 

 そこに……彼女はモチベーションを見出した。

 きっといつか、その背を越えるという決意を。

 きっといつか、「楽しさ」と定義できる感情を。

 

 

 

「……よし」

 

 思わず、口角を緩めて頷いてしまう。

 ウィルやブルボンの成長もそうだが……順調に進んでいる現状に。

 

 去年は大概やらかしまくって涙目顔真っ赤だった俺のトレーナーライフではあるが、今年に入ってからはおおよそ順調と言う他なかった。

 

 ウィルは……大阪杯ではやらかしたけど、その後は順調にレースを楽しみながら研鑽を積めている。

 ブルボンに至っては、世間的にはジャパンカップで黒星が付いたことを残念がる声こそ多いが、俺としてはベストのルートを通ったと認識している。

 ついでに言えば、個人的な交友関係としても、俺はウィルやブルボンと理想と言っていい関係を維持できていると認識していた。……いや、ウィルの方は若干距離感近いかもしれんけども。

 

 事務や業務の意味でも、1年を通してこれといったミスはなく、十全に熟せている。

 学術、研究方面でも、そこそこの数の論文や研究結果を出して、世間的にも多少は認められているらしい。

 

 うん。今年一年は、おおよそケチも付けられないくらいの結果を残せた、かな。

 要領の悪い俺でも、こうしてきちんと結果を残せたというのが……なんというか、本当に嬉しい。

 

「本懐……かな」

 

 この世界に生まれた時。俺は、今度こそ、何者かになりたいと願った。

 前世では中途半端だったから失敗した。幼少期から徹底的に研鑽を積み重ねれば、誰かを助けられるような何かを為せるのではないか、と。

 ……今思うと、なんで俺はこんなに人を助けることに固執していたんだろうと首を傾げてしまうが。もう忘れてしまった前世の小学生時代までに何かあったんだったか……?

 

 と、それはともかくだ。

 当時から抱いていた俺の願いは、この3年で叶ったと言っていいだろう。

 ホシノウィルムにミホノブルボン。二人の三冠ウマ娘を輩出したとなれば……そしてウィルやブルボンという少女たちを助けられたというのなら、十分に納得できる範囲。

 

 そして、新しく見つけ出した新たな生き方である、「俺らしいトレーナー」。

 その面で見ても、この1年の働きは、我ながら及第点を越えていたと思う。

 春シニアとか三冠とかの実績面はさておき、何より彼女たちの心に真摯に寄り添えたと自負してる。

 2人のパートナーとして、悪くない働きだったはずだ。……きっと。

 

 

 

 そんなわけで、「いやーこの一年頑張ったなー、最後までしっかり気合を入れてやりきって、来年もしっかり担当を支えていくぞー」とか思いつつ。

 ウィルたちの状態やタイム、表情の所感とか、そういうのを色々観察したり書いたりしていたんだが……。

 

「ん」

 

 懐から、プルルと着信音。

 

 この音は……。

 

「理事長?」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 中央トレセン学園の理事長と言えば、そこそこ有名人物である。

 

 秋川やよい。

 おおよそあらゆるトレーナーと学生たちに好かれているだろう、この学園のちびっこ理事長だ。

 

 身長は低く──流石に145センチのウィルよりは幾分か高いが──あどけない顔立ちで、実際その年齢は女性というより少女と言った方が近いもの。

 余りに若すぎるようにも思えるが、しかしその経営手腕は確かなもので、ウマ娘のためとあらば私財を投じてガンガン革新的な策を打ち出す革新的な人でもある。

 彼女は理事長になってから、勿論失敗がなかったわけではないが、今や有記念と並んで人気のあるURAファイナルズの創設を筆頭に、既に多くの実績を残して来ている。

 

 性格面で言っても、非の打ち所がない……とまでは流石に言えないが。

 明るく前向きで気前が良く、何よりウマ娘やトレーナーを一番に考えてくれるその在り方は、多くの人に好感を与えるに足るだろう。

 

 勿論俺個人としても、年齢云々に関係なく、秋川理事長には好感と尊敬の念を抱いている。

 なにせあの人は俺の理想、その完成形に近しい人だからな。

 

 堀野のトレーナーとしての喜捨。

 俺の理想像に近い距離感と配慮。

 そして何より、凄まじいまでの情熱と……ウマ娘への、愛。

 

 秋川理事長という人は、それらを適切なバランスで持ち合わせているのである。

 俺が前世も合わせれば50年くらいできてなかったことを、たったの15年強で為せているのだから、これはもうリスペクト以外にないだろう。

 

 そして、そう考えるのは俺だけではない。

 多くのトレーナーが、というかおおよそ全てのトレーナーが、彼女には少なからぬ敬意を表している。

 フレンドリーで天然気味な人なので、表向きには軽く接することもあるが、彼女が困るようなことがあればトレセンのトレーナーの誰もが手を差し伸べるだろう。

 

 

 

 で。

 俺はそんな理事長に呼び出され、理事長室のソファに座らされた。

 

「陳謝! 急に呼びつけてしまってすまないな、堀野歩トレーナー!

 それも、私が個人的に話をしたいという理由だ。この忙しい時期に何を、と思われても仕方がない」

 

 我らがちびっこ理事長たる秋川やよい女史は、そう言いながらも笑みを絶やさず、俺の対面に座った。

 いやしかし、改めて見ても美少女だなー理事長。髪も栗毛と言われれば納得できるような色だし、まるでウマ娘みたいだぁ……。

 

「いえ、こちらも危急の用事はありませんでしたので、問題ありません。

 それに、理事長からは多くの学びを頂けますので、私個人としても、話をするのに否はありません」

「それがホシノウィルムやミホノブルボン、未来の担当ウマ娘の育成に役立つから、かね?」

 

 要するに、「大事なのは担当で、自分のことなどどうでもいいのか?」と言外に聞いて来ているわけだが……。

 そのふざけた口調の問いかけに、俺は即座に頷いた。

 

「ええ、勿論。全てはトレーナー業のため、ウマ娘のためですから」

「うむ、素晴らしい! 君はそのまま、その調子で励んでくれたまえ!」

 

 機嫌良さそうに笑い、「重畳!」と書いてある扇子を拡げる理事長。

 いつも思うけど、一体いくつの扇子を持っているんだろうか、理事長。この3年間で「歓喜!」やら「見事!」やら、20種類程度はこういうの見て来たんだけども。

 

 まぁ、そういうちょっと変わったセンス(扇子だけに)の持ち主ではあるが……。

 ひとえに彼女のウマ娘への愛は疑うべくもない。

 

 俺が、自らの担当のためならばどのようなことでもしようと思っているように、秋川理事長もまた、ウマ娘の明るい未来のためならば喜んで事を起こす人間だ。

 そうでなくては、私財を投じて超大規模レースを興行などするわけもないしね。

 

 俺だってこの人と4年も付き合っているわけで、そうなれば多少の気安さというか、互いの距離感や在り方への理解も生まれるわけで。

 ここ1年は特に、俺も理事長に対して、そこそこ砕けた態度で接していた。

 勿論上司として、尊敬できる人としての敬意を忘れたわけじゃないけど……彼女自身も、これくらいの関係を望んでいるように思えたのだ。

 

 

 

 さて、そんな秋川理事長は持っていた「重畳」の扇子を懐へと仕舞い、今度は無地の扇子を取り出して拡げ、話を続けて来る。

 ……それ、わざわざ切り替える必要あったんだろうか?

 

「自分で言うのもなんだが、私もここ最近は……というかここ3年は、とても忙しかった! 勿論不快ではない、むしろ本望と言えるものだったがな!」

「ご迷惑をおかけしました。色々と便宜を図ってくださったこと、改めて感謝します」

 

 俺がそう返すと、秋川理事長は僅かに目を細めた。

 

「……いいや。むしろ私としては、配慮が足りなかったことを謝罪したいくらいだ、堀野歩トレーナー」

 

 そう言って、彼女は少し考え込むように扇子で口元を隠し、視線を落とす。

 

 ……はて? 配慮が足りないことなどあっただろうか?

 秋川理事長にはこの1年半、ウィルが人気になり始めてからは、それはもうお世話になった。

 本来は俺個人でこなすべき仕事を特別に事務方に回してもらったり、ウィルに回す案件に関しても大幅にわがままを聞いてもらったりしてきたんだ。

 感謝こそすれ、謝られるような覚えはないが……。

 

 

 

 首を傾げる俺に対し、理事長は一度紅茶を口に含み、語り始める。

 

「憶えているかね。私が3年前、君に担当を持つことを許したのを」

「勿論。私にとって、全ての始まりのようなものですから」

 

 本来新人トレーナーは、サブトレーナーや教官を経てウマ娘の育成に慣れ、そこから契約トレーナーとして担当を持つことを許されるのだが……。

 俺は例外的に、トレーナーとしての研修を終え、勤務を始めた初年度から担当を持つことを許された。

 堀野のトレーナー……というより、理事長から個人的に過分な評価をいただけたらしい結果だ。

 

「それについても、堀野トレーナーには多くの迷惑をかけたと思う。不慣れが故に、業務においては多くの労力を伴っただろう」

「いえ、むしろ勉強になりました。私は浅学菲才の身、多くの苦難がなければ成長できないので」

「……菲才についてはさておき、君が浅学であれば、この世に碩学の人間はいなくなると思うがな。

 聞いたぞ、また論文が掲載されたらしいじゃないか。そういったことは事前に話を通して……いいや、君個人としての行動ならば止めようはないが」

 

 苦笑する理事長は、一度咳払いをして表情を整え、話を戻す。

 

「いつか言ったように、君に早く担当を持たせたのは、私たちの期待が故だった。

 当時の君の成績は周囲から群を抜いて優れていたし、その献身の度合いも……少々行き過ぎてこそいたが、トレーナーとしての実務だけを見れば必要十分を超えていた。

 堀野家との関係や配慮云々などなく、君は個人として傑出していたよ」

「恐縮です」

 

 正直、競走ウマ娘ホシノウィルムではなく、俺個人へ向けられる評価や褒め言葉は、どう受け取っていいか未だに悩むところがあるんだが……。

 昌から「そういうのは素直に受け取ってすっと受け流すの!! 家で散々教えられたでしょ!?」と言われまくるので、最近はちょっと意識している。 

 自信ありげに振舞うのって難しいなぁ……。

 

 ぺこりと頭を下げた俺に、しかし理事長は視線をふいと虚空に投げた。

 

「……だが、君に特例的な処置をしたのは、何もそれだけが理由ではなかった。

 むしろ私がそれを提案したのは、他の懸念からだったんだ」

「といいますと」

「私が……君に、危うさを感じたからだ」

「?」

 

 はて、危うさとな。

 ……いやまぁ、流石に自覚はあるが。

 

 俺は、なんというか、そこそこストイックな方なのだろうな。

 才能がない。要領が良くない。普通の人間はそれを自覚すると、諦めてしまうことがある、らしい。

 が、俺にとって自らの才能の欠如は当然のことであり、肝要なのはその上でどこまで努力して実力を伸ばせるか、だ。

 努力を怠ることなどあってはならない。俺は人一倍も人二倍も努力しなくては、人並みに至れない。

 

 まぁ今となっては、人並みとかは割とどうでもよくなってきたけどね。

 今の俺にあるのは、とにかく担当ウマ娘たちを支え、共に走れるだけの実力を持ちたい、彼女たちに釣り合うだけの人間になりたいという想いだけだ。

 

 ……しかし、それはウィルからもらった変化だ。トレセンに入った当時はそうでもなかったわけで。

 トレーナーになるためにめちゃくちゃ必死だったというか……ぶっちゃけトレーナーになってからどうするとかのビジョンがあまり見えてなかったと思う。

 

「トレーナー試験の面接で、私は君に問うた。『トレーナーをするにあたって最も大切なことは何か』と。

 それに対し、君は何と答えた?」

「『我を殺すこと』……でしたか」

「ああ、そうだったな。私は、あの時の君の目を見、答えを聞いて、危うく思ったのだ」

 

 それは、堀野のトレーナーとしての在り方。

 自らの欲や個人的な感情を排除し、一つの歯車のようにウマ娘を育成する。

 我を捨て、誰かのために生きるという、ある種の理想の姿だ。

 

 入学時点の俺は……ウィルいう愛バに脳を焼かれる前の俺は、それこそが自分の歩くべき道だと信じ疑っていなかった。

 今となっては懐かしい気もするな。たったの4年前なんだが。

 

「当時から、君の能力は確かだった。私の振った話題や例え話に、君は一切の動揺なくおおよその正解を答え続けた。

 40年前のマイナーなG3レースについてさえ話せるような人間はトレセンにも少ないし、ソエに陥ったウマ娘への対処も極めて具体的かつ最新の知識を持っていることを窺わせた。

 君自身がどう思おうと、君は最初から、極めて優れた能力を持っていたよ」

「……なんというか、ここまでの評価を受けるのは、少し気恥ずかしいといいますか」

「これは我々の君への公正な評価だ。謹んで受け取りたまえ!」

 

 

 

 そこまで言って、不意に、秋川理事長の視線の温度が変わる。

 この感じは……憐憫、いや、心配?

 

「……ただし。私は、君が良いトレーナーになれるかは、わからなかった」

 

 なるほど。

 能力はあっても、良いトレーナーになれるとは限らない。これは当然のことだ。

 なにせ俺たちトレーナーは、担当の私生活を支え、メンタルも管理する。

 要するに性格・人格面でも優れていなければ、年若い彼女たちを支えるには至らない。

 

 ……と、そういう意味かと思ったんだが。

 どうやら理事長が言いたいのは、そういうことではなかったらしい。

 

「当時の君には、欠けているものがあった。何かわかるか?」

「経験と自信。誰かから向けられる感情への自覚。客観的に自らを見ること、休むことの重要性の軽視。スケジューリングの余裕のなさと、自身と他者の能力の比較の甘さ。それから……」

「いや、待て、待ってほしい。そうではなく……いや、きちんと自身に足りなかったものを客観視しているのはとても良いことだが、そうではなく」

 

 理事長は閉じた扇子で呆れたように頭を突き、気を取り直すように言い直す。

 

「……そうだな。では、今、改めて聞こう。

 今の君は、ウマ娘のトレーナーをする上で、最も大切なものは何と考える?」

「愛ですね」

 

 即答した。

 

 俺はもう、堀野のトレーナーではない。

 目指すのは、俺自身の抱いた理想像であり……それにとって最も肝要なのは、そう、一言で言えば愛だ。

 

 ウマ娘とそのレースを愛するからこそ、俺たちはトレーナーというトンデモブラックワークに専念できる。どこまでも彼女たちに寄り添い、共に走ることができる。

 逆に言えば、それを忘れてしまえば、それこそここに来た直後の俺のようにブレブレのゆらゆらになりかねないと……。

 

 ……ああ、なるほど。

 

「当時の俺には、それがなかった、と」

「もっと正確に言えば、君の根底にそれはあるように思えたが……それを忘れているように、私には思えた」

 

 慧眼が過ぎる、と俺は思わず苦笑を浮かべた。

 

 当時の俺は、とにかく誰かの役に立ちたいと、そればかり考えていたような気がするが……。

 その道として、トレーナーを選んだのは、何故だったか。

 

 トレーナーの名家に生まれたとはいえ、堀野は現代的で比較的緩い家風。強く主張すれば、兄さんと同じように他の道に進むことはできただろう。

 しかし、俺にはトレーナー以外の道は考えられなかった。

 家に蓄積されていたハウツーや教育体制の厚さも、勿論その理由ではあったが……。

 

 何よりも、きっと俺は、無意識的にそれに関わりたかったのだ。

 幼い頃に見たレースに、ウマ娘たちの熾烈極める本懐に、とっくのとうに脳を焼かれていたのだろう。

 

「君がその原動力を思い出すことができれば、堀野歩はきっと優れたトレーナーになれるだろう。

 けれどそれまでに、君が自らの義務感に潰されてしまうかもしれない。あるいは持っていた純粋な想いが歪んでしまうかもしれない。

 手遅れになる。……それを、私は恐れた。

 故に、少しでも早く君に担当を持たせ、ウマ娘と関わり、思い出してほしかったんだ」

 

 そう語った彼女の表情は……まるで、愛しい我が子を想う親のようだった。

 俺の方が、ずっと年上のはずなんだけどな。

 

 

 

 

「夢見人、ですね。相変わらず」

 

 彼女は当然、俺が転生者であることなど知らない。

 4年前の俺は、あくまで毎年何十人と現れるトレーナー候補生の一人に過ぎなかったはずだ。

 

 そんな一個人に目を付け、守り育てるために、きっと出ただろう多くの反対を押し切ってまで、異例の采配を通したのだ。

 博打にも等しい……いいや、それよりもっとアタリの確率の低い勝負だっただろうに、彼女はそれに賭け。

 そうして、「競走ウマ娘ホシノウィルム」という一等星を勝ち取った。

 

 夢見がちだし、酔狂な人だ。

 しかし同時、極めて有能で、見る目に優れた人でもある。

 そんな人だからこそ、俺は何の心配もなく、この人の部下をやっていけるんだが。

 

「そうだな。私はウマ娘に……『競走ウマ娘』たちに、幸せであって欲しいと思っている。

 そのためには、良きトレーナーの協力が必要であり……それが生まれる環境を構築し維持するのもまた、我々トレセン学園理事会の役割だと思っている。

 トゥインクルシリーズとドリームトロフィーリーグ。2つの夢の世界を見続けるためなら、私はどれだけでも努力しようとも!」

 

 そう言って、彼女は「奮起!」と書かれた扇子を広げ、笑った。

 

 本当に……信じられないな。

 こんな立派な、誰かの上に立ち導ける人が、弱冠10歳後半。ウィルとそう年齢が変わらないとは。

 

 シンボリルドルフも達観したところがあったが……秋川理事長はそれ以上かもしれない。

 勿論、それだけが彼女の全てではないだろうが、それでもそう繕える時点で素晴らしいと言う他ない。

 

 ここまで理想的な上司はそう得られるものじゃない。ソースは前世の社会人経験。

 本当に俺、人の運だけは、とてつもなく良いよな。

 

 

 

「君はこの3年間で、大きく変わった。変わってくれた」

「良い方に、でしょうか?」

 

 冗談めかして言うと、秋川理事長はからからと気持ち良く笑ってくれる。

 

「勿論だ!

 当時君にあった影は少しずつ薄れ、そしてホシノウィルムが、君に最も大切なものを取り戻させた。

 君はもはや、我々トレセン学園に、そして何より競走世界になくてはならない人材となってくれた。果てには、おおよそ最短最速で最高の功績を挙げてくれたのだ!

 改めて、深く感謝するぞ、堀野トレーナー!」

 

 真摯な言葉と共に、彼女はぺこりと頭をさげた。

 それに従って、何故かいつも被っている帽子がズレかけ、「おっとと!」と言って慌てて支え直している。

 

 ……お褒めの言葉は有り難いが、ここまで褒め殺されると流石に居心地が悪くなってくるな。

 俺は肩をすくめ、苦笑に歪んだ口を開く。

 

「……まあその結果、私とウィルのせいで、皆さんにはとんでもない負担をかけてしまっていますが」

「まあそれはそうだな! ふっふっふ、正直に言うと、君たちがここまでやるとは流石に想像していなかった!

 おかげで私たちは連日連夜書類仕事、たづななんてここ半年ずっと『腰が痛い、疲れが取れない』と嘆いていたからな。君からも労わってやってくれ!

 ちなみに私も今日は二徹目だ! わっはっは! 倒れそう!」

「いや本当にご迷惑をおかけします……」

 

 この3年の月日は、俺のことも、ウィルのことも、世界のことも、大きく変えてくれた。良くも悪くもね。

 競走界隈の盛り上がりに応じて、俺たちは膨大な量の仕事に追われ、だいぶ死ぬような想いをしている。

 

 だが、それでも……。

 

「トレセン学園理事長として、これ以上なく本望だ! 君もそうだろう?」

「ええ。契約トレーナーとして、これ以上なく本望です」

 

 頷き合う俺たちは、互いに笑っていた。

 

 

 







 3年間で一番変わったのはウィルのキャラと堀野君の意識だと思います。コイツらほんとに同一人物か?



 次回は一週間以内。ホシノウィルムの視点で、日本と世界の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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