転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 ウィルの視点で、有記念、プロローグ。





星が3つ、来るぞ有マ!

 

 

 

 時は待たない。すべてを等しく、終わりへと運んでいく。

 私が前世で大好きだったとあるゲームの、冒頭の一文だ。

 

 これはまさしくその通りで、時っていうのは川の水の流れみたいなもの。

 私たちを待ってはくれず、止められもしない。頑張って堤防を作って堰き止めたりしたって、すぐに壊れて鉄砲水になるのがオチだろう。

 

 才能や血統が強くバランスを歪める競走ウマ娘の世界で、どうしたって平等ではない私たちにとって、唯一公平なのがこの時間だ。

 本格化は3年間。それは才能や体質に関わらず常に一定で、原則として変動しない。

 この限られた時間をどう使うかはウマ娘次第。程々に走りながら青春を楽しむのも良し、むしろ青春に3年を費やすも良し……。

 そして勿論、私たちのように、最後の最後まで走りに賭すのも良しである。

 

 そう。今日はついに、待ちに待った12月27日。

 私ことホシノウィルムの本格化は、もはや僅かを残すばかりとなり……。

 

 私のシニア級1年、最後のレースの日がやってきた。

 

 

 

「最終確認を始める」

 

 競走ウマ娘用の控室に響く、緊張と同時、仄かな自信が滲むようになった声。

 歩さんのそれを聞くと、いよいよ本番が始まるっていう実感が湧いてくる。

 

 勿論、こうして朝から昌さんの運転する車で中山レース場に来たり、関係者用の通路から控室に入った時だって「ああ、レースの日だなぁ」って思わされるんだけど……。

 やっぱり私たちにとって、トレーナーの声は特別なものなんだよね。

 

 私の隣にいるブルボンちゃんも、きっとそうだろう。

 ちらりと横目を向けて見れば、彼女はやはり無表情だけど、少しだけそこにやる気が窺えた。

 彼女も私と同じ、歩さんのウマ娘だし……何より最近は、ぶっちゃけ歩さんに向ける目線にアレな感じも混ざり始めたし。

 

 私としては、共感しつつも恐れるばかりだ。

 中等部2年とは思えないくらい豊満な体に、すごく素直で天然っていう可愛らしい特性、そして溢れ出る尊敬と好意。男性から見て、彼女はとんでもなく魅力的だろう。ソースは前世のオタク知識。

 私はここしばらく、彼女を後輩として可愛がればいいのか、恋敵としてバチバチに意識すればいいのか、よくわかんなくなりつつある。

 

 

 

 ともあれだ。

 今日に限って、私と彼女の関係は、後輩でもなければ恋敵でもない。

 

 ただ2人の競走ウマ娘。

 即ち、ライバルだ。

 

「体調」

「バッチリです!」

「シグナル:グリーン」

 

「精神状態」

「気分爽快!」

「シグナル:グリーン」

 

「違和感」

「なし!」

「検出数、ゼロ」

 

「作戦」

「暗唱できます!」

「インプット完了、最終チェック突破」

 

 歩さんの確認に、私たちはそれぞれ応えていく。

 

 ここまでの歩さんの育成プランは、相も変わらず完璧だった。

 結局、私もブルボンちゃんも、この1年を通して事故っていう事故も目立った故障も起こさなかった。

 ……いや、大阪杯のアレなんかはある意味じゃ事故だったけども、アレは私が勝手をした結果だし除外で。

 

 脚への負荷を見越してクールダウンさせたり、休ませたり。

 精神状態を見てお休みを挟んだり、一緒にお出かけをして贅沢させてくれたり。

 彼はあらゆる方向から公私問わず、担当ウマ娘をこれ以上なく支えてくれてる。

 

 だからこそ私たちも、その奉仕にも等しいサポートに応えるために頑張りたいと思えるし……。

 レース当日に調子を崩すことなんて、絶対に在り得ないわけだ。

 

「良し」

 

 やる気満々の私たちを見て一つ頷き、歩さんはゆっくりと私たちの方へ手を伸ばす。

 拒もうと思えば簡単に払い除けられる速度と猶予。それは私たちに許された自由と彼の気遣いであり……。

 当然ながら、私もブルボンちゃんも、そんなことをするわけもない。

 

 彼の手を待つ私たちの頭に、大きな手が乗せられ……温かな感触が、柔らかく私たちを撫でる。

 

 誰よりも私たちを見て、支え、そして好いてくれる人の手。

 それが心地よくないはずもなく、私は思わず、結んだ唇を緩めてしまう。

 

 史上最強のホシノウィルムが、今更有記念程度で調子を崩すわけもなし。

 先程までのやり取りやこれからの言葉も含めて、これはある種のルーチン、お決まりの行動だった。

 

「君たちの懸命な努力を、自らの時間を賭した研鑽を、誰より俺たちが見て来た。

 だからこそ言おう。この有記念という大舞台に、けれど君たちは物怖じをする必要もなければ、殊更に虚勢を張る必要もまたない」

 

 あるいは、私との初めての公式レースに緊張しているかもしれないブルボンちゃんを鼓舞すると同時……。

 その言葉は、私に向けられたものでもある。

 

「もはやお決まりの文句だが、俺から言えることは変わらない。

 いつもと変わらず、ただ君たちらしく走れ。そして……この一生に一度きりのレースを、誰より楽しめ」

 

 結局のところ、我らが歩さん陣営の共通意識はそれただ一つ。

 

 最優先目標は勝つことではなく、レースを楽しむこと。

 

 それは、出会った頃の彼がウマ娘に望んでいたことと似ていて、けれど決定的に違う。

 ホシノウィルムと共に3年間を走り抜けた堀野歩の出した、世界でただ一つ、彼だけの答えだった。

 

 その言葉には、彼の願いには、私たちが共に在った過去と記憶の全てが詰まってる。

 だから……私は、満面の笑みを浮かべてしまうのだ。

 少しでも、人生を走る彼の手助けをできただろうかと。

 ホシノウィルムは、彼の隣を走るに足るウマ娘だったのかなと、そう思えて。

 

「行ってらっしゃい、ウィル、ブルボン」

「2人の無事な帰りを待っています」

「はい!」

「了解しました。ミホノブルボン、出動します」

 

 この年最後の日曜日、緊迫と肌寒さに満ちた空気が漂う昼下がり。

 昌さんも含めて、4人で交わした言葉と共に、私たちは決戦の舞台に向かう。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 中山レース場、その地下バ道を歩きながら、私は隣を歩くウマ娘と言葉を交わした。

 

「ようやくこの時が来たね」

「はい」

 

 誰かと待ち合わせたわけでもない今回、私が一緒に歩くのは、控室を出た時のまま一緒のブルボンちゃん。

 実に1年半もの長い付き合いになる可愛い可愛い後輩ちゃんであり、私のライバル足り得る優駿にまで成長したウマ娘でもある。

 

 彼女はコツリコツリと蹄鉄を打ち付けながら、前方に視線を向け……思い出したように言う。

 

「……ありがとうございました、ホシノウィルム先輩」

「ん? 何の感謝?」

 

 やや唐突な言葉に小首を傾げていると、彼女はこちらを見下ろしてきた。

 

 先輩としてお恥ずかしいことではあるけど、私はブルボンちゃんよりも15センチ程身長が低い。

 だから彼女が私に目線を合わせようとすると、自然と下を見る必要があるわけだけど……。

 

 ……しかし、彼女の瞳に、私を侮るような雰囲気などある筈もなく。

 そこにあったのは、私を上に認め、深い感謝の念を込めた瞳だ。

 

「マスターと引き合わせてくださったこと。私と共に走ってくださったこと。そしてこれから共に走ってくださること。そして何より、私に、新たな目標と使命をくださったことに。

 私がここに在れるのは、ホシノウィルム先輩のおかげです。故に改めて、深く感謝を」

 

 真摯な言葉に、成程と頷く。

 彼女の視点からだと、これまでのことはそう見えていたのだろう。

 

 確かに、私が彼女の道筋を舗装したという側面はある。

 彼女に歩さんを紹介したのも引き合わせたのも最終的には私で、手前味噌な話だけどトレーニングを共にしたことで成長を手伝ったこともあり、そして彼女の新たな目標もまたホシノウィルムだった。

 

 ある意味じゃ、ブルボンちゃんは私と歩さんで育てたと言っても過言ではないだろう。

 ……ブルボンちゃんは私たちの第一子だった? こんな可愛い女の子なら娘に不足などあるわけもないし、いやでももう少し歩さんと2人きりの幸せ生活を……。

 

 とまぁ、ふざけるのはここまでにして。

 

 しかしそんな状況ではあれど、私に彼女を育てたという自負があるかと言えば、それは否だ。

 彼女が今ここにいるのは私のおかげかって? それは図に乗り過ぎってものでしょう。

 

「感謝の気持ちは嬉しいよ、こちらこそありがとうね。

 でも……私はブルボンちゃんを手伝いこそしたけど、必死に走って追いかけて来たのはブルボンちゃん自身。

 歩さんを説き伏せるように囲い込んだのもブルボンちゃんで、私との厳しめなトレーニングに付いて来れたのもブルボンちゃんで、私を目指して走ったのもブルボンちゃんだ。

 私がどれだけ道を示そうと、君が脚を動かさなきゃ、君はここにはいられなかった」

 

 結局のところ、どれだけ他人が干渉しようと、努力するのは本人だ。

 特にブルボンちゃんなんて、血統っていう大きいらしい壁を不断の努力によって乗り越えたんだもん、そこで賞賛されるべきは私ではないだろう。

 

「ここに辿り着いたのは君で、それは君が頑張って来たからだよ。

 ブルボンちゃん。君はもう、誰かに手を引かれなくたって自分の脚で歩いて行ける、一人前のウマ娘だ」

 

 背伸びをして、頑張ってブルボンちゃんの頭を撫でる。

 可愛い後輩の頑張りを讃えるように。

 そして……これから走って行くこの子へのエールとなるように。

 

 愛を込めて、彼女に言葉を投げかけた。

 

「私も、色んな人やウマ娘の世話になって、けど自分の脚で走って来た。今のブルボンちゃんと同じようにね。

 そうして受け継いできたものを、君やライスちゃん、ソウリちゃんたちに託したつもりだよ。

 だから次は、君の番。ミホノブルボンが、受け継いだその熱を誰かにもたらす番だ」

「私の……番」

 

 実感が湧かないんだろう、どこかぼんやりとした表情のブルボンちゃんだけど……。

 ま、彼女程の優駿が、運命にぶつからないわけもないだろう。

 

「きっと、君の助力を必要とするウマ娘が現れる。

 それは新世代の三冠ウマ娘かもしれないし、あるいはそのライバルかもしれない。もしくはその2人に追い縋る主人公みたいな子かもしれない」

 

 私と、テイオーと、ネイチャ。

 ブルボンちゃんと、ライスちゃんと、ソウリちゃん。

 

 まるで歴史が繰り返すように、あるいは私たちの熱が引き継がれるように、新たなウマ娘が現れたんだ。

 それなら来年も、あるいは再来年も、同じように色んな子が現れて来たっておかしくない。

 そしてその時彼女たちを助けるのは、ロートルの私たちじゃなくて、ブルボンちゃんたちになるだろう。

 

 歴史の潮流。時代の移り変わり。

 自分が取り残されてるっていうのに、誰かにバトンを繋げて長い長い歴史の一部になれたことが、なんとも誇らしく感じる。

 

 あるいは、ウマ娘はそうやって、未来に意志を継いでいくことこそ本懐なのかも、と。

 そんなことが、ぼんやりと思い浮かんだ。

 

「君にできる範囲で、そんな未来の優駿たちに協力してあげてね。それがきっと、君自身をもっと速くしてくれるはずだから。ソースは私」

 

 ドヤ顔で自分の薄い胸に親指を突き立てる私に、ブルボンちゃんは神妙な顔で頷いた。

 

「……了解しました。それが先輩のくださる、新たな道標ならば」

「そういうわけでもないけど……いや、それでいいか」

 

 歩くのはあくまで自分だけど、私だってさんざん先輩に道を示してもらったもんね。

 

 ミーク先輩には、日々の癒しと後進への願いを。

 スカイ先輩には、途方もない高さの壁と激情を。

 マックイーンさんには、優駿と競い合う環境の常態化を。

 そして……スペ先輩には、この世界を受け入れ、信じることを。

 

 多くを教わった。多くを学んできた。

 そうしてくれた誰も彼も、私にとっては尊敬に値するライバルであり、なおかつこの上ない感謝を向けるに能う人たちで。

 

「まず、今日はその第一歩だ、ブルボンちゃん。

 いつか誰かが憧れる走りと背中を……今からのレースで、私たちとの戦いの中で、見せてみな」

「はい、ウィルム先輩」

 

 こくりと頷くブルボンちゃんから……私も、そう見えていればいいなと。

 そう思うのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 カッ、と。

 地下バ道を抜けた私たちの視界は、眩い日光に焼かれることになる。

 ゆっくりと強烈な光に慣れていく視界の先には、青々しいターフと、凄まじい観客の大歓声、そして真っ白な太陽の輝く青空が広がっている。

 昼下がりの中山レース場で行われる今年の有記念は、幸いなことに晴れ渡った晴天の見下ろす中での開催となった。

 

 ターフの上に広がるのは、どこか静謐に感じるピンと張った、けれど同時膨大な熱を孕んだ空気。

 そしてそれを取り巻くのが、衆人の大歓声と熱視線。

 バ場状態も良バ場で、出走予定ウマ娘のやむにやまれぬ回避もなし。

 まさしく理想的な状況での決戦と相成った。

 

 ……とはいえ。

 この環境は、私ことホシノウィルムにとっても理想的というわけではない。

 

 そう、とても気持ちの良いこの状況の瑕疵を一つ上げるのなら……。

 なんとも心地良く澄み渡った、雲一つない日本晴れである。

 

「ふふ……」

 

 余裕の笑みを顔に貼り付けて空を仰ぎながら、まずいなー、と内心で苦笑を零す。

 

 基本的に、晴天というのは競走日和な天候だ。

 単純にぬかるんだ悪路より素の芝の方が走りやすいのは勿論、雨粒は体力を消耗させるし、コーナリングなんかも転倒とか遠心力にもっと注意しなきゃいけない。

 

 私だって、大雨の中を走るよりは──そっちもそっちで趣があるってものだけど──温かな太陽の下走りたいって気持ちはある。

 が……生憎と、私は星より熱を受けて走るウマ娘であり、別に太陽とは相性が良いってわけでもなく。

 一方で、その加護をこれ以上なく受けて走るウマ娘が、今回のレースに出走予定なのだ。

 

 軽く視線を巡らせば、お互いのそれがカチリと合わさる。

 私の最かわで最高の先輩が、小さく唇を歪め、笑った。

 

 

 

 ──返してもらいます。

 

 

 

 想いが、言葉を介することもなく伝わってくる。

 伊達に3年の付き合いじゃない。言葉少なな先輩の意図を汲み取るなんて慣れたものなのだ。

 

 ……思えば、先輩と知り合ったのはトレセンに来た初日のこと。つまるところ、歩さんよりも前だ。

 今私が付き合いを続けている相手の中では、最も長い付き合い。以心伝心なんてできてなんぼである。

 

 なので……。

 

 ──最強は変わらず、私です。

 

 そう、私も目線だけで告げておく。

 

 あの日にもらい受けた、日本最強の称号。

 この国を牽引し、ウマ娘たちの努力を見届け、しかし褪せぬ輝きを以て叩き伏せる役割。

 きっと彼女がずっと望んでいた、頂点。

 

 少し悪いようだけど、今更譲ってあげるつもりもない。

 先輩が……いいや、彼女が走って来るのなら、私は全力で応戦しようとも。

 

 そんな私の返事を見て、彼女は……。

 

 この有記念を走る中で最も競走歴の長い、真の古豪。

 かつて黄金と呼ばれた世代が残した、ただ一欠片の輝かしい古豪。

 

 競走ウマ娘ハッピーミークは、とても嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

「ウィル」

 

 その後、ターフの上で体を伸ばしていると、後ろから声を掛けられる。

 

 聞き慣れた声音と、聞き慣れた呼び方。

 それを許しているのはただ3人きりで、その内2人とは既に別れてしまった。

 当然、声をかけて来たのは、残る1人。

 

 ゆるりと振り向くと、そこにいたのは……。

 

「来ましたか、ネイチャ」

 

 晴天の下、青々しいターフの上で堂々と私の前に立ち塞がる、この世界の主人公のようなウマ娘。

 私の親友、ナイスネイチャだった。

 

 ゆっくりと芝を踏みしめてこちらに歩み寄って来る彼女は、凄まじい数の熱視線に動揺することもなく、また私の雰囲気に怯えることもない。

 その表情の底に窺える、眩しい程の自信に、思わず私は満面の笑顔を浮かべてしまった。

 

「ああ」

 

 ……いけないな。

 相手がネイチャなのに、友人としての仮面が引っ張り出せない。

 

 私は仮面を被るのが得意だ。

 最近は放棄しがちだけど、お仕事にできるだろうくらいには演技に自信がある。

 幼少の頃のあれこれで、心と体を切り離すのには慣れているからね。苛立った時に笑い、可笑しい時に泣くくらいのことは簡単にできる。

 

 けれど……今。

 私は優駿としての、競走ウマ娘としての仮面を、外せない。

 

 だって、今のナイスネイチャにそれ以外で向き合うなんて、失礼だと思ってしまうんだもの。

 

「この3年で変わりましたね、あなたは」

「そうかな」

「自覚はあるでしょう?」

「……まあね。ウィル程じゃないと思うけど」

「さて、どうでしょう。少なくとも、今のあなたを見れば、3年前のあなたはひっくり返ってしまうでしょうけど」

 

 彼女は、競走ウマ娘らしくなった。

 

 3年前のナイスネイチャは、現実に折り合いを付け、諦めようとしていた。

 現実から目を背けられる程に愚かでもなく、だからと言ってすぐに見切りを付けられる程賢くもなく。

 自分なんてと言いながら、けれど諦めきれずに走ってしまう。そんな普通の子供だった。

 

 けれど、それがどうだ。

 今の彼女は、弛まぬ研鑽と鍛錬、そして出会いと運命が紡いだ「競走ウマ娘としての自分」に自信を持ち、ホシノウィルムと真正面から向き合えるウマ娘。

 

 もはや目の前にいるのは、ただの子供ではない。

 ルドルフさんと比べたって見劣りしない、一人の優駿……戦士だ。

 

「本当に……良い目をするようになりましたね、ネイチャ。

 あの頃に感じた片鱗を、私が憧れた輝きを、あなたは完全なものとした。

 そんなあなたと、この大舞台で共に走れることが、私はこの上なく嬉しい」

 

 普段のふざけ合う友人同士とは違う、ライバルであり、敵であり、憧れである者同士として向き合って。

 私は胸に手を当てて目を細め、笑いかける。

 

 ……前世の記憶なんてものを持つからか、私は多少自分のことを客観視できるわけだけど。

 きっと今の私は、並のウマ娘なら竦んでしまうような雰囲気を放っているはずだ。

 

 競走ウマ娘として研鑽を積むうちに、私は知らず変な貫禄を出すようになってしまった。

 今年ジュニア級の後輩ちゃんたち曰く、レースの時の私はすごく雰囲気があって近寄りがたく感じるとのことで。

 その在り方を全く抑えていない私が向き合えば、それこそG1級のウマ娘だろうが、唾を呑んだり瞠目することは避けられないだろう。

 

 けれど……ネイチャはもう、それにも揺らがない。

 それどころか、ふざけたように肩をすくめて言ってきた。

 

「ま、3年もこんなに色濃い体験をすれば、誰だって変わるでしょ。

 ウジウジ悩むのも、ないものねだりも、やめたんだ。それじゃ、私のトロフィーはいつまで経っても本物にならないんだもん」

 

 そういえば、いつか見せてくれたか。

 彼女のトレーナーさんが作ってくれた、折り紙製のヘロヘロのトロフィー。

 それはいつかネイチャが勝利することを信じる証であり、2人の絆の象徴であり……。

 同時、ネイチャにとって、決して挫けるわけにはいかない理由の一つでもあり、誓いでもあった。

 

「アタシには素晴らしいって言えるだけの素質はない。アンタをぶっ飛ばすためには、いらない重荷、全部下ろして走るしかないからさ。……躊躇も迷いも諦めも、全部捨てて来たんだ」

 

 ただ走るために、不純物を捨て去る。

 誰もが多少はやるだろうそれの極致に、彼女は至った。

 

 もはやナイスネイチャの脚は止まらない。

 どこまでも走り続けるだろう。それこそ、私の背を越えるまで。

 

 親友の成長と私への想いに、思わず目頭が熱くなり……。

 ……この決戦の日にそれを見せるのもなんなので、彼女に倣って少しふざけてみる。

 

「ふふ、そこまで想ってくれるとは。愛の告白ですか?」

「ま、そんなもんだね」

 

 冗談めかした言葉にも動揺一つせず、彼女は頷いて来た。

 

 まったく困ったものだ。

 お前を越えるために全部を投げ出した、なんて……とんでもないラブコールだよ。

 ネイチャったら、私のこと好きすぎじゃない?

 

 ま、私も好きだけどね。

 ネイチャに勝つためなら、それこそ全部を投げ出したっていい。

 ……いや、私の場合は全員に勝つためなら、が正しいか。移り気なウマ娘でごめんね?

 

 

 

 そうして2人でイチャイチャしている私たちに、更に声がかかった。

 

「や、2人で楽しそうな話してるね!」

 

 少なからず張り詰めた決戦モードの私たちに反し、その声は飛び跳ねるように軽快なもの。

 それが誰のものかと言えば……ふふ、私とネイチャが話しているところに入って来れるウマ娘なんて、トゥインクルには一人しかいないだろうけど。

 

 振り返った先、軽く手を挙げるのは、私たちの共通のライバル。

 守りの日本総大将、絶対の帝王。どこまでも私を追いかけて来てくれる二等星。

 誰あろう、トウカイテイオーその人だ。

 

「や、ウィルは久しぶり。1週間、いや、2週間ぶりかな?」

「最近、ネイチャと2人がかりで私のこと避けてましたもんね。いじわる」

「別に避けてたわけじゃ……いや、避けてたか」

 

 軽く唇を尖らせていじける私に、2人は苦笑で応える。

 歩さんの観察眼を避けるためとはいえ、友達から避けられるのはやっぱり寂しかったよ。

 

 ……まぁ、でも。

 空腹はいつだって最高のスパイス。

 友達と触れ合えなかった時間は、きっとこれからのレースに、たまらない喜悦をもたらしてくれるだろう。

 だから、今回は特別に許してあげるけどさ。

 

 肩をすくめて見せた私に、テイオーは仕切り直すように話題を変えた。

 

「3人でレースを走るのは、去年の有ぶりかな。三星なんて言われてるけど、ボクたちって意外と一緒に走ることはないよね」

「クラシック級の頃は、ダービー以降テイオーが故障。シニアに入ってもネイチャさんは今年の春休養だったからね。秋はウィルが遠征だったし?」

 

 ネイチャはぼんやりと思い出してるようだけど、実のところ私たちが1つの公式レースを走ったのは、去年の有記念だけだ。

 でも、あの時の私は歩さん不在の状況、テイオーも新たな走法の考案で全力全開とはいかなかった。

 3人が3人とも全力でレースに挑めるのは、今回が初めてになるんだろう。

 

「なんとも巡り合わせが悪いですね。……いや、良いのかな。

 本格化も終わるっていう今、どうしたって言い訳できない今、2人を叩き潰せるんですから」

 

 ニヤリ、と。唇が邪悪に歪んだのを自覚する。

 我ながら、とてもメディア向けじゃない表情だ。演技も何もあったものじゃない。

 

 でも……誰からどう見られるとか、世間からのイメージとか、ぶっちゃけ今はどうでもいい。

 大切なものだってことはわかってるし、いつもは取り繕ってるけどさ、それは私にとって最優先に守るべきものってわけでもないんだ。

 

 少なくとも……。

 

「言うじゃんか。遠征明けで叩きもなしの一発目で、今のボクに勝てると思ってるの?

 言っとくけど、今のトウカイテイオーはこれまでで一番強いよ。なんなら今、全能感でどうにかなっちゃいそうなくらいなんだから」

 

 キラキラと眩しい、天高き光輝の星。

 

「そうだね……この3年で、アタシはアンタたちを、誰よりも見て来た。この状況で負けたら、本当に言い訳なんてできない。

 だけど、だから、アタシが勝つ。アタシとトレーナーさんで、アンタたちのキラキラを超えてみせる」

 

 ギラギラと燃える、中空の灼熱の星。

 

 ……この2人と走ることを楽しんで、この2人をグッチャグチャに叩き潰すことを思えば。

 

 他の全ては、本当にどうでもいいことだ。

 

 

 

 そしてそれは、きっと2人にとっても同じで……。

 

「良いレースにしよう」

「うん。あの時ああしていれば、なんて言えないくらい」

「生涯で一番のレースだったって、そう振り返れるようにね」

 

 私たちは、示し合わせずとも、自然に同じ言葉を突き合わせた。

 

 

 

「「「その上で、私/ボク/アタシが勝つ!!!」」」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 想いの形は十八通り。

 けれど、その矛先は勝利という栄冠ただ一つ。

 

 さあ、私たちの全てを賭けて……。

 決戦を始めよう。

 

 

 






 
 この世界のナイスネイチャの育成シナリオでは、シニア級12月後半までにバッドコンディション「あきらめの上っ面」を解消し、なおかつ地獄みてーな環境の中でG1を1勝以上していると、ホシノウィルムから完全に認められて大きくステータスが上昇します。

 そしてこの後のホシノウィルムが裏ボス化して強化されますが、これに勝てば更に大きくステータスが上昇、すんごい量のスキルptがもらえ、シナリオスキル「あなたの星に」のヒントレベルが+5されます。






 なおその場合のウィルのステータスは圧巻の全1400オーバー、スピードも1600越え、適性も全部S。
 仮にもURAシナリオで出していい強さではない。
 でも9冠ウマ娘でアレなんだから10冠ウマ娘ならこれくらいでいいはず。



 次回は一週間以内。二等星の視点で、有記念前編。
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