転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 トウカイテイオー視点で、有記念前編。





絶星

 

 

 

『さあ、15万人の大観衆のざわめきに包まれながら、ウマ娘たちが1人また1人とゲートに入って行きます。

 年末の祭典、有記念。今年夢を背負ったメンバーは去年に勝るとも劣らないもの、豪華絢爛な優駿の宴が、今始まろうとしています』

 

 

 

 遠くに響く、少なからぬ緊張を伴った実況の声を聞きながら。

 ボクは、ゲートの中から、中山レース場のターフを見やった。

 

 3枠5番。

 それが、今年の有記念でトウカイテイオーに振られた位置。

 トレーナー曰く、データ上の勝率は2番目、連対率や掲示板入りの確率だと1番目の枠らしい。

 有り体に言って、かなり有利なポジションを取ったと言っていいだろうね。

 

 ……ただ、レース展開次第では、その有利も簡単に覆り得るってのが怖いところ。

 

 中山レース場、芝右内回りの2500メートル。

 年末の大一番とか夢の大舞台なんて呼ばれてはいるけど、実のところ、このレースはかなり特徴的なコースで行われる。

 計6度も通ることになり全体で占める割合が多いコーナー、300メートル弱と短く勝負を急かされる最終直線、上がったり下がったりと著しい勾配の変化……。

 そして、序盤。たった100メートルしか続かず、すぐにコーナーに入るという構成もそうだ。

 

 ウマ娘は、コーナーでは全速力を出せない。もっと正しく言うんなら、全速力を出そうとすればロスが極めて大きくなってしまう。

 だから一般的に言って、序盤の先行争いは、コーナーに入るまでの直線で行われることが多く……。

 それが100メートルしか続かない都合上、このレースの序盤のポジショニングは熾烈になる傾向にある。

 

 そういう意味では、最初から内枠に寄ってて、なおかつコースを取りにくい最内でもない3枠は、かなりポジショニングがしやすい位置と言える。

 それだけ見れば、僥倖と言う他ないんだけど……。

 

 このレースには……自分でもちょっと何言ってるかよくわからないけど、逃げウマ娘が5人もいるんだ。

 去年の有すら凌ぐくらいに、序盤からとんでもないペースに吊り上がることが約束されてるようなもので。

 そんなぐっちゃぐちゃの展開の中での先行争いは、より熾烈になる。

 

 ……しかも、さっき見た感じ緊張はしてるみたいだけど、あのソウリクロスがいる。

 あの子の領域は、他者干渉型。多分、逃げウマ娘に圧をかけて掛からせる類のものだ。

 それが開いてしまえば……ウィルムは掛かりという大義名分を得て、バ鹿みたいなペースで駆け出してしまいかねない。

 そんなことになれば、影響された逃げウマ娘たちがどこまでペースを上げるのか、想像もできない。

 

 その上だ、序盤は勿論、コースの他の特徴もまた難しいんだよね。

 6度もコーナーを通過するためにコーナリングの技術が求められ、坂の勾配変化も激しくてスタミナが持って行かれて切り替えが上手くないとペースを崩される。

 そして何より、最終直線の短さだ。300メートルもない距離で、ボクたちは先頭までの距離を詰め切らなきゃいけないわけで、そのために各人がそれぞれ積極的な作戦を立てて来る。

 

 総じて言えば。

 有記念とは、良くも悪くもとても読み辛く、レース運びとプランニングが大切なレース、って言えるだろう。

 

 では、ボクの陣営が立てる、このレースの予想はどんなものか。

 

 トレーナーが立てた予測と計画に合わせて、レース前のボクの観察から言って……。

 まず、一番のキーパーソンになるのは、ま、当然ながらあの子だ。

 

 

 

『さぁ、早速1番人気を紹介しましょう。

 ゲートの中で静かに時を待つ、輝かしき神話の龍。その唇に浮かぶ笑みは勝利の確信か、闘争の愉悦か。

 空に並ぶは10の星、尽くを灰に帰す! 7枠13番、ホシノウィルム!!』

 

 

 

 無表情ながら、その唇だけを愉し気に歪めている横顔が遠くに窺える、ホシノウィルム。

 

 さっき見た感じ、彼女は今日も今日とて心身共に絶好調極まる様子だった。

 今から始まるレースを、ボクたちとの戦いを、これ以上ない程楽しみに思ってくれてるみたいで……。

 けれど、欠片たりとも緊張はしていない。

 

 その強気は強者の余裕でもあり、戦闘狂ならぬ闘走狂の愉悦でもあり、そして純粋に友人と競い合うことに期待と歓喜を覚えてもいるんだろう。

 あの子は、そういう純粋だけど多面的なウマ娘だからね。

 

 ……しかし、ウィルムとは久々に同じレースに出るわけだけど。

 相変わらず、とんでもないな。

 

 13番と5番。

 ゲート全体の半分も離れてるっていうのに、ビリビリと伝わってくるよ。

 圧倒的な気配、強者のオーラみたいなもの……会長もかくやってくらいのそれが。

 

 この世界で間違いなく最上の身体能力。

 おおよそ極みにあるんだろう技術。

 大逃げという他者から影響を受けない脚質。

 ボクたちと磨き合ってきた領域。

 不可思議な思考の加速能力。

 

 持ち得ないもののない、天上の神……いいや、天上の星の如きウマ娘。

 

 世界の、日本の、トゥインクルの中心。競走世界の台風の目。

 彼女はこれまでずっとそうだったように、このレースの中核を担うだろう。

 

 ……でも。

 ボクの予想が正しければ、このレースを決めるキーパーソンはもう1人いるんだよね。

 

 

 

『続く2番人気は、当然この子!

 一等星に続くは二等星、唯一龍に並びし帝王。レースに向けた気迫は十分、3年の雌伏は彼女に神話を破らせ得るか。

 絶対は神話を超えるか。3枠5番、トウカイテイオー!!』

 

 

 ……実況は、ボクのことを持ち上げてくれてるけど。

 

 もう1人のキーパーソンは、ボクではない。残念ながらね。

 

「……多分、綱引きになるかな」

 

 改めてレースに思いを馳せ、呟く。

 

 ソウリクロスが急かした大逃げウマ娘たちが、レースのペースを吊り上げる。

 世界最高峰の体力と長距離区分への適性を持つホシノウィルムにとって、この上なく望ましい展開だろう。

 マックイーンの十八番戦術だけど、圧倒的なスタミナを以てすれば、ハイペースで周りのウマ娘たちを磨り潰してまともに走れない状態に持って行くことができる。

 このレース、ウィルムのペースに追従しようとすれば、確実に潰されて終わるだろうね。そしてウィルムにしてみれば、それが一番着実に勝利する方策。

 

 でも、多分、そうはならない。

 

 このレースのもう1人のキーパーソンである、彼女がそれを止めようとするはず。

 あの子は直感的にレースを理解してるボクより、ずっと深いレースの知識を持ってる。

 ウィルムの極限先行状態が極めて危険ってことは、十分に理解できるはずだ。

 レースを裏から操るあの子は、多分大逃げ4人と逃げ以降の14人を分断しようとするだろう。

 

 つまりは。

 前に釣り出そうとしてくるウィルム、後ろに留めようとするあの子。

 この2人の綱引きみたいな状況になってしまう。

 

「……うん、やっぱりあの2人だ」

 

 このレースでバ群っていう綱を引くのは……。

 7枠13番、ホシノウィルムと、そして。

 

 

 

『3番人気はもはや不動。

 積み重ねた研鑽と冴え渡る思考は、あるいは星々の輝きに届き得るか。ついにG1を征し三等星の強さを証明した、稀代の策謀家。

 レースはこの手に、勝利はこの先に! 1枠1番、ナイスネイチャ!!』

 

 

 

 あの子、ナイスネイチャだ。

 

 ……ボクの直感が言ってる。

 このレースは、ウィルムとネイチャの戦いになるだろう、って。

 

 勿論他の子たちもいる。いるけど……。

 

 今のネイチャ、かなりヤバいからね。

 ウィルムはあの堀野トレーナーに支えられてるし、その指示を信頼してるから、大逃げっていう脚質もあってネイチャの誘導に引っかからないだろう。

 けど、逆に言えば、他の子たちは……あるいはボクでさえ、あの子の手駒として使われかねないくらい。

 

 レースの全部があの子の手中にある以上、18人のレースというよりは、ウィルム vs ネイチャ with 他の16人、みたいな構図になると思う。

 少なくともネイチャはそうしようって思ってるはずで、同時にそれが過言にならないだけの力を付けてる。

 

 ネイチャはもう、ボクと同じようにウィルムと対等な立場に立ってる、って言っていいのかもね。

 レースの全て、自分の全てを以て、ホシノウィルムに対抗しようとする立場へと至ったんだ。

 そりゃあウィルムも認めるよね……あんな顔をされたらさ。

 

 まったく、2年前のボクに言ったら、何の冗談かと思われるだろうな。

 トウカイテイオーは追われる立場じゃない。今や追う立場なんだ、って。

 うかうかしている間にホシノウィルムに最強の座を奪われて、覚悟と決意を決めた時期の差でナイスネイチャにも抜かれてしまってるかもしれない。

 一強なんて言われてた頃から落ちぶれたものだよね。

 

 ……でも、後悔する気は、ない。

 そんな恥じるしかない過去もまた、ボクの一部。

 

 それを踏み越えたからこそ、今のボクがあるんだから。

 

 

 

 今すべきことは、後悔でも反省でもなく。

 どうやってあの2人を打ち倒してやろうかって、考え続けることだけ。

 

 ま、どう考えたって、とても容易いとは言えないだろうけども。

 

「……はは、厳しいなぁ」

 

 思わず、苦笑してしまう。

 

 ウィルムはどうしたって止められない。

 スタート時点から誰も及ばない程の神速で駆け出す彼女を上回ることもできないし。

 無理にそうすれば、ペースを著しく崩してただ惨敗するだけだ。

 先頭に立った彼女を脅かすことなんて、誰にできるだろう。レース終盤、ボクたちは自らの実力を以て彼女を追い抜く他にない。

 それがいかに難しいか、彼女を追い続けたボクは、誰より知ってる。

 

 ネイチャに策で勝つことも難しいだろう。

 ことレースプランニングの側面で、ボクはネイチャに全くと言っていい程及ばない。

 感覚派の限界、ってヤツだろう。ボクには最適な1つのルート、1つの筋道は見えても、次善策だとかサブプランの擁立は難しい。

 思考の慣れもなく、この3年間で誰よりそれに習熟したネイチャにはどうしたって追い付かない。

 

 まったく、ボクのライバルたちは強敵揃いだ。

 素質でも、素養でも、ボクはあの子たちに勝ててるとは言い難い。

 

 このレースは、とても難しいものになるだろう。

 3年前のボクなら、こんなのつまんないって投げ出しちゃいそうだ。

 

 でも……。

 

「……へへ」

 

 今は、それが楽しいとも思えるんだよね。

 

 

 

 まだ、ボクが世代の一強と呼ばれていた頃。

 あの頃のボクは、レースを「楽しい」とは思っていなかった。

 

 自尊心は満たされたと思う。

 天才って呼ばれて、やっぱりトウカイテイオーだって言われて、いずれ会長の背中に辿り着くんだと無根拠に信じられていたあの時代。

 ボクの幼い承認欲求は、あるいは人生の中で一番かもしれない程に満たされていて、毎日が楽しくはあった。

 

 でも……。

 走ることそのものが楽しかったかと言えば、そうじゃなかった。

 誰とも互角に競い合うこともできず、走れば絶対に勝てるって決まってる。

 そんなの競走とも言えない独走、楽しいわけないよね。

 

 でも、そこに彗星みたいにウィルが現れて、ネイチャの輝きも増して来て。

 ボクは人生初の敗北と同時、誰かと競うことを知り。

 それによって、走ることの楽しさも知ったんだ。

 

 勝てないかもしれない。

 でも、だからこそ、負けたくない。

 その目的意識が、走ることに意味を見出させてくれた。

 

 ウィルとネイチャは、ライバルであり友達であると共に、恩人でもあるんだ。

 ボクに、この胸から湧き上がる楽しさを教えてくれた、大切な戦友。

 

 ……だからこそ。

 この決戦の場で、完膚なきまでに打ち倒してやる。

 

 

 

『さあ、今18番ハッピーミークがゲートイン完了。

 ついに出走の準備が整いました』

 

 

 

 きっとボク一人では、ここまで来れなかっただろう。

 

 ホシノウィルムに負かされ。

 ナイスネイチャに追いつかれ。

 トレーナーに支えられ。

 ファンの皆に応援されて。

 

 そうしてボクは、今、ここに立っている。

 

 今のトウカイテイオーはたくさんの、いいや、ボクに関わってくれた全ての人のおかげでここに立ってるんだ。

 

 そんなみんなへの恩返しの方法は……。

 ……ま、競走ウマ娘にできる恩返しなんて、1種類しかないよね。

 

 勝利を目指すこと。

 このレースに勝つこと。

 

 今はその一点に……液体を凍らせて固めるように、集中力を注ぎ込む。

 

 

 

 

 

 

『……スタート!!』

 

 

 

 

 

 

「ふっ!!」

 

 ゲートの開く音と同時に、ボクは駆け出す。

 おおよそ最速。極限の集中はボクに抜群と言っていいスタートを切らせた。

 

 ……しかし、それは他のウマ娘たちもそう変わらない。

 有記念に出るようなウマ娘がスタートを怠っているわけもなく、ウマ娘たちは一団となって駆け出している。

 

 そして一団の中でも、やっぱり飛び抜けて速かったのはウィルム。

 駆け出すタイミングはボクたちとほぼ同時で、けれど加速力が違い過ぎる。

 三歩飛翔、だっけ。スタミナを使っての無理やりな加速で、彼女は一気にバ群の先頭へと飛び出し……。

 

 ……けれどその瞬間。

 自由に走らせてたまるかと言わんばかりに、目の前の景色が切り替わった。

 

 

 

 ボクの視界の中、中山レース場のターフと重なって見えるのは、暗闇の世界。

 一寸先すら窺えない、可能性の断絶を感じさせる闇の中で……。

 

 それでも、その子は、鬼のような形相で弓を引き絞っていた。

 

『場違いでも! あり得なくても! ……それでも、私はぁッ!!!』

 

 血の滲む、殺気立った絶叫。

 

『私は、ウマ娘だッ!!!』

 

 ……ああ、デジャヴだ。

 まるでネイチャを見ているようだって、ボクは思わず苦笑しそうになってしまう。

 

 才能で一等星に勝てなくても。

 レースへのセンスで二等星に劣っても。

 それでも、って言い続けて……いつしか並ぶ以上に超えかけている、そんなウマ娘。

 

 いつか、ソウリクロスもそうなるのかもしれない。

 ……いいや、それ以上になる可能性もある、って。

 そう思わされるくらいに、この世界には、力を感じる。

 

 トレーナーが1人しかウマ娘を取らない都合上、ボクはあんまり後輩と接点がないんだけど……。

 やっぱり、新しい世代にも、優駿の卵は生まれてるんだね。

 

 放たれた矢、眩い刹那の軌跡。

 ボクでさえ目を奪われそうになるそれに、彼女と競うことになる逃げウマ娘たちは、一斉に駆け出していく。

 

 

 

『さあすぐに来る34コーナーに向けて熾烈な先行争い! 大逃げウマ娘たちが一気に前に駆け出し、ハナを切らんとそのスピードを競っているぞ!

 続くのは2バ身3バ身と開いて三冠ウマ娘ミホノブルボン、そこにユニゾンブラック筆頭に他のウマ娘たちも塊になって続く形!』

 

 

 

 他者干渉型の領域。

 

 ボクやネイチャ、ウィルムもそうだったように、多くのウマ娘は自分を強化する、自己実現型の領域を開くことが多い。

 会長のそれも、あくまでも後天的な領域の進化で身に付けたってだけで、元々は自己実現型だったってトレーナーから聞いた。

 

 競走ウマ娘は本能的に、より強く、より速くなることを願っている。

 その自らへの実現欲求が領域に反映されるのではないか、ってトレーナーは言ってたな。

 

 それが正しいのなら、最初から他者干渉型の領域を開いた子は……。

 あるいは、ネイチャ以上に自己肯定感が薄く。

 けれどそれでも、決して諦めない。

 そんなウマ娘なのかもしれない。

 

 ……うん、彼女にも、負けられない。

 後輩としても……ライバルとしても。

 

 

 

 遥か駆け出して行った、大逃げウマ娘たち。

 勿論、ボクたち先行ウマ娘も、そして多分多少なりとも掛かっているんだろう逃げウマ娘のブルボンでさえ、その破滅的なペースに付いて行くことはなかった。

 

 大きく掛かったようにはじけ飛んだウィルム、それに追従するように後を追うダイタクヘリオスとメジロパーマー、必死に追い縋るソウリクロス。

 あの4人のペースは──桁違いのスタミナを持つウィルムは例外として──とてもじゃないけど、2500メートルを走り切れるようなものじゃない。

 しかも、勾配の変化も激しく、始まってすぐにコーナーに突入するコースだ。もはや、文字通りの破滅的な走りと言っていい。

 大逃げを選び、ウィルムと競うことを選んだ時点で、彼女たちは敗北の道を突き進んでいる。

 

 ただ……それを仕掛けに行ったソウリクロスも、多分勝利を投げ出したわけじゃないだろう。

 さっきの領域の光景を見れば、とてもそうとは思えない。

 

 こうすることが、彼女にとって最高の勝率をもたらす。

 逆に言えば、こうすることでしか、彼女に勝率は生まれない。

 

 なにせ……考えようによっては、ボクたちにとって真っ先に打ち倒すべき敵はただ1人。

 

 ホシノウィルムだけ、なんだから。

 

 

 

『凄まじい、凄まじい程の速度で第一コーナーを曲がって行きます大逃げウマ娘!

 現在の日本のレースの象徴でもある脚質の彼女たちは……先頭を走り1バ身2バ身と突き放すホシノウィルムは、もはや逃げウマ娘たちまで6、いえ7バ身!!』

 

 

 

 極論にはなるけど。

 レースで1着を獲るためには、2着の子を越えればいいんだよね。

 ゴールした瞬間に、自分を除いて先頭にいる子よりも前にいる。この条件を満たせれば、理屈としては確実に1着を獲ることができる。

 そしてその意味で、今回最も自分を除いて先頭に立つ可能性が高いのは……ま、ホシノウィルムだよね。

 

 これをもっと深堀りして言えば。

 あの子を2着以下に落さない限り、このレースで勝ち目なんてものは存在しない、と。

 そう言ってもいい。

 

 灰の龍なんて呼ばれてるけど、実際に走ってみて感じる感想としては、ホシノウィルムは怪獣だ。

 ボクたち個人というよりは、レース全体で叩き伏せなくてはならない真正の怪物。チームプレイ、戦術的に攻略しなければならない凶悪な敵。

 本人は「私のことレイドボスか何かだと思ってます?」とか言ってたけど、多分それで合ってると思う。

 

 実際、去年の有記念なんて、酷いもんだったじゃん。

 堀野トレーナーが不在で、なおかつサイレンススズカとかターボととんでもないペースで潰し合って、多分そこで思考力増加能力も使っちゃって、ほぼ万全の状態でキレの良い末脚を発揮したスペシャルウィークがようやく差し切れた形だ。

 レース全体、ウマ娘全員で封殺して、それでなお付いた差はたった3センチ。ほんの僅かな、簡単に覆り得る差でしかなかった。

 去年時点で、ウィルムはとんでもない大怪獣だったわけだ。

 

 あれから、ウィルムは更に強くなった。

 その体から溢れ出る雰囲気も肉体的なスペックも身に付けた技術も領域の練度も──いや、領域の練度だけならネイチャの方が上って感じだけど──おおよそ誰にも負けることはないだろう。

 

 そして、彼女の契約トレーナーが復帰した。

 彼女にとっては誰より信頼できる最大の戦友であり、口を開けば名前が出て来る最愛のパートナー。

 あのネイチャをすら策謀でねじ伏せる堀野トレーナーが付いていれば……その脅威度は去年の比じゃなくなる。

 

 正直、今のウィルムから感じる圧力は、去年のスペシャルウィークとかサイレンススズカの比じゃない。

 もはやドリームトロフィーリーグのウマ娘たちと並ぶ……いいや、ボクの直感が正しいのなら、ドリームトロフィーでもトップの会長とほぼ互角か、やや上。

 

 正直、ウィルムがトゥインクルで走ってるのは、レギュレーション違反だとすら思っちゃう。

 ボクたちの規格で戦うのは、ちょっと間違ってる。あの子自身の言葉を使うなら「負けイベ」「無理ゲー」ってヤツだ。

 

 ま……。

 そんな負けイベを覆して、あの子に勝ちたいって思っちゃう、ボクたちもボクたちかもしれないけどさ。

 

 結局のところ。

 ボクたちにとってこのレースは、2つの側面に分けられるんだ。

 

 ボクたち17人の中で、誰が一番前に出るか、という戦いと……。

 ……ホシノウィルムを天上の座から引きずり落とせるか、という戦い。

 

 まずは後者に、そして前者にも勝たなくては、ボクたちは1着を獲れない。

 

 そして、そういう意味での2つ目の戦いにおいて、最もウィルムに勝ち目があるのが……。

 ナイスネイチャ、といわけだ。

 

 

 

『さあ一周目、スタンド前に入りました。ホシノウィルムはぐいぐいと大逃げ集団を先導し、2番手メジロパーマーに3バ身差も付けている。残り2000メートル、このペースは果たしてどこまで続くのか?

 3番手にダイタクヘリオス、1バ身空けてソウリクロス。そしてここから大きく離れて8バ身程、もはやこれは逃げと呼んでいいのかミホノブルボン、半バ身ユニゾンブラックが続き、ここから2バ身先行集団が続く形。

 大きく大きく縦に開いたレース、もはや誰にも展開の読めない大荒れ模様だ!』

 

 

 

 ……さて。

 これはネイチャにとって、どこまで予想通りの展開かな。

 

 ネイチャからすれば、ウィルムのペースが吊り上がるのは望ましくないはずだ。

 なにせウィルムのスタミナは桁違い。ペースが上がれば上がる程、他のウマ娘たちは潰されてしまう。

 

 けど、だからって大逃げ脚質であるあの子に干渉するのも、それはそれで難しい。

 なにせ大逃げに付いて行けるのは大逃げだけ。影響を与えられるのもまた然り。

 

 それこそ……他の大逃げの子たちに事前に何か吹き込んでおくとか、そういう手段を除いて干渉の手段はない。

 ハナを切るウィルムであろうと、後ろのウマ娘の存在やペースを完全に無視することなんてできない。

 

 であれば、できることは全部やる主義のネイチャはそれをしているだろう。

 ウィルの作るペースですら、ある程度はネイチャにコントロールされてると見るべきだ。

 正直当て推量だけど、ボクの直感も多分そうだって言ってるし。

 

 ああ、自分にも繋がる、操り糸を幻視する。

 ネイチャはもはや、策謀家という枠を跳び越えて、ボクたちを自在に操る人形師みたいになってきてる。

 ボクたちの身体に繋がる17本の糸を手繰り自らの勝利を引き寄せる……恐ろしい、フィクサー。

 それがナイスネイチャというウマ娘。

 

 ハッピーミークの領域もそうなんだけど、この体と頭に絡みついて来る細い糸を何とかしない限り、もうナイスネイチャに勝つことはできない。

 自らの勝利への最適解を選び取り走ることすら、全てはネイチャの勝利に繋がる道筋の内。

 それこそが極まった策士であり、レースを裏から操る者の強みだ。

 

 ネイチャにとってはもう、ウィルム以外の多くのウマ娘は、敵ですらないのかもしれない。

 ウィルムというライバルの首元に突き立てる武器の一本。予測し得る範囲の中で動く環境の一つ。

 ……ボクやウィルムもそうだけど、ネイチャも大概超人じみてきたよね。

 

 

 

 まあ……とはいえ、だ。

 

 いくらネイチャが、ウィルムと並び立つところに来ようが。

 どれだけレースを操る術を身に付け、身体能力まで鍛えて来ようが。

 

 

 

 それでもボクは、ウィルム以外の誰にも負ける気なんてないんだけど。

 

 

 

『先頭はホシノウィルム、やはりホシノウィルムが先陣を切ってレースを作ります。アウトコースから追うのはメジロパーマー、少し遅れてダイタクヘリオスにソウリクロス。

 大逃げ軍団に続くのはミホノブルボンとユニゾンブラック、ライスシャワーがここにいて内にトウカイテイオー、三等星ナイスネイチャは後方集団で悠然と構えている!

 ここからどう動くか誰が動くか、夢を背負った一団が目の前を駆け抜け大歓声が上がります中山レース場、第一コーナー前の登り坂に入ってここから中盤戦といったところ!』

 

 

 

 ネイチャは確かに強くなった。

 最初はボクやウィルムにはとても届かないくらいだったのに、今では誰よりウィルムに向かって手を伸ばしてるんだ。

 多分、単純な伸びだけなら、ボクもウィルムもあの子に勝てないだろう。

 この3年で一番輝きを増したのは、おおよそ間違いなくナイスネイチャだ。

 

 それでも。

 

 この体を流れる血と、ボクを今なお導く運命。

 

 その強さに限っては、あの子に負けるつもりはない。

 

「……そろそろ、かな」

 

 ここまでは努めて冷静に……。

 ……いいや、「冷たく」走って来た。

 過剰な熱は邪魔だったから、自分の中に封じ込めるように、縛り付けるように収めて来た。

 

 闘争本能のもたらす熱は、ウマ娘の魂にとって、燃料みたいなものなんだと思う。

 これを使えば、ウマ娘は想定外でスペックを超えた力も発揮し得るけど……。

 逆に封殺すれば、綺麗にスペック通りの力を発揮する。

 とても読みやすい、計算通りの走りを見せることができる。

 

 ……参考元であるあの子は、これを極限の一極集中、そして溜め込んだ熱の爆発に使ってた。

 まるでスイッチを切り替えるように、自身の精神状態と込み上がる熱の扱いを分ける。

 それによって、冷静な走りと集中力を求められる場面でも、熱情を解き放って心のままに駆けるべき場面でも、両方に完全に対応し切っていた。

 

 その力、ちょっと違う形だけど……使わせてもらうよ。

 

 

 

 カチリ、と。

 

 ボクの心の中で、スイッチを切り替える音が響いた。

 

 

 







 マインドスイッチ走法
 「熱」モードと「寒」モードを切り替えて戦う、誰かさんの走り方。
 本人はもはや無意識かつスムーズにこなせるため、最近はあまり意識にも上がっていなかったヤツ。
 精神を二分化して頻繁に切り替えるので、生半可にやろうとすると解離性同一性障害等の危険があるが、テイオーは直感的に使いこなしている。

 絶対の帝王の学習・コピー能力は留まるところを知らない。



 次回は一週間以内。三等星の視点で、有記念……。
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