転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 ナイスネイチャ視点で、有記念……。





核星

 

 

 

 中山レース場を駆けるアタシの脳は、普段とは比べ物にならない程、いっそ不気味なくらいに澄んでいた。

 

 普段アタシたちの脳は、色んな事を考えたり思い出したり、あるいはその中に無意識的な思考の断片が舞ったりしている。

 それらがあるからこそ、見当識を手放さずにいられもするんだけど……同時にこれは、思考リソースを大きく圧迫し、意識的な思考を妨げてしまう。

 例えて言うのなら、作業机の上がごっちゃごちゃになってて全体の20%くらいしか使えない。もうちょっと現代的に言うのなら、裏で走らせてるアプリが多すぎて、メモリが圧迫されてるって感じかな。

 

 で、だ。

 単純なスペック、走りだけで一等星や二等星を越えることのできない三等星(ナイスネイチャ)は、勿論のこと、これの効率化を試みた。

 思考というものは、策謀家なんて呼ばれてるアタシにとって、最大の武器。そこにかけられた制限を解こうとするのは自然なことだよね。

 

 アタシたちが走ってる最中は、当たり前だけど、思考力が下がる。

 まず、適切に体を動かし、重心を整え、脚で地面を捉え、適切な角度で力を込めて蹴り飛ばす……つまり、走行っていうモーション。

 これは半ばオートマチックに行われこそするけど、実のところ絶技と言っていい程に複雑なもの。

 その分、思考のリソースは大きく食われるってわけで。

 

 更に言えば、消費される酸素と蓄積する疲労。これらが更に、思考をゴリゴリ削って来る。

 思考っていうのは脳の働きで、脳は酸素がなきゃ働かない。

 体の駆動に多大な酸素が必要な以上、呼吸によって取り込まれた酸素っていうパイの奪い合いが始まって、脳に回される血中酸素は相対的に減少する。

 結果として、全ての──どこかのキラキラしたおバ鹿は例外になるだろうけど──ウマ娘は、走っている最中は冷静に思考ができなくなる、というわけだ。

 

 こればかりは仕方ないことだ。なにせ生体的な反応で、何十億年という本能の蓄積によるもの。十数年しか生きていないアタシの理性じゃどうしようもない。

 

 けど……。

 さっき言った、無意識的な思考によるノイズ。

 こっちはあくまで、精神的なもの。解消するのは不可能じゃない。

 

 ……なんて、そう思って始めた精神鍛錬は、そりゃあもうとんでもなく困難だったけどさ。

 思ってみれば当然の話。雑念を払い、極限にまで集中するって、禅問答とかそっち系の技術だもんね。

 悟りを開くとまでは言えずとも、その第一歩を踏み出すくらいには難しいことだ。

 

 ま、結果的には習得したけどさ。

 

 秋天前の潜伏期間を使って、お寺で本気の修行した。滝行もした。いくつか苦行って言われるのも試した。

 真理に至るとか悟りを開くとか、そんな大層なことはとてもできなかったけど……。

 それでも、走ってる最中に思考の方向性を定め、それ以外をカットするくらいのことはできるようになった。

 

 ……外から見れば、ちょっとやり過ぎとも思えるかもしれないけどさ。

 

 こうでもしなきゃ、アタシは勝てはしないんだ。

 

 悟りだろうが、極致だろうが、破綻だろうが、なんだろうが。

 アタシに可能なあらゆることをしないと、ナイスネイチャはあの星に届かないんだから。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 澄んだ頭の中には、そういった見当識がつらつらと並んでいる。

 

 けれど、アタシはそれらを読み取ることはない。

 

 ナイスネイチャはホシノウィルムを追う。その為になら何でもする。

 それは、アタシという生き物を構成する骨子の一つであり、謂わば「ウマ娘は呼吸をする」とか「アタシが今生きてる」ってことくらい自明の理。今更確認するまでもないことだ。

 

 だから今、ノイズが極端に減って冴え渡るアタシの思考が費やされるのは、このレースについてのみ。

 

 

 

 有記念。

 今年のこのレースについて、アタシはトレーナーさんと、何百時間も研究した。

 

 今年の天皇賞(秋)に勝つのは、こう言っちゃなんだけど、前提だった。

 マックイーン先輩には申し訳ないけど、アレはアタシの成長を見る試金石。

 然るべき策、然るべき力を以てすれば、今のアタシはG1ウマ娘に勝てる。

 その、最低限の必須条件を満たしているかどうかの確認であり、自信を付けるための試練だったんだ。

 

 究極的に言えば、アタシにとってのライバルは、目指すべき背中は、ただ2つ。

 ホシノウィルム、トウカイテイオー。

 アタシの見上げた、キラキラのお星さま。

 

 だからこそ……去年の有記念が終わって、アタシの脚に故障の兆候が見えた時点から、アタシとトレーナーさんの焦点は今年の有記念に絞られた。

 ウィルが凱旋門賞に出るだろうことはその頃既に仄めかされてて、堀野トレーナーの方針上秋のレースは控えめになるだろうってわかってたし……。

 テイオーは、ウィル程にレースに出まくれる程脚が頑丈じゃない。……いや、その天才的な走法による負荷に比べて、だけど。

 

 あの2人と対決できるだろう、もっとも蓋然性の高い舞台。

 それは年末の大一番、最も多くのファンが出走を望む、この有記念だった。

 

 だから、アタシたちはこの1年、ひたすら研究した。

 おおよそレースに関連する尽くを調べ尽くし、考え尽くした。

 

 今回のレースの考察、その一点に限っては、堀野トレーナーにだって負ける気はない。

 表にはあまり出て来ないものの、その実ウィルと同格の化け物じみたトレーナー。

 彼ならきっと、過去のデータとか映像、あるいは現地での実測を元に、無数の予測も立てては来てるだろう。

 

 けど、今回ばかりは……アタシの策を、押し通す!

 

 

 

『先頭はホシノウィルム、やはりホシノウィルムが先陣を切ってレースを作ります。アウトコースから追うのはメジロパーマー、少し遅れてダイタクヘリオスにソウリクロス。

 大逃げ軍団に続くのはミホノブルボンとユニゾンブラック、トウカイテイオーがここにいて内にメジロマックイーン、ライスシャワー、シャルウィラン、先行集団は殆ど固まっています。そして三等星ナイスネイチャは後方集団で悠然と構えている!

 ここからどう動くか誰が動くか、夢を背負った一団が目の前を駆け抜け、大歓声が上がります中山レース場。第一コーナー前の登り坂に入ってここから中盤戦といったところ!』

 

 

 

 バ群の中、アタシは気持ち歩幅広めのストライドで駆けていく。

 中団、先行集団を盾にして、周りに適宜圧を飛ばしながら。

 

 ……ここまでは、プラン通り。

 より正確に言うなら、プラン26の6に入った形になる。

 

 ソウリクロスは領域を開き、逃げウマ娘たちを掛からせた。

 大逃げウマ娘にこれが有効かはわからなかった。プラン1から23までは無効だった場合の想定だったけど……結果として、やっぱり有効だったみたい。

 結果として、ウィルは最速と言っていいくらいのスタートから更に猛加速して、突き抜けていった。……アタシやテイオーがまだまだだった頃を思い出す千切り方だね。

 

 更にあの子を追い立てるのが、ダイタクヘリオスとメジロパーマー。

 互いの熱を感じ取ってどこまでも掛かり続ける「爆逃げ」ウマ娘なんて呼ばれる2人組は、ソウリクロスとホシノウィルムに更なる熱を感じ取り、もっともっとと前を目指し。

 そしてそれを感じたウィルが、きっとその笑みを酷薄に深め、無制限にペースを速めていく。

 

 3人を追うのはソウリクロス。

 領域の力で加速した彼女は、ほんの刹那先陣を切りかけたけど……たった1歩でウィルに追いつかれ、2歩目で既に抜かれてしまった。

 そこから100メートル前後で、大幅に掛かり始めたダイタクヘリオス、そしてメジロパーマーにも抜かれてしまう。

 クラシック級とシニア級のウマ娘との間には、スペック的な隔絶がある。無制限に加速する大逃げウマ娘たちと競えば、どうしたってこの展開は避けられないだろう。

 けれど、ソウリクロスは決して諦めない。渾身の力で体を前へと蹴り出し、3人を追っている。

 その意地こそが、ウマ娘の意志なんだって……ふふ、よく分かってるじゃん。

 

 大逃げの一団はこんな感じで。

 次に考えるべきは、ハッピーミーク。

 今回は追込を選んだらしい彼女の持つ領域は、恐らく……快晴状態を条件として発動する、「他者を自身の策通りの動きに誘導する」もの。

 去年の有記念では、スペシャルウィークが突き抜けたことで領域に穴が空いて、そこからアタシはかろうじて策を通すことができたけど……。

 ……今回は多分、アタシがそれを為さなきゃいけない、かな。純粋な策、プランの完成度で勝つ必要がある。

 

 そして、もう一人のキーパーソン。

 読み辛くレースを揺るがす大きな変数と言えば、やっぱりトウカイテイオーだ。

 

 彼女は……正直、想定外の動きをしていた。

 いや、違うね。想定外じゃない。

 むしろ、極めて「想定内」だ。

 

 先行ウマ娘にとっての理想的なレース運び、理想的なポジショニング。

 彼女はそれを、淡々と貫いているように思えた。

 勿論、アタシはその動きも想定してる。むしろ真っ先に立てたプランの一つだった。

 

 そう、そうなんだよね、理想的だ……。

 ……アタシみたいな、凡百のウマ娘からも十分に見える、つまんない最適解だ。

 

「……何?」

 

 トウカイテイオー。

 私が追う、ウィル以外のもう1つの星。

 その走りは、最も読み辛いと言ってもいい。

 

 ウィルは、その強さを明確に確立してからは、彼女にとっての最適解、つまりは純粋なフィジカルでの勝負を望むようになった。

 だから、ある意味じゃ読み易い。……なにせアタシにとって、一番やり辛い戦術だからね。

 流石というか厄介というか、やっぱり堀野トレーナーはアタシたちの天敵だ。策を読んで来ると分かって、それでなおどうしようもない戦い方をしてくるんだから。

 

 だけど、逆に言えば。

 私にとって一定以上辛い戦術をとって来るってわかってるから、読み易いと言えば読み易いんだよね、ウィル。

 ……まぁ、本当に策の読み合いになったら、勝てるかと言われれば確信はできないのが堀野トレーナー。

 ある意味じゃ、こうしてある程度読み合いを放棄してくれるのは僥倖かもしれない。

 問題はその先、戦術ラインではなくレース全体での勝利を考慮する戦略ラインでの策謀なんだけど……それはさておき。

 

 ウィルの動き方は、読める。

 けどそうなると、レースを構成するウマ娘の中で、一番読み辛いのは誰か。

 

 その答えこそ、トウカイテイオー。

 

 あの子は才気の怪物だ。

 アタシ程度じゃ思い付かない、とんでもないやり方を無限に発想してくる。

 

 それでも、そしてだからこそ、アタシとトレーナーさんは必死にいくつもの選択肢を構想した。

 どんな突飛な走りをしても、どんなあり得ないプランを通して来ても、対応できるように。

 

 ……それなのに。

 

 なんだ、この、トウカイテイオーらしくない「普通の」走り?

 

 

 

 考える。

 考える、考える、考える。

 

 今、ユニゾンブラックに続いて走るテイオーは、何を考えてる?

 なんでこんな走りを選んでる?

 

 ……いや、違う。

 

 

 

 コイツ、今、何をしてる?

 

 

 

 視界がブレる。

 違う、ブレてるんじゃない。正常に認識しろ。もっと思考を回せ。

 

 アタシの視界は至って正常。

 異常なのは精神、より正確に言えば、認知。

 

 そして、ブレてるんじゃなくて……。

 これは、重なってるんだ。

 

 デジャヴ。既視感。無意識的想起。

 あの子の走りが、在り方が、雰囲気が、何かに重なって見える。思える。

 

 その、「冷たい」走りが。

 

「……!」

 

 それに気付いた瞬間、アタシの脳内に酷いアラートが鳴り響く。

 このままじゃ不味い、という直感。あるいは経験則。

 

 必死に脳内の本棚をひっくり返して、この既視感の正体を探る。

 情報。情報だ。アタシには必要だ。今すぐ、少しでも多く、あの走りの情報が。

 

 どこかで見たんだ。

 それも、そう昔の話ってわけじゃない、割に最近。

 あの走り。あの存在感。あのいっそ冷たい、最適解……。

 

 

 

『……寒い』

 

 思い出したのは。

 酷く濁った眼をした、アタシの親友の、ずっと昔の姿。

 

 

 

 ……は?

 

 まさか。

 いや、まさかじゃない!

 分かり切ってることだ、あの子が化け物じみたことしてくるなんて!

 常識は棄てろ、現実を受け入れろ、最も蓋然性の高い事実を見ろ!!

 

「ッ!!」

 

 あの子、ウィルの二重人格じみた精神の切り替えまでコピーしてきやがった!!

 

 

 

 気付いたタイミングは、本当にギリギリだった。

 

 でも……逆に言えば。

 

 ギリギリだけど、読み切った。

 

 プラン変更。26の73、サブルートへ。

 

 舐めるなよ、トウカイテイオー。

 アンタの天才性は、その輝きは、アタシが一番よく知ってるんだッ!!

 

 

 

『第二コーナー下り坂、ここがレースの折り返し。

 残り1200メートルの距離を前に、大逃げの一団はようやく落ち着いたかややペースダウンを見せています。ただしただ一人、神話の龍たる彼女だけはその走りを緩めない!

 一方で先行集団先頭トウカイテイオーが積極的に前に詰める! 対抗するようにミホノブルボンとユニゾンブラックもペースアップ、大逃げ集団との距離がゆっくりと縮まり始めました!』

『大逃げ集団に気を取られがちですが、先行集団のペースだけ見れば、例年とほぼ同じか少し遅いくらい。

 普段はバ群を前に牽引していくホシノウィルムですが、今回は序盤から一気に突き放したことで意識から外れているのか』

 

 

 

 意識する。

 自らの身体。骨と肉、内臓と関節、全身に張り巡らされた毛細血管まで。

 全てを、完全に、意識通りに動かす。

 

 タタンと、脚のリズムを微かにズラす。

 ストライドを少しだけ小さくして、ピッチ回数を増やす。

 呼気を僅かに多く、重く、ペースダウン。

 いくつかの微細な身体操作で以て、けれど周りのウマ娘へ多大な影響をもたらす。

 

 カチリと、スイッチを切り替えるように、バ群の雰囲気と在り方が変わった。

 多分、それに気付いてるのは、当人であるアタシだけなんだろうけどね。

 

 

 

 ……ああ、本当にギリギリ。

 だけどプランの変更は確かに間に合った。

 トウカイテイオーが中盤過ぎでペースアップを始めるルート、その細部修正版。

 

 トウカイテイオーがここまでに見せてた優等生な走りは全部見せかけ……というか、多分あの子が作った第二の人格による走りで。

 あの子は今から、ここまで溜め込んでた力を徐々に出し始めるつもりだ。

 

 きっとそれは……光栄なことにアタシ対策だろうね。

 ナイスネイチャがレースを完全に掌握しないように、自分が予測できない動きをして妨害しようとした。

 あの天才から、名指しで対策されるなんて……はは、数か月前までのアタシなら喜んでたかもしれない。

 

 まあ、今は「舐めるな」って感じだけど。

 

 今のナイスネイチャに、「不測の事態」なんてものはない。

 アタシとトレーナーさんが徹底的に考えて考えて考え尽くし、起き得るありとあらゆることを想定したんだ。

 テイオー、アンタがどんな奇想天外な走りをしたって……いいや、ホシノウィルムが神がかった走りをしたって、全てはアタシたちの想定の範疇。

 

 だから、問題は……外ではなく、むしろ内。

 アタシが実際に走りながら、勝利のためのルートをなぞれるかどうか。

 

 勝利への道筋はある。確かにそれを打ち立てた。

 あとは、レース全体の流れ、ウマ娘全員の意図と行動、走りの方向性や領域の展開タイミング。

 それら全てを常に把握し、管理し、千にも迫る道筋の内から適切にそれを選び取れるかどうか。

 そして……それらをコントロールできるよう、完璧に体を動かせるかどうかだ。

 

 

 

「…………」

 

 努めて冷静に、冷淡に、冷徹に。

 周囲から情報を集めて、それらを元に今の状況を理解し、これからの道筋を舗装する。

 

 アタシは、極めて強力なウマ娘ってわけじゃない。

 絶対的に見た身体能力は、ようやくG1ウマ娘のレベルに辿り着いたけど……。

 それでも、ホシノウィルムの怪物じみたスペックや、トウカイテイオーの天才的なレース勘を思えば、こんなのは持ってて当然の最低限。

 ここまで辿り着いて、アタシはようやく、あの子たちと同じ勝負の土俵に立てたに過ぎない。

 

 ナイスネイチャに余裕はない。

 無駄なことを考えれば、無駄なことをすれば、勝利はこの手から簡単に零れていくだろう。

 

 故に、私にはただの一つも、ミスが許されない。

 完璧に、周到に、間違いなく、正しく、想定されている道筋を辿らないといけない。

 そうしないと、レースに……一等星と二等星には勝てやしない。

 

 ……テイオーめ。それを理解した上で、アタシを引っかけようとしてたな。

 

 厄介な欺瞞だ。

 最適解に見せかけて、急激に突飛な走りで全部壊そうとしてきた。

 あと一瞬乗り換えが遅かったら、バ群のコントロールにロスが生まれてた。勝率がゼロになってた。

 

 

 

 残り1200メートルっていう折り返し地点からペースを上げるのは、スタミナに秀でるわけじゃないテイオーの選択としては、少し意外なようにも思えるけど……。

 

 やっぱり、気付かれたんだ。

 バ群全体のペースを落としてたことに。

 

「……ま、だよね」

 

 当たり前だけど、ウィルのペースに付いて行くなんて無理無茶無謀。

 そんなことをできるウマ娘は、トゥインクルシリーズのどこにもいない。

 

 だから……ひっさびさに大逃げウマ娘と大差以上の距離が開いた今回のレース、先頭のあの子たちとの距離感を測りかねる今、アタシは敢えて逃げ以下のバ群の動きを鈍らせ、ペースを落していた。

 

 アタシは差しウマ娘。

 基本的に前半中盤は溜めに溜め、終盤に逃げも先行も抜き去るスタイル。

 だからこそ、前半のペースなんて遅ければ遅い程……とは言わないまでも、最低限ウィルを捉えられる、可能な限りローペースな展開が理想だ。

 

 ってわけで、しれっとペースを落してたんだけど……。

 そりゃあ、テイオーから隠し通すのは無理だよね。

 アタシの予測を千切るように、あの子はペースを吊り上げ始めたわけだし。

 

 テイオーは先行ウマ娘、ちょっと前めに走るのが基本だ。

 差しウマ娘であるアタシのペースよりも歩みを速めるのが妥当なところで、だからこそこうしてペースアップをしてくるのは、一応の予測通りであり……。

 

 ……まあ、最悪の展開でもある。

 

 歯噛みする。

 この展開は、とても、とても良くない。

 

 トウカイテイオー。

 アタシはあの子と……1対1で、戦わないといけないわけだ。

 

 バ群を前へ引きずるテイオー。

 バ群を今のペースで保とうとするアタシ。

 12人のウマ娘、バ群を使った綱引きだ。

 

 ただでさえウィルとも綱引きしなきゃいけないのに、あの子とまでやらなきゃいけないなんて。

 まったく……直感的な判断なんだろうけど、本当に痛いところ突いてくれる。

 

 ナイスネイチャは、トウカイテイオーに才能で負けてる。

 特に、即時のアドリブ力で、テイオーに絶対勝てない。

 だから、いきなりこの綱引きを始めたら、アタシは間違いなく押し負ける。

 

 ……でも、アタシは、策謀家なんて言われてるウマ娘。

 この展開、この流れ、この状況だって全部予測できてるし……。

 当然、対策もできてる。

 

 

 

 体に巡る血を意識し、体の端々にまで力をみなぎらせ……。

 渾身の力で、踏み込む。

 

 自らの自信、走りへの誇り。

 アタシの中にあるほんの微かなそれを、けれど磨き、輝かせ。

 

「ッ!!」

 

 今一時、あの子と並ぶだけの圧力(ひかり)を、放った。

 

 

 

『夢を背負って向こう正面の直線コース、バ群が少しずつ縦に伸びていく!

 大きく離れた5番手のミホノブルボン、次いでユニゾンブラック、そして2人を追い立てるようにトウカイテイオー。しかし続くメジロマックイーンまで1バ身、ライスシャワーまで1バ身、ここからイクノディクタスまで更に半バ身、そこからシャルウィランまでは更に2バ身!

 大逃げウマ娘に向けて走るか、あるいは自らのペースを保つか。皆一様に選択を強いられています!』

 

 

 

 トレーナーさんが「スターライト・オマージュ」なんて名付けた、これ。

 言っちゃえば、ただのこけおどし。周りのウマ娘に圧力をかけて動きを鈍らせるってだけのブラフ。

 

 けど……何事も使いようだ。

 こういう時には、これ以上ないくらいに有効になり得る技でもある。

 

 トウカイテイオーは、星だ。

 二等星って言葉は、決して間違ってない。あの子はウィルに次いで存在感を放っている。

 

 だからこそ、その星が唐突に前へと進めば、皆光に当てられて、思わず彼女の背を追ってしまう。

 

 でも……アタシのこれは、たった一瞬とはいえ、あの子と並ぶ輝きを放つことができる。

 その輝きは、トウカイテイオーにさえ負けることはない。

 

 前へと釣られかけたウマ娘たちはアタシの放った圧力に対し、ほんの一瞬とはいえ驚き戸惑い……。

 それが、一周回って彼女たちを冷静にさせる。

 

 ウィルやテイオーたちばかりが輝くけど、みんなG1級ウマ娘、それも有記念に出走するような子たちだもん。

 突然テイオーが前に出て戸惑う、その瞬間が終わってしまえば、みんな勝つための最善手を……自分なりの走りをきちんと取り戻せる。

 

 先行ウマ娘の中には、テイオーを追う子もいる。スタミナ自慢のマックイーン先輩はその典型例だ。

 

 でも……多くのウマ娘たちは、アタシの形作った速度から逸れることはない。

 自分の走りを、自分のペースを──彼女たちがそう認識している、アタシがそう思わせてるペースを──保っていた。

 

 糸は、切れない。

 この手に繋がる17本は、依然として張っている。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 粗い呼吸の中、思わず吐息を漏らした、その時。

 前方を走るテイオーの意識が、こちらに向き……。

 

 苦々しく、けれど楽し気に笑ったのがわかった。

 

 それを感じ、アタシは内心で喝采を挙げる。

 

 ……勝った。

 勝ってやったぞ、トウカイテイオー。

 

 ようやく……まだレースで勝ったわけではないにしろ、一矢報いてやった!!

 

「くく……!」

 

 漏れ出る達成感と悦楽を噛み殺しながら、滾り続ける熱情を糧に走る。

 

 まだだ。まだ終わってない。終われない。

 テイオー。ウィル。アタシの瞳を焼いた、眩しいお星さま。アタシの、愛しいライバルたち。

 

 アンタたちを越えて、アタシが本当に、アタシの物語の主人公になるまで……この脚は止まらない!

 

 

 

 

『さあ向こう正面を越えてついに第三コーナー、恐るべきホシノウィルムは依然として先頭、ダイタクヘリオスメジロパーマー、ソウリクロスはジリジリと後続との差を詰められていますが、しかし、しかしホシノウィルムは突き抜けたままペースを崩さない!!

 完全なる独走、完全なる孤高! 星の龍の神話はついに有にすら蹄跡を刻むのか!?

 中山の直線は短いぞ、後ろの子たちはここから詰めなければ間に合わない! ペースは一気に吊り上がり、ここからが勝負所!!』

 

 

 

 見えてる。掴んでる。

 冴えた頭が、この状況を、完全に捉え切っている。

 

 前評判。大衆からのイメージ。ライバルの実力。コンディション。天候。バ場。それぞれの思惑。

 とても細い糸みたいなそれらの情報を束ねて纏め、1本の確かな道筋、勝利へのルートを構築する。

 

 ……そうして、ついに、見えた。

 

 プラン26、73サブ、8、28。

 

 これで勝てる。

 アタシの知る全ての情報が、そう言っている。

 

 ホシノウィルム。

 あの子にほんの僅か、ハナ差もないくらいの差で、アタシは勝てる。

 

 いいや……勝つ!!

 

 

 

 完璧な歩法。完璧な態度。完璧な圧力に、完璧な作戦。

 

 断言する。

 アタシの走りに、欠けたところはなかった。

 

 間違いなく、最適解。

 ここに、アタシの、ナイスネイチャの走りは完成を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そう。

 

 だから、そんなアタシが負かされるっていうのなら、それは。

 

 

 

「……あ、は、はは」

 

 

 

 アタシの知らない、予測すら付かない、新たな神話の1ページのような。

 

 そんな、絶対的な星の輝きを以て、他にない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突に。

 

 塗り替わる。塗り替えられる。

 

 アタシの見ていた世界が、全く別の世界に。

 

 中山レース場のターフが、レーンが、観客席が……。

 全てが色を失い、灰色に褪せていく。

 

「なっ……!?」

 

 領域、ではない。

 少なくとも、普通のそれでは。

 

 領域の光景は、通常の世界の上に重なって見える。

 ちょっと違うけど、わかりやすく例えていうのなら、レイヤーみたいなものだ。

 あくまでも重なっているだけだから、見ようとすれば正常な中山レース場の光景だって見える。

 領域は、そういうものだ。

 

 ……けれど、それなら、今目の前にあるこれは?

 現実にまで侵食するかのような、この景色は。

 

 普通の領域よりも、ずっとずっと濃い、この世界は……何?

 

 

 

 愕然とするアタシたちの前方、遥か彼方で。

 

「はは、ははははは、はははははははははッ!!」

 

 今、空の彼方にある恒星(たいよう)よりもずっと眩しい……。

 

 灰の煌星が、哄笑している。

 

 

 

 こんな景色は、情報にない。

 そんな未来は、想定にない。

 

 アタシたちの策は、灰の光に()れ去る。

 

 

 

 

 

 

 ……けれど。

 それは、ナイスネイチャの敗北を意味しない。

 

 アタシはまだ、負けてない。

 

 

 

 

 

 

「くっ……!」

 

 あー、もう、クソ。

 本当、やってくれるよね、ウィル。

 アンタはいつも、予想のハードルを遥かに飛び越えて。

 まるで龍のように身軽に、宙高く、アタシの手をすり抜けていくんだ。

 

 そんなアンタだからこそ、アタシは憧れたんだけどね。

 

 ここからは力戦かぁ。

 アタシの実力で、この世界とぶつかんなきゃいけないわけ?

 

 ……はは、うん。

 正直、絶望感がすごい。

 きっと3年前のアタシなら、ポッキリ心をへし折られて、競走ウマ娘辞めてたかもね。

 

 

 

 でも、やってやる。

 やってやりますよ!

 

「負け、るか……ッ!!!」

 

 ナイスネイチャの心にはもう、諦めなんて残ってないんだ。

 アンタがそれを吹き飛ばしたこと、後悔させてやるっての!!

 

 

 







 龍、また新技で環境ぶっ壊してる……。



 次回は一週間以内。ホシノウィルム視点で、有記念後編。



(追記)
 忙しすぎて推敲時間が取れない……! 誤字脱字多かったら申し訳ないです。
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