転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 すみません、1日遅れました!
 改めて、ホシノウィルムの視点で、有記念後編。





灰星

 

 

 

 シニア級3年になって、私ことホシノウィルムは、数多の敗北と困難に直面することとなった。

 

 レースの土壇場で歩さんにお手上げさせる程の天才性を発揮する、トウカイテイオー。

 想定と現実が完璧に噛み合うという条件こそあるものの、領域によってレースを完全に掌握してしまう、ハッピーミーク。

 多分テイオーと並ぶか、それ以上かもしれない天才たる西の英雄、アンダースタンディブル。

 シンプルに高すぎる実力ととんでもない体のバネを活かした爆発力で全てを叩き潰す、オグリキャップ。

 直接戦ったわけではないけど、高い実力と鋭い策謀を併せ持つことに成功した傑物、ナイスネイチャ。

 

 全員が全員、恐るべきウマ娘たちで。

 全員が全員、最高のライバルたちだ。

 

 あの子たちと戦い、走り、高め合ってきたこの1年。

 珠玉の経験、って言っていいだろうね。

 私はきっと、何度生まれ変わってもそう得られないだろう日々を過ごすことができた。

 

 それもこれも全部、歩さんのおかげだね。

 あの人は、私にたくさんの宝物をくれたし、くれるけど……その内の1つが、これ。

 数多の強敵とのレース。他の何より心躍る、勝てないかもしれない戦いだ。

 

 それは今生の私にとって、必要不可欠と言ってもいい。

 かつて私を凍てつかせていた氷すら融かし尽くした、マグマのように煮え滾るこの想いをくれたものであり。

 私が心底から夢中になっている、最も楽しい瞬間でもあり。

 ホシノウィルムをここまで成長させてくれた、道標でもあるものだ。

 

 ……でも、まぁ、当然というか。

 如何な転生チートウマ娘のホシノウィルムといえど、完全無欠に順風満帆とはいかない。

 熾烈なレース、強力無比なライバルが揃えば、そこに苦戦という要素は生まれ得る。

 

 そう。最近の私は、苦戦していたのだ。

 いや、もっとハッキリ言ってしまえば、何度も何度もボコられて敗北していた。ウマ娘にはまだまだ上があるのだと、理解らせられていた。

 

 それらの敗因は勿論多岐にわたるわけだけど、その内の最大要因を挙げるのなら……。

 

 領域、だろうね。

 

 

 

 領域。

 これは、ウマ娘の魂……この前歩さんがチラッと言ってた、「ウマソウル」ってヤツの力の象徴だ。

 

 私たちの走りの形がある程度完成し。

 走り、誰かと競い合うことを心より楽しみ。

 レースへの集中が極限に達する。

 それらの条件を満たしてようやく使えるようになる……前世のオタク的知識で言うのなら、ユニットそれぞれで違う、固有の必殺技みたいなもの。

 

 その効果は多種多様にわたるけど、最も一般的な自己昇華型のものであれば、自身の走りの強化と最適化。

 いわば、他の普遍的な技術と同じように、私たちの走りを高めてくれるものではあるけど……。

 領域の何よりの特殊性は、これを使用するために消耗する思考力だろう。

 

 アスリートの世界じゃそこそこ有名な、ゾーン状態。

 これの延長線上にあるとされている領域は、当然と言うべきか、その強力な効果に応じたリソース……思考演算能力を吐き出すことになる。

 

 普通のウマ娘の思考能力では、領域は1つ捌き切るのがやっとだ。

 私の「アニメ転生」を使ってなお2つで限界だし、完全な同時併用は私以外の誰にもできないだろう。

 そして、これに思考の大半を費やす都合上、急に外部から領域を破壊されたりすれば、そのウマ娘の走りは崩れて強制的に調子を落とされるってのも厄介なところ。

 

 とまぁ、必殺技特有の制限はいくつかあるんだけども。

 それに釣り合うくらいに、いいや、補って余りあるくらいに、領域は強力なものだ。

 私がクラシック級の頃に体験したように、あるいはつい先日にも経験したように。領域があるとないとでは、本当に天と地ほどの差がある。

 

 だからこそ、他者の領域を破壊したり閉鎖したりするタイプの他者干渉型領域は、本当に厄介なんだ。

 

 シンボリルドルフ先輩の、矢の一閃による破壊。

 ネディリカの、全領域の安息による鎮静。

 

 今年の宝塚記念後辺りから出て来た、新たな切り口。

 オタク的に言えば、新環境と言ってもいいかもしれない。単純な力のぶつけ合いは終わり、それぞれがメタを張る時代が来ているわけだ。

 

 ルドルフ先輩とネディリカ。今まで使ってきたのはただ2人きり。

 だけど、もしその2人が出走ウマ娘たちの中にいれば、ホシノウィルムのレースの勝利に対し、大きな障害となることは想像に難くない。

 

 だから私と歩さんは、これへの対策を考えていて……。

 

 オグリキャップ先輩のあの領域に、ヒントをもらった。

 

 

 

 ああ、なんだ、簡単なことじゃん。

 

 他人の領域程度じゃ揺るがない、最強の世界を使えばいいんだ、って。

 

 

 

 勿論、それが困難だってことはわかってる。

 というか、ドリームトロフィーリーグでルドルフ先輩に並ぶトップ層であるオグリ先輩の領域なんだ。

 きっとそれは、文字通りレジェンド級の存在でなければ身に付かない。

 

 ま、でも、それなら問題ないよね。

 私、歩さんから「領域相性を考慮しないなら、シンボリルドルフに十分勝てる」って言われてるわけだし。

 

 途轍もなく強固な領域を使う、という方針は決定。

 後に残った問題は、その段階にどうやって辿り着くか、だ。

 

 私の領域、『天星の蛇龍』は既に異なる形に昇華済み。

 『青く燃えるクリカラ』はどうしても汎用性に欠けるって弱点がある。

 

 だからこそ、どのようにして領域に絶対性を付与するかが問題で……。

 

 ……それも、あの子にヒントをもらった。

 

 

 

 こう表現すると、たくさんのウマ娘にぎょっとした表情で否定されちゃうかもしれないけどさ。

 ホシノウィルムは、ぶっちゃけ天才じゃないんだよね。

 

 転生チートによるフィジカルの強さはある。

 思考力の加速っていう特殊な力もある。

 歩さんによる完全無欠の最強育成眼もある。

 

 でも、私には、トウカイテイオーとかアンダースタンディブルみたいな、天才的な直感力と成長力はない。

 

 ホシノウィルムの強みは、いつだって地道に培ってきた力だった。

 そりゃあ走りの中で技術を開発したこともあるけど、それだって事前の徹底的なトレーニングと歩さんから教わった技術、ぼんやり考えていた発想が、レースによる刺激でその瞬間に実を結んだってだけ。

 あの宝塚記念の時と大阪杯の時を除けば尚更だ。私はいつだって、歩さんの監視下で実証実験を経て技術を確立してからレースに臨んできた。

 安全性と確実性重視。それが私たちの陣営の方針だったからね。

 

 私は、アドリブ力……歩さんが言うところの「ウマ娘の爆発力」ってものを、あまり持っていない。

 単純にレース中の爆発力で競ったのなら、多分私は、あの本当の天才2人には勝てないだろう。

 

 だから、私は天才じゃない。

 少なくとも、本物じゃない。

 

 ……まあ、でも。

 

 そんな私に……いいや、私()()だけにできることってのも、あるんだよね。

 

 

 

 さあ、準備は整った。

 披露の状況も揃ってる。

 

 いざ、ライバルに、ファンのみんなに、見せてやろう。

 

 

 

 競走ウマ娘ホシノウィルムの、「本当の世界」ってヤツを。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『夢を背負って向こう正面の直線コース、バ群が少しずつ縦に伸びていく!

 大きく離れた5番手のミホノブルボン、次いでユニゾンブラック、そして2人を追い立てるようにトウカイテイオー。しかし続くメジロマックイーンまで1バ身、ライスシャワーまで1バ身、ここからイクノディクタスまで更に半バ身、そこからシャルウィランまでは更に2バ身!

 大逃げウマ娘に向けて走るか、あるいは自らのペースを保つか。皆一様に選択を強いられています!』

 

 

 

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」

 

 もはや慣れ切った呼吸のペース。

 変にそれを乱さないよう、適切なペースで吐き、吸い、また吐いた。

 実に3年の、いいや、15年の研鑽は、アニメ転生から漏れ出た思考力の増加も合わさって、もはや無意識的な呼吸の調整とコントロールを可能としている。

 まるで走っている方が自然な姿だと言わんばかりだ。いや、実際そこまで間違ってないかな。

 

 そうして息をしながらも体を懸命に前へと走らせながら、けれど考えるのは別のことだ。

 久々にバ群を大きく引き離した今、後ろのウマ娘を意識する必要もないし……。

 やっぱり、自然と脳内を駆け巡るのは、レースの最大の変数である領域のこと。

 

 このレースで脅威となるウマ娘は……ああいや17人のウマ娘全員が脅威ではあるんだけど、その中でも殊更に注意を払うべきウマ娘は、3人。

 ナイスネイチャ、トウカイテイオー、そしてハッピーミークだ。

 

 ただ、この中でも更に1人選ぶとなれば……。

 ネイチャの策は歩さんが完璧に読み切れるし、ミーク先輩はレースプランがネイチャと競合する都合上その全力を発揮できないわけで。

 となれば当然、残るトウカイテイオーとなるだろう。

 

 正直に言って、私から見ても歩さんから見ても、一番怖いのはテイオーの領域なんだよね。

 

 あの子の1つ目の領域、青空の世界は、まだ昇華の余地を残してた。

 そしてあの子は、憧れだったシンボリルドルフの本気の走り、領域を破壊する領域を目の当たりにしたんだ。

 

 最悪の場合……歩さんは「ほぼ確実に」って言ってたけど、領域破壊の力を培っていてもおかしくない。

 それは、下手にスキル化した領域を併用されるより、ずっと恐ろしい未来だった。

 なにせ私、この前領域を破壊されて人生初めて3着に落ちぶれたりしたし。自分が領域を使えず出し抜かれる怖さはよく知っていますとも。

 

 

 

 ……けれど、同時。

 私に、この状況を打開するヒントをくれたのも、あの子だったんだよね。

 

「ふっ、ふっ……くくっ……」

 

 まぶたの裏に想起する。

 右脚に灼熱の大地を、左脚に自由の碧空をそれぞれ宿して走る、トウカイテイオーの姿を。

 

 アレは、見事と言う他なかった。

 スキルに劣化させた領域を両立する、いいや、それどころか疑似的とはいえ領域を融合させた走りをするなんて、一体誰が思いつけただろう。

 

 ……そう、()()だ。

 

 そここそ、あの走りの中で編み出された、トウカイテイオーの最大の発明。

 誰も思いつかない、叩き潰した卵の底だった。

 

 

 

 本来、領域は併用できない。

 それは単純に、領域を同時に広げることで消耗する思考力が多すぎるが故だ。

 

 ルドルフ先輩やテイオーなんかは、それをスキル化によって解決した。

 領域の気配と力こそ微かに残しながらも、その精度を落として劣化させ、集中力を殆ど使わない技術のレベルにデチューン。

 そうして領域の直前あるいは直後に、この劣化領域を行使する。

 これによって、疑似的な領域連続使用が可能、ってロジックだ。

 

 一方で転生チートウマ娘である私は、「アニメ転生」をオンにすれば思考力が爆増する都合上、領域を2つ併用することができる。

 まあ、同時に使うとなると加速度的に消耗するので、「アニメ転生」状態でも2つ使えばあんまり余裕が残らないくらいなんだけどさ。

 

 ……でも、これはあくまで「連続使用」や「同時使用」であって、「融合」ではない。

 

 私は2つの領域を……例えるなら、複数のレイヤーを重ねるように使っているだけで。

 1枚のレイヤーの上で2つの領域を融合させよう、なんて。そんなことは思ってもみなかった。

 

 でも、あのテイオーの両脚。

 2つの領域を極限まで融合させた走りを見れば、そんな発想も浮かんでくるわけで。

 結局のところ、天才ならざる私に新たなアイデアをくれるのは、本物の天才だったんだ。

 

 

 

 私はこの1か月で、何度も何度も()()を練習した。

 

 走りながら、自身の走り、自身の存在、自身の魂、その形を考え続け。

 「アニメ転生」を全開に、私の脳内に描いたイメージを再現しようとし。

 

 そうして、ついに、掴んだ。

 

 実際にそれをやったことはない。

 ないけど、歩さんから許可をもぎ取れるくらいには……確かに、この手に掴んだんだ。

 

 私の、真の世界を。

 私の、深の領域を。

 

 

 

『さあ向こう正面を越えてついに第三コーナー、恐るべきホシノウィルムは依然として先頭、ダイタクヘリオスメジロパーマー、ソウリクロスはジリジリと後続との差を詰められていますが、しかし、しかしホシノウィルムは突き抜けたままペースを崩さない!!

 完全なる独走、完全なる孤高! 星の龍の神話はついに有馬にすら蹄跡を刻むのか!?

 中山の直線は短いぞ、後ろの子たちはここから詰めなければ間に合わない! ペースは一気に吊り上がり、ここからが勝負所!!』

 

 

 

 大逃げで独走状態の私が、レース終盤へと突入する。

 中山レース場の特性上、このレースで終盤と呼ばれるのは、殆どイコールで第三コーナーから。

 

 勿論、他の子たちはまだまだ、20メートル以上離れてる。

 つまるところ、終盤、終盤のコーナー、最終コーナー、最終直線。そのどれも、私以外のウマ娘たちは踏んではおらず。

 ソウリちゃんみたいな一部の例外を除き、殆どのウマ娘の領域展開条件は、満たされていないわけだ。

 

 

 

 ……まあ、とはいえ。

 仮に満たされていても。

 無理に領域を引き出されていようと、あるいは逆にそれを妨害されていようと。

 

 何の問題もありはしないんだけどね。

 

 

 

「すぅ」

 

 一度、息を吸う。

 同時、「アニメ転生」のスイッチを跳ね上げた。

 

 瞬間、爆発的に加速する思考。

 ただ漫然と広がってた世界が、理解することもできなかったあらゆる現象が、まるで靄でも晴れるかのようにクリアに……「理解できる」ようになる快感。 

 

 ああ、何度やっても慣れない全能感だ。

 走ることが大好きな理由の1つでもあるこれは、本当に心地良いんだけど……。

 

 今回は、これを放棄することになる。

 

 完全に再現性を確保した技術じゃないから、断言はできないけど。

 多分、今から私がやろうとしていることは、これまでにないくらいの思考力、集中力、そして……私たちの魂の力も消耗してしまう。

 

 余裕なんてあるわけもない。

 全身全霊の、全力全開で行く。

 

「ふぅ」

 

 息を吐く。

 無駄に溜め込んだものを全て体外に出して、その一瞬、私は自然体になった。

 

 

 

 そして……()()()

 

 

 

 目の前に広がるコースの全てを分析し理解できる、私の思考力。

 その全てを以て、脳内でひたすらに考察と理解を推し進める。

 

 一つ。

 私が最初に開いた、満天の空と、その中で星として走る世界。

 

 一つ。

 私が次に開いた、広がる草原と、全てを燃やして走る力に変える世界。

 

 ……それらを以て、分析する。

 

 その世界の持つ意味。

 その世界の持つ形。

 その世界の持つ色を。

 

 そして、その世界の、大元を。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 少し前に、昌さんが言ってた。

 信じられるかわからないけど、自分には霊感がある。

 そして、魂は色を持っているんだ、って。

 

 正直、本人が言ってたように、易々と信じられる話じゃなかったけど……。

 歩さんが「確かだと思う」って保証してたから、私もそれを信じることにした。

 

 彼女の言葉が正しいのであれば。

 私たちの魂……「ウマソウル」ってヤツにも、昌さんから見れば、色があるんだろう。

 少なくとも、昌さんの第六感、霊感によって定義するところの、色がある。

 

 それはつまるところ、「魂」っていう曖昧模糊な概念は、あくまでも定義できるものであり。

 私の五感では捉えられないだけで、確かにそこに存在しているものである……はずだ。

 

 昌さん曰く、私の魂の色は「少し複雑で冷たく映る、厚塗りの灰色」。

 そしてその「色」から、領域は発生している。

 

 言うならば、樹木の幹と枝葉の関係だろうって、歩さんは考察してた。

 いくつかに分かれた心象の原風景と、それによる領域の力。

 それはただ一つの魂という幹から、無数に枝分かれして出力されるもの。

 

 ……スピリチュアルな話が多くなっちゃったけど、まあつまり、何が言いたいかといえば、だ。

 

 その複数の枝葉を辿れば、幹に辿り着けるんじゃないか、って思うわけだ。

 

 

 

 イメージする。

 私の持つ世界、それらに理解という名の細い手足を伸ばし、もしくは根を張って、自らの本質を目指す。

 

 宙の景色。それの持つ意味を辿る。

 誰かから光と熱を受けて輝き、いつかは恒星へと至り、他者へと熱を伝播させる自己昇華。

 

 草原の景色。それの持つ意味を辿る。

 自らの培った過去、それを燃料としてどこまでも再加速していく自己昇華。

 

 ああ、そうだ。

 私はいつだってそう。

 

 結局のところ、ホシノウィルムの本質は、自己昇華にある。

 外部から取り入れた刺激と自ら積み上げた経験を用い、自分の走りをどこまでも高めていく。

 それを以て周りに熱を伝播させ、ライバルたちに強くなってもらい、それを更に自らの糧にする。

 

 それが私の本質であり。

 それがホシノウィルムの生き方だ。

 

 周り全てを喰らい、どこまでも強くなる貪食な龍。

 あるいは……世界を焼き払う、灰の恒星。

 その在り方が、私の持つ色に、最も近い。

 

 自分の存在。本質の形。魂の色。

 それらを解体し、解剖して、理解という手足を絡みつかせて……。

 

 

 

 

 

 

「掴んだ」

 

 ついに、()()に、至る。

 

 

 

 

 

 

 「私」という色を含まない、純粋な「ホシノウィルム」の魂。

 

 前回は、これに接触する直前に切り上げたけど、今回は違う。

 私が必勝を誓うために……じゃないな。

 ただ、もっともっと強くなるために、私には目の前のコレが必要なんだ。

 

 無意識下のソレから漏れ出る力、ソレの持つ力の一部を使う領域(ゾーン)では、足りない。

 他者が使うそれに干渉される、弱々しい世界には何の価値もない。

 

 だから。

 

ホシノウィルム(わたし)、ほら、走るよ!!』

 

 意識もなく、静かに眠りに就いているソレを、私は叩き起こした。

 

 

 

 瞬間。

 

「……あ、は、はは」

 

 笑いが、口から零れ落ちた。

 

 理解してしまったからだ。

 私の魂の在り方を、ウマ娘っていう存在を、その意味を。

 

 なんて……ああ。

 なんて祝福された生命なんだろう、私たちは。

 

 

 

 さあ、行こう、ホシノウィルム(わたし)

 途中で終わってしまったあなたの旅路を、「私」と一緒にまた走ろう。

 

 あなた(わたし)の、美しい灰色の煌めき。

 ライバルに、ファンに、世界に、トレーナーに。

 

 みんなに、もう一度見せてあげようよ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 私の中に充填された、灰色の輝き。

 それが、踏みしめた右脚を通して、放たれる。

 

 領域とは、魂から流れた力を自らの原風景の1つに流し込み、世界の上に上塗りする手法。

 決して少なくないウマ娘たちが目覚めることからもわかる通り、これは魂の力を流用するいくつかの方法の内、最も安易で簡単なものだ。

 

 けど……ああ、今ならわかるよ。

 領域こそが最奥の力、これ以上ない技……なんて。

 

 そんなわけがない。

 

 もっと直截に、もっと直接的に、もっともっと大きく、その力を使えば。

 ……いいや、「彼ら彼女ら」に手を貸してもらえれば。

 

 私たちの条理は、世界を侵し得る。

 

 世界の上にもう一つ世界を重ね、そこに絵を描くんじゃない。

 

 この世界を……塗り替えることだって、できるんだ!

 

 

 

「はは、ははははは、はははははははははッ!!」

 

 私たちの、魂の力が。

 溢れ出る、無尽の灰の光が。

 

 世界を、焼き尽くす。

 

 

 

 全てを灰に。全てを塵に。

 ターフも、レーンも、内ラチも観客席も、上に広がる青空さえも。

 ありとあらゆる全てを灰へと帰し、無意味に貶めていく。

 

 宙に無数に輝く星。

 けれどその中で、トップに立てるのはただ1つだけ。

 私たちが勝つということは即ち、他の全てを愚弄し、踏み躙り、唾棄することであり。

 

 ただ一つの絶対的な存在となるために、あらゆる犠牲を許容し、踏み台とする。

 

 つまるところ、それこそが私の、私たちの真の形だ。

 「ホシノウィルム」というウマ娘()の在り方だ。

 

 

 

 そして、その上で!

 

「抜いて見せろ、ウマ娘共ッ!!」

 

 この一番星にすら勝る光を!

 私たちがもっともっと輝くための糧を!

 

 私たちは、何より求めてるんだッ!!!

 

 

 

『第四コーナー、ホシノウィルム独走! ホシノウィルム独走ッ!!

 残り500、誰一人として寄せ付けることなく未だホシノウィルムが大差の先頭だ!!

 後続の子も追いすがるが、しかし、しかし加速する、加速する、まだ加速する!?

 もはや常識の外! 摂理の外!! 神なる龍はここにこそありッ!!!』

 

 

 

 灰色に燃え尽きた中山レース場。

 ここは既に、私たちの魂が染めつくした。

 色を喪った世界に、もはや色は生まれ得ない。

 

 後方から、気配が届く。

 終盤に差し掛かり、その領域を広げんとするウマ娘たちの気配が。

 

 1つは、誰より自由な空の領域。

 雲から雲へと跳び、いつか宙すら越える、絶対の帝王の領域。

 

 1つは、暗闇を裂く17本の光の領域。

 何も見えないはずのそこで、けれどその意志を以てレースを掌握する、フィクサーの領域。

 

 それらは、けれど……。

 

「あは──っ!」

 

 色を喪い、灰の光に焼き尽くされ、無為な塵と化す。

 

 灰に焼き滅ぼされた世界に何を重ねようと、それもまた無彩色で無価値だ。

 この世界にはもはや、誰かが心象を重ねることなどできない。

 

 領域が恐ろしいのなら、使わせなければいい。

 なんともシンプルで分かりやすい最適解だった。

 

 

 

『────へえ』

『このっ……!』

 

 私たちが掌握した世界だもの、響く小声なんて簡単に聞き取れた。

 

 テイオーも、ネイチャも、どちらも折れていない。

 いいや、折れるわけがない。

 

 ああ、そうだよね。もはや疑うまでもない。

 

 ただ……私たちウマ娘の魂の深奥、その神髄を見せつけられた程度で。

 トウカイテイオーが、ナイスネイチャが、諦めるわけがない。

 私の最高のライバルたちが、膝を屈するわけがない。

 

 領域を展開することは、不可能。

 それどころか、彼女たちの踏む芝は今、いつものような反動を返さない。

 吸う息は散った灰に満ちて重く薄く、身を裂くように当たる空気は冷たく鋭く、ただそこにいるだけでも灰の光による致死の熱に襲われる。

 この世界の全てが、彼女たちの栄光の道を閉ざす。

 

 対して私たちは、領域よりも遥かに甚大な助力を、この世界から得ている。

 輝きを放つ大元たるホシノウィルムは、誰よりも速くこの世界を駆けることができる。

 全てを……中山レース場も、後続のウマ娘たちも、あるいはファンの目も脳も。全てを焼き払いながら走り続ける私たちを止めることは、誰もできないだろう。

 

 その負荷も、力も、領域とは比べ物にならない。

 彼女たちは全く未知の、これまでとは次元の違う脅威を味わっている。

 

 ……で?

 だからどうした?

 

 それが、あの子たちの諦める理由になるか?

 なるわけがない。なっていいわけがない。

 

 私の憧れた最高のライバルたちが……この程度の絶望で、脚を止めたりするものかよ!!

 

 

 

『勝負は最終コーナー300メートル!!

 先頭ホシノウィルム、先頭ホシノウィルム!! そこから後ろに、怒涛の勢いで追い上げるトウカイテイオー、そしてナイスネイチャ!! 後続のウマ娘たちが一団となって食い下がる!

 今こそターフに満天の星々が輝きます!! 背負った夢を叶えるのは、誰より眩い光を放つのは誰だ!?』

 

 

 

 負けられない。

 絶対に勝つ。

 この程度で膝を折れない。

 こんなところでは終われない。

 

 ホシノウィルムに、勝つ。

 

 想いが、想いが、想いが。

 17人分の、キラキラ輝く星のような、想いが。

 灰に満ちたこの世界で、それでもなお微かに熱を放つ、光が。

 

 それが、私を、より輝かせる。

 それが、ホシノウィルムを、より愉しませる。

 

 灰の光が、更にその威光を増す。

 

「あっ、ははは、ハハハッハハハハハッハハハハ!!!」

 

 

 

 狂ったように笑いながら、私たちは最終直線を駆けた。

 

 後ろから、じわじわと、ライバルたちが迫ってきているのがわかった。

 誰一人として諦めず、皆が皆、自分の強さを活かして。

 領域などあくまで手段の一つに過ぎず、自分は自分自身の走りを以て、先頭を走るあのウマ娘に打ち勝つのだと誓っている。

 

 でも……。

 

 初めて見せた『コレ』に対応できるウマ娘なんて、この世界のどこにもいない。

 少なくとも、たった800メートルの終盤の中では。

 

 

 

 今回は、私たちの、勝ちだ。

 

 

 

『ゴォォオオオルッ!!!

 ホシノウィルムが今! 後続に8バ身もの差を付け!! 改めてその力を、日本に示して見せました!! 1着入線はホシノウィルム、ホシノウィルムがついに有の舞台を征したァ!!!

 そして2着入線トウカイテイオー、続いて3着入線ナイスネイチャ! 凱旋門を征した日本において、最も輝くのは星の世代だ!!』

 

 

 

 * * *

 

 

 

 凄まじい、耳をつんざくような大歓声。

 その中で、私はゆっくりとペースダウンしながら、もう一人の私に終わりを告げた。

 

 彼女はそれを聞き届け……ゆっくりと、そのまぶたを閉じる。

 お寝坊さんな彼女が手を貸してくれるのは、レースの時だけだ。

 魂の力をだいぶ使ったこともあって、今は休息を選ばなきゃならないらしい。

 

 それに少し寂しいような心地を覚えつつ、私は振り返る。

 

 彼女が眠った今、灰の世界は普通の中山レース場の景色へと戻っている。

 そうして……その上に、17人のウマ娘たちがいた。

 

 ある者は、純粋な驚愕から目を見開き。

 ある者は「やってくれたな」と睨みつけてきて。

 ある者は、次こそ勝つと、その瞳に意志を込め。

 ある者は冷静に、今の現象を分析している。

 

 1つのレースを終え、けれど今、ここに満足しているウマ娘など1人もいない。勿論、私も含めて。

 誰もが誰も、次の機会を、次のレースを、より多くの走りを欲している。

 

 それに私は、ニマリと、唇を歪ませた。

 

 

 

 さあ。

 

 最後の手札を晒した。

 この力が存在するのだと、卵の底を割ってみせた。

 理解、計測、対策の機会を、あなたたちには与えたんだ。

 

 どうか私を追い詰めてほしい。

 灰の中でも翳ることなき光を、見せてほしい。

 

 それが、ホシノウィルムの、一番の願いなんだから。

 

 

 

「また走ろうね、みんな」

 

 

 

 私たちの競走(レース)は、まだまだ、終わることはない。

 

 

 








 領域深化!

「至星女 Lv1」
 溢れ出る光が世界を焼き尽くす。なお輝く星の煌めきを受けて更にその熱を増す



 これにて有記念は完結。
 次回番外編を1つ挟み、いよいよラストエピソード。



 次回は一週間以内(予定)。彼女の視点で、まどろみと目覚めの話。



(おまけ)
 「至星女」の詳細な効果は以下の通り。
 ①その時展開されている、あるいはその後展開される領域を焼却し無価値化する。
 ②自身に極大のバフをかけ他者に極大のデバフをかける。
 ③自身に迫ってくるウマ娘の数に応じて更に自身にバフをかける。
 ④領域やスキルから影響を受けない。
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