転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 ホシノウィルム視点で、最終エピソード後編。
 本編最終話です。





温泉旅行(2)

 

 

 

 決戦。

 その言葉が、私の思考に反響する。

 

 ……いつぶりだろうか。

 ここまで脚が震え、恐怖に身が竦みそうになるのは。

 

 クラシック級の宝塚記念以来、私はレースでの敗北を許された。

 いや、許されたって言うと少し語弊があるか。

 より正しく言えば、歩さんという史上最高のトレーナーさんの指揮下、最優先目標が「敗北しないこと」から「レースを安全に楽しむこと」に変更されたのだ。

 

 あの時あの瞬間、レースに挑む私から、無駄な緊張や恐怖はなくなった。

 歩さんの神業じみた調整もあって、以後のレースはとてものびのび走ることができたと思う。

 

 だからこそ……。

 今感じている恐怖と緊張、そして悪い意味での胸の高鳴りは、とても久々のものだった。

 

「すぅー……ふぅ……」

 

 決戦。

 そう。今から私が向かうのは、決戦だ。

 

 この3年間の積み立てて来たものの総決算。

 必ず勝たなければならない、負けるわけにはいかない一戦となる。

 

 どくんどくんと煩い心臓を押さえ、なんとか落ち着こうと深呼吸を一つ。

 けれど……ああ、駄目だ。やっぱりドキドキが止まらない。

 

 ただ一度きりの決戦で全てが決まってしまうなんて、恐くないわけがない。

 でも避けられる戦いってわけでもない。いつまでも先延ばしにはできない。

 私は自らの脚に覚悟を漲らせ、決戦の舞台へと上がらなければならないのだ。

 

「…………よし!」

 

 一度拳を握りしめて、覚悟を決める。

 こちとら史上最強の転生チートウマ娘。清水の舞台から飛び降りる覚悟くらい決めてやりましょうとも!

 

 ……内心からは『そんなに覚悟決めるべきこと? これ』などとのたまう半身の声が聞こえて来るが、一般転生ウマソウルは黙っていろ!

 転生前は元々オスであり、なおかつまだ目覚めて数か月しか経ってないからだろう、若干自認性別があやふやなあなたであればそうでもないのでしょうが、私にとっては一大事なのです。

 

『そっかー。がんばって』

 

 半身からのエールが嬉しいやら恥ずかしいやら。

 

 ともあれ、深呼吸を一度。

 私は決戦の舞台へ向かうに相応しい装いを整えることにした。

 

 旅館の浴衣をはらりと脱ぎ去り、なんとなくしっかりと畳んで籠へ。

 それから、持ってきていた大きなタオルを一枚身に纏う。

 

 こういう時は、自分の小さな体格がありがたいね。なにせタオル一枚で完全に隠しきることもできる。

 流石に今の段階で全てを晒すっていうのは……ちょっと、恥ずかしすぎるし一旦パスで。

 

 ……本格化が終わって早3か月、毎月測ってる身長が全く伸びてないのは正直怖いところだ。

 まさかこの145センチメートルで成長終了、なんてことはないと思いたいが。

 ただでさえ私は、他のウマ娘たちみたいに性格が良いわけじゃない。転生者であることもあって、普通の人間並みの善性だ。

 せめて体格くらいは女性的魅力を出さないと、歩さんの意識改革ができるか怖いんだけど……。

 

 あ、駄目だ駄目だ、緊張のせいか本当に思考が逸れるね。閑話休題。

 

 私は一度まぶたを閉じて、脳内で今の状況とこれからのことをシミュレーションする。

 

 時刻は夕暮れの差し込む17時過ぎ。

 私たちの泊まる旅館の温泉は、とても綺麗な茜色に染まっていることだろう。

 で、ここを男湯だと思っているはずの歩さんは、既に温泉の中にいるわけだけど……。

 

 なんと衝撃の事実。

 実はここは公衆浴場ではなく家族風呂なのだ!

 

 去年の春に当選した温泉旅行チケットはしれっとネイチャに譲った。

 私には「歩さんを合法的に温泉に誘う大義名分」さえありゃあ良かったのです。

 その後はここ数年で稼いだ実に10桁にもなるお金の一部を惜しみなく使い、貸し切りできる温泉のある旅館を探し、昌さんのサポートもあってここに辿り着いたのだった。

 

 ここの温泉は今、私がお金を出し、私が貸し切っている。占有している。

 言い換えちゃえば、この温泉の使い方は、私に一任されてる。

 ということは……今から私が突入しても、ルール違反でもマナー違反でもないわけだ!

 歩さんと洗ったり! 洗われたり! 湯船の中で、こう……イチャイチャしても! 問題なんてどっこにもないわけだ!!

 

 ……ああいや、いやいやいや! 勿論その、一線を越えるとか、そういうことはしないよ!?

 歩さんは私にとって、唯一無二、自分よりも大切と断言できる人だ。

 あの人を犯罪者にさせる気もなければ、その誇りを貶める意図もない。というか私にその度胸もない。

 

 ただ……ただ、ちょっとでもアピールができればいいな、と思って。

 

 ぶっちゃけて言えば、さっきも考えてた通り、私にはあんまり女性的な魅力はないと思う。

 少なくとも、成人男性から見て「少女として可愛い」とは思えても、「女として魅力的」とは思われ難いと自覚している。

 勿論歩さんは下半身でものを考えるタイプじゃない、というかむしろ下半身をすっぱり切り落としとるんかコイツはと思うくらいに、邪念の絡まない人ではあるけど……。

 

 それでもやっぱり、男の人だ。

 評価基準に「女としての魅力」が絡まないのは、むしろ不自然で不健全だと思う。

 

 本格化が終わった今、私のトレーニングの負荷は結構落ちる。これからは多少時間ができるはずだ。

 というわけで、ここからは女を磨くのと共に……歩さんへのアピールもガンガン増やしていく所存。

 普通ならここまで焦る必要はないかもしれないけど、私の周りにはライバルが多すぎる。

 ブルボンちゃんとかホント強敵だし、なんなら私の中のホシノウィルムもメス堕ちしたらどうなるかわかんないし、最悪アンちゃんが掻っ攫っていく可能性もあるわけで。

 

 きっと歩さんは、私が望めば、生涯一緒にいてくれると思うけど……。

 相棒としてだけじゃダメなのだ。イヤなのだ。

 

 私はあの人の横に、一人の女性として並び立ちたいのだから。

 

 で、そのための第一歩こそ! この、こ……混浴!!

 歩さんだって男性だもん、前世のオタク的知識じゃ垂涎もののシチュエーションで迫られれば、多少なりとも意識が変わる……はず!!

 

『そうかなぁ。相棒、その辺強そうだけど』

 

 うるさいぞ私! そうに決まってるんだ私!

 ていうかタオル一枚の美少女に迫られて興奮しなかったら、だいぶ……それはそれで問題あるでしょ!

 ……いや正直私も手ごわそうだな、というか無理では? と思ってたりしますけども!

 

 いや、今更そんなことで物怖じしてる暇なんてない!

 恐れも緊張も懐疑も噛み砕き、呑み下す。

 行動なくして結果はなし、私はただ前へ進むのみ!!

 

「……いざ!」

 

 私は湯気に満ちるそこへと、ついに足を踏み出した……!

 

 

 

 かぽーん、なんて音はしないけど。

 なんとなくそんな感じの雰囲気の温泉。

 

 一般的な旅館のそれよりは、やや小さいだろうか。

 なにせこの旅館、家族風呂ならぬ家族温泉、要するに宿泊中自分たちだけで貸し切りできる温泉が売りだ。

 いくつも貸し切り温泉を並列しているわけで、1つ1つはそこまで極端に広くはない。

 

 で、綺麗な茜の光が差し込むそこに。

 

「来たか、ウィル」

 

 歩さんは、堂々と待っていた。

 

 腰にタオルを巻いてこそいるものの、上半身は……は、裸!

 

「えっ、えっちすぎますよっ!!」

「人が温泉入ってる時に無断で横入りしてくる子には言われたくないなぁ、それ」

 

 きゃーっと両目を塞いでいると、歩さんの少し呆れ気味だけど落ち着いた声で言ってくる。

 し、自然体!? 馬鹿な、こんな展開私のデータにないぞ!?

 

「ほら、来なさい。ひとまず温泉に浸かる前に洗ったげる」

「歩さんには恥ずかしいとかそういう概念ないんですか!?」

「名家で生きてたら私心と邪心を殺す鍛錬くらいはするからね。少なくとも表には出ないさ」

「ズルじゃん!!!」

 

 わーっと体を抱えてしまう私を、歩さんの両手がひょいと持ち上げて運ぶ。

 

 はっ、はわわわ……! みっちゃく! 体温が! 体温が直にっ!? 

 細身のスーツの裏に隠された、硬くて頼り甲斐のある、男らしい筋肉の感触が……!!

 

「ちょ、あ、歩さん、自分で! 自分で歩くので!」

「だーめ。イタズラっ子の君は、離したら逃げちゃうでしょうが」

「やんっ! ちょ、耳元で囁くのやめてくださいっ!」

 

 鏡なんて見なくとも、今自分の顔が真っ赤になってるのはわかる。今なら火くらい余裕で噴けそう。

 まともに抵抗なんてできず──する気もないけども──、ドナドナ運ばれて行った私はそのまま、洗い場にちょこんと座らされ、歩さんに髪を洗われることになった。

 

「あー、気持ち良い……じゃなくて、なんで動揺とかしてないんですか!?」

「君のことなら大体わかる。こういう悪戯をしてきそうだなー、ってな」

「理解度が高いことを喜ぶべきか、策が破れたことを嘆くべきか、微妙なところだ……」

 

 歩さんの洗い方はとっても丁寧で心地の良いものだった。

 

 多分自分で持ち込んでたんだろう、ブラシで丁寧に髪を梳かして、一度水で流して。

 それからわざわざぬるま湯で溶かしたシャンプーを泡立て、軽く指で擦るように隅々まで洗って流し。

 少な目にトリートメントもして、それからタオルで軽く水気の拭き取りまでしてくれるみたい。

 

 ……めちゃくちゃ手慣れてるな。

 

「しかし、本当に上手いですね髪洗うの。誰で勉強したんですか!?!?」

「あーっお客様、お客様困ります暴れないでください泡が散ります」

「商売女!?!?!?!?」

「言ってない言ってない。ウマ娘のサポートの一環として、堀野の教育課程にあるんだよ」

「そんなことまでするんですか、トレーナーって?」

「頭を洗うのに限ることはなく、アスリートとしてもアイドルとしても、あらゆる面でウマ娘を支えるのがトレーナーの理想だからな。美容もその一環」

「はえ~とんでもない……」

 

 素直に感心していると、歩さんはちょっと自慢げに鼻を鳴らす。

 

「俺の洗髪とヘアケアは結構好評でな。実家にいた頃は、堀野の顧問ウマ娘とか遊びに来たルビーとかにもせがまれてよくやったものだよ。昌も反抗期に入るまでは時々お願いしてきてたし」

「ん、ちょっと待った今流せない話が聞こえたな?」

「はい、じゃあ流すから目と口を閉じてねー」

「ちょっと! 他のウマ娘にも同じことしぼぼぼぼぼ……」

 

 気になる話はあったものの、歩さんの手付きは優しく柔らかくて、その上温かく。

 いつしかどうでも良くなって、私はご機嫌に鼻歌など披露してしまっていた。

 

 ……私、結構ちょろい方だからなー。仕方ない。

 

 

 

「さて、後は軽く水気を取って……うん、今は終わり。

 上がったらもうちょっと触らせてくれ、色々用意してきてるから。ウォーターミルクオイルとか」

「はーい。お願いしますね?」

「ん。……体は自分で洗えるね?」

「!!!!!!!」

 

 びくんと体が震えた。

 体。私の体を洗う。……歩さんが!?

 

 瞬間、脳内に溢れ出す存在し得る未来。

 歩さんの温かくてごつごつした手が、私の背中を、腕を、首を、胸を、お尻を……!?

 

 むっ無理無理無理無理! 死ぬ!! 爆発しちゃう、乙女心的なサムシングが!!

 

「洗えます! 自分で!」

 

 別に逃げたわけじゃないし!?

 ただ冷静に、その、何?

 そういうのはちょっとあまりに早すぎて、歩さんの方が困っちゃうかなーって思っただけだし!?

 そういうのは5年くらいお付き合いを続けてお互いのことを良く知ってからすべきかなって!?!?

 

「ん、良い子良い子。それじゃ、先に入ってるから、落ち着いて洗いな」

 

 歩さんはくすくすと余裕ありげに笑い、温泉の方へと歩いて行った。

 冗談……だったのか!? 私は揶揄われているのでしょうか!?!?

 

 悔しい……何か負けた気がする! 何に負けたのかは自分にもよくわからないけど!

 

 

 

 付き合いが長くなってくると、二人のいつものポジションってものが出来上がったりする。

 歩さんと私の場合、それは大抵横で……けれど時々、縦になることもある。

 要するに、2人きりの時は、歩さんの膝に座ったりもするわけだ。

 

 話も聞き取りやすいし体温も感じやすい。顔も覗き込みやすく、あとついでに単純接触効果も期待できる。

 色んな意味で、この体勢はアドしかないのだ。こういう時には自分の小さな体格に感謝だね。

 

 で……まあ、なんだ。

 身体を洗ったり洗顔を済ませたりした後。

 私は温泉でまったりしている歩さんの元に、今更ながらちょっと恥ずかしくなって、両腕で可能な限り体を隠しながら歩いて行ったんだけど……。

 

 そこそこ広いこの温泉に、今は2人きりで。

 歩さんは私が来るのを待つように、浅い段差に腰かけていて、要するに座った体勢で。

 

 だから、まあ、何?

 

「よいしょ、っと」

 

 恥ずかしさと熱で頭が完全に茹ってた私が、殆ど無意識的にそこに座るのは、ある意味じゃ自然な話であった。

 

「!?」

「? ……にゃぁっ!?」

 

 驚きの声が2つ。

 

 平常時の私ならしないであろう、あまりにも踏み込んだ行為に驚いたのだろう、歩さんのもの。

 それから……ぼんやりする頭が一瞬だけ捉えた()()()の感触に、思い切りビビった私のもの。

 

 咄嗟に私は飛び退き、歩さんはざぱりとお湯の中に沈み込む。

 

「ごっごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ちょっと、何、ぼんやりしちゃって!! めちゃくちゃ距離感バグっちゃいました本当にごめんなさい!!」

「いや、こちらこそ不快な思いをさせてごめんな。……正直、ちょっと楽しくて、気が緩み過ぎてた」

「ふっ不快ではなかったですよ!? ていうか、私でもいいんだってちょっと安心……いや違う違う、うああああああああ!!」

 

 弾みで変なことをカミングアウトしちゃって、私はもう限界であった。

 

「おおおお先に失礼しますっ!!」

「ウィル、温泉はいいのか?」

「明日リベンジしまぁす!!」

 

 どたどたと脱衣所の方へ走る。滑らないよう「アニメ転生」も使って。

 

 ……涙目敗走って、こういうことを言うんだろうな。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 めちゃくちゃ恥ずかしいハプニングに、久々の敗北感を味わってから数時間。

 

 私たちはめちゃくちゃ気まずくなる……なんてこともなく。

 センシティブなゾーンを触っちゃったことに対して、「さっきは本当にすみませんでした」「大丈夫、気にしてない。こちらこそごめんな」という一連の謝罪をし。

 割とすぐに、元の空気に戻った。

 

 ……いやまぁ、私の内心というか意識は、全く元には戻ってないけど。

 こんな私でも、触れれば嬉しいんだ? と有頂天になりかけているけど。

 「どうしようかなー私じゃ無理かなー」と落ち込みかけてた悩みがほぼ解消されて、実は滅茶苦茶テンション上がってしまってるけど。

 

 それはそれとして、私たちの表面上の距離感はそこまで変わることはなかった。

 ま、歩さんは立派に大人で、私も転生前の年齢も加算すればとっくに大人だ。

 こういうのは、変に蟠るよりさっさと解消して気にしないのが吉と、互いにそう理解していたんだろう。

 

 改めて、転生者で良かったと思った瞬間であった。

 ……まあ、それはそれで寂しいものもあるんだけどね。

 

 

 

 温泉から出た私たちを待っていたのは、料亭に相応しい、とても豪勢な夕食だった。

 

「え、このしゃぶしゃぶすっごいお野菜が美味しいんですけど!」

「ね、白菜美味いなぁ。良くダシが沁みてるし、ちゃんと甘味も出てるし。旬はやや過ぎてるけど、ギリギリ間に合った感じか」

「んむ……うわぁ、お肉よりお野菜の方が美味しいって思っちゃった。私ももう歳ですかね? なーんて」

「うぐっ」

「あれ? どうしました歩さん」

「……20歳後半になった人間はな、歳の話題に敏感になり始めるんだよ……疲れが取れにくくなったりもするし、唐揚げとかの揚げ物が入らなくなったりもするし」

「な、なんかごめんなさい……唐揚げとか無限に食べられてごめんなさい……」

「いいんだ。ウィル、君は今の内に食べたいものとかいっぱい食べるんだよ」

「なんか急激にパパみたいになってきましたね」

 

 しょぼーんとした表情の歩さんは結構珍しい。

 この人にもそういう、老いを残念に思う感情とかあるんだなぁ。

 ……当たり前か。すんごいストイックとはいえ、この人も一人の人間なんだし。

 

 うん、ここは話を逸らすのが吉と見た。

 

「そういえば聞いたことなかったですけど、歩さんってどんな食べ物が好きなんです?」

「んー、正直好き嫌いはあまりない。食事は栄養補給の手段と礼儀的な付き合いの側面が強かったからな。

 まあでも、美味しいものは美味しいと思うぞ。特段食べたいとは思わないだけで」

「ふーん、ちょっと不思議な感性。まあでも、これから一緒に色んなもの食べましょ? 色々食べていったらきっと新しく好きなものも見つかりますし!

 あ、そうだこの前テイオーに連れてってもらったカフェでね、サンドイッチがレタスしゃきしゃきスパイスピリリですごく美味しかったんです! 今度行きましょうね!」

「ん、了解。スケジュール考えとくよ」

 

 いよし! 次回デートの予約完了!

 こういうのは後延ばしにすると気まずくなったりスケジュール合わなくなったりするので良くない、とはネイチャ恋愛大先生の談。

 可能なら熱が入ってる内に言質取っておくのがベスト、とのことだ。

 

 達成感と共に傾けたグラスは勝利の美酒の味。

 いやまぁ、何の変哲もないお冷ですけども。

 

 

 

 で、食事を終えて部屋に戻ると、仲居さんが部屋を整えてくれてたんだけど。

 

「おっ、おおっ、おっ、お布団! お布団、並んでますけど!?」

「そりゃあ君、ここってそういう旅館でしょ。えらく防音とか防犯設備徹底してるし、家族風呂もあるんだし。

 ていうか、今更じゃない? フランス遠征の時はほぼ毎日同じベッドで寝てたじゃん」

「添い寝をお願いするのとすぐ傍で眠るのは、色々違うじゃないですかっ!」

「そう?」

「この人名家生まれのお坊ちゃんのくせに貞操観念ガバガバすぎる!!!」

 

 頭を抱える。

 この人、こんなに魅力的なくせして、とんでもない防御力の低さだ。

 この調子じゃ、これまでも多くの女を勘違いさせたぶらかしてきたに違いない。大学時代にいたっていう彼女さんとかね。ホント不憫な……。

 

 まあ、私は違うけどね!

 私は歩さんの愛バだから!!

 最愛のウマ娘だからって言ってもらったから!!!

 

「まあ嫌というのなら離せばいいだけだ。ほら、こっち離して……」

「嫌なんて一言も言ってないしとっても嬉しいですけど!?!?」

「今日のウィルはテンションが高いなぁ」

 

 

 

 ……なんて、そんなことを騒いでいる内に。

 大きな出窓の向こう、最近少しずつ長くなってきた夕日は沈み、夜が更けていった。

 

 楽しい時間はあっという間。

 無心に遊んでたら、この2日はあっという間に終わってしまうだろう。

 

 うん。

 そろそろ……あの話、しないとね。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 大概はしゃぎ終えて、精神的にも落ち着いて。

 窓の外、空の上に大きな月が窺えるようになった頃。

 

「歩さん、ちょっとお話いいですか」

 

 私はハイテンションを胸の棚へとしまい込み、ちょっと真剣に歩さんに請う。

 

 歩さんはこれでいて天然の気はあるが、少なくとも私に対しては察しの良い人だ。

 頷き、「せっかくだし広縁で話そうか」と言ってジュースを2人分用意してくれた。

 

 そんなわけで部屋の奥、謎スペースこと広縁にて。

 編み込みの椅子に座り、私は彼と向き合う。

 

 トクトクとジュースをグラスに注いだ後、背もたれに体を預けて、腰を落ち着けた私のパートナー……。

 堀野歩は、いつも以上に真面目な表情で言ってきた。

 

「聞こうか、ウィル」

 

 ……嬉しいな。

 以心伝心。何も言わずとも、伝わってる。

 

 URAファイナルズが終わった今、私の「最初の3年間」は終わった。

 だからこそ……ここが、告白するにはちょうど良いタイミングだと思う。

 

 勿論、愛の、ではなく。

 私の正体について、ね。

 

 

 

 この際ハッキリ言おう。

 私は堀野歩という男性と、生涯を共に走りたいと思ってる。

 

 彼は私を見つけて、道を拓いて、温めて……そうして救ってくれた人だ。

 ……うん、そうだね。ぶっちゃけ、それは歩さんじゃなくても良かったかもしれない。他の人にも同じことはできたのかもしれない。

 けれど、現実、それを為してくれたのは歩さんで。

 私はそれをきっかけに彼を好きになり、彼を知って、そしてもっと好きになった。

 

 すごく真面目かと思いきや、時折独特なタイミングで茶目っけを出して来るところが好きだ。

 気遣いが下手なようでいて、仲を深めていくとすごく細やかに想ってくれるところが好きだ。

 自分の欲望より私の欲望を優先してくれて、でもいざという時はちゃんと怒ってくれるところが好きだ。

 私を競走ウマ娘として尊重し、同時に個人としても尊重してくれるところが好きだ。

 しゅっとした顔立ちのイケメンのくせして、男の子らしくカッコ良いものを好むところが好きだ。

 競走ウマ娘全員を愛してるのに……私を愛バと言ってくれるところが好きだ。

 

 好き、好き、好き好き好き。

 好きなところを挙げるんなら、いくつだって言えそうなくらい。

 

 勿論、全肯定ってわけじゃないけどね。

 気に食わないなーとか、直してほしいなってところもある。

 

 でも、そんな短所も含めて、この人で。

 良いところも悪いところも含めて、そんな堀野歩が好きだ。

 

 これを恋と呼ぶのか、愛と呼ぶのか、憧憬と呼ぶのか、執着と呼ぶのか、それはわからないけれど。

 それでも……確かに言えることはある。

 

 私を救ってくれたのは歩さんであり。

 私が好きになったのは歩さんだってこと。

 

 

 

 ……だからこそ。

 そんな人に、黙っていることがあるのは、嫌なんだよね。

 

 

 

 一度大きく息を吸って、吐き出し……。

 私は歩さんと目を合わせて、自分の心臓からありったけの勇気を絞り出す。

 

「……私、一つ、誰にも言ってない秘密があるんです。

 とっても大切で、とっても……痛くて冷たい。そんな秘密が」

 

 さわりと、背筋を冷たい風が撫でたような気がした。

 

 トラウマってヤツは厄介だ。

 理性ではそうならないってわかってるのに、この人なら受け入れてくれるって理解してるのに。

 それでもなお、「また排斥されるんじゃないか」って、反射的に恐怖がまろび出る。

 

 でも、それでも。

 私はこの秘密を、歩さんと……。

 

「うん、聞こう」

 

 そう言って真摯に向き合ってくれる、愛するあなたと共有したいと、そう思うのです。

 

「……前に言ってましたよね。前世とか輪廻転生ってものの存在に、肯定的だって」

「確かに言ったな。そしてその考えは今も変わらない」

 

 その言葉は、果たしてどこまでの真実だろうか?

 どこまで本気でそれを肯定しているのか。どれだけ非論理的な話を受け入れられるだろうか。

 歩さんの言葉は、彼の考えを部分的に表出させるだけで、その完全な真相を照らし出すことはない。

 

 だから、私は、祈るしかない。

 この話が、歩さんの許容できるレベルのものであることを。

 そして……3年の月日で培った信頼が、それを信じさせるに能うものであることを。

 

 

 

「……私が、前世の記憶をほぼ完全に持ってる『転生者』だって言ったら、信じますか」

 

 

 

 言った。

 言ってしまった。

 

 多重人格障害だとか、思春期特有の妄言だとか思われるのなら、それでもいい。

 私は、ただ……私たちの間にある信頼関係が崩れないことだけを願った。

 

 ……前世から、記憶を引き継いでいる。

 それは、普通じゃない、異常なことだ。

 

 人は自分と違う相手を厭い、嫌い、遠ざける。

 私は、中等部3年生なのに大学生になった記憶のある、歪な存在。

 純粋なウマ娘じゃない、おかしなものが混じって濁った……この人の信じていたイメージとは違うモノ。

 

 等身大の子供として愛し、自分の最愛のウマ娘とまで言わしめた相手が、そんなおかしな存在であると知った時、果たして歩さんはどれだけの衝撃を覚えるのか。

 

 彼に非ざる私には、それがわからない。

 わからないから……怖い。

 子供の頃のように、またひとりぼっちになるんじゃないかって、そう思えてしまって。

 

 ……言うだけ言って、私は俯いた。

 

 顔が青ざめ、温度を無くしていくのがわかった。

 久々の感覚。既に治った傷痕の上に、薄くナイフを走らせたような緊張感。

 

 口の中がカラカラで、心の中がザワザワする中。

 私は歩さんの目を見る勇気すらなくし、ただ静かに返事を待って……。

 

 

 

「まあ知ってるけども」

 

 

 

 するっと返って来た言葉に、「は?」と間抜けな声と顔を上げてしまう。

 

 改めて視界に入った歩さんは、呑気にグラスを傾けていた。

 

「……え? あれ? いや、今なんて」

「知ってるけど。君が転生者ってことは」

「ふぁーッ!?!? え、は、ななな、なんで? なんでーッ!?」

「いや君、緊張が解けてる時は割と『前世』とか『転生チート』とか口走ってたからね」

 

 呆れた顔で言われ、私は呆然としてしまう。

 確かに、リラックスしてる時は思考と口が直結しやすい。そういうことを言おうとし、慌てて取り繕ったことが何度かあったかもしれない。

 

 けど……知ってた? 私が、転生者だって?

 いや、あり得ない。あり得ないでしょ!?

 

 だって人って、そんな常識の外にあることを平然と受け入れられたりはしないはずだ。

 私だって、歩さんが「実は昌には霊能力があってだな」とか言い出した時は割と疑ってしまった。

 決定的な証拠が出て来るまでは冗談だと思ってたし、なんなら今でもちょっと信じ難く思ってしまってる。

 

 それくらい、人にとって「自分が持っていないもの、知らないもの」は受け入れがたい、はずだ。

 私が時々、それらしい言葉を漏らしてたってくらいじゃ、とてもじゃないけど確信なんて抱けるわけない。

 

 それなのに。

 

「なんで、そんな戯言を信じて……」

 

 

 

「俺も転生者だしな」

 

 

 

 …………。

 

 ……?

 

 ………………………………!?!?!?

 

「なっ、いや、は、え、いやいや、えっ!?!?」

「自分っていう例外が発生した以上、他にも『同じ』存在がいるというのはおかしな話じゃあるまい。

 ま、俺も偶然知り合ったウマ娘が『同じ』転生者だったと理解した時は、結構驚いたものだが」

 

 くすくすと笑いながら、手に持ったグラスを揺らす歩さん。

 

 私は……そんな彼に、呆然と問いを投げることしかできなかった。

 

「ほん、とうに……転生者? 記憶を、前世の記憶を持ってるって、本当に?」

()

「!!」

 

 びくりと、体が震えた。

 

「ウマ娘の元となった、ウマソウルの本来の持ち主たる、動物。

 こう言うと、ホシノウィルムには失礼かもしれないが。まさか二次元コンテンツの世界に転生することになるとは思わなかったな。……いや本当に。今でもこのロジックだけはわけわからんけども」

 

 ……それは、この世界の人間は絶対に知りようのない事実。

 私だけしか知らないと思っていた、転生前の知識。

 

 実際、この世界にとって例外的な存在であるはずのホシノウィルムすら、微妙に首を傾げてる。

 動物、というのは間違いないけど、にじげん……? と。

 

 それを、歩さんは知っていた。

 つまるところ。

 

 歩さんは、確かに、前世のことを知っていて。

 

 ……歩さんは。

 私と、「同じ」だってことだ。

 

 

 

 この世界でただ一人の転生者。

 私は自分を、そう認識していた。

 

 誰も、私の気持ちを真に共感できない。

 誰も、私の境遇を真に理解できない。

 

 でも、それでいい。

 私のことを知って、その上で認めてくれるなら。

 歩さんが隣にてくれるのなら、それだけでいい、って。

 

 そう、諦めてたのに。

 

 

 

 歩さんが、私と同じ転生者。

 

 私の不安も、苦労も、楽しみも、喜びも。

 その全てを、ただ一人、理解してくれる人?

 

 

 

 ……はは。

 

 そんな……そんな、都合の良い現実が、あっていいのかな。

 

 

 

「夢、ですか?」

「夢じゃないね。ほら」

「ふぁ……ゆえひゃらい……」

 

 摘ままれた片頬は、微かな痛みを訴えかける。

 

 あまりにも都合の良い現実は、けれど霞んでいくことはなく。

 確かに、私の目の前で、歩さんは笑っていた。

 

「……ありがとう、ウィル。

 察するに、君にとってそれは、とても大きな秘密だったんだろう。俺を信じ、それを打ち明けてくれたことが、とても嬉しい。

 そして……まあ、なんだ」

 

 私の傍で膝を突き、歩さんは……珍しく、少し照れたように頬を掻いた。

 

「同じ転生者であれば、他の誰にも話せないようなことも話せるし、他の誰も理解できないことも理解し合えるだろう。

 君とそういうことを共有して、同じ歩幅で歩いていけるのが……うん、嬉しいな」

 

 その、どこか幼げな笑顔に。

 私は……。

 

「……もう、本当に、本当に、もう。

 どこまで私を惚れさせれば気が済むんです? 果てには依存しちゃいますよ、私」

 

 くすくすと笑って。

 ……これまでにないくらいの胸の高鳴りと、目から溢れるものを隠すように、すぐ傍の歩さんを抱きしめて、その浴衣に顔を押し付ける。

 

 

 

 私の最愛のひと。

 世界にただ一人しかいないかもしれない、理解者に。

 

「好きです。大好き、愛してます……歩さん」

 

 輝く月の見下ろす下で。

 私はきっと、彼が聞き取らないだろう想いを、言葉にした。

 

 

 







・堀野歩の勝利条件
 ホシノウィルムに卒業まで告白されない
 ──失敗(自滅)

・ホシノウィルムの勝利条件
 堀野歩を恋愛的に翻弄し、篭絡する
 ──失敗(少なくとも半分は)

 転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘、両者敗北でゲームセット。
 誰にも負けない2人ですが、どうやらお互いにだけは勝てないようです。



 これにて本作の第三部、そして本編は完結。今度こそ本当に完結です。
 実に2年8月の間、2人の旅路にお付き合いいただきありがとうございました! 偶然にも本格化の期間に近くなっちゃいましたね。
 皆様に少しでもお楽しみいただけたなら、この上ない喜びです。



 本編完結とは言ったが、蛇足編がもうちょっとだけ続くんじゃ。

 さて、ここから先は、本当にストーリーとか布石とか小難しい話とかそういうの一切ないボーナスステージ。
 あまり長くやるつもりはありませんが、恋のダービーを完走した2人とその周囲の世界について、少しだけアフターストーリーをお話する予定です。
 割と謎時空的な空間も出て来得るので、あんまり深いこと考えず、おまけとかファンディスクくらいの空気感でお楽しみください。



 というわけで、次回は一週間以内。転生あるある話。
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