転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 なら推すしかないな

 本編でたった3話しか出番がなかったモブウマ娘の視点です。





あーあ、出会っちまったか

 

 

 

 私の名前はシッソウビーム。

 トレセン学園で探せば1900人くらいは見つかりそうな、ちょっと一回だけホシノウィルムに勝ったことがあることを誇りとする、フツーのウマ娘である。

 

 一応競走能力こそあるものの、地方でならともかく、中央基準では平々凡々。

 最初の三年間が終わり、本格化が終了した今の時点で、何度か重賞レースに出させていただいたけどとても勝てたことはない、くらいの実力だ。

 ぶっちゃけて言えば、すごいウマ娘じゃない。クラシックの夏を乗り越えた20人強のクラスに、大体5から10人くらいいる感じの、至極平凡な一般ウマ娘ね。

 

 燦然と輝く神の如き灰星でも。

 彼女と競うだけの煌めきを放つ星々でも。

 彼女たちと共に走るライバルでもない。

 

 それらを見上げて瞳を輝かせてるだけの、凡庸な人。

 

 程々に走れるアスリートではあるけど、それ以上にスターたちを眺めて楽しむファンの要素が強い、まさしく背景に等しい名もない(モブ)ウマ娘。

 それが私、シッソウビームちゃん。

 要するに、私は多くのファンを惹き付けるスターになるのではなく、むしろスターウマ娘たちのファンになっちゃったのである。

 

 私たちくらいのモブにとって、名を知られる(ネームド)ウマ娘に憧れるのは、決して珍しい話じゃない。

 G3レースに勝つような子にも、時にはG1に出走するような子にさえ、推しのウマ娘を追っかけることを重視するウマ娘がいる。

 それだけ、自分にはとてもできない最高の走りっていうのは、私たち凡人の目を焼くんだよね。

 

 露悪的に表現すれば、折れたと言えるかもしれない。

 アスリートとしてのストイックな道から逸れて、ファンとしての楽しい道に逃げた。

 逆に前向きに捉えれば、未来へ進んだとも言えるだろう。

 自分の性に合う生き方を知った、と。どうやら私は自分で走るより、誰かを応援する方が好きみたいだし。

 

 とにかく。

 私は今、アスリート半分ファン半分……いや、3:7くらいかな? それくらいの比率で、トレセン学園生活をエンジョイしている。

 幸い、気の合う……いや、気は合わないケド、まあ一緒にいて楽しいと思える親友もいるんだ。

 

 推しを応援するのが楽しくて、親友と毎日を過ごすのが幸せで……。

 だから私に、後悔なんてものはない。

 

 ただ……まあ、そうだね。

 異なる道に進めば、得られなくなるものもあるのは事実だ。

 

 シッソウビームは、自分を諦めた。

 だから、自分を諦めないあの星たちは、きっと私を評価しないだろう。

 

 キラキラ光る、最高の競走ウマ娘たち。

 私は彼女たちと対等な立場に立つ権利を擲った。

 ファンという、彼女たちにとっての不特定多数の身に甘んじた。

 

 だからもう、個として彼女たちに認識されることはないだろう。

 

 私は群として、ファンの一人として、彼女たちを応援し喜ばせる立場だ。

 多少なりとも走りも知るファンとして、私はその辺りをちゃんと弁えなきゃいけない。

 

 

 

 ……弁えなきゃいけない、はず、なんだけど。

 

 

 

「あー、そっか。差しかぁ……そりゃあ流石のウィルも負けるか。

 あの子、ああ見えてバ群のコントロールとか抜け出しの機を測るとか、その辺あんまり上手くないし」

「Huh? ホシノウィルムが下手ぁ? ナイナイ、あり得ませんよそんなこと。

 というか抜け出しなんて簡単じゃないですか、『あ、ここだ』って思った時走ればいいだけなんですから!」

「うわぁー天才。流石はウィルに次ぐって言われる西洋の天才、英雄姫サマサマって感じだね」

「ん? Sarcasm? まあ確かに日本のフィクサーは才能あんまりないですけど、いいじゃないですかこの子程じゃないですし」

 

 …………私は現在、両隣を、とんでもない優駿に囲まれていた。

 

「ちょっと、流石に言いすぎ。ビーム、気にしなくていいからね?」

 

 左手や、ふわふわの鹿毛の髪をキャップで隠すウマ娘。

 私の最推したる灰の星の最凶のライバル。あるいは日本が誇る最高峰の頭脳、才能を努力で埋めきった鈍く瞬くフィクサー。

 名にし負う三等星ナイスネイチャが、スムージー片手に、心配気な顔を見せてきている。

 

「ネイチャタイプの怖さは理解してるつもりですけど……この子の場合は、ストイックなカラーをなくしちゃってますしねぇ。

 いやまあ、たとえ数奇な偶然だとしても、ホシノウィルムを下したって話は興味深いですけどね」

 

 右手や、黄金の輝きをハットで覆うウマ娘。

 私の最推したる灰の星を脅かした脅威。あるいは西洋の世界における主人公、この時代に生まれた真なる黄金。

 龍に挑む英雄姫、アンダースタンディブルが、興味深げに眺めて来ている。

 

 史上最強たる神話に挑む、そしてきっと誰よりその神話に焦がれる星々。

 私はそんなキラッキラのスターウマ娘に囲まれて、肩身の狭い思いで身を縮めていたのでした。

 

「アッアッアッ……」

 

 やばい。

 しにそう。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 どうしてこんな幸せ……じゃなくて、身の程を弁えない状況になってしまったのか。

 

 話は数時間前に遡る。

 

 

 

 その日は私にとって、この上ないハレの日だった。

 実に1年ぶりに開催される祭典、彼女のファンにとっての祝日!

 

 そう、ホシノウィルムのファンミーティング、当日だ!

 

 ウマ娘のファンミは、そう珍しいイベントってわけでもない。

 頂点近くまで上り詰めた彼女たちは、往々にしていわゆるスターウマ娘、偶像的な人気が出る段階に入る。

 そこまで来ると、ファンとしてはその姿をもっと見たい、彼女たちをもっと知りたい、って思うわけで。

 そう言う欲求を満たすためにこそ、春と秋のファン大感謝祭があるんだけど……やっぱり人の欲は尽きないもの、スターと触れ合いたいって需要はそれだけじゃ収まらない。

 ウマ娘の競走の管理団体URAも営利企業、そこに飛び抜けた需要があれば、供給を生むのがお仕事であり。

 結果として、ライブイベントとかファンミーティングとかが、ウマ娘のお仕事として回って来るわけだ。

 

 ……まあ、これについては私、知識として知ってるだけなんだけどね。

 スターでもなんでもない私自身に、ファンミを開いた経験はない。

 来るお仕事は精々、ダンスイベントのバックダンサーくらいで、それもG2ウマ娘とかが精々のもの。

 ウィルム級の最上位ウマ娘のバックは、それこそG1ウマ娘にしか務まらない。G3級の私なんかじゃ力不足も甚だしいってもんです。

 

 ともあれそんなわけで、ファンミ自体はそう珍しいってわけじゃないんだけど……。

 ホシノウィルムの、という枕詞が付くと、これが一気にレアになる。

 

 ホシノウィルムは、とんでもなくストイックな──その実、本人が走るのが大好きなだけのサイレンススズカタイプ、という言説が主流ではあるが──性質のウマ娘。

 彼女はあまりお金や人気に頓着するタイプではない。

 時間のかからないファンサなら気軽に行ってくれはするけど、走りの時間を削ってまでとなると別、というのが彼女の意思であるように思う。

 

 なので、彼女のアイドル的お仕事の量は他のG1ウマ娘たちと比べても少なく、大がかりな準備が必要になるファンミとなると更に少数となり。

 URAから結構な圧力がかかっているという噂ではあるけど、それでも今のところ、1年ぶり2回目の開催だ。

 

 前回開催時、彼女はまだ日本で人気ってだけの、いわば国民的スターに過ぎなかった。

 しかし今やホシノウィルムは、世界どころか歴史に誇る、国際的スター。

 当然ながらその人気は青天井に上がっていて、今やこの手のイベントの抽選倍率は、そりゃもうとんでもないことになってる。

 

 ……いや、ホントにこれがエグくてさ。

 今回なんか、有志の予測だと、冗談抜きで何千万という人が抽選応募してたらしい。桁がおかしいと思う気持ちとウィルムならそれくらいはいくって気持ちが半分半分。

 そんな人数となると、如何に会場のキャパが大きくても限界があるわけで。

 ソーシャルゲームで最高レアを2連続で引き当てるのと同じくらいの当選率なんだこれが。

 転売にも滅多に出ないし、出ても目を見張る値段になってるし、ホントこの世界は地獄ですよ。

 

 すんごいコネも莫大な資金もない私にとって、これはほぼ完全な運ゲー。

 取れる対策と言えば、毎日神社に参拝に行って神頼みしたり、ゴミ拾いのボランティアに参加して善行を積むくらいだったんだけど……。

 

 結果としては、厳選なる抽選の結果ご席をご用意できませんでした。

 まあそれはそう。悲しいけど、一発で命中する程生易しい倍率じゃあない。

 

 駄目で元々。当たったら本当に嬉しいけど、今はオンラインチケットって手もあるからね。

 私は現実を見て、諦めかけてたんだけど……。

 

 スイーツバイキング1回を代償に協力を取り付けた、頼れる友人たちの一人。

 幸運の女神様にキスされた彼女が、なんとチケットを確保したのだった。

 

 その後はお互いウィンウィンの取引きの結果、私はチケットを手に入れ……。

 このイベントを、なんと現地で楽しむことを許されたのだっ!

 

 

 

 そのイベントは楽しかったか、ですって?

 

 そりゃあもう、最っ高に楽しかったですとも!

 

 物販では見たことない限定グッズが目白押しで、でもそれ以上に並んでる人が目白押し。

 握手会とかサイン会の抽選は外れちゃったので、その時間を使ってかなーり長いこと並んで、ようやく限定のトートバッグと団扇、そしてピンバッチを購入。

 現地ではおひとり様3点までだったので、他は通販で購入することになる。今から届くのが楽しみだ。

 

 それからしばらく、入場者全員が聞けるトークショーが始まった。

 ホシノウィルムが語る、ここ最近の出来事とかこれからのレースのことを聞いて、おまけに軽くウインクなんていうファンサ直撃で狂喜の声を上げて。

 ゲストでトウカイテイオーとメジロマックイーンが登壇した時は、そりゃもう沸いたもんだよ。

 去年の春シニア戦線を沸かせた3人組だ。三星程ではないにしても、このトリオもかなり人気がある。

 実際私も超好きだよこの3人。史上最強、それに迫る天才、そして名家の血の体現者。まさしくトップに立つウマ娘って感じがして貫禄あるよね!

 ただ、カッコ良い面だけじゃないのが、アイドルとしての彼女たち。

 途中から始まった暴露大会では、マックイーンさんが糖質制限に失敗しただの、テイオーがルドルフ生徒会長に怒られてべっこべこに凹んでただの、ウィルムが一緒に歩いてるトレーナーに夢中すぎて電柱にぶつかってただの、普段は表に出ない情報をわんさかと出してくれた。

 そんなことを言い合えるのはめっちゃ仲が良い証拠で、ライバルでありながらも気安い友人でもある関係、尊すぎて死ぬよね普通に。関係性のオタクはそういうのに弱いのですよ。

 

 そしてラスト、オオトリであるライブショー。

 アスリートであると同時アイドルでもあるウィルムたちは、この手のライブも慣れたもの。

 ステージの上で、数か月は練習してたことを窺わせる、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた。

 テイオーやマックイーンさんと綺麗に噛み合ったキレッキレのダンスに、会場全体に響き渡る澄み渡った歌声。

 私はウィルムのカラーである灰色に合わせたペンラをぶんぶん振り、大興奮でそれを楽しんだ。

 

 総じて言って、今回のファンミもそりゃあもう、めちゃくちゃに楽しかった。

 来て良かったって心底思ったし、次回も来れたらいいなって……いや、流石にそれは都合が良すぎるかもしれないけどさ。

 

 とにかく、私は最高のパフォーマンスと投げキッスという絶頂モノのファンサに脳内麻薬ビンビンのまま、どこか夢心地で会場を後にしたのだった。

 

 

 

 ……問題は、その後だった。

 眼が焼かれんばかりの光景を見て浮かれまくっていた私は、背後から迫る恐るべき脅威に気付けなかったのだ。

 

「あのー」

 

 肩にその手が置かれた瞬間、ようやく彼女の気配を察して、私の浮かれていた気分は急転直下。

 いや、違うな。急転直下というより、急激に緊張で固まったと言うべきか。

 

 いやさ、これがただのファンだったなら、私もここまで驚かないよ。

 さっき買ったピンバッチなんかの一部グッズは数種類からのランダムだったし、それのトレードを求められてるとかだったら、私とて応じる用意がありますとも。

 

 けど、その声は、そういうんじゃなかった。

 控えめに、不特定多数相手に声かけしてる感じじゃない。

 確信を持って、私を狙い撃ちにした呼びかけだった。

 

 凍り付くような緊張と微熱程度の期待を持って、振り返った先にいたのは。

 少しツバの広めなハットを目深に被り、目元を隠した金髪の少女と。

 キャップとサングラスでその正体を隠しているらしい、鹿毛をロングに垂らした少女。

 

 声を投げかけたのは金髪の方らしく、私の肩を掴んでいるのもそっちで、一方で鹿毛の方は申し訳なさそうに眉をひそめていて。

 

 金髪の少女が被った帽子のツバの下には、微かに歪んだ唇が見えた。

 

「少し、お時間いいですか?」

 

 ……私は、この2人を知っていた。

 というか、この2人を知らない人なんて、もはやこの世界に殆どいないだろう。

 ただ、何度も何度もレースを見ていた私は、軽い変装の上からでも、それを見破ることができただけ。

 

 なにも私だけじゃない。周りにいる多くのファンも、きっと同じように見破っているはずだ。

 人でぎゅうぎゅう詰めの歩道の中で、けれど私と彼女たちの周りだけぽっかりと空白ができているのはそういうことだ。みんなが懸命に避けてくれている。

 

 ただ、察していても、声をかけることはない。

 それがファンとしての最も大切なマナー、最低限保つべき距離感だと心得ているから。

 

「ごめんね、この子が聞かなくって」

 

 そして彼女たちは、そんな気遣いを当然のものとして受けるウマ娘。

 競走世界の中心点、嵐を巻き起こす側の存在だ。

 

「あなたと、話をしてみたいと、ずっと思っていました」

 

 少しだけハットを上げた先から向けられたのは、煌めく黄金の瞳。

 

 灰の星に挑まんとする輝きの一つに刺し貫かれ、ざこざこウマ娘の私は目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……で。

 それから、おおよそ20分後のこと。

 

「シッソウビーム……最初にホシノウィルムを超えたウマ娘。

 ようやく見つけました。当時の選抜レース、全然データ残ってなかったので、すごい探したんですよ?」

「ごめんね、ビームさん。……ビームでいい? わかった、ビームね。

 この子が偶然あなたを見つけちゃってさ、絶対声かけるって言って聞かなくって……」

 

 会場からそこそこ離れた位置に居を構えるカフェへ入った私は……。

 アンダースタンディブルとナイスネイチャに、サンドイッチされていた。

 

 …………なんで?

 

 いや、なんでかって言えば、その理由は明白だ。

 

「その3年前のホープフルの記念アクキー、昔から……あなたが負けたその時から、ホシノウィルムのことを推してるんでしょう?

 私ってその頃のことあまり知らないので、誰かから聞いてみたかったんですよね」

 

 そう、私があの頃の……。

 まだ全くと言っていい程注目されていなかった時代のホシノウィルムを、よく知っているから。

 

 要するに、この2人……というかアンダースタンディブルは、私にその話を聞きたがっているのだろう。

 

 ならば、まあ、死ぬ程緊張こそするけど是非もなし。

 彼女たちとて、ウィルム程の最推しでこそないけど、確かに私の推しなのだから。

 

「わっ、わ、わかり、ました。話します。話せること、ちゃんと話しますので!」

 

 私の知る、神話の始まりを謳おう。

 

 ……どうせ、こんなスターウマ娘2人に囲まれることなんて、もう二度とないんだ。

 モブはモブらしく、スターウマ娘の役に立つべく、知り得る情報を全部吐き出しましょうともさ。

 

 でも緊張しすぎて別のもの吐きそうなので、一回お花摘みに行っていいですか?

 

 

 

 * * *

 

 

 

 今なおまぶたの裏に焼き付く、3年前、始まりの選抜レース。

 それで競った相手こそが、彼女だった。

 

 灰の星。神なる龍。

 ホシノウィルム。

 

 ただ……そうだね。

 彼女の唯一無二のパートナー、堀野歩トレーナーと出会う前の彼女は、今程の圧力を持っていなかった。

 

「そうなんですね?」

「私は走ったことはないけど、当時は今よりずっとピリついてはいたね」

「あ、それ本当だったんですね」

 

 ……ピリついてもいたけど、それは一旦置かせていただくとして、今は実力面の話。

 

 仮に今、私がホシノウィルムの隣に並べば……多分、脚が動かなくなる。

 圧倒的で不条理な程の力が、私の心を震わせる。

 決して勝てないという確信から、脚を動かす意味を見失う。

 仮に走れたとしても、きっと自分らしい走りなんて到底できないだろうね。

 

 あらゆる意味で、私はホシノウィルムと同じ土俵に立てない。立てるだけの素質も素養もない。

 ……けど、当時の彼女は、かろうじてギリギリ、私が競える場所にいたと思う。

 

「さっき言ってた、『差しだから』って理由ですね。

 ……ホシノウィルムなら器用にこなしそうに思えますけどねぇ、その辺り」

 

 多分ですが、それはあなたが、堀野歩トレーナーが付いてからのホシノウィルムしか知らないからではないでしょうか。

 

「ああ……うん、なるほど、納得しました。確かに、その観点はなかった。

 私にとってホシノウィルムは、常にアユムトレーナーとウィルムの2人セット。ぶっちゃけ片方だけなら簡単に倒せちゃいますし」

 

 やばー……。やっぱ怖いよこの英雄姫。

 

 素人目から見ても、堀野歩トレーナーとホシノウィルムの相性は良い。

 いや、良いっていうか、良すぎる。最悪なくらいに。

 

 ここ3年、あのペアをかなり本気で追っかけて来た私の知識からするに……。

 

 まず堀野歩は、かなり極まったデータ主義者だ。

 極まった、っていうのは文字通りの意味で、こんな例えをするのはちょっとアレだけど、彼自身が超高性能のスーパーコンピューターだと思えばいい。

 徹底した調査、マーク、予測、対策、プランニング。それらによって、彼女の担当バ曰く「高度演算による疑似的未来視」と言える程のレースプランを設立するらしい。

 噂レベルでの話ではあるけど、17人のウマ娘がどう動けばどう対処する、といった枝分かれする程のものまで作っているのだとか。

 普通のトレーナーは「自分の強さを押し付けていけ」とか「第三コーナーからが勝負所だ」とか、その程度のはずなんだけどね。

 

「いやー、実際話してみると、すごいよあの人。知識量が化け物で、何聞いたって理論と正答が返ってくるし。

 アタシはしないけど、多分ウィルの戦術とか聞いても答えてくれるよ。そういうのを知られてなお勝てるって信頼あるからね、あの2人」

「アユムトレーナー、私と話合いますからね。ぶっちゃけレースへの理解度とウマ娘への観察眼だけなら世界最高峰なんじゃないですか。

 まあその分、なんというか、その場の……アドリブ、でしたっけ。それには弱そうですが」

 

 ……この2人からもここまで言われるんだあの人。

 ちょっと安心。頂上級のトレーナーだって、流石にみんなあの人レベルじゃないんだよね。流石にね。

 

 で、一方ホシノウィルム。

 彼女は秀才タイプの堀野歩トレーナーと対極的に、凄まじいくらいの天才だ。

 

 彼女の最強のライバルたるトウカイテイオーとか、興味深げにふんふん頷いている右手側のお方みたいに、レース中の咄嗟の判断力とかは極めて高いわけじゃないと思う。

 

 ただ……何と言えばいいか。

 

 高い。

 そう、高いんだ。

 

 蛇と呼ばれていた彼女は、パートナーという翼を得て空へ舞い上がり。

 龍となって、宙飛ぶ姿で多くの人を惹きつけて。

 そうしていつしか、世界の誰もが見上げる最果ての星となった。

 

 彼女はどこまでも高く、彼方へと上がっていった。

 野暮な言葉で言えば、成長限界がとんでもなく高い、とかその辺りになるんだろうか。

 この3年間で彼女は殆ど脚を止めることなく、常に最高到達地点を更新し続けていった。スランプもなくイップスもなく、むしろ加速度的に。

 それは、堀野歩トレーナーの名采配だけで片付けられる話ではないはずだ。

 

 終盤に見せる、不可思議な程に整ったフォーム。そしてそれをもたらす、思考速度の加速と思しき力。

 この前の有から見せるようになった、「深層領域」と名付けられたらしい、異次元の領域。

 それらも確かに、彼女の天才性の現れだとは思うけど……。

 

 それらも、本質を辿ればそこへ至る。

 成長の伸びしろの大きさ。どこまでも高く高く舞い上がっていく、終わりなき躍進。

 

 それこそが、ホシノウィルムというウマ娘の持つ、唯一無二にして絶対の才。

 

 要するに、トウカイテイオーやアンダースタンディブルが瞬発的な成長に長けた早熟型で、ホシノウィルムが最終的な成長の容量が広い晩成型なんだ。

 才能というモノはそれぞれで在り方が違う。

 当然のことなのだけれど、改めてそれを思い知る感覚だ。

 

「……ふーん、that's true」

「ん……なるほど、確かに言えてるかもね。

 言われてみれば、ウィルの一番の怖さはそこかもだ。あのバ鹿みたいな身体能力なんてその最たるものだし……それが全部本人の努力の結果なのが、キラキラの所以。

 良い眼してるね、ビーム」

 

 恐縮です。いや本当に。

 いいのか私、あのナイスネイチャに評価されちゃいましたけども。

 ……っとと、調子に乗りかけちゃったけど、本題に戻らないと。

 この2人に不快感なんて、欠片だって与えるわけにはいかないのです。

 

 改めて、堀野歩トレーナーとホシノウィルム。

 この2人が噛み合うと、この上なく凶悪だ。

 

 データマンの手になる完全完璧なトレーニングプランで育てられたホシノウィルムは、文字通り無制限に強くなっていった。

 その最果てが今の彼女。「ドリームトロフィーにさえレースペースで併走できる相手がいない」とまで言われる、神様みたいなウマ娘。

 

 ……なんだけど。

 そういう即物的な意味合い以外にも、堀野歩という存在は、ホシノウィルムにとってすごく大きなものだったと思うんだ。

 

 ここからは、所々私の予想も含まれてるけど。

 多分、あの日私が彼女に勝てたのは、彼女の隣に堀野歩がいなかったからだと思う。

 

 堀野歩トレーナーの立てるプランは、堅実かつ緻密で説得力に満ちた、正しく最高のものだ。

 仮に私が彼の担当ウマ娘であれば……まず間違いなく、そのプランを妄信してしまうだろう。

 なにせ、殆ど逸れることのない勝利へのプランが確立されているんだ。

 それに添って走れば確実に勝てるわけで、不確定要素だらけのレースの中で、それはどれだけ頼りになることだろうと思う。

 

 ホシノウィルムも、妄信という程ではないにしろ、堀野歩トレーナーのプランニング能力を信頼している。

 そりゃあもう、いくつも出てる記事でしょっちゅう語っていますからね。そこは間違いなくて。

 この信頼が胸の内にあるからこそ、彼女は何も恐れることなく、その心の望むままに走ることができるんだと思うんだ。

 

 パートナーが道を作ってくれている。

 だから自分は、小石に躓いたり行き先を迷ったりはしない。

 ただその心と脚の望むまま、最高のレースを楽しめばいいのだ、と。

 

 逆に言えば、最初の選抜レースには、それがなかった。

 堀野歩という頼れる相手が、彼女の無二のパートナーがいない。

 だから抜け出しの際にも迷いが出て、末脚も伸ばし切れなかったんじゃないかな。

 

 ホシノウィルムは、堀野歩トレーナーの思考を信じているし。

 堀野歩トレーナーもまた、ホシノウィルムの才能を信じてる。

 

 疑いなど挟む余地のない、無条件で交わし合える信頼。

 ある意味じゃ、それこそがあのペアの最大のシナジーなのかもれしない。

 

 そして、先程のアンとネイチャのすれ違いの原因は、多分そこ。

 

 常に堀野歩トレーナーとセットになってるウィルムしか知らない、アンダースタンディブル。

 その2人と親しいからこそ分けて考えられる、ナイスネイチャ。

 2人のウィルムへの認識の差は、そこにあるんじゃないか、と思うわけです。

 

 

 

「……I hear you」

「…………」

 

 長々とお話をしていた私の横で、私を拉致った若干2名の世界的スターは、さっきまで適宜相槌とか疑問とか意見とかを挟んでくれていたんだけど……。

 終わりの方に行くにつれて口数が減っていって、最終的には何故か黙り込んでしまった。

 

 あ、あの、もしかしてアレでしょうか?

 その、オタク特有の早口とか、そういうダメなのが出ちゃってましたでしょうか?

 

 震える私に対し、しかしネイチャは非難するでも苦笑いするでもなく、真顔で変なことを訊いて来た。

 

「……ビーム。それって、ファン目線の情報だけから出た発想?」

「だけ? まあ、はい。その、当然といいますか、私はウィルム……さんや堀野歩トレーナーと接点とかありませんし。

 主に週刊誌とかumatterとかから集めた情報からの考察、もとい妄想モドキですが」

「really……本当に?」

「ええ、本当に」

 

 何を疑われてるんだろうか。

 私がストーカーじゃないかとか?

 ……umatterにはべったり引っ付いてるし、ネットストーカーの誹りは免れないかもしれないけど、断じてリアルではやってないんだけども。

 

 私はホシノウィルムのファンだ。

 ファン。そう、これ以上でもこれ以下でもない。

 

 私の情報ソースはファンとして許される範囲でのものだ。

 トレセンにいる以上、もうちょっと色々情報を集める方法はあるけど、当然それらは我慢してる。好きな人を加害して喜ぶのは、初等部の男子だけだしね。

 

 で、その情報ソースの例を挙げれば……。

 ホシノウィルムはお仕事の件数こそ少ないけど、umatterとかで割と情報を発信してくれる方だし、レースの際の表情とか前日までの公開トレーニングから読み取れることなんかもあり。

 堀野歩トレーナーのコラムから、彼の精神性とトレーニングの方針を読み取ったりもできるし、彼も彼で担当バへの愛が深くて色々語ったりもしてる。

 

 それらから得られる情報は、決して小さくはない。

 

 私が彼らを推しているのは3年間。人となりを知るには十分な時間と言っていいだろう。

 そうして集めていた情報が重なり続ければ、「ああ、ウィルムならこう考えそう」「堀野歩トレーナーならこういうトレーニング方針かな」なんて予想も付き始めるわけで。

 

 誰より彼女を見て来た……とは口が裂けても言えないまでも、ファンとしては相当の熱量を持って追いかけて来たつもりだ。

 この予測には、そこそこの精度があると自負してたりする。

 

 ……いやまぁ、百聞は一見に如かずとも申しますし。

 目の前のスターウマ娘たちに否定でもされれば、素直に間違いを認めましょうけれども。

 

「いや……見え方の違いはあるけど、なかなかどうして悪くない、っていうか良い見立てだと思うよ。

 ただ、私たちの発想からは出てこないような客観的な観察にビックリしたってだけ。

 自信持っていいよ、ビーム。アンタのウィルムへの理解度は、ちょっと尋常じゃない」

「……私からは見えてましたけど、私でもなければアユムトレーナーでもない人から、そんな面白い言葉が聞けるとは思えませんでした。

 あなた……クク、面白いですね? シッソウビーム、でしたか」

 

 ……な、なんだろう。

 右隣の黄金の姫から、ニマリという笑いと共に何やら不穏な気配を感じるのは、気のせいなのでしょうか。

 ていうか左隣のフィクサーも、なんかこう、何か企んでいそうなんですけど、気のせいなのでしょうか。

 

「なるほど、そういう種の才能……ですか。私も感じ取れないタイプ、ハイレアリティなタレント。

 あなた、フランスに来ませんか? 対ホシノウィルム用の目として、あなたは良く使えそうです」

「やめな、アンダースタンディブル。この子はアタシたちの仲間だ、勝手な引き抜きは許さないよ。

 ビーム、今日はありがとね。これアタシの個人の連絡先、何かあったら連絡して。良い話を聞かせてもらったお礼も込めて、相談に乗るからさ」

「ちょっと! 自分だけ……抜け駆け? は駄目ですよナイスネイチャ! 私もソレ欲しい!」

「アタシはただ同年代の子と新しく友達になろうとしてるだけだけど?」

「む、それなら私も! これ、ほら、友達登録しましょう! あの頃のウィルムの話もそうですけど……最近のウィルムについてなんかも、教えてくださいね?」

「はわわ……」

 

 なんか気付けば、大スター2人に激詰めされる凡人の構図が完成していた。

 何これ、夢? 夢小説か何か?

 私はいつの間にウマ娘ハーレムを築くオリ主になったんだ。

 

 ……まあいいや! こんな幸せな夢なんて今しか見れないし!

 どうせ明日にはこんな夢は覚めて現実に戻ってるでしょ、ガハハ!

 

 

 

 なんて、その場では現実逃避してたんだけど。

 

 後日、私の元には本当に、ナイスネイチャやアンダースタンディブルからちょくちょく連絡が飛んでくるようになってしまって。

 ていうか普通に友達としてお出かけに誘われたりもして。

 

 結果として、同室の親友でありネイチャの大ファンでもあるポーちゃんから、途轍もない嫉妬を向けられることとなった。

 

 どうしてこうなった。

 

 ……本当に、どうしてこうなった!?!?

 

 

 







 走ることに才能を持った子がいるのなら、そりゃあ他の才能を持った子もいますよね、というお話でした。

 ちなみに、アンダースタンディブルとナイスネイチャはちょっと前からの知り合いです。ホシノウィルムを追っかける同志であり、いつかぶつかることになるだろうライバルという感じ。
 そりゃあバイタリティの化身みたいなアンちゃんが、秋天で結果を残したネイチャのこと放っておくわけもなく……。



 次回は一週間以内。ホシノウィルム視点で、PR案件ガチャ配信(地獄)の話。
 ホシノウィルムにガチャを引かせるなとあれほど……。
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