転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 堀野君視点で、ウィルの社交界デビューとあの子の話。





(真打としてついに参戦する私……)

 

 

 

「さて、改めて確認といこう」

 

 運転手を請け負ってくれた昌の運転する車、後部座席。

 俺は、隣で居心地悪そうにしているウィルに、語って聞かせる。

 

「今回のパーティはウチ、つまりは堀野がホストで行うものだ。

 名目は、俺が初の担当との最初の三年間を終えた節目でのご挨拶、ということになっているが……。

 その実態としては、俺の残した成績から堀野の実質的家格が相当に上がるので、改めての顔見せと繋ぎ、それから俺の胤の価値が上がったので売り込みの意味もあるか」

「!!!」

「はいはい、落ち着いて。名家じゃなくもないことだが、堀野はそういうことを強制される家風ではないし、俺としても外から人を入れる気もないから」

 

 相変わらずこの手の話題になると過剰反応を見せるウィルを落ち着かせ、思わず苦笑を漏らした。

 

「今回の立食パーティはむしろ、今後発生し得るそういう厄介事を予防するためにある。

 本来このパーティは、俺が戦果を誇るものだ。それなのに俺の隣に、まるで張り付くように君がいれば……周りはどう思う?」

「……陣営感を出しに来た、とか?」

「いいや。出席するのは皆、名家の教育を受けた者たちだ。

 であれば正しく伝わるさ……『ホシノウィルムこそが堀野歩のパートナーなのだ』とね」

「!!!」

 

 要するに、先約はもう付いてるから野暮は申すな、と宣言できるわけだ。

 

 社交の場において起きたことは、名代の口からほぼ全て伝えられる。

 俺が行動で示した意思は、日も置かず堀野の方針として名家の間で知れ渡ることになるだろう。

 

 幸いにして、ウィルはちょっとずば抜けた成績を残してきている。

 共に歩む相手の格という意味でも、なんら不足はない。

 誰一人としてこの決定に文句は言えないし、言わせないさ。

 

「そ、そう……いえ、以前お休みの日に言われてから、覚悟はしていましたが、ハイ。

 ……でも私、歩さんに並び立つに相応しいウマ娘になれてるでしょうか」

 

 顔を赤くしつつ、少しだけ不安そうにするウィルの頭を撫でる。

 

「……まあ、一般出身かつ初の社交と考えれば、及第点には届いているかな。ギリギリ」

「あっそこは十分とか慰めてくれない感じだ……」

「君に嘘は吐かないと誓ってるからね」

「お、その発言はかなりポイント高いですよ! ウィルちゃんポイント5億! 累計1万ポイント達成につき私と生涯添い遂げる義務が与えられます」

「残りの約5億ポイントはどこへ……?」

 

 実際のところ、すごいことではあるんだ。

 本来は幼少の頃から立ち振る舞いや所作を教え込みそれが「普通」になるまで慣らして、その上でマナーや家のパワーバランス、言葉の裏のニュアンスや符合などを勉強して、ようやく社交の場に出られるわけで。

 たった3か月で自分の言動や知識を及第点まで叩き上げたのは、流石ウィルと言う他なかった。

 ……いや、本当に。流石に兄さん程じゃないが、この子も大概とんでもないな。

 

 

 

 そんなことを考えていると、前の運転席から、昌の声がかかる。

 

「そろそろ着くよ」

 

 俺は瞬き一度、意識を切り替えて……横にいる少女を見た。

 

 ワインレッドを基調とした煌びやかなパーティドレス。

 相変わらず成長の見られない体格に合わせた可憐な可愛らしさと、その次元違いの力に見合うだけの神聖な美麗さも兼ね備えたそれは、俺と昌によるオーダーメイド。

 それを身に纏う彼女は、まさしく天上の星の如き美しさを有していた。

 

「ふふ。皆が羨む高嶺の花、というところか」

「か、揶揄わないでくださいよっ! こういう恰好は前世含めて初めてで、結構恥ずかしいんですから!」

 

 ただ、だからこそ……そのどこか不安そうな落ち着きのない様子は、画竜点睛を欠くというもの。

 

 車がゆっくりと停車するのを感じながら、俺はかつて学んだことを思い出し。

 彼女に向けて微笑みを浮かべ、手を差し伸べた。

 

「……誰もが君の強さと美しさに見惚れ、その花を摘み取りたいと願うだろう。美しすぎる花は目を引くものだ。もはや野に咲き誇るばかりではいられまい。

 であれば……君を摘み取り自らのものとする役、俺に任せてはくれないか」

 

 彼女の教育の最終チェックであり。

 今日のエスコートの始まりであり。

 そして同時に、俺から彼女への想いの告白。

 

 いつものように慌てたりせず、適切な対応が取れるかと、見守る俺と昌の前で……。

 ウィルは一瞬だけ口端を上げた後、きゅっとそれを引き締めて俺の手を取り、不敵な笑顔で言った。

 

「……ええ、お願い申し上げます、堀野歩さん。

 どうか私という花、枯れ果てるその時まで愛してくだされば、これ程幸いなことはありません」

 

 ああ、100点満点の回答と笑顔だ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 このパーティは堀野、というか俺がホストだ。

 当然ながら、招待するゲストの選別も、俺に裁量が任されていた。

 

 今回の目的は、ウィルのお披露目。

 彼女には「ウィルを堀野に囲い込む」とだけ説明したが……実のところ、逆もまた然り。

 これから先ウィルに飛んでくるだろう面倒なアプローチを、少しでも弾きやすくする意味合いもある。

 

 ウマ娘の競走はブラッドゲーム、血筋による力の継承がとても重視される。

 史上最強のウマ娘ともなれば、そりゃあもう色んなところから縁談が来るだろうことは予想に難くない。

 

 そこで俺だ。

 俺は仮にも彼女のパートナーで、最近は世間的にもそのイメージを持たれつつある。

 ここで俺とウィルが公にペアを主張すれば……なくなることはないにしろ、手出しは大幅に減るはずだ。

 

 そういう意味でも、今回は決して失敗できない──いや、失敗していい社交の場など存在しないが──案件であった。

 

 というわけでリスクヘッジのためにも、今回のパーティは小規模かつカジュアルなものとする予定だった。

 ホテルのパーティホールを貸し切り、ある程度以上寛容かつ、気の知れた家にのみ招待をかける。

 これならウィルがちょっとしたお茶目をしたとしても、「まぁホシノウィルムだし」「子供だし」と、ある程度のお目こぼしをもらえる……はずだった。

 

 そう、はず「だった」のだ。

 

 当初の想定から離れて、俺たちが実際に赴いたのは都内のホテルではなく、とある名家の所有する土地で。

 俺からは招待を出す気がなかった、この土地の持ち主たるウマ娘が一名、パーティに参加する予定だ。

 

 ……どうしてこうなったのか。

 俺は外面を整えながらも、内心で忸怩たる思いを噛み潰していた。

 

 何が最初の誤算だったかと言えば、相手方の諜報能力か。

 準備は部外秘で内々に進めていたというのに、どこからかこのパーティ主催の情報が漏れ出し……。

 

『まさか栄えある堀野の嫡男たるあなたが、このような会場を用いると?

 過ぎたる謙遜という毒杯を呷る道を選ばれることを、私は友たる一族の末として許容致しかねます』

 

 ……昔馴染みの少女に、割と真剣に怒られてしまった。

 

 

 

 堀野と彼女の家は、割と距離が近い。

 

 彼女の家は厳格な家風を貫く一族であり、数代前までの堀野も割とそんな感じで、古い歴史を持つ家同士、当主間に個人的な交友が生まれるくらいには密接な関係にあった。

 その後色々あって堀野は変革を遂げたが、その後もこの二家の付き合いは続いている。

 ……というか、むしろ変革後はより距離が縮まったまである。

 かつての堀野の「トレーナー・ウマ娘両者の感情を排した徹底管理主義」という在り方よりかは、今の「ウマ娘ファースト、トレーナーの無私の献身による管理主義」という在り方の方が、先方のそれに近いからね。

 

 で、そんな二家の跡取りとして生を受けた俺と彼女との間には、ある程度の交流があった。

 おおよそ10の年の差がある異性でありながら、殊更の関わりを持っていたのは……今思えば、当時から既に、俺の「アプリ転生」や研鑽が、多少の評価を受けていたからかもしれない。

 あとは……いつかのお茶会で、名家に名を連ねる意味、その血による責務、それから彼女の脚質適性について話をしてからは、接触の機会が増えたと思う。多少なりとも評価をいただけたのかもしれない。

 

 ともあれ、彼女はそれからかなり高い頻度で、九州にある堀野の家をわざわざ訪れてくれるようになり。

 まさしくノブレスオブリージュの化身のような堂々とした立ち振る舞いは、当時まだ反抗期の真っただ中だった昌にすら感心を強いる程のもので、家族の中に彼女に否定的な人間はおらず。

 当然ながら、他名家との親交を深めるという意味でも、堀野としてもこの交友に否はなく。

 

 俺たちがトレセンに入るまでの、おおよそ10年の間。

 俺たちは月に二度程度、どちらかの家でティーテーブルを囲み、最近のレース事情や経済、社交界のことなんかについて会話をするのが常となっていた。

 

 タイミングさえあれば、彼女を担当することもあるかもしれない、なんて思ってはいたが……残念ながら2年、いや1年、タイミングが合わず。

 彼女がデビューする年、俺は丁度トレセンで新人研修の真っ最中。

 ウィルの1つ上の世代を走っていた彼女の育成を担当することは、叶わなかったのだが。

 

 ともあれ、だ。

 年こそ離れているが、俺は彼女と互いに信頼し尊敬し合える友人、あるいは疑似的な家族のような関係を築けている、と自負していた。

 互いに至らぬところがあれば躊躇いなく指摘し、逆に賞賛すべきところがあれば惜しみなく讃える。

 まあ、極めて真面目で純心な彼女からすれば、それは誰にでも取る当然の態度だったかもしれないんだけども……。

 

 

 

 俺と彼女の関係性はそんな感じで。

 だからこそ、彼女から飛んできた指摘は……少なからず耳に痛かった。

 

『まさか栄えある堀野の嫡男たるあなたが、このような会場を用いると?

 過ぎたる謙遜という毒杯を呷る道を選ばれることを、私は友たる一族の末として許容致しかねます』

 

 ……要するに。

 凱旋門賞まで獲った今代の堀野のトレーナー改めての顔見せ(という名目で開くパーティ)が、この程度の広さ、レンタルの施設で行っていては、嫌味や秘密主義のように映りかねない。

 そして、親しい関係を持つ一族の者として、あなたのそのようなミスを見逃すことはできない、と。

 そう言われているわけだ。

 

 しかし、レンタルのホールを使わないとなると、一つ問題が発生する。

 実のところ、堀野は東京近辺にしっかりとした拠点を持っていないのだ。

 いや、あるっちゃあるのだが、ちょっと小さい。名家に名を連ねるお歴々を招けるようなパーティホールまでは所有してない。

 

 さて困ったぞ、どうしたもんかと頭を回していると……。

 そこに、彼女から次いで言葉がかけられた。

 

『もしよろしければ、我が一族の方から相応しき会場をご用意致しましょう』

 

 渡りに船、走りにウマ娘だ。

 貸し1つでウィルが恥をかく可能性を減らせるのならそれに越したことはなく、俺はすぐにそれを受け入れてしまった。

 

 ……後で冷静になって考えると、色々問題がありすぎる判断だった。

 

 そもそも場所を借りる以上、あちらに義理が生まれる。

 その名代が望むのならパーティへの参加を認めざるを得ないし、それどころか実質的にはダブルホストの形を取らざるを得ない。

 ウィルのためを思ってとはいえ、少々、いやかなり短絡的な決断であった。

 

 で、その結果として、今……。

 

「いらっしゃいませ、堀野歩様、ホシノウィルム様。

 一族名代、ダイイチルビーがご両名を歓迎いたします」

 

 ……俺の幼馴染である、現ドリームトロフィーリーグ所属競走ウマ娘。

 見事な礼を見せるダイイチルビーが、目の前にいた。

 

 

 

 ダイイチルビー。

 去年の春までトゥインクルシリーズを走っていた、ウィルの1つ上の世代のウマ娘。

 ドリームトロフィーに上がるまでに計4回G1タイトルを獲得した、紛うことなき優駿の一人だ。

 

 しかしそんな彼女は、ウィルとその旅路を重ねることはなかった。

 その理由は簡単で、彼女が走っていたのは徹頭徹尾、短距離からマイル路線。

 中長距離路線のウィルとは、そもそも共に走る機会がなかったのである。

 

 幼少期はティアラ路線を筆頭とする中長距離を目標としていた彼女だったが、俺の「アプリ転生」で観察するに、中距離適性はC、長距離適性に至ってはG。ハッキリ言って全く向いていなかった。

 なので「君は自身の妄念のために走るのか? 君に流れる至上の血による適性は、別の道こそが栄光を示すと、そう叫んでいるのに?」とか、「その輝けるスピードを、絢爛たる有り様を、まさかレースも中盤で鈍らせる気なのか? それが君の衆生に見せるべき姿か?」などと、いくらか説得することと相成った。

 

 ファーストコンタクトがそんな感じだったので、実のところ彼女との関係は、結構ギスギスしたものから始まったんだけど……。

 「身近にいるウマ娘を少しでも幸福にしたい、栄光に至る手助けをしたい」というのは、今も昔も俺の理想だったからね。

 彼女の素晴らしい才能が腐るところなど見ていられず、言わざるを得なかった。

 最終的には彼女や御一族の方々も納得してくれたし、実際にその道を走って立派な成績を残してくれて、助言者としてはこの上なく満足である。

 

 

 

 さて、話を戻して。

 G1を4度も勝ち抜くような優駿とあらば、流石にウィルも知っている。

 

 というか、俺が彼女の話を出す度びくんびくんしてたし、多分違う意味で意識してたんだろう。

 今回のパーティのもう一人のホストとして名前を出した時も、「むむむ!」と何やらキュートなうめき声を口にしていたし。

 

 なので、瀟洒な青のパーティドレスを纏ったルビーに対して、ウィルは俺の紹介の後、動揺することもなく悠然と応じた。

 一歩前に出て片足を引き、背筋を伸ばしたままに腰を曲げて頭を下げ、スカートを摘まみ上げるそれは……見事なカーテシーだった。

 

「ご紹介に預かりました、ホシノウィルムです。

 華麗なる一族の誇りとまで言われたダイイチルビーさんとお会いできて、光栄です」

 

 ……うん、その動き自体は、かなり見事だったんだけど。

 

 俺、カーテシーは教えてないんだよなー……。

 堀野は旧家に系譜を持つ家なので、基本的に和式の振る舞いを取るのが通例なんだが。

 

 ちらっとこちらを覗き込むいたずらっぽい視線からするに、今日のために練習してきたんだろう。こっそり習得して俺をビックリさせてやる、という魂胆と見た。

 実際形にはなってるし、見苦しさなど全くない。

 本来なら、このくらいのお茶目は許してしかるべきだろう。

 

 ただ……まあ、やった相手がよろしくない。

 華麗なる一族は堀野とは長い付き合いで、特にルビーはうちにしょっちゅう遊びに来ていたんだ。

 そりゃまあ当然というか、ウィルが堀野の流儀に反したってことは見抜かれてしまう。

 

 現に、目の前のルビーの雰囲気が変わったのがわかった。

 この子、基本的に表情とか動作、耳や尻尾には殆どと言っていい程に感情を出さないけど、長い付き合いになる俺にはそれがわかる。

 なんかこう、纏う雰囲気的なものに現れるのだ。……昌に言っても「全然わかんないけど」って言われたし、俺の錯覚かもしれないけども。

 

 2人に恥をかかせるわけにはいかないから、ウィルの失敗を口には出せないが……。

 やっぱり、ちょっとイラッとしてるというか、見損なった感じの気配をルビーから感じる。

 うーん、こうなるのを忌避して、彼女は呼ばない予定だったんだけど……。

 

 ま、仕方がない。ここは取りなしが必要だろう。

 

「この子はまだ、こちらの世界に踏み込んで日が浅いウマ娘。

 どうか私共と共に、寛容に見守っていただければと思います」

「……構いません。元よりこの度は、肩肘の張るものではありませんから。

 それではどうぞ、ホールへ。私も後ほど参ります」

 

 その雰囲気は全然「構わない」って感じのものではなかったが、ひとまずは許容はしてもらえたか。

 ルビーのじとっとした目を受けながら、ちょっと不思議そうな表情で視線だけこちらに向けているウィルを、俺は苦笑を漏らしながらエスコートした。

 

 

 

 そこからはまあ、いつもの挨拶回りといった感じで。

 俺はウィルを連れ、お歴々に彼女を紹介して回った。

 

 今回のパーティのゲストの層は、こちらの世界のことをよく理解しており、なおかつ比較的温和だったり穏やかな気性の方々ばかり。……後者の条件は、約一名のウマ娘を除いて、になるが。

 あちらとしても、元より過度に飾ったものではないと察しを付けてくださったのだろう、俺たちが来るのを待つよう、適度に暇を空けてくれている。

 俺たちはワイングラス(勿論ウィルの方はノンアルコール)を片手に、談笑が終わったタイミングや、手持無沙汰をアピールして食事を取っているタイミングを見計らい、一人一人声をかけていった。

 

 とは言っても、まだ瞬時の言葉選びや言葉の深読み、情勢理解に不安の残るウィルがすべきは、あくまでも自己紹介とご挨拶くらい。

 基本的には笑顔で俺の隣に立ち、「こういう風に話をするんだ」と話を聞いておくことがお仕事だ。

 こそっと耳打ちしてカーテシーはやめさせたし、それ以外では不安要素もなく……まあ、普段は取らない姿勢が少々キツそうではあったが、その程度で。

 

 最初の対ルビーの対応を除けば、これといった問題はなく事は進んだ。

 その中で、少々特殊な対応と言えば……。

 

 サトノのところは、まだ頑是ない年頃の孫娘を連れて来ており、「君のような有望なトレーナーが付いてくれれば、この子(ダイヤ)も安泰なのだけれどね」と、めちゃくちゃ直球に圧をかけてきたりもした。

 今年もG1勝利はならなかったからだろう、並々ならぬ焦りが窺えたね。

 また、紹介いただいたしなやかな淡い亜麻色の髪を持つ少女は、どうやらテレビか何かで俺を知っていたのか、とてとてと歩み寄って来たかと思えば「私がトレセンに入ったらトレーナーになってください」と可愛らしく頭を下げられてしまった。

 流石に子供の真摯な願いを切り捨てるわけにもいかず、かといって言質を取られるわけにもいかず、「輝かしいレディ。あなたが将来トレセン学園に入った暁には、是非私のことをお誘いいただければ」と、少しキザに冗談めかして、相手に意思を任せることとなった。

 ウィルにはこそっと肘打ちされた。「アニメの方のネームドですよ!」とのこと。マジか。

 

 シンボリ家からは、わざわざシンボリルドルフが時間を作って来てくださった。

 相変わらず威風堂々とした振る舞いで、俺への改めての賞賛の言葉をくれると同時、ウィルには「こちらのことでも、何かあれば是非言ってほしい、相談に乗ろう」と言ってくれた。

 どうやらテイオーのことも昔から見てあげていたそうで、そういう意味でも頼れる先輩だった。

 堀野とシンボリはやや距離があったので、あまり彼女の人柄を知る機会はなかったが……前世アプリでもそうだったように、やはりとても出来た人だと思う。素直にリスペクトだ。ギャグのセンスも良いし。

 

 それから桐生院家からは、先輩トレーナーでもある桐生院葵女史が。

 こういった場に慣れてはいても、やはり海千山千のご老公と比べると経験が不足しているのだろうか、他に比べるとややそわそわしている様子が窺えた。

 この3年半、幾度か先輩として頼らせていただいたりハウツーの交換をすることもあったので、彼女とは親交がないわけではなく、そこそこ話も弾んだと思う。

 最後は、俺たちに対し「これからも、互いに研鑽を積み合いましょう」と、ライバル陣営らしい言葉をいただいた。

 

 

 

 ……そうして、挨拶回りの殆どを終えれば。

 残されたのは、ラスボス……もといイレギュラーのみとなった。

 

 いつも通りの無表情でグラスを傾けていた、ダイイチルビー。

 彼女の元に歩み寄り、俺は軽く手を、そして声を上げる。

 

「ルビーさん」

「……お待ちしておりました、歩さん」

 

 彼女はテーブルにグラスを置いて、こちらに向かい合う。

 努めて感情を排した、けれど強い輝きを秘めた視線が、俺たちを捉える。

 

「改めまして、この度はご招待いただきありがとう存じます。

 この3年間の飛躍的なご活躍は伺っておりました。一族を代表し、お祝い申し上げます」

 

 相変わらず、慣れていなければ距離感を見誤ってしまいそうな、慇懃な対応だ。

 とはいえ別に隔意があるわけでもなんでもなく、彼女にとってはこれこそがフラットであり、あるべき姿。

 故に、俺もなんら気にすることなく応じた。

 

「いえ、こちらこそ、この度はこのように素晴らしい空間をご提供いただいたこと、感謝します。

 ルビーさんのご活躍も拝見しました。夏のドリームトロフィーの勝利、お見事です。尊き血に裏打ちされる究極のスピード、確かに見せていただきました」

 

 ドリームトロフィーはトゥインクルと違い、一年通したフルシーズンで開催されるわけではない。

 いや、トゥインクルだって1年丸々あるわけではないが、ドリームトロフィーは更に少なく、実に1年に2回……と言うと、これはこれで語弊があるか。

 簡単に言えば、夏と冬にそれぞれ各種条件でレースが固まって行われ、ウマ娘たちはその内の1つ2つに出走する、という開催形態だ。

 

 ダイイチルビーはその内の、ターフ短距離部門のレースで、見事に勝ち切った。

 本来、ドリームトロフィーに入った直後は、トゥインクルで言えばクラシック級でシニア混合レースに入った時のように、恐るべき先達に気圧されてしまいがちなんだが……。

 2年目にしてドリームトロフィーに勝ち切るようになるとは、流石と言うべきだろう。

 

 

 

 ただ……残念なことに、その快進撃がここからも続くかどうかは、少々不安視されるところだ。

 

「あの電光石火の煌めきは、今後も見られるのでしょうか?」

 

 問うと、ほんの少しだけ、ルビーの気配が揺らぐ。

 

 トゥインクルシリーズで見せていた、ダイイチルビーの陰り。

 それはドリームトロフィーへ移ることによって晴れ、彼女は素晴らしいと言う他ない走りを取り戻した。

 

 ……が、しかし、今。そこにもう一つの不安要素が発生している。

 それは、彼女に纏わるものではなく……彼女のトレーナーによるものだ。

 

 ダイイチルビーには、トレセンでもかなりのベテランである女性トレーナーが付いていた。

 ドリームトロフィーはドリームトロフィー専門のチームに所属して挑むウマ娘も多い中、彼女はそのトレーナーの下で研鑽を積み続けていたのだが……。

 

 ……つい先日、そのトレーナーが、寿退社することとなったのである。

 

 ルビーとはしっかりと話し合った合意の上でのことらしいので、そこに関しては安心なのだが……。

 彼女は今後、どうレースに向き合うのか。あるいは、その道から一線を引くのか。

 そこは俺としても気になるところで、せっかくなので婉曲ながら聞いておこう、というわけだ。

 

 さて、俺に問われたルビーは、その言葉の意味を正しく理解したのだろう、一つ頷き。

 威風堂々、いつもの彼女らしく口を開いた。

 

「私が一族の末として見せるべき輝きは、未だ果ててはおりません」

「成程、それは何より。それでは、どなたがあなたの道を照らす尊き役目をいただくのでしょうか?」

 

 レースはまだ走る気でいます。

 なるほど、じゃあもう次のトレーナーは決まってるの?

 

 そんな感じの会話をしていると……何故か、ルビーの視線に、なんらかの感情が過った気がした。

 見間違いか? 彼女はこんな場面で感情を表に出す程、甘い少女ではないはずだし。

 

 俺が自分の目を疑っていると、ルビーはゆっくりと口を開いた。

 

「……華麗であれ。至上であれ。常に最たる輝きを。

 私は尊き血を引く末。一族の玉条に相応しきトレーナーを選ばなければなりません。

 高き向上心と能力を具え、決して鍛錬を怠ることなく、私の輝きを理解し寄り添ってくださる方を」

 

 ……なるほど。

 もしかしたら、ダイイチルビーはトレーナーを厳選するつもりなのかもしれない。

 

 いやもしかしたらっていうか間違いなくそうだな。

 常に上を向く彼女と並び立てる向上心。

 名家のウマ娘として磨かれた眼鏡に適う実力。

 極めてストイックな彼女が認める程の研鑽。

 そして彼女の理想とする、「至上の輝き」という理念への理解。

 その全てを持ち合わせるトレーナーなど、トレセン広しと言えど果たして何人いるものか。

 

「ふむ……」

「…………」

 

 ルビーからも、2人きりでいる時に稀に向けられる、お願いオーラ的なものを感じる。

 手助けが必要なヤツかもしれないな、これ。

 

 彼女が彼女自身の意志で行うことだと、これまではノータッチだったが……。

 今回会場を貸してもらった借りもあるし、長年積み重ねた情もある。

 俺からも、良さげなトレーナー候補を探しておくべきだろうか。

 

 

 

 ……などと、そんなことを思ってると、俺の後ろで微かにため息。

 それは、なんというかこう、「なんで私がこんなこと……」みたいな感情を含んだ響きで。

 どうしたのかと思っていたら、俺の後ろに立っていたウィルが一歩前に踏み出した。

 

「それでは、()()歩さんは如何でしょうか」

「む?」

 

 思わずちらりとウィルの方に視線を投げてしまう。

 

「歩さんは、担当と共にどこまでも上を目指す向上心、癖のあるウマ娘でも万全に支える実力、無限の研鑽をこなすだけの真面目さを持っています。

 更に言えば……時折彼から伝え聞く話からするに、ダイイチルビーさんのことを、彼はよく理解していると思います。

 ドリームトロフィーで担当を持った経験こそありませんが、そこは得意の情報収集と研鑽ですぐに適応しちゃうでしょうし」

「ウィル……」

 

 こういう公の場では、たとえ興が乗ったとしても、軽はずみな発言はしてはならない。

 流石に咎めようとした俺だったが、チラリとこちらを見たウィルの眼力に黙らされた。

 本来俺は彼女を指導する側だし、彼女が間違ってるはずなんだが……。

 彼女がああいう目をする時は、決まって俺の方が間違ってる時なのだ。ダービーの後とかまさしくそんな感じだったし。

 

 俺を黙らせたウィルは、軽くごまかすように咳払い一つ。

 何故か言葉を挟むこともなく事の成り行きを見守っていたルビーに話しかける。

 

「……これはあくまで独り言なのですが。

 歩さんは、ええ、少しばかり人の情動に疎い上、まだまだ自分への客観視が甘い側面がありまして。

 どうせ先の言葉を聞いた時も、『そんな理想的なトレーナーは思い当たらないが、俺の方でもめぼしい候補をピックアップしよう』などと思っていたことでしょう」

 

 バレてる。

 流石はウィル、俺への理解度が高い。パートナーとして嬉しいばかりだ。

 

「なので、求めるところがあるのなら直球に。欲するものがあるのなら明確に。

 ……今の彼なら、それを言いさえすれば、きっと正しく受け取ってくれると存じます」

 

 耳が痛い半分、よくわからない半分の言葉。

 それを受けて、ルビーは……。

 

 ……本当に珍しいことに、その表情の上で、僅かな不快感を露わにしていた。

 

「…………何故、それをここで、口に?」

「さて、何故でしょう。

 まあ……フェアじゃないとか、先輩を立てるとか、放っておいたら一生すれ違ってそうで見てられないとか、曇らせは趣味じゃないとか、そんなところじゃないですかね多分。

 ああでも、先に申しておきますと、変にお気になさらずとも結構ですよ?

 私、正々堂々勝ち取ってお見せしますので」

 

 ウィルはそう、優雅に、けれどどこか挑発的に言い、口に人差し指を立てた。

 

 

 

 強気(?)なウィルの言葉を受けて、ルビーは不快感を内に収め、1秒、2秒、3秒。

 ウィルから俺に向き直り、口を開いた。

 

「歩兄様」

「んっなにゅあっ!? にいさま!?」

「……なんだい、ルビー」

「こっちは呼び捨てっ!?」

 

 少々、驚いた。

 普段は2人きりの時にしか使わない呼称を、この公の場で使うとは。

 一応、カジュアルなパーティだし、おかしな話が外に漏れることはないと思うが……。

 

 面食らいつつも、話し方が引っ張られる俺。

 そして、俺とルビーの間で視線を行ったり来たりさせるウィル。

 

 2人を前にして、ルビーは微かにその気配に優越感を滲ませ……。

 しかし直後、それを引っ込め、俺へと視線を集中させてきた。

 

「私には、現在、栄光に至る道を示すトレーナーが付いておりません。

 そして……新たにトレーナーを仰ぐのであれば、然るべき相手は一人しかいらっしゃらないと存じます」

 

 強い意志を秘めた紅桔梗の美しい瞳が、俺を絡め取る。

 その白磁のような細い指を伸ばし……。

 

 そうして、まるでずっと前よりの宿願か何かのように、彼女は語った。

 

 

 

「歩兄様。私と、トレーナー契約を結んでいただけますか。

 あの日のように、私に、真に至るべき輝きを示していただけますか」

 

 

 

 ……ああ、なるほど。

 今になって恥ずかしく思う。

 言われるまでその可能性に気付かないんだから、そりゃあウィルにああ言われもするか。

 

 思えば……あの日も、言われたものな。

 

『生まれを悔いることなど、あって良いものでないとは理解していますが。

 ただ一つ、挙げるのなら……1年。あと1年、私が遅く生まれていれば、あるいは』

 

 トレセン入学直前、堀野の家に来た彼女は。

 チェスボードを挟んだ対面、他に二度と見たことのない表情で、そう呟いたのだ。

 

 当時の俺が気付けなかった失態。

 この行動が遅れてしまった不手際。

 そして何より……可愛い妹のようで、尊敬できる友人のような、少女への友愛を込めて。

 

 俺はその場で屈んで彼女の指先を取り、少しだけ気障に微笑んで。

 ……静かに、口付ける。

 

「喜んで。高貴なる赤き王女に、最上のスピードと至上の輝きを奉げよう」

 

 咲き誇るは、一輪の薔薇。

 見られる者は一握りの、けれど何より美しい珠玉の輝きだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……さて。

 後悔もなく反省もなく、間違った判断ではなかったと断言はできるのだが……。

 

 堀野にもあまりデータの多くないドリームトロフィー。

 しかも、俺はこれまで担当したことのない、短距離からマイル適性のウマ娘ときた。

 

 もしかしなくとも、とんでもなく忙しくなるんじゃないか、これ?

 

 

 

「……ほんっとモテますねぇ。ま、見る目があるウマ娘も多いってことで、ここはひとつ。

 しかし、ブルボンちゃんといいルビー先輩といい、なんで私はああいうウマ娘を放っておけないのか」

「俺は君のそういうところ、好きだよ」

「にひ。正直、私もこういう自分が好きです。

 でも、歩さん、女性との距離感には気を付けないと、いつか後ろから刺されますよ? あるいは鈍器で殴られるとか?」

「…………」

「歩さん?」

「……俺の前世の死因、結構親交のあった部下の女性に後ろから灰皿で殴られたことなんだけど」

「ガチだった」

 

 

 







 堀野君→ルビー:ウィルの1つ上の世代の優駿であり幼馴染。尊敬できる友人であると同時、10歳近く年下なので妹のようにも思っている。

 ルビー→堀野君:おおよそ自我ができる頃から10年来の付き合いがある男性。血の責務の意味を見失っていた自分に真なる至高の輝きと走るべき道を示してくれた導き手。名家の血による才覚ではなく自らの研鑽によって実力を証明する輝き星。一族に必ず取り込まなければならない英雄。二人きりになった時に最も落ち着く時間をくれる人。これまでずっと隣にいてくれたしこれからも隣にいてほしい兄様。……信じて送り出したらぽっと出のウマ娘と並んでる浮気者。



 というわけで、実はずっと前から堀野君と付き合いのあったウマ娘の話でした。
 名家の責務で自我を全く表に出さないのが昔の堀野君と相性最悪で、その想いは欠片も伝わっていません。お嬢、ちゃんと言葉にしよう。



 次回は一週間後、天才と怪物の話。
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