新世代の最強格視点。
私にとってレースとは、勝って当然のものだった。
なにせ幼少期から、ほぼ例外なく、誰と走ろうと勝ってきたのだ。
どれだけ将来を期待されたウマ娘でも。
町内で最強と呼ばれていた麒麟児でも。
中央重賞にも十分食いつけると言われた天才でも、変わらない。
私が本気で追えば、誰一人として逃げられない。
いいや、それどころか、まともに競い合い張り合うことすらもできない。
常に独走、一着、完勝。
それが私にとってのレースというものだった。
それに対して私が感じていたのは、喜悦でも誇りではなく……。
飢え、だ。
満たされない。つまらない。足りない。楽しくない。
このレースは、私の魂が叫ぶ飢えを、解消してはくれない。
だから、もっと強いウマ娘と走りたい。
私に張り合い、競い合い、一着という王冠を奪い合えるようなウマ娘と。
その欲望は留まるところを知らず……。
しかし、欲求を満たしてくれる相手など、殆どおらず。
ただ一人の例外であった姉貴がトレセンに入ってからは、いよいよ私の飢えを満たせる者はいなくなった。
……結局、ウマ娘とはこんなものか、と。
私が諦めに近い感情を覚えた頃、姉貴に誘われた。
中央トレセンの春のファン感謝祭に行こう、と。
そして、私はそこで、見ることとなった。
『ここには、君を満足させるものがあるよ。追い付けない背中も、諦めずに追って来るウマ娘も。
だから、君も来なよ、トゥインクルシリーズ……中央トレセンに』
私の心を躍らせる、今代の最強。
そして、その最強に必死に喰らい付く、煮え滾るような熱を持つウマ娘たち。
隔絶した強者を前に、しかし誰一人その影に怯えることなく走り続けていた。
……ここなら。
ここなら、私に追い縋るウマ娘も現れるだろうか。
あるいは、私の影すら軽快に追い越す誰かと、走れるだろうか。
そして……目の前のウマ娘は。
私に、未だかつて味わったことのない敗北を、くれるだろうか。
『ま、私も君と走ってみたいし、できるだけ長く走るよ。それで、もしも走ることになったら……。
その時は、全力で叩き潰す。
食われたくなければ、全力で向かってきなよ?』
あの笑み。
獲物を前にした肉食獣の如き笑みが、私のまぶたに焼き付いて離れない。
恋、と。そう言ってもいいかもしれないな。
私は今も、アイツと走る日を、アイツに打ち負かされるのを夢見て、恋焦がれているのだから。
その会話を以て、私の目標と未来は定まった。
中央トレセンに入学してトゥインクルシリーズに参加し、アイツを追う。
姉貴の視線すら私から奪ってみせた、天上の星。
これ以上なく食いでのある、最高のメインディッシュ。
星の光に焼かれ、足がもつれ、逃げ切られたその時……。
私の飢えはきっと、これ以上なく強まるだろう。
星に手を伸ばし、掴んで口に入れ、噛み砕き、呑み下したその時……。
私の飢えはきっと、完璧に満たされるだろう。
だから、言ってしまえば。
G1レースも、クラシック三冠も、全てはその前菜に過ぎない。
神話の如き龍を前にしては、他のウマ娘など脅威になろうはずもなく……。
脅威になどしていては、至高の座にまで至れない。
故に、私は当然のように勝ち、当然のように至る必要があって。
そのための最善手を取ることに、躊躇いなどあるわけもなかった。
* * *
「それで、ボクのトレーナーを逆スカウトしに来たと」
トレセンの入学試験を問題なく突破し、入学して、トレーナーを得てからしばらく。
放課後のトレーニングの休憩時間、私は同門の先輩に、何故自分のトレーナーを逆スカウトしたのかと問われ、答えた。
端的に言えば、私の目的のためにはこれが最適解だった。
それ以上に理由などない。
果たして、その答えに納得したかどうか。
オフィスチェアの背もたれに顎を乗せた先輩は、くるくると回りながら言葉を続けた。
「うーん、いやまあ、君視点だとそうだよね。確かに最適解。
ボクとしては……自分のトレーナーがついに自分以外も担当を持ったことに、思うところがないわけじゃないんだけど」
私たちのトレーナーに割り当てられた、トレーナー室にて。
ただ一人の同門の先輩であるトウカイテイオーは、苦々しい顔で呟いた。
トレセン学園の関係者の中で、最も知名度が高いのは、当然ウマ娘だ。
私たちはレースの花形。ファンから見られ、知られるのは当然のことだろう。
しかし、そんな私たちに次いで、顔を知られているのは誰かと言えば……。
それは私たちを教え導く、つまりはウマ娘のレースの結果を変え得る、契約トレーナーたちだろう。
そして現在、トレセン学園には殊更に高い知名度を誇る……いわゆる名物トレーナーが三人いた。
一人目は、〈チーム・ポルクス〉のトレーナー。
コイツに関しては、最近組まれたこのチーム名より、「ホシノウィルムのトレーナー」と表現した方が伝わりやすいだろう。
名家の血を受け継ぎ、寒門のウマ娘を無敗三冠や凱旋門賞へ導いた、トレセン肝入りの天才。
ホシノウィルムだけであればただの
続くミホノブルボンまで、血統の壁を越えて無敗三冠に導いたことで、もはやその神がかった能力を否定する者もいなくなった。
陣営が5人になったことを契機としてチームを組んだらしいが、ジュニア級のウマ娘を除いて全員がG1ウマ娘やドリームトロフィー所属なのだから、あの男の目がどれだけ良いかは察しも付く。
二人目は、〈チーム・アルタイル〉のトレーナー。
こちらもチームを組んだばかりらしく、「ナイスネイチャのトレーナー」と表現した方が伝わりやすいか。
〈ポルクス〉のトレーナーの陰に隠れた、もう一人の天才。最初に担当したウマ娘にG1を獲らせ、三等星の座に君臨させた怪物。
コイツのチームは〈チーム・ポルクス〉と何かと縁があるらしく、このチームにはナイスネイチャやライスシャワーなど、〈ポルクス〉陣営と覇を競ったウマ娘たちが多く所属している。
知名度は〈ポルクス〉トレーナーが突出しているために一枚二枚劣るが、特に策謀を巡らせてかつタイプのウマ娘の育成能力は秀でていると聞く。
そして残った三人目こそ、トウカイテイオーと私を担当するトレーナーだ。
新人を抜けたばかりの前の二者とは違い、勤務何十年目というベテランの初老の男性。
……そして同時、この3人の名物トレーナーの中でも、飛び抜けた問題児でもある。
「元々、ボクだけ担当してくれてたのにー」
トウカイテイオーは私に対し、むくれるように頬を膨らませた。
通常の場合、中央の契約トレーナーは、新人期間が終わり次第多数のウマ娘を担当することになる。
トレセンに所属するウマ娘の総数は2000人、その大多数がレースに出走する。
それに対して、トレセンのトレーナーは200人きりだ。
平均して、トレーナー1人につきウマ娘10人を受け持たなければ事が回らない。
しかし、私とトウカイテイオーのトレーナーは、その流れに逆らっていた。
即ち、担当を1人しか取らなかった。トレセン上層部からの内示も無視して。
……滅茶苦茶な我がままのように思えるが、かつて担当したシンボリルドルフを筆頭に、奴が担当したウマ娘に毎回成績を残させることで実績で黙らせてきたらしい。
最初に聞いた時は、とんでもないヤツだと呆れたものだ。
が、その拘りも、私が現れたことにより途絶えた。
今、アイツはトウカイテイオーと私の2人、担当を抱えている。
「なんて言って逆スカウトしたのさ。トレーナー、穏やかに見えるけど拘りはすごく強いじゃん?
よっぽど言わないと頷かないでしょ」
不満そうにそう尋ねてきたトウカイテイオー。
それに少し考え、別に言っても問題はないかと頷く。
「私を殺すのか、と訊いた」
「……え?」
「私はお前以外にトレーナーを取る気はない。お前が頷かなければ私の才能は死ぬ。
それでもいいのかと訊いた」
「うわぁ……とんでもない殺し文句じゃん、それ」
トウカイテイオーは頭を抱えた。
あの星に追い縋るため、私はトレセンのトレーナーについて調べた。
その中で、私にとっての最良の選択肢は、アイツであるとしか思えず……。
アイツにどうやって契約を結ばせるかと考えた時、その答えは明白だった。
アイツは毎度、ただ一人のウマ娘を選んで担当し、ソイツを頂点まで引き上げ続けていた。
逆に言えば、アイツはその時代の頂点になり得る才能を持つウマ娘だけを育成していた。
ウマ娘の走りと才能を愛しているのだろう。
だからこそ、付け込める隙もあったわけだ。
「そんなにボクのトレーナーが良かったの~?
ただウィルムと走りたいだけなら、堀野トレーナーのとこ行けば良かったんじゃない? 多分あそこなら疑似レースとか模擬レースも組んでくれるだろうし」
「フン」と鼻を鳴らす。
理解していない。……いや、ただ煽って本音を吐き出させようとしているだけか?
まあ、どちらでも構わない。ただ率直に答えを投げ返した。
「馴れ合いに興味はない。私はただ、アイツと全力で競い合いたい。
ただ、今は足りない。まずは競い合えるようになりたい。その上で、全身全霊でアイツを喰らう。
……つまるところ、〈ポルクス〉に付くより、こちらの方が楽しめる。理由はそれだけで十分だろう」
吐き捨てるように語る。
畢竟、私にとって大切なことは、ホシノウィルムの打倒であり、その過程で飢えを満たすことだ。
その点で考えれば、敵対陣営に籍を置いた方が、遥かに楽しめるというもので。
あの〈ポルクス〉のトレーナー以外であれば、私をより伸ばせる者はアイツだけだ。
他のウマ娘たちの選別基準と比べれば、些か以上にズレた方向性かもしれない。
だから、理解してはもらえないかもしれないが……。
その辺りは、どうでもいいことだ。
先にも告げた通り、馴れ合うつもりなど毛頭ないのだから。
「ふーん。それだけ?」
「ああ」
「多分、距離の適性とかも考えると、〈ポルクス〉の……サクラローレル、だっけ。あの子とクラシック戦線でぶつかりかねないけど、そっちは?」
「興味はない」
トウカイテイオーはどこか不服そうにそう言ってくるが、私の答えは変わらない。
結局のところ、他のウマ娘との競走は、あの星を捉えるための前座に過ぎない。
私を楽しませてくれるとしても、この飢えを満たしてくれるとしても、それはホシノウィルムとのレースに比べれば大したものにはなるまい。
故に、そう期待してはいない。興味もない。
「うーん、警戒とかは? 下手に負けたら、三冠レース出走も危うくなるかもよ?」
「私を負かすとしたら、それはあの星か姉貴、あるいは私自身以外にはいないだろう」
クラシックレースは同世代間でのレース。
これらが終わるまで、1つ上である姉貴とも、3つ上であるホシノウィルムとも、本格的に戦うことはない。
上の世代と戦うようになるのは、クラシック戦線が終わった後、シニア混合レースから。
そこまでの戦いは、私の調子を整え、最良の形で事を迎えるためのオードブル。
ただ思いのままに喰らい、思いのままに楽しみ、その時を待つのみだ。
「…………あー、うーん、なるほど。
そっかー、そういうことね。そりゃあ『昔のテイオーにそっくり』なんて言われるわけだ。
全然似てないって思ってたけど、こういうところが似てるわけか」
「?」
なにやら一人で勝手に納得しているらしいトウカイテイオーに、ちらりと視線を投げ……すぐに戻す。
興味がない、わけではない。
ホシノウィルムと唯一並べたウマ娘。その実力は確かなものだろう。
だが……まだレースで走れない以上、殊更の興味の対象にはならない。
再び自身の思慮に落ちようとする私に対し、しかし。
トウカイテイオーは、言った。
「そのままじゃウィルムどころか、サクラローレルに負けるよ、君」
「……何?」
聞き捨てならない、とまではいかなくとも。
意図の読めない発言だった。
私、ナリタブライアンの力は、証明されている。
トレセン学園、そしてURAからの「優秀なトレーナーは多くのウマ娘を担当するべき」という外圧を、涼し気に受け流すトレーナー。
そんなアイツが自らの主張を曲げ、この手を取らなければならなくなった程度には、私の力は確かだ。
クラシックレース、同世代間での戦いでつまづく程度であれば、あの一見優男のようでいて意志の強いトレーナーは、決して首を縦に振ることはなかっただろう。
そしてそれは、トウカイテイオーも知るところのはずだが……。
そのトウカイテイオーはしかし、首を傾げてうんうんと呻った挙句、こんなことを言った。
「うん、まぁわかんないよねー。その辺を理解させるのもトレーナーと先輩の務めかな?
いいよー、了解了解。それじゃ……そうだな、ブライアンさ」
「模擬レースしようよ。ボクと、それから〈ポルクス〉のウマ娘たちと、ね?」
今回は短めですが区切りも良いのでここまで。
それからすみません、ちょっとリアルの予定や他の連載中作品の執筆が詰まってしまっているので、しばしお休みをいただきます……!
本編は書き上げてますし、なにとぞお許しいただければと思います。
おまけに、チームポルクスメンバー一覧表
・ダイイチルビー(高等部2年、ドリトロ)
・ホシノウィルム(高等部1年、トゥインクル)
・ミホノブルボン(中等部3年、トゥインクル)
・サクラローレル(中等部1年、トゥインクル)
・???
次回は7月末から8月予定。ホシノウィルム視点で、チーム・ポルクス出動の話。