最終話です。
とあるウマ娘の視点で、次世代の話。
夜は巡りて
残酷な話だけど。
ウマ娘による競走は、ブラッドスポーツって言われてる。
ブラッド──つまりは、血統によるスポーツ。
親から受け継いだ遺伝子が、その能力の殆どを決める世界なんだって。
実際、ウマ娘の走る力が母親のそれに大きく依存するっていうのは、揺ぎ無い真実だ。
これまでの歴史上の統計がそれを証明してる。
強いウマ娘の子は、強く。
弱いウマ娘の子は、弱い。
どう言い繕おうと、どう目を背けようと、その傾向は確かに存在する。してしまう。
本当に、残酷な話だよ。
どんなに頑張ったって、どんなに苦しんだって……どんなに見上げたって。
星のように煌めく才能を持った子には、勝てやしない。
血統が、才能が、生まれた瞬間からウマ娘の限界を定めてしまうんだから。
……でも、同時。
これはあくまでも傾向に過ぎない、ってのも真実なんだよね。
実のところ、ブラッドゲームの言説は、20年くらい前に思いっきり覆されたことがある。
突如として競走世界に降臨した、神の龍。
血統なんてなんら関係ない、理由のない本物の天才によって。
世界のテクスチャ、色合い、常識。そういったものが軒並み塗り替えられちゃったんだ。
残酷な運命。菲才の限界。血統の絶対性。
そんな現実的な世界を塗り替えて……まるで物語のような、喜劇の神話を紡ぎあげた。
その一番星の名を、ホシノウィルム。
史上最強にして、史上最高の競走ウマ娘。
無敗のままに勝ち取った三冠。
凱旋門賞の2年連続勝利。
海外含め、G1レース18勝。
ドリームトロフィーリーグでの無敗8連覇。
遠くない未来、ホシノウィルムを直接見た者が減れば、きっと誇張されてるだとか嘘八百だとか言われてしまうだろうそれは、文字通り伝説的な記録。
星の輝きは20年経った今でもなんら褪せることなく、あらゆるウマ娘の功績を闇の中へ霞ませる程の存在感を誇っている。
こう語る者もいるくらいだ。
彼女こそは、全てのウマ娘がその血統を積み上げて目指すべき、最後に至る到達点。
全てのウマ娘の歩みは、その歴史的潮流の内の一部に過ぎないのだと。
それもそれで残酷な話ではあるけれど……。
うん、頷けるところはある。むしろ、正論に近いかな。
確かに、ホシノウィルムは最強にして最上のウマ娘。
その名の通り星の如き、天上の存在。
いつしか人が地球という故郷を離れて宙を目指すように、私たちはあのウマ娘を目指すんだろう。
とはいえ、誰の手もその星へ届き得るというわけじゃない。
星に手を伸ばせるのは、きっとごく一握りのウマ娘だけだ。
そう、きっと……あの子のような、特別な子だけ。
府中、トレセン学園。
人とウマ娘でごった返すグラウンドを、私は校舎の窓から見下ろしていた。
多くの人が動く中で、しかし、殊更に目を惹く軌跡が一つ。
流星のように流れ去る、銀の煌めき。
その正体は、一人の逃げウマ娘の長い髪だ。
逃げウマ娘らしく先頭を走っているはずなのに、先行ウマ娘をずっと引き離して独走するその独特な脚質は、大逃げ。
後続のウマ娘を5バ身、7バ身、ついには10バ身以上突き放し、それでもなお足を緩めない姿に……人によっては、20年前にいた神の如きウマ娘を連想するのかもしれない。
実際、私もその一人だ。
というか、それを思わずにはいられない。
目の前でターフを駆けるウマ娘の名を、私は、複雑な思いで呟く。
「……ホシノ、ルーツ」
ウマ娘は生まれて間もなく、自らのウマ娘としての名を悟る。
だから基本的には、偽名を使わない。使っても意味がないんだ。
自分の名前は、自分の走りと同じ、誇るべき在り方。ごく一部のひねくれ者を除けば、それを偽るなんてことはしないだろう。
……つまりは、目の前で誰よりも速く走っているあの子の名は、厳然たる真実で。
「ホシノ」の冠名の指し示す通り……。
あの子は伝説の競走ウマ娘、ホシノウィルムの娘だ。
現役時代、最初から最後まで変わることなく彼女を担当していたトレーナーと結ばれた、ホシノウィルム。
20年の時を経た今、彼女の血は再び、トレセンの地を踏んでいる。
そして、その実力は……。
これぞまさしく、「ブラッドゲーム」だ。
「……惚れ惚れしちゃうね」
ホシノルーツの走りは、選抜レースに出走したウマ娘たちの中でも、飛び抜けて流麗だった。
体を前に傾け、両足を回し、地を蹴り、手を振る。
その一連の動き、走るという動作に、全く無駄がない。
まるで、計算して作り上げた完璧なモーションをプリセット再生するかのように、ホシノルーツの走りには一切の無駄というものがなかった。
綺麗だ。
ああ、綺麗だよ。
本当に……あの伝説のウマ娘を、思わざるを得ない程に。
ホシノウィルムの娘が出ると噂になった選抜レース、その見学者の数は凄まじいものがある。
取り囲む者たちはグラウンドだけに収まらず、校舎から見ているのも私だけじゃないくらい。
そして、周りにいるトレーナーさんやウマ娘たちからも、「すごい」とか「見事だ」とかの言葉だったり、息を吞む音だったり思わず後ずさりする音だったり、そういう反応が見て取れた。
伝説のウマ娘の血統。
その実力の程を伺ってみれば、期待通りの──あるいは、あの人の伝説に半信半疑であった人からすれば、期待を遥かに超える──素質と素養を持っていた、と。
そんな驚きと感動が、どよめきとなって私を包んでいる。
「…………」
その声に……少し、嫌な気分になって。
私は窓から離れ、一団を抜け出した。
どうせ、レースの行く末はわかりきってる。
ホシノルーツの大差勝ちだ。誰も覆せない。
あの子の大逃げは、1800メートル程度じゃ止まらない。誰も止められないスピードで、誰より先を駆け抜けていくだろう。
結果が分かってる以上、過程なんてそう意味はない。
途中式が評価されるのは学生までで……いや、私たちは学生だけど、同時に厳しいアスリートの世界にも生きてるわけだから、そんなものは無意味だ。
結局、人は分かりやすい成果を評価する。
それこそ、今あそこで走ってるウマ娘が今、注目されてて……。
私のことを、誰も気にしてないみたいにね。
「……あーあ。嫌なヤツだなぁ、今の私」
ため息1つ、私は頭を振り、バッグを抱えてそそくさとその場を後にした。
こういう気分の日は……釣りにでも行くかな。
* * *
私は、主に父に育てられた。
ああ、別に母がネグレクトしてたとかそういう意味じゃないよ。
ただ、母は主に妹の方を担当してた、ってだけ。
私の妹は、昔から競走に対する興味関心がとても強くて、かつて競走ウマ娘であった母によく懐き。
一方で殊更の才能がなかった私は、家の諸々を父から教わっていた、という感じだ。
とは言っても、父は勿論、母も私を愛してくれてたのはよく伝わった。
というか、目に入れても痛くないくらいの猫可愛がりだったんだ。「それでは本人たちのためにならない」ってよく父が止めていたことを思い出す。
両親は、私たち姉妹に平等に、とても多くの愛を注いでくれていた。
尊敬できる父と、素晴らしい母を持てたと思う。
そこに関しては、私は運が良かった、って言っていいだろう。
で、そんな父の趣味が釣りだったわけだ。
父さんはやることが何もなくなると、少し遠出して海に出て、釣り糸を垂らすのが常だった。
「この瞬間だけは、色んなことを考えなくていいから楽なんだ」って、そう穏やかに笑ってた横顔を覚えてる。
父を尊敬してた私も、あと父に無謀な憧れを抱いてた妹も、時々その釣りに付いて行って。
どうやら妹の方は馴染まなかったみたいだけど……私は存外、これが性に合ったらしい。
私はトレセンに入学してからも、実家から持ち出した竿を片手に、時々釣りに赴いていた。
釣り糸を垂らしてる時は、何も考えなくていい。
私は目の前のことに集中してしまう質っぽいから、何かに携わることによって、他の余計なことを考えずに済むんだろう。
もやもやしたものを抱えた時。イライラが抑えられない時。それから……ちょっと折れちゃいそうな時。
ただぼんやりと釣り糸を垂らしていると、そういうことが段々どうでも良くなって、心が軽くなる。
そんなわけで、その日も放課後に釣り具をいくつか持ち出し、近場の海でぼんやりフィッシングしようと思ったんだけど……。
残念ながらというか何というか、海に釣り針を投げ込んでしばらく、家族から電話がかかってきた。
どうやら、今日は釣りに集中させてもらえないみたいだ。
……ま、それはそれで、悪くはないけどね。
『それでさぁ、もうやかましいのなんのって!
まだ決めませんって言ってるのに全然話聞かないし、ずっと付いてくるし! 話だけでもって言われたってボクの時間も有限なんだよ!?
もーほんとマナーとかないのかって話! パパを見習ってよって言いそうになっちゃった!』
「パパじゃないでしょ」
『あ、父さん! 父さんね!』
ため息を吐きながら、イヤホンの向こうから飛んでくる戯言を聞き流す。
通話相手は妹だ。……いや、この際愚妹と言おうかな。
かつての母さんのライバルであり、今は友人であるウマ娘の影響で一人称が「ボク」になってしまった妹はしかし、中性的で凛々しい顔立ちからそれに違和感を抱かせない。
同世代と比べてもだいぶチビな私とは反対に、身長が高くてすらっとしてるし、いわゆる王子様系ってヤツなんだろう。
実際、黙ってればウマ娘としても相当に上位のビジュアルをしてると思う。
……黙ってれば、の話だけど。
『ボクこういうのってもっとロマンチックって思ってたんだよ。パパ……父さんと母さんの話覚えてるでしょ? あんな感じでさァ! 運命の人がさァ! いやボクの運命の人はパパなんだけどさァ!』
『はいはい』
口を開けば残念美少女な私の妹は、かなりの天然で、酷い恋愛脳で、とんでもない感覚派で、なおかつ過度のファザコンだ。
いつか母さんを打倒して父さんを勝ち獲ってみせる、とか言ってるレベルのポンコツ具合。
電車とか地下鉄に乗ってる時もぺちゃくちゃとその残念な言葉を垂れ流すものだから、私は姉として頭を抱えてしまう。
母さんはなんか同調してライバル宣言するし、父さんは「仕方ないな」って感じで苦笑して止めてくれないし、家族でまともなのは私だけなの?
頼れるのは、父さんと母さんをいい感じに落ち着けてくれるおばさんだけだけど、そのおばさんだって他家のウマ娘だからいつでも頼れるわけじゃないし……。
「はあ……」
『お、何何どしたの
「なにも。しいて言えば、
『ボクはまともですけどー? まともさ全一ですけどー?』
「どの口が言ってるんだどの口が」
それらは私と妹の、ウマ娘としての名前じゃない。
父さんと母さんが付けてくれた、2人の娘としての名前だ。
家族を含めた多くの人やウマ娘が、私たちをウマ娘としての名前で呼ぶけど……。
私と妹だけは、2人からもらった名前も大切にしたいからって、それで互いを呼び続けていた。
『それでさぁ! 皆ボクが欲しいボクが欲しいってモテモテでさぁ! でも実際モテてみるとウザいのなんのって! 放っておいてほしいんだよねちょっとくらいはさぁ!
さっき寮に戻るまでずっと追いかけられてて! レースかっての!』
「はいはい」
延々と垂れ流される妹の愚痴を聞き流しながらも、私は海に投げ込んだウキの方に目をやった。
今日はちょっと気圧がマズいのか、あんまり魚が食いついて来ない。
父さんに習った通りにちょこちょこ動かしてはいるんだけど、そもそもの食い気が良くなさそうだ。
ま、私にとっては魚が釣れる釣れないではなく、こうして情報量の少ない状態でぼんやりできる状況が大切だから、最悪釣れなくてもいいんだけど……。
通話の向こうの相手が、なかなか静かに過ごさせてはくれない。
『てゆーかさぁ聞いて聞いて! なんかクラスの皆から避けられててぇ! こっちから話しかけないと遠巻きにされてるっていうか、腫物扱いっていうか!
別に馴染みたいって程でもないけど、浮いてるのはなんか嫌じゃん? 程々の距離になりたいって思うんだけどどうすればいい!?』
「……才華、内弁慶じゃん。どんな感じに話しかけてるの?」
『うぇ、いや、まあ、『何の話してるの』とか、『ふーん』とか……『楽しそうだね』とか』
「どうせ真顔でつめたーい声で言ってるんでしょ。もうちょっと楽しそうな表情作ったりしなよ」
『ええ……いやでもぉ、恥ずかしいしぃ……』
「普段の才華の方がずっと恥ずかしいから」
『縁ちゃんみたいに器用じゃないし、私……』
「何言ってんだコイツ」
深いため息が漏れる。
親しい人に対してはおバ鹿な面を見せるこの子だけど、アウェーな場では借りてきたウマだ。
黙ってたら美人なのもあって、そういう時の妹は、身内贔屓なしでもカリスマがある。
だから冷たい印象を持たれたり、逆に神輿に担ぎ上げられそうになるんだよね。
もっと自分の素というか、残念な面を前に出せばいいのに。
その方が集団に馴染みやすいというか、気軽に接しやすくなると思うんだけどね。
多分回線の向こうで身をくねくねさせているであろう妹に、呆れ混じりの言葉を投げようとして……。
ぱた、ぱたと。
誰かの足音が近付いて来るのに、気付いた。
私は耳が良い。
ウマ娘って大体みんな耳が良いものなんだけど、私は殊更に良い。
母さんも耳が良かったっていうし、この辺は遺伝なんだろう。私が誇れる、数少ない武器だ。
その聴覚で感じ取ったのは、後ろから私へと歩み寄って来る、多分男性っぽい足音。
私だって一応はウマ娘、後ろから突き飛ばされたって、踏み留まるくらいはできるだろうけど……。
後ろから忍び寄る気配ってのは、まあ不穏なものだ。
私は通話の向こうの妹に「かけ直すね」と告げて、振り返る。
視線の先にいたのは、果たして……やっぱり、男の人。
恐らくは中年の頃合いだろう彼は、少し驚いたような顔でこちらを見てる。
……手に持った釣り竿やクーラーボックス、折り畳みのチェアに、つばの広い帽子。
私と同じ釣り人かな。ちょっと警戒しすぎたかもしれない。
「こんにちは。釣りですか」
ひとまずそう声をかけると、相手は「うん。横、お邪魔してもいいかな」と返してきたので、こくりと頷いて肯定を返した。
数メートルの距離を空けて私の隣に腰を下ろした男性は、手慣れた調子で釣り針に餌を付けて海へと投げ込み、世間話を投げかけて来る。
「今日は釣れてるかい?」
「いえ、微妙ですね」
「ああ、今日は気圧が高かったか」
「残念ながら」
「そうかぁ……ま、仕方ないかな、今日しか時間取れなかったし」
気圧が高い日は魚の動きが鈍くなって食いつきが悪くなるし、生息域も深くなるので堤防からの釣りでは釣果が上がらなくなる。
それを知ってるってことは、やっぱりこの人は釣り人なんだろう。
改めてそう思い、少し安心した私は、改めてウキの方へと視線を戻して……。
「ところで、君は走らないのかい、ホシノディライト。
君の妹の走りは、見事なものだったけれど」
……今日一番の、最悪な気分に陥った。
* * *
堀野縁。
それが私の、お母さんからもらった名前。
ホシノディライト。
それが私の、ウマ娘として授かった名前。
堀野歩という、伝説の名トレーナーと。
ホシノウィルムという、神の如き競走ウマ娘。
日本の、そして世界のレース史を捻じ曲げた二人から生まれ落ち……。
けれど
それが私だ。
……本当、ブラッドゲームなんて、残酷な話だと思うよ。
弱いウマ娘の子は、弱い。
強いウマ娘の子は、強い。
それなら……。
最強のウマ娘とそれを育てたトレーナーの下に生まれ、それなのに強くない私は。
次代の史上最強を嘱望され、けれどそれに応えられず、全ての期待を妹に奪われた私は。
一体、なんなんだろうね。
「……私。トレセンには『ウィル・オ・ウィスプ』って名前で登録してあったはずですけど」
「調べたよ。堀野家の情報封鎖はすごいね、かなり手こずった」
せめてもの抵抗も無意味になった。
目の前の人間──さっきは見落としてたけど、胸元のバッジを見るにやっぱりトレセンのトレーナーさんらしい──は、私のことを知っているようだ。
私が、祝福されるべき血統であると。
そして……。
「勿論、君の走りのことも調べた。
……ホシノルーツに比べると、些か見劣りすると、そう言われてるらしいね」
それなのに、ろくに走ることもできない能無しであると。
「…………」
吐きそうだ。
分家の奴らに向けられた視線を思い出す。
なんだ、こんなものかと。失望と嫌悪の入り混じった、最悪な色の目を。
ああ、確かに。私の走りは才華に……ホシノルーツに、ずっと劣っている。
最強の母親の下に生まれ、最高の父親に指導を受けながら、それでも良くてG1級。
G1レースに勝ち切るだけの、優駿と呼ばれるまでの素質が、私には欠けている。
あの、ただ見るだけで心を奪われる、無駄のない完璧な走りに比べれば。
無駄ばかりで、不純物だらけの私のそれは、見劣りするどころか……ゴミみたいなもの。
それは、残酷な真実だった。
「……失礼します」
吐き気を堪え、立ち上がる。
釣りをするのは、気分を落ち着けたいからだ。
不愉快な思いをしてまでここに残る意味なんてなかった。
そう、思ったのに……。
「挑む気はないのかい?」
その言葉に、絡め取られるように、荷物を纏めようとしていた手が止まる。
「…………何に」
返答の分かり切った疑問を投げた。
いつもの答えをもらって安心したいのか……。
あるいは、その他に何かを求めているのか。
自分でも理解しきれない思いのまま告げたそれに。
けれど彼は、予想外の言葉を投げて来た。
「君の限界に」
「……妹に、ではなく?」
多くの人が、私と妹を比べる。
ホシノルーツのように走れないのか。
ホシノルーツのように強くないのか。
あるいは、双子の姉妹として生まれた以上、避けられないことだろうか。
私たちは常に天秤の両側に載せられ、比較され……。
そして常に、私は上へと跳ね上げられてきた。
だから、目の前のトレーナーさんが、私とホシノルーツを比べないことに、刹那の驚きがあった。
「ふむ。そっちに関しては、君が挑みたいというのなら、挑めばいいんじゃないかな。
僕はトレーナーとしてウマ娘を支えるけど、その道を歪める気はない。君が走る場所は君が決めればいいさ」
余りにも意外な言葉……ってわけでもないか、冷静に考えれば。
だって、父さんも同じことを言ってくれたから。
『母さんを目指す必要はない。ルーツを越えなきゃいけないわけでもない。ディライトにはディライトの走る道があるだろう、まずはそれを見つけなさい』って……。
そう言って、優しく頭を撫でてくれた。
あるいは、「良いトレーナー」というのは、そういうものなのかもしれない。
誰かと比べたり、誰かのやり方を模倣したり、あるいは誰かを重ねて見るのではなく……。
ただ一人のウマ娘として担当と向き合い、限界まで育て上げる。
父さんは現役トレーナー時代、そういう人だったって聞いてる。
おばさんが……ルビーおばさんが来た時に、時々そういう昔話を聞かせてくれた。
曰く、一人一人のウマ娘によって育成方針を変え、完璧なプランを提示してくれるのだ、と。
今の堀野の専属ウマ娘であるブルボンちゃんも、かつては父さんの担当だったらしく、こくこくとその言葉を肯定していた。
父さんの元担当ウマ娘は、皆こうだ。とても良い、最高のトレーナーだったと、口を揃えて言う。
……そんな2人に対して、何故母さんが戦々恐々とした表情をしてたのかは、今でもよくわからないけど。
父さんは、史上最高の結果を残したトレーナーだ。
逆説的に言えば、父さんのトレーナーとしての在り方は、この世界で最も正しさに近いものだった、とも言えるだろう。
だから……少なくともウマ娘との向き合い方って意味では、この人は良いトレーナーさんなんだと思う。
……まあ、でも、悲しいことに。
そんな優秀なトレーナーさんに、ホシノディライトは不釣り合いなんだけどさ。
「私、強くないので。
ホシノウィルムと堀野歩から生まれたのに、才能なんて全然ない出涸らし。ホシノルーツという最大のプラスを生み出すために必要だった大きなマイナス。
あなたみたいなトレーナーさんが、そんなものを負う必要なんてないでしょ」
ウキの方に向けた視線が滲むことは、ない。
乾ききった涙腺が刺激されることも、萎びた心が竦むこともない。
言われ慣れて、自覚し終えて、諦めきった言葉だったから。
だから、からからの喉から、他の言葉を吐き出した。
「……その代わり、と言ってはなんですけど。どうかあの子を見てあげてくれませんか。
才華は……ホシノルーツは、ああ見えて天然で恋愛脳で感覚派でファザコンの困った子ではありますけど、それでも母さんの才能をしっかりと受け継いだ、今代の最強候補です。
きっとあなたなら、あの子をお母さんのいた世界に導いてあげられる……そんな気がしますし」
才華は昔から、憧れを抱く父に、そして双子の姉である私にべったりな甘えんぼだった。
ぶっちゃけて言えば、今だってその才能に嫉妬はしてるけど……。
それはそれとして、甘え上手で自分を慕ってくれるアホ可愛い妹に、拒否感なんて覚えるわけもなく。
競走ウマ娘である「ホシノルーツ」に拒否感を持つ私は、けれど家族である「堀野才華」のことを愛している。
だから……才華の輝かしい未来を願う気持ちは、決して嘘じゃない。
まだ決まってないって言ってた契約トレーナーにこの人を推せば、きっとあの子のためになるだろう。
……それでホシノルーツの才能の輝きを直視することになるのは、複雑だけどさ。
けれど、そんな私の言葉に……。
釣り人さん改めトレーナーさんは、一瞬だけ眉を寄せたあと、腕を組んで言う。
「む。そう言われると、俄然やる気が出てきたな。
決めた、絶対に君を担当する。というかホシノルーツを含めて、君以外の子は今年取らない」
「は!?」
今の話を聞いて、どうしてそうなるのか。
才能のないウマ娘を担当したがるトレーナーなんていないはずだ。
だって意味がない。レースに勝たせることができないからトレーナーとしての実績にならない。
そのはず、だけど。
「他の誰かの輝かしい未来を望むのは良いことだよ。君は人に気を遣える、良い子なんだろう。
けれど誰かのことを想うなら、それと同じくらいに、自分の輝く未来も望まなければならない。
ホシノルーツに負けないくらい、君にだって満足できる未来がなくちゃ嘘だ」
あるいは……けれど。
父さんのような人であれば?
ウマ娘をレースで勝たせるのではなく、ただその想いを遂げさせるために走らせる人なら?
こんなウマ娘を、どうしようもない無能を、それでも支えたいと思ってしまうのだろうか。
「……言っておきますけど、私、本当に菲才ですよ。隠れた才能とか、そういうの期待しないで。
あの父さんに……堀野歩にしっかりと見てもらって、それでもルーツには全然届かなかった。『トゥインクルで勝つにはまだ足りない』なんて……あの父さんに、そんな言葉を吐かせてしまったんですから」
数多の無名の血筋のウマ娘たちを、才能がないと言われたウマ娘たちを、G1レースで勝たせてきた父さんに。
そんなどうしようもない、絶望の言葉を、私は吐かせてしまった。
今でもそれが、心の深い部分に棘のように刺さっている。
「…………いや、それ、現時点……本格化が始まる前の時点ではとか、そういう話じゃ……」
トレーナーさんは何かブツブツ言ってるけど、私は再び失意の中に沈んでいた。
当時、既に『これならトゥインクルではまず負けないはず』とまで言われてたルーツに比べて、私はずっとずっと劣ってた。
今だってそうだ。
選抜レースで見たルーツの走り。私は、アレに勝てない。
純粋に速度を競っても負け、スタミナでも負け、領域をぶつけ合えば押し負け、領域破壊の力さえ絶対化で無効にされてしまうだろう。
母さんはよく言ってた。
どれだけ地元で強かったウマ娘でも、中央トレセンに入れば広い世界を知って、思い上がりを正されることになるって。
であれば……「トゥインクルで勝ち切れない」と言われた私の未来は、予測も付くというもので。
憂鬱に沈む私の横で、しかし何故かトレーナーさんもまた、ため息を吐いていた。
「いや、まあ、おかしいとは思ってたんだよね。娘となればあの堀野君に付きっきりで見てもらえるんだから、そんなにひどい状態にはならないはずだって。
というか、ああそうか、そもそも君ってばあの堀野君の娘さんだもんな……確かに、あの頃の彼によく似てるというか、血は争えないというか……。
うん、これは放っておけない理由が1つ増えてしまったな」
聞き逃せない言葉に、ピクリと肩が震えた。
「もしかして、父さんのお知り合い……ですか?」
堀野の次代として、私は時折父さんに連れられて社交の場に立っていたけど……この人に見覚えはない。
しかし、彼は続けて苦笑いを浮かべ、肯定した。
「ああ。彼の現役時代に同僚だったし……助けられたこともあり、助けたこともある。
時々会うこともあるし、こちらとしては親友とも思ってる」
父さんの元同僚で、個人的な交友もあった、と。
そこで、嫌な妄想が頭に過った。
「……まさか、父さんに、私のことを見てほしいと?」
「ん? ああいや、そんなことはない。彼はそんなことはしないよ。
むしろ逆。君の名前は彼から聞き出したけど、その時も相当に渋られてしまったしね」
だろうなと納得、同時に安堵する。
父は、寛容な人ではあるけれど、優しい人ではない。
付けてくれるトレーニングはハードどころの話じゃなく、本当の本当にスタミナの最後の一滴まで絞り出されるくらいのスパルタだ。
でも、それは全て私や才華の未来を考えてのことで、そのために睡眠時間を削ってまでトレーニングプランを立ててくれていたのを知っている。
畢竟、そこにあるのは愛だった。
私たち娘への、あるいはウマ娘への愛。
そんな人だからこそ、コネで娘にトレーナーを付けるとは思えなかった。
甘やかすのはその人のためにならない、が基本スタイルの人だし……。
あれでいてロマンチストな面もあって、「運命に導かれて出会ったトレーナーとこそ契約すべきだ」なんて言ってたくらいだし。
「じゃあ、なんで私ですか。
入学したウマ娘は総勢700人強、他にもっと良いウマ娘はいるでしょ。
本来はトレーナーを見つけるべく選抜レースに出たりトレーニングに励むべき日に、海に釣りに来るような不良。なおかつ、ホシノの冠名を穢す菲才の無能なんて、選ぶ価値ないですよ」
ぷいと顔を背けて海に向けるも、相変わらずウキは動かない。
けれど、横に座ったトレーナーさんはそれも気にせず答える。
「何故かと言えば、理由は二つ。
一つは、さっきも言ったけど、僕と堀野君は互いに助け合う関係で、少なくとも僕から見ればこっちが助けられてばかりだったってこと。
特に……僕の最初の担当のウマ娘を、堀野君が勇気付けてくれたこともあってね。彼女が最後まで満足に走ることができたのは彼のおかげという側面もある。
それに対する自発的な恩返し、というのが理由の1つだよ」
最初のウマ娘、か。
多分、20年も前だろうそれを、どうやら彼は未だに心に刻んでいるらしかった。
とんでもない律儀さか……あるいは、最初の担当ウマ娘を、今でもそれだけ大切に思っているのか。
「もう一つの理由、というのは?」
「いや、何、そんなに大した理由というわけでもないんだけどね。
妻との約束なんだ。……自分みたいに燻ってるウマ娘を見たら、ちゃんと助けてあげる、って」
そう言い、トレーナーさんは照れくさそうに笑う。
……ああ、なるほど、そういうこと。
まったく、父さん母さんといい、このトレーナーさんといい……トレセンは婚活会場か何かなのか、って。
少しだけ口元に笑みを浮かべて、しかしすぐに消し。
私は緩く首を振って、言う。
「どれだけ頑張ってくれても、勝てませんよ、ルーツには。あの子は本当に『選ばれた』ウマ娘だから。
きっと私は、世代の頂点には立てない。あなたが懸命に支えてくれたって、いいとこ二等星三等星だ」
「うん」
私が何かを話したがってると察してくれたのか、トレーナーさんは相槌を打つに留めてくれて。
それを良いことに、私は、ずっと燻っていた想いを、このお人好しにぶちまける。
「でも、私は…………それが嫌だった。
負けたくない。いいや、負けるところを、皆に見せたくない。
それで失望の目を向けられたり、期待外れだって陰口を叩かれるのも、もうたくさんだし……」
自分に、ずっと勝ち切る程の才能があるとは思っていない。
けれど、負けて誰かに否定されるのはもういやだ。
それに加えて……。
「私はママの、ホシノウィルムの娘なの。
無様な走りなんて絶対に見せられない。見せるわけにいかない」
大切なママで、最高の走りをするウマ娘。
その評価を、間接的にでも落としたくはない。
そのためには、誰にも負けられないんだ。
……でも、私には、そんなことはできない。
かつてのママみたいな無敵の走りをする才能が、私にはない。
だから、その解決策として……走らない。
期待もされなきゃ失望もされない、傍観者の一人に成り下がる。
競走ウマ娘としてではなく、サポーターとして、トレセン学園で生活を送る。
そうして……ホシノウィルムと堀野歩の娘という重責を全て妹に背負わせて、目を逸らし、逃げ出す。
それしかなかった。
ホシノディライトはそういう、面倒でダメダメなウマ娘だ。
どうしようもない、救いようのないウマ娘なんだ。
「そんな私を、どう育てる気なんですか?」
それは私にとって、挑発だった。
「勝たせる」と言われれば、「できないことを言わないで」って言うつもりで。
「勝てるレースだけ走らせる」と言われれば、「そんなのホシノウィルムの娘じゃない」って言うつもりで。
「勝てなくても楽しませる」と言われれば、「失望の目を向けられるのは嫌」って言うつもり。
正しい答えのない、禅問答みたいないじわるクイズ。
それを以て、私は見切りを付けてもらおうとしてる。
こんな面倒なウマ娘は嫌でしょ。他に良い子探しなよ、って。
……けれど、それなのに。
トレーナーさんは意外にも、にやりと笑みを浮かべた。
「僕は何かと寒門の血統の子を取ることが多くてね。拘りというわけじゃないけど、妻との約束もあって、あまり名門のウマ娘を取ることは多くない。
だから、ハッキリ言えば、ホシノのウマ娘を担当する気なんてないんだ。……どちらかと言えば、ライバルって意識が強いしね」
「は? いやでも、私は……」
眉を寄せる私に……トレーナーさんは、すっとぼけたように肩をすくめた。
「『ウィル・オ・ウィスプ』。良い名前だ。
堀野家はしっかりと君の身分を作っているらしいし、そこに関してはトレセン学園の理事長も噛んでる。それに幸いというか、君は体格以外はあまりお母さんには似ていない。
真実を知るごく一部の人を除けば、君の血統をホシノウィルムと結び付ける者はいないだろう。
つまり君は、唐突に現れた寒門無名のウマ娘。僕の得意なタイプのウマ娘ってことになるね」
……酷い屁理屈だ。
確かに名義は偽ってはいるけど──まさかあのちっちゃな理事長まで協力してくれてるとは思わなかったけど──、私がホシノの冠名を背負うウマ娘であるのは間違いない。
けれど……。
「聞いたことのない冠名の寒門のウマ娘が負けても、誰も失望なんてしない。
勝てば勝つだけ評価される。君が勝ち進み続けるまでは、ホシノルーツと比べられることもないだろう。
ホシノの冠名も、ホシノルーツの存在も、君への評価を歪めはしない」
「…………」
ホシノディライトには、たくさんのしがらみがある。
母さんから連なる冠名。
父さんからもらった言葉。
双子の妹の凄まじい才覚。
皆、嘘偽りなく愛しい。
大切な家族で、親しい隣人で、これからも共に在りたい人たち。
けれど、それらはこれ以上ないくらいの良縁であると同時、これ以上ないくらいの呪縛でもあり。
「だから僕は、『ホシノディライト』ではなく、『ウィル・オ・ウィスプ』と契約しよう。
誰彼の縁者ではない、君自身と一緒に走るために」
私を「堀野家/ホシノの名を持つ者」ではなく、ただ一人のウマ娘として見てくれたのは……。
家族以外では、このトレーナーさんだけだったかもしれない。
「……偽名ってバレたりしたら、かなり面倒になると思いますよ?」
「僕が全責任を取るよ。そう指示したって言う」
「勝たせるつもりなら、きっとホシノディライトの名前は便利なのに」
「名誉や賞賛はどうでもいいよ。
自分に納得いってなさそうな表情をした君が、楽しく満足して走れれば、それ以上のことはない」
本当に……父さんと同じくらい、良いトレーナーさんなんだろうな、この人。
トレーナーとしての能力はわからないけど、父さんの知り合いって言ってたし、ベテランなのは間違いなさそうで、そこそこ信頼していいのかもしれない。
私を一人のウマ娘として見てくれるのなら、きっとあの目を向けても来ないだろうし……。
……ああ、もう、ヤらしい人だ。
断る理由なんて、何一つ残っちゃいない。
「はあ。……精々、こんな偏屈で面倒で才能のないウマ娘を取ったこと、後悔しませんよう」
「自慢じゃないけど、ウマ娘と契約して後悔したことは一度もないんだ。
これからよろしくね、ウィル・オ・ウィスプ。呼ぶとしたら、ウィル……はちょっとアレだから、ウィスプになるかな」
「はいはい、よろしくお願いしますよー……トレーナー、さんっ」
ぽちゃん、と水面を打つ音が一つ。
久々に……本当に久々に、私の釣り針に魚がかかった。
* * *
それこそが、ホシノディライトの……。
いいや、ウィル・オ・ウィスプの始まり。
諦めがちで、怠けがちで、面倒くさがり。
そんな私は、けれど私を選んだトレーナーと共に、これからの3年間を必死に駆けることになる。
ひたすらトレーニング、トレーニング、たまにお休みとお出かけ、またトレーニング。
まったく、全然甘やかしてくれないんだから。
そしてやっぱりというか、私は最強じゃなかった。
本格化は遅れてしまったし、脚部不安も出たし、走法に無理が出たりもしたし、G1レース参画はクラシック級年末まで遅れて三冠レースには出られなかったし、公式レースはともかくトレーナーが組んだ模擬レースではしょっちゅう負けた。
順風満帆なんて言葉は程遠い、がったがたの道のりだ。
何度だって転んだ。トレーナーさんに迷惑もかけた。危うく引退しかねない事件もあった。
……けど、その道の中で。
私はついに、G1レースに勝利した。
凱旋門賞に挑むために遠征中で不在だったルーツのいぬ間に、掠め取るような形だったけど……。
栄えある天皇賞の楯を、私は手にすることができたんだ。
父さんとママの子供として、それは当然の勝利だったかもしれない。
けど、それでも。
本当に。
本当に、本当に、嬉しかった。
ようやく私も、ちゃんと2人の子供になれた気がして。
そして、ルーツと共に走れる、競走ウマ娘になれた気がして。
……そして、ああ。
生半に達成感を得てしまったからかな。
私は、欲張りになってしまった。
もっと勝ちたい、って思ってしまう。
レースに勝つと、すごいんだ。
心の内から溢れ出す達成感と、シャワーみたいに降り注ぐ無数の歓声。
両面から熱が溢れて、溢れて、止まらない。
ああ、生きてるんだって。
私は生きていて、走って、誇って……3人の家族でいいんだって。
そう、安心できる。
だから、もっと勝ちたい。
ホシノディライトを認めるために、もっともっと、より明るい未来が欲しい。
そのためにも……。
私が知る限り、最強の現役ウマ娘。
あの
そう、無理難題を告げた時。
トレーナーは、とても嬉しそうな顔をしてくれた。
……そうして、それから約2か月後。
私は、最初の決戦の舞台に立つ。
年末の中山レース場。ファンの皆が望む、その年の最強を決める決戦。
寒々しい空の下で行われるそれに、私は出走ウマ娘の一人として参加することとなったのだ。
本バ場に上がった私を出迎えたのは、一人のウマ娘。
「……待ってた。ずっとずっと、待ってたよ、縁ちゃん」
無敗の三冠ウマ娘。新たなる神話の一頁。銀の流星。
ホシノルーツ。
日常の中で話すゆるゆるな才華とは全く違う、競走ウマ娘ホシノルーツの殺意とすら思えるような敵意をぶつけられ、思わず怯む私に。
彼女は恍惚の表情で、言った。
「縁ちゃんが、本気になってくれる日を。ボクを『敵』として、『障害』として見てくれるのを。
乗り越えるべき壁として、本気でボクと戦ってくれる日を、ずっとずっとずっと……15年も待ってた」
乾いた唇に、粘つく唾液。
それを振り払って、私は声を絞り出す。
私は今、才華の……ルーツの、ライバルだ。
だから、対等に言葉を交わさなきゃ。
「……はっ。そこまで想われてたとは、光栄、だね」
「当然! 縁ちゃんの怖さは、誰よりボクが一番知ってたからね!」
ホシノディライト。
「ホシノのルーツではない方」である私は、きっと誰からも評価されていない。
そう、思っていたけれど……。
「ボクを、ホシノルーツを打ち倒せるのは、きっとディライトだけだって、そう思ってた。
パパも、母さんも、ボクもね。……ただ強いだけのルーツなんかより、底知れない怖さのあるディライトに期待してたんだから」
……なんだよ、もう。
灯台下暗しか、幸せの青い鳥か。
私が欲しかったものは、一番近くにいた人たちがくれていた、なんて。
想いが溢れないよう、咄嗟に空を見上げる私に、ルーツは手を差し伸べてきた。
「さあ、走ろう、ディライト……いいや、ウィル・オ・ウィスプ。
しがらみも、拘りも、後悔も、偽りも、無駄なものは全部投げ捨てて、ただどちらが上かを競おう。
それがきっと、ボクらが生まれた意味だから」
ああ。
その言葉が。
かつてなら、ただの戯言としか思えなかった言葉が。
けれど、今の私には、理解できる。
「────ぶっ潰すよ、ルーツ」
「かかって来い、ディライト!」
それが、私たちの最初の姉妹対決。
これから何度も何度も繰り返し、飽きもせずに楽しむことになる、最初の一戦目だった。
あるいはそれは、いつか星に至るための、長い長い歴史の流れの一部だったのかもしれない。
美しい星座を形作るための、星の一欠片に過ぎなかったのかもしれない。
けれど、確かに一つ、言えるのは。
煌めく日々は、思わず笑顔になってしまうくらい、楽しいものだった。
ホシノディライトは、この世界に生まれて良かった。
お父さんに、お母さんに、トレーナーさんに、そして
皆に出会えて、良かった。
今ならそう、心から思えるんだ。
ありがとう、お父さん、お母さん。
私のことを生んでくれて。
これにて、「転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘」は完結です。
長らくのお付き合い、ありがとうございました!