転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 別にこの人スパダリでも何でもなく、ただの転生者なんですよって話。





転生者と宝塚と、終わりの季節
クソボケダメダメ転生者


 

 

 

 昔、この世界に生まれるよりもさらに前、前世で子供だった頃から。

 自分は要領の良くない方だという自覚があった。

 

 相応に努力するだけでは他人より成果が少ない。

 他人の倍努力して、ようやく並んだこともあった。

 勉強も、運動も、受験も、就職も、仕事も。

 大抵は結構苦労したし、そして大抵は人より良い結果を得られなかった。

 

 特に前世は酷いものだった。

 今世よりも、ずっとてきとうに生きていた……良く言えば等身大、悪く言えば覚悟のない人間だったからな。

 勉強も体作りも、そして未来のための行動も、何もかもてきとうに済ませてしまい……。

 至極当然の話だけど、中途半端な人間には中途半端な人生と、中途半端な終わりが待っていた。

 

 あの日、残業でパソコンをカタカタと叩いていた俺は……。

 信頼していた後輩に、灰皿で後ろからガツンといかれてしまった。

 それが、俺の前世最後の記憶である。

 

 残念ながら、俺は彼と信頼関係を築けなかった……いや、築こうとしたけど足りなかった、ってことだ。

 多分何かを勘違いされたか、逆恨みされたかだと思うんだけど……。

 もはや前の世界には戻れないので、確かめようがない。

 ……今改めて思い出すと、あの部下にはちょっと申し訳ないことをしてしまった。

 いや、俺は受動側だから、申し訳ないことになってしまった、が正しいか。

 俺なんかを殴り殺して刑務所行きなんて、コスパが悪すぎるからな。

 

 で、そんな半端な人生を終え、奇跡的に来世を得た俺は、当然ながら奮い立った。

 今度こそ、良い一生にする。

 何もできなかった前世と違う、何かを成し遂げられるような人間になりたい。

 

 そんな俺にとって、父から言い聞かされた堀野のトレーナーという像は、これ以上ない明確な目標だったんだ。

 

 非才の身ではあるが、俺には「アプリ転生」と前世の知識があった。

 才能とは別部分、ズル(チート)とでも言うべき、1つのアドバンテージ。

 

 これはきっと、俺の要領の悪さも補ってくれるだけの強みであるはず。

 生まれてからずっと努力を怠らなければ、きっとマシなトレーナーになれる。

 名家の出、膨大なデータ、アプリ転生。状況は出来すぎなくらいに整っていた。

 まるで、世界が俺をトレーナーに導いているようにさえ感じたものだ。

 

 

 

 何もなせずに死ぬのはもうイヤだ。

 俺だって、誇れるものが欲しい。

 トレーナーとしてこれ以上ない活躍をし、誇りを持った死に方をしたい。

 

 ……結局のところ。

 俺の行動原理の大元は、そういう自分勝手な欲望から来ているのだ。

 

 

 

 もしかすると、そういう部分が祟ったのかもしれない。

 俺は20年の努力を積んだ後でも、中途半端でダメダメなままだった。

 

 例えば、精神性がトレーナーに向いてない。

 細かいことを気にしてしまうし、勝率を数値化してしまい、担当の勝利を心から信じることができない。

 すぐにナーバスになってしまうし、1人で考え込んでしまう。

 最近ようやく振り切ったけど、レースに敗北するウマ娘のことを考えると……才能がなくて何もなせずに引退する子もいるのだと思うと、心が酷く痛む。

 

 例えば、どこまで担当に寄り添えているかわからない。

 ホシノウィルムに信頼されている、という自覚はある。

 けれどそれが、トレーナーとして十分なものであるかはわからない。

 果たして俺は、契約トレーナーとして、ホシノウィルムと適切な距離感を保てているのか?

 ……わからない。そしてそれがわからないことこそ、トレーナーとしての実力不足だと思う。

 

 例えば、トレーナーとしての能力も足りていない。

 最初は大きな差が開いていたはずのネイチャは、ホシノウィルムを追い詰めて本気を出させ。

 皐月賞では圧勝したテイオーは、ダービーでは一度ホシノウィルムをかわし、無茶なフォームを引き出させた。

 領域も、覚醒も。俺がホシノウィルムをそこに導ければ差は開かなかった。

 作戦だって、もっと相手や状況に合わせた完璧なものを立てられたはずだ。

 ひとえに俺の指導力不足で、ホシノウィルムはライバルとの実力差を詰められているんだ。

 

 特にネイチャのトレーナーは俺の同期、担当を持てるようになったのは俺と同じタイミングだ。

 それなのに……圧倒的な差があったはずのホシノウィルムとナイスネイチャの間に、今はほとんど差が存在しない。

 それだけ彼の指導力が飛びぬけているということであり……俺が、ホシノウィルムを導くに足るトレーナーではなかったことの証明だ。

 

 考えてみれば、思い上がっていたのかもしれない。

 20年間積み上げてきた研鑽が、俺に余計な自信を付けさせた。

 ここまで努力を怠らなければ、自分だってまともにトレーナーができるはずだ、と。

 

 でも実際は、そんなことはなかった。

 俺はスカウトすらまともに受けてもらえず、せっかく契約してくれたウマ娘を適切に導くこともままならない。

 

 堀野の最優先目標である、担当の心に寄り添うことは……思い上がりでなければ、できていると思う。

 けれどそれも、もっと上手く寄り添える方法があったのではないか?

 俺は兄程にウマ娘の心理について詳しくはない。もっときちんと勉強していれば、そこだってもっと早く解決できていたはずだ。

 

 そして、仮に彼女に寄り添えたとしても、それは俺のエゴではないか?

 彼女の望みを曲解しているのではないか? 俺は彼女の心を正しく理解できているのか?

 

 

 

 果たして……俺という半端者が、ホシノウィルムという稀代の天才ウマ娘を担当してよかったのだろうか?

 もっと適した、彼女の運命のトレーナーが、どこかにいるのではないか?

 

 

 

 ……いや、これに関しては、考えても仕方ないだろうけどさ。

 仮定の話なんて何も意味がないのはわかってる。

 わかってるけど……それでも。

 

 俺みたいなモブじゃない、それこそ前世アプリの主人公(トレーナー)のように芯の通った人が付けば。

 

 ……彼女はもっと、心の底から、笑えていたんじゃないか。

 

 

 

 結局のところ、思考はそこに落ち着く。

 まったく、何目線の言葉なんだって自分でも思うけどさ。

 

 俺は、ホシノウィルムに幸せになってほしい。

 辛い過去を持つ彼女に、もっと明るい人生を歩んでほしいんだよ。

 

 俺はあくまでトレーナーとして、彼女の心に寄り添っている。

 これまでしてきた判断……彼女と取ったコミュニケーションも、可能な限り熱くなれるレースをセッティングしたのも、全て堀野のトレーナーとして正しい判断をしたはずだ。

 けれど……そこに、俺の個人的感情が欠片たりともなかった、とは……断言できない。

 

 俺はいつの間にか、トレーナーとしてだけではなく……。

 俺という個人の感情で、彼女を応援していた。

 

 いつの間に、こんなに感情移入してしまったんだろうな。

 皐月賞で、彼女のことだけを考えると決めたあたり?

 あるいは、彼女の過去を聞いた時か?

 メイクデビューで、彼女の圧倒的な才能を確認してから?

 彼女との自己紹介を済ませ、不器用な笑顔を見たタイミング?

 ……あるいは、あの夜、彼女を放っておけないと思った瞬間に?

 

 ……あーあ。

 こういうところも、トレーナー失格なんだよ。

 

 不幸せな少女に、幸せになってほしい。

 それはファンの思想であって、堀野のトレーナーの思考であってはならないのに。

 

 ……まぁ、今はいいんだ。2つの想いは相反するものではないから。

 とにかく、俺が取るべき行動は……ホシノウィルムというウマ娘に、最適の環境を整えること。

 堀野のトレーナーとして、彼女の将来を想うことだ。

 

 だから……。

 そのためなら、彼女が俺以外のトレーナーに付くことも、許容するべきなんだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ホシノウィルム。

 他のトレーナーから指導を受ける気はないか」

 

 

 

 そう告げた時の、彼女の表情の変化を、何と形容すれば良いか。

 

 その無表情の仮面が割れて……。

 

 そこに表れたのは、凍り付いた彼女の素顔。

 驚愕、であり。

 呆然、であり。

 困惑、であり。

 

 ……強いて言えば、絶望、という言葉が最も適切だっただろうか。

 

 

 

「…………それは、どういう意味でしょう」

 

 表情は歪み、声音は震えていた。

 今にも破裂しそうな感情と共に、どうか自分の想像した最悪を否定してほしいという、悲痛な響きが部屋に反響する。

 

 不安を感じているのか。

 しまった、そんな想いを抱かせるつもりはなかったのに。

 

 ……落ち着け。

 一度深呼吸しろ。

 謝意も焦りも自責も疲労も、今は一旦抑え付けろ。

 自分のことは後回し、担当のことを考えるんだ。

 

 俺は今も、これからも、彼女のトレーナーなんだから。

 

「私は、もう、不要だと……? 契約を、破棄……すると」

「違う」

 

 強く意思を込めて、首を振る。

 

 そんなわけがない。

 一度担当した以上、最後の時まで責任は取るとも。

 

 だからこそ、だ。

 

「俺は君のトレーナーだ。君から離れはしない。

 ……ただ、俺の実力不足で、君に苦労をかけているというのも事実」

 

 デスクの引き出しから、数枚の書類を取り出す。

 

「これは……簡単に言うと、委任状だ。

 俺がトレーナーであることに変わりはないが、君のトレーニングについてだけ、もっとベテランのトレーナーに委任しようと考えている」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 契機になったのは、ミホノブルボンの逆スカウトだった。

 ホシノウィルムが、本当の本気を見せたあの日、彼女からかけられた言葉。

 

「堀野トレーナー、申請します。

 どうか、私と契約してはいただけませんか」

 

 その淡々とした発言に、俺は多分、少しだけ眉をひそめてしまった。

 

 

 

 俺は新人トレーナーであり、持つことのできる担当は1人だけ。

 これは一応、規則として明記されているわけではない。いわゆる不文律というヤツだ。

 だが慣習として、担当を増やす時は秋月理事長に呼び出され、辞令を受けることになっている。

 

 そして、そうでないとしても、最初の内から複数の担当を持つトレーナーはいないだろう。

 理由は簡単、忙しすぎるからである。

 

 

 

 基本的に新人トレーナーはまず、サブトレーナーや教官という役割を通して、トレーナーの実務を確認する。

 そしてそこで、皆痛感するのだ。

 「トレーナーって激務なのでは……?」と。

 

 担当とのコミュニケーションやトレーニング、調子を整えるためのお出かけ。

 前世のアプリでは、主にこの辺だけでよかった。

 けど、現実になるとそんな甘い話はない。

 

 まず書類。担当ウマ娘との契約は勿論、トゥインクルシリーズやクラシックへの登録、レースへの出走登録に、グラウンドや施設の貸し出し許可の取得、グッズ展開した際のロイヤリティや肖像権、著作権に関する確認と認可。これらは有名になればなるほど、加速度的に増える。

 次に経理。担当ウマ娘が履き潰した靴やよれよれになったウェアを買い替えたり、消耗品を買ったりした際の領収書をまとめて、日毎に発生する取引に応じて仕訳し、月に一度試算表を組んで上に提出。

 そして報告。自分が行ったトレーニングや担当ウマ娘の調子、それらについての考察、ローテーションに沿ったこれからの予定をまとめて管理し、見やすいように整え、トレセンと家に送り付ける。

 

 ……これが日常的に発生するデスクワーク。

 ここに不定期に発生する仕事がいくつも積み重なる。なんならそっちの方が多い。

 

 更に、何日にも渡る他陣営の調査や、次のレースに向けたレース場の視察や考察、インタビューや取材の応答の可否とスケジューリング、トレーニングの付き添い、新しいトレーニング法やシューズ、蹄鉄に関する論文の読破……。

 やることは多い。あまりにも多すぎる。

 

 中央のトレーナーは優秀でないとなれない。

 免許を取る時に教養を、面接では人柄を測られるため、総合的に優れた人間しか採用されない。

 だが、選定基準が厳しいのも当然の話。

 そもそもそれだけ優秀でないと、長続きしないのだ。

 トレーナーになれば、バ鹿みたいな量の仕事を毎日こなさないといけない。

 慣れない最初の内は、1人担当するだけでもかなりの負荷になる。ソースは俺。

 

 故にこそ、最初の内から2人も担当なんてすれば、まず間違いなくパンクする。心か体のどちらかが。

 

 

 

 では、2人以上を同時に担当するにはどうすればいいか?

 答えは、「慣れるしかない」。ひたすら反復して、業務にかかる時間を短縮するしかないのだ。

 だからこそ、担当を2人持つのは3年以上経験を積んでから……というのが、不文律として通っているのだった。

 

 実のところ、俺も担当を2人持つのは難しい。

 多分業務的にはギリギリこなせるが、ホシノウィルムのトレーニングに付き合う余裕はなくなるだろう。

 そして何より、ただでさえ良くない風評をこれ以上落としたくはない。

 特にクラシック級、つまりホシノウィルムと同期の子からの評判は著しく悪いからな……。

 不文律とはいえ、ルールはルール。守るに越したことはないのである。

 

 故に、ブルボンの逆スカウトは断るしかないわけだ。

 心苦しいが、彼女を支えられるトレーナーは他にもいるはずだ。

 どうか彼女が運命のトレーナーと巡り合えるよう、祈るばかりである。

 

 

 

「悪いが、俺は既に担当を持っている。他のトレーナーを当たれ」

 

 少し悩んだ末にそう告げたが……ブルボンは強情だった。

 

「お願いします。あなた以外に、私のマスターの適性者は存在しないものと推測します」

 

 その後、何度丁重に断ってもずっと付いて来るので、ひとまず「前向きに検討する」という便利な言葉でその場を収めたのだが……。

 

 今になって考えると、その話こそが、俺に1つのアイデアを与えたのだ。

 

 

 

 ホシノウィルムは、勘違いでなければ、俺を慕ってくれている。

 彼女が持っているのは恐らく、肉親……父親に向けるような、敬愛と信頼の感情だろう。

 彼女は幼い頃、唯一自分を愛してくれた父親に依存していた時期があった。

 そうして、父親が逝去によっていなくなり、空いた位置に……代わりに俺が収まったのだろう。

 

 いつかはその依存心も取り除くつもりだが、今は少し時期が悪い。

 ひとまずは「最初の三年間」を共に乗り越え、その間にゆっくりと色んなことに興味を持たせ、依存できる先を増やしていくのが妥当な方針だろうな。

 

 少なくとも、現時点でホシノウィルムのそのあたりを突くのは良策ではない。

 ……いや、さっき少しだけ触ってしまったけども。今思うと、もう少し切り出し方を考えるべきだったな。

 

 その精神衛生を考えて、現時点で俺が彼女から離れることは、負の結果をもたらす可能性が高い。

 しかし、俺にはホシノウィルムに適切なトレーニングを課すスケジューリングができないのも事実。

 忸怩たる思いだが、所詮俺は父親代わりにしかならないのだ。

 

 

 

 トレーナー契約を解除するわけにはいかないが、適切にトレーニングを付けられないというジレンマ。

 更にその上、俺に契約してほしいというジュニア級の子まで現れた。

 状況が絡み合い、なかなかに難しい問題となってしまった。

 

 ……だが、問題というものには正解があるもの。

 俺は考えに考え、この状況の解決策を見出した。

 

 そう。

 父親としての役割と、トレーナーとしての役割を、別人に分ければいいのである。

 

 俺がホシノウィルムの精神的支柱となり、彼女の調子を整え、その心を支える。

 一方で誰かベテランのトレーナーに、正しくトレーニングを付けてもらう。

 それなら俺も余裕ができるので、あるいはブルボンに手を貸すことくらいはできるかもしれない。

 ホシノウィルムとブルボンを半分ずつ担当していると言えば、不文律に抵触しても言い訳くらいはできるだろうし。

 

 これなら、現状煩雑に転がっている複数の問題を、全て解決できる。

 ホシノウィルムはメンタルを保ちながら、今以上のトレーニングが積めるだろう。

 俺もよそ見をすることなく、彼女の心に寄り添うことに専念できる。

 ブルボンの面倒も多少は見ることができるようになるかもしれない。

 

 全員ウィンウィンのオールハッピーな策である。

 思い付いた時は、我ながら珍しく冴えていると思ったものだ。

 

 

 

 ……とはいえ。

 実際にホシノウィルムに他トレーナーの指導が必要かどうかは、難しいラインだった。

 俺だって一応は名家のトレーナー、その知識には多少の自信がある。

 経験や慣れこそないとはいえ、適したトレーニングを付ける能力は……まぁ、そこそこはあるはず。

 

 委任契約を結べば、様々な制約や条件に縛られるし、これまでとトレーニングの方式も大きく変わってくるだろう。

 煩雑な契約をし、ホシノウィルムに不慣れな環境でトレーニングをさせるだけのメリットがあるのかは……ダービー前の俺には計り切れなかった。

 

 結局のところ、ホシノウィルムがこのまま事故もなく勝ち続けることができれば問題ないわけで。

 俺から見て勝率が8、9割あるトウカイテイオーとのダービーで余裕ある勝ち方をできれば、今一度考え直してもいいかもしれない。

 結果次第では、申し訳ないけど、やはりブルボンの要求は受けられないかもしれないな……。

 

 ……そう思い、俺が見守る目の前で。

 トウカイテイオーは俺の予測を遥かに超えた実力を見せ。

 ホシノウィルムはトウカイテイオーにかわされ。

 無茶なフォームを強要されて……。

 なんとか差し切った直後、意識を失って倒れこんだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「日本ダービーを見て、思い知った。

 俺は、君のトレーナーとしてあまりに力不足だ。

 調査能力も、作戦の立案も、勿論君のスケジューリングも。その全てが足りなかったが故に、こうして君に無茶をさせてしまった」

 

 情けない話だ。

 ここまでトレーナーとして励んできたつもりだったが、それでもまだ足りなかった。

 俺の能力不足で彼女に展開を見誤らせ、あんな無茶な走りをさせてしまったんだから。

 ウマ娘を支えるはずのトレーナーが、彼女の足を引っ張るなんて許されることじゃない。

 それで俺は、この書類を使うことを決めたんだ。

 

「勿論、一度トレーナーとして契約した以上、最後まで責任を持つ気でいる。

 君を任すに適した、信頼できるベテラントレーナーも探す。

 君が望むなら、変わらず『おかえり』とも言うし頭も撫でる。

 俺は俺で、君にしてやれることは全てするつもりだ。そこに関しては安心してほしい」

 

 ホシノウィルムは俺の担当だ。である以上、俺がホシノウィルムに尽くすことに変わりはない。

 ただ、俺の実力不足な部分を先輩に補ってもらう。

 イメージとしては、臨時のサブトレーナーとして付いてもらう、というのがわかりやすいか。

 

 ……正直、これに関しては、少しばかり引っかかる想いはある。

 ずっと二人三脚でやってきたから……俺自身、寂しいと感じているのかもしれない。

 それでも、ホシノウィルムがより強くなるためであれば、俺は何でも受け入れるつもりだ。

 熱いレースをしたいと望む彼女も、強くなるためならきっと受け入れてくれるだろう。

 

「変わるのは……トレーニングに関して、他のトレーナーに委任するという点だけだ。それに関しても、きちんと俺の方で認可は通すから、おかしな調整をされると不安に思う必要はない。

 つまるところ、トレーニングに関する方針を変える、という程度の話だ。これでトレーニングの質は上がり、君はより成長できるだろう。

 総じて、君にとって悪い話ではないぞ。

 ……ほら、ペンだ。署名を頼む」

 

 後は、ホシノウィルムの了承を貰うだけだ。

 それで俺は、彼女のために動き出せる……。

 

 

 

 ……はず、なんだけど。

 

「ホシノウィルム?」

 

 彼女は、凍り付いた顔を緩めたかと思えば、話している内に全く別の表情を浮かべていた。

 

 そして、その顔には……初めて見た感情が窺えた。

 強いて言えば、日本ダービーで終盤に見せた必死の形相に近い。

 眉根は寄り、口の端は下がって、耳は絞られている。

 

 それらの情報を繋ぎ合わせれば、彼女の感情を類推するのはそう難しいことじゃない。

 

 彼女は……今、明らかに怒っていた。

 

「トレーナー……本気で言ってるんですか?」

「本気……? 冗談のつもりはないが」

 

 怒っている? 何故?

 感情の発露は、いつもそれすら自制しがちな彼女としては珍しく、その精神的な氷解を考えると喜ばしいことだ。

 ……けど、何故今、怒りを表に出すんだろう?

 

 堀野の歴史から見ても、トレーナーとの縁が切れることを悲しむウマ娘は多いらしい。

 故にトレーナーの方から契約解除を持ちかけるのはすごい悪手で、最悪暴行事件orうまぴょい案件というバイオレンス展開に突入することもある。

 

 俺は抜けてこそいるが、バ鹿ではない。

 その歴史に学び、今回も契約解除ではなくトレーニングの委任という形にしたわけだ。

 

 俺と彼女のトレーナー契約はそのままだ。

 これからもホシノウィルムは俺の担当であり、縁が切れるわけではない。

 そりゃあトレーニングに使う時間分は接触が減るだろうが、基本的には関係は続くわけだ。

 

 それなのに、彼女は何に怒ってるんだ?

 

 不安、というのはわかる。

 これまで会ったこともないトレーナーにトレーニングを付けてもらうことには、不安を覚えてもおかしくはないだろう。

 そこに関しては俺が両者を引き合わせ、しっかりと仲を取り持つつもりなので問題ないと思うんだけど……。

 

 そこで感じるのは、あくまで不安のはずだ。

 怒る理由にはならないと思うんだけどな。

 

「ホシノウィルム、待て、何に怒っている?

 いや、まずはすまなかった、気分を害したのなら……。

 ……ホシノウィルム?」

 

 

 

 ホシノウィルムは唐突に立ち上がる。

 そして止める間もなく、デスクに乗っていた書類を掴むと……。

 

 

 

 それを、ビリビリに破いた。

 

 

 

 そりゃあもう執拗に、ウマ娘の怪力を活かして、もはや文字1つすらまともに残さないとでも言うように。

 もはや元が紙だったのかティッシュだったのかもわかんなくなるくらいに。

 殺意と憎悪を込めて、破り、破り、破り尽くした。

 

 

 

 …………えぇー?

 

 え、あの、あれ?

 

 その書類、トレセン学園公式の、俺たちの大事な未来のためのヤツなんですけど……。

 なんていうか、これ君にとっても大事な話し合いで、書類ももうちょっと丁重に扱ってほしいというか、その……えっと……。

 

「……ふーっ……。トレーナー、これがヒントです」

「あーっと……あー、その」

「なんで私が怒っているか、わかりますか」

 

 や、ヤバい……。

 この状況は、ヤバい!

 

 ホシノウィルムはゆっくりと肩を上下させて、こちらを見ている。

 その瞳にはいつもの平静の色がない。

 さっきまで書類だったものが辺り一面に散らばり、次はお前の番だぞと言わんばかりに彼女の両手が震えていた。

 

 ウマ娘には、根底に眠る闘争本能がある。

 主にレースによって発散されるそれは、しかし極々稀に、「敵」に向けられることもあるのだという。

 故に、ウマ娘を怒らせてはいけない。執着され過ぎてもいけない。

 それは、こういった危機的状況をもたらすからだ。

 

 つまり平たく言えば、今の状況は……。

 下手したら、暴行事件に繋がる展開なのだった。

 

 なんで? え、俺なんか間違った判断しちゃった? どこで死亡フラグ立てた?!

 と、取り敢えず何か、無難な誤魔化し方を……!

 

「あー…………うん、わかってる、ホシノウィルム。大丈夫だ」

「なるほど。トレーナーは私のことをなんでもわかってくれますね」

 

 ニコリ、とホシノウィルムが微笑むのを見て、俺は更に警戒度を高めた。

 

 ホシノウィルムは、素の笑顔がちょっと不細工……いや不細工ってほどじゃないけど、にへらって感じなのだ。

 対して仮面の上で微笑むと、綺麗で整った笑顔になるんだ。

 

 今俺に向けられているのは、後者である。

 

 つまり、全然油断できない展開ってことだな!

 ホントどうするこれ!?

 

 ……いや、落ち着け。

 俺は堀野のトレーナー。

 自分の担当ウマ娘と、きちんと理知的に話し合うことができるはずだ。

 彼女を暴行の前科持ちにするわけにはいかない。なんとか穏当に場を収めなきゃ……。

 

「すまなかった、ホシノウィルム。恐らく俺が、どこかで君を不快にすることを言ってしまったのだな。

 次から繰り返さないようにするから、何が不愉快だったのかを教えてくれないか」

「……へぇ、トレーナー、事ここに至って、まだ私が怒ってる理由がわからないんですね」

 

 彼女はそう言って……。

 

 ドンッ!!

 

「私……こう思われてるんですね?

 あなた以外のトレーナーのトレーニングをホイホイ受けようとする、節操なしだって」

 

 あ、あの、ホシノウィルムさん。

 いきなりその、デスクをですね。置いてあった資料が浮かび上がるくらいに強く叩くのは、ちょっと怖いかなーって。

 間違っても人間に向けちゃ駄目ですよ、その力? 骨くらい軽く折れるからね?

 

「い、いや、トレーニングって別に節操とは関係しないっていうか……ナイスネイチャみたいに他の陣営と合同トレーニングすることも珍しくないし……強くなりたいなら色んなトレーナーの意見を聞く方が良いこともある、みたいな……」

「そういう教科書通りの回答を期待しているわけではありませんっ!」

「あっごめんなさい……」

 

 い、いや、良くないぞ俺。

 担当からの圧力に屈するのは、関係性が破綻しかねない行動だ。

 ここはきちんと、トレーナーとしての威厳を見せねば。

 何を言われても「落ち着け!」と一喝するくらいの強い態度で……。

 

「そこに正座してください!」

「はい、正座します……」

 

 い、いや、これは圧力に屈したとかじゃなくて、アレです。

 怒ってる担当を刺激するわけにはいかないし?

 取り敢えず怒ってる原因を聞き出す為に、一旦従うだけだし?

 

 ……いやごめん、嘘。今のホシノウィルムはちょっとだけ怖い。

 なんというかこう、鬼気迫るものを感じるのだ。

 

 すごすごとトレーナー室の床に正座しようとしたら、先んじてホシノウィルムがタオルで床を拭いてくれた。

 怖いと思ったら優しいって何? ドメスティックなバイオレンス?

 

 なんか今日の彼女、よくわかんないんだけど……どうしちゃったの俺の担当……。

 この子、結構合理主義っていうか、ちゃんと理論的な指示には従ってくれるし、感情だって無駄に表に出さない印象だったんだけどな……。

 何が癪に障っちゃったんだろう。

 あれか? やっぱり勝手に計画を進めちゃったこと? もっと構想段階からきちんと相談すべきだったか?

 

「……はぁ、もう、すごく憤慨です。イライラが青天井ですよ。

 ですがそれ以上に、この問題を解決する優先度は高いですね、多分。

 さて、なんで委任なんて考えたか、お聞きしましょうか」

「いいや、それはトレーナーとして担当ウマ娘に話すべきことでは……」

「お聞きしますね」

「はい、話します……」

 

 駄目だ、今のホシノウィルム、無敵モードに入っちゃってる。もう何を言っても止められる気がしない。

 ……ここで彼女を怒らせても、何も良いことはないだろうしな。

 俺は諦めて、事情を白状することになったのだった。

 

 勿論、前世関連は話せないけど……。

 この感じ、それ以外の部分は……色々聞きだされてしまいそうだなぁ。

 うぅ……これまで1年半保ってきた、冷徹でカッコ良いトレーナー像が……。

 

 

 







 勘違い(読者様まで巻き込む)系転生者。
 はた迷惑な人間ってこういうのを言うんでしょうね。



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、一世一代の大勝負の話。



(補足)
 一部読者様は見抜いておられた通り、実はこういうことでした。
 2人の関係を心配してくださった方、堀野君に怒ってくださった方、ありがとうございました。それだけ彼と彼女を好きになってくださったと思うと、とても嬉しいです。
 それと、少しわかりにくいかなとも思ったので、活動報告の小ネタ・設定その2に、これまでの堀野君の心の動きとかを載せてます。
 ご興味があれば、是非目を通してみてください。

(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました! ありがとうございました!
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