転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 一等星の輝きに目を焼かれた彼女の行き着く先は?





おまけ We are all of us stars, and we deserve to twinkle.

 

 

 

 ガタン、という音と共に、アタシたちは駆け出した。

 

 菊花賞、3000メートル。

 3分を超える長丁場のレースだ、落ち着いて行かないと。

 

 ……今回は、負けられないレースなんだから。

 

 

 

『さぁ各ウマ娘一斉にスタートを切りました。坂を駆け上がりハナを切ったのはやはり一等星ホシノウィルム、快調に飛ばして差を付けていきます。

 彼女を追うのはアゲインストゲイル、バイプロダクション、ホリデーハイクたち逃げウマ娘。破滅的なまでの大逃げに付いて行くことができるか?』

『注目の三等星ナイスネイチャ、今日は前めに付いていますね。日本ダービー3着リオナタールはその前、現在6番手。3番人気ハートブロウアップはいつも通り後方から睨みを利かせているぞ』

 

 

 

 よし、位置取りは悪くないし……1人行ってくれたか。

 先行集団後方のリオナタールの後ろに付き、先頭の様子を伺う。

 

 先頭をひた走るのは当然、ホシノウィルム。

 彼女のスタートは、おおよそ他に類を見ないくらいの抜群のものだ。

 いくら策を弄したところで、それは止められるとは思えなかった。

 

 ……だから、無理して追ってもらう。

 

 先んじて吹き込んでおいたことで、逃げウマ娘の内の1人、アゲインストゲイルがウィルとの差を詰めに出てくれた。

 明らかにこのレースの距離や特徴を無視したハイペース。

 でも彼女からすれば、それが妥当な策なんだよ。

 ……「ホシノウィルムを潰さない限り、逃げウマ娘に勝機はない」。

 だから、まずは彼女と競り合って、スタミナを擦り減らさないとね。

 

 勿論、アゲインストゲイルだってこのレースには勝ちたいんだと思う。

 でも……アタシたちの世代のウマ娘は、全員が知ってるんだ。

 自分なりに速くゴールする、の前に……。

 ホシノウィルムより前に出ないと、1着は取れないって。

 

 その焦りが、アタシに吹き込まれたことを信じ込ませた。

 「最初にウィルと先頭争いしてスタミナをすり減らして、すぐに下がってスタミナを温存、終盤に競り勝てばいいんだ」なんて……。

 普通の逃げウマ娘が、そんな器用なことをできるはずがないのに。

 

 ……トレーナーさんから聞いた話、こういうのを「ラビット」と呼ぶらしい。

 そのウマ娘の勝ちを度外視して、レースのペースを作ったり、逃げウマ娘と競り合わせたりする……。

 チームとしてのレースの多い海外では、そういうウマ娘を、犬に追わせるウサギに例えるんだとか。

 なんとも悪趣味な呼び方だとは思うけど、それはともかく。

 

 彼女には悪いことをしたなって思う。

 レースに勝つためとはいえ、駒として良いように使っちゃったんだ。

 今度会ったら謝っとかないとな。

 ……それを言ったら、アタシが謝らなきゃいけないウマ娘は、あまりにもたくさんいるんだけど。

 

 

 

 さて、アゲインストゲイルに対するウィルの反応は……。

 ……一切、動じてない、か。

 すぐ後方にまで迫られても、まるで彼女のことを見えていないように無視している。

 

 まぁ、そりゃそうか。

 ウサギに気を取られる龍なんていないよね。

 

 ウィルはほぼ確実に、アゲインストゲイルの存在に気付いてるはず。

 彼女の高い察知能力は、多分聴覚によるものだ。

 宝塚記念の時のセイウンスカイ先輩みたいな器用なことでもしない限り、ウィルに気付かれないことは不可能。

 

 つまり今のウィルは、アゲインストゲイルの存在に気付いた上で、「気にする程じゃない」と判断している。

 ここでどのように差を詰められ、ポジションを取られ、あるいは追い抜かれようと、自分の走りとレースの結果には関係がない、と。

 

 極めて冷静で冷徹な判断だ。

 必要でないものを斟酌することはなく、視界にすら入れない。

 

 それが意味するのは……。

 ……もう、ウィルを後方からの圧力で暴走させることができないってこと。

 

「……1つ目、失敗」

 

 予想通りと言えば予想通りなんだけど、やっぱり効かないか。

 ここで策にかかってくれれば、相当楽になったんだけど……。

 残念ながら、もう彼女には通じない。

 

 でも、焦るな。

 策はまだあるし、アタシ自身だってこの上なく仕上げて来たんだ。

 舞台は菊花賞、淀の坂が立ち塞がる3000メートル。

 いくら桁違いの持久力を持つウィルとはいえ、スタミナを管理せずに勝てる戦いじゃない。

 

 ……はず、なのに。

 

 

 

『さぁ第1コーナー入って坂を下る! 先頭ホシノウィルム素晴らしいコーナリングで減速なく、かなりのハイペースで後方との差をぐんぐん広げていきます』

『宝塚記念では大逃げを放棄したホシノウィルムですが、今日は大きく大きく差を広げる従来の走り。普通なら体力が持つのかを心配するところですが、もはや誰も彼女の型破りを疑うことはできません!』

 

 

 

 減速、しない。

 急な下り坂を、体を傾けることで遠心力を殺しながら駆け降りていく。

 

 ……何を考えてるの、ウィル。

 菊花賞はこれまでにない長距離レース、叩きもなしに久々に出走して、そのペースで走り切る気なの?

 ウィルに限って、掛かってるわけじゃない。

 でも、このペースで行って、最後にスパートをかけたら……流石のウィルでも持たない。

 最後の100メートルくらいは減速を避けられないはず。

 

 これは、どういう……。

 

 

 

 いや……そっか、わかった。

 

 菊花賞で逃げウマ娘が勝ったケースは、過去を遡っても4件しかない。

 その内3件は、大昔の記録だから置いておくとして。

 3年前の、菊花賞逃げ切り勝ち。その策を、彼女は再び用いているのかもしれない。

 

 数十年ぶりの菊花賞勝利を収めた逃げウマ娘。

 セイウンスカイ先輩。

 

 その策は、序盤で一気に突き放し、中盤でゆっくりと減速して、他のウマ娘が「ぺースが落ちてる」って気付かない内に足を溜め、最後までスタミナを維持して逃げ切る、ってもの。

 セイウンスカイ先輩の「トリックスター」ってあだ名の元になった、半ば伝説的な勝利だ。

 

 菊花賞における、逃げウマ娘としての黄金の勝利法。

 これ以上ないくらいの完璧な策略勝ち。

 故に、それをウィルが使おうとするのは、ある意味妥当というか、当然の結論なのかもしれない。

 

 ……でも、だからこそ、違和感が拭い切れない。

 

 セイウンスカイ先輩の逃げ切り勝ちは理想的なものだった。

 だからこそ出走ウマ娘たちが、その策を警戒しないわけがない。

 誰も彼も、それを研究し尽くして来たはずだ。

 

 トリックっていうのは種も仕掛けもあるからトリックと呼ぶんだ。

 その正体が分かれば、それはただの子供騙しに落ちて……。

 何の意味もなく、ただスタミナを浪費して敗北に直結する愚策になる。

 

 そんなバレバレの破りやすい策を、あのウィルが使ってくる……?

 

 ウィルは、ウィルの陣営は、何を考えて……?

 

 

 

 ……いや、落ち着け、揺らぐな。

 どっちにしろ、アタシにとっては悪くない展開だ。

 

 ホシノウィルムの策が透けて見えたからか、他のウマ娘たちも少しだけペースを上げる。

 中盤で息を入れられるわけにはいかない。そうしたら本当に勝つ方法がなくなってしまう。

 だから全体のペースを上げて、彼女を休ませないつもりなんだろう。

 

 でも、この程度のペースじゃダメだ。

 

 意識する。

 気付かれないように、でも意識せざるを得ない程度に。

 足を地面に叩きつけ、いつもより大きく音を立てる。

 バ群よりもほんの少しだけ、ペースを上げて。

 凡才なりに身に着けた、威圧感モドキをまき散らす。

 

 すると、自然とバ群のペースが上がっていく。

 

 ……ずっと練習してきた、ペースコントロール。

 良かった、G1レースでも通用してくれた。

 

 ウィルが気付かれない内にペースを落とすんなら、アタシは気付かれない内にペースを上げる。

 そうして、ウィルの休む暇をなくしながら……何より、彼女との距離を詰めるんだ。

 

 

 

『今先頭が1000メートルを通過、そのタイムは……59秒8! あのセイウンスカイの59秒6に近い、かなりのハイペースです! 中盤に息を入れる作戦か?』

『しかし、逃げウマ娘たちが追いすがっていますし、先行集団もしっかりとペースに付いて行っている。息を入れる隙はあるのでしょうか?』

 

 

 

 ホシノウィルムは、普通の逃げウマ娘じゃない。

 サイレンススズカ先輩のそれに近い、でも破天荒さはそれ以上の、大逃げして追い込むとでも言うべき作戦を取るウマ娘だ。

 ただ、彼女は今まで、その作戦で垂れたことがない。

 むしろ後半、一気に加速して来かねない。

 ……そんな彼女を追い抜くには、どれだけ苦しくても、この殺人的なハイペースに付いて行くしかないんだ。

 

 バ群のペースを着々と速めながら、アタシはリオナタールの後ろに付いて風を避け、スタミナを温存する。

 多分、真っ当に走ってる子は……このペースじゃ、後半垂れていくだろう。

 申し訳ないけど、アタシが勝つために、皆には犠牲になってもらう。

 おててを繋いで仲良く勝てる程、ホシノウィルムは甘くない。

 ……アタシは、アタシに利用できる全てを使って、あの星を超えなきゃいけないんだから。

 絶対に、何をしてでも、このレースに……!

 

「…………」

 

 落ち着け、ナイスネイチャ。

 

 過度に燃えちゃダメだ。

 

 菊花賞は長いレースだ。泰然自若に進めないと、無駄にスタミナを消耗してしまう。

 スリップストリームを利用し、落ち着いて、そして可能な限り内ラチ沿いにインコースを通ること。

 この3つを守って進まないと、勝ちに繋がった細い糸がプッツリと切れてしまう。

 

 

 

『さぁ直線越えて第2コーナー、ここからレースも中盤に入ります。

 バ群は大きく前後に開いて20バ身程度といったところ。悠々走るホシノウィルムに引きずられ、全体的に速いペースとなっています』

『今ようやく1500メートル前後、レースの半分が終わったことになります。各ウマ娘スタミナは足りるのか、そして後方の子は間に合うのか?』

 

 

 

 ……まだ半分だってのに、そこそこ消耗を感じる。

 脚は動きにくくなり、息は少しずつ乱れだした。

 

 3000メートル、淀の坂、G1レースの緊張感、更にはこのハイペース。

 全てがいつもの公式レースと違う。

 誰もが体力を削られる、地獄みたいな状況。

 

 ……でも、アタシは1年間、このレースのためにトレーニングを積んできたんだ。

 他のウマ娘たちよりは、ずっと楽に走れるはず。

 

 「他のウマ娘」の唯一の例外であるウィルは……後方のアタシたちなんて気にもせず、いつも通り大差を付けてリードを保ってる。

 10と……何バ身だ。12くらい?

 

 焦るなよ、アタシ。まだ行くべき時じゃない。

 今はただ、静かにバ群のペースを上げながら、ひたすらウィルに焦点を合わせる。

 

 

 

 そうして、コーナーが終わる。

 残り、おおよそ1400メートル。

 

 ……勝負は、ここからだ。

 

 突然、前にいたリオナタールが、ぐんとペースを上げた。

 アタシもその後ろに張り付き、併せて脚の回転を速める。

 

 

『向こう正面、リオナタール、続いてナイスネイチャがバ群を抜けてぐいぐいと前との距離を詰めていきます! 早めの仕掛けだが大丈夫か!?』

『淀の坂を警戒して距離を詰めに行ったか、しかし先頭までの距離は長い! スイートキャビン、パンパグランデもペースを上げる!』

 

 

 

 ……リオナタールには、このタイミングで仕掛けないとどうしようもないって吹き込んだ。

 

 勿論、まだレースは1400メートル残ってる。

 ここからスパートなんてしても、スタミナが持たないことは誰にでもわかるだろう。

 

 でも……もしこの直線で走らなかったら、いつ走るの?

 この直線の途中から淀の坂がある。

 その坂にいる間、普通のウマ娘はスパートできない。

 ……で、坂が終わるのは、最終コーナー手前、残り600メートル程度。

 大きく開いた差を埋めきるには、あまりに短い距離だ。

 

 あの常識外れのホシノウィルムが、坂だからって減速すると思う?

 更にリードを広げられて、600メートルでホシノウィルムを差し切れるの?

 垂れる? 本当に? ホシノウィルムが?

 ……本当に、第2コーナー後から加速しなくていいのかな?

 

 そう言えば、リオナタールは覚悟を決めた。

 アタシに利用されてでも、ホシノウィルムを超える覚悟を。

 

 勘違いしないでほしいんだけど、アタシは嘘は言ってない。

 実際、リオナタールにとってこれ以上の仕掛け時はないと思う。

 ここで差し切り圏内まで詰めて、後は最終コーナーまで彼女との距離を保つ……。

 これが、彼女にとっての最適解だ。

 

 ……問題は、たとえ最適解を取っても越えられない壁もある、ってことだろうけど。

 

 ごめんね、リオナタール。

 アンタには今回も、アタシの風除けの盾になってもらう。

 

 

 

 菊花賞は、最終コーナーから仕掛けるのが鉄板。

 ……けどウィルに、アタシの星に、そんなトロいやり方で追いつけるとは思えない。

 じゃあ、どうやって追いつくか?

 

 モノが違うウィルには、普通に走るだけじゃ追い付けない。

 彼女に追いつくためには……彼女が持たない強みを使うしかない。

 

 ……でも、アタシの策謀のほとんどは、彼女に効かないだろう。

 

 大逃げウマ娘だからバ群に巻き込むこともできない。

 レース中の彼女は冷静で、掛かることもない。

 焦らせたりためらわせようとしても、成功するかは微妙なところ。

 

 総じて、彼女に対して干渉するような策は、有効打にはならない。

 

 じゃあどうするか、と言うと……。

 それ以外の要素を使うしかない。

 

 バ群のペースを速めて、彼女が休憩するような暇をなくし。

 インコースを取るリオナタールを盾にして、少しでもスタミナの消耗を避けて。

 そして坂を登り始める前に、ウィルとの距離をある程度にまで詰めて……。

 

 ……そして、彼女が使わないであろう策を、使うこと。

 

 仕方ない。

 ちょっと危険だし、あんまりやりたくはなかったけど……。

 これしか、勝つ手段はないんだから。

 

 

 

『速い速いリオナタール、ホシノウィルムの後方5バ身まで一気に詰めまして坂を登る!

 ナイスネイチャもこれに続く、最終直線で差し切るつもりか!』

『まだレースは800メートル以上残っています、掛かってしまったのかもしれません。とはいえもう息を入れる場所もない、ここからスタミナは持つのでしょうか?!』

 

 

 

 ……そう、こんなの傍から見れば掛かったような動きだ。

 坂を登る前に体力を使いすぎれば、そこで一気にペースを落とされる。

 だからこそ、位置を押し上げるならまだしも、いっきに差を埋めるようなスパートをすべきじゃなかった。

 

 けれど、それしか勝ち目がないのなら……。

 アタシは、どんな手でも取ってやる。

 

 

 

「くっ……!」

 

 しかし、ホント急な坂だ。

 踏み出すたびに、地面を蹴り上げるたびに、スタミナを持っていかれるのを感じる。

 大丈夫……スパートする分には、ギリギリ足りるはず。

 

 でも、本当にギリギリだ。

 だからこの登り坂で、これ以上ペースを上げるわけにはいかない。

 今は、ウィルに詰め寄るんじゃなく……とにかくこの距離を保つ意識で。

 

 

 アタシたちの間に開いた距離は、おおよそ5バ身。

 簡単には詰められない距離だ。

 それも……相手はホシノウィルム。

 減速してくれれば楽だけど、それを望めるほど甘い相手でもない。

 

 ……だから、無茶をする必要があり。

 アタシはその無茶を通すために、ここまで練習してきた。

 

 

 

 ようやく、淀の坂の終わりが見える。

 

 

 

『今先頭ホシノウィルムが坂を登り終え下りに入ります。

 この坂が終わってから勝負が……いや!!』

 

 

 

 ここだ。

 登り坂が終わる、この瞬間しかない。

 

 今の位置関係と、敗北の直感が、アタシの魂を震わせる。

 

 

 

 ターフを映す視界に被って、その景色が見えた。

 どうしようもない暗闇。どうしようもない世界。

 アタシの……閉じ切った限界が、そこにある。

 

 それを、ただ一筋の光が切り裂く。

 見上げた先にあるのは、灰色の一等星。

 アタシの足元から一筋の光が伸びていく。

 

 ……そうだ、あの星。

 あの星が、アタシを導いてくれる。

 あの星を追い抜いた瞬間、アタシは本当に欲しいものを手に入れるんだ。

 

 だから、今日。

 ここで!

 

 あの星を、超える!!

 

 

 

『ナイスネイチャだ、ナイスネイチャ仕掛けた! 菊花賞のタブーを犯して前との距離を詰めに出た!!

 しかし逸れない、抜群のコーナリングでぴったりとインコースを突いてます!!』

『少し体勢を崩せば倒れてしまいかねないギリギリの角度です! このまま下り坂で一等星を捉えるつもりなのか!?』

 

 

 

 一瞬で、リオナタールの背中を越えて。

 

 最短の道を、最速で駆ける。

 アタシには、その道筋が見えていた。

 下り坂の中で一気に迫って、最終コーナーで差し切って、後は……残ったスタミナで逃げ切る。

 

 それしか、アタシに勝つ道は残されていない。

 

 アタシはホシノウィルムに、スペックで勝てない。

 昔からずっと死に物狂いで頑張ってきた彼女に、半端なアタシが勝てるわけがない。

 だから……スペックではなく、一芸で勝つ。

 

 ずっと、練習してきたんだ。

 この瞬間、下り坂のコーナリングを。

 

 平坦な芝の上では、ホシノウィルムに勝てない。

 一時的に競り勝ったとしても、5バ身という距離を縮め切るには足りない。

 

 だから、この京都レース場の地形を味方に付け、彼女を追い抜くために。

 ずっとずっと、この第3コーナーを曲がる練習を続けて来た!

 

 

 

 彼女の背中が、迫って来る。

 その灰色の煌めきが、手が届きそうな場所にまで。

 

 

 

 行ける。

 脚は、まだ残ってる。

 ここで差し切って、そこから最終直線で……全部使い切って、走り切る。

 

 勝つ。

 勝つんだ!

 

 

 

 

 

 

 ……アタシは、その時、ただ己の内から込み上げる熱で一杯で。

 ほんの一瞬、そのことを忘れていた。

 ホシノウィルムは……同じところに留まるようなウマ娘じゃないってこと。

 

 

 

 

 

 

「……来てくれると、信じていました、ネイチャ」

 

 

 

 直前に迫った背中から、言葉が降り注ぐ。

 

 アタシの存在が気取られてることに、違和感はない。

 どちらにしろ、アタシのスペックじゃ、足音を誤魔化してこの速度を出すなんてことはできないし。

 

 違和感があるのは……来てくれるのを信じていた、って言葉。

 その言葉は、アタシの行動が、アタシの策が、全て想定内だったってことで。

 それは、即ち……。

 

 彼女の陣営に、策で負けたことを、意味していた。

 

 

 

 瞬間。

 

 アタシの世界が削り取られた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 見慣れた世界だった。

 

 真っ暗で、どうしようもない世界。

 手がかりも足がかりもない、いやに寒くて閉じ切った虚無。

 

 でも、そこに今、満天の星が灯る。

 彼方に輝いた一等星を皮切りに、何もなかった世界が、星の宙に塗り替わって。

 

 ……そして、彼女は星に、手を伸ばす。

 

「私はもう、迷わない」

 

 氷のような呪縛も、寒気のようなためらいも、全て溶かし尽くして……

 満天の星々の中を、彼女は飛ぶように駆け出す。

 

 もはやその歩みは……誰にも、止めることはできない。

 

 

 

「全ての夢を背負って……勝ちます!!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「これが……っ!」

 

 領域。

 ホシノウィルムの、世界。

 

 彼女も……もう習得してたんだ!

 

 ぐん、とウィルの背中が遠ざかる。

 領域を開いた者は皆、その全力以上の走りを見せる。

 ただでさえ常識の埒外にあった彼女の走りが、更に……生まれ変わる。

 

 マズい。

 このままじゃ……勝てない!

 

「アタシだって……アタシ、だって!!」

 

 渾身の力を込めて、地面を蹴る。

 

 

 

 ホシノウィルムのスペックに、アタシは勝てない。

 そんなことはわかってる。

 

 これ以上ペースを上げて走る余裕はない。

 そんなことは、わかってる!

 

 策で負けた上、領域まで使われたら、アタシは……勝てない。

 そんなことは……。

 

 いいや、わかんないし、認めない!!

 

 

 

『ホシノウィルムとナイスネイチャ、ここで更に加速! 3番手リオナタールも追いすがるが届かないか!

 やはり一等星と三等星、この2人はモノが違うのか!!』

『残り500メートル前後、そろそろ最終直線だ! 他のウマ娘も位置を上げるが、この2人のペースには付いて行けないか! やはり前半の殺人的ハイペースが響いてしまったか!?』

 

 

 

 走れ!

 

 走れ、走れ、走れ!!

 

 ここしかない!

 あの子を超えるには、星を超えるには、ここしかないんだ!!

 

 負けられない、負けるわけにはいかない、絶対に、絶対に!!

 

 

 

 だって、あの星を超えるのが、アタシの……!

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

「駄目ですよ、ネイチャ」

 

 

 

 声が、かかる。

 

 ……これは……ウィルの声?

 でも……レース中、それもスパート中に、ここまでキレイに声を聞き取ることができるはずがない。

 何より彼女の声には、疲れなんてものを感じなかった。

 

 ……じゃあ、この声は、何?

 

「それじゃ駄目なんです、ネイチャ」

 

 また、声がかかる。

 どこかぼんやりとした……耳じゃなく、直接頭に響くような。

 

 ……耳じゃない?

 これ、もしかして、現実じゃない?

 

 そうだ、現実の……ターフの上での出来事じゃない。

 それと被ってる、領域の方から……聞こえてくる。

 領域……それも、アタシのそれと削り合ってるウィルの領域から、声が聞こえるんだ。

 

 これ……何?

 

「……まあ、その辺りは置いておきましょう。私も急に繋がって驚いているところですし。

 とにかく、それじゃ駄目です、ネイチャ」

 

 駄目って?

 何が駄目なの?

 アタシはアンタに勝ちたい。ここで、この菊花賞で、絶対に勝ちたい。

 それが何かおかしいことなの?

 

「おかしくはないですが、駄目です。

 私は知っています。負けたくないと思うだけじゃ、駄目なんです」

 

 でも、アタシは……。

 アンタに、勝ちたいよ。

 アタシだって、星を見上げるだけじゃなくて、星を掴みたい。

 

「ああいや、違います。別にそこを否定してるんじゃなくて。

 ……私だけを見てちゃ、駄目なんです。

 あなたを見ている皆に、気付いてあげてください」

 

 アタシを見ている、皆?

 

「あなたが目指すべきは、本当は私なんかじゃありません。

 こんな灰色のくすんだ星なんかじゃないんです。

 思い出してください……どうして走り出したのか」

 

 何を……言ってるの?

 ウィル……アタシのこと、何か知ってるの?

 

「いえ、ネイチャのことは、まだよく知りません。

 けれど……私もウマ娘ですから、同じウマ娘のことは、ちょっと知ってます」

 

 ウマ娘のこと?

 それがどうしたって……。

 

「ネイチャは、なんで走ろうと思ったんですか?

 なんで中央に、トゥインクルシリーズに来たんですか?」

 

 走ろうと?

 それは……。

 

 

 

 ……地元の皆の期待に、応えたかったから。

 

 

 

 こんなアタシにも、期待してくれた人たちがいた。

 『ネイチャなら中央でもやれるよ! 頑張れ!』って背中を押してくれた人たちが、いた。

 

 皆の期待に、応えたかったんだ。

 皆が信じてくれたアタシが勝つところを、見せたかったんだ。

 

 そうだ……今更、思い出した。

 それがナイスネイチャの抱いた、最初の理由。

 

 

 

 アタシはただ、1番になって……。

 皆の夢を、叶えたかったんだ。

 

 

 

「私たちはね、きっと、そういうモノなんです。

 誰かに夢を託され、それを背に負って走るモノ。

 その夢に背を押されて、その夢を力にするモノ。

 道に迷うこともあるけれど、本質はきっと同じ。

 私も、あなたも、このレースに参加するウマ娘も、全員……夢を背負って走ってる。

 だから、ほら……聞いてください。

 あなたに夢を託した人たちの声を」

 

 声、って……。

 このレースは、でも、ウィルに期待する人たちばかりで……。

 

「そんなわけがありません。

 ね、ほら……よく聞いて」

 

 言われて、耳を……澄ます。

 

 ここにいる……誰かの声を、聞き取る。

 

 

 

『行けーネイチャー!! ウィルムも行けー!! 逃げろー!!』

 それは、一緒に走った模擬レース以来仲良くなった、青髪の友人の声だった。

 バ鹿正直で、でも実は多才で、誰より楽しそうに走るウマ娘。

 アタシを応援してるというよりは……知ってるウマ娘全員を応援してるみたいだけど。

 ……でもそんな純粋な想いに、少しだけ背中を押された気がした。

 

『ネイチャせんぱーい!! 頑張れ、勝てー!!』

 それは、半年くらい前に知り合った、ジュニア級の後輩の声だった。

 陽気で明るく、でも誰よりストイックで、一緒にいるだけで元気になれるウマ娘。

 彼女は複雑な言葉なんて使わず、ただアタシの勝利を願ってくれた。

 ……芯の強い彼女の想いに、少しだけ背中を押された気がした。

 

『ネイチャ、諦めないで!! あなたなら行けるはずです!!』

 それは、ふとしたことで知り合った、シニア級の先輩の声だった。

 いつも無表情で真面目かと思いきや、ノリが良くて優しいウマ娘。

 データと管理を重視する彼女は、けれど今、ただアタシを信じてくれた。

 ……その無上の信頼感に、少しだけ背中を押された気がした。

 

『いけぇぇえええ!! 走れぇぇぇえええええ!!』

 それはアタシの憧れた、キラキラした主人公みたいなウマ娘の声だった。

 ちょっと子供っぽくて、天才で、けれどアタシと同じウマ娘。

 今は走れない彼女は、誰ともなく、全てのウマ娘に想いを託して。

 ……その熱すぎるエールに、少しだけ背中を押された気がした。

 

 

 

 いた。

 

 アタシを信じてくれるウマ娘が、確かにそこにいた。

 

「彼女たちだけじゃありません。

 あなたは知っているでしょう、ネイチャ。

 誰よりあなたの背中を押してくれる人を」

 

 それは……。

 

 

 

『ネイチャァァァアアアア!!』

 

 ……それは。

 ずっとずっと、アタシを信じてくれた人の、声だった。

 アタシなんかを信じて、一目惚れだなんて言って、担当してくれた人の声だった。

 

『行けぇぇぇぇええええ!!!』

 

 その声に……強く、背中を押された気がした。

 

 

 

 アタシを信じてくれる皆が、そこにいて。

 きっとどこかで、もっとたくさんの人が信じてくれて。

 

 だから、アタシは……。

 

 

 

 ……そっか、ようやくわかった。

 ウィルが伝えたかったのは、これだ。

 

 アタシが目指すべきは、灰色の背中じゃない。

 

 アタシは……ウィルを超えたかったんじゃない。

 

 皆の期待に応えられる、素晴らしい素質のウマ娘(ナイスネイチャ)になりたかったんだ!

 

 

 

 キラリ、と。

 彼方の星が、金色の光を宿す。

 

 

 

 ようやく見つけた。

 

 あれが、アタシの目指すべき本当の場所。

 思わず目を細めてしまうくらい眩しい、アタシなりの一等星。

 

 

 

「……これが、ネイチャの……本当の……」

 

 ウィル。

 

 良かったの? アタシに、こんなこと教えちゃって。

 ……アタシ、本当に勝っちゃうよ?

 

「っ。……ふふ、構いません。

 私も、人から教えてもらったのです。この熱も、この星の輝きも。

 人から貰った善意は、誰かに返さなければ」

 

 いや、そういう偽善的な理由じゃないでしょ。

 アタシたち、ウマ娘だよ?

 自分の目的のために、誰かの夢をぶっ壊す競走ウマ娘だよ?

 誰かのため、なんて理由なわけないじゃん。

 

「あらら、バレましたか。……ええ、私にもネイチャに強くなってもらう理由はあります」

 

 理由?

 ライバルを強くする理由って……?

 

「簡単ですよ。

 私、熱くて楽しいレースがしたいのです。

 もっとネイチャに強くなってもらって、私に迫って来てほしいのです。

 ……そういう相手に勝った方が、楽しいでしょう?」

 

 そりゃあ……はは、なんてふざけた理由。

 余裕綽々ってわけ?

 

「……? いえ、余裕綽々じゃなくなるために、強くなってもらうのですが」

 

 あー、うん、そっか。

 アンタそういう子だったね。

 

 わかった。わかりましたよ。

 

 ……楽しむ余裕もないくらいにぶっちぎってやるっての!!

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

『さぁ残すは400メートル最終直線! 3番手リオナタールに5バ身くらい差を付けて一等星と三等星のマッチレースだ!!』

『ホシノウィルムとナイスネイチャの差は1バ身あるかないか、どちらが差し切り大輪の花を咲かせるのか!?』

 

 

 

 不思議な会話を終えて、アタシの意識はターフに戻る。

 

 ……大丈夫、目指すべき星は見えてる。

 後はそこに向かって、走るだけだ。

 

「アタシが、勝つ!!」

 

 負けられない。いや、負けたくない!

 アタシに夢を託してくれた、たくさんの人たちのためにも!

 アタシを支えてくれた、あの人のためにも!!

 

 ここで、勝ちたい!!!

 

 

 

『ナイスネイチャ一気呵成に前に出た! ホシノウィルムも負けじと前傾姿勢で差し返す!

 あのホシノウィルムに、あの一等星に今、ナイスネイチャが並んでいます!!

 これが星の世代! これが並び立つ最強だ!!』

『一等星の輝きが消えない残光を歴史に残すのか!!

 三等星がその素晴らしい素質を証明し最強を覆すのか!!

 今年の菊花賞ウマ娘はどちらだ!?』

 

 

 

 勝つのは、アタシだ……!

 

 絶対、託された夢を、叶えるんだ!!

 

 

 

 アタシとウィルの領域が、互いを削り合う。

 似ているとはいえ、アタシたちの領域は別のもの。

 削り合った衝撃で、ウィルの世界の欠片が、彼女の想いを伝えてくる。

 

『最高、です……ナイスネイチャ!!

 それでこそ、私の、最高のライバル……!!

 

 それでも、勝つのは、私だ!!』

 

 ……ああ。

 そうだ、アタシたちは等しくウマ娘。

 誰だって勝ちたい。ゴールに一番早く駆け込みたいんだ。

 

 だから、アタシたちは互いに全力を出し、エゴ丸出しでレースを走って、泥臭く覇を競い……。

 

 

 

 

 

 

 そうして……。

 

 

 

 

 

 

『今2人がゴォオオルイン!!

 最後の最後で加速して差し切ったのは、ホシノウィルム!! 1バ身の差を付けて菊花賞を制しました!!

 赤の次に咲き誇ったのは灰の大輪!! 2人目の無敗のクラシック三冠ウマ娘が誕生すると同時、初の三冠逃げウマ娘が歴史にその名を刻んだ!!』

『もはや問答は無用!! 彼女こそが世代の一等星!!

 菊の舞台で最強を証明したのは、ホシノウィルムだ!!!』

 

 

 

 ……その日に勝ったのは、彼女の方だった。

 

 

 

 

 

 

「くっ……はぁ、げほっ……くそっ!」

 

 嘘、でしょ……あそこで更に加速する……?!

 想定の上では、序盤から中盤までペースを上げて走っていたウィルは、最後に垂れるはずだった。

 それなのに、むしろ速くなるなんて……!

 

 どこだ。どこで想定が狂った?

 あそこか? 領域が開いた時、何となく彼女の走り方が変わったような気がした、あの瞬間? 

 ただの気のせいだと思ってたけど……やっぱり何かしら、彼女は走り方を変えたのか……?!

 

 互角に競り合えてた。

 スタミナだって、互いにもう限界だって思ってたのに。

 ……ほんの一瞬、最後の最後で、かわされた。

 

 今までで一番……惜しかったんだ。

 あと1歩だった。あと1歩だったのに!

 何かあと1つ策が刺されば……あるいはやっぱりあの時、読み合いに勝てたら!

 

「く、やしい……悔しい、悔しい!

 アタシ、もうちょっとで、勝てたのに……!!」

 

 あと、1バ身。

 距離にして、2メートル強。

 

 ……それが、今のアタシと理想のアタシとの、短いようで長い距離だった。

 

 

 

 喝采の中にいるホシノウィルムに、視線を向ける。

 

 灰の光を背に負い、汗を輝かせるウィルは……。

 ぐっと右手を突き上げ、己の勝利を誇る。

 

 どっ、と。

 すごい歓声が、京都レース場を埋め尽くした。

 

 ……ホント、キラキラしてんな。

 

 アタシが憧れた、灰色の星。

 アタシが得た、最強の友達。

 アタシに大事なことを思い出させてくれた……無敗の三冠ウマ娘。

 

 どう足掻いたって、アタシは彼女にはなれない。

 最初から基礎が違うし、脚質も違うし、三冠も取れないし。

 

 

 

 ……それでも。

 

 

 

「アタシは、アタシなりに、いつか……」

 

 ここを目指してきたけど、ここが終わりってわけじゃない。

 幸運なことに、アタシには何度でもチャンスがあって、何度でも走れるんだ。

 だから……いつか、必ず。

 

 皆の夢を背負って勝つ、ナイスネイチャになってみせる。

 

 

 







 ナイスネイチャ
 『きっとその先へ…! Lv2』
 レース終盤で3番手の時に負けそうになると闘志に火が付き速度が上がる。

 ホシノウィルム
 『天星の蛇龍 Lv1』
 レース終盤に他のウマ娘と競り合うか負けかけると、星々の輝きを受けて燃え上がり勝利を誓う。



 「転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘」
 第一部「ホシノウィルム」 完

 ここまでご愛読いただき、ありがとうございました。
 第二部もよろしくお願いします!



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、新しい関係性の話。
 時間を少し巻き戻し、宝塚記念が終わったすぐ後あたりのお話です。



(ご報告)
 第一部完結ということで、ホシノウィルムの転生特典と領域について、活動報告の小ネタ・設定その2に記載しております。
 見なくても本編には支障のないものですが、彼女の転生特典などについて興味のある方はどうぞ。

(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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