転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 本日の運勢:小吉。待ち人来たれり。水難注意。





「あ、これ前世ゼミでやったところだ!」

 

 

 

 ……ふ、ふふふ。

 

 言われちゃった。

 言われちゃった、言われちゃった、言われちゃったよ!

 

『……だが、あの時にも言ったが、俺は君がいい。ホシノウィルムを担当したい。

 君を育て、君と共に歩み、君の走りを最も近い場所で見たい。

 だからどうか……これからもよろしく頼む』

 だってさ!

 

 こんなのもう9割告白じゃん!

 堀野トレーナー、私のこと大好きじゃん!!

 

 ……いや、正直に言うと、わかってる。

 これ多分、恋愛感情からの告白とかではない。

 あの堀野トレーナーのことだ。これもあくまで、トレーナーとしての言葉なんだと思う。

 

 でも、でもさ?

 自分が好きな男性に「お前と一緒に歩んでいきたい」って言われてニヤつかない乙女なんていないし……。

 同時、自分が惚れたトレーナーに「君を担当したいんだ」って言われて舞い上がらないウマ娘はいないんだよ!

 

 だって私、ようやくトレーナーに認められたんだもの!

 

 

 

 ……実のところ、ずっと前からわかってた。

 トレーナーにとって、私は今まで、唯一無二じゃなかったってことは。

 

 トレーナーにとって、ホシノウィルムというウマ娘は、「成り行きで担当することになったウマ娘A」でしかなかったんだ。

 勿論私は強いから、そこで多少評価はしてもらえてたかもしれない。

 担当として、当然のように尽くすべき存在であると見られていたかもしれない。

 

 ……でも、「堀野のトレーナー」にとって、他のウマ娘よりも高い価値を持つ存在じゃなかった。

 

 私を他のウマ娘より優先していたのは、「担当ウマ娘だから」。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 

 もしも宝塚記念よりも前に……考えるだけで嫌な気持ちになるけど、仮に担当契約を解除するようなことがあれば、この人は何の悔いもなく私と別れていただろう。

 元担当だからって固執するのは、堀野のトレーナーとして正しくないからって。

 私たちが共に歩んできた過去も、そこで共にした苦労も、全て記憶の奥底に封じて、忘れる。

 ……たとえ本人が、そこにいかなる感情を抱いていたとしても、揺らぎなく。

 

 彼の「トレーナーとしての理想像」は、それくらい、魂の奥深くまで食い込んだ価値観だったから。

 

 

 

 でも今、状況が変わった。

 

 彼は私に魅入られてしまった。

 どうしても私を担当したくなってしまった。

 「堀野のトレーナーとしてかくあるべし」という意識を、「ホシノウィルムの走りを見て、支えたい」という想いが超えた。

 

 彼の中で今まで最優先だったものが転落し、私に切り替わったんだ。

 

 ……つまり。

 私はもう、彼にとって「どこにでもいるモブウマ娘」じゃない。

 「自分が担当したい唯一無二のウマ娘、ホシノウィルム」になれたんだ。

 

 そして同時、これは彼のトレーナーとしての仮面に初めてヒビが入ったことも意味する。

 彼と恋人……いやまぁ流石にそこは早いだろうけども、少しでも懇意になりたい私にとって、これは非常に大きな快挙だ。

 何せ彼がその仮面を被り続ける限り、私は永久に「対象外」。意識すらしてもらえないんだから。

 

 

 

 宝塚記念ではかなり無茶をしてしまい、結果として私の脚は折れてしまったけど……。

 果たして、その甲斐はあった。

 

 私はついに、ちゃんと「堀野歩の担当ウマ娘」になれた。

 そして何より、彼の心の一部を占有できたんだ。

 

 私がこっそりと立てていた「彼を惚れさせる」という目標は、達成できたと言っていい。

 

 これが嬉しくないはずないでしょ!

 

 

 

 

 

 

 ……けれど、その感情は一旦、仮面で押さえつけるとして。

 今はお説教の時間だ。

 

 彼の問題は、何も仮面だけじゃない。

 これだけ能力があるのに、それを全然認められない過度な謙虚さ。

 それのせいで、彼は度々現実と認識をすれ違わせている。

 

 これからもずっと付き合っていく以上、これも早急に改善しなきゃならない問題だろう。

 

「まったく、トレーナーの自虐……いえ、自己肯定感の低さは欠点です。

 あなたが成し遂げた快挙、つまりは振るわない寒門のウマ娘に道を示し、育て上げ、無敗で4つG1を取らせたことを認識しているんですか?

 ……その顔、『それを成し遂げたのは君で、俺はその手伝いをしたに過ぎない。他の誰が付いてもきっと君なら取れただろう』みたいな顔ですね。

 何度でも言いますが、私にはあなたしかいません。あなたでなければ、ここまで来れてはいません。いい加減聞き入れてくださいね。

 勿論、トレーニングに関しても、ですよ? 

 メーターか何かで可視化されてるのかと思うくらい正確に体力を測る観察眼、あなたしか……」

「ゲホッ!! んぐっ、ゴホッ!!」

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 くどくどとお説教してたら、トレーナーは急にせき込んでしまった。

 

 わわわ、さ、流石に責めすぎた!?

 確かにちょっと、いやかなり、キツく言い過ぎたかも。

 落ち着いて考えると、担当ウマ娘からトレーナーに駄目出しって、ちょっとアレか……?

 私、一応前世の記憶は持っているとはいえ、今は中等部の女の子なわけで。

 そんな生徒にボロクソ貶されるって……トレーナー視点だと、ちょっと酷かもしれない。 

 

 引いて駄目だから押し押しで行こうと思ったけど、コミュ障特有の距離感バグだったかなこれ?!

 どうしよう、いやどうするもこうするもない、その前に苦しそうなトレーナーを何とかしないと!

 

「す、すみません、これをどうぞ」

 

 ベッドのサイドテーブルに置いてあった、朝貰った飲料水のペットボトルを渡すと、トレーナーは2口程それを飲んで落ち着いた。

 

「ん、ん……!

 いや、すまん……ああ、言っておくが君が悪いわけではないぞ。

 ただ、その……ちょっと驚いたと言うか、その、なんだ。

 ……そう! 君もだいぶハッキリと物を言ってくれるようになったな、と嬉しく思ってな」

 

 言われて、思わず顔を赤くする。

 た、確かに……彼から見たホシノウィルムは余計なことなんて喋らない、冷静で冷徹な、悲しきトレーニングマシーンみたいなウマ娘だったはず。

 最近、ちょっと感情を表に出し過ぎたかも。いくらトレーナーの前だからって油断しすぎたか?

 私のクールビューティ……いや、この体躯でビューティは無理か。クールキュートな容貌とミスマッチだったりする?

 

 ど、どうしよう。

 いきなりキャラ変わっちゃって、ちょっと引かれたりしてない?

 いや、嬉しいって言ってくれたってことは、不快ではない……よね?

 でもいきなり熱くなったりして、変な子って思われたり、してたりとか……?

 

「そ、その……以前の私と今の私、どちらが……良いですか?」

 

 ……こんなこと言ったけど、これで「前の方が良かったよ」なんて言われたらどうしよう。

 今度こそ私の心、完全に凍り付くかもしれん。永久凍土になるかも。

 ちょっとばかり不安になりながら、トレーナーの顔を窺うと……彼は1つ頷いて、言ってくれた。

 

「勿論、今の君の方が好ましいよ」

「トレーナー……!」

「俺にも至らない点はたくさんあるからな。これからも二人三脚していく上で、改善点を教えてくれればより良く担当できると思う。

 だから気になったところがあったらバシバシ言ってほしい」

「トレーナー……」

 

 そうじゃなくて。トレーナーとしてどちらが好ましいか、じゃなくて!

 私は、「堀野歩」はどっちのホシノウィルムが好きなんですか、って訊いたつもりなんだけどな!

 

 ……ああもう、先に惚れた方が負け、だもんな。

 こういう乙女心を解さないクソボケっぷりも可愛いって思い始めた私、もう手遅れなんだろうね。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、トレーナーにお説教したり、思わぬ反撃が響いたり、クソボケっぷりに呆れるのは楽しいけど……。

 

 それはそれとして、私たち競走ウマ娘はアスリートだ。

 故障発生の後、楽しいことばかりとも行かない。

 

「さて、君が比較的元気そうで安心したところで。

 将来的な話をしようか。……具体的には、君の復帰の話だ。

 まずは確認しよう。君に、再びレースを走りたいという意思はあるか?」

「勿論。早く治して、またレースを楽しみたいですから」

「……そうか」

 

 堀野トレーナーは、小さく息を吐く。

 その表情からは、隠しきれない安堵が窺えた。

 

 ……あ、そうか、そりゃあトレーナーとしてはそこを不安に思うか。

 

 私からすれば、復帰するのは当然だって思ってたけど……故障して心が折れるようなウマ娘もいるんだよね。

 うーん、イマイチ理解し辛いというか、よくわかんない思考だ。

 折れたなら治せばいいし、遅れたなら取り戻せばいい。

 全力で頑張って、それでも届かなかったら、そりゃあもう仕方ない。その時に諦めればいいんだ。

 

 そう思う私は……呑気なのかね。普通はもうちょっとへこんだりするものなの?

 

「わかった、ありがとう。君が再び立ち上がる決断をしてくれて嬉しいよ。

 リハビリも、そこからのトレーニングメニューも、精一杯サポートさせてもらう。」

「はい、よろしくお願いします」

 

 頭を下げる。

 いやホント、私は支えてもらう側、サポートしてもらう側なんだよ。

 さっきもそうだけど、何でこのトレーナー、自分がやる側なのに頼み込んでくるんだろう。

 お願いするのも助けてもらうのもこっちだよ?

 

 ……多分、トレーナーとして「担当させていただいている」って意識なのかな。

 なんというか……あんまり他所のおうちを悪く言いたくないけど、堀野の家ってちょっとやり過ぎじゃない? そこまでストイックだと、流石にちょっと引くんだが。

 

 この辺も、付き合っていく内にもうちょっと普通に寄せていきたいところだ。

 ……トレーナーは気付いてないみたいだけど、勝負の約束の文面上、私は「ずっと」彼のウマ娘。

 これからいくらでも時間はあるだろうしね。

 

 

 

「……さて、では次に、君の復帰レースについて考えようか。

 俺としては、年末開催される有記念を見据えていきたいと思うが……」

 

 私がお医者さんから提示された復帰の目安は……11月上旬。

 時期で言うと、ギリギリ菊花賞には間に合わないくらいだ。

 でも……私は。

 

「菊花賞に、出走したいです」

「……ホシノウィルム」

 

 トレーナーは、厳しい顔をした。

 ……そりゃそうだ、私は今、とても難しいことを言ってるんだから。

 

 競走ウマ娘の復帰目安は、「リハビリと鍛え直しを終え、十分レースを走れるようになる時期」を指す。

 ……けれどそれは、最低限レースを走れるようになる時間、という意味でしかない。以前までの走りをどこまで取り戻せるかはわからない。

 普通は復帰後、調整と様子見で少し格の低いレースに出す……いわゆる「叩き」を経て、ようやく本調子としてレースに出るんだ。

 

 私が菊花賞に出たいと望むなら、まずお医者さんの予測より早く怪我を治し、リハビリを終えねばならない。

 その上叩きも十分にできないまま、一発本番のレースとなる。

 更に菊花賞では、非常に長く高低差が大きいコースを走ることになる。久々のレースで、私はこれまでにない難しいレース運びを求められるわけだ。

 

 担当を勝たせるのがお仕事であるトレーナーにとって、そんな不利な条件で出走させるのは許しがたいものがあるのかもしれない。

 

 ……でも、私には菊花賞に出たい3つの理由がある。

 

 1つ目は、京都レース場に友人を待たせてるってこと。

 ネイチャはずっと前に言ってた。「アンタとは菊花賞で決着付けるから」って。

 彼女はずっと、菊花賞を見据えていた。長距離を走るために過酷なトレーニングを積んで、どう私を超えるかを考え続けてたみたいだった。

 他人には隠そうとしてたみたいだけど……ああも見られてたら流石に気付くってものだ。

 ネイチャは私に、菊花賞での決戦を求めてる。

 だから私は、なんとしてでもそこに出なければならない。

 ……敵に塩を送るような理由で私の脚を酷使することになるから、トレーナーには言えないけどね。言っても心証が悪くなるだけだ。

 

 そして2つ目は……。

 

「だって私、まだ約束を果たしてません」

「約束?」

「最初にG1に勝った時、勝負を始めたじゃないですか」

「あぁ……君が無敗で三冠を取るか、それとも俺が君にレースを楽しませるか、という」

「えぇ、そうです。

 ……あれは私の負けです。だって宝塚記念、すごく楽しかったですから」

 

 高貴で華麗だったメジロマックイーン先輩。

 力強く覚悟の決まったメジロライアン先輩。

 そして誰より、老獪で恐ろしく強かったセイウンスカイ先輩。

 

 あの3人とのレースは、私の心の底から熱を呼び覚ました。

 誰かと走ることを、心の底から「楽しい」って思えたのは、この世界に来てからは初めてで……。

 あんなに楽しかったのは、前世まで含めても初めてだった。

 

 誰かと速さを競うこと。

 相手の策を打ち負かすこと。

 疲れ、戸惑い、それでもなお足を進めること。

 誰より先にゴールすること。

 私を支えてくれた星に、勝利でお返しすること。

 トレーナーと勝利を分かち合うこと。

 

 その全てが……すごく、すごく楽しかった。

 

 だからあの勝負は、私の負けだ。

 何なら完敗と言っていい。

 

「そして、私が負けた時の約束は『レースを楽しんでくること』。

 無敗の三冠最後の1つ、菊花賞。

 ……私が楽しむには、これ以上ない舞台だと思いませんか?」

 

 私がそう言うと、トレーナーは……。

 

「……つまるところ、君が出たいんだな?」

 

 普通に痛いところを突いてきた。

 

 ……うん、それはそう。

 いくら理屈をこねたところで、この沸々と湧き上がる熱には蓋をできない。

 それが菊花賞に出たい、3つ目にして最大の理由。

 

 私はまた、最高のレースを楽しみたいんだ。

 きっとネイチャとならそれができるはず。

 

 勿論、大事な約束があるってのも嘘じゃないんだけど……。

 どうやら私は、誰かのため以上に、自身の内なる衝動に従ってレースに出たがっているらしい。

 

 そして見抜かれた以上、隠し立ては無用だ。

 というかトレーナー、こういうとこだけは敏いから、多分隠し切れないし。

 

「そうですね、出たいです。

 何せここを逃せば、菊花賞には二度と出られないんですから」

 

 そう言うと、トレーナーは……少し瞼を閉じて考えた後、頷いてくれた。

 

「わかった。ひとまず努力してみよう。

 ……だが、どうしても難しいようなら、その時はストップをかける。素直に聞いてくれよ」

「勿論です。頑張りますね」

「いや、頑張り過ぎないように、と言っているんだが……」

「頑張ります」

「……俺、また判断間違えちゃったかなぁ」

 

 そんなわけで、菊花賞の出走が決定した。

 なんとしてでも怪我を治し、秋の京都レース場にたどり着かなければ……!

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……さて、君はどうやら驚く程落ち着いているらしい。

 それなら……次は菊花賞以後の話をしようか」

 

 お互いクールダウンするために、少し雑談して時間を過ごした後、トレーナーはそう切り出した。

 私の次走は菊花賞に決まったが、別にそこがラストランってわけでもない。

 勿論私のトゥインクルシリーズはこれからも続くわけで、トレーニングが出来ない今の内にどんどん先の予定を決めてしまおう、ということらしい。

 

 トレーナーは懐から手帳を取り出し、ページを捲りながら改めて口を開いた。 

 

「菊花賞に出られるか出られないかは現状不明として……取り敢えず今は、出られたという仮定の下に話を進める。

 今年の菊花賞は10月27日。この後出られるレースは、と……。

 ……一応聞くが、出たいG2レースはあるか? ないならば、秋のG1レースを中心に考えるが」

「せっかくですし、できればG1レースに出たいですね。

 その方が強いウマ娘と走れますし、トレーナーの箔も付きますし、一石二鳥ですよね」

 

 むしろG2レースに出る意味がわからない。

 もちろんそこに強いウマ娘が出るっていうんなら悪くないけど、どうせなら強いウマ娘だらけの中で走った方が楽しいし。

 特にネイチャみたいなタイプは、周りに強いウマ娘がいないと本調子を出せないわけで。

 そういう意味で、レースの質の高さは、レースの楽しさと直結していると言ってもいいだろう。

 

 しかも大きなレースだと、たくさんファンが来て走りを見てくれるし、グッズも買ってくれる。

 現金な話なので口には出さないけど、一石二鳥どころか一石四鳥だ。

 G1レースしか勝たんまである。

 

「……まぁ、そうだよな。今の君の人気ならまず弾かれることもないだろうし、ステップレースに出る必要もないだろう。

 連続出走や叩きなど、考えなければいけないこともあるが……そこは菊花賞を見てから、だな」

 

 ウマ娘にも色んな子がいて、叩きをせずとも本調子を出せる子もいれば、中にはレースに出れば出る程調子を落としていく子、あるいは逆に調子を上げていく子もいるのだという。

 私は弥生賞から宝塚記念までずっと絶好調と呼んで差し支えない状態だったので、連戦で調子を落とす心配はないだろうけど……。

 

 果たして休養明けでの出走はどうだろう。

 3か月も走るのをやめたことはかつてないので、正直わかんない。

 ある意味、菊花賞が私の性質の試金石になるかもしれないな。

 

 

 

「菊花賞以後、今年中に出られるG1レースは……君の適性を考えると、次の通りだ」

 

 そう言って、トレーナーは手持ちの手帳にいくつかの名前を書き込んだ。

 

 ・エリザベス女王杯 11月10日

 ・ジャパンカップ 11月24日

 ・有記念 12月22日

 

「ジャパンカップに有記念!」

 

 思わず声を上げてしまった。

 いや、だってそりゃ、反応しちゃうでしょ。

 前世で見てたアニメウマ娘における、一大イベントと言っても過言じゃないレースだもの!

 

 アニメ一期、スぺちゃんがブロワイエちゃんを下して、日本の強さを証明したジャパンカップ。

 アニメ二期、テイオーが復帰明けにビワハヤヒデちゃんを下して奇跡を見せつけた有記念。

 そのどちらも、私にとっては激アツイベントである。

 

 ……私はホシノウィルムとして今の世界を生きているわけだけど、だからって前世の「私」ときっぱり決別したってわけじゃない。

 というか、「私」はホシノウィルムで、ホシノウィルムは「私」なのだ。決別する必要性がない。

 最近はすっかり主体がホシノウィルム側になってはいるけど……。

 それでも、前世の経験は嘘にはならない。

 当然、あの2つの一大イベントだって、印象が薄れているわけではないのだ。

 

「珍しいな、君がレースの名前に反応するのは」

「そうですね……やはりウマ娘としては、この2つは逃せないものがあると思います」

「……三冠や宝塚は興味がないのにか」

 

 「そういうウマ娘もいるのだな」と呟きながら、堀野トレーナーは手帳に何かをメモしていた。

 うーん……レアケースではあるけど、そういう子もいるんじゃないだろうか。多分。

 ジャパンカップも有記念も、十分格式高いレースだしね。

 

 ……まぁ、この2つの距離に適性があるなら三冠は目指しそうだし、せっかく有に出るなら宝塚も取ってグランプリ制覇と行きたいのが普通かもしれないけどさ。

 

 三冠はなぁ……アニメじゃ、あんまりメインで取り上げられなかったからね。

 いや勿論、この世界に生きるホシノウィルムにとっては、クラシック三冠は一大イベント。

 その内2つは既に取ってしまったわけで、残る菊花賞にだって想いがないわけじゃない。

 

 ……しかし、ジャパンカップと有記念は、ちょっとばかり違うんだ。

 何せ前世からの憧れと、今世でのワクワク、その両方が重なっているんだから。

 

 その上、海外のウマ娘と戦ったり、とんでもない豪華なメンツで走れるのは、このレースしかない。

 せっかくだし、是非とも出走して楽しんでいきたいところだよね。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 八大競走と並ぶ高い格を持つ、ジャパンカップ。

 世界的には有記念すら超える人気を誇り、ターフにおける世界最強決定戦である凱旋門賞の勝者が乗り込んでくることもあるような一大レース。

 普段は戦えない海外のウマ娘たちと走りを競える、またとない機会だ。

 

 私自身は経験がないから何も言えないけど、かつてジャパンカップで入着した経験を持つミーク先輩曰く、そのレースは普段と違い、『……こう、豪快で、ずどーん、ずばーん、って感じ』らしい。

 どうやら海外ではラフプレイとかチームプレイが許容されているらしく、日本のウマ娘と比べてかなり豪快な走りをするとのことだ。

 是非とも一緒に走ってみたい。実に楽しそうだ。

 

「URAは君に、是非ジャパンカップに出てほしい、という意向を見せている。

 スペシャルウィークがモンジューらに競り勝った3年前のジャパンカップから、日本勢は2連敗を喫しているからな。そろそろ日本の本気を見せたい、という意図があるのだろう」

「モンジュー……?」

 

 ブロワイエちゃんじゃなくて?

 

「おや、知らないか。3年前にジャパンカップに出走したフランスの子だ。

 不慣れなバ場でも十分スペシャルウィークと競り合える、素晴らしい末脚を持っていた凱旋門賞ウマ娘だよ」

 

 ……それ、ブロワイエちゃんじゃなくて?

 

 えーっと……もしかしてスペちゃん、2年連続でジャパンカップ出て、2連続で凱旋門賞ウマ娘に勝ってるの?

 だとしたらだいぶ強……いや、でもスぺちゃんだからな、そういうこともあり得るのか……?

 

 あるいは、この世界だとブロワイエちゃん以外の子が凱旋門賞に勝ち、ジャパンカップに出た……?

 いや、あのエルちゃんすら倒せないブロワイエちゃんを下せる子とか、そうそういるとは思えないんだけど……。

 

「とはいえそのモンジューも当地のドリームトロフィーリーグに進み、今年は今のところ、そこまで目立った外国勢はいないかな。

 前年凱旋門賞ウマ娘も同じくドリームトロフィーに進んだし、今年ジャパンカップを視野に入れているウマ娘には、そこまでの注目株がいない。

 強いて言えば、今年の凱旋門賞出走を有力視される、イギリスのテンダー、フランスのノーブルシンガーあたりか?」

「……えっと、もうそこまで調べてるんですね」

「いや、余暇時間に調べた程度だ。今年中に開催されるレースには、ある程度目星を付けてはいる。

 ……とはいえ、勿論時期が離れれば予想は甘くなる。現状確実なものとは言えないだろうが」

 

 いや、ジャパンカップって5か月以上後だよ?

 今から見て5か月前って言ったらお正月、まだテイオーとすら知り合ってなかった頃だ。

 その時は大差で勝てたテイオーも、今では私とハナ差まで迫って来てるわけで。

 ここからの5か月で、ウマ娘の戦績も能力も、簡単にひっくり返るんだよ?

 そりゃ確実も何もなくない? もはや調査の意味すら怪しいレベルじゃない?

 

 なのに、出るかも決まってなかったレースを目して外国のウマ娘まで調べてるのは……ちょっと仕事熱心が過ぎるよ。

 よく私を「トレーニングジャンキー」と評するトレーナーだけど、そういう彼も言うなら「トレーナージャンキー」だよね。

 ……もしかして私たち、お似合いだったりする?

 えへへ……だとしたら嬉しいけども。

 

「あぁ、それとジャパンカップにはメジロマックイーンが出走予定だったはず」

「マックイーン先輩ですか!?」

「落ち着きなさい。興奮するのはわかるが、あまり体を動かしすぎないように。

 今年のメジロマックイーンの出走予定は……G2京都大賞典、G1天皇賞秋、G1ジャパンカップ、それからG1有記念だったはずだ。

 アクシデントがなければ出てくるだろう」

 

 あのマックイーン先輩と、また一緒のレースで走れるのか。

 それも、他の国の列強たちがいる舞台で。

 おお……いいね、すごい楽しそう!

 

 しかもジャパンカップでぶつかった後、1か月後の有記念でも戦えるときた。

 なんだこれは、楽しさのバーゲンセール?

 もう行くしかないでしょジャパンカップ!

 

「……ジャパンカップに出走するとすれば、エリザベス女王杯は難しいだろう。

 そちらは回避する、という方針でいいか?」

「はい。取りに行きましょう、日本一!」

「いや、別にジャパンカップを取っても日本一とは限らないと思うが……。

 まぁ夢は大きい方がいいか。ではその方向で進めよう」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 八大競走の一角、今年度の最強を決める最終決戦、有記念。

 年度末に行われる最後のG1で、2500メートルというちょっと微妙な長距離のレースだ。

 私が勝った宝塚記念と並んで、「二大グランプリ」と呼ばれている。

 

 伝説の戦士シンザンや、今もドリームトロフィーリーグ現役のイナリワンさん、スぺちゃんさえ差し切って勝利を掴んだグラスちゃんはこの両方に勝ち、「グランプリウマ娘」って呼ばれているらしい。

 宝塚記念もそうだけど、これらのレースは他のものと違い、そのウマ娘の強さや格、潜在的なファンの数などを斟酌せず、純粋なファンの人気投票によって出走ウマ娘が選ばれる。

 故に、そこまで勝率は高くない、人気のあるウマ娘が出ることもあるんだけど……。

 

 これは有記念、年度末の最強決定戦だ。

 歳の締めくくりとして、多くの強いウマ娘たちが出走を望む。

 そのため、トゥインクルシリーズのG1の中でもトップクラスのレースになることが多い。

 

「こちらも、URAとしては君に出てほしいとのことだ。

 まぁ今年これだけ業界を賑わせてしまった君が不在では締まりが悪くなるだろうからな」

「マックイーン先輩以外は、どんなウマ娘が出走するんですか?」

 

 トレーナーは暫く手帳を捲り、答えた。

 

「予定の上での注目ウマ娘は……メジロライアン、ダイタクヘリオス、ツインターボ、それにナイスネイチャと……間に合えばトウカイテイオー陣営も出走する意思を見せているな」

「出たいです、是非!」

「……まぁそうだろうな。了解」

 

 トレーナーは苦笑気味に手帳にメモをした。

 いや、だって出たいでしょ。何だこの夢のレース!

 

 スカイ先輩はいないかもしれないけど、宝塚記念で競ったメジロの2人。

 確かすごい大逃げでレースをめちゃくちゃにするって噂のダイタクヘリオス先輩。

 そこにネイチャとテイオー、そして師匠で私の世代が揃い踏み。

 

 出ないわけにはいかないでしょこれ! 絶対楽しいヤツだもん!

 

 私は明るく楽しい未来に心を躍らせていたんだけど……。

 一方でトレーナーは、少し考え込むような気配を見せていた。

 

「これに関しては少しばかり不穏な噂もあるのだが……いや、君にとっては良い噂か」

「噂、ですか?」

「……いや、すまない、まだ語るべき物じゃない。

 何せ裏が取れていないし、俺としても少し信じがたい話だ。

 もう少し時期が迫ってきたら、改めて話すかもしれない」

 

 ちょっと珍しい。

 この人は基本的に裏取りを欠かさないし、まだ確定してない情報を話そうとはしない。

 それをぽろっと漏らしちゃうあたり、今のトレーナーは本当に疲労が溜まってるのかも。

 

 ……十中八九、というかほぼ間違いなく私のせいだろうな。

 いや本当に申し訳ない。ご迷惑をおかけします。

 できるだけ早く復帰するので、どうかこれからもよろしくお願いします。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そこからも数時間、色々な話をして……。

 トレーナーが帰って行った後。

 

「こっこれ、どど、どうすれば……?」

 

 私の病室には、トレーナーが口を付けたペットボトルが残されていた。

 

 私はこの劇物を、どうすればいいんだろう。

 

 今から電話してトレーナーに取りに来てもらう?

 いや、それはトレーナーに悪いし。

 「明日も来る」って言ってたし、メッセージを送って明日まで取っておく?

 いやいや、昨日口を付けたお水を飲ませるのは気が引けるし。

 

 うん、やっぱりここは内密に処分するのが正解でしょう。

 別に自分の欲望を出してるとかそういうんじゃ全然なくて、普通にそうすべきと思っただけだけど。

 いやー全くもって全然、か、間接キス……とか、期待してないけどねー!

 

 ……さて、これをどう処理するか、だけど。

 …………ちょっとしか飲んでないし、捨てるのは勿体ないよね。

 普通に、何も気にせず飲んでいいのでは?

 そもそも飲むためにもらったものだし? 病院の「飲んでくださいね」って想いを無下にするのも違うし?

 ていうか時代はエコだが? 大事な大事な資源を浪費するとかありえないが?

 

 ……そう。どう考えたって、答えは1つ。

 

 こうなれば、飲むしかない!

 たとえトレーナーと間接キスしたことになろうと、私はただお水を無駄にしないように飲んだだけで、それはただの事故でしかないのだから!

 

 正座……は、できないな。脚固定されてるし。

 よし、せめて深呼吸。

 

「すぅー……ふぅ。よし、いざ……参る」

 

 私は覚悟を決めて、ペットボトルを取って……。

 

 けれど。

 

「なっ……バ鹿な……!?」

 

 てっ、手が、震える……!?

 そんな……私が、この私が。

 ……ホシノウィルムが、緊張してる……!?

 

 私はこれでも、無敗の二冠ウマ娘だ。

 ここまでホープフルステークス、皐月賞、日本ダービー、そして宝塚記念と4つのG1で勝利してきた。

 そして、その1度だって、緊張はしなかった。

 いや、「寒い」を緊張と捉えるなら毎回死ぬほど緊張していたけど、少なくとも手が震えるなんてことはなかった。

 

 そのホシノウィルムが……今、震えている。怯えてしまっている。

 この、何の変哲もないペットボトルに対して!?

 

 ペットボトルの中の水が立てるチャポチャポって音が、私を煽っているかのように感じた。

 『何お前、間接キスくらいでビビってんの?w ガキじゃんw』と。

 

「……っ!! な、無礼(なめ)るな、私だって……!!」

 

 この程度の苦難に負けてたまるか……!

 己の恥ずかしさに勝てないヤツが、恋愛に勝てるワケがない。

 私は……私は!

 トレーナーと……アレだ、なんかこう、いい感じになるんだ!

 こんなところで、足踏みしてられないんだッ!!

 

 私は、不退転の覚悟を決めた。

 震える手をもう片方の手で押さえつけて……。

 ゆっくりと、ペットボトルを口に近づけて……。

 

 

 

「ホシノウィルムさーん。夕食のお時間ですー」

 

「おわぁーっ!!」

 

 

 

 結局、病衣とベッドのシーツを1枚水浸しにしてしまい、看護師さんにぺこぺこと謝ることになってしまった。

 とほほ……もう間接キスはこりごりだよ~……。

 

 

 







 こんなIQの低いホシノウィルム、久々に書いた気がする。
 レース中はカッコ良くても、恋愛になるとこんなもんです。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、とある日のお見舞いの話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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