転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 修行回ならぬリハビリ回。





一時的にレベルが1になる系のイベント

 

 

 

 病室の窓の外で降り続いていた雨は、いよいよ小雨になってきた。

 

「今年の梅雨も終わり、か」

 

 ホシノウィルムにとって、色々なイベントの重なったクラシック級6月が終わった。

 今思うと、これまでのレース人生で一番激動の月だったんじゃなかろうか。

 いや、でもクラシック級は何だかんだ色んなことがあったからなぁ。どうだろう。

 

 ……せっかくだし、これまでの私のトゥインクルシリーズ、軽く振り返ってみるか。

 

 

 

 ジュニア1月の夜、あの夜にトレーナーに助けてもらい、契約。その後大逃げを始め、選抜レースで大差勝ち。

 ジュニア6月、メイクデビューで大差レコード勝ち。ネイチャと出会い、初の模擬レースをしたのもこの辺りか。

 ジュニア11月、葉牡丹賞で大差レコード勝ち。

 ジュニア12月、ホープフルステークスで大差レコード勝ち。トレーナーとの勝負は、この日の夜に始まった。

 

 

 

 こう見ると、ジュニア級って丸々1年あったにしては、イベント少なめだったんだな。

 まぁ特筆すべきことがなかったとはいえトレーニング自体はずっと積んではいたわけで、何もなかったわけではないんだけどさ。

 それでもこう、何というか、今に比べると寂しい一年だったなって思う。

 

 当時は私余裕なかったし、まだトレーナーに恋愛感情って程強い想いも持ってなかったから、当然と言えば当然なんだけどさ。

 私がトレーナーのことを明確に気にし始めたのは、多分ホープフルステークスあたりからだ。

 ……いや、最初の夜から既に、気になってたと言えば気になってたんだけども。

 

 さて、ジュニア級が終われば、次はクラシック級か。

 

 

 

 クラシック級2月、テイオーと知り合ったのはこの辺りだったかな。3人の模擬レースで迫ってきたネイチャに、初めて「熱」を感じた。

 クラシック級3月、弥生賞で大差レコード勝ち。

 同じく3月、トレーナーに過去を打ち明ける。……あれはホシノウィルム史上最も勇気が必要な、そして最も私に必要な決断だったと思う。当時の私、グッジョブ。

 クラシック4月、皐月賞8バ身差レコード勝ち。

 クラシック5月、めちゃくちゃ強くなったネイチャに差し切られかける。あれは本当に焦った。領域のヤバさを痛感したね。

 同じく5月、ダービーハナ差勝ち。テイオーまで領域を持ってきて、真正面から負けかけた。そして多分、初めて自分の中から熱を感じた。その後、筋肉を痛めて入院。

 更に5月、トレーナーがおかしなこと言い出したので叱って、色々と話を聞かせてもらう。宝塚記念に勝ってトレーナーを「理解させ(わからせ)」なければならないと痛感。

 クラシック6月、宝塚記念1バ身差レコード勝ち。「私」の終わりで私の始まり。きっと何年経っても人生最高のレース、最高の瞬間の1つとして思い出せるだろう。

 

 

 

 うん、やっぱりクラシック級に入ってから、イベントが増えたね。

 初めての友達らしい友達、トレーナーへの恋の自覚、芽生え始めたレースへの熱……そして、私の領域(せかい)の完成。

 この半年、すごく色んなことがあった。

 その全てが楽しくて……満ち足りていた。

 

 私、やっぱり中央トレセンに来てよかった。

 ここに来たからこそトレーナーに出会えた。ここに来たからこそ、ネイチャやテイオーに出会えた。

 全力で駆け抜け、全力で生きてきた1年半。そこには一片の後悔もない。

 

 ……いや、宝塚記念後に脚ポッキリやったのは、若干アレだけども。

 何せそれから、ずっと入院生活だったしね。すっごい窮屈な毎日だったよ……。

 

 

 

 だが、いよいよカレンダーも次のページへ進み、私も新たな一歩を踏み出す時が来た。

 

 時は7月上旬。

 ついに、私の脚のギプスが取れたのである。

 

 っしゃーい!! ようやく解放じゃー!

 これでようやく好きに走れるぞー!

 

 ……とは行かないのが、非情な現実というもので。

 ギプスが取れるというのは、何も以前と同じ走りができるのとイコールじゃない。

 まず筋力は衰え関節は固まり、とてもじゃないけど走れる状態じゃないし……。

 仮に走れたとしても、ようやく固まってきた骨に負担をかければ、また折れてしまう可能性が高い。

 

 ここからは病み上がりの骨に強すぎる刺激を与えないよう細心の注意を払いながら、苦痛に満ちたリハビリテーションが始まるのであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「さて、いよいよ本格的なリハビリに移るわけだが……当然ながら、苦痛と苦労が予想される。

 心の準備はいいか、ホシノウィルム」

「勿論、イメージトレーニングは万全です」

 

 そんなわけで私とトレーナーは今、入院中の病院にあるリハビリ施設に来ていた。

 流石は中央トレセン最寄り、日本一のウマ娘総合病院。リハビリ用の施設や機材がこれでもかと用意されている。

 他にも、食事ににんじんが多めに入れられたり、病室にリハビリやスポーツに関する本が置いてあるのも、配慮が行き届いててすごく良い。

 あと何気に、病衣にちゃんと尻尾用の穴が開いてるのもありがたいポイントだ。店頭で見かけた良さげな服に尻尾用の穴が開いてなくてがっくり来るの、ウマ娘あるあるだからね。

 

 さて、話を戻してリハビリ施設。

 リハビリというものにも、段階や方法がたくさんある。

 日本でも最高級の競走ウマ娘用総合病院であるここには、当然と言うべきか、莫大な資金を用いて作られた多くの施設がある。

 その中でも、私たちが訪れたのは……。

 

「……水位の低い、プール?」

「ああ。しばらくの間は、ここで運動を行う」

 

 プールっていうか、イメージとしては意図的に作られたでかい水溜まりって感じ?

 縦25メートル、横10メートルくらいの、水かさが地面から30センチくらいしかないすっごく浅いプール。

 ちっちゃい私の体でも、膝まで浸かり切らないくらいの高さだ。

 ……こんなに浅くて、何か意味あるのかな。

 

 更に普通のプールと異なる特徴を挙げるなら、水中とプールサイドに敷設されている柵だろう。

 横に1メートル弱の間隔で、床から80センチ、110センチ、140センチ……と、定期的な高さごとに伸びている。

 これ、アレだ。スポ根アニメとかで見る、脚のリハビリで支えにする柵。実在したのか……。

 

「……水着を持って来た方が良かったでしょうか」

「いや、まだしばらくはこのプールには入らない。この水位なら水着も必要ないだろうしな。

 今日からしばらくは……松葉杖を手離して、その足で歩く練習だ」

「歩く練習」

 

 もしかしてトレーナー、私のことを歩くこともできない生まれたての小鹿だと思ってる?

 ふふふ、私今日までずっと関節も伸ばして来たし、歩くくらい訳ないですよ。

 ここはいっちょ久々に、転生チートウマ娘っぽいとこ見せちゃおうかな……!

 

 松葉杖を握る手から、力を抜く。

 

「じゃあ、行きま……!?」

 

 ……正直、私は舐めてた。

 私がほとんど右脚を使わなくなってから、おおよそ1か月。

 私の筋力の衰えは、想像以上だった。

 

 ガクリと姿勢を崩しかけて、本能的な恐怖感から慌てて松葉杖を掴み直した。

 ……右脚、全然力入んない。

 関節もガッチガチで、立つことすらままならない。

 

 今までは意識して使ってなかったから、気付かなかったけど……。

 こんなに……こんなに弱ってたんだ、私の右脚。

 

「ゆっくりだ、ホシノウィルム。焦らずゆっくりと松葉杖を離して、まずは直立することだけ考えろ。

 歩かなくていいから、自分の体重を支えるんだ」

 

 トレーナーに言われて、慎重に事を進める。

 松葉杖を掴む力を徐々に、徐々に緩めて……足に体重をかけていく。

 倒れかけた松葉杖は、トレーナーが受け取ってくれた。

 

 改めて、右脚を地面に着けて……。

 痛みは……感じない。

 けど、とにかく力が入らなくて、体重のコントロールが難しい。

 脚の震えが……止まらない。

 

「痛みや違和感はないか」

「痛みはありません。ただ……力が入らなくて、何というか、やりきれない違和感があります」

「それは正常な反応だから、落ち着いて。不自然に拒否せず、自分の状態を受け入れろ」

 

 ……受け入れる。

 この状態を。まともに立てない状態を、普通のことだと受け入れる。

 

 そうだ、心を落ち着けて……とにかく、体のバランスを整えることに集中しよう。

 右に倒れないように。左に倒れないように。

 慎重に、慎重に、2本の足で、その場に……留まる。

 

 よし……何とか、立てる。

 

 ……逆に言うと、立つことすらギリギリの状態だけどね。

 油断すればふらつくし、脚はプルプルしてる。

 

 うぅ、すみません、舐め腐ってました……。

 私は歩くこともできない生まれたての小鹿です。

 

「直立は……できるな、よし。

 じゃあ次は、横の柵を掴んで……いや、1つ下。そう、それ。

 腕に力を込めて。……歩けそうか」

「ちょっと待ってください、慣らすのに……あと1分、いただければ」

 

 1か月ぶりに地面に触れた私の脚は、びっくりするくらい虚弱だった。

 

 考えてみれば当然のことだ。

 人はしばらくその行動を取らなかったら、本来動くはずの器官が退化し、動かし方を忘れてしまう。

 私も前世じゃ1か月間人と話さなかった結果、滑舌ガバガバになって話し方思い出せなかったもんね。

 いや、生来コミュ障ボッチだった「私」が元々人との話し方を知ってたかと言えば、それはまぁ、アレだけども。

 

 今回はそれの脚バージョン。

 ほぼ1か月固定して動かさなかった右脚は、動き方をサッパリ忘れてしまったんだろう。

 

 ……しかし、基本的にそれらは、訓練を繰り返せば取り戻せるもののはずだ。

 だから、大丈夫。

 私は……ちゃんと動ける。

 

 一度息を吸い込み、吐いた。

 

「行きます」

 

 努めて慎重に、横に添えられていた柵に手をかけて、ゆっくりと……右足を踏み出す。

 絶対に捻ったりしないよう、足の裏を地面と平行に落とした。

 

 うん、力はほとんど入らないし、思うように動かない。文字通り足が棒になったような感じ。

 けど……取り敢えず、歩くことはできそうだ。

 二歩、三歩。掴んだ柵と、いざと言う時に備えて近くにいてくれるトレーナーを信じて、足を前に進める。

 

 うん……歩ける。

 私は、歩ける。

 

 最初の一歩は、踏み出せた。

 だから後は、ひたすら繰り返していけば……必ず。

 

「そこまで」

 

 トレーナーの声に、足を止める。

 歩いた距離は……10歩も行かない程度。

 それなのに……。

 

「……ふぅ」

 

 思わず、息を吐いた。

 想像以上に、キツい。

 

 痛みはないけど、右脚の倦怠感が強い。

 これ、ちょっと休憩しないと……しんどいかも。

 

 でも、頑張らないと……絶対、菊花賞までに、以前の走りを取り戻さないといけないんだから。

 

「トレーナー、私、もっと……!」

「いや、よく頑張った。今日はここまででいい」

「え?」

 

 

 

 1日目のリハビリは、たった10分で終わってしまった。

 その後は再び松葉杖を突いて検査室に向かい、骨や筋肉に異常がないか見てもらって……。

 夕食前と寝る前に、丁寧に右脚を解し関節を動かして、その日は終了。

 

 何でもここから数日の間、筋肉痛を起こすような急激な負荷の向上は厳禁らしい。

 今の私の脚は、それこそ生まれたての小鹿レベル。故にその稼働時間も10分からちょっとずつ伸ばして、長い期間かけて負荷を増やしていく、とのことだ。

 何事も一歩ずつってわけだね。……流石に、こんなにもスロースタートとは思わなかったけど。

 

 ……しかし、改めて。

 1か月動かさないだけで、脚ってこんなに弱るんだね。

 アニメとかドラマでよく見る、リハビリでめちゃくちゃキツそうに歩いてる描写の意味がようやくわかった。

 

 自分の体が自由に動かないって感覚は、不気味だ。本来脚があるべき部分に冷たい棒があるような感覚、って言うと伝わりやすいかな。

 

 その気味の悪さ、簡単な動きすらできないストレス、そして筋力の衰弱による疲労の蓄積。

 たとえそこまで痛みがなくとも、そりゃあ顔を歪めてしまうってものだ。

 

 その上アスリートとしては、精神的に結構辛いものがある。

 ここまでやってきた「現在の状態から鍛えていく」トレーニングと違い、リハビリは「極端に落とされたところから鍛え直す」行為。

 気持ちよく動いていたはずの体がその機能を失ったことを知るのは、競走ウマ娘的にはかなりデカいストレスだ。

 一般人で例えるなら……頑張って仕事でお金を稼いで貯金してきたのに、それが事故で全部なくなって、また1から貯め直さないといけない、みたいな。

 人によっては心が折れてしまいかねないね。

 

 ……ま、私にはあまり関係のない話ではあるが。

 死ぬ気で努力するのは慣れてるし、上手く走れないストレスなんてずっと昔から抱えてた。

 確かにここまで体が弱ったのは初めてだけど、目の前に道筋があるなら、後は前に進むだけだ。

 

「よし、明日も頑張るぞ」

 

 そんなわけで、私のリハビリ生活は始まったのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 リハビリをしていく上で、最もマズい事態が何かと言うと……それは「状態の悪化」だ。

 私の例で言うと、せっかく癒合してきた骨が過重な負担によりまた剥離したり、あるいは炎症を起こしてしまうことがそれに当たる。

 そうなるとまた……えっと、保存的療法、だったっけ? あのギプスで患部を固定するところからやり直し。

 酷いと手術の可能性まで見えてくるし、最悪骨折がクセになってしまいかねない。

 

 故に、過重なリハビリは厳禁。自主トレなんて論外だ。

 流石の「トレーニングジャンキー」の私といえど、そこまで空気を読めないバ鹿ではない。

 骨が完全に固まるまでは、自主トレは封印です。悲しいね。

 

 まだ骨が固まりきってない、ギプスが取れた直後のタイミングですべきことは、患部の調子を窺いながらカチコチになってしまった関節を解きほぐし、基礎的な筋力を取り戻すこと。

 特に今、ようやく固まりつつあるっていう時期は、とてもじゃないけど過重な負荷をかけるべきじゃないらしい。

 故に、少しだけ歩いて体に「歩く感覚」を思い出させた後は、プールを使ったリハビリになる。

 

 

 

「プールでの運動には3つの長所が見込まれる。

 1つ目は、浮力により骨にかかる負担が軽減されること。

 2つ目は、水圧や抵抗により筋肉には普段以上の負荷をかけられること。

 そして3つ目は、足を冷やすことで炎症を防止できることだ。

 故に、このプールには浅く冷たい水が満たされている。筋肉への負荷が強すぎないよう、けれど骨への負担は軽減できるようになる」

 

 トレーナーの言葉を聞きながら、私はゆっくりと松葉杖から柵に手を移し、浅いプールの中に足を進めた。

 うお、確かに思ったよりひんやりしてる。ちょっとビックリした。

 でもすごく冷たいってわけでもなく、今の季節柄もあって気持ちの良い程度の水温に調節されてる。

 足湯ならぬ足水……って言うには、少し水位が高いかな。

 

 そして……うん、確かに水の抵抗でちょっと歩きにくいね。

 ちゃぷちゃぷと、敢えて少し大きめに足を動かし、前に向かって歩く。

 歩調はまだ安定しないけど……1日目よりは、だいぶマシになったかな。

 

 数日間のリハビリの結果、少しだけ脚が動くようになってきた。

 まだまだ柵がないとふらつくことには変わりないけど、それでも一歩前進だ。

 

「……どうだ、ホシノウィルム。痛かったり辛かったりは、しないか?」

 

 トレーナーは無言で足を進める私を心配してか、ちらりとこちらを覗き込んでくる。

 そこには、以前は仮面の奥に封じられてた親愛と……同時に、自信のなさが垣間見えた。

 

「平気です。……信じてください、私はあなたのウマ娘ですよ?」

 

 師匠のラジオNIKKEI賞の日、実家に帰省してからだろうか。

 彼は少しだけ、変わった。

 素顔、それもトレーナーの仮面の下にあった彼の本当の素顔を、時々覗かせるようになった。

 そして何より、「堀野のトレーナー」という言葉を使わなくなった。言いかけてやめる、あるいは「トレーナーとして」などと言い換えるようになったんだ。

 

 多分、帰省中に何かがあったんだと思う。

 彼の根底にあった価値観を揺るがしてしまうような、何かが。

 

 何があったのかは……話したそうにもしてないし、無理に聞き出そうとは思わない。

 彼が話そうと思った時、その時改めて聞けばいいと思う。

 

 とにかく私にとって大事なのは……。

 今、彼が精神的に不安定で、支えを必要としてるってことだ。

 

 何かあれば、全力で支えていかなきゃね。

 なにせ、トレーナーにはいつも助けてもらってるもの。

 とても返し切れない恩だけど、こういうところで少しずつ親孝行ならぬトレーナー孝行していこう。

 

 

 

 それと、彼にとっての一大事を利用するようで、少し不謹慎かもしれないけど……。

 これは私にとって、チャンスでもあった。

 

 「堀野のトレーナー」は非常に強固かつ隙のない仮面だった。

 彼の価値観の根底に刻まれた、本人すら素顔と区別が付かないレベルで徹底されていた仮面。

 

 あれを被られている限り、彼にとって私は「担当ウマ娘」以上でも以下でもない。

 未来永劫対象外、攻略不可能状態だったわけだ。

 

 ……けれどその仮面は、宝塚記念でヒビが入り、先日の帰省で完全に割れた。

 今の彼は……まだその半分割れた仮面の残滓を残しながらも、素の彼にとても近い状態。

 

 つまり今、この瞬間は……。

 

 好感度が超あがりやすい確変状態!

 彼に好かれる、またとないチャンスなんだ!!

 

 これぞ棚からぼた餅、降ってわいた幸運。

 ここで私の魅力を見せつけて、彼を惚れさせてみせる……!!

 

 

 

 ……と。

 スムーズに話が進む程、私に魅力があれば良かったんだけどねぇ……。

 

 ゆっくり歩きながら、ちらりと自分の体を見やる。

 踵からウマ耳を含めない頭の先まで、その長さたるや僅か145センチ。

 体も出るとこは出ず、引っ込むところは引っ込んでる虚しき大平原だ。

 性格もまぁ、この通り歪んでる。変に前世の記憶があるせいで可愛げもないだろう。

 良いところを挙げるなら顔の良さだけど、それだってウマ娘は顔の良い子ばっかりだし。

 

 こんなことを声高に言うのもなんだけど、はっきり言ってホシノウィルムは、男性の所有・独占・性欲を煽る魅力に欠けている。

 単純な色仕掛けは難しいと思う。そもそもトレーナー、そういうのに強そう、というか鈍感そうだし。

 

 そんな私にできるのは、とにかく献身的にトレーナーを支えることだ。

 歯に衣着せず言うなら、陰から彼を支える「理解ある良い女」になることである。

 そして私、前世からオタクだったのでそういう概念には詳しい。台詞の引き出しだって大量だ。

 

 やってやるさ……スパダリならぬ、スパハニ!

 それでトレーナーの心を問答無用に射貫いてやる。

 見た目はともかく中身は最高ウマ娘として、心の底からメロメロにしちゃうぞ!

 

 

 

「無理はしないでくれ。俺はもう、君が走れなくなるところなんて見たくない。

 ずっと君の傍で、君の走りを支えていたいんだ」

 

 

 

 …………。

 

 思うんだけど、「ずっと君を支えていたい」とかシラフで言ってくるの、ヤバいよね。

 しかも信じられないことに、仮面じゃなくて素でこれなんだもんな。

 恥って感情ないの? 無敵の人なのか?

 私なんて、聞くだけで顔真っ赤になりそうなんだけど。

 

 あー……もう、本当。

 マジ信じらんない。このウマたらし。

 他の子にも同じこと言ってるんですか?

 

「ホシノウィルム? どうした、立ち止まって」

「いえ。……リハビリ、再開します」

 

 はぁー……トレーナーに恋愛で勝てるの、いつのことになるのかなぁ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、浅いプールでの歩行と、地上でのゆっくりした歩行を交互に繰り返すこと、2週間程。

 筋力と関節の柔らかさもだいぶ戻って、骨も少しずつ固まってきたこともあり、リハビリは次の段階に進んだ。

 

 次にトレーナーに案内されたのは、以前の浅いものじゃない、水深1メートルくらいのちゃんとしたプールだった。勿論柵付きだから泳げないけど。

 

「今度はこのプールで歩行ですか」

「ああ。深いプールになれば抵抗も水圧も強くなり、更に筋肉に負荷をかけられる。

 恐らく骨が完全に繋がるまでは、ここと陸上での歩行を交互に繰り返すことになるだろう」

 

 実際にプールに入ると、確かに以前よりも動きにくい。

 それなのに、骨には強い負担がかかってないようで……なるほど、リハビリには良い方法なのかもしれない。

 

 ……唯一欠点を挙げるとすれば、この水深になるともう水着を着るしかないので、トレーナーに私の貧相な体を晒してしまうってことだ。

 お目汚ししてしまって申し訳ないというか……正直、その、照れる。

 

「あの、トレーナー……あまり見られると、恥ずかしいというか」

「これは……いや、うん、そうか」

 

 多分以前のトレーナーであれば、「君のトレーナーとして、今の君を監視する必要がある」みたいなことを言っていただろう。

 でも、今は……少し気まずげに、視線を逸らした。

 

 ……これ、どう見るべきかなぁ。

 好意的に解釈するなら、私のことを意識してくれてる。

 現実的に見れば、大人としての倫理観が働いた。

 

 前者であれば嬉しい……んだけどねぇ。

 私、体もロリ体型で、更に性格もキツめだった過去があるわけで、正直トレーナーにそんな想いを持ってもらえてるとは思えないんだよなぁ……。

 

 脚を評価してもらえてるのはわかってる。

 相棒としても認めてもらえてる……と信じたい。

 でも、女としては……はは、こんな体の女の子に興味を持つわけないよね……。

 

 クソ、もう1回転生してブルボンちゃんみたいな体に生まれ直してぇ……バスト90以上のウマ娘に生まれて「いやぁ胸なんて走るのに邪魔なだけだよ?w」とか言ってみてぇ……。

 

 ちらとトレーナーの方を窺うと、私の言葉を真に受けて後ろを向いていた。

 ……なんか、それもそれでムカつく。手前勝手な乙女心だ。

 

「ま、まぁでも、トレーナーとしては担当ウマ娘のことは見ないと、ですよね……?」

「そう、だな。そうだよな、うん」

 

 

 ……焚き付けておいてなんだけど、意識されてるかもって思うと、やっぱりどうしても恥ずかしい。

 思わず火照った顔を水に付けたら、転んで溺れたと勘違いしたトレーナーが大慌てしてた。

 

 へへ、トレーナー、あんまり慌てたりしないから、なんか珍しいとこ見れた気分だ。

 ……その分私の水着姿もしっかり見られたわけですが。

 

 その日の夜は、枕に顔をうずめて寝ることになりました。はい。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そんなこんなで、更にそこから3週間が経ち。

 軽く歩くだけなら以前と同じようにできるようになって。

 本気で走ったりでもしない限りは足も付いて来るようになり。

 常に脚に纏わりついてた違和感も消え去って。

 いよいよ菊花賞に向けた復帰メニューのことを、トレーナーと話し合ったりしている内に……。

 

 8月中旬。

 ついに私の骨が、完全に繋がった。

 

 これでもう大丈夫、また過剰な無茶でもしない限り、骨折の危険性はない。

 ようやく、本当にようやく……私がターフに、トレセン学園に戻る時が来た。

 改めて、ここから頑張らなきゃね。

 

 

 

 

 

 

 ……さて、それはそれとして。

 私がトレセンに戻るとなったら、そろそろかな。

 

 スマホを取り出し、私はその子に通話をかけた。

 

 

 

「もしもし。……うん、そう。大丈夫だと思うよ。

 うん、うん。わかった。

 それじゃ頑張れ……ブルボンちゃん」

 

 

 







 薄暗いプール、したたる水滴、年若いウマ娘と異性のトレーナー。
 何か起こるはずもなく、病院でのリハビリは終了です。
 勿論まだ本調子じゃありません、彼女が本気で走れるようになるのはまだまだ先になります。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、戦いは始まる前に終わる話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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