今回、禁忌な展開に足を一歩踏み入れてる気がしたんですが、今までも大概だったのでもうこれでいいかってなりました。
私はついさっき、トレーナーにこう聞かれた。
『ホシノウィルム、担当を増やすことについて思うことがあるなら、遠慮なく言って欲しい。
君は本当に、それでいいのか?』
いいわけねーですけど。
……という本音は隠し、私は1つ頷き、言う。
『トレーナー。堀野歩さん。あなたはトレーナーとしての確かな力を持っているのです。
だからどうか、私だけじゃなく、多くのウマ娘を導いてあげてください。
それはきっと、あなたのためにもなると思うのです』
その後も、ブルボンちゃんが熱を秘めた声音でトレーナーを口説き落としたり、たづなさんから2人以上を担当する場合の業務の変更の話があったり、理事長さんが「ウマ娘たちの明るい未来のためを思って、頼む!」って頭を下げてトレーナーが慌てたり、覚悟を決めたトレーナーがちょっとカッコ良い台詞でブルボンちゃんを認めたり……色々あったけど。
結果としてトレーナーは、担当ウマ娘の数を増やし、ブルボンちゃんともトレーナー契約をするという決断を下した。
せっかくトレーナーが私の走りに惚れてくれて、2人きりの蜜月の日々を過ごせるようになったのも束の間。
ミホノブルボンちゃんという刺客によって、幸せなる日常は脅かされたのである。
……どうしてこうなっちゃったんだろうね。
* * *
全ての始まりはあの日、ブルボンちゃんがお見舞いに来てくれた6月末。
『ホシノウィルム先輩を担当している堀野トレーナーに、私も契約していただきたいと望んでいます。
ですが、お返事が芳しくなく……もしよろしければ、ご協力いただけると助かります』
ブルボンちゃんにそう言われた私は、当然と言うべきか、困惑した。
まず、ブルボンちゃんがトレーナーに粉かけ……失敬、逆スカウトを持ちかけてたってのが想定外だったのだ。
……ただ、冷静に考えると、これに関しては別段おかしいことではないとも思う。
この世界でブルボンちゃんは、スプリンターとしての未来を期待されている。
そんな彼女が三冠を目指すと言っても、それを信じるトレーナーは少ないかもしれない。
けれど私はかつて、彼女に伝えてしまったのだ。
「私のトレーナーが、ブルボンちゃんはクラシックレースで結果を残すと言っていた」と。
つまり彼女から見れば、私のトレーナーは自分の夢を信じてくれてトレーナーとしての能力も確かな上、イケメンだしお金持ちだし優しいしそれでいてポンコツでギャップもあって一緒にいて飽きない、減点式ならともかく加点式なら超絶高得点な人。
これ以上のトレーナーなんて、この世界にはきっとただの1人も存在しないだろう。
……あれ、後半私見入ってた? まぁ事実だしいいじゃんか。
とにかく、本気でトゥインクルシリーズで活躍したいって言うんなら、堀野歩さん以上のトレーナーは存在しないだろう。
実際、トレーナーは隠そうとしてるみたいだけど、最近はブルボンちゃん以外からも頻繁に逆スカウトを受けてるみたいだし。
何せ新人の内から、初の担当に無敗二冠を取らせたトレーナーだ。その能力はこれ以上ないほどに保証されている。
特にクラシック三冠を目指すブルボンちゃんからすれば、トレーナーを逆スカウトするっていう行動は非常に理に適った行動だと言えるだろう。
問題は……彼女のその行動が、私の利に反するものでもあったことだ。
何せ担当を増やせば、否応なく自分にかけてもらえる時間と想いが減る。
そりゃあ愉快な訳もなく、私としちゃ、できれば認めたくない話だった。
……ただなぁ。
ブルボンちゃんの三冠を目指す想いの強さも、理解できてしまうんだよね。
私だって、この学園に入って来た時は勝ちたい、負けたくないって想いで一杯だったわけで。
私と彼女は別人だ。それはわかってる、わかってるけど……。
無表情で、必死で、勝ちたいと望んでる。
その姿は……どうしても、あの時の私に被ってしまう。
だから……。
『……うん、いいよ、協力する。
トレーナーは頑固だけど、感情に振り回される人じゃない。彼の中の「担当したくない理由」を1つずつ潰していけば、最後は頷いてくれると思う。
そういう方向で話を進めてみようか』
頷いちゃったんだよなぁ。
……ま、どっちにしろさ、時間の問題ではあったんだよ。
トレーナーは新人であることを加味しても、トレセン学園でも最高級の契約トレーナーだろう。
ああ見えてウマ娘への想いは強いみたいだし、万年トレーナー不足らしいこの学園で担当を増やさずにいられるとは思えない。
たとえここでやり過ごしても、いつかは必ず増えていたはずだ。
そう考えると、むしろ2人目がブルボンちゃんで良かったんだと思う。
彼女はアニメのネームドウマ娘。私はその性格や性質を、多少なりとも知ってる。
無表情な上言葉足らずな印象はあるが、根本にあるのは善性と根性と走りへの熱意。
どこのウマの骨とも知れないウマ娘を担当するより、きっと良い方向に進むはずだ。
だからブルボンちゃんとは情報共有し、ネイチャや彼女のトレーナーに根回ししてもらい、理事長にまで掛け合って場を整えたりして……。
トレーナーに、必ず契約してもらえるような状況を作り上げたんだ。
結果として、その策略は成功した。
……成功しちゃったんだよなぁ。
「むー……」
トレーナーにブルボンちゃんと契約してもらったことに、間違いはなかったはずだ。
けど、トレーナーにかかる労力も増えるし、私もこう……彼とイチャイチャし辛くなる、と言うか。
自分で推し進めた話でありながら、どうにも不満というか、「嫌だなぁ」って気持ちが抑えられない。
……ブルボンちゃんのことは、決して嫌いじゃないんだけどね。
頑張る子は好きだ。その成果に関わらず、全力で頑張ってるって時点で高評価しちゃう。
その健気な姿に報いるためなら、私にできることは何でもしてあげたいくらいだ。
堀野トレーナーに関しても、ああは言ったけど実はそこまで心配してはいない。
彼が「担当が増えたから」なんて言い訳を自分に許すとは思えない。きっと今までと同じだけの想いを向けてくれると思う。
問題があるとすれば、これまでも大概忙しそうだったのに、これ以上働けば過労死してしまうんじゃないかってことだけど……。
そこに関しては、最大限の協力を約束してくれた理事長を信じていいと思う。実直そうな人だったし。
つまり、そこまで大きな問題なんかないのだ。
むしろトレーナーの自己肯定感を上げてくためには、より多くのウマ娘の育成成功体験が必要だ。メリットの方が大きいまである。
その点ブルボンちゃんは素晴らしい才能を持ってるし、言うことなしなんだよね。
総じて、トレーナーがブルボンちゃんと契約するってのは、私にとっても悪い話じゃない。
けどねぇ……どうしても感情がねぇ……。
もうちょっと2人きりの時間を過ごしたかったなぁ、って贅沢な想いが湧き出てくるんだわ。
……と、そんなことを考えていたら、横から声をかけられる。
「どうしました、先輩?」
「ん、ああ……ごめん。ちょっと考え事してた」
「病み上がりなんだから、集中しないと危ないですよぉ」
「はは、大丈夫大丈夫、私頭良いから」
「確かですけど、成績普通な方でしたよね……?」
「え、よく覚えてるね。正解」
後ろに吹き抜けていく風に、吐いた言葉を流していく。
耳に入るのはたったったっという駆け足の音と、横から聞こえる後輩ちゃんの声。
足から伝わって来るのは、芝のわさわさした感触と、脚を動かす充実感だけ。
そう。
私は実に2か月ぶりに、ターフを走っていた。
いやぁ、やっぱり走るなら芝の上だわ。
この感触、この気持ちよさ。ダートもいいけど、私はやっぱり芝派だなぁ。
ずっと恋しかったよ、この感覚。できるだけ長い間味わいたいし、もう故障はご免だね。
「……けど先輩、本当に走れるんですね」
そう言ってくるのは、まだ駆け足程度でしか走れない私と併走してくれてる後輩ちゃん、セミロングのピンク髪をなびかせるジュニア級ウマ娘。
よく私に話しかけてくれる後輩の1人で、私はピンクちゃんって呼んでる。
すごい直球なあだ名で申し訳ない。他人の名前覚えるの苦手なんだよね……。
ピンクちゃんは、名家でもなければ寒門とも呼べない、そこそこの血筋を引いたウマ娘だ。
卑下する程ではなく、けれど誇れる程でもない、彼女曰く「
目標は「G2に勝ってG1出走」。この情報からも、彼女がどの辺に属するウマ娘なのか察することができるだろう。
そんな彼女は、寒門出身の私がホープフルステークスを制したことで「血は全てじゃないんだ」と感じ入り、ファンになってくれたらしい。
けど当時の私、ひえっひえの無愛想だったからね。声をかけるには勇気を必要としたんだろう。
そこから少し時間を置いて、彼女は皐月賞が終わったあたりで初めて声をかけてくれた。
肩を上げてプルプル震えながら、真っ赤な顔で声をかけてくれたの、可愛かったなぁ。
いや、今でもピンクちゃんは可愛いんだけどさ。ニコニコ笑顔が眩しいぜ。
で、それ以来会う度にちょくちょく話すようになって、後輩ちゃんたちの中でもトップレベルで親しい仲になったわけだ。
友達と一緒にいる時でも、私を見つけるとキラッキラの目で手を振り、駆け寄ってきてくれるくらいには懐かれてるみたい。
尊敬と敬愛、それから友情。彼女の瞳からはそういうものが感じられて、すごく嬉しいんだよね。
……認められて嬉しいとか、私、承認欲求のモンスターになってるのかもな。気を付けよう。
とにかく私とピンクちゃんは、先輩後輩であり、友人であり、同時に競走ウマ娘とファンでもある。
そういう、ちょっと複雑な関係なのだ。
しかし、私の信奉者かってくらいに持ち上げてくれる彼女が『本当に走れるんですね』なんて言ってくるのは、少し意外というか何というか。
「お見舞いの時に『8月には戻る』って言ったよね。私のこと、信じてくれなかったの……?」
「い、いや、そういうわけじゃないですけど! でもその、テイオー先輩だってまだ完治はしてないって話でしたよね……?」
「らしいね。9月には完治予定らしいけど」
「そうなんですね。……いや、そうじゃなくて。
先輩、テイオー先輩よりも2週間遅れて骨折したのに、1か月以上早く治すって……」
「まあ、私の骨折はかなり綺麗に折れてたって話だったからね。繋がるのも早かったんだよ、多分。
それに治ったって言っても、この通り万全に走れるわけじゃないし」
「いや全力じゃないにしても、2か月で走れるようになるってかなりとんでもない速さですからね!?」
「私も頑張ったし、何よりトレーナーがしっかりリハビリメニュー組んでくれたからね」
「噂のスーツトレーナーですか。……専属契約、羨ましいです。よよよ……」
ふざけて泣き真似するピンクちゃん。
確か大人数のチーム所属って話だったもんね。そうなると、やっぱり見てもらえる時間は減るんだろう。
あながち冗談だけってわけでもなさそうだなぁ。
ま、かくいう私も、もう専属じゃなくなっちゃうんだけどねー、ははは。
……はぁ。話変えよう。
「そう言うピンクちゃんだって、メイクデビューすごかったよ。1着おめでとう」
「あ、ありがとうございます!
えへへ、ウィルム先輩の逃げ方を参考にしたんですけど、どうでした?」
「良い逃げだったと思うよ。私の走りには全然届かないけど」
「うっ、辛辣! でも紛れもない事実だから何も言い返せない!」
きゃーっ、と何故か黄色い声を上げるピンクちゃん。楽しそうで何よりだ。
ちょっと前……ああいや、皐月賞あたりだから、もう4、5か月前になるのか。
その頃に本格化を迎えたピンクちゃんは、6月後半のメイクデビューでも2バ身半の差を付けて圧勝。
下バ評だと4番人気、1、2、3番人気からだいぶ実力が離れてるって言われてた中、予想を超える強さを見せつけた形になる。
私は病院のベッドの上から観戦してたんだけど、普通に強いなーって感じの走りだった。
芝1400メートルの右回り、逃げで挑み、バテることもなく綺麗な逃げ切りを見せた。
どうやら逃げの脚質は彼女に合っていたらしい。良かった良かった。
そういえばデビュー戦の直後、「先輩のおかげで自分の走りが見えた気がしました! ありがとうございました!」ってLANEが来てたな。
そんなの後回しでいいってのにね。本当、真面目で可愛い後輩ちゃんだ。
「でも、君の強みは出てたと思う。
これからもしっかりトレーニングを積んだら、G1出走も十分視野に入るんじゃないかな」
「っ! あ、ありがとうございます、これからも頑張ります!」
「もしかしたら、いつか一緒に走る機会もあるかもね。その時は全力で行くから、よろしく」
「わぁ……先輩と一緒のレース……!」
本当、健気な子だなぁって思う。
さっき1人で走ってるとこを見ただけで「先輩、併走ご一緒してもいいですか!?」って言ってくれたし、いつも会うたびに飴玉とかジュースとかの差し入れくれたりするし。
お返しにアドバイスとか応援するくらい、安いものだよ。
……いや本当に安い。相手は色々奢ったりくれたりするのに、こっちは無料でしかお返ししてないの、先輩としてどうなんだ。
もうちょっと交際にお金使った方がいいよね。課金なんかよりずっと健全な使い方だし。
* * *
さて、昼のトレーニングの時間が終わった。
すると何が始まるか?
そう、自主トレの時間だね。
そんなわけで私は自室の窓から飛び出して、トレセン学園の敷地を抜け出したのだった。
夜の一般道を、軽いジョギングくらいの速度で気持ち良く駆けて行く。
あー、自主トレ欲が満たされるのを感じる。
こうして自主トレをするのは、実に2か月ぶりのことになるかな。
故障期間にリハビリはしてたけど、あれはトレーナー主導の奴だったもんね。やっぱり「自主」じゃないから、ちょっと違うんだよな。
共感を得られるかわからない話だけど、私が好きなのは「自主トレ」だ。
トレーニングも好きだけど、自主トレはもっともっと好き。
というのも、自分のペースでのびのび走れるし、「今自分の体鍛えてるなー」って実感できるから。
トレーナーは最適なトレーニングメニューを組んでくれるけど、それでもやっぱり他人が組んだメニューじゃ、何と言うか、「課題感」みたいなのが出てしまう。
それに、必要な分以上に、プラスアルファで走ってるって状況も良いんだよな。
この追加分でもっと速くなれる、これでもっと楽しいレースができるんだって思うと、その充実感はたまらないものがある。
……と、偉そうに語っておいてなんだけど。
私がこうして自主トレを楽しめるようになったのは、つい最近のことだ。
トレーナーが私を義務的な「寒さ」から救い出してくれたからこそ、こうして今楽しめているし……こうして今、走れている。
楽しく走れるってのは、幸せなことだ。
だから今日も、私はホシノウィルムとして、自主トレを楽しむ。
トレーナーに捧げ、トレーナーからもらった命で、この世界を走っている。
……はは、ちょっとポエミーになっちゃったわ。
ちゃんと自分の走りを取り戻しつつあることで、ちょっとばかり感傷的になってるのかね。
うん、改めて。
この整備されたレーンを踏みしめる感覚、本当に久々で気持ち良……。
「ついてく、ついてく……」
……う、わ。
後方20メートルあたりから、小さな呟きが聞こえて来た。
内容までは聞き取れないけど……これは、あの時のヤツ……!
そうだった、思い出した。
ここ、レースに出られなかったことを嘆くウマ娘の亡霊(仮)の出現スポットだった……!
思わず背筋が凍り付く。
私、またずっとストーキングされるのか……?
それでこの声を聞き続けてたら、いつしかあっち側に引きずり込まれたりして……。
「……っ」
いや……おち、落ち着け私。
大丈夫、幽霊なんかいない。幽霊の正体見たり枯れ尾花、正体は絶対幽霊なんかじゃないんだ!
無礼るなよ、こちらとら無敗の二冠ウマ娘、幽霊もどきがなんぼのもんじゃい!
怯える日々は終わりだ、ここでその正体を突き止めてやる!
その場でブレーキをかけて、いっきに後ろへダッシュ!
「わ、わわっ!」
幽霊ちゃん(仮)の驚いたような声が微かに聞こえてくる。
ん、これ……この声、どこかで聞いたような。
戸惑っている幽霊ちゃん(仮)まで一気に距離を詰める……けど、その姿を確認する直前、その子は近くの木の裏に隠れてしまった。
……いや、木の幹からおっきい黒鹿毛のウマ耳がはみ出して見えちゃってるけど。
「う、うぅ……どうしよう、怒られる……?」
ゆっくりと歩を緩めている間にも、鋭敏になった私の聴覚が、その言葉を捉える。
この鈴を鳴らすような、涼し気で、けれどどこか切ない、自信なさげな声……。
これ、私の耳がおかしくなかったら……。
「ライスシャワーちゃん?」
「ひゃっ、ひゃいっ!」
木の向こうで、ピンと耳が張った。
……やっぱり。
幽霊の正体見たり、ライスシャワーだ。
ライスシャワー。
前世アニメ2期で登場した、小さくて可愛くて強くて怖い、ネームドウマ娘の1人だ。
ブルボンちゃんの無敗三冠とマックイーン先輩の天皇賞(春)三連覇を阻んだ、漆黒のステイヤー。
いつもはおどおどとして弱気だけど、その正体は誰よりも勝利と祝福を望むウマ娘である。
前世のアニメ2期は、1期に比べて色んな子に焦点が当たり、非常に推しを選びにくいものだった。
この子も良い、この子も良いとつい移り気になってしまい、一番を決めにくかったんだよね。
それでも、敢えて順位を付けて選ぶならなら……。
1番はテイオー。2番にターボ師匠。3番にネイチャ。……そして4番は、ライスちゃんになる。
つまるところ、彼女もまた「私」の推し。
アニメで鬼のようにトレーニングを積む彼女の姿は泣きそうな程気高かったし、何話かのオープニングでの鬼神の如き姿には鳥肌が立った。
そしてマックイーン先輩との天皇賞(春)。
瞳から青い炎を漏らして詰め寄る、殺気立った走り。
涙を流し、それでも前へ進むと宣言する姿。
その全てが、本当にカッコ良かったんだ。
で、そんな子が、どんな因果か今世では私の後輩になっている。
そうなると、当然っていうか。
せっかくなら、仲良くなりたいと思うわけよ。
「ライスちゃん、お水でいい? あ、スポドリの方がいいかな」
「いえ、悪いですっ! 払わせてください!」
「いいんだよ、私先輩だから。ほら、何がいい?」
「……なら、えっと、スポーツドリンク、お願いします」
ちょうどその日は、交友関係にお金を使わな過ぎたことを反省したばかり。
そんなわけで、取り敢えず近くの自販機でジュースを奢ってみる。
ライスちゃんはあわあわと可愛らしく取り乱しながら、スポーツドリンクを受け取ってくれた。
……改めて、彼女の姿を観察する。
ブルボンちゃんとは違う、親近感を覚える体型。
身長は私と同じくらいか。胸は……う、うん、誤差の範囲かな?
見た目の最大の特徴と言えば、身長の割に豊かな髪かな。後ろはロングって感じだけど、前髪が長すぎて右目を完全に覆い隠してしまってる。邪魔じゃないそれ?
あんまりじろじろと眺めるのも失礼なので視線を外して、近くのベンチを指さす。
「ちょっと話さない? 私、ライスちゃんのこと、興味あるんだ」
「ライスのこと……?」
「駄目かな」
「いえ……わかりました、ホシノウィルム先輩」
「ウィルムでいいよ」
ぎこちなくだけど、ライスちゃんは頷いてくれた。
ありがとう。ここで逃げられたら、テイオーでも敵わなかった逃走劇に挑まなきゃいけなかったところだ。全快状態ならともかく、今の私には荷が重い。
ベンチの端に腰を下ろすと、ライスちゃんは「し、失礼しますっ!」と横に座ってくれる。
なんか、めっちゃ肩に力入っちゃってるな。別に怒ったりしないよ?
ま、そこはひとまず置いておくか。話してる内に、自然と緊張も解けて来るでしょ。
何から話すか少し考えたけど……このガチガチ状態じゃ、楽しく会話はできなそうだな。
取り敢えず、聞きたかったことでも尋ねてみようか。
「で、何で私のこと追いかけてきてたの?」
「ひぇっ」
「宝塚記念の前も追いかけてきてたよね?」
「あっあのっ、すみませんでしたぁ!」
「あぁ、違う違う、落ち着いて。怒ってるわけじゃないよ。
ただ、なんでわざわざ私を追いかけて来たのか、理由が知りたいんだ」
そう、そこが大きな疑問だった。
ライスちゃんにとって、本来のストーキング……もとい追跡対象は、ブルボンちゃんのはずだ。
皐月賞後くらいからかな、その圧倒的な強さに競り勝つべく徹底的にストーキングするって流れだったよね。多分。
一方私は、前世アニメでは存在しなかったイレギュラーなウマ娘。
そして手前味噌な話、ライスちゃんが目を付けかねない強者でもある。
ブルボンちゃんが台頭するまでの、ちょうどいい目標として捉えられてるのならいいけど……。
もしも、それ以上に思われてたら……。
……いや、まさかな。
まさか私が、元オタクとしての最大に近い禁忌を犯してるわけが……。
「ライス、そ、その……ウィルム先輩に憧れてて!
最初はトウカイテイオー先輩のライバル、
素敵だなって、ライスもいつか、先輩みたいなウマ娘になりたいって、そう思っててっ!
それで思わず、追いつきたいって思っちゃって……。
あっ、その、応援、してますっ! リハビリ、頑張ってください!」
ライスちゃんは顔を真っ赤にして言い切り、私が買ってあげたペットボトルをぎゅっと抱きしめた。
……おい、嘘でしょ。
これ、これは……ッ!
いや、待てよ。
今回の場合、私が寝取った側……いや寝てないが、奪った側? にあたるのか。
だから正確には、
んなことはどうでもいいんだよぉ!!
今大事なのは、ブルボンちゃんとライスちゃんのカップリングを私っていう異物が引き裂いちゃってることなんだよぉ!!
嘘でしょこれ、どういうことなんだよ!
なんで私、無意識の内に推しのカプ破壊してんだ! 元オタクとしてそれでいいのか!?
どどどっどうしようこれ、ライス、ライスちゃん、ちょっとどうしようこれ。
え、駄目だよね? 転生者がライスちゃんの視線独占しちゃ駄目でしょ常識的に考えて?
普通に死刑だよね? え、でも私死にたくないよ? こんなことで両親のとこ行ったら流石に縁切りレベルで呆れられるって。
どうしよう、策を考えなければ。このままでは百合の間に挟まる不心得者として殺される。
ライスちゃんとブルボンちゃんのカプを成立させるにはどうすればいい?
ライスちゃんの目をブルボンちゃんに引き戻すにはどうすればいいんだ?
……いや、ていうかそもそも私が存在したことがもう根本的に間違いだったのでは?
うわ、なんか死にたくなってきたな……。こんなに鬱になったの、20万くらい爆死した時以来だわ……結構最近じゃん……。
「う、ウィルム先輩? あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫……いやごめん、嘘。落ち着くから10秒ちょうだい」
「は、はい……」
ライスちゃんは頭にクエスチョンマークを浮かべていたけど、そっちを気にする余裕はない。
「すーっ……ふーっ……」
落ち着こうか。
うん、一旦落ち着こう、クールになって考えるべきだ。
……いや無理! 無理ぃ! ライ×ブルのヘタレ攻め誘い受けシチュ破壊なんて脳が耐えられない!
いや待てよ、そもそもこの世界においてはライスちゃんもブルボンちゃんも、どっちも生モノだ。
普通に失礼なんじゃない、この思想自体?
いやでもそうなると、私は前世までの感情をどうすればいい?
ぐわーっ駄目だ、頭ぐちゃぐちゃだ! どうすればいいんだこの私!?
「ウィルム先輩……もう2分くらい経ってますけど……」
「よし!」
「ひゃっ!?」
立ち上がる。
駄目だ、今の精神状態でまっとうな思考はできない。
であれば、思考を切り替えるべし。
せっかく「寒さ」っていう便利なモード切替があるんだから活用していこう。
「ライスちゃん、一緒に走ろうか」
「い、一緒に!? ででっ、でも、ウィルム先輩は……」
「うん、本調子じゃない。出せてローペース、ミドル以上は無理だね。
だからレースはできない。併走ってことでいい?」
「併走、してもらっていいんですか!?」
「え? うん、しようよ」
なんでそんなビックリしてるの?
え、ただの併走だよ? 別に宝くじ当たったとかじゃないんだよ?
「でっ、でもライスと一緒にいたら、その……先輩まで、また何か……」
「ん、何?」
「ライス、だめな子だから……ライスと一緒にいると、不幸なことが起こっちゃいます……」
……?
あれ、そういう感じだったっけライスちゃん。
アニメのライスちゃんが全てじゃないってことかな。ブルボンちゃんもこの世界じゃ機械っぽい喋り方するもんね。
ライスちゃんの場合は……レース以外の部分は、かなり根深いネガティブなのかな、この感じ。
まぁいいや、とにかく走ろう。走ってれば、彼女の底の方も見えてくるだろうし、私の混沌とした思考も纏まるはずだ。
やはり走り……! 走りは全てを解決する……!
「いいよ、私不幸なんかに負けないし。ほら行こ」
「ええぇっ!? そんな、ライス……!」
そんなわけで、割と唐突に、私とライスちゃんの併走が始まった。
その併走は、結構長い時間続いた。
ほぼ休憩を挟むこともなく、1時間くらい?
「ウィルム、先輩……はぁ、はぁ……くっ、えほっ」
「ライスちゃん、大丈夫? まだ行けるかな」
「行け……ます!」
脚力が衰えてしまったから、短期間の爆発的な加速はできないけど……。
トレーナー曰く、私は本質的にステイヤーらしいし、長時間走るのは専門分野だ。
その上病院ではしっかり有酸素運動してたから、呼吸器官や基礎体力はそう弱ってないんだよね。
……とは言っても、どうしても右脚が重くて、スタミナの消耗は激しいけど。
宝塚記念の時の半分も持たないんじゃないかな、今の私。
それでも、先にバテたのはライスちゃんの方だった。
いくらステイヤーの卵とはいえ、ジュニア級6月の時点で振るえる力は限られる。
今の彼女の体力よりも、私のやや弱った体力の方が、まだまだ高いってことだ。
そろそろやめるべきかな、とライスちゃんの方を振り返る。
ジャージを汗で濡らしたライスちゃんの足取りは、だいぶ崩れてきてる。
過度に体力を使った状態でのトレーニングは、ハプニングを誘発する。休憩を挟んだ方が良いかも。
……とはいえ、彼女は根性を振り絞って「まだ行ける」って言ったんだ。
その想いは無下にしたくない。
「寒い」状態になって思考も切り替えたし、彼女にかけるべき言葉も大体構築できたけど……。
せっかくだし、限界まで付き合っ、て!?
「っ!」
「先輩っ!?」
何か、ぬめぬめとしたものを踏んだ。
足が滑り、後ろに流れる。
マズい、これ、倒れる……捻る。
反射的に、「アレ」を使った。
途端に、時間の流れが緩やかになる錯覚。
実際は、私の思考能力が跳ね上がったんだけどね。
はー、もう、めっちゃびっくりした。
胸を撫で下ろす……余裕はないけど、取り敢えず思考を整理して、落ち着きを取り戻した。
視界の端を見るに、私が踏んだのは……なんか黒いオイルみたいなものだった。
もう日も落ち切ったから、夜闇に紛れて見逃してしまったらしい。
あー、油断したなぁ。本気で集中してたら、こんなの見逃さなかったと思うんだけど。
さて、と。
前に倒れる体を丸め、顔の前に持って来た腕を縮めて地面に手を付け、かかる重力をぐいっと後ろに逸らす。
んで、力を込めて、腕を伸ばす!
「よい、しょっとぉ!」
「えっ、ええっ!?」
2メートルくらい跳ね上がりながら上下に半回転、左足を軸にして地面に着地した。
ん、綺麗な着地。我ながら10点10点10点10点、って感じ。いや、これは競技が違ったか?
しかし、病院でしっかり腕も鍛えてて良かったよ。
やっぱりいざって時のことを考えると、体は鍛えといて損はないね。
「ふぅ、転ぶかと思った」
「えっ、えっ、今、腕で……」
「あはは、腕ジャンプ。咄嗟だったけど、上手くいって良かったよ」
実のところ、成功するのがわかってたからやったんだけどね。
私の転生特典、「アニメ転生」。
これは体が強くなる他、走っている中に思考力を爆増させるっていうトンデモチートである。
これを使って姿勢を崩し切る前に対処法を考えに考え、安全で、かつ外から見てて冗談で済みそうなものを選んだのだ。
これを使わなかったら、普通にコケてただろうね。多分あの感じ、足も捻ってたと思う。
いやー、本当に危なかった。ここで事故起こすのはマズい。
自主トレ中に怪我なんてしたら、トレーナーに3か月自主トレ禁止を言い渡されそうだし。
更に言えば、尊敬する先輩らしい私が目の前で怪我なんてしたら、ライスちゃんに変なトラウマを植え付けかねない。
前転の要領で受け流すとかも考えたけど、わざわざ大道芸じみたことまでやったのは……。
できれば至って平気そうな様子を見せて「大丈夫だよ」ってアピールしたかったのである。
……ごめんなさい、半分嘘です。尊敬してくれる後輩の前だから、ちょっとカッコ付けようかなって思いました。
でもいいよね、ちょっとくらい。後輩の前でくらいは、カッコ良い私でいたいしさ。
さて、体勢を立て直して、と。
「ライスちゃん、そこ、オイルみたいなのあるから気を付けて」
「え? ……あ、ホントだ! 先輩、これに足を取られて……」
「そうみたい。はは、つまらないドジ見せちゃったね」
「ごっ……ごめんなさい!!」
ライスちゃんは現状を把握するや否や、すごい勢いで頭を下げて来た。
え、何?
ライスちゃんが謝るようなことある? 私が勝手に転びかけただけなんだが。
……あ、待てよ、確か出発前……。
「ライスが……ライスがだめな子だから、先輩まで、不幸な目に……!」
その声も、下げた頭も、まるですごく寒い場所に放り出されたように震えている。
……なるほど、大体理解できた。
察するに、ライスちゃんは間が悪い子なんだろう。
ホシノウィルムのLUCが極端に良くなるか極端に悪くなるかの二択であるように。
ライスシャワーのLUCは悪い目しか出ない、みたいな。その上周りにも影響を与えてしまうと。
非科学的な話だけど、そういうツキってあるからなぁ。
私も同類である以上、ライスちゃんの悪運も、あながちただのオカルトと言い切れない。
……まぁ、だからどうしたって話だけどね。
「謝る必要なんてないよ、ライスちゃん。
言ったでしょ、私、不幸なんかに負けないから。実際今も、怪我なんてしてないでしょ?」
「で、でも……!」
あー、駄目だなこれ、完全に凹んじゃってる。
多分ライスちゃんの精神って、本質的にはトレーナーに近いんだろうな。
物事を悪い方向に捉えすぎる。それを自分の中で完結させすぎる。
……うん。
そういう子には、ちょっと強めのお薬が必要かもしれない。
「じゃあ、こう言おうか。
調子に乗らないでね、ライスシャワー。
君程度の不幸で、このホシノウィルムが潰せるわけないでしょう?」
「……え?」
「君とどれだけ一緒にいようと、私は潰れないよ。だって、すごく強いから。
だから、ほら、顔を上げて」
ライスちゃんのほっぺを両手で挟み、無理やり顔を上げさせる。
うーん、青ざめたもちもちほっぺ、呆然とした綺麗な瞳。
流石はウマ娘、外見スペック100万点。
でもきっと、元気な君は、もっと可愛いよ。
「君は駄目な子かもしれない。……でも、それを言うなら、私だって駄目な子だったんだよ。
お母さんはネグレクトの末に病死したし、お父さんは私を見てなかった上に事故死。
トレセンに入った時なんて、何千万円っていう借金があったんだよ?
正直、不幸パワーで誰かに負ける気はしない。勿論君にだってね」
瞳の光が揺れて、動揺してるのがわかる。
ま、いきなりこんな激重エピソード聞かされたら驚くよね。
でも、それでいい。
自分の殻にこもった人を引きずり出すには、予想外の衝撃を与えて揺さぶればいい。
いわゆる天岩戸作戦だ。……いや、あれはちょっと意味合いが違ったかな。
「でも、私は自分の力で、今の幸福を勝ち取った。
君も、駄目な自分を変えたいと思うなら、そうすればいいんだよ。
君にはその力がある。経験者の私が保証するよ」
「ライスも……ライスも、変われる……?」
そこで初めて、ライスちゃんの瞳の奥に、救いを求める色が見えた気がした。
ようやく捉えた、彼女の根底の本音。
変わりたいと、彼女は望んでいるんだ。
今の自分じゃ嫌だ、変わりたい、もっと良い自分になりたいと。
……上等だよ。
長い間、変わりたいとすら思えていなかった誰かさんより、君はずっと前に進んでる。
「『変われる』、じゃないよ。『変わる』んだ」
「皆を、しあわせにできる……そんなウマ娘に、なれますか?」
「『なれる』、じゃないでしょ?」
ライスちゃんはそれを聞くと、瞼を閉じて、胸に手を当てた。
「なる。……ライスも、皆をしあわせにできるウマ娘に、なる。
なる、んだ……しあわせの、青いバラに!」
青いバラってのが何を指すのか、私にはわからないけど……。
ライスちゃんの暗い雰囲気は霧散したし、野暮なことは言いっこなしだ。
これでいい。無意味に曇るより、笑顔とか頑張る顔の方が、ずっと輝いてる。
ハピエン厨の私もニッコリだよ。
「ん、頑張れ、ライスちゃん。上の方で、君と走れるのを待ってるよ」
具体的に言うと、再来年の天皇賞(春)とか。
トレーナー曰く、生粋のステイヤーであるライスちゃんは距離が延びれば延びる程強くなるらしい。
いつか、3200メートルの距離で一緒に走ってみたいね。
いや、まだ私、公式レースは2400までしか走ったことないんだけどさ。
……なんて、明るい未来を想ってちょっとニヤついてた私は、若干遅れて彼女の変化に気付く。
「ん……ぐすっ、あ、ありがとう、ございます……!」
「え?」
あれ……ライスちゃん、泣いてない?
しかも大粒の涙をボロボロ流して……しっかり泣いちゃってる!?
あれ待って!? ちょっと、そういうつもりじゃなかったんだけどなぁ!?
え、私、もしかして泣かせた? 励ますつもりで塩塗った?
いや、ありがとうございますってことはこれで良かったのか……?!
最近の若いウマ娘って難しいよぉ!
いや、落ち着け、取り乱すなよ私。
今、目の前で後輩が泣いてるんだ。
頼れる先輩として、冷静に対処しなければ!
「あらら……ほら、ハンカチ。涙拭いて」
「ごっ、ごめんなさい……」
「ごめんより、ありがとうの方が嬉しいよ」
「ありがとう、ございます!」
……正直、彼女が何にそこまで感じ入ったのかはわからない。
けど、とにかく。
落ち込んでいた彼女が、涙を流しながらでも、笑ってくれて良かった。
私の中にあったのは、その安堵だけだった。
さて、しばらく近くのベンチで休憩している内、ライスちゃんの感情も落ち着いてきたっぽい。
よし……そろそろ軌道修正と行くか。
「……ふふ、まぁ私とぶつかるにはシニア混合のG1レースに出なきゃいけないし、その分たくさんレースに勝たないといけないけどね。
勝ち上がってきなよ、ライスシャワー。ブルボンちゃんを超えて、さ」
「ブルボン、さん……?」
「そう、ミホノブルボンちゃん。君がクラシック三冠を目指すんなら、彼女は間違いなく壁になるよ。
何せ、私のトレーナーが持った、2人目の担当ウマ娘でもあるしね」
「ウィルム先輩と同じ、トレーナーさんの……」
「ブルボンちゃんは強いよ。きっと君の良いライバルになる。
だからまずは、彼女の背中を目指してごらん。きっとそのレースが、君を新しい自分へ導いてくれるからさ」
「えと、わ、わかりました! ライス、頑張ります!」
よしよし、完璧だ。
これでライスちゃんはブルボンちゃんを強く意識してくれるはず。
そして彼女の背を追う内に、自然と仲良く……。
……あれ、待てよ?
少なくとも前世アニメでは、彼女がブルボンちゃんと仲良くなったきっかけって……確か、マックイーン先輩とのレースから逃げ出した彼女を、ブルボンちゃんとテイオーが引き留めたところだよね。
菊花賞でブルボンちゃんが勝ったら……ライスちゃんとのフラグって折れちゃう? というか、そもそも立たないのか?
ブルボンちゃんに付いているのは、天性のチートトレーナー、堀野歩トレーナーだ。
あの人なら気軽に原作ブレイク……いや別にあれが原作ってわけじゃないけど、アニメの展開を壊してきかねない。
ていうか壊した。テイオーの二冠を奪ったのは、誰であろうこの私だ。
……あー。
まぁでも、もしそうなったら仕方ないかな。
ブルボンちゃんもライスちゃんも全力で走った結果そうなったっていうなら、それもまた運命だろう。
でもそうなると、ブルボンちゃんには私やトレーナーがいるとして、ライスちゃんを支える人とかウマ娘っているんだろうか。
専属のトレーナーがついてるならいいけど、大抵のウマ娘って大人数のチームに所属してるみたいだし、そうなると十全なメンタルケアは望めないかもしれない。
それにあのネガティブで他人を遠ざける感じからして、友達もあんまり多くなさそうだし……。
もし、あの菊花賞みたいなことが起これば、誰がライスちゃんを支えてあげるんだ?
スポーツドリンクをちびちびと飲む彼女を、視界の端に捉える。
「私」が好きだったウマ娘。きっとこの世界でも、たくさんの悲しみを経て……彼女の言葉を借りれば、いつか「青いバラ」になるべき漆黒のステイヤー。
色んなことを抱え込みがちな彼女の姿は……どことなく、私の好きな人のことを思わせる。
放置は……できないよね。
できれば彼女にも、いつかあの万雷の祝福を受けて欲しい。
あの圧倒的な熱を感じれば、きっと彼女も「誰かに幸せを届けられた。自分は変われたんだ」って思えるはずだ。
だからその時が来るまで、彼女には諦めず走り続けてほしい。
……よし、決めた。
ライスちゃんのケアは私がしよう。
親しい仲というのは、何も一通りじゃない。
私が目指すべきは、ブルボンちゃんとの間に挟まる大罪ウマではなく、彼女を支えられるポジション……。
そう、ギャルゲーにおける親友キャラだ!
辛い時には支え、ブルボンちゃん攻略の際には力を貸す。
そんな都合の良い友人に、私はなる!
「これからも、何かあったら相談に乗るよ。ほら、LANE交換しよ?」
「わわ、はい……!」
「ん……気軽に声、かけてね。
あと、せっかく走るなら、夜は併走しようよ。無言で付いて来るより、一緒の方が楽しいでしょ?」
「併走、ライスと一緒でいいんですかっ?」
「もちろん。レース前以外、夜は大抵走ってるし、ライスちゃんがやりたい時に声かけて」
「っ、はいっ!
すごい……本当に、お姉さまみたい……!」
「ん、お姉さま?」
「い、いえっ! 何でもないです!
その、これから……よろしくお願いします!」
友人を得たことが嬉しかったのか、ライスちゃんはニコリと笑ってくれた。
うん、ちょっとは前向きになってくれたか。よきかなよきかな。
頑張れ、ライスちゃん。
辛い運命でも乗り越えられるよう、先輩は応援してるよ!
……あれ待てよ?
冷静に考えると、ブルボンちゃんって、いわばもう私と同門なわけで……。
ライスちゃんに肩入れするのって、もしかして利敵行為だったりする?
…………やっちゃったかな、これ。
! ウマたらし
メインストーリーじゃお兄さまお姉さま呼びしなかったりするし、そういう世界線もあるということで。
お兄さまお姉さまガチ勢の皆さま、ブルライ派閥の皆さま、許して……許して……。
それと、次回は別視点。頻度高めで何か申し訳ないような気持ち。
次回は3、4日後。おまけの別視点で、これまでとこれからの話。
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!