転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 よわよわ系無表情、堀野トレーナー「よろしく」
 つよつよ系無表情、ホシノウィルム「がんばります」
 出にくい系無表情、ミホノブルボン「どうも」





おまけ 無表情三銃士を連れて来たよ。

 

 

 

 私は昔から、意思の希薄なウマ娘であったようです。

 覚えている限りにおいても、多少の波はあれど、強い感情を覚えたことはありませんでした。

 

 データ参照。

 好きな食べ物……該当なし。

 嫌いな食べ物……該当なし。

 好きな動物……該当なし。

 嫌いな動物……該当なし。

 好きなもの…………該当なし。

 嫌いなもの…………該当なし。

 

 ミホノブルボンというウマ娘は、あるいは何かが欠落しているのかもしれません。

 対象に関して、好意的な感情を抱くことがない。

 そして同時、悪意のある感情を抱くこともない。

 

 「こだわり」というものがない。

 

 当時の私を一言で表すとすれば、それが正しい表現になると思われます。

 

 

 

 ……しかし、その状況は、あの時に変わりました。

 

『速い速い、素晴らしい末脚だ! 流石は三冠ウマ娘、G1レースをものともしない走り!

 2バ身の差を付けて今、彼女が年末の大一番を制しました!

 そのタイムは……2分32秒8!! レコード、レコードタイムです!!』

 

 父に連れていかれた、トゥインクルシリーズのG1レース。

 そこで走る三冠ウマ娘は、圧倒的な強さを以て、G1……国内最高峰のレースを制したのです。

 文字通りの圧勝。他のウマ娘を寄せ付けない、飛び抜けた実力。

 

 

 

 幼かった私はそれを見て、初めて強い感情を……『憧れ』を、覚えたのです。

 

 

 

 私があのレースに参加していれば、果たしてどこまで走ることができたでしょうか。

 勿論、その時点における私は、本格化どころか骨格すら整っていない状態。あの三冠ウマ娘と走ることができたとしても、勝負すらできずに終わったでしょう。

 しかし、それでも。私はシミュレートせざるを得なかったのです。

 

 ……すごい。

 三冠ウマ娘は、すごい。

 

 後から考えれば、それは、私が初めて覚えた「こだわり」だったのでしょう。

 

 

 

 ですが幼い私には、その想いを何と表せば正確に伝わるのか、更に言えば、それがどのような想いなのかすら理解できませんでした。

 故にただ、こう言ったのです。

 

「お、お父さん、私……私、その……三冠ウマ娘になりたいです」

 

 私が本当に憧れたものは、恐らくそれではなかったのでしょう。

 

 ……けれど、少なくとも三冠を取らなければ、あの背中には追いつけない。

 だからこそ、私はそう言ったのかもしれません。

 

 

 

 そうして、もう1つ。

 

「……! ……そうか、そうか、そうか。ブルボンは、三冠ウマ娘になりたいか。

 それなら、頑張って目指そう、三冠ウマ娘を!」

 

 無骨な父が、珍しく笑ってくれたのです。

 

 その時、私は父の笑顔を見て、不可思議な情動を覚えたことを記憶しています。

 いつも厳しく、時に優しく、私の体を鍛えてくれた、元トレーナーの父。

 あの人が私に笑いかけてくれたのは、本当に珍しいことであり……。

 

 恐らく私はそれを、とても嬉しいと、そう思ったのです。

 

 

 

 そうして、ミホノブルボンというウマ娘の目標は設定されました。

 三冠ウマ娘になる。

 たとえどれだけ厳しい行程になろうとも、私の初めの意思、父との夢を、必ず現実のものとする。

 

 それが、現在まで私が抱き続けている、最も長期的かつ優先度の高いタスクとなります。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 しかし現実には、想定を超える問題が発生しました。

 

 

 

 まず、私が長距離を走る素質を持っていないこと。

 教官に走りを見ていただいたところ、やはり血筋に合ったスプリンター、あるいはマイラーが適切であろうという判断を頂いたのです。

 

 トレセン学園入学時点のウマ娘は、長距離を走るスタミナがない。それは当然のことであると認識しています。

 ……けれど、当時の私はマイル距離、1600メートルですら、満足に走れなかった。

 鍛錬を積んだ結果走れるようになっても、他のウマ娘との競り合いを続ければ、すぐに脚を使い切り、一杯になってしまう。

 

 故に、今の私の限界はマイル……1800メートルまで。

 残念ながら、それ以上の距離はミホノブルボンには難しい。

 菊花賞の3000メートルはおろか、クラシックレースの最初の1つである皐月賞の2000メートルすら、私は走り切れないかもしれない。

 ……極めて、適正な評価であると認識します。

 

 血筋という、絶対的な壁。

 それが、私がトレセン学園に入学して対面した、最初の困難でした。

 

 

 

 次に衝突した困難は、私を選んでくださったベテラントレーナー……元マスターと、意思の統一を図れなかったこと。

 

 元マスターは、私に何度も説いてくださいました。

 君にはマイラーの才能がある。それを腐らせるのは勿体ない。活躍できる才能を持っているのだから、是非それを使ってほしい。気持ちはわかるが、三冠は困難だ、と。

 

 恐らく、それは事実なのでしょう。

 私としても、何度走っても走行可能な距離を伸ばせない自分を知り、三冠という目標が遠のくように感じていたのですから。

 

 ……ですが、それは私の根源的な指針。

 

 私は一般的なウマ娘と、因果が逆転しているのです。

 勝ちたい、もっと強くなりたい、栄光を掴みたいから三冠を目指すのではなく。

 三冠を取るために、勝ちたい、もっと強くなりたい、栄光を掴みたい。

 

 故に、三冠という目標は、決して譲れるものではありませんでした。

 ……たとえそれが、結果として、元マスターとの契約解除を招いたとしても。

 

 

 

 以上の問題により、私はクラシックレースの中・長距離を走るだけのスタミナを持たず、その上契約トレーナーを持たない、危機的状況に陥りました。

 

 追い詰められた私には、ステータス『焦り』が発生。

 即座にこの状態を解決せねばならないと感じ、行動を開始します。

 

 私がすべきことは、2つ。

 自らの体力を向上させ、長距離を走ることができるラインにまで鍛え上げること。

 そしてトゥインクルシリーズへの出走のため、新たなトレーナー……マスターを得ること。

 

 特に後者は危急の課題です。

 既に当時、メイクデビューの開始は2か月後に迫っていました。

 最速でデビューすることは必須ではありませんが、可能な限り早く済ませておけば、それだけスケジュールに余裕が発生することも事実。

 故に可能な限り早く、三冠という私の夢を信じてくださるマスターを見つける必要がありました。

 

 

 

 ……しかし、実際に問題解決に取りかかり、私はそれが困難なものであることを理解しました。

 どうやら私は、拾ってくださった元マスターの指示に逆らい契約を解除された、気性難のウマ娘として名前が通っていたようです。

 そして何より、スプリンターの血筋でありながら三冠を目指すウマ娘に、会ったトレーナーは皆首を振り、諦めるように促すのです。

 

 曰く……それこそが、私の為であると。

 

 私のマスターの必須条件は、クラシック三冠という目標達成のために行動を起こしてくれる方。

 けれど、その条件を満たすトレーナーが、どこにもいない。

 

 僅か1日で計画が頓挫し、私は自室でショートしてしまいました。

 現実とはままなりません。努力すれば全ては越えられると信じてここまで来た私でしたが、人望のなさはどうしようもない。

 一言で表せば、万事休す、です。

 

 

 

 そしてそんな私に、ルームメイトのフラワーさんが言ってくれたのです。

 

 現クラシック世代の先輩に……三冠を有力視されるホシノウィルム先輩に会ってみてはどうか、と。

 

 ホシノウィルム先輩。G1を含め3戦3勝、全て大差を付けての圧勝を刻んだ、当時世代最強を謳われていた逃げウマ娘。

 

 そんな彼女も、最初は自分の脚の限界に苦しめられていた、という噂があるそうです。

 選抜レース前に出た唯一の模擬レースで、1バ身差を付けられた2着。ホシノウィルム先輩とは思えない、極めて平凡な走りであった、と。

 けれど現在の彼女は、圧倒的な実力を誇る世代の中核の1人。

 ……その事実は、私の距離限界を突破する方法が隠されている可能性を秘めている。

 

 既に思い付く限りの策は取り、その尽くが失敗していた私は、フラワーさんの提案を実行に移すことにしました。

 

 

 

 結果として、この行動は私にとって、非常に大きな転換点となりました。

 

 ホシノウィルム先輩は、ただ自らの適性を理解せずマイル距離への出走を行っただけで、今は中長距離を主眼に戦っているとのこと。

 つまり、彼女は元より中・長距離の適性を保有していた。

 残念ながら、私の距離限界を超える方法は見つかりませんでした。

 

 ……けれど。

 常勝無敗、どこか泰然とした余裕のある先輩は、皐月賞直前というタイミングだというのに、私のリクエストに応えてくれました。

 そして2つの、重大な事実を伝えてくださったのです。

 

 ホシノウィルム先輩は、その血統が有力視されない……私と同じ、いわゆる寒門の出であるということ。

 

 そして、先輩の担当トレーナーが「ミホノブルボンはクラシックレースで結果を残す」と仰っていた、ということ。

 

 血の壁は、超えられる。

 私の夢を信じてくださるトレーナーが、いる。

 

 それは、私の今後の行動指針を決定させるに足る情報だったのです。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「それからも私は、トレーニングの傍ら、私の夢を支えてくださるトレーナーの捜索を続行しました。

 けれど、やはり誰もが私をスプリンターとして捉え、三冠は難しいものであると仰っていました。

 君の未来を想えば、今からでも短距離・マイル路線で走るべきだと」

 

 その言葉にも、元マスターの意思にも、悪意は欠片も存在しませんでした。

 ただ未来と脚を鑑み、私のためを想っての言葉。

 

 ……それでも。

 私は、利口にはなれない。

 諦められなかったのです。私が唯一持つことのできた、夢を。

 

「故に……堀野歩トレーナー。あなたに私のマスターになっていただきたかった。

 私を慮ってくださる方はいても、信じてくれる方は、他にはいない。

 たとえいたとしても、その中で最も私と相性の良いトレーナーは、あなたをおいて他にはいないと判断しました」

「相性?」

「私はどのような厳しいトレーニングにも耐え抜く覚悟があります。

 三冠を取るためならば、たとえ脚が千切れるような鍛錬でもこなすつもりです」

「……ふむ、君たちジュニア級ウマ娘の中で、俺がどう思われているのかはよくわかった」

 

 そう言って、私の新たなマスター、堀野歩トレーナーは頷きました。

 

 

 

 堀野歩トレーナー。

 

 新人でありながら教官やサブトレーナーを経ることなく担当を持つことを許された、名門出身の契約トレーナー。

 

 事前に掴めた確かな情報は、ただその1つ。

 流れる風評は数知れず、その多くが情報の確度に難があるものでした。

 

 曰く、その性格は冷淡であり冷徹、担当ウマ娘に過重なまでのトレーニングを積ませ、限界まで追い詰め切って無理やりレースに勝たせる薄情者。

 曰く、真面目だが抜けたところがあり、ウマ娘の無理や無茶を決して許さない人情家。

 名門の出身でありながら、寒門のウマ娘を選んだ物好き。

 あるいは、その寒門のウマ娘の秘めたる才能を引き出し、無敗二冠という栄光へと導いた天才。

 徹底した管理主義により怪我をさせない名手。

 もしくは、無理なローテーションを強いて名バに骨折を強いた無能。

 

 マスターの風評は、語る人やウマ娘によって大きくその色合いを変化させます。

 時には、考え得る限り最良のトレーナーであり尊敬すべき人格者だと。

 時には、利己的でウマ娘のことを考えない最悪のトレーナーだと。

 

 ……つまるところ、人の噂では、彼の本当の姿を量ることは不可能。

 故に、私は彼と直接接触し、その人柄と能力を知るというタスクを実行したのです。

 

 

 

 結果として、わかったことは。

 彼は非常に誠実で優秀なトレーナーである、という事実でした。

 

 これまでホシノウィルム先輩越しに一度しか接点のなかった私の名前を把握し、すぐに想起できるレベルで覚えている情報収集、記憶能力。

 自分ではなくこのトレーナーの隣に行った方が良いと、プライドを捨て相手を慮る愚直さ。

 見知らぬウマ娘の接触を許し、なおかつレース展開について語って聞かせる度量。

 並外れたウマ娘への観察眼と、極限にまで練り上げられたレースの展開予想。

 

 ステータス「納得」が発生。

 確かに、これだけの人格と能力を持つ契約トレーナーであれば、あのホシノウィルム先輩が自慢に思うのも道理であると考えられました。

 

 ……この世界には「ウマ娘はトレーナーに似る」という言葉があります。

 あるいは、皐月賞前日という大事な日に、面識のないウマ娘の相談に乗ってくれるホシノウィルム先輩の寛容さは、マスターに似たのかもしれない。

 あるいは、そうした2人だからこそ引かれ合い、契約を結んだとも考えられます。

 

 閑話休題。

 とにかく私、ミホノブルボンにとって、彼の下に就くことが最適解であることは明らかでした。

 2人共に私の夢を信じてくれる、優秀で誠実なマスターと、強く優しい先輩。

 これ以上の環境は、おおよそ他にないでしょう。

 

 故に私は、オペレーション『契約』を実行しました。

 私と契約していただけませんかと、彼に直接契約を持ちかけ、断られても何度でも再試行。

 しかし、残念ながらマスターの意志は頑なで、正面からの突撃は有効打になり得ませんでした。

 「俺には君に責任を持つだけの余裕はない」と何度も語ってくださり、その上で有力なトレーナーの推薦までしてくださいました。

 

 ……ですが。

 そんなトレーナーだからこそ、私は強く、彼と契約したいと思ったのです。

 きっと彼ならば、最後まで私を支えてくださるのだと、信じることができたのです。

 

 その後は父やフラワーさんに助言を仰ぎ、セカンドオペレーション「トレーナーを射んとすればまず担当ウマ娘を射よ」を実行。

 入院中のホシノウィルム先輩に接触を図り、協力を仰ぎました。

 結果、ホシノウィルム先輩には快諾していただき、有効な作戦まで立案していただいて……。

 

 ついに私は、私の夢を信じてくれるマスターを獲得したのです。

 

 

 

 そして、現在。

 私はマスターと契約するにあたり、コミュニケーションを図っていました。

 改めて相互に自己紹介をし、目標や方針の情報共有を済ませた後、マスターが次に尋ねられたのが、何故自分を選んだのか。

 

 これから二人三脚で共に歩んでいくにあたり、互いの背景への理解は非常に重要であると推測。

 私はマスターに、自らの夢と、どこで彼を知ったか、私から見た彼の必要性を語りました。

 

 これに対し、マスターの反応は……複雑なものでした。

 どこか戸惑っているような、何か引っかかるものがあるような。

 人の心の機微に疎い私には、彼の心情を推し量ることができません。

 

 ……けれど、マスターはすぐさまその表情を抑え、改めて口を開きました。

 

「さて、ホシノウィルムが君を受け入れた以上、俺も君と契約したいと思っている。

 ……だが1つ、問題が残っていてな」

「何でしょう」

「俺は、成り行きで担当を取りたくはない。『この子を支えたい』と思えるウマ娘以外を担当したいとは思わない。

 だから……悪いが、君を担当することに、俺から1つ条件を付けさせてもらう」

 

 成程。

 ウマ娘を担当するにあたり、トレーナーが試験や条件を課すのは珍しい話ではありません。

 特にマスターは、その途轍もない戦績もあり、私以外のジュニア級ウマ娘からも頻繁に逆スカウトを受けている様子。

 引く手数多であることから考えても、新たな担当契約に条件を課すことは不自然なことではないと推測します。

 

「オーダー、謹んで拝聴します」

「うむ、助かる」

 

 マスターは、そこで一度言葉を切り、ちらりと今もターフを走っている彼の担当ウマ娘、ホシノウィルム先輩の方を窺いました。

 私にとって2つの意味で先輩にあたる彼女は、宝塚記念で骨折を経て、現在リハビリの最中。

 故に私とマスターは、ホシノウィルム先輩を観察しながら話をしていたのです。

 

「さて、条件だが……ジュニア級が終わるまでに、G1タイトルを取ってみせろ。

 その走りで、俺を惚れさせてくれ。君を担当し、君を支えて行きたいと思わせてくれ」

「……G1タイトル、ですか」

「ああ。安心しろ、君の素養ならば十分に目指せるものだ。

 俺も微力ながら支えていくから、まずはそこを小目標としよう」

 

 G1レースは、日本にいる何千というウマ娘の頂点に立つ者のみが出走することのできるもの。

 それは簡単に手を伸ばし、あろうことか取ると宣言できるものではないと考えますが……。

 

 それが三冠を取る為に必要だというのなら……。

 いえ、マスターが取れ、と言うのならば。

 私はただ、それを実行に移すだけです。

 

 トゥインクルシリーズで、現在ジュニア級のウマ娘が出走することのできるG1レースは、4つ。

 阪神レース場、芝1600メートル、阪神ジュベナイルフィリーズ。

 同条件、朝日杯フューチュリティステークス。

 川崎レース場、ダート1600メートル、全日本ジュニア優駿。

 中山レース場、芝2000メートル、ホープフルステークス。

 

 私はクラシックレースを走るため、芝を走る練習を積んできました。であれば、ダートである全日本ジュニア優駿は回避すべきであると推測。

 そう考えれば……考慮すべき選択肢は2つ。

 阪神ジュベナイルフィリーズ、あるいは朝日杯フューチュリティステークスでマイルを走るか。

 それとも、ホープフルステークスで中距離を走るか。

 

 私が目指すべきは、クラシック三冠。

 その終着点である菊花賞を見据えれば、目標として定めるべきは……。

 

「やはりホシノウィルム先輩の後を追い、目標はホープフルステークスにすべきでしょうか」

「いや。……そうだな、先にそちらの話をしようか」

 

 マスターは一度言葉を区切り、改めて私の目を見て、言いました。

 

 

 

「ミホノブルボン、ひとまず中・長距離は諦めろ」

 

 

 

 ……思考、凍結。

 

 それは。

 

「三冠を、諦めろと?」

「ん? ……あぁ、なるほど、また間違えたかこれは。

 すまない、君の思っている意味ではない。……意識していても、癖はなかなか治らないものだな。

 君が望む限り、菊花賞には出走する。俺が言いたいのは、現段階で中距離以上を走ろうとするのは諦めろ、まずはマイルから始める、ということだ」

 

 ……ステータス『安堵』を検知。

 ほっと、息が漏れました。

 

 元マスターとの離別。理想を共にできず、支えてくださった方と別れた事案は、未だ記憶に新しい。

 今回もそうなってしまうのかと思ってしまい……非常に早い動悸を検出。

 私はどうやら、不安を感じていたようでした。

 

 ともあれ、それは誤解でしかなく、マスターは私の夢を信じてくださっている。

 であれば、それ以上に求めるべきことはありません。

 

 数度呼吸を繰り返す内、思考の正常な状態への沈着を確認。

 会話の再開を要請しましょう。

 

「会話の腰を折ってしまい、申し訳ありません。どうぞ続行をお願いします」

「謝るべきはこちらだが……今は置いておくか。

 改めて。今の君のスタミナでは、距離の限界はマイル……それも1600メートル程度。

 無理に中距離や長距離を走ろうとするより、走る距離を段階的に伸ばしていった方が、君の脚にも良いし、何より適切な負荷になる。

 故に、君が目指すべきG1タイトルは……朝日杯フューチュリティステークスだ」

 

 朝日杯フューチュリティステークス。

 年末、12月中旬に開催される、ジュニア級ウマ娘の決戦の1つ。

 クラシックレースへの出走に直結する、重要なG1レースでもあります。

 

 しかし、何故それと言い切るのか。

 そこに1つの疑問を抱きました。

 

「阪神ジュベナイルフィリーズではなく、朝日杯フューチュリティステークスであると断言される理由はあるのでしょうか」

「歯に衣着せず言えば、レベルの違いだ。

 阪神ジュベナイルフィリーズ、朝日杯フューチュリティステークス。

 これらは同じG1レースの中でも僅かながら格が違う。平均的なレベルは後者の方が高い。

 故にミホノブルボン、君が優駿たろうとするのならば、後者への出走と勝利を目指すべきだ」

 

 それはシンプルでわかりやすい理由でした。

 極めて困難なクラシック三冠を取ろうと望むのならば、その程度の障害は乗り越えて当然。

 私の血にも適した、マイル1600メートル。この距離での世代一も取れないようなら、血に適さない3000メートルなど文字通り夢でしかない。

 

 至極道理であると思いました。

 確かに、より強いウマ娘を制し、より強くなっていかなければ、三冠という高い目標を果たせるとは思えません。

 

 同時、先程に比べれば弱い、ステータス『安堵』を確認。

 ……これは、個人的な都合に過ぎませんが。

 阪神ジュベナイルフィリーズには、ルームメイトであるフラワーさんが出走予定。

 マスターの指示であれば従いますが……せっかく2つのレースがあるのならば、あの明るく可愛らしい友人にも勝っていただきたい。

 私はどうやら、心のどこかでそう思っていたようです。

 

「了解しました。ご指示に従い、朝日杯フューチュリティステークスに出走したいと思います」

「うむ、話が早くて助かる。

 今年の朝日杯の開催は12月8日だ。

 ……すると、そこまでに1度、オープンかプレオープンに勝って、十分な人気を得ておきたいな」

「距離は、やはり同じく1600メートルでしょうか」

「そうだな。ここからメイクデビューを終えて、君の走法の改善や気性なども確認するのに時間を使うことを考えて……11月中旬から下旬の、1600メートル……」

 

 そう言って、マスターはスーツの内ポケットから手帳を取り出し、ページを捲っていきました。

 ……一瞬、手帳のページを視認。今年開催されるレースについての詳細な記述が、小さな字で几帳面に纏められているようです。

 そして、その記述の中には……『阪神JF ニシノフラワー出走予定』とも。

 

 フラワーさんの出走予定を、ご存じなのですね。

 その上で朝日杯フューチュリティステークスを選択されたということは……。

 もしや、気を遣っていただいたのでしょうか。

 

 ……やはり彼は、ウマ娘に対して傍若無人に振舞うような方ではない。

 私たちウマ娘に寄り添ってくださる、信頼できるトレーナーなのでしょう。

 

「うむ、11月17日、ベゴニア賞。東京レース場、芝1600メートル。

 レース場の条件は少し厳しいが、ここが妥当なところか。ホシノウィルムのジャパンカップとも被らないしな」

「ホシノウィルム先輩は、ジャパンカップに出走予定なのですか?」

「あ。……あぁ、そうだな。

 ただこれは、まだ外に出していない情報だ。部外秘にするように」

「了解しました」

「うむ……まぁ、君なら信頼できるか。

 せっかくだから情報を共有しておくが、ホシノウィルムは今年、菊花賞、ジャパンカップ、そして有記念に出走予定だ。

 君のレース予定とは被らないから安心しなさい」

「菊花賞に……?」

「…………あぁ、そこも言っていなかったか。

 駄目だな、全然整理できてない。また昌にどやされ……いや、今はそこではなく。

 ホシノウィルムは既に、骨折を完治させている。ここから万全にリハビリをこなせれば、出走できるようにはなるだろう」

 

 ステータス『驚愕』が発生。

 今年の宝塚記念から菊花賞までの間隔は139日、おおよそ4か月半。

 聞いた話では、ホシノウィルム先輩は完全骨折であったとのことですが、その短期間でレースに復帰すると。

 

 そもそも完全骨折が完治するまでには、早くても3か月弱かかるはず。

 そこからリハビリをするために、どれだけ早くて2か月以上。

 その上で、そこから叩きのレースを経て、本調子で復帰する。

 故に、骨折からの復帰は半年以上の時間を見込んで行うのが定石と聞き及んでいました。

 

 確かにホシノウィルム先輩は、既に骨折の形跡すら見られない程に綺麗なフォームで走ることができています。

 しかし、それにしても……菊花賞までに完全な状態に復帰することは困難であると推測できます。

 

 彼らはその困難を、当然のように越えようとしている。

 ……やはり先輩とマスターには、常識は通用しないのでしょう。

 

 彼らと共にいれば……あるいは、私も。

 

「さて、ホシノウィルムの話はまた今度。今は君の今後の話だ。

 ひとまず、レースでの君の姿が見たい。これから1週間で君の走りを整え、メイクデビューを済ませてしまおうか」

「了解しました」

 

 マスターの言葉には気負いなど見られず、ただ淡々と予定を組んでいきます。

 絶対的な自信……いえ、より正確には、正解を知っているかのような自然な流れ。

 例えるならジュニア級の私と同じ、新人であるはずの彼は、しかし驚くべき能率で的確にスケジュールとトレーニングメニューを組み上げていく……。

 

 これが、名家のトレーナー。

 いえ、これが、マスター。

 

 ……不明なステータスを検出。

 類似するステータスを検索。『憧憬』『尊敬』『嫉妬』『焦燥』の4件が該当。

 それらから推測するに……私は彼を高く評価し、そこに並びたいと思っているのかもしれません。

 

 遠く、ターフを走っているホシノウィルム先輩の姿を視認。

 かつてお話しした際、先輩はマスターのことを深く信頼しているように見受けられました。

 そして同時、先ほど彼女を見ていたマスターの目も、落ち着いて自然なもので……。

 

 圧倒的な強さを誇る灰色の龍と、飛び抜けた技能と精神性を持つトレーナー。

 先輩とマスターは、強い信頼で繋がっている。

 二人三脚という言葉に相応しい、完璧な相互理解に基づく関係を築かれているのでしょう。

 

 私も早く、ホシノウィルム先輩と同じように、マスターに相応しい担当ウマ娘にならなければ。

 

 

 

 次なる目標は決定。

 朝日杯フューチュリティステークスに勝利し、マスターに認めていただくこと。

 そしてマスター、及びホシノウィルム先輩との間に、確固たる信頼関係を築くこと。

 

 ミホノブルボン、奮起します。

 

 

 







 ブルボンの口調難しすぎて禿げそう。

 申し訳ないんですが、次回もおまけです。
 最近シリアスばかりだったので、次回は頭を空っぽにして読めるギャグ回となります。
 それが終わったら……少しずつ、菊花賞が近づいてきますね。



 次回は3、4日後。おまけの別視点で、案件配信の話。
 色々と変更がありますが、読者様からアイデアを頂いたものが基になってます。ありがとうございます!



(本編に関係のない呟き)
 バイオレットでニャオハ選びました。
 ニックネームは「タテバニグン」です。

(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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