転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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過労キチィこんにちは

 

 

 

 8月も下旬、季節は夏の終わりに近付いてきた。

 気温の上昇は落ち着きを見せ、いよいよ秋の気配が迫っている。

 

 ウマ娘にとって鍛錬を積むべき季節であり、同時に健康や体重を崩しやすい魔の夏は過ぎ、10月から始まる秋のG1戦線についての話題が耳に入り始めた。

 芝の中長距離に限っても「秋華賞」「天皇賞(秋)」「菊花賞」「エリザベス女王杯」「ジャパンカップ」そして「有記念」と、格の高いG1レースが目白押しのシーズン。

 そこに備えるために、ウマ娘たちは7月頭から8月末までの2か月間、何百人という規模の大合宿を行い、ライバルとの交流と能力向上に努めるのだ。

 

 ……のだ、が。

 合宿に限って言えば、ホシノウィルムとミホノブルボンには関係のない話だ。

 何せ今年はどちらも参加しなかったからね。

 

 骨折明けで十全に走れる状態ではないホシノウィルムは、負荷の高い合宿のメニューには付いていけない。今は着実に力を取り戻すことが第一だ。

 そしてブルボンに関しては、そもそも原則的にジュニア級のウマ娘は合宿には参加しない。まだ体づくりの途中である彼女たちには、急激なものじゃない、段階的で緩やかな負荷の向上が望まれるのである。

 

 故に俺や彼女たちは、クラシック級以上のウマ娘がごっそりと減ったトレセン学園に残り、それぞれがすべきことをこなしていたのだった。

 

 

 

 まずホシノウィルムは、当然リハビリ。

 完治から1か月弱、彼女はある程度筋力を取り戻しつつある。

 彼女の従来の全速力から見れば……今は40%程だろうか?

 ウマ娘の回復力や筋肉の付き方は、人間に比べてかなり優れている。だが同時に筋力の上限値も高いので、結果としてリハビリには人間と同じくらいの時間がかかるわけだ。

 ……まぁ、あれだけ毎日苦痛を堪えて走り回れば、10月頭あたりには従来のスペックに迫る力を取り戻せるだろう。

 俺はとにかく焦燥故の怪我がないよう、徹底した体力管理を心がけるだけである。

 

 まともに脚が動かない状態のリハビリは、心身共にかなりの疲労を伴うと聞く。

 しかし彼女は今、鋼のような精神力でそれに耐え……いや、むしろ楽しそうに走っていた。

 走ることに前向きな感情を抱けるようになったのは、彼女にとっては喜ばしいことだろう。

 彼女がトレーニングやレースの中で学び、掴んできた経験。それはきっと、彼女の人生に幸福をもたらしてくれるはずだ。

 ……その分、頻繁に「撫でてください」と頭を擦り付けて来るようになったのは、それだけ彼女が弱っていると見るべきか、甘えん坊な素が出て来たと見るべきか。

 

 とにかく、ホシノウィルムに関する経過は順調、いや、順調を超えて快調に進んでいると言っていい。

 このまま事故もなく進めば、彼女の望む菊花賞出走も、十分叶うはずだ。

 

 

 

 一方、ミホノブルボンに関して。

 こちらもこちらで、順調と言っていいと思う。

 

 彼女の走りにあった僅かなフォームのブレ、不安定感、ぎこちなさ。

 それらをカメラに収めて記録し、後々修正箇所と方法を伝えれば、彼女はスポンジのように吸収……とまではいかないものの、比較的スムーズにそれを修正した。

 

 ……やはり、ミホノブルボンには才能がある。

 ホシノウィルムのそれに近い、けれど少しばかり方向性の違う才能が。

 

 ホシノウィルムのそれは、極めて良い要領による思考的能率の良さ。

 彼女は、世間一般的に言うところの「天才」のイメージが近い。

 コンディションにもある通り抜群の切れ者で、教えたことを一瞬で自分の力にし、途轍もないスピードで成長していく。

 ……その上、身体面まで天才的だから手に負えないんだが。まさしく天が二物を与えたウマ娘だ。

 

 一方ミホノブルボンのそれは、かけられた負荷に対して素直に成長する、身体的な成長限界の緩さ。

 謂わば成長するという側面での「フィジカルギフテッド」だ。

 普通のウマ娘にとって、成長は急な階段のようなものだ。階段を踏みしめて登り成長できることもあれば、なかなか脚が上がらずに成長が滞ることもある。

 しかしミホノブルボンにとっては、成長は坂道だ。その体はかけられた負荷に応じて、シームレスに成長していく。

 平たく言えば、鍛えれば鍛えるだけ素直に強くなるんだ。そりゃあ強いわ。

 

 故にこそ、体に染み付いてしまった悪い癖を抜くのも苦にしなかったのだろう。

 本来は何度も意識して動き、以前の癖を封殺して、長期間継続的に繰り返すことで体に染み込ませ直すところを、彼女は1週間程で綺麗に修正してしまった。

 

 ホシノウィルムが思考の天才ならば、彼女は体の天才だ。

 しかもそのどちらも、クラシックレースを荒らし回ることができる程の稀代の逸材。

 

 まったく、俺が縁を持つのは天才的なウマ娘ばかりだな。

 ……少しばかり、嫉妬しそうになるよ。

 

 

 

 最後に、俺に関して。

 ……正直、ここ3週間はかなりのハードワークだった。

 ブルボンとのコミュニケーションを取って信頼関係を築きながら、ホシノウィルムとブルボンのスケジューリングを済ませ、ブルボンの契約周りの確認や処理を済ませて、菊花賞とブルボンのメイクデビューに関しての下調べもしなければならなかったからね。

 

 当然と言うべきか、めちゃくちゃ忙しかった。最初の1週間なんか、多分睡眠時間が合計で6時間くらいしか取れなかったくらいだ。

 流石に体を誤魔化すのに限界を感じ、仕方なくホシノウィルムやブルボンのトレーニング中にも書類仕事を片付けるようにして、ようやく1日2時間程度の睡眠時間を確保できるようになった。

 

 とはいえ、これはあくまで契約初期特有の忙しさ。

 一時期は手に負えないかと思って本気で焦ったけど、まだまだ効率化できるところはあるし、もう少し慣れれば業務的には手に負える範疇になるはず。

 

 ……まぁ、ここからまた、少しばかり忙しくなるんだけども。

 

 

 

 さて……そうして俺たちがそれぞれ頑張っている内、ついにその時は訪れた。

 

 時は8月下旬。

 クラシック級ウマ娘たちが、段々と合宿から帰り着き、トレセンに活気が戻りつつある今。

 

 ミホノブルボンのメイクデビューが、始まる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 中山レース場、出走ウマ娘控室にて。

 俺はホシノウィルムと共に、ミホノブルボンと向き合っていた。

 

「調子はどうだ、ミホノブルボン」

「状態良好。平常時以上のパフォーマンスをお約束します」

 

 ブルボンは胸に手を当てて答える。

 うん、彼女の言う通り、調子は好調だ。

 残念ながら絶好調までは持っていけなかったが、時間がなかった以上そこはもう仕方がない。

 

 

 

 

 今日彼女が走るのは、メイクデビュー。

 競走ウマ娘が乗り越えるべき、最初の障害だ。

 

 本格化を迎えた後、ある程度走れるようになるジュニア級6月以降、ウマ娘はまずこのレースへ出走することになる。

 彼女たちがトゥインクルシリーズのレースに出走するためには、まずはこのメイクデビューか、そこに負けた際に出走することになる未勝利戦で1勝を飾らなければならない。

 

 ここは競走、勝負の世界だ。

 非常に残酷な話だが、未勝利戦に勝つことができず、トゥインクルシリーズに参加すらできないウマ娘も数多くいる。

 そういったウマ娘は、競走ウマ娘を引退するか、地方トレセンへ転校してそちらのレース群に参加することを強いられる。

 ……そうなれば、もう二度と、この中央には戻っては来れない。

 

 更に言えば、その勝利が遅れると、ジュニア級年末のホープフルステークスやクラシック級4月の皐月賞など、比較的早めに行われるレースへの参加は難しくなる。

 何せG1は格式が高く、強くて人気のあるウマ娘が出走登録してくるんだ。

 出走のためには、それらを押しのけるだけの強さを事前のレースで示し、潜在的な人気を獲得する必要がある。

 デビューをこなすのが早ければ早い程、人気を得るためにプレオープンやオープン、他の重賞を走るゆとりを持てるわけだ。

 

 そういった意味で、トゥインクルシリーズに参加する競走ウマ娘にとって、メイクデビューは非常に大きな意味を持つ。

 彼女たちの人生の岐路の1つ。大事な大事な瞬間なのである。

 

 ……けれど、今の俺に気負いはない。

 

 何故なら、今のミホノブルボンが敗北する可能性は、絶無と言っていい程に低いのだから。

 

 

 

 

「ブルボンちゃん、トレーナーの作戦を忘れないようにね。後はあなたらしく走れば、大丈夫」

「ありがとうございます、ホシノウィルム先輩。必ず勝利を刻みます」

 

 ホシノウィルムはいつもの無表情で、安心させるように言っているが……。

 よく見れば彼女自身、少しだけ不安そうに眉を寄せている。

 

 ホシノウィルムはどうやら、ブルボンのメイクデビューを心配してるらしい。

 先程から平時の彼女に比べて少しだけ口数が多く、定期的にブルボンに話しかけたり、そわそわと目線を動かしている。

 まぁ時期が時期だ、不安になる気持ちはわからなくもないが……。

 

 その様子は、悪いとは思うけど、少し可笑しく見えた。

 どんなレースを前にしても緊張なんてしなかった彼女が、後輩のメイクデビューを前にして取り乱している光景は、どこか微笑ましいものがある。

 

 正直少し心配してたんだけど、なんだかんだ、ホシノウィルムは良い先輩をしていると思う。

 いつもはブルボンに走り方とかコーナリングを教えたりしてるし、今も後輩の心配を和らげようと話しかけたり、何度も「大丈夫」と繰り返したり。

 ……まぁ、彼女の走り方は感覚的なものが大きいから身になってるかは微妙だし、今も落ち着くべきはホシノウィルムな気がしなくもないが。

 

 一方で俺は、既にブルボンに伝えるべきことは全て伝えている。

 だから……言うべきは、勝つ負けるではなく。

 

「無事に戻って来い、ミホノブルボン」

「ミッション了解。身の安全の優先度を最大にし、完走を最優先とします」

 

 その言葉を交わしてすぐ、URAの職員がブルボンを呼びに来た。

 ……さて、俺とホシノウィルムは、スタンドから観戦だな。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『中山レース場に新進気鋭のウマ娘たちが集いますメイクデビュー、綺麗な晴れ模様の広がる中、輝く舞台へと足を踏み入れるのは誰だ。

 中山外・右回り、芝1600メートル。バ場状態は良バ場の発表です』

『やはり注目は、そのハードなトレーニングを見込まれ1番人気と目されたミホノブルボンでしょう。

 クラシックレースへの参戦を望み、シンボリルドルフ以来の無敗二冠ウマ娘を生み出した堀野歩トレーナーと契約した彼女は、不可能を破るための最初の一手を打つことができるか』

 

 

 

 遠くから響いて来た実況解説の声を聞いて、ホシノウィルムは僅かに口角を吊り上げて笑った。

 

「言われてますよ、トレーナー」

「やめてくれ。顔から火が出る」 

 

 不釣り合いな評判だってことは、誰よりわかっている。

 確かに、俺が担当したホシノウィルムは無敗二冠と宝塚記念を取った。

 そしてそこに、俺のトレーナーとしての技量が関与していない、とは言い切れない。

 

 だが、それを成し遂げた要因の内多くの割合を占めるのは、あくまでホシノウィルムの素質と実力。

 トゥインクルシリーズ、特にクラシックレースは天才と天才のぶつかり合い。

 トレーナーが彼女たちを万全に補佐することは前提として、彼女たちの才能と努力がどこまで極まるかの戦いなのだ。

 

 ……そう、トレーナーが万全なサポートをすることなんて、大前提だ。やって当然の職務に過ぎない。

 それを褒めるのは、謂わば生きてて偉いだとか、息をして偉いだとか、そういうレベルの話。

 やって当然、できて当然。生きて、息をして、その上で何を為せるかが俺たちの価値なんだと思う。

 故に……ホシノウィルムをサポートしたことを、俺個人の評価へと加えるべきではないんだ。

 

 俺たちトレーナーが評価されるべきは、ウマ娘たちの引退後。

 全てを終えた彼女たちが、「何の後悔もない良い競走人生だった」と笑えるなら、それこそが何よりの誉れなのだ。

 

 ……ああいや待て、これは堀野家の考え方、か。

 俺としては決して間違った考え方じゃないと思うんだが……あるいはこれも歪なんだろうか?

 

 まぁいい、取り敢えずこれについて考えるのは後回しにしよう。

 確かなのは、俺は未だ、彼女を支えたことを誇る気にはなれないってことだ。

 

 

 

 ……ま、社会的にそういったわかりやすい基準が必要なのはわかるけどね。

 故にこうして変に持ち上げられたり、それを理由にして勤務態度の査定を付けられるのは、ある種仕方のないことだと思う。

 

 ……思う、けど。

 それはそれとして、身に余る評価を大々的に叫ばれると、そりゃあ顔をしかめたくなるってもので。

 

「俺を評価するくらいなら、『前年無敗二冠ウマ娘、ホシノウィルムを継ぐ逃げを見せられるか』とか、そういった評にして欲しかったんだがな」

「駄目ですよ。ブルボンちゃんの走りは私とは違う、むしろ全く逆と言ってもいいものです。

 それはトレーナーもわかってる……というか、トレーナーこそわかってるでしょう?」

「……正論は苦手だな。何も言い返せないから」

「あら、どの口が言うんですか?」

 

 ホシノウィルムはそう言ってクスクスと笑った。

 

 思えば彼女とも、だいぶ気安い関係になったものだと思う。

 最初は互いへの過干渉を避けるような空気があったのに……今ではこうして、冗談を言い合うような仲にまでなった。

 

 俺から彼女への意識はともかく、彼女から俺への意識が変わったのは……多分、あの時か。

 俺が委任計画を立てたことを叱られて以来、彼女は俺に遠慮しなくなった。

 「これを言ったら傷つくかな」みたいな配慮がなくなって、自分の伝えたいことをストレートに伝えてくれるようになったと思う。

 それは、不器用で人の心を推し測るのが苦手な俺からすれば、非常にありがたくて……同時に、嬉しいことだった。

 

 勿論、全てを詳らかにしてくれているわけではないだろう。

 俺だって、自分の全てを明かしているかと言われると、そんなことはない。

 人にもウマ娘にも、相手や自分との関係を想えばこそ、話せなくなることはあるんだ。

 

 ……けれど、それでも、1つ確かなこととして。

 彼女は以前よりもずっと、朗らかに笑ってくれるようになった。

 

 俺はそれを嬉しく思っている。彼女と仲を深められることを。

 評価され、信頼され、親愛を抱かれることを……堀野歩は喜んでいる。

 

 ただ、それがトレーナーとして、正しいことなのか……。

 俺にはまだ、わからなかったけれど。

 

 

 

 ふと、レース場に目をやった。

 ちょうどブルボンがターフへ入場してきたところだったようだ。

 ホシノウィルムも口元から笑みを消し、ブルボンの方を観察している。

 

「トレーナー、今回のレース、どうなると思いますか」

「ミホノブルボンが勝つ」

「……だ、断言するんですね」

「ああ。無理に信じるまでもなく、彼女が勝つだろう」

 

 そういえば、ホシノウィルムには今回のレースの展望を話してなかったかもしれない。

 いや、話したか? ブルボンのデビューの日程とその相手が決まった頃に話したような気もする。

 いやでも、彼女が知らないってことは話してないんだろうな。

 ここ1、2週間くらいの記憶、ちょっと朧気っていうか、纏まってなくて思い出し辛いんだよなぁ。睡眠不足とかで記憶が体系化できてないっぽい。

 

 話さなきゃいけないことはメモに残してるはず、と思って胸元から手帳を取り出すと……。

 はは、筆跡がぐちゃぐちゃに震えてて読めねぇわ。俺のバ鹿。

 後で解読して清書しないと。わぁい、タスクが増えた。

 過去の自分に期待するのは諦めて、手帳をしまって口を開く。

 

「今日のレースだが、基本的にどんな展開になってもミホノブルボンが勝つ。

 理由は簡単で、今回の参加者の中ではミホノブルボンが圧倒的に強いからだ」

「……私の時よりも圧倒的ですか」

「それは比較対象が悪いわ。君に勝てるウマ娘などいるものか」

「うぇへへ」

 

 ホシノウィルムはあんまり人には見せられない笑顔を浮かべているが、それは本当に欠片の間違いもなく事実だ。

 ホシノウィルム程にステータス、適性の両面がズバ抜けていたウマ娘は他にいない。

 殊にメイクデビューの瞬間で見れば、まず間違いなく彼女は「歴代最強」だったはずだ。

 名バと言われているサイレンススズカやスペシャルウィーク、あの無敗三冠を取ったシンボリルドルフでさえ、一番最初の瞬間だけで見ればまず勝てない。

 それだけ、ホシノウィルムというウマ娘は常識外れの桁外れだったんだ。

 

 

 

 そして今のミホノブルボンも、あくまで常識の範疇の中ではあるが、桁外れと言っていい。

 ……というか、今回に関しては、他のウマ娘の才能がそうでもないと言うべきか。

 

 まずその適性がかなり致命的で、芝DだったりマイルCだったり、脚質と適性が一致してなかったりする。

 一方ブルボンは、芝AマイルB逃げAだ。これは大きな大きなアドバンテージとなるだろう。

 

 次に、ステータスにも大きな差がある。

 他のウマ娘は60から90台でステータスが纏まっているのに対して、ミホノブルボンはスピード、パワー、そして根性が200を超えている。その分スタミナや賢さは控えめだが、それでもどちらも100をオーバーしているんだ。

 

 適性、ステータスの面でスペックに格差がある。

 この状況から負けるのは、何らかの事故があるか、あるいは走行妨害で降着処分でもされない限りあり得ないだろう。

 

 勿論、数字が絶対だとは言えない。何が起こるかわからないのがウマ娘のレースだ。

 ……が、それを確実に近づけるのがトレーナーの仕事であるわけで。

 何が起きても対応できるように、ミホノブルボンには10を超える作戦を伝えてある。

 

 本番で起こる確率が5%を下回るようなハプニングが発生し、その上で彼女の頭の中から対策がすっぽ抜け、更に彼女が本気を出して走れない、なんてことが起こらない限り敗北はない。

 

 

 

 ……ということを、かいつまんでホシノウィルムに伝えた。

 

「なるほど、やはりブルボンちゃんは強いのですね。少し安心しました」

「強いって……君はあの子のことを何だと思っているんだ」

「何、と言われると……私より弱いウマ娘、でしょうか」

 

 そりゃあ君が基準なら、そういう雑な判断にもなるだろうけども。

 

「彼女は天才だよ。それも『何十年に一度の』という枕詞が付く天才。

 『適性は努力で超えられる』……この言葉に嘘はない。だがそこには、前提として高い才能と膨大な努力、そして間違いのない指針が必要になる。

 ミホノブルボンはその内2点において、最高の素質を持っている逸材だ。

 膨大な努力を可能とする頑丈さ、それを身にする才能と、努力を惜しまぬ精神性。その全てを持ち、そしてそれを活かせる環境にあるウマ娘なんて、世界中を見てもそうはいない」

「へぇ……そうなんですね。

 ちなみに、私はなんて枕詞の天才なんですか?」

「君は……『唯一無二の』天才かな」

「唯一無二……へへ」

 

 ……最近のホシノウィルムは、よくミホノブルボンと張り合っている気がする。

 恐らく、これまでにないくらい身近に他のウマ娘の存在を感じ、無意識に敵対心というか、負けず嫌いな彼女の本能が出ちゃってるんだろうな。

 

 とはいえ、それは悪いことではない。

 自分を他と比べて負けたくないと思うのは、ウマ娘の根本的な闘争本能。

 むしろそうして張り合い、相手を意識することで、互いに高め合うこともできるだろう。

 

 問題があるとすれば、彼女たちの関係性が悪化してしまう可能性だが……。

 そこに関しては、ホシノウィルムもミホノブルボンも、年頃の少女とは思えない程理性的だ。

 ホシノウィルムはブルボンを後輩として可愛がっているようだし、ブルボンもホシノウィルムに淡い尊敬と信頼を持っているように見えた。

 故に、今のところ俺たち3人の関係が親しくなることはあれど、瓦解する兆しは見えていない。

 担当を増やした直後とは思えない、驚く程平和な関係性に落ち着いている。

 

 正直言うと、彼女たちの仲が良いのはすごく助かる。

 一緒にトレーニングもできるし、2人きりにしても問題ない。そして何より、その関係の修復に労力を割かずに済む。

 もしも関係が悪化していたら、多分デスクワークに関してはたづなさんのお世話になっていただろう。これ以上疲労を溜めたら、冗談抜きで倒れかねないからね。

 

「ブルボンちゃん、勝ってほしいですね」

「ああ。こんなところで止まるべきウマ娘ではない」

「トレーナーの不敗記録に傷を付けてほしくもないですし」

「いやそこはどうでもいいんだが」

「堀野歩トレーナーの担当ウマ娘たるもの、メイクデビューで躓いているようじゃ失格ですし」

「いや俺は別に気にしないが」

「トレーナーはもっと評価されるべきなんです。こんなところで評判を落とすようじゃダメですよ」

 

 ふんす、と鼻息を荒らげるホシノウィルム。

 ……後輩として可愛がってるんだよね?

 これはアレだよね、ちょっとツンデレチックな激励だよね?

 

 どうしよう、彼女たちの関係が心配になってきた。

 ホシノウィルム基準で言うと、普段はかなり親しくしてるはずなんだけどなぁ……。

 

 

 

 どうしたものかと頬を掻いている、と。

 

「……それと、トレーナー」

「ん?」

「このレースが終わったら、ちゃんと休んでね」

 

 ……バレバレか。

 気恥ずかしさに、思わず口端が上がる。

 

 本当に聡くて、そして優しい女の子だ。

 俺の状態を悟りながらも、ここまで思うようにやらせてくれたこと。

 そして今、どうしようもなく逃げられない状況で、敬語も使わずに言ってきたこと。

 その全てに、彼女の気遣いを感じる。

 

「ありがとう。今日の諸々が終わったら、一度長い睡眠を取るよ」

「ん」

 

 本当は私を頼ってほしいけど、と。

 彼女は小声で呟いた。

 呟くだけにしてくれた。

 

 ……俺は、彼女を頼りたくない。トレーナーとして、必要以上の迷惑をかけたくないと思っている。

 そしてそれを、彼女は知っている。

 だから無理には求めないんだ。

 

 俺が進退窮まって、自分から「助けてほしい」と言い出すまで、彼女は待ってくれている。

 

 本当、知られるっていうのは恐ろしくて、同時に……うん、心地良いものだな。

 

「気遣いありがとう、ホシノウィルム」

「いえ。私、あなたのウマ娘ですから。

 ……さぁ、今はブルボンちゃんの勝利を見守りましょうか」

 

 

 

 話している内、レースの時間が迫って来ていた。

 実況の声が中山レース場に反響する。

 

 

 

『さぁ1番人気を紹介します、3枠3番ミホノブルボン!

 努力は血を超えられるのか、彼女の挑戦が今、始まろうとしています』

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、あっという間にウマ娘たちのゲートインが完了し、ミホノブルボンのメイクデビューが始まる。

 

 ……と、言いたいところだが。

 どうやら今日は、そうもいかないようだ。

 

「ゲートイン、遅れてますね」

「ああ。仕方ない、ここに関しては気性だからな」

 

 何人かのウマ娘たちがゲート入りを拒んでいる。

 いや、拒んでいるというか……足が動かないのか。

 

 ウマ娘は人間に比べて、パーソナルスペースが広い。端的に言えば、閉所が苦手な傾向にあるらしい。

 故に狭い場所に入ると、気性が荒い子はイラつき、逆に大人しすぎる子は怯えてしまう。 

 勿論その度合いには個人差があり、そうでもない子はほとんど何も感じないらしいが……。

 特に酷い一部のウマ娘は、ゲートに入ろうとしても拒絶反応が出て、ゲートインが進まないことがある。確かセイウンスカイもそういうタイプだったはずだ。

 他にも、本番を前に緊張して動かなくなるとか、他のウマ娘の威圧感にあてられて動けなくなるとか、そういった理由もあるんだが、それはともかく。

 

 特に、出走ウマ娘がまだ公式のレースを体験していないメイクデビューでは、そこそこの頻度でゲートインが遅れる。

 今回はその典型例で、何人かのウマ娘が初めてのレースに緊張したのか、なかなかゲートに入れないようだった。

 

 一方でブルボンはいつも通りの無表情、感情の読めない機械的な動きで、既に淡々とゲートインを済ませていた。

 

 ……そして、その後ずっと、ゲートの中でスタートの瞬間を待っている。

 

「大丈夫でしょうか、ブルボンちゃん」

「さて。……そういえば、君はゲートの中、どうなんだ」

「そうですね……恐らく私は、ウマ娘の中では比較的平気な方だと思います。

 ですがそれでも、ここまで待たされると……少し集中力を削がれるかもしれません」

 

 そう、そこが問題だ。

 

 ゲートの中で待つと、ウマ娘は苛立ち怯え、集中を欠く。

 で、スタートの瞬間に集中力がなくなると、出遅れてしまう可能性が高まるわけだ。

 それに対策するための、スキル『集中力』。

 故に俺は去年、ホシノウィルムに真っ先にそれを教え込んだわけだ。

 

 けれど残念ながら、ミホノブルボンには、スキルを習得させる暇がなかった。

 それでも、ホシノウィルムのように気性が穏やかであれば、大きな問題はないはずだったが……。

 

 結果として。

 

 

 

『さぁ今最後のウマ娘がゲートに入りました。

 お待たせしました、6レースメイクデビューです。

 ……スタートしました!』

 

 

 

「っ!」

「…………」

 

 ミホノブルボンは、出遅れた。

 

 

 







 本当は1話で終わらせようと思ってたんですが、文字数が膨らんだので前後編になります。
 レース書こうとすると毎回こう。

 あと史実のブルボンファンの皆さまのために言っておきますと、ブルボンのメイクデビューの距離はミスじゃなくて仕様です。
 ブルボンの短距離適性はCなので、堀野君はマイルを選びました。



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、ブルボンのメイクデビュー後編。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざと出ない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
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