転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 不穏なタイトルですが、命に関わるような不穏なことはないです。
 ちょっと暗い展開はあるけど。





ウィルムはトレーニングへ行った

 

 

 

 私の後輩、ミホノブルボンちゃんが迎えた初めての公式レース、メイクデビュー。

 そこで、彼女は……。

 

 

 

『……スタートしました!

 ややバラけたスタートになりました今レース、1番人気ミホノブルボンは出遅れか』

 

 

 

「っ!」

 

 ブルボンちゃんは、出遅れた。

 

 私はよく知ってる。

 逃げウマ娘にとって、出遅れは致命的なミスなんだって。

 だから思わず、声を出しかけてしまったんだ。

 

 

 

 土台、出遅れっていうものは、全てのウマ娘にとって致命打になり得る。

 

 例えば、1秒出遅れたとしよう。

 勿論、1秒なんて出遅れは本当の本当に大きすぎるミスなんだけど、ここでは大きく見て1秒ね。

 ウマ娘が最高速で1秒間走れば、おおよそ15から20メートル程度の距離が開く。

 これを着差で表現すると、おおよそ6から8バ身差。

 本来5バ身差で圧勝できるはずのレースも、1秒出遅れすれば負けてしまう。

 それくらい、出遅れは圧倒的なディスアドバンテージなんだ。レースを走る前に敗北が確定してしまうそれは、競走ウマ娘にとっては最も恐るべき可能性だろう。

 

 その上、逃げウマ娘にとっては、更にマズいことになる。

 

 根本的に、この世界において逃げはメジャーな脚質ではないっぽい。

 前半でスタミナを消耗しすぎれば、脳に酸素が回らず、残ったスタミナのやりくりや冷静な対処ができなくなる。

 故にレースは前半で抑えて、後半から飛ばす。

 序盤のリードではなく、終盤の最高速で戦う。

 それがこの世界の共通認識だ。

 ……まぁ、スズカさんや私の台頭で、多少は意識改善も発生するかもしれないけども。

 

 そんな共通認識のある中敢えて逃げで走るって子は、バ群の中で走ることや、終盤の競り合いに精神的に向かないウマ娘であることが多い。

 周りに他のウマ娘がいると緊張するとか焦るとか、あるいは後半にスタミナを残しすぎると掛かってしまうとか、逆に足を余らせる癖があるとか、そういうの。

 逆に言えば、周りに誰もいなければ快速で飛ばせるとも言える。こういうのはあくまで得手不得手の問題だから、短所も時には長所になったりするんだ。

 

 でも、仮にそんな子が出遅れて、バ群の中に沈むとどうなるか?

 答えは1つ。

 ……真っ当には走れない。

 

 故に、逃げウマ娘にとって出遅れは致命的になり得る。

 リレーでバトンを落とすようなもの、と言えばわかりやすいかな。

 

 

 

 ……トレーナー曰く、ブルボンちゃんの脚質適性は逃げ特化。先行も不可能じゃないけど、やらせるつもりはないって。

 

 そんな彼女が出遅れすれば、どうなるか……。

 

「トレーナー」

「心配するな、ホシノウィルム」

 

 思わず声をかけた私の横で、しかしトレーナーは何ら動じず、レースを眺めていた。

 表情からは僅かな疲労の色が透けて見えたけど……それでも、その目は確かに正気を保ってる。

 

 それを見て、少しだけ安心した。

 この展開は彼にとって、予想外だとしても、想定外ではない。

 あくまで想定し得る範囲の、対策できる範囲のものでしかないんだ。

 

「言っただろう、ミホノブルボンは勝つよ。彼女は確実にそれを為せるくらいに、強い」

「とは言っても……9人立ての中で、7番手くらいになってますけど」

「問題ない」

「その上ほぼ全員にマークされてるし、両脇も挟まれて進路がないですが」

「それでも、彼女が勝つ」

 

 強く言い切るトレーナーに、少し驚く。

 

 私のトレーナーは、心配性だ。

 確実性の低い情報に関しては断言しないし、いつだって自分のウマ娘を細やかすぎるほどに心配し、気遣っている印象がある。

 直球に言っちゃえば、彼は担当に対してかなり過保護なんだ。

 総じて、優しくて温かく、堅物なくせに柔らかい……そんな人っていうイメージだった。

 

 けれど、今のトレーナーは……。

 何というか、すごく、鋭い。

 

 思えば私は、担当のレースを観察する堀野歩トレーナーを、初めて近くで見たのかもしれない。

 いつもはターフの上からしか眺めることのできなかったその雰囲気は……まるで針のように鋭く、研ぎ澄まされていた。

 

 これまでに集積してきたものが収束し、極まったような……。

 いや、そう、これは。

 ……私たちウマ娘が公式レースに挑む時の雰囲気に、よく似ている。

 

 これが彼の、契約トレーナーとしての表情、なんだろうか。

 

 思えば、ウマ娘にとって公式レースが決戦であるように、トレーナーにとっても担当のレースは決戦なのかもしれない。

 私たちがトレーニングを積むのと同じように、トレーナーは情報とスケジュールを積み上げ、こうしてレースに臨むんだから。

 

 そして、私たちが流してきた汗と涙を自信に変えて走るように……。

 トレーナーの中にある、蓄積したデータによる高い完成度の予測と、あの子なら勝てるという信頼。

 それらが緊張や興奮、不安を駆逐して、ただただ冷静に眼前のレースを眺めさせていた。

 

「…………」

 

 思わず、見惚れてしまう。

 真摯に自分のウマ娘のトレーニングに向き合ったが故に、彼女なら負けることはありえないと……自分に自信を持つのではなく、自分の担当に絶対の信頼を置く、彼らしいその在り方。

 

 私たちを正しく導き……そして、どこまでも信じてくれる。

 それが、堀野歩さんっていう、私の自慢のトレーナーだ。

 

 ……あーもう、ただでさえ顔が良いのにそんな表情するとか、女殺しならぬ担当殺しじゃん。

 うぅ、心臓がうるさい。聞こえてないよね?

 

 私もこれまでのレースで、こうして信じてもらっていたんだろうか。

 いつだって全幅の信頼を置いてもらって、君なら勝てるって、信じてくれたんだろうか。

 もしそうだとしたら、担当ウマ娘としても、ホシノウィルムとしても、これ以上嬉しいこともない。

 あぁでも、宝塚記念で受けた、必死な声援。

 あれを味わえないとなると、少し損をしたような気持ちに……。

 

 

 

 ……あ、いや待て待て。

 今は大事な後輩のメイクデビューだ。しっかり見守ってあげないと。

 

 ちょっと色ボケてしまった思考を立て直し、改めてレースに目を向けた。

 

 

 

『ウマ娘たちが第二コーナーを回ります、出遅れたミホノブルボン、現在7番手の位置でバ群の中から展開を窺います。

 改めて現在の位置は……』

 

 

 

 ブルボンちゃんは、いつもの走り方を崩してない。

 遠すぎてはっきりとはわからないけど、動揺の気配はないように見えた。

 

 やっぱりトレーナー、ブルボンちゃんにしっかり出遅れの対処法を教えてたんだな。

 もし出遅れても勝てるように、あるいは他にどんなアクシデントがあっても勝てるように、万全の準備と策を用意してきたに違いない。

 

 ……でも、どう対処するんだろう。

 出遅れは、シンプルながら非常に大きなディスアドバンテージだ。

 それを覆すのは、簡単じゃないように思えるけど……。

 

「ブルボンちゃんにはどんな策を伝えたんですか?

 この出遅れを取り戻すのは、彼女にとっても骨だと思うのですが」

 

 本人は認めないしあまり自覚も持ってないが、堀野歩トレーナーは本質的に策士だ。

 膨大な過去のレース、そして現在のライバルのデータを用い、レースの先読みと支配を得意とする。

 

 これまでの私のレースを見れば、一目瞭然だろう。

 私にスペックによる勝ちを繰り返させ、策など用いないイメージを付けて、中盤でのペースダウンを悟らせなかった皐月賞。

 敢えて大逃げを放棄し、バ群に蓋をしてマックイーン先輩のスタミナを使わせなかった宝塚記念。

 

 ……勿論、フィジカルで競り合ってくるテイオーや、足音を被せるなんて奇策を取るスカイ先輩のような想定外もある。

 けど、逆に言えば想定外に陥らない限り、彼の展開予測と策は必ずハマるんだ。

 

 故に今回も何らかの策を打ち、ブルボンちゃんを先頭まで導くのだ、と。

 そう思っていたんだけど……。

 

「特別な策はない」

「……え」

「俺が彼女に教えたのは、レース展開と走り方だ。今は4つ目に伝えた通りの展開で進んでいる」

「えっと……では、どうやって勝つんでしょう」

「そりゃあ、前の子を追い抜いて勝つんだろう」

 

 

 

『さぁ第3コーナー、残り900メートル。

 内を突いて走るミホノブルボン、後方6番手の位置』

『やはり序盤の出遅れが大きく響いたか、逃げウマ娘であるミホノブルボンにとっては厳しい展開ですね』

 

 

 

「追い抜いて勝つって……それはそうでしょうけど」

 

 私には1つ、苦い思い出がある。

 

 トレセン学園に来て、最初の模擬レース。

 1バ身差で負けた、現実における私の唯一の黒星である。

 

 私はそこで、合わない距離を合わない脚質で走り、めちゃくちゃにマークされた結果、半ば反則じみた進路妨害を受けたりもして、結局1バ身差で2着。

 

 ……いや、冷静に考えるととんでもないな。そりゃ負けるわって感じ。

 というか当時の私、アホすぎない?

 ただ自主トレするだけじゃなく、もうちょっと座学もした方が良かったよなぁ。ずっと勝ててたからって調子に乗ってたね、アレは。

 

 下手に失敗経験を踏まないと、「勉強なんかするより、自主トレしてた方が強い」みたいな間違った学習をしてしまいがちだ。

 そういう意味では、最初に鼻っ面を叩き折られたのは、私には良い薬だったのかもしれない。

 ……その薬の苦さに暴走して、危ういところまで行ったりもしたけど。

 まぁ結局それでトレーナーと巡り会えたんだからオールオッケー。終わり良ければ全て良しだ。

 

 さて、話を戻して。

 今のブルボンちゃんの状況は、私の最初の模擬レースに似た展開なんだよね。

 

 逃げウマ娘が前方に出ること叶わず、後方でバ群に巻き込まれて進路を塞がれる。

 すぐそこに他者がいるというわずらわしさ、好きに進路を取れない苛立ち、そして目の前にある背中に辿り着けないストレス。

 それがどれだけ苦しいものなのか、私は誰よりも知っている。

 

「……勝てますか?」

「勝てる」

「私でも、勝てなかったのに?」

 

 トレーナーも、あの時の私を見てたはずだ。

 ホシノウィルムでも、こうなれば勝てないと。

 彼は誰よりも、それを知って、覚えているはず。

 

 けれどトレーナーは、それでも揺るがない。

 

「あの時の君と今のミホノブルボンには、2つ、決定的な違いがある」

 

 トレーナーは2本指を立てて、言った。

 

「1つはトレーナーが付き、走り方を教えているかどうか。

 ……そしてもう1つが、君と彼女の頭の違いだ」

「頭?」

 

 

 

『さぁ第4コーナー、ここから勝負が決まるぞ。

 先頭から最後方までは15バ身程度、中山の直線は短いぞ、後ろの子たちは間に合うか?』

 

 

 

「君は、いや、ホシノウィルムは賢い。外部から入力された情報を咀嚼し、効率良く自分の糧として活かす思考能力を持っている。

 それは非常に稀有で、そして有用なものだ。

 しかし逆に言えば、咀嚼しきれない情報に関して、君は身にすることができない」

「……ええと、それは異常なことなんでしょうか」

「いいや。君はそのままでいい、それこそが君の強みなんだから。

 ただミホノブルボンは、頭の使い方が少し異なるというだけだ」

 

 

 

『先頭が最終直線に入ってラストスパート!

 外に膨らんだウマ娘たちが、一斉にゴールに向かって駆け出していく。

 トゥインクルシリーズへの道は開けたぞ、誰がデビューを飾るのか?』

 

 

 

「ミホノブルボンは、外部から与えられた刺激に対して素直だ。

 それは肉体への刺激もそうだし……情報、つまり脳への刺激もそう。

 彼女は情報を得た時、それを咀嚼するのではなく、形を捉えて丸呑みにする。

 ……そうだな、例えて言うなら。

 君は授業を受けた時、自分の頭で情報を纏めて、自分の言葉でノートに書き記す。

 しかしミホノブルボンは、板書や言われたこと、教師の発言の全てをノートに書き写す。

 故に……」

 

 最終直線に入るとバ群が外に膨らみ、一気に道が拓けた。

 そして……その中にいた、1人の栗毛が。

 

 ドン、と。

 一気に、加速した。

 

「故に、これだけ実力差があるレースなら……その適性不足さえも、作戦で補える」

 

 

 

 逃げウマ娘は、自らの気性故にバ群の中で待つことができなかったり、他のウマ娘に勝とうという闘争心を持てなかったり、あるいは末脚が甘かったりする。

 

 ……だけど、例えば。

 『出遅れたなら、バ群に速度を合わせて走れ』

 『第4コーナーから最終直線にかけて外に膨らんで、そこからゴールまで全力でスパートしろ』

 そう自らのトレーナーから『オーダー』を受け、自分の邪魔な思考を排除し、ただその通りに体を動かすことのできるウマ娘がいたのなら。

 その能力が、他よりも飛び抜けて高かったら。

 

 

 

 ……ただひと時だけの追い込みも、あるいは可能なのかもしれない。

 

 

 

『ミホノブルボンが差を詰めて、一気に先頭に立とうという勢いで行きます!

 内か外か、並んだかわした、そして突き放す! ミホノブルボンそのまま先頭でゴールイン!

 自らが持っていた脚質の不利さえ跳ね除ける素晴らしい走りで、見事1勝を飾りました!』

 

 

 

 ゾクリと、胸のあたりが震える。

 ……すごいな、ブルボンちゃん。

 これはちょっとばかり……彼女と走るのが、楽しみになってきたかもしれない。

 

 私が感心している一方で、トレーナーは……。

 

「やはり……それが、ミホノブルボンの弱点か」

 

 既に、未来を見据え始めていた。

 

 

 

 ……そうして、ブルボンちゃんのメイクデビューは終わった。

 2着との着差は、実に2と2分の1バ身差。

 出遅れたとは思えない大きな差を付けて、その実力を世界に叩きつけたのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 メイクデビューで勝利を刻んだウマ娘は、続いてもう1つ、初めての経験を積むことになる。

 そう、ウイニングライブだ。

 素晴らしい勝ち方を見せたブルボンちゃんも例に漏れず、彼女のファンになってくれた観客の皆に「Make debut!」を披露した。

 

 ……トレーナーによる表情筋の動かし方の指導や私による演技指導もあり、何とか表情豊かなライブになったと思う。

 でも、曲が終わると同時にスッと真顔に戻るのはちょっと問題かもしれない。

 いや、そういうとこも含めて彼女の魅力だと思うべきかな。

 

 しかし、ライブ時の表情の動きを見ている感じ、トレーナーの言う通りブルボンちゃんは「こう動く」と覚えさえすれば、その動きを綺麗にトレースできるみたいだね。

 すごいな、マジでアンドロイドみたいだ。デトロイトベカムブルボンちゃん。

 ……まぁその分、想定外には弱いみたいだけどね。そこは改善点だ。

 

 そうしてデビューを刻んだブルボンちゃん。

 改めてトレーナーと2人で、彼女を「おかえり」って出迎えて。

 当然、無事に完走した記念のご褒美権もブルボンちゃんに贈与されて。

 後は私が「ブルボンちゃんも頭、撫でてもらったら?」と提言した結果、彼女にも頭撫でが行われたりもして……。

 

 そんなこんなで、ブルボンちゃんのメイクデビューは何事もなく、無事に終わったのだった。

 

 

 

 ……いやぁ、なんだか肩の荷が下りた気分だ。

 

 別にホシノウィルムは、ミホノブルボンに対して何か責任を負っているわけじゃない。

 強いて言えば、かつてアドバイスを送った後輩であり、同じトレーナーに指導を受けている担当ウマ娘ってだけだ。

 

 でも、私は彼女に、勝利を掴んでほしかった。

 

 ブルボンちゃんは、感情がわかりにくい。いつも無表情だし、態度にも感情を出すことがない。

 過去の私に近く思えるけど、多分ちょっと違う。

 「寒さ」っていう呪縛に囚われてた私と違って、彼女は元から感情が希薄なタイプっぽく見えた。

 

 ……でも、感情がないわけじゃない。

 私が走っていたら併走を申し出てくれるし、トレーナーの話も素直によく聞いている。

 トレーナーが使った機材を片付けようとしてる時とか、積極的に声をかけて手伝ったりもしてる。

 信頼を得ようとしてる部分もあるんだろうけど……総じて、根は真面目で優しい女の子なんだと思う。

 

 で、そんな子と付き合ってれば、自然と好感度も上がっちゃうって言うかさ。

 気付けば私は、ブルボンちゃんのことを、後輩として気に入っちゃってたんだ。

 ネイチャやテイオーとの友人関係とは違う、先輩後輩関係。

 前世でも永世ぼっちだった私からすると、それはすごく新鮮で、楽しい関係性だった。

 

 で、そんな気に入った後輩が夢に向かって一歩を踏み出したとなれば、当然嬉しくて。

 うん、その日は非常に良い気分で眠れました、と。

 

 

 

 ……はい、回想終わり。

 

 現在は、ブルボンちゃんのメイクデビュー翌日の午前中。

 私はいつも通り、トレセン学園で入院で遅れた分の補習を受けていたんだけど……。

 

「はぁ……」

 

 同じように補習を受けているのは、私を含めず4人。

 彼女たちは皆……ガラが悪いというか、明らかに鬱屈とした雰囲気を漂わせている。

 教師の言葉を平然と無視して本を読む子、人目も憚らず爆睡する子、顔を俯かせてじっとしている子、ブツブツと何かを呟いてる子……。

 

 うん、怖い。

 有り体に言えば、地獄だった。

 

 

 

 当然と言えば当然、前世アニメじゃ語られないような暗部も、この世界にはある。

 ウマ娘が人と変わらぬ心を持つ以上、不祥事は発生するのだ。

 その1つが、この現状。

 

 クラシック級8月下旬のトレセン学園は地獄だ。

 何故かと言うと、そろそろ未勝利戦が終わるから。

 

 トゥインクルシリーズに参加するためには、メイクデビューか未勝利戦に勝たなくてはならない。

 で、このメイクデビューはジュニア級6月からクラシック級3月くらいまで行われている。最初の1戦はそこまでに出てください、というわけだ。

 ……そして未勝利戦は、クラシック級9月上旬で終わる。

 そこまでに勝利できなければ、ウマ娘は……トゥインクルシリーズには参加できない。

 

 すごく残酷な話だけど……。

 「ここまで走っても勝てないようなウマ娘は、トゥインクルシリーズにはいらない」というわけだ。

 

 故に、クラシック級9月までに勝利できなかったウマ娘は、引退か地方への転校を余儀なくされる。

 期待されて中央に来たウマ娘たちにとって、これ以上ないくらいのバッドエンドだろう。

 

 そもそも入学時、私たちのクラスには30人くらいのウマ娘が在籍してた。

 そこからクラシックレースが始まるまでに5人くらいの心が折れて転校、あるいは退学していき。

 ここ4か月で、更に10人近くいなくなった。

 結果として、私たちのクラスは入学時の半分近い18人まで減ってしまった。

 

 特に7月、デビュー済みの子たちが合宿に行ってからは酷いものだった。

 何せ残ったのは、挫折し競走の道を諦めた者か、諦めずともバッドエンドの期限が迫る者が大半。

 寮での空気なんかもう最悪で、ガスまみれの工業地帯の方がまだマシってレベル。

 そんな中にいれば更に士気も下がるってもので、酷い時は1週間に2人退学や転校が出た。

 

 ウマ娘は、基本的に善性の子が多い。気性難と呼ばれる子だって、癖はあっても悪い子じゃない。

 ……でも、機嫌や焦燥っていうものはある。どうしても抑え込めるものじゃない。

 自分の人生をかけた走りを否定されれば、ショックを感じ、暴走する子が出てくるのは道理だ。

 

 結果として、この時期未デビューのクラシック級の子は、最悪な雰囲気になる。

 後先考えないやけっぱちの子とかも出てくるので、ホントにちょっとヤバい。

 

 何やらトレーナーが手を回してくれたみたいで、私は手を出されることはなかったけど……。

 こんな光景、長いこと見たくはない。すごく気が滅入る。

 

 夏に合宿を行うのって、夏休みの代替にするのと同時に、この光景をデビュー済みの子たちに見せないように、ってのもあるんだろうなぁ。

 こんなの見せたら、ライスちゃんみたいな子は「自分が勝ったせいで」とか言い出しかねないし、下手すりゃ暴行事件まで発生しかねない。

 ……というか、冗談抜きで稀に発生するらしい。逆恨み、怖すぎる。

 

 勿論、そんな中でまともに授業を受けてられるわけがない。いや、そもそもまともに受けたこと自体あんまりないけど。

 真面目に勉強するような態度見せれば、彼女たちの反感を買いかねないからね。それは一番恐ろしい可能性だった。

 そんなわけで私は、今日も今日とて頭を伏せ、眠ったフリをして午前中を経過させた。

 勉強は……まぁネイチャに甘えよう。最悪トレーナーに聞いてもいいし。

 

 ……ネイチャも合宿に行ってるからいないし、テイオーはリハビリにメジロ家の施設を借りてるらしくて不在だし。

 後輩ちゃんたちに会いに行こうにも、休み時間程度じゃ迷惑だろうし。

 

 何も癒しがない、久々の辛い学園生活だ……。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、地獄の午前中が終わると、救いの放課後がやって来る。

 ピリピリしている子たちを刺激しないように教室を抜け出し、トレーナー室に向かった。

 

「……はぁ」

 

 別に、あの子たちが悪いってわけじゃない。

 ただ素質と努力と運、その総合値が足りていなくて、結果を出せないだけ。

 そして、勝負の世界に慈悲はない。

 いくら頑張ろうと、泣き叫ぶ程努力しようと、最終的な結果を出さない限り認められない。残留さえも許されない。

 だから焦る。こんなところで燻っているわけにはいかないって。

 ……そして、いよいよ間に合わなくなれば、自棄になってしまう。

 

 誰も悪くないんだ。責めるべき人もモノも、どこにも存在しない。

 そうはわかっていても……やるせない。

 心を抉られる彼女たちを見ても、そのすさみっぷりを見ても……果てに出てくる、嫌なイベントを見ても、さ。

 やっぱり、辛いものはあるね。

 

「ままならないよ……本当に」

 

 そんな現状に、私は何もできない。

 

 私はこの世界に転生してきた、チート持ちのウマ娘だ。

 でも、持ってるのは万能のチートじゃない、走ることに特化したものだし……。

 この世界がご都合主義的なものじゃないなんてこと、両親と決裂した時からよくわかってる。

 

 全ての人やウマ娘の心を救うことなんて、私にはできない。

 レースで勝てるのはただ1人で、メイクデビューや未勝利戦の数は限られている。

 どうしたって勝者と敗者は生まれ、敗者の心を救うことはきっと、彼女たち自身にしかできない。

 

 ホシノウィルムにできるのは精々、レースに勝って、私を好いてくれるファンに夢を見せることくらいだ。

 

 ……うん、そうだ。

 私は、私にできることをしなきゃ。

 

「……よし、切り替えてトレーニング」

 

 

 

 さて、見慣れたトレーナー室のドアを開く……。

 

 ……と。

 

 そこには、予想外の光景が広がっていた。

 

 まず目に入ったのは、窓際のソファで毛布をかけられて寝ている、トレーナー。

 そして、そのトレーナーに膝枕している、ブルボンちゃん。

 2人は昼下がりの穏やかな日差しに照らされ、ゆったりと時間を共にしていた。

 

 えー、っと……。

 

 これは、その……もしかして……。

 

「……NTR(ねとられ)、返し……?」

 

 思わず呟く私に気付き、ブルボンちゃんはそっと口元に指を立てた。起こさないようお静かに、ってことだろう。

 

 とても心穏やかではいられない光景だったけど、取り敢えずブルボンちゃんの隣に立って、その耳元で小声で呟く。

 

「どうしたの? 膝枕って……」

 

 ブルボンちゃんはそれを聞くと、すぐにくいくいっとジェスチャー。

 トレーナーを起こさないように内緒話で、ってことか。

 今度は私がブルボンちゃんの口元に耳を寄せると……自然と、そこが目に入った。

 

 うわっ、でか。何とは言わないけどデカ過ぎんだろ……。

 直立してたら足元見えないでしょこれ。私なんて胸から下は全部見えるんだぞ、なんでこんな格差があるんだよ。この世界やっぱり残酷だわ。

 

 てか、これ大丈夫? トレーナーが飛び起きたりしたら、この実った果実に頭突っ込むことになるよ?

 トレーナーの派閥は知らないけど……もしおっきい方が好きだったらどうしよう。

 下手すれば、ブルボンちゃんは無自覚なまま寝取られが発生しちゃう。いや寝てないけど。惚れさせてすらないけども。

 

 どうしよう、膝枕役代わってもらおうかな。

 万が一にもおかしなことがあったら困るし。

 

 ……あれ、そもそも何の話だっけ?

 ああそっか、まずはそこじゃなく、なんで膝枕してるか聞かないと。

 

「ご説明します。

 私がこの部屋を訪れた時、マスターはステータス『疲労困憊』の状態であると推測されました。

 マスターの疲労は、私たち担当ウマ娘の万全な成長を妨げる要因の1つ。故に私はマスターに休息を取っていただくことを要請しました。

 しかしマスターは要請を受け入れてくださらなかったため、私は『ご褒美権』を行使。

 同級生の方から聞いた、男性トレーナーを癒すタスク『膝枕』を実行しながら、強制的に休んでいただいている状態です。

 現在、マスターが睡眠状態に入ってから、8分16秒が経過しています。

 それと、ホシノウィルム先輩に向けて、マスターからメッセージを預かっています。

 『机上に置いたノートの33ページに今日のトレーニング予定。ただし疲労がかさんでいるので、君の判断で休んでも構わない』とのことです」

「……わかりやすい説明、ありがとう」

 

 良かった、NTRなんてなかった……。

 いや、なかったっていうか、強いて言えば私がライスちゃんをNTRしかけてるような状況なんだけど……うわ、なんか改めて自覚すると死にたくなってきたなハハハ。……はぁ。

 

 しかしブルボンちゃん、恐らく恋愛感情なしで膝枕という高等スキルを使うとはね。なんて恐ろしい子なんだ……。

 私だったら、恥ずかしくて言い出せるかすらわかんないわ。言い出せたとしても、実行の段階まで来て逃げ出しちゃう可能性すらある。

 

 しかし、隠されたトレーナーの疲労を見抜き、無理やりに休憩させてくれたのはありがたい。

 この人昨日はちゃんと寝るって言ったくせに、朝見た感じ、全然寝てなかったからなぁ。

 

「ありがとう、ブルボンちゃん。トレーナーを気遣ってくれて」

「いえ、担当ウマ娘は契約したトレーナーと二人三脚、互いに支え合って進むものと認識していますから」

 

 ブルボンちゃんの何気ない言葉に……私は少しだけ、目を見開いた。

 次いで、口角が上がる。

 

「そうだね。……うん、本当にそうだ」

 

 

 

 ホシノウィルムは自らの契約トレーナー、堀野歩さんに救われた。

 氷のような呪縛に閉ざされていた世界をこじ開け、広い広い世界を見せてくれたのは彼だ。

 私を支え、「熱」を教え、ここまで連れてきてくれたのは……彼だ。堀野歩さんだ。

 

 だから今度は……私が彼を助ける番。

 

 トレーナーの顔を見る。

 とても安らかとは言えない、僅かに眉を寄せた表情で寝ている、私の好きな人。

 

 必ず、恩は返しますから。

 だから、いつか私を……担当ウマ娘じゃなく、1人のウマ娘であるホシノウィルムを、心から信じられるようになった時。

 

 その時はどうか、私を頼ってくださいね。

 ……歩さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでブルボンちゃん、膝枕辛いでしょ? 代わってもいいよ?」

「お気遣い感謝します。ですが、ウマ娘の体は頑丈です。あと4時間36分は苦痛がないものと予測。

 私は今日、レース明けということで1日クールダウンの期間を置かれていますので適任かと。

 先輩はお気になさらず、どうぞトレーニングメニューの実行を」

「……あ、そう? ふーん、そっか」

 

 ブルボンちゃんの善意100%の言葉を受けて、私は泣く泣くトレーニングに向かった。

 

 後輩の前ではカッコ付けたいし、トレーナーはもっと惚れさせなきゃいけない。

 この辺のバランス、難しいね……。

 

 







 ブルボンのメイクデビューは終了。
 次回からはクラシック級9月、秋に突入です。
 秋と言えば文化祭ということで、アプリ版にはないあのイベントをやります。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、秋のファン大感謝祭、企画の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
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