転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 ポケモン面白過ぎて執筆に時間を取れないジレンマ。





ヘルプレス・フォビア

 

 

 

 ミホノブルボンのメイクデビューも無事に終わり、そろそろ9月が迫って来ている。

 

 ……いや、言う程無事だったか?

 ブルボンのデビュー自体は無事だったが、その後の俺は無事ではなかったかもしれない。

 

 この仕事が終わったらきちんと休むと言ったのに、ご褒美権まで使ったブルボンに無理やり膝枕され、その上寝ているところをホシノウィルムにまで目撃されたり……。

 休むと言っておいて休まなかったことをホシノウィルムに叱られ、キレた彼女がたづなさんに現状を報告してしまい、結局慣れるまでは仕事を少し助けてもらうことになったりもした。

 

 確かに睡眠時間はかなり擦り減ってたけど、慣れれば改善の見込みはあったし、何よりただでさえ多忙なたづなさんの手を煩わせたくはなかったんだけどなぁ。

 「自分の職場から死人が出るのは嫌です」と笑顔で圧をかけられれば、流石に従うしかない。

 

 実際、たづなさんが書類の一部を受け持ってくれたおかげで、俺の睡眠時間が1時間くらい増えたのは事実。

 そもそも俺が十分に仕事をこなしきれなかったのが悪いわけで、気遣いに感謝しこそすれ、嫌がるというのもお門違い。

 今はただ感謝すべし、だな。

 

 とはいえ、たづなさんも多忙の身。

 「応援を呼ぶ必要が」とか「人員を確保しないと」と呟いていたので、その内相応の人員が派遣されるのかもしれない。

 その頃には仕事に慣れ切り、十分にこなせるようになっているのが理想だけど……果たしてどうだろうな。

 少しずつ作業の効率化を図っているとはいえ、同期のサポートや新たなトレーニング法についての研究なども考えると、時間の余裕はどれだけあっても足りないわけで。

 

 ……いや、なんにせよ、これ以上無様な姿を担当に見せるわけにはいかない。

 せっかくたづなさんがサポートしてくれるんだ、この間にもっと精進して仕事に慣れなければ。

 

 そう思い、俺はこの数日担当のトレーニングを付けながらも、何とかかんとかこの仕事量に慣れるべく奮闘していた。

 

 

 

 一方、担当ウマ娘2人の様子はと言うと。

 

「んはっ……ふぅ、やっぱりスタミナ、落ちてるなぁ」

「目標、完泳距離、達成。クールダウンに入ります」

「あはは、プールで泳いでるのにクールダウンっていうのもおかしい気もするけど」

「……確かに。では、ホットダウンでしょうか」

「いいね、ホットダウン」

 

 今日も今日とて、それぞれトレーニングに勤しんでいた。

 

 2人に課したのは、プールでのトレーニング。

 前世ではスタミナを鍛えるトレーニングだったけど、この世界でも同じように、肺活量向上によるスタミナの上昇、キツくなってきた時にも諦めない根性の上昇が望める。

 更に言えば、前世アプリはあくまでゲームだったから伸びなかったが、やり方によっては脚に負荷をかけて、スピードやパワーまで上げることだってできる。

 プールでのトレーニングは、王道に強い。スキルを習得したり平地に慣れることはできないが、その分ステータスを伸ばすことに向いているトレーニング方法と言えるだろう。

 

 最近はホシノウィルム、ミホノブルボン共に、このプールでのトレーニングを中心に行っている。

 ホシノウィルムは、その最たる武器であるスタミナを完全に取り戻すため。

 そしてブルボンは……彼女の弱点克服のためだ。

 

 

 

 メイクデビューや彼女のステータスを見ている限り、現状のミホノブルボンには3つの弱点があるように思えた。

 内2つは現状如何ともしがたいので一旦置いておくとして、今から解決できる問題は、スタミナの低さだ。

 

 現状のミホノブルボンは、スピード、パワー、そして根性がよく伸びており、スタミナと賢さはそうでもない。

 これは短距離からマイルを走るのに向いたステータス。この状態じゃ、確かにマイラーとして見込まれるのも道理だ。

 

 クラシック三冠、つまり中長距離路線を進もうとしているブルボンがスプリンター向けなステータスである理由には、もう見当が付いている。

 彼女が、坂路でのトレーニングを主眼に置いていたからだ。

 

 ミホノブルボンと言えば、坂路。

 それは前世アプリで遊んでいる時にも小耳に挟んでいたので、知識としては知ってたんだけども……。

 どうやらこの世界でも、ブルボンは坂路を中心にトレーニングを組んでいたらしい。

 なんでも実家近くに長く急な坂があったらしく、幼い頃からそこを走り込んでいた、と。

 

 トレセンに来て本格化を迎えてからも、敷地外の山の坂道で自主トレーニングを組んでいたようだ。

 実際、坂路は脚への負荷の大きい、つまり成長しやすいと言われているトレーニング法。

 その分かなりキツいけど、その苦痛を乗り越える体と根性を持っていれば、大きく成長できると言われている。

 

 ……言われている、のだが。

 しかしその実、前世アプリでは坂路は根性トレーニングに分類されていた。

 根性トレーニングで伸びるのはスピード、パワー、根性の3つだけだ。

 より正確には、この世界では僅かずつ他のステータスが上がったりもするが……それでも大きく伸びるのは上記の3つだけ。

 

 ブルボンは坂路を中心に、というかそればかり走っていたために、このステータス構成となっているわけだ。

 

 確かに、ステータスは総合的に高い。瞬間的な走りにおいて、現状ミホノブルボンに優るジュニア級ウマ娘は存在しないかもしれない。

 けれど短距離マイル路線を走るならばともかく、彼女の夢である三冠を取るまでの道には、大きな問題が存在する。

 現状のミホノブルボンには、菊花賞どころか、皐月賞を走るだけのスタミナもないことだ。

 

 マイルまで走ることができるのは、ひとえに坂路で鍛えられた高い根性によるもの。謂わば根性でゴリ押している状態だ。

 しかしそれが通用するのは、精々1600メートルまで。

 それ以上を目指すとなれば、彼女にはスタミナも伸ばしてもらわなければならない。

 

「……クール、訂正、ホットダウン完了。ミホノブルボン、出ます」

「じゃあ私も行こう。せっかくなら勝負する? どっちが100メートル、先に泳ぎ切るか」

「競い切磋琢磨することは効率的であると思考。申請を受諾、オペレーション『勝負』を開始します」

 

 幸いにも、ブルボンは坂路にこだわりがあるわけではなく、とかく強い負荷のトレーニングを積み、クラシックレースを制覇することに集中している。

 自分の考察やデータを提出し、プールに行って欲しいと言えば、2つ返事で頷いてくれた。

 

 取り敢えず今は、スタミナを中心に伸ばしていく方向で進めよう。

 そこから先は……少し難しいところがあるが。

 

 

 

 ……ここから、彼女たちのトレーニングをどうするべきか。

 

 ホシノウィルムに関しては、自主トレを適切に制限しコントロールすれば、体力を消耗する代わり、自らスピードやパワーを伸ばしてくれることがわかっている。

 なので、日中のトレーニングではプールでスタミナと根性を取り戻し、夜の自主トレでスピード、パワーを取り戻してもらうつもりでいる。

 賢さに関しては、入院中にもしっかり勉強していたから落ちてないどころか伸びてるし、大きな問題はないだろう。

 彼女の体は優秀だ。ギフテッドと呼んでいい。

 非常にスムーズに、というか慮外のスピードで力を取り戻している。

 このまま問題なく進めば、予定通り10月上旬には実力を取り戻し切るはず。

 

 問題は、ミホノブルボンだ。

 初期のホシノウィルムと違い、彼女のステータスにはそこまで明確な長所と短所がない。

 故に、バランスの良い育成が求められる、のだが……。

 バランスを重視し過ぎると、行き着く先はURAファイナルズのハッピーミーク。全て中途半端なせいでモブにも負ける、なんて終わりは到底認められるものじゃない。

 ……いや、この世界のミークはG1を4つも取ってるスターウマ娘なんだけどね。あくまで前世アプリでのハッピーミークの話。

 

 しかしここで問題になるのが、前世アプリと今世でのステータスの働きの違い。

 前世ではほぼ死にステータスだった根性だが、今世では結構重要なものになってるんだ。

 位置取り争いや追い比べになった際に闘争心を出して本領を発揮しやすく、更に少し前の模擬レースでホシノウィルムが見せたように、ラストスパートで少しだけ加速することができる。

 その上、逃げウマ娘は根性を持っていないと、終盤に迫って来るウマ娘の圧力に負けることが過去のデータによって示唆されている。

 

 その上、大事なのは根性だけではない。

 賢さに関しても、ミホノブルボンの走り方を考えれば必要不可欠なものになるだろう。

 ……ミホノブルボンは、サイボーグ。

 緻密に、一定のペースで、過たず走る。

 それが彼女を無敗の二冠にまで導いた、彼女だけの走り方なんだから。

 

「ぷはっ! ふーっ、勝負は私の勝ちかな? 差は……1秒くらい?」

「……敗北、確認。敗因はスペックの違い、そして体の動かし方にあると推測」

「ふふふ、まだまだ負けられないよ。これでも無敗二冠ウマ娘だもの」

「フォームを修正、再度の勝負を申請します」

「いいよ、満足するまでやろう」

 

 そして、ブルボンが鍛えなければいけないのはそこだけじゃない。

 現状解決し辛い問題が、2つも残っているんだ。

 

 ちら、と再びプールに飛び込んだ彼女に目を向けると……「アプリ転生」が彼女の適性を映し出す。

 

 ミホノブルボン

 芝A ダートG

 短距離C マイルB 中距離B 長距離C

 逃げA 先行E 差しG 追込G

 

 ……うん。

 俺の記憶と違うね。

 

 前世アプリの記憶だと、中距離適性はA、長距離適性は……多分Bだったと思う。

 それに比べてこの世界でのブルボンは、中長距離の適性が1つずつ低い。

 

 これに関しては、アプリの方が「無敗二冠、菊花賞でも2着」という戦績を反映され、現実的な彼女よりも高く設定されている、という側面もあるのかもしれないけど……。 

 

 あれは多分、上がった後の最終的な適性なんじゃないだろうか。

 

 

 

 この世界では本当に「努力で適性を超える」ことができる。

 

 俺がその事実を断定したのは、トレセン学園に入った直後。

 海外で走るサイレンススズカを、スマホのライブ中継を通して見た時だった。

 俺のアプリ転生は、レンズを通したりしても働くのだが……。

 その時、俺の目にはこの文字列が飛び込んできたんだ。

 

 サイレンススズカ

 芝A ダートG

 短距離D マイルA 中距離A 長距離D

 逃げA 先行C 差しE 追込G

 

 ……ここで注目すべきは、長距離適性だ。

 前世アプリで彼女は引けなかったけど、中途半端に絶望的な適性で印象に残っている。

 サイレンススズカの長距離適性は、Eだったはずだ。

 そこから1段階上がって、今の彼女は、D。

 

 トゥインクルシリーズで走っていた時の彼女は、長距離適性がEだった。過去の映像を見て確認したから間違いない。

 けれど今、海外で走っている彼女は、D。

 三女神像を経由した想いの継承は、トレセンに帰ってきていないスズカにはほぼ不可能だろう。

 そう考えると、ほぼ間違いないと断言できる。

 この世界では、鍛錬を繰り返すことで、適性を伸ばすことができるんだ。

 ……ただし、ごく一部の天才が、多大な努力をした場合に限るけど。

 

 

 

 これまで見た、膨大な数のレース映像を鑑みるに。

 距離適性はBまでならなんとかなるが、Cとなると重賞で1着を取るのは難しい。

 スペックに差があっても覆されかねないレベルのマイナスなんだ、適性Cってのは。

 そして、ミホノブルボンの適性は、中距離がB、長距離に至ってはC。

 このままでは菊花賞は厳しいし、皐月賞と日本ダービーさえ危うくなってしまう。

 なんとしてでも、中・長距離の適性を上げていかねばならないわけだ。

 

 ……ミホノブルボンの、ある種機械的な記憶能力は、適性の壁を超えることを可能とする。

 だが、それを実行することに専心する以上、他の策は使えなくなってしまうだろう。

 更に当然ながら、慣れない距離や走り方では、彼女の持ち味を活かし切れなくなる。

 メイクデビューでは大きな実力差があったために何とかなったが、G1レースでも同じように上手く行くとは思い難い。

 

 それに……。

 ミホノブルボンがいる以上、同じクラシックレースに黒い刺客も出てくる。

 その持ち味を活かし切れなければ、祝福の名を持つステイヤーは、優に彼女を差し切って来るだろう。

 

 

 

 ではどうやって、中・長距離の適性を上げればいいのか?

 正直ここに関して、俺は明確な正解を知らない。

 堀野の歴史を見れば、やはり厳しいトレーニングが必要だってことは間違いない。

 特に中長距離の場合は、距離やペース配分に慣れるため、その距離を何度も走り込む必要があるっぽい、んだが……。

 

 残念ながら現状のミホノブルボンは、それを走ることができる段階にまで至っていない。

 やはりまずはスタミナを300あたりまで上げてから、まずは中距離、そして長距離に慣らしていかなければいけないだろう。

 それが、3つの弱点の内の1つである適性問題が今すぐに解決できない理由。

 

 ……「スタミナ問題」、「適性問題」。

 これらに関しては、取り敢えずの解決策は立てた。

 後者に関しては今すぐになんとかできるわけではないが、皐月賞までには中距離、菊花賞までには長距離適性を上げる。間に合わせてみせる。

 それが俺の、トレーナーとしての仕事だ。

 

 

 

 だが、最後の問題は……。

 

 やはり、俺には解決できないのだろう。

 

 これを解決できるのはミホノブルボン自身だけで……それを手伝えるのも、恐らく……。

 

 

 

「トレーナーさーん」

 

 遠くからかけられた声に、俺は手帳から顔を上げた。

 振り向くと……ここ数日お世話になっているたづなさんが、こちらに向かって走ってきている。

 

「たづなさん。何か仕事ですか」

「ええ、残念ながら」

「特に残念ではありませんが……」

 

 たづなさんは、俺やホシノウィルム、ミホノブルボンの判断が必要ない書類に関しては、あちらで片付けてくれている。 

 その上で、この時期に、俺に渡してくる仕事となると……。

 

 あ、まさか。

 

「もしかして、企画ですか?」

「はい。秋のファン大感謝祭、聖蹄祭についてのお話です」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 前世アプリにおいて、ファン大感謝祭と言えば春のイベントだった。

 理事長の好感度が一定以上、かつ担当ウマ娘のファンの人数が一定以上の場合、なんかいい感じのイベントと共に、担当の固有スキルのレベルがアップする、って内容。

 

 ……が。

 この世界の大感謝祭は、トレーナー業と同じように、ゲームで省かれていた諸々がある。

 

 まずこの世界のファン大感謝祭は、春だけでなく秋にも開催される。

 年2回のこのイベントは、普段あまり触れ合うことのできないスターウマ娘と触れ合うチャンスということもあり、毎度毎度大盛況、どころか入場だけでもかなりの倍率で抽選がかかるらしい。

 俺は前世でもあまり縁がなかったけど、多分アイドルの大きなイベントみたいなイメージが近いかもしれないな。

 

 で、この大感謝祭の内容なんだけど……。

 5人以上のウマ娘が所属するチームや有志のウマ娘、そして一部人気のウマ娘が、屋台を出したりイベントを行い、それぞれが非日常を楽しむと同時、来てくださった方に楽しんでいただく、というもの。

 規模はかなり大きいが、人間の高校の文化祭みたいなものだと思えばいいかな。

 

 ……で、ネックなのは「一部人気のウマ娘」って部分で。

 G1ウマ娘や一部人気なウマ娘は、学園から要請されて、ほぼ強制的に何らかの企画を持つことになるんだ。

 ジュニア級秋まではG1はないし、クラシック級春は皐月賞直前なので免除されるけど……。

 クラシック級秋からは「大感謝祭を楽しむ側」から「大感謝祭を盛り上げる側」に回るわけだ。

 

 俺の担当であるホシノウィルムは、当然「一部人気のウマ娘」に含まれる。

 なにせここまでホープフルステークス、皐月賞、日本ダービー、宝塚記念と4つのG1タイトルを獲得した上、今のトゥインクルシリーズの中核を成すウマ娘だと言われているわけで。

 そりゃ大感謝祭を盛り上げたいトレセン学園からすれば、是が非でも彼女にも企画を出してもらいたいだろう。

 

 ここまでの話を要約すると……。

 ホシノウィルム、学祭で個人企画出します、ってことね。

 

 そんなわけで、俺はホシノウィルムが出す企画をまとめ、上に提出する必要がある。

 勿論俺が勝手に考えて出すわけにもいかないので、彼女にはどんな企画をしたいか、一晩考えてくるよう伝えた。

 そしてその結果……。

 

 

 

「何も思いつきませんでした……」

 

 翌日、トレーニング前のミーティングにて。

 ホシノウィルムは、ちょっと困った……いや、ハッキリ言えばちょっと憔悴した顔でそう言った。

 

「私、これまで走ることしかして来なかったっていうか……趣味とかないですし、料理もできませんし……ファンの皆に喜んでもらう、っていうのも自分で考えると難しくて……」

「なるほど、それで寝不足になるまで考え込んでしまった、と」

「えっ、な、なんで?」

 

 ぺたぺたと顔を触るホシノウィルム。

 いや、別にクマができてるとかじゃなくてね?

 単に、コンディションに『夜ふかし気味』が追加されてるのよ。

 

 まぁでも、ホシノウィルムが走ること以外で真剣に頭を悩ませてくれるようになったのは、彼女の成長が感じられて喜ばしいね。

 最初の頃なんて、走ること以外の話は半分くらい……いや、8割くらい聞き流されてたもんなぁ。

 それがこうして、ファンへのお礼を何にするか、憔悴するくらいに考え込んでくれるとは……。

 

 それは、走る以外のことにも興味を持てた……父親にかけられた呪縛を振り払えたことを意味する。

 

 これでひとまず、彼女は大丈夫だろう。

 これからの生涯、色んなことがあるだろうが、それでもその2本の脚で歩いて行けるはず。

 

 うん……本当に良かった。

 俺も少しは、彼女の助けになれた……かな。

 

 

 

 

 

 

 いや。

 違う。

 

 心の底から、じわりと、無力感が広がって来る。

 調子に乗るな。

 お前に誰かが助けられるものか。

 

 そうしてまた、見なかった振りをして、何もしないつもりか、と。

 

 ……そうだ。

 そうだった。

 俺はまだ、何もできてない。彼女に、何もしてあげられてない。

 もっと頑張らないと。

 頑張らないと、頑張らないと、頑張り続けないと……。

 

 何か大切だったモノを、喪う気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 それは稀に襲い来る、靄がかかったように正体の掴めない、変な無力感。

 まるで川底に溜まった汚泥のような、底の覗けない気持ちの悪い何か。

 これが何なのかは、わからない。わかりたくない。思い出したくもない。

 ……けれど、その透明で不快な情動のおかげで、俺は平静を取り戻すことができた。

 

 そうだ、終わったような顔をしてちゃ駄目だ。

 ホシノウィルムのトゥインクルシリーズは、まだ半分だって終わってないんだから。

 

 

 

 さて、そのためにもまず、目の前の問題から片付けなければ。

 『夜ふかし気味』は厄介なバッドコンディションだ。さっさと解消するに越したことはないだろう。

 

「寝不足の状態はトレーニングに差し障る。今日のミーティングが終わったら、保健室で仮眠を取ってきなさい」

「え、いや、でも」

「でもじゃない」

「いや、私なら大丈夫……」

「宝塚記念の前も大丈夫だと言っていたな、君は」

「…………」

「悪いが、今日のところは譲ってくれ。しっかり眠って、今夜から走ればいい」

 

 何と言おうと、今回は譲らない。

 何故かと言うと、『夜ふかし気味』の怖さは昔、身を以て思い知ったからです。

 ……前世アプリで、夏合宿前に夜ふかし気味習得から夜ふかし、さらにテンションダウンイベントのコンボを食らったのを思い出す。あれは酷い事件だった……。

 

 というか前世知識を度外視しても、寝不足の状態でトレーニングは避けるべきだ。

 それだけ集中力が落ちるし、脳への学習も進まない。

 長い目で見れば、一度コンディションを立て直してから再度臨む方が賢いのだ。

 

 

 

 さて、少し話題が逸れてしまった。

 改めてどうするか、と口に出そうとしたところで……。

 会話を聞いていたブルボンが口を開いた。

 

「議題は、ホシノウィルム先輩が出す企画、ということでよろしいでしょうか」

「ああ、そうだ」

「では、前回までのファン大感謝祭でホシノウィルム先輩が興味を示した企画・店舗から、先輩の持つ興味の方向性を探ることを提案します」

 

 言われて、俺とホシノウィルムは視線を通わせた。

 彼女の在学中、ジュニア級春、ジュニア級秋、そしてクラシック級春と、大感謝祭は3度に渡って行われている、が……。

 

「確かジュニア級の春は、トレーニングしてばかりで大感謝祭には参加しなかったな。トレセンの敷地は使えなかったから、外を走り回っていたはず」

「ジュニア級秋の時もそうでしたよね」

「ああ。クラシック級春は皐月賞前だったから、追い切りメニューで忙しかったしな」

「要約すると、これまでにファン大感謝祭には参加なされていない、と」

「そうなるね」

 

 ついでに言うとその3回、当然ながら俺も参加してない。

 ホシノウィルムに付き合ってたからね。

 

 ブルボンはそれを聞くと、無表情なまま口を閉じてしまった。

 

「……気を落とすなよ、ミホノブルボン。君の提言は多くの場合的を射たものだったはずだ。

 ただ今回は……ホシノウィルムがちょっとアレなだけで」

「アレって何ですか、アレって」

 

 本人も言った通り、ホシノウィルムというウマ娘は、これまで走ることにばかり注力してきた。

 故にこれといった趣味を持たず、走る以外の特技もこれといってない。

 出したい企画と言われても思いつかないのは、ある意味道理と言えるのかもしれないな。

 ……改めて考えると、ちょっと親近感を覚えるね。俺も仕事人間だし。

 

 少しの間フリーズしていたブルボンだったが、改めて1つ頷き、再び口を開いた。

 

「であれば、ホシノウィルム先輩の走行以外の長所・特技から企画を絞り込むことを提案します」

「私の、走る以外の長所……? か、顔……?」

「悲しいことを呟くな、ホシノウィルム。君には他にもたくさん良いところがあるだろう」

「な、何がありますか……?」

「優しいところとか」

「優しいウマ娘止まりってことですか!?」

「優しいウマ娘は良いことなのでは……?」

 

 何やら興奮しているようだが、実際ホシノウィルムは優しい少女だと思う。

 突然現れてトレーナーに見られる時間を減らされてもなお、ブルボンに対して様々なことを教えたり、アドバイスしたりしてるし。

 

 それに、まず挙がるのが優しさってだけで、彼女の優れたところは無数にあるんだし。

 

「あとは真面目だし、自主トレ関係以外では基本的に嘘を吐かない正直者。前向きで、きちんと現実に向き合うだけの心の強さを持っている。そして何より、そのストイックさだ。自分を鍛え、向上させるという事柄に関して、君以上に熱意を持つウマ娘はそういないだろう。それでいて愛嬌も良く、きっかけさえあれば簡単に友人を作れるコミュニケーション能力も強みだな。精神面に限って言っても、すぐに出るだけでこんなにあるし、勿論外見も……」

「あ、あの、いいです、もうその辺りで……」

 

 ホシノウィルムは顔を赤くして、俯いてしまった。

 年若い女の子らしい、可愛らしい反応だ。

 ……察するに、やはり褒められ慣れていないんだろうな。

 彼女の半生は苦しみに満ちたものだ。ストレートに褒められることは少なかっただろうからな。

 うん、耐性を付けさせるためにも、これからも積極的に褒めていくべきだろう。あんまり調子に乗る方でもないし。

 年若い子供が頑張れば、存分に褒めてあげるのが大人の務めだしね。

 

 

 

 俺がまた1つ彼女への理解と方針を見極めている内に、彼女も自分の考えを纏めていたのだろう。

 ブルボンはコクリと頷き、言った。

 

「であれば1つ、『献策』を実行します。

 相談所、というのは如何でしょうか」

「相談所?」

「ホシノウィルム先輩は、これまで私を含め、多くのジュニア級ウマ娘たちの相談に乗ってくださりました。その結果満足度は、一概に高いものであると認識しています。

 その現状とマスターの言葉から、ホシノウィルム先輩はその優れた精神性により、他者の悩みに対して解決策をもたらす、あるいは安心感を与える能力を持っているものと推測。

 ファンの方々の相談に乗る、という企画には需要が存在するものと考えます」

「なるほど」

「え、高い満足度……?」

 

 確かに、ホシノウィルムはこう見えて、人の心を把握し誘導することに長けている。

 俺だってこれまで何度も、叱られたり説得されたりしてきたんだ。この身を以て実感してますとも。

 その上、どこか中等部とは思えない程精神的に成熟した部分のある彼女なら、相手の立場になってものを考えることもできるはず。

 

 ……うん、その企画、ありだな。

 

「それで行くか。色々と詰めなければいけない部分はあるが、悪くない案だと思う」

「当日は私もご協力します」

「いいのか、ミホノブルボン」

「ホシノウィルム先輩には、いつも多くのことを教えていただいています。

 私に可能な形で、少しずつ恩を返す必要があると考えました」

「恩を忘れないのは良いことだな。それなら当日、列の整理……いや、整理券の配布などに協力してもらうか。いや、ホシノウィルムの手伝いか?」

 

 やっぱりブルボン、真面目で良い子だなぁ。

 大感謝祭で自分から手伝いを申し出るなんて、この年の子にはそうそうできることじゃない。

 見て回るだけでも楽しいのは、4月に体験済みだろうに。

 

 ブルボンの好意は、勿論嬉しい。

 間違いなく人手は必要になるだろうし、申し訳ないがここは甘えさせてもらおう。

 

 ……が、完全に甘えていいわけでもない。

 ウマ娘は何も、走ることに専念すればいいわけじゃないんだ。

 この一生に一度しかない大事な競走人生、様々なことを体験し、様々な想いを抱いて生きなければ損というもの。

 故に、彼女にも、そしてホシノウィルムにも、是非とも大感謝祭というイベントを楽しんで欲しい。

 

 楽しいこと。悲しいこと。嬉しいこと。嫌なこと。

 様々な経験を経てウマ娘として成長し、彼女たちがドリームトロフィーリーグへの移籍の際に「悔いのないトゥインクルシリーズだった」と思えるようにしたい。

 

「だが、ある程度働いたら、後は自由に見て回りなさい。君にも友達がいるだろう」

「友達……」

 

 ……小さく口を開けて上を見つめているが、誰と一緒に回るか考えてるんだろうか。

 この表情アプリでもしてたけど、やっぱり宇宙猫みたいで可愛いね。

 

 

 

「……え、あの相談って……」

「ん? 嫌か、ホシノウィルム」

「ホシノウィルム先輩ならば、問題なくこなせるものと考えますが」

「あ、いえ、何も……なんでもないです……いえ、やります。やりましょう!」

 

 ホシノウィルムの態度に若干引っかかる部分はあったが、相談所という草案は採択された。

 彼女は嫌なら嫌だとハッキリ言ってくれるはずなので、そんなに嫌だったわけではないんだろうが……どうしたんだろう。

 まさかコミュニケーションに秀でたホシノウィルムに限って、知らない人と楽しく話す自信がなくて嫌だと言いかけたけど、ファンのためだと腹を括ったとか、そんなわけないしな……。

 

 

 







 秋のファン大感謝祭はアニメには出てきて、アプリにはほぼ出てこないイベントです。ルドルフたちが執事喫茶してたヤツ。
 でもホシノウィルムもなんかお祭りあったなくらいにしか覚えてないです。



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、大感謝前編、1日相談所の話。



(謝辞)
 この度、本作は50話を越えました。
 飽き性な自分がここまで書き続けられたのは、読者様の感想や評価などの反応、そしてご愛読のおかげです。
 本当にありがとうございました! これからも是非、本作をお楽しみください!

(追記)
 誤字報告を頂き、訂正させていただきました。ありがとうございました!
 「適性」「適正」のミス、よくやっちゃいます。ぱっと見で間違ってるとわかりにくくて……。
 これからも誤字報告などいただければ、すごく助かります。
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