転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 (煙の向こうから現れる、強靭なトモを持つ黒い刺客)





おまけ 努力 未来 A BEAUTIFUL ROSE

 

 

 

 昔、童話を読んだことがあるの。

 

 題名は、「しあわせの青いバラ」。

 読んでいて悲しくなるお話。

 でも最後はきちんと、明るくなる、私の大好きなお話だ。

 

 お話は、バラがたくさん植えられたお庭から始まる。

 色とりどりの、たくさんのバラたちが、訪れる人みんなにしあわせをくれるお庭。

 でもある日、そのお庭に、誰も見たことのない青色のバラがつぼみをつけたの。

 きっとみんな、見たことのない色を不安に思ったんだね。

 お庭を見に来た人たちは、その青いバラを「青いバラなんて気味が悪い」「きっと不幸の花だ」ってなじった。みんなしあわせにならず、嫌な気持ちになってしまった。

 そしてそれを聞く内、青いバラ自身も「ぼくはだめな花なんだ」って思って、だんだんしおれてきちゃうんだ。

 

 すごく、悲しいお話だと思う。

 だって、悪い人なんてどこにもいないんだもん。

 青いバラは、望んで青く生まれたわけじゃない。生まれた時からずっと青かった。

 見に来た人たちは、青色っていう見たことのない色を怖がった。そこにあったのは悪意じゃなくて、恐怖だ。

 それでも結果として、確かに痛みを伴う言葉が、青いバラを貫いてしまったのは事実で。

 

 誰も悪くない。誰も悪くないのに……。

 青いバラも、見に来た人たちも、誰もしあわせにならない、悲しい結末。

 

 ……でも、お話は不幸のままじゃ終わらない。

 

 しおれてしまった青いバラの元に、「お姉さま」が現れるの。

 心の優しい、とっても穏やかに笑う人。不幸をしあわせにしてしまう、魔法使いみたいな人。

 その人は、お庭の中から青いバラのつぼみを見つけて、すぐに笑顔でこう言うの。

 

『やあ、青いバラだなんてとっても素敵だ!

 きっときれいに咲くに違いない。ぜひ買い取らせてください!』

 

 青いバラはお姉さまに買われて、綺麗な鉢に植え替えられる。

 そしてお姉さまに毎日声をかけてもらって、お水をもらって、育てられて……。

 しおれていたつぼみをまた膨らませて、いつか見事な花を咲かせるの。

 

 そうして青いバラは、お姉さまのおうちの窓辺に飾られて、道ゆく人たちをたくさんたくさん、しあわせにできましたとさ。

 めでたし、めでたし。

 

 

 

 私は、その童話が好きだった。

 多分、自分を重ねてたんだと思う。

 

 幼かった当時から、ライスシャワーは「不幸なウマ娘」だったから。

 

 なかなか大きくならないから、お父さまとお母さまに、すごく心配をかけちゃったり。

 初等部の学校で、先生が「ライスシャワーは体が小さすぎる。行けて中堅だろう」って噂しているのを聞いちゃったり。

 ……みんなを、失望させてばっかりだった。

 

 私のお母さまは、海外のG2のレースを取ったすごいウマ娘なんだ。

 その上、おばあさまはもっとすごい。G1レースを大差で勝つような、飛び抜けたウマ娘だったんだって。

 私には、強いウマ娘の血が流れてるんだ。

 だから中央のトゥインクルシリーズで活躍することを望まれて……。

 でも結局、体が育たないことで、失望された。

 期待してくれたみんなを、不幸にしてしまった。

 

 ライスは期待してくれた人を、お父さまを、お母さまを不幸にしてしまう……だめな子なんだ。

 そう気付くのに、時間はかからなかった。

 

 

 

 でも、私に1つだけ、希望があるとすれば。

 頑張って、頑張って、頑張り続ければ……。

 いつかライスも、誰かをしあわせにできる青いバラになれるかもしれない、って。

 そんな子供みたいな夢を、いつまでも胸の中に抱いてたこと。

 その夢を心の支えに、私はずっと走り続けた。

 

 そうして……。

 走って、走って、ひたすらに走って……何とか中央トレセン学園に入学することができたんだ。

 

 合格通知をもらった時は、すっごく嬉しかった。

 もしかしたら、変われるかもしれない。

 ライスもこのトレセン学園で、みんなをしあわせにすることができる、青いバラになれるかもしれないって、そう思えたから。

 

 

 

 けど、現実はすごく、冷たくて。

 ライスはトレセン学園っていうお庭の中で不幸なことを起こす、だめな子のままだった。

 

 入学式で、理事長さんのマイクが壊れて、進行が遅れちゃったこともあった。

 授業を担当する先生が腰を痛めてしまって、自習になったこともあった。

 選抜レースの時なんて、ゲートが開かなくなってしまって、スタートまでにすごく時間がかかったりもした。

 他にも、急に雨が降り出したり、芝が酷い状態になったり、チョークが割れたり、何か私物がなくなったり……。

 そんなことは、日常茶飯事だった。

 

 ……ライスの周りでは、タイミング悪く、何かいやな事が起こる。

 それは、これまでの経験でよくわかってた。

 ライスはだめな子だ。だめな子だから、周りを不幸にしてしまう。

 

 それでもなんとか、自分の心をだましだまし、前に進もうとして……。

 

 

 

 けれど。

 寮で同室だった、仲良くしてくれた先輩のウマ娘が、怪我をしてしまった時。

 

 私の心は、しおれてしまった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ライスはだめな子だから、みんなを不幸にしてしまう。

 だから、みんなから遠ざかった。

 

 心が痛かったけど、親しくしてくれようとした同級生から距離を置いた。

 寮長のフジキセキ先輩にお願いして、一人部屋に移してもらった。

 教室でもなるべく目立たないようにして、授業が終わったらすぐ抜け出すようにした。

 こっそりと息をひそめるねずみさんみたいに、私はトレセン学園の端っこで生きることにした。

 

 でも、それで1つ、困ったことが起こったの。

 ライス、レースに出られなくなっちゃったんだ。

 

 選抜レースで、ライスにはトレーナーさんが付かなかった。

 優しそうなトレーナーさんが契約を持ちかけてくれたけど、この人のことも不幸にするのかって思ったら、ライスはその手を取れなかったの。

 

 でも、トレーナーさんがいないと、トゥインクルシリーズに出走登録することはできない。

 お父さまやお母さまの期待に応えるためにも、私はトゥインクルシリーズに出たい。

 だから、トレーナーさんを得る必要があるんだ。

 そしてトレーナーさんからスカウトを受けるためには、新入生の模擬レースに出なきゃいけない。

 

 ……でも、模擬レースに出れば、きっと他の出走ウマ娘を不幸にしちゃうし、トレーナーさんと契約すれば、きっとその人のことも不幸にしちゃう。

 誰も不幸にしたくないのなら……ライスは、レースに出ちゃだめなんだ。

 

「……ライス、は」

 

 どうすればいいんだろう。

 

 レースに出れば、他の出走ウマ娘のことを不幸にしちゃう。

 レースに出なければ、お父さまやお母さまの期待を裏切っちゃう。

 

 どちらを選んでも……ライスは誰かを不幸にしちゃう、だめな子のままだ。

 やっぱり、ライスには……無理、なのかな。

 

 ……だめだ。

 前を向かないと。頑張らないとだめだ。

 ライスはだめな子。だめな子だから、人の何倍でも頑張らないと。

 

 青いバラに、なるためには。

 たくさんの人をしあわせにできるような、すごいウマ娘になるためには。

 

 『…………本当に、なれるの?

 ライスなんかが、青いバラになれるって、本気で思ってるの?』って。

 

 自分の中から聞こえてくる、その声を振り切るためにも。

 

「ライスは、もっと頑張らないと」

 

 いつか、青いバラになるために。

 

 ……足掻かなきゃ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そうして、必死に走っている中で。

 私は……。

 

『圧倒的な「はやさ」を現実に叩きつけ、今……!

 ホシノウィルム、1着でゴール! 8バ身を付けた、堂々の圧勝!

 タイムは……えっ、3!?

 れっ、レコードです! 皇帝シンボリルドルフの2分1秒1を3秒弱縮めた、1分58秒2!!』

『ホシノウィルム、ここに圧倒的な成長と異次元の速度を示しました!

 無敗三冠を目指す灰色の蛇は、多くのファンの夢を背負ってダービーへ!』

 

 そのウマ娘のことを、知ったんだ。

 

 

 

 ホシノウィルム先輩。

 皐月賞を8バ身差で勝利した、今年のクラシックレースの中核を成すって言われてる、逃げウマ娘。

 

「皐月賞で……40年ぶりの、8バ身差」

 

 それは、飛び抜けた実力を示す差。

 最速という言葉を過言にしない、新しい神話の幕開け。

 

 私が覗き込んだ画面の中で、それを多くの人が喝采してたの。

 

 中継を通してるから、一人一人の声は聞き分けられないけど……。

 誰もがその強さに感じ入ってた。

 誰もがそのウマ娘に憧れてた。

 ……誰もが、そのウマ娘を見て、しあわせになってた。

 

「す、ごい……」

 

 心の中に、希望の光が見えた気がした。

 このウマ娘みたいになれば……このウマ娘に追いつければ、ライスも。

 

 それが、私がウィルム先輩を知ったきっかけ。

 きっと一生、忘れられない……一輪の青いバラを見つけ出した瞬間だった。

 

 

 

 お姉さまは、すごいウマ娘だ。

 

 良血って言われてたライスと違って、寒門。つまりは振るわない、地方のレースに苦戦していたウマ娘の血筋で。

 更に、お母さまがすごく病弱で、地方のトレセン学園にも入れなかったらしい。

 幼い頃はお姉さまも、その虚弱体質を引き継ぐと思われてたんだって。

 

 ただでさえトゥインクルシリーズで活躍できる見込みの薄い血筋で、噂だと、環境も良くなかったって聞いたし……。

 その上……お姉さまは、幼くして両親と死別してしまったんだ。

 

 それを知った時……。

 ライスは、お姉さまもライスと同じ、不幸なウマ娘なんだと思ったの。

 同じように、お庭の中に植えられていた青いバラ、だめなウマ娘なんだって。

 

 ……でも実際は、ライスよりもずっと不幸な境遇だった。

 お姉さまが打ち明けてくれたんだ。

 お母さんはネグレクトしていて、お父さんは自分のことを見てくれなかった。その上、トレセンに来た時には何千万という借金があった、って。

 

 並の不幸には慣れてたはずのライスも、そこまでの不幸は知らない。

 お姉さまは、想像よりもずっとずっと……辛い世界の中を生きてきたんだ。

 

 それなのにお姉さまは、しおれなかった。

 トレセン学園に入ってから、選抜レースよりも前にトレーナーを得て、すぐさま頭角を現したんだ。

 メイクデビュー、オープン戦葉牡丹賞……そして、G1ホープフルステークスに大差勝ち。

 

 G1レースで大差勝ちするなんて記録、ほとんど残っていないのに。

 それこそ飛び抜けた最強、怪物とまで呼ばれてた、ライスのおばあさまと同じ。

 

 お姉さまは……ホシノウィルム先輩は、「本物」なんだ。

 

 その後も、快進撃は止まらない。

 皐月賞で、二強と呼ばれていた良血の天才ウマ娘、トウカイテイオー先輩に8バ身差の圧勝。

 そしてライスがホシノウィルム先輩のことを調べている内に、日本ダービーの日が来て……圧倒的な末脚を見せたトウカイテイオー先輩に、それでもハナ差で競り勝ったの。

 

 2つのクラシックレースでの激闘を見た観客は、みんなトウカイテイオー先輩の健闘と、何よりお姉さまの勝利を讃えてた。興奮して、楽しんでた。

 

 ……そう。

 お姉さまはレースを通して、みんなをしあわせにしていたんだよ。

 

 最初こそトウカイテイオー先輩の敵役、ヒールとして見られていたのに……。

 いつしか誰もが、お姉さま自身の輝きに、色に、目を奪われてたんだ。

 

 それは、奇跡。

 しおれるはずだったお花が綺麗に咲き誇る、これ以上ないハッピーエンド。

 

 お姉さまは不幸な境遇から立ち上がって、みんなをしあわせにできるウマ娘になったんだ。

 

「ライスも……ライスも、いつか」

 

 あの先輩みたいに、なりたい。

 その後ろ姿に、追いつきたい。

 

 私も……いつか、青いバラに!

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……そうして。

 

「でも、私は自分の力で、今の幸福を勝ち取った。

 君も、駄目な自分を変えたいと思うなら、そうすればいいんだよ。

 君にはその力がある。経験者の私が保証するよ」

 

「ライスも……ライスも、変われる……?」

「『変われる』、じゃないよ。『変わる』んだ」

「皆を、しあわせにできる……そんなウマ娘に、なれますか?」

「『なれる』、じゃないでしょ?」

 

「なる。……ライスも、皆をしあわせにできるウマ娘に、なる。

 なる、んだ……しあわせの、青いバラに!」

 

「ん、頑張れ、ライスちゃん。上の方で、君と走れるのを待ってるよ」

 

 そう言って、にこりと柔らかく笑う、ウィルム先輩を見た時。

 

 ……私はついに、ライスシャワーにとっての「お姉さま」を見つけた気がしたんだ。

 

 

 

 あれ以来、ライスは時々、お姉さまと一緒に走ることになった。

 「せっかくなら一緒に走ろう」ってお姉さまが誘ってくれたんだ。

 

 勿論、近くにいたりすれば、いつお姉さまが不幸に襲われるかわからない。

 だから、最初は遠ざかろうとしたんだけど……。

 

『私は、君の不幸になんて負けないよ』

 

 その言葉の通り。

 お姉さまは、ライスの不幸に嫌な顔をしたこと、一度もなかったんだ。

 

 足を取られて転びそうになった時は、咄嗟に腕で飛び上がって無事に着地したり。

 赤信号に何度も止められた時は、ライスの話を聞いてくれたり、お姉さまの話をしてくれたり。

 急にどしゃぶりの雨が降り始めた時なんて、近くの木陰に逃げ込んで「ライスちゃんとゆっくり話ができて嬉しいよ」って笑ってくれた。

 

「おね、ウィルム先輩……あの、やっぱりライスとは離れて走った方が……」

「え? 私と走るの、嫌い?」

「いえっ! ライス、すごく楽しいです……でも、ライスは楽しいけど……」

「ならいいじゃない。私も楽しいし……走るのは、楽しくなくちゃ駄目だからね」

 

 何度聞いても、お姉さまは優しく笑ってくれる。

 1人で走った方が、ずっと走りやすいはずなのに……それでもライスを見捨てず、ずっと一緒にいてくれたんだよ。

 

 ……だから、ライスも。

 その期待に応えたい。

 

 

 

 誰もにしあわせを届けられるような、ウマ娘になる。

 そのために……。

 

「まずは、クラシックレース。そして、ミホノブルボンさん……」

 

 ライスと同じジュニア級のウマ娘、ミホノブルボンさん。

 お姉さまと同じトレーナーさんと契約した、来年のクラシックロードの中心になるかもしれない逃げウマ娘。

 

 お姉さまは、「まずはブルボンちゃんを目指してみて」って言ってた。

 それは多分、「私に追いつきたいのなら、まずは世代で1番を取らないとね」って意味だと思うんだ。

 

 お姉さまは、史上初めて、クラシック級で宝塚記念に勝利した。

 それも、直前に天皇賞(春)に勝った古豪セイウンスカイ先輩、現役最強ステイヤーと名高いメジロマックイーン先輩、陰に隠れていたけど確かな実力を持ったメジロライアン先輩が参加する中での1着。

 その時から、お姉さまは「世代最強」ではなく「現役最強」と呼ばれ始めた。

 シニア級の先輩たち、本格化を終えた古豪、その全てを含めた、トゥインクルシリーズの中における最強の一角なんだって、誰もが認めたんだ。

 

 だから、お姉さまに並びたいと思うなら、私も同じ「最強」にならなきゃいけない。

 

 ……とはいえ、そんなウマ娘になれるかは、わからないけど。

 無敗の二冠なんて、お姉さまだから成し遂げられた、奇跡みたいなものだもん。

 ライスには……だめな子なライスには、難しいかもしれない。

 

 それでも。

 この憧れは、止められない。

 

 お姉さまの背中に、私は青い花びらを見てる。

 お姉さまを追いかければ、きっといつかライスもそこに辿り着けるって、信じてるんだよ。

 

 だからまずは、クラシックレース。

 その最初の1つである皐月賞に向けて、頑張らないと。

 

 

 

 ……というか、そもそもライスはトレーナーさんと契約してないから、その問題もどうにかしないといけないんだけど。

 うぅ、どうしよう……。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「はっ、はっ……ふぅ、そろそろ、だよね」

 

 そうして、とある日の夜。

 ライスは珍しく、1人きりで走ってた。

 

 いつも一緒に走ってくれるお姉さまは、今日は大事な生配信があるから走れないって、すごく申し訳なさそうに言ってきた。

 それと、是非その配信を見てほしい、とも。

 

 もちろん、ライスの方が助けてもらってるんだから、お姉さまが謝る必要なんてない。

 それに、お姉さまの大事な生配信なんだから、絶対に見るよ。

 だってライスはお姉さまの……ホシノウィルム先輩の、ファンでもあるんだもん。

 

 うん……そろそろ、その生配信が始まる時間だ。

 

 徐々に足を緩めて、息を整えながら近くにあった石に座り込む。

 ポケットからスマホを出して、ぽちぽち……えっと、多分、これだよね。

 お姉さまの今後の出走予定が発表される、公式の生配信って。

 

 お姉さまは、宝塚記念での熾烈なレースの果てに、骨折してしまった。

 競走ウマ娘が骨折した場合、復帰には大体6か月以上の時間がかかるって言われてるらしい。

 それはつまり、宝塚記念から5か月弱しかない菊花賞に出走するのは難しい、ってこと。

 三冠ウマを有力視されてたお姉さまは、けれど無念の負傷により、栄光を逃してしまう。

 

 それを思うと、悲しくなる。

 お姉さまだって、クラシックレースの最後の1つ、菊花賞に出走したくないわけがない。

 目前にまで迫ってたクラシック三冠を、取りたくないわけがないんだ。

 ……お姉さまは全然気にしていないように「えーと、いや、まぁ、気にしなくていいんじゃない? うん、私は全然平気だよ?」って言ってくれたけど……。

 きっと内心では、すごく落ち込んでると思う。

 気丈に振舞うお姉さまに、なんて言えばいいのか……ライスには、わからなかった。

 

「……お姉さま、次はどのG1レースに出走するんだろう」

 

 多くの優駿の集うエリザベス女王杯?

 でも、宝塚記念からエリザベス女王杯までは半年しかない。叩きでレースに出走するどころか、以前以上に鍛え直すのも難しいと思う。

 

 じゃあ、海外の猛者が集うジャパンカップ?

 鍛え直すのは間に合うかもしれないし、もしかしたらこれかも。

 確か、メジロマックイーン先輩も出走予定だったと思うけど……どうなっちゃうのかな。

 

 あるいは、年末の大一番、有記念?

 最強決定戦とも言われるG1レースで華々しく復活、というのは……正直、ちょっと見てみたい。

 きっとお姉さまなら、そうそうたる顔ぶれにも負けない、カッコ良くて強い走りを見せてくれる。

 

「……お姉さま」

 

 ライス、菊花賞じゃなくてもいいから、またお姉さまが走ってる姿が見たいよ。

 ライスに付き合って走るんじゃない、とんでもない戦法と速度でレースを荒らす、まさしく嵐を纏う龍みたいな破天荒な走りが、また見たい。

 

 どこに出走するにしても、オープンレースとかG3レースでの叩きはあるだろうし、まずはそこで見ることができると思うけど……。

 やっぱり、ライスは……。

 

 あ、生配信、始まった!

 

 

 

 画面に映っているのは、お姉さまと、いつも通りスーツを着込んだお姉さまのトレーナーさん、そして2人を囲むたくさんのカメラ。

 無敗の二冠ウマ娘の進退が語られる配信だから、注目度がすごい。何十万って人やウマ娘が見てる。

 

 特に、復帰に向けて走るお姉さまを見てないトレセン学園外の人たちからすれば、競走ウマ娘ホシノウィルムが引退するっていう、最悪の可能性も考えられるんだ。

 だからみんな、この配信を固唾を飲んで見守ってる。

 

 ……大丈夫かな、お姉さま。

 とんでもない数のメディアの人たちと、画面越しには更にとんでもない、何十万という視聴者さん。

 ライスだったら、こんな状況耐えられないかも。とてもじゃないけど緊張は避けられないと思う。

 

 でも……。

 

「やっぱり、お姉さま、すごい」

 

 そんな状況を、けれどお姉さまは全然気にしてない。

 いつも通りの無表情で、泰然と前を見据えてる。

 4つのG1レースで、毎回何万人の大歓声の中で走って来たお姉さまにとっては、この状況も大して負担じゃないのかもしれない。

 

 ……そうして。

 配信は、お姉さまのトレーナーさんの言葉から始まった。

 

『お集まりいただき、ありがとうございます』

 

 軽く挨拶を述べた後、宝塚記念後のお姉さまの骨折の状況、その後の経過や現在のリハビリの状況などが語られる。

 記者さんやメディアの人たちの、現状を確認する質問に、1つずつ丁寧に答えていって……。

 

 そうしてついに、今回の配信の主題について触れた。

 

 

 

『最後に、今後のホシノウィルムの出走予定についてお話します。

 ホシノウィルムの次走は……菊花賞。

 その後、様子を見ながらジャパンカップ、そして有記念に出走予定です』

 

 

 

 空気が、凍り付く。

 

 宝塚記念から菊花賞までは、5か月弱。

 そして菊花賞は、クラシック級のウマ娘は誰一人として経験のない、長距離のG1レース。

 いくらお姉さまのライバルだったトウカイテイオー先輩が不在とはいえ、骨折し、その療養とリハビリを挟んで、その上で勝てるようなものじゃない。

 

 念のため『本当に菊花賞に出走するのか』という質問をした人に『間違いなく、クラシックロードの終着点、G1菊花賞に出走予定です』って答えて。

 『骨折からの期間が短すぎるのではないか』って遠回しに疑っている人には『否定はしません。その上で、彼女の意思と自身の判断の結果、出走という決断を下しました』って答えて……。

 

 会場も、視聴者も……どうやら2人が言ってることが本気だって、ようやく理解する。

 

『それは……っ!』

 

 会場の誰かが声を上げかけて、止めた。

 自分の目の前にいるウマ娘が誰か。

 彼女がここまでに何をしてきたか。

 それを、思い出したから。

 

 お姉さまのトレーナーが、お姉さまにマイクを渡す。

 するとお姉さまは、緊迫してる雰囲気に呑まれることもなく、口を開いて……。

 真剣な表情で、言った。

 

『私は菊花賞に出ます。

 そこで、これ以上ない程に楽しい、最高のレースをします。

 そして応援してくださった全てのファンの方に、『ホシノウィルムのことを信じて良かった』と思わせてみせます。

 だから……どうか、私を信じてください』

 

 みんな、その空気に呑まれた。

 

 これまでに、ホシノウィルムというウマ娘は、何度も奇跡を起こして来た。

 

 振るわないって言われてる寒門から這い上がって。

 G1レースで大差勝ちし。

 本来不利と言われている逃げで、無敗の二冠を達成し。

 「不可能」とまで言われていた、クラシック級時点での宝塚記念の勝利を刻んだ。

 

 不可能を可能にする、灰色の龍。

 そのあだ名はまさしく、お姉さまに相応しいものなんだ。

 

「お姉さま……」

 

 返り咲いた青いバラは、みんなをしあわせにする。

 

 だからきっと、お姉さまは……本当に菊花賞に出走して、すごいレースをしてくれるんだ。

 

 誰もが、言葉もなくそれを信じた。

 疑り深い人も、悲観的な人も……これまでのお姉さまのレースを見てきた人はみんな、その瞳の奥の煌めきに「もしかしたら」を感じてしまったんだ。

 

 

 

 気付けば生配信は終わってた。

 ただ、強すぎる余韻だけを残して、スマホの画面は真っ暗になっていた。

 

「……行こう」

 

 心の底から湧き上がる熱を、抑えられない。

 スマホをポケットにしまって、改めて走り出す。

 ただでさえ遅れてるんだ、お姉さまに追いつくためには、もっともっと頑張らないと。

 

 いつか、あの青いバラに追いついて。

 私も、ライス自身も……しあわせの青いバラに、なるために。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それから、数日後。

 お姉さまの配信に触発されて、毎日のように走っている内、お姉さまがお仕事を受けて、一緒に走れなかったタイミングがあって。

 そこでライスはまた、人を不幸にしちゃった。

 

 

 

 でも、それは……。

 もしかしたら、運命だったのかもしれない。

 

「あっ、あの、すみません……!」

「え、僕?」

「は、はい! あの、ご、ご……ごめんなさいっ!

 ライスがそばを走ってたばっかりに、学園に戻るの、こんな遅くなっちゃって……。

 ほんとにほんとに、ごめんなさいっ!」

「いや、君のせいじゃないと思うけど……」

 

 ……出会ったのは、中央トレセン学園のトレーナーさん。

 真っすぐで真面目そうな、男の人。

 

 そのトレーナーさんと契約することになるって、当時の私はまだ、知らなかった。

 

 

 







 ライバル(になり得る子)にバフばら撒く系ウマ娘、ホシノウィルム。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、復活と瀕死の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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