転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 くろいしかく







 

 

 

 秋のファン大感謝祭は、つつがなく終わった。

 

 ホシノウィルムの企画「ウィルム相談所」は、クラシック級ウマ娘としては異例の客足を記録し、学園側としても満足のいく結果に終わったらしい。

 警戒していた不審者が現れたり不祥事が発生することもなく、事は平和に済んだ。

 ……まぁ、トレセン学園入学前のアグネスデジタルが来た時には、思わず声が出そうになったりもしたけど。

 ブルボンに抱えられた失神状態のデジタルが出て来た時には、何事かと動転しそうになったものだけども。

 

 取っていたアンケートの結果も良好だし、SNSで検索しても『コスパ最強でスターウマ娘と会話できる神企画』『ウィルムめっちゃ良い子だった。握ってもらった手、一生洗わない』『時間内なら握手もしてくれるしサインももらえる。来年も開催希望』など、良い方向の感想が大多数。

 運営側、つまり俺の不手際も目立ったものはなかったし……。

 ホシノウィルムの企画は、大成功で終わったと言っていいだろう。

 

 

 

 そんな大感謝祭を経て、ホシノウィルムは……。

 

「すっごく楽しかったので、『ご褒美権』もらいますね!」

 

 ニッコニコであった。

 嘘でもおためごかしでもない眩い笑顔。

 ホシノウィルム検定4級の俺が断言する。

 彼女、心の底から大感謝祭を楽しめたらしい。

 

 あの日の朝、大樹のウロの前で見たものとは真逆の表情を見て、安堵のため息が漏れかける。

 うん。あのお祭りを楽しめたなら、これ以上のことはない。

 

 人に、ウマ娘に、敬意や好意を持たれる。応援され、愛される。

 ホシノウィルムにとってその実感は、きっと大切なものだろうからな。

 

 堀野のトレーナーの理想像は、何より担当の心に寄り添う存在。健全に導く存在だ。

 既に俺は、そこから逸脱してしまっているが……。

 それでも、その考え方自体は間違っているとは思わない。

 だから、ホシノウィルムたちのメンタル第一というこれまでの方針は続行する予定。

 

 ま、体調や体力の管理、敵勢力の調査や研究、スケジューリングなど、トレーナーとしての基本業務以外、俺にできることはこれくらいしかないからな。

 彼女たちの明るい未来のため、できることはしてやりたい。

 ……人の情緒に鈍い俺に何ができるか、という問題ではあるけども。

 

 

 

 さて、ホシノウィルムはこんな感じとして。

 もう1人の担当ウマ娘、ミホノブルボンに関しては……。

 

「マスター。バタフライ200メートル、終了しました。次のオーダーをいただきたく思います」

「良し。もう1本行け」

「了解。ミホノブルボン、行きます」

 

 ……うん、全然変わんない。

 まぁ当然といえば当然か。彼女にとっては大感謝祭も、あくまで日常のイベントの1つに過ぎなかっただろうしな。

 契約してすぐに聞いた彼女の来歴からして、ミホノブルボンの過去や性質は、完全に同じではないにしろ前世アプリとそう大差がないように思える。選抜レース直後にアプリトレーナーに出会えなかったっぽいところとか、細部にこそ違いはあるけどね。

 その上で考えると、今のブルボンは無敗の三冠に集中し切っているはずだ。クラシックレースが始まるまでは、情緒面での大きな変化は望めないかもしれない。

 

 今の俺にできることは……とにかくブルボンがクラシックレースに辿り着き、悔いのないレースができるよう、しっかりと彼女を支えることだ。

 

 とするとやはり、当面の課題は……3つの弱点。

 

 ミホノブルボンには、3つの弱点がある。

 「スタミナの欠如」、「中長距離の適性不足」、そしてもう1つ。

 

 前2つは既に対策を立てているので問題ないとして……。

 問題は、俺の「アプリ転生」でも数値に表れない、最後の1つ。

 まずはその弱点を、データとして取得しないといけない。

 

 俺の脳内には、堀野の家に引き継がれた莫大なデータがある。

 彼女の弱点、その性質を数値と感覚で見て取れば……対策は、難しいものじゃないはずだ。

 

 

 

 さて、そうなると。

 

 ブルボンには、弱点のデータ取りと本人の自覚が必要。

 ホシノウィルムもそろそろ力を取り戻しつつあるし、レース勘を取り戻すための機会が必要。

 

 それらはレースの中でしか取得できないもの。

 そういう意味で、ホシノウィルムが持って来た話は、非常に有用なものだったと言えるだろう。

 

 彼女は大感謝祭が終わってすぐ……「ご褒美権」を与えてすぐに、こう言ったのだ。

 

「トレーナー、早速ですが『ご褒美権』を行使します。

 後輩のライスシャワーちゃんと、ブルボンちゃん。彼女たちと模擬レースをさせてください」

 

 ……どこでライスと接点持ったの? とは思ったけどね。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ライスシャワー。

 

 ロングに伸ばした跳ね気味の黒鹿毛と、いつも被った黒い帽子が特徴的な子だ。ホシノウィルムと同じくらいの小柄で、瞳の色は淡い薄紫。

 今年のジュニア級ウマ娘であり、ミホノブルボンと同じように、確かな実力を持ちながらもつい最近までトレーナーと契約していなかった子。

 

 レースに出ること自体を忌避するような動きも見せており、他のウマ娘と争うことになるレースに恐怖を感じているのではないかという疑いもある。

 そうしたウマ娘も珍しくはない。気弱な子は、レースの熱と恐ろしさに侵されてしまい、他者と競うことに恐怖を感じてしまうんだ。

 ……とはいえ、この推論は間違いだ。ライスシャワーは絶望しながらも決して自分を諦めない、とんでもない最強ガッツを持ったウマ娘だからね。

 

 とはいえこの世界のトレーナーから見れば、そんなことはわからない。

 トレセン学園は、走るウマ娘のための園。走る気力を持たないウマ娘に、トレーナーが興味を持つことはない。

 故に、これまではあまりトレーナーたちから注目されていなかった。

 

 ……でもライスシャワーは、それだけのウマ娘じゃない。

 

 彼女は、ネームド。

 つまり前世アプリにおいて名前と固有スキル、そして元ネタになった競走馬が存在したウマ娘。

 前世アプリにおいて、現在の俺の担当ミホノブルボンとクラシック三冠を争った、優れたステイヤーの1人である。

 

 そして、彼女にとって元ネタとなった史実のライスシャワー号は……いや、これに関しては昔ざっと調べただけだから、細かいことはわからないけれど。

 ライスシャワー号は、小さな馬体に無尽蔵のスタミナを持つ、生粋のステイヤー。

 残念ながら安定した戦績を残せたわけではないが、騎手の徹底したマークの甲斐もあり、菊花賞、そして天皇賞(春)を2度に渡って制覇した競走馬だ。

 

 八大競走のG1レースを3度、それも生涯1度しか出られない菊花賞と名誉ある天皇賞の勝利というのは、とんでもない戦果だ。

 歴史に名を遺す最強ステイヤーの一角と言っていいだろう。

 

 

 

 ……が。

 ウマ娘の世界では、ライスシャワーが名バとして語られることは少ない。

 何故かと言うと、ウマ娘のライスシャワーは、ヒールとしての側面が強調して語られるからだ。

 

 そもそも、競走馬ライスシャワー号は最初の内、特段注目されていた馬じゃなかった。

 血統を見れば優れていたが、馬体の小ささもあって不安視する声もあったとかなかったとか。

 実際のレースでの活躍を見ても、メイクデビューで勝った後はどうにも振るわず、菊花賞までに勝ったレースはオープンレース1つきりとか、そんな感じの戦績だったはず。

 

 本来、そんな競走馬が菊花賞を取ったとなれば、シンデレラストーリーとして語られてもおかしくはない。

 ない……の、だが。

 問題は、同じ世代に無敗の二冠ウマ娘、ミホノブルボン号がいたことだ。

 

 とてつもなくハードな調教を受け、スプリンターとしての血筋を超えて、クラシックレースに出走したミホノブルボン。

 その馬は飛び抜けた実力を見せ、平然と連戦連勝していく。

 皐月賞と日本ダービーも踏み越え、菊花賞に出るまで、7戦7勝という記録を残した。

 故に、多くの人が期待したんだ。

 シンボリルドルフ以来となる、新たな伝説。無敗三冠馬の誕生を。

 

 ……けれどその夢は、黒い刺客によって阻まれる。

 ミホノブルボンに期待していたファンにとって、この光景は「別にライバルでもないぽっと出の馬に、無敗三冠の夢を奪われた」という風に見えたわけだ。

 

 アプリウマ娘、特にメインストーリーのライスシャワーは、このあたりの逸話がかなり色濃く再現されている。

 菊花賞という大舞台で勝利したのに、浴びせられたのは歓声ではなく罵倒だったり、ね。

 聞いた話だと、現実ではウマ娘ほど酷い扱いはされていなかったらしいけど、それはともかく。

 

 その後もライスシャワーは、メジロマックイーンの三連覇がかかった天皇賞(春)で勝利を刻む。

 結果として付いたあだ名は、レコードブレイカー。

 記録に刻まれる伝説を破壊する、黒い刺客(ヒットマン)

 

 その史実を反映した結果として、アプリでのライスシャワーは、運が悪く敵役(ヒール)になってしまうウマ娘としてキャラ付けされていた。

 まぁ、そのヒールの呪いを乗り越え、いつか誰かを幸せにできるウマ娘になろうと走り続けるからこそ、ライスシャワーは尊いわけだが……。

 

 

 

 ともあれ。

 前世アプリとこの世界では、だいぶ事情が違っている。

 この世界のライスシャワーにかかる負荷は、だいぶ軽減されるはずだ。

 

 まず、ブルボンと菊花賞に関して。

 ホシノウィルムは今年、無敗の三冠逃げウマ娘になる……と、俺は信じている。

 故に、世間では前世ほどに無敗の三冠に対する熱は上がらないだろうと予想される。

 2年連続の無敗三冠というのも夢がある話ではあるから、実際どうなるかはわからないけどね。

 ……というか、あまり考えたくないことだが、ブルボンが無敗二冠を取れるという保証もない。勿論、全力で支える所存ではあるが。

 

 そしてマックイーンの春天3連覇に関しても。

 よりにもよって1年目である今年、再起し運命を塗り替えたセイウンスカイによって、その栄光を奪われてしまった。

 その上、来年はホシノウィルムが出走する予定なんだ。身内びいきかもしれないが、彼女が十全な走りができるのならば、マックイーンに敗北する未来は見えない。

 連覇どころか、マックイーンは来年のホシノウィルムか再来年のライスシャワーに勝たなければ、春天1勝すら危ういわけだ。

 

 

 

 ……はぁ、胃が痛い。

 

 マックイーンも、俺が前世アプリで好きだったウマ娘の1人だ。

 ホヤあそばせたりモンブランを床にぶちまけたり、かけられた期待と自分の想いがすれ違って曇ったり、文字通り抜群の強さで他を寄せ付けない強さを誇ったりと、ギャグもシリアスもこなせるハイブリッドウマ娘。

 俺も結構な回数育成した。ぶっちゃけスカイと継承相性が良かったという理由が大きいけど。

 

 そんな彼女にとっての栄誉であり運命である今年の天皇賞(春)をぶち壊したのは……俺だ。

 ホシノウィルムにとって最強のライバルを用意するために、セイウンスカイを焚き付けた。

 結果として、いや、俺だけではなくファンやトレーナー、何よりセイウンスカイ自身の力が最も大きいだろうが、スカイは天皇賞(春)に勝った。

 ……本来メジロマックイーンが勝つはずのレースに、勝ってしまったんだ。

 

 この世界は、トゥインクルシリーズは、残酷だ。

 本来勝てなかったはずの勝者が生まれることは、本来勝つはずだった敗者が生まれることを意味する。

 セイウンスカイが勝てば、メジロマックイーンは負ける。

 そういう風に、できているんだ。

 

 ……まったく、本当、ままならない。

 

 シンボリルドルフの理想、ウマ娘皆が幸せになれる世界。

 それは確かに、最高の世界だと思うが……犠牲もなくそれを達成する世界とは、果たしてどうすれば実現できるんだろうな。

 

 1着の子がいる以上、2着から18着の子が存在してしまう。

 お手々を繋いで仲良くゴール、なんてことができるのは初等部までで、アスリートの世界にそんな甘えは許されない。

 

 その中で、トレーナーは自分の担当の勝利のために、17人のウマ娘を敗北へと突き落とさなければならない。

 それを第一とせねばならない。

 

 そのエゴイズムの結果として……。

 俺が好きだったウマ娘が天皇賞(春)に敗北し、宝塚記念では4着に惨敗したんだ。

 

 セイウンスカイを焚き付けた時に、俺はその残酷な結末を受け入れる覚悟を決めた。

 決めた、が……それでも、辛いことに変わりはない。

 

 メジロマックイーン……。

 果たして彼女は、この世界で、幸せになれるだろうか?

 

 

 

 ……ん、あれ?

 というか俺、なんでマックイーンのこと考えてたんだっけ?

 

「トレーナー」

「マスター」

「ん、うん?」

 

 声をかけられ、視界が思索から現実に戻る。

 

 俺の目の前には、2人のウマ娘がいた。

 担当ウマ娘である、ホシノウィルムとミホノブルボンだ。

 

「大丈夫ですか? 心ここにあらず、という感じでしたが」

「問題ない、気にするな」

 

 心配そうに見上げてくるホシノウィルムに軽く手を振って答えると……彼女はチラリとブルボンの方を窺い、言った。

 

「ブルボンちゃん、チェック開始」

「オーダー了承。確認開始。失礼します……瞳孔異常なし、脈拍異常誤差範囲、体幹差異誤差範囲、呼吸異常微量、体温僅かに低。

 結論として、僅かに疲労状態ではありますが、健康体であると推測されます」

「ふむ、後々休息は取ってもらうとして、ひとまず嘘ではなかったということですか」

「俺の言葉が致命的に信じられてないことだけはわかった」

「当然でしょうに」

 

 いつの間にか俺の信頼度、地を這うレベルに下がってたらしい。特に健康面の自己申告は、ここ最近全く信じてもらえない。

 これでも自己管理はしっかりしてたつもりだったし、最低限不調を外に悟られないようにしてたつもりだったんだけどね。

 とはいえそれも、完璧なものではなかったんだけどさ。

 

 彼女たちが、というかホシノウィルムが、やけに俺の健康状態を気にしだしたのは……。

 うん、ブルボンのメイクデビュー以来だね。

 あの時は不覚にも、彼女たちに疲労を見抜かれてしまったからなぁ。

 しかもブルボンからは膝枕され、それをホシノウィルムに見られるという公開処刑にあった。

 ……冷静に考えると、自己管理もできない駄目な大人判定されてもしかたないかな、はは……。

 

 と、と。まぁ俺の名誉はどうでもいいんだわ。

 今は目の前のことを片付けないとな。

 

「ストレッチはできたか?」

「軽く流す程度ですが」

「万全です」

 

 運動の前のストレッチは基本中の基本。特に、ウマ娘が走る前には必須だ。

 なにせレースで事故を起こせば、影響が出るのは本人だけじゃない。他の子に迷惑がかかるし……最悪、玉突き事故のように多数のウマ娘を巻き込んでしまう可能性すらあるんだから。

 

 そんなわけで、真面目にトレーニングやってくれる子は大助かりだ。

 うちの担当は2人とも、歳に見合わないくらい理性的で助かるよ。

 

「良し。それでは、本日の作戦を伝える」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 時は10月上旬。

 今日はホシノウィルムが「ご褒美権」まで使って求めた、3人の模擬レースの開催日だ。

 

 「ご褒美権」は、絶対命令権。

 「君が頑張ってくれた分、俺に可能なことなら何でもする」。そう言って毎度渡しているこの報酬は、その内容が順守されるからこそ価値を持つ。

 だから俺は、それを使って命令されれば、基本的には必ず従うようにしている。

 ……教え子同然の担当ウマ娘に膝枕される、っていう恥も受け入れたくらいには。

 

 とはいえ、あくまでも「基本的には」、だ。

 決して従えない例外、というのも存在する。

 

 まず、俺のトレーナー業務に多大な影響が及ぼされること。

 「死ね」と言われても死ねない。何故なら、その子との契約を投げ出せないから。

 「1年間遊ばせて」と言われてもできない。何故なら、その子の出走するべきレースがあるから。

 ただ、「契約を破棄して」というのなら受け入れるつもりだ。

 遵守すべきは「俺のトレーナー業務」であって、「その子の体調やスケジュール管理」ではない。その子のためになるのなら、離れることも選択肢の1つである。

 ……勿論、ブルボンにはそんなことを言われないよう、気を付けるつもりだけどね。ホシノウィルムは多分言ってこないだろうし。

 

 次に、どうしたって俺に不可能な指示には従えない。

 目からビームを撃てとか言われても、無理なものは無理。方法があるなら頑張ってみるけど、俺もあくまで普通の人間、不可能は存在するんだ。

 

 最後に、どう考えてもその子のためにならないことにも従えないかな。

 滅多にないとは思うけど……例えば「私の脚を折ってください」と言われても、基本的には断ろうと思ってる。それが彼女たちウマ娘の未来を明るくするとは思えないからだ。

 これはご褒美なんだから、彼女たちが得をするようなことでないと駄目だと思う。

 

 例外はこの3件だ。

 逆に言えば、それ以外の指示には絶対に従うつもり。

 

 「ライスシャワー、ミホノブルボンと模擬レースさせてほしい」というのは、これらの例外には当てはまらない。

 故に、俺の担当であるミホノブルボンのスケジューリングは勿論、ライスシャワーのトレーナーを探し出してコンタクトを取り、模擬レースを申し込もうとしたんだが……。

 

 いやはや、まさかライスのトレーナーがアイツだとは。

 想像の斜め上、まさしく予想だにしてなかった展開だよ。

 

 

 

 そんなことを考えながらターフ上の3人のウマ娘を眺めていた俺に、声がかかる。

 ホシノウィルムの療養期間もあってだいぶ久々な気がするが、模擬レースの際俺に話しかけてくる男といえば……。

 

「堀野君……」

 

 聞き慣れ……て、ない声。

 いや、聞き慣れてるんだけど、いつものそれに比べてめちゃくちゃに掠れた声だ。

 

 俺の隣に並んだ……というか倒れ込むように外ラチにもたれかかったのは、もはや見慣れた俺の同僚、ナイスネイチャのトレーナーだ。

 

 いつもならニコニコと胡散臭い笑顔で話しかけてくるヤツなんだけど、今日は少しばかり様子が違う。

 ……顔面は蒼白、焦点は定まらず、全身が僅かに震えてる。

 ブルボンじゃなくてもわかるわ。めちゃくちゃ疲れてるな、コイツ。

 

「大丈夫……じゃ、なさそうだな」

「……あぁ、うん。ちょっと……はは」

「帰って寝た方がいいんじゃないか」

「……いや、うぅん、大丈夫だよ」

「全然大丈夫じゃなさそうだが」

「いや、僕は、彼女の、ライスのトレーナーだからね」

 

 あー、うん、駄目だねこりゃ。

 全然視線が合わないし、会話も微妙にすれ違ってるし。

 意識も定かじゃないんじゃないか、コイツ。

 

 ……驚いたことに、ライスシャワーのトレーナーは、俺の目の前で失神寸前のこの男だった。

 

 あまり詳しくは聞かなかったけど、ライスと何度か接触の機会があり、成り行きで契約することになったらしい。

 なんでも「この子が走らないのは勿体ない、絶対に間違いだ、なんとか彼女を支えたい」と思ったのだそうな。

 前世アプリのトレーナーがしていたような、運命的な出会いってわけだね。

 

 その後、秋川理事長との担当増やし問答では熱意のゴリ押しでかろうじて及第点を貰ったり、たづなさんから警告と助力の約束をされたり、ライスとネイチャの初接触でどことなく重い空気が流れかけたりと、色々あったらしいけど……。

 

 結果として、コイツは2人目の担当を持つことを許されたのだ。

 新人トレーナーとしては驚くべきことだ。俺が言うべきことでもないけども。

 

 ただこの様子を見るに、流石に無理があったみたいだ。

 2人の担当を持つのは、普通の新人トレーナーには厳しいからな。堀野の実家で20年間研鑽を積んだ俺でもギリギリだったんだ、こうしてグロッキーになるのも仕方ない。

 むしろ多少の憔悴は、努力した勲章と言ってもいいだろうが……。

 

 ……とはいえ、流石にこんな状態は見てられないな。

 とても平静に模擬レースを観察できるような状態じゃないし……。

 レースが終わるまでの僅かな間でも、睡眠を取ればマシになるかな。

 

「はぁ。……ほら、目を閉じろ」

「め……目?」

「いいから」

「うん……」

 

 あ、寝た。

 

 暖かい秋の日差しの中とはいえ、いくらなんでも早すぎるだろ。どんだけ限界だったんだ。

 というかそんな状態で、よくもまぁここまで眠気を抑えられてたな……。

 根性で無理を通した、ってヤツ? ホントすごいなコイツ。

 

 取り敢えず、倒れそうになった体を抱え、自分のスーツのジャケットを下に敷いて地面に寝かせる。

 レースが終わったら、担当ウマ娘であるライスに引き渡すとして……。

 

「うーん、あんまりこういう邪道は教えたくないんだが……。

 ……あぁ、あの時のたづなさん、こういう気持ちだったんだなぁ」

 

 あまり手は出したくはないが、同僚に死なれるのは嫌だって……。

 ようやく、その気持ちに共感できたよ。

 

 手帳のページに、いくつか殴り書きする。

 その内容は、時間の有効活用。ちょっとズルい、無茶をする方法だ。

 『睡眠時間は30分ずつ、必ず一日に6回以上取る。仕事中に集中力が切れたと判断したらすぐに諦めて仮眠を取り、睡眠と休息を同時に行うこと』

 『文化的生活を投げ出さないこと。特に風呂と食事、運動は手早くでもいいから規則的にこなすこと。これを放棄すると逆に効率が落ちるし、ウマ娘たちに心配をかける』

 『表情筋と喉を鍛えておく。表情に出る程疲労したら、無表情、無感情な声を取り繕うことで外からの目を誤魔化す』

 『たづなさんの目は朝方と夕方に緩むので、仕事を持ち出したりするならそこを突く。ただしバレると怒られて時間をロスするので注意』

 

 とか、そんな感じ。

 

 ここまで結構無茶してきたから、この辺のコツは弁えてるんだよね。

 

 睡眠は30分程度だと寝過ごしにくいし、分割して何度も取ることで、なんか不思議といっぱい寝てるような気がするし、時間もたくさん使える気がするんだ。プラシーボ効果は大事。

 やりすぎると頭が痛くなったりしてちょっと色々危ないんだけど、過労で頭プッツンするよりは幾分かマシだと思う。

 

 食事を投げ出したりお風呂に入っていないと、腹が痛くなったり頭が回らなくなったり、全身が痒くなったり体の感覚にズレが出たりして、すべての効率が落ちる。

 なので、この辺の生活はしっかりと行った方が、逆に効率が良かったりする。あんまり投げ出しすぎると担当に心配かけるしね。

 

 表情とか声も、担当に心配をかけないための施策だ。

 ……昔はあんまり寝なかったりして、家族に心配かけたりしたからね。その辺の技術も鍛えられた。

 

 たづなさんの警戒網の隙は……この2年弱で何度も繰り返した戦いによる研鑽の成果である。

 あの人、仕事やり過ぎるとめっちゃ怒るんだ。こっちはサビ残前提でこそっとやろうとしてるのに、あんなに怒らなくてもいいじゃんね。

 これまでコツを弁えず、何度捕まって怒られたことか。とてもじゃないけど人間の力じゃないんだよなぁ、たづなさん……。

 

 後はいくつか、トレーナー業、主に書類整理に関するアドバイスを纏めて……よし、ページを破いて、コイツのポケットに突っ込んで、と。

 ……気付くよね? 気付かずにポケットに入れたまま洗濯機に入れたりしないよね? 洗濯できないっぽいジャケットだし、大丈夫だと思うけどさ。

 

「……しかし、たづなさんに止められなかったのかねぇ。いや、止められた上で突っ走ったのかな」

 

 コイツは穏やかそうに見えて策士で、策士なようで熱血漢。

 どうしても支えたいと望んだ子が現れれば、道理も無視してやってしまう。

 そういう、すごくトレーナーに向いた心を持つ男なんだ。

 

 だから俺は、コイツに関して、そこまで心配はしていない。

 予習もなく1年目から担当を増やしたことで、まず間違いなく色々と問題が起こるだろうし、これまで以上に業務の難易度は上がるだろうが……。

 それでも、コイツはネイチャをここまで育てたトレーナーだ。

 きっと担当たちと二人三脚、問題を乗り越えていくだろう。

 

 

 

 ……しかしライスシャワー、なぁ。

 

 ホシノウィルムに対して、ナイスネイチャ。

 そしてミホノブルボンに対して、ライスシャワー。

 

 コイツ、俺の担当と菊花賞で決戦になる子とばかり契約するな。

 まるでウマ娘たちではなく、俺とコイツがぶつかる運命にでもあるかのような……。

 

「同期で、新人で、経験不足な条件は変わらない……いわゆるライバルってヤツかね」

 

 俺はゲロを吐きそうな顔で寝ている同僚を見て、少しばかり感慨深く、出会った頃を思い出す。

 ……訂正。ちょっと寝ゲロ吐きながら寝ている同僚か。回復体位にしておこう。

 

 最初に会った時は、すごく純朴な青年だと思った。トレーナー業に携わるには、真っ直ぐすぎるくらいの男だと。

 けれど関わっている内、策に長じたところがあると知り、そうして冷静なようでありながらウマ娘への熱意を秘めていると知り。

 その氷と炎の2面性のような性質は、尊敬に値するトレーナーであると再認識して……。

 俺のところにもよく育成論を交わしに来るし、情報交換や色んなことを話す内、友人と呼べるくらいにまで仲良くなったんだ。

 あっちの方が年上なのに「フランクな態度でいいよ。同期だろう?」と言ってくれたりしたし、あちらもそこそこ仲の良い友人だと思ってくれている……はずだ。多分。

 

 ……しかし、そんなヤツが、まさかなぁ。

 

 確かにコイツは決して油断できない、有能なトレーナーだとは思うが……。

 ……まさかナイスネイチャを、そしてライスシャワーを担当するとは思ってもみなかったわ。

 新人でありながらネームドを2人担当するとは、まさしく主人公みたいなヤツだ。

 

 そうなると、俺はコイツのライバル、というか敵役か?

 

 ……いや、ゲームじゃないこの世界で、いつまでもゲーム的思考してちゃ良くないな。

 俺は俺だ。この世界に生まれた堀野歩。アプリゲームの登場人物じゃあない。

 

 そして……ホシノウィルムと、ミホノブルボン、ライスシャワーも同じく。

 彼女たちはこの世界に生きるウマ娘。そして同じく、彼女たちの走るレースも生き物だ。

 俺の中には今回のレース結果の予想はあるが、それが的を射るかどうかはわからない。

 何が起きるかわからないのが、この世界のレースなんだ。

 

「さて……そろそろだ」

 

 コイツの状態は気になるが……今はそれ以上に、彼女たちのレースを見届けなければな。

 

 

 

 ……さぁ。

 ホシノウィルムにとっては、久々の。

 ミホノブルボン、そしてライスシャワーにとっては、1つ上の世代の格上との。

 

 3人の、レースが始まる。

 

 

 







 今回でレースが終わるまで行こうと思っていました。
 色々書いてる内に、レースが始まる前に1万字突破しました。
 なんで?



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、久々の模擬レースと後輩たちの話。



(追記)
 誤字報告を頂き、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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