転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

56 / 253
 ぶちまけちゃおうか 芝に





バ鹿な私はただ走るだけ

 

 

 

 私が最後にレースを走ったのは、実に4か月ほど前、宝塚記念でのことだ。

 今となっては懐かしい。

 全力疾走の爽快感。領域が開けた瞬間の充足感と全能感。

 そしてメジロマックイーン先輩、メジロライアン先輩、セイウンスカイ先輩と、とんでもなく強力なウマ娘たちに競り勝った達成感。

 あれ、本当に気持ち良かったなぁ。前世から記憶を消してもう1回やりたいゲームは多かったけど、記憶を消してもう1回やりたいレースと言えばあの宝塚記念を挙げるくらいの快感だった。

 

 ……が、そんな宝塚記念も既に、今は昔のこと。

 

 そこで骨をやってしまってから、私は本当に長い間、本気で走れなかったんだ。

 骨が完治してから10月に入るまで、昼はトレーナーの指導の下、夜はライスちゃんと一緒に走り続け、かなり力を取り戻せたけど……それでも、全力疾走とは行かなかった。

 なにせ、トレーナーから止められていたからね。許されてるのはレースにおけるローペース未満、軽いジョギングの速度まで。

 「君は全力を出していいと告げたら、本当にどこまでも走って行ってしまいそうだからな」とのこと。流石は私のトレーナーだ、ホシノウィルムのことをよくわかってる。

 

 

 

 ……でも、ついに。

 部分的とはいえ、その縛りは今日この時、解かれるのだ。

 

「ふぅーッ……」

 

 逸る心を抑え付ける。

 

 あぁ、久しぶりだ。本当に久しぶりの、レース。

 楽しみだ、楽しみすぎて心が弾む。思わずニヤついちゃいそうだよ。

 脚の調子は絶好調。精神状態も整っている。これ以上のコンディションなんてそうそう望めないだろう。

 たとえ相手がジュニア級の子だとしても……それでもやっぱり、誰かと競うっていう感覚が、大人げなくも私の底にある炉に火を付けるんだ。

 

 はぁ……待ち遠しい。

 早く駆け出したい。

 一気に抜け出して何もかもを置き去りにしたい。

 

 早く……早く。

 

「おね、ウィルム先輩……?」

「ん……ん?」

 

 かけられた声に振り返ると……そこには、黒鹿毛色の髪を持つ私のかわいい後輩が、どこか心配そうにこちらを見つめてきていた。

 その瞳の色を見て……ようやく、自分が平静を乱してたことを悟る。

 

 一度深呼吸をして、心の熱を無理やり抑え込んだ。

 

「ライスちゃん……あぁ、ごめん。ちょっとレースが楽しみ過ぎて、入れ込んでたんだ。気にしないで」

 

 いやホント、いくら楽しみだからって、ちょっと沸き立ち過ぎだ。完全にハイになってたよ、私。

 

 人間に本能があるように、ウマ娘にも本能がある。

 それはほとんどが人間と同じなんだけど……そこに「走りたい」という強烈な欲求が追加されるような感じ、って言えば伝わるかな。

 そして私はこの数か月、それを全くと言っていいほど解消できなかったわけで……。

 

 ぶっちゃけ、私は飢えてるんだろう。

 全力の走りに。熱い死闘に。……楽しいレースに。

 

 ……が、だからと言って、こんなかわいい後輩ちゃんに心配かけていいわけもなし。

 特に今のライスちゃんは、まだ誰かの手助けが必要な精神状態だ。私が取り乱してちゃ、彼女の今後にも影響しかねない。

 今は欲求を心の底に封じて、頼れる先輩ホシノウィルムを演じなければ。

 

「先輩も……緊張? って、するんですか?」

「そりゃあするよ。特に今日は、模擬とはいえ久々のレースだし……何より、かわいい後輩ちゃんたち2人と走るんだから、多少はカッコ付けないといけないしね?」

「か、カッコ付けなくてもお姉、ウィルム先輩はカッコ良いですよ!」

「そりゃ、ライスちゃんやブルボンちゃんの前ではカッコ付けてるからね。実際の私はもうちょっと、というかとってもカッコ悪いんだよ」

「そんなことないです! きっと!」

「それがあるんだなぁ……」

 

 ホシノウィルムはレースにおいてはこれといった弱点のないウマ娘だけど、だからと言って「カッコ良いウマ娘か」と言われると、そこには疑問を挟まざるを得ない。

 

 特に私、これでも私生活とかを見ると、弱点は少なくないんだ。

 ミーク先輩も触れたがらないレベルで朝弱くて、毎日30分くらいベッドでボンヤリしないと本調子にならないし。

 勝手に自主トレしてトレーナーに迷惑をかけるし、そこで気遣ってくれることに快感を覚えるような構ってちゃんだし。

 割と考えなしに行動するせいで、行き当たりばったりになりがちだし。

 運がすっごい下振れて、周りに迷惑をかけちゃうことも少なくないし。

 今でこそ余裕が出てきたけど、昔は……うん。駄目なこと、やめるべきこと、最悪なこと、たくさんやってきちゃったし。

 何よりこうして、後輩ちゃんに心配かけちゃったりするしね。

 

 うーん、こうして見ると私、弱点だらけだ。

 というか私、もしかしていわゆる癖ウマ娘なのか……?

 ちょっと、いやだいぶ面倒くさい子だったりする? トレーナーに面倒くさがられてないかな。

 

 ……考えてると、なんか自分がダメなウマ娘なんじゃないかって思えてきた。

 鬱屈とする前に、話逸らしちゃおっかな、うん……。

 

「ま、私のことはどうでもいいとして。

 改めて、今日はよろしく……いや、全力でかかって来て。軽く捻ってあげるよ」

「……! はい、頑張ります!」

「ん。ライスちゃんもクラシックロードが終わればシニア級との混合レースに出ることになるし、ちょっと、いやだいぶ早いけど、今日の経験を糧にしてくれたら嬉しいな」

 

 あんまり柄じゃない、ちょっと傲慢な言い方だけど……。

 ライスちゃんには、こういう強気な発言の方が効く印象がある。

 この子、あまりにも自己肯定感が低くて、よろしくされても恐縮しちゃうからね。

 勝負の場に出た時は、バチバチにプロレスしかけに行くくらいの勢いの方が、ライスちゃんの感情と噛み合う気がする。

 

 一方、もう1人の後輩ちゃんは、もうちょっと違うんだけど……、と。

 

 今回の模擬レースに参加するもう1人のウマ娘、私の後輩でもあるミホノブルボンちゃんは……。

 私とライスちゃんから離れて、じっとターフを見ていた。

 時々やってるぽかーんとした表情、じゃ、ないか。何考えてるんだろ。

 

「ブルボンちゃーん? どうしたの?」

「…………」

 

 あれ、聞こえてないねこりゃ。

 てくてくと歩み寄って、そのぷにぷにの頬をつつくと……うわぷるぷるぷにぷに、特にケアもせずこれって、やっぱりウマ娘ってすごい。

 ……じゃなくて。その頬をつつくと、ブルボンちゃんはようやくこちらを見た。

 

「ウィルム先輩?」

「うん、先輩だよ。何か考えてたみたいだけど、大丈夫?」

「……不明なエラーを検出。先程から、集中力が著しく増加中。しかし同時、多角的思考に強く制限がかかっていることも確認しています」

「……えっと、緊張してるってこと?」

「緊張? ……『緊張』状態についてのデータが不足しています。私は、緊張しているのですか?」

「いや、他人の心はわからないけど」

 

 ……うーん、言っておいてなんだけど、緊張っぽくはないなぁ。

 なんというか、ちょっとアレな表現だけど、ブルボンちゃんの心臓、毛が生えてるからね。

 普通、男の人に膝枕とか恥ずかしくてできないでしょ。そんな高等スキルを平然とこなしてた彼女は、恐らく緊張なんて感情とは無縁だろう。

 

 と、考えると。彼女の言う「エラー」とは何なのか。

 ちらと伺っても、彼女はいつも通りの無表情、声にも目立った震えはない。

 外から見れば、彼女は全く以て普段通り。問題は表に現れ辛い内面なんだろう。

 とすると、考えられる可能性は……。

 

「もしかして、ブルボンちゃん、昂ってる?」

「昂る?」

 

 ミホノブルボンは、常に冷静沈着なウマ娘と思われがちだ。

 いつも無表情で、どこか機械的な言動を見せるため、そう見える。

 ……そう見える、んだけど。

 それが常に正しいわけではないことを、私やトレーナーは知っている。

 

 ブルボンちゃんは確かに、感情が表に現れにくい。

 感情がないわけじゃないみたいだけど、それ自体もあまり強くないし、たとえ感情を覚えても表情にまでは出てこないみたい。

 だからこそ、彼女は感情のない機械みたいに思われがちなんだけど……。

 

 その実、ブルボンちゃんはどちらかと言うと、むしろ直情的だったりする。

 普段は冷静だからわかりにくいけど、いざ思い立ったら即行動。

 私みたいな考えなしってほどでもないけど、割と感情のままに行動を起こしちゃう子である。

 そうでもなきゃ、自分のトレーナーとはいえ年上の男性相手に、膝枕とかやるはずないしね。

 その辺がブルボンちゃんの仄かな幼さを感じられる、かわいらしいチャームポイントなんだけど……それはともかく。

 

 私から見たブルボンちゃんは、一見理性的な女性っぽく見えるけど、実はちょっと子供っぽくてかわいらしいウマ娘。

 そんな彼女だから、レース前に軽く入れ込むってのもあり得ない話じゃないと思うわけだ。

 ……いや、この理屈だと沸き立ってた私もお子さまってことになっちゃうけども。

 

 ともかくそれは、私なりの納得の上で放った言葉だったんだけど……。

 どうやらそれは、ブルボンちゃんにとっては想定外の言葉だったらしい。

 彼女はパチパチとその目を瞬かせた後、こくりと頷く。

 

「……確かに、ステータス『高揚』を感知しました。

 どうやら私は、初めてウィルム先輩とレースを走ることに、高揚を覚えているようです」

「ふふ、そっかそっか。私も、2人と走れるのは楽しみだよ。

 ……でも、アレだね。ブルボンちゃんも、ライスちゃんも……」

 

 ちらりと、トレーナーの方を窺う。

 トレーナーは……ライスちゃんも担当してるらしいトレーナーさんを何故か地面に寝かせて、同じくこちらを窺ってきた。

 どうやら、準備はできてるらしい。

 

 けど……うん、やっぱり。

 彼女たちには、明確に欠けているものがある。

 

「2人とも、見るべきものを間違ってるよ」

「え?」

「…………?」

「ま、それも今日のレースで掴めたらいいね」

 

 これからトゥインクルシリーズを走る上で、彼女たちがまず見るべきものは……。

 私では、ないんだからさ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 トレーナーに呼ばれ、3人でスタートラインに立つ。

 

 今回走るコースは、芝の右回り2000メートル。

 私やライスちゃんが本領発揮するには短くて、ブルボンちゃんが走るには長すぎる距離、って感じ。

 つまり、全員が平等に相性的不利を背負った状況での戦いになると言っていいだろう。スタミナと適性の不足を考えればブルボンちゃんの不利がちょっと強いだろうか。

 

 あー、考えてみると、こうして誰が有利とか不利とか、当事者として考えるのも久々だ。

 やっぱり、考察とかストレッチしながら心躍らせる時間まで含めてのレースだよね。

 ……いや、私がその辺楽しめるようになったのは割と最近だし、語れるほどでもないんですケド。

 

「……ふぅ。ふふ」

 

 今日するのは、非公式の模擬レース。トゥインクルシリーズの公式レースじゃない。

 公式で使うようなゲートだってないし、観客だって……いや、思いの外見物客はいるけど、それでも公式G1レースのように何十万って人がいるわけでもない。当然芝も、今日のために整備されてるわけでもなく、殊更に良い状態とは呼べないだろう。

 競走ウマ娘にとって公式レースこそが本番であるとするなら、今回は本番よりずっと前の練習試合ってところか。

 

 ……それでも、やはり。

 他のウマ娘と競り合うレースができる、っていうのは心が躍る。

 今日の相手は後輩ちゃん2人。私を楽しませてくれるかはわからないけど……同じターフを走れるってだけで、私にとっては僥倖だ。

 

 浮つく。心が躍る。地に足が付かない。

 レース前の熱くなれる気配に、全身の血が沸き立つ感じがして……。

 

 

 

 トレーナーが、ゆっくりとスタートのフラッグを振り上げる。

 その姿を見て……私は、心を、冷やした。

 

 

 

「……寒い。

 でも、心地良い寒さだ」

 

 心の中で、安堵のため息1つ。

 危ない危ない、このままじゃ興奮しすぎて、掛かったり出遅れたりするかもしれなかった。

 こういう時は、やっぱり「寒い」状態の方が冷静に対処できるね。

 

 レースの際に私が感じる、「寒さ」。

 それはお父さんに受けた呪いみたいな愛を発端とする、極度の緊張と集中状態だ。

 昔はそれに振り回されて、自分のことすらコントロールできない暴走状態になってしまってたけど……呪いを振り払った今の私にとって、もはや「寒さ」は便利な機能に過ぎない。

 

 簡単に言うと、今のホシノウィルムには3つのモードがあるんだ。

 目の前のレースにめちゃくちゃ集中するから思考の幅が狭まる代わり、掛かりや出遅れなどのアクシデントを防止し、冷徹にレースを運ぶ「寒い」モード。

 そしてこの「寒い」状態から脱した本来の私、自分なりに色々と考えながら走ることのできるニュートラルな状態、「温かい」モード。

 そして最後に、終盤に熱くなれると突入する全身全霊、転生チートウマ娘としての本領を発揮する「熱い」モード。

 

 モードの名前は今付けたばっかりの仮称だけど、まぁともかく、そんな感じの区分があるわけだ。

 これらを、特に前者2つを臨機応変に切り替えながら走るのが、これからのホシノウィルムの走り方になると思う。

 

 ……なんかこう見ると、まるで異能バトルモノみたいだな。なんだよ3つのモードて。

 自分が漫画の登場キャラみたいな状態になるなんて、前世では思いもし……少なくとも高校に入ってからは思いもしなかったなぁ。

 

 

 

 とにかく、今の私なら……この「寒さ」も使いこなせる。

 だから……。

 

 スタートだって、失敗したりなんかしない。

 

 

 

 トレーナーがフラッグが振り下ろした瞬間。

 誰より速く、私は駆け出した。

 

 脚で地面を蹴る。

 体が空気を裂き、風が頬を撫でる。

 

 文字通り、地に脚の付いた感覚。

 自分の力で、前へ前へと疾走する、ほんのひと時の全力疾走。

 

 あぁ、そう、この瞬間だ。

 私たちが生まれて来たのはこのためだって思える、最高の瞬間。

 

 ウマ娘が、走るために生まれてきたのなら……。

 私は今、ようやく生き返った。

 

 

 

 ……へへ、なんてね。

 感動するのもいいけれど、さっさと脳内で情報整理を始めましょう。

 

 まず、スタートは……悪くなかった、って感じ。

 宝塚記念の時に比べればちょっと遅かったかもしれないけど、日本ダービーの時並みのスピードは出せたと思う。

 復帰したてと考えれば十分なもののはず。あとでトレーナーに褒めてもらおう。

 

 脚を動かす感覚も掴めてるし、体幹の維持も違和感もなくできてる。

 うん……問題なく走れそうだ。

 全盛期の私と比べれば劣っているかもしれないけど、このペースで走ることはできる。

 

 とすると、問題は……むしろ私じゃなく、後方かな。

 

 響いて来る足音に耳を澄ます。

 続く足音は2つ、重いものと軽いもの。重い方がブルボンちゃんで、軽い方がライスちゃんだろう。

 いや別にブルボンちゃんが太ってるとかじゃなくて、単純な体格差の問題ね?

 

 2つの足音は……2バ身、3バ身と離れていく。

 言っちゃなんだけど、そりゃそうだ。

 私は4か月くらい療養中だったとはいえ、これでもクラシック級の無敗二冠の逃げウマ娘。

 デビューして間もない……とは言わないけど、まだ1年も走ってないジュニア級の子に、初速で負けるつもりはない。

 

 とはいえ、今の速度はぶっちゃけ、ちょっと微妙なものだ。

 宝塚記念の時はわざと控えめだったし、日本ダービーの時は重バ場だったから単純な比較はできないとしても……ネイチャやテイオーに見られたら首を傾げられそうな、控えめな速度。

 

 うーん、やっぱりもっと速く走って気持ちよくなりたい。

 スタミナにも余裕はあるし、スパーンって走っちゃおうかなぁ。

 

 ……なんて、冗談冗談。

 今日のところは、本気で走る気はないよ。

 

 

 

 今日のレースは、何も勝てばいいっていうものじゃない。

 模擬レースは本番じゃなく練習試合、学習と実践の場だ。

 だからこそ私にとっても、後輩ちゃん2人にとっても、学びの機会にならなきゃいけない。

 

 今回トレーナーからもらった指示は「自分の脚の状態やスタミナを見ながら、ローペースまでで走れ」というもの。

 いくら転生チート持ちの私といえど、いきなり公式レース並みの速度を出そうとしたら、体が付いて行かない可能性があるからね。

 なので今の速度も、腹八分目ならぬ脚六分目と言ったところ。多分公式レースなら、バ群に付いて行くことすらできないくらいだ。

 

 そんな私にも2人が付いて来れてないっていう現実が、クラシック級ウマ娘とジュニア級ウマ娘の大きな大きな差を示してる。

 本格化が始まってからの時間は、おおよそイコールでその子の強さを示す。

 まだ10か月やそこらしか走ってないライスちゃん、ブルボンちゃんは、1年10か月……いや、1年半くらい走って来た私には、とてもじゃないけど勝てない。

 

 元から厳しい戦いだったとはいえ……このままじゃ、ただの独走だ。

 申し訳ないけど千切っちゃおうかなぁって、ちょっとだけ思ってたけど……。

 ……うん、そうはいかないよね。

 

 

 

 おおよそ600メートル地点、まだまだ折り返しすら来ていない頃。

 

 ドン、と。

 今までよりも強い足音と共に、軽い方の足音が加速し始める。

 

 思わず、口角が上がってしまう。

 

 来た。来てくれた。

 私を追って来てくれた。

 

 黒鹿毛を揺らす彼女が、期待通りに。

 

 彼女との差はそれまで開くばかりだったのに、徐々に広がり方が緩くなっていき、最終的には大体9バ身差くらいでぴったりと付いて来るようになった。

 私と同じスピードを出して、差を維持しようとしてるわけだ。

 

 ……ふふふ。なるほど、そう来たか。

 多分これ、ライスちゃんのトレーナーさんの作戦かな?

 

 原則的に先行ウマ娘であるライスちゃんは、ペースメーカーの逃げウマ娘、つまり私に付いて行かなきゃいけない。

 けれど私は大逃げウマ娘、そのままぴったりマークしても、自分が垂れることは目に見えている。

 だからこそ、一定の距離で追走し続ける……その練習をする道を選んだのか。

 

 ……残酷なことをぶっちゃければ、今のライスちゃんじゃ、私には追い付けないだろう。

 彼女にも結構スタミナはあるけど、私ほどじゃない。このペースに付いてくれば、まずスタミナがもたない。

 だけど……可能な限り付いて行くことは、できる。

 

 元より、ジュニア級ウマ娘であるライスちゃんにとって、今回の模擬レースでの勝ち目は薄い。歯に衣着せずに言えば絶無だ。

 だからこそ、勝つのではなく……将来を見据え、私を追う感覚を掴みに来た。

 

 うん、すごく正しい判断だ。

 ライスちゃんが強い逃げウマ娘と競り合うところまで来たら……つまり、ブルボンちゃんと走るクラシックロードでは、今日の経験はきっと役に立つだろう。

 そうでなくとも他の子とのレース中に苦境に立たされた時、「でも、あの時の模擬レースほどじゃない」と比較できる経験を持っておくのは有益だ。

 

 さて、問題は彼女がどこまで粘れるか、だけど……。

 

 

 

 ……と。

 

 そこまでは私にとって、トレーナーの言う「予想外ではあるけど想定外ではない」状況だった。

 

 けれど。

 

 ドン! と。

 ライスちゃんよりも重い足音が、強く踏みしめられた音が聞こえる。

 

 ……ライスちゃんに続いてブルボンちゃんまで加速してくるのは、完全に想定外なんだけど?

 

「…………?」

 

 ライスちゃんの少し後方、私の聴覚の限界ギリギリで、ブルボンちゃんは粘って来てる。

 それはつまり、ブルボンちゃんは自分のペースを乱し、私への追走を始めた、ってことだ。

 

 ……トレーナーの、指示を破って。

 

 何がブルボンちゃんをそうせしめたのかは、わからないけど……。

 むぅ、あとでお話が必要かもしれない。ただ掛かっちゃっただけなら良いけど、故意にトレーナーの指示を破ったのなら、それはちょっとばかり問題だ。

 ……まぁ私も、トレーナーの指示よく無視しちゃうんですけどね。あんまり人のこと言える立場でもありませんけども。

 

「ふっ……」

 

 ま、いいや。

 こうなるのは少し予想外だけど……トレーナーにはともかく、私にとってこれは、悪い形じゃない。むしろ望んだ形と言っていいだろう。

 

 じわりと、ほんの少しだけ、速度を速める。

 さぁ、かわいい後輩ちゃんたちがどこまで粘って来るか、拝見するとしましょうか。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 模擬レースが、終わった。

 

 結果は当然というか、私が大差を付けての1着。

 そして2着は……なんとか走り切った、ブルボンちゃん。

 ライスちゃんは3バ身差で3着だった。

 

 今回のレースの展開。

 800メートルくらいから一度ライスちゃんが前へ出たものの、ブルボンちゃんもそれに追従。

 その後ライスちゃんの体力が尽きてよれ始めたところでブルボンちゃんがかわして、かわしたはいいもののブルボンちゃんの体力も尽きて、残り600メートルくらいは泥沼のへろへろバトル、といった感じだった。

 

 いやぁ……ブルボンちゃん、頑張ったね。

 この一か月くらいひたすらプールで肺活量と体力を上げてきたとはいえ、2000メートルをちゃんと走り切った。

 まぁ、ゴールした時は眉も下がりきって口も開いたへろへろ顔だったけど、それでも勝ちは勝ち。根性の勝利だ。

 

 一方ライスちゃんは……ブルボンちゃんほどじゃないけど、それでもだいぶ疲れてる。

 まぁあのペース、ジュニア級の子たちには厳しいだろうからなぁ。スタミナが切れれば末脚のキレも悪くなるし、結果としてブルボンちゃんに逃げ切られた形だ。

 

「……うん、悪くない結果だったかな」

 

 私は疲労困憊でターフに倒れ込む2人を後目に、そう独り言ちた。

 

 

 

 結果として、今回のレースは後輩ちゃん2人に、色んな学びや変化をもたらした。

 

 まず、ライスちゃんの今後について。

 

 ライスちゃんはジュニア級にしてはとてもフォームが整ってるし、高めのスタミナを持ってると思う。

 この時期にここまで走れるなら……うん、やっぱり来年の菊花賞の有力候補だね。

 上手く噛み合えば、中距離以上なら十分戦えるG1級ウマ娘になりそう、というのが私の感想だった。

 

 ……ただライスちゃん、残念ながら年末のジュニア級G1中距離レース、ホープフルステークスへの出走はしないことになった。

 何故なら、トレーナーが今日のライスちゃんの走りを見て、彼女の脚部不安を見抜いたからだ。

 ライスちゃん、ここまでの重いトレーニング……と、夜間の長期ランニングが祟ったのか、骨折直前だったらしい。本当にごめんなさい。

 なので、ここからは休みの比率を大きく上げて、脚を休めながらのトレーニングになるのだそうだ。勿論その間、夜の併走も禁止です。

 12月にはだいぶ疲労は抜けているはずだけど、安全を取ってG1は回避し、オープンレースやG3あたりに出走予定なんだって。

 

 それを聞いたライスちゃんがちょっと涙目になってて可哀そうだったので、理解ある先輩として、私はネイチャとの合同トレーニングにライスちゃんとブルボンちゃんも参加させることを提案しておいた。

 両トレーナーは「即座には返事はできない」って言ってたけど、無茶のない範囲での参加なら認めてくれると思う。

 

 ライスちゃん……まさかトレーニング量が減ることを、涙を流すほど悲しむなんてな。

 思えば、アニメでも鬼のようにトレーニングをしてたし、この世界でも夜はいつものように走ってた。

 恐らく、彼女もまたトレーニングジャンキーなのだろう。同志は案外近くにいるものだ。

 

 彼女の脚のためを思えばこそ、トレーニングの量は減らすべきだろうけど……。

 私やネイチャ、ブルボンちゃんと一緒にやってれば、色々と学ぶこともあるだろう。絶対量が減る分、内容の充実度を上げることで補ってくれればと思う。

 

 

 

 次に、ブルボンちゃん。

 

 見事ライスちゃんを越えて2着を取ったブルボンちゃんだけど、その表情には僅かに不満……いや、戸惑いの色が見えていた。

 

 今回トレーナーがブルボンちゃんに出していた指示は、「自分のスタミナから計算した一定で最適なペースで、最初から最後まで走り切ること」。

 それなら後半に垂れることもなく、今回ライスちゃんに対してもっと差を付けて勝てたはずだった……らしい。

 ……いや、そんなことできるの? 「それができれば苦労はしない」ってヤツでは? とも思ったけど、本人曰く「可能」らしい。ブルボンちゃんの頭、すごい。

 

 が、彼女はそれを行わなかった。正確には、途中で投げ出した。

 それでも根性で3バ身差で勝ってるっていうのはすごいけど……。

 やはり問題は、何故トレーナーの指示に逆らったのかってことだ。

 

 例えば、これがただ掛かっただけなら問題はない。

 けれどもし、トレーナーへの不信感や作戦への不満から来ていたなら、今後の関係に関わる。

 だから私は、なんで突っ走っちゃったのか、彼女に尋ねたんだけど……。

 

「……原因、不明です。胸のあたりに、謎の反応を検知し……気付いた時には、ライスシャワーさんの背中を、追っていました」

 

 まだ息も荒いブルボンちゃんは、どうやら少し混乱しているようで、視線を下げ、眉を寄せながらそう言った。

 ……まぁつまるところ、ライスちゃんの熱に当てられて掛かっちゃったらしい。そんなとこまで私に似なくてもよかったんだけどね。

 取り敢えずトレーナーとの関係が悪化しているわけではないみたいで一安心、かな。

 

 しかし……もしかしてブルボンちゃん、案外掛かりやすいタイプなのかな。

 一応後で、トレーナーに相談しておこうか。あの人なら、既に把握してるのかもしれないけども。

 

 

 

 次に、私にとっての主目的の1つでもある、ライスちゃんのブルボンちゃんや交友関係、走りへの意識改善については。

 

「ブルボンさん、今日は、ありがとうございましたっ! 最後、逃げ切られちゃって、ライスすごく悔しかった……! 最後まで、ずっと……すごかったです!」

「こちらこそ、ありがとうございました。ライスシャワーさんのおかげで、自身の不明なエラーを検出することができました」

「ら、ライスでいいよ! というかライス、もうブルボンさんって呼んじゃってるし……」

「では、ライスさん。とても有益な時間でした。是非また一緒に走りましょう」

「い、いいの? ライスと一緒で……」

「『いい』の意味がわかりませんが、ウマ娘は切磋琢磨し競い合うべきものと認識しています。是非とも私の『ライバル』になっていただければ、と」

「ら、ライバル……! は、はいっ! よろしくお願いしますっ!」

 

 うん、互いを知り合う、良いきっかけになったんじゃないかな。

 

 気遣ったわけじゃないだろうけど、ブルボンちゃんのそれはパーフェクトコミュニケーションだ。

 ウマ娘の走るモチベーションとして、友人兼ライバルの存在は非常に大きい。ソースは去年の私。

 ライスちゃんにはこれまで「自分と走れば相手が不幸になる」、あるいは「自分と走りたがるウマ娘なんていない」って思い込みがあって、他の子との併走すらためらうような状態だったけど、これでちょっとくらいはマシになったんじゃないかと思う。

 それに、今のライスちゃんには、近くにネイチャもいるからね。

 面倒見の良さ選手権があるなら連覇確定の彼女が、ライスちゃんを今のまま放置するとも思い辛い。

 

 同門の先輩であるネイチャ、よく一緒に走る先輩の私、そしてライバルとしてブルボンちゃん。

 うん、ライスちゃんの私以外の交友関係については、ひとまずこんなものでいいんじゃないかな。

 契機は作った。ここから先は、ライスちゃん自身が頑張る番だろう。

 

 ……ついでにブルボンちゃんともっと仲良くなって、良質なブルライを見せてくれると嬉しいんだけど……どうなるかなぁ。

 

 

 

 そして同時。この2人の関係性の変化の影響は、ライスちゃんの内面だけに留まらない。

 

 これでブルボンちゃんも、ライスちゃんも、同期で競り合えるライバルを見つけたことになる。

 まぁ、今回掛かりに掛かった上、スタミナも十全な状態じゃなかったブルボンちゃんに3バ身差取られるあたり、まだまだライスちゃんはブルボンちゃんに勝てるわけじゃないけど……。

 

 でも……それでもブルボンちゃんの目線は、しっかりとライスちゃんに吸い付いている。

 

 わかる。わかるよ、ブルボンちゃん。

 私だってそうだった。去年、私に迫って来るネイチャを見て、感じるものがあった。

 これで、2人は正式に「ライバル」になったわけだし、お互いに高め合える、良い関係になれたらいいね。

 

 ……うん、これでいい。

 私は彼女たちより1つ上、中長距離路線を進む彼女たちと公式レースで走れるのは、どれだけ早くても来年の6月だ。

 勿論その身体的スペックも、本格化を迎えてからの時間的に、私の方が遥かに高い。

 故に、ホシノウィルムはあの2人の「目標」であることはできても、「ライバル」であることはできないんだ。

 

 でもこれで、彼女たちが上を目指すのに必要な条件は整った。

 良きトレーナー、良きライバル。昨年私が手に入れた環境が、彼女たちにも揃ってる。

 

 是非2人とも強くなって、シニア混合レースまで這い上がってきてほしい。そこで楽しいレースをするのが今から楽しみだね。

 

 

 

 ……でも、あれだな。

 私の想定だと、ライスちゃんはもうちょっとブルボンちゃんとの距離を縮める予定だったんだけどなぁ。

 

「お姉さま、やっぱりすごかったです! ライス、全然追い付けなくて……!

 でも絶対、いつかお姉さまが楽しめるようなレース、してみせます! だから、待っててね!」

 

 おめめキラッキラなライスちゃんは、なんならいつも以上に距離が近かった。

 えっと、なんでそんなに私に懐いて来るの?

 私、今回大人げなく大差勝ちしちゃったから、印象悪くなることはあれど良くなることはないと思うんだけど。

 それとついに普通に言っちゃったけど、お姉さまって何なの? 百合百合学園モノなの? ごめんねライスちゃん、私見るのはイケるけど基本ノーマルだから……。

 いやでも百合文脈の「私ノーマルだから」は堕とされるフラグだな。「私好きな人がいるから」にしとこう。

 

 うーん、今回で私との力の差を知って、より近い位置にいるブルボンちゃんに視線を向けるようになる、って計画だったんだけどなぁ……。

 いや、確かに視線は向いたと思うけど、それ以上に私に対する視線が強くなった気がするのはなんで? 普通レースでボコボコにされたら、ちょっと嫌な想いとかしない? なんで逆に距離感近くなってるの?

 

「しばらく夜の併走はできないけど、絶対、絶対また誘うから……。だから、ライスの脚が治るまで、待っててくれますか……?」

 

 うぅ、そんなうるうるしたつぶらな瞳向けられたら、どんな悪人でも断れないだろうに……。

 私としても併走相手は欲しいから、そのお誘い自体は願ったり叶ったりなんだけど、誘うならブルボンちゃんじゃない? って思ったり思わなかったり。

 いやでも、すごく言い出しにくい……さっき「ライスちゃんが頑張る番」とかカッコ付けちゃった手前、私の方からまた2人のキューピッドするのはちょっと……うん。

 はは、自分のあまりに綺麗な自爆っぷりに笑えてきたな。バ鹿なウマ娘と笑いなさい。

 

「……ふふ、勿論。また一緒に走ろう、ライスちゃん」

「はっ、はい!」

 

 ……あー、もう。かわいいは正義。

 このキラキラ笑顔を見ると、もう誤算とか何とかどうでもよくなってくる。

 

 まぁ……うん、どうせクラシックレースが始まれば関係性も動くだろうし、今はこれでいいか。

 曇りがちなライスちゃんが、併走とはいえ走ることを楽しめている。今回のレースで、1人のライバルを得ることができた。

 だったらもう、何の問題もないんじゃないの? ライスちゃんが今笑えてるってことが何よりなんじゃない?

 ……なんて、そんなことを思ってしまう。

 

 私、正直トレーナーに対してチョロい自覚はあったんだけど、もしかしたらライスちゃんにもチョロいのかもしれない。

 ……もしかしてこのまま、彼女のかわいらしさで押し切られて、色々やらかしちゃうんじゃなかろうか。

 そんな不安が胸をよぎった、10月のお昼だった。

 

 

 

 ……どうでもいいけど、なんでライスちゃんのトレーナーさんはすやすやお昼寝してるんだろう。

 秋の日差しの暖かさに負けちゃったのかな?

 

 

 







 芝にぶちまけられたゲロは堀野君が処理済み。
 この後ライスがぶっ倒れたトレーナーさんに悲鳴を上げて、うんしょうんしょと背負って帰ってくれました。
 そしてこの後、ネイチャにしこたま怒られます。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、京都と名優の実力の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざと出ない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。