転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 おそらくウマ





この先、知識チートがあるぞ

 

 

 

 阪神大賞典と、京都大賞典。

 この2つのレースはG2レースでありながら、G1級ウマ娘が頻繁に出走する。

 何故ならこの2つのレースは、その先のG1レースの命運を占うものとしてちょうど良いからだ。

 

 阪神レース場、芝、右内回り3000メートルの、阪神大賞典。

 3月後半に行われるこれは、シニア級限定のレースであり、天皇賞(春)の前哨戦。

 天皇賞(春)は、トゥインクルシリーズのG1レースの中でも最も距離の長い、3200メートルのレースだ。

 そのため、いきなり出走すればペースキープに失敗しやすい。その前に3000メートルの長距離を走り、ある程度勘を掴んでおく、というわけだ。

 

 一方。

 京都レース場、芝、右外回り2400メートルの、京都大賞典。

 10月上旬に行われるクラシック級・シニア級混合のこれは、10月後半から始まる芝・中長距離のG1レース群の前哨戦として扱われる。

 ここからはクラシック級での秋華賞、菊花賞や、クラシック級・シニア級混合の天皇賞秋、エリザベス女王杯、ジャパンカップ、有記念と、熾烈なG1戦線が始まる。

 G1に次ぐ格を持つG2レースで、なおかつ多くのG1レースの条件に近い2400メートルというのは、これ以上ない試金石になる。故にローテーションに組み込まれやすいわけだ。

 

 

 

 ……さて。

 今年も10月を回り、いよいよ秋のG1戦線が近づいてきた。

 それはつまり、前哨戦となる京都大賞典が行われることも意味する。

 そして今年はそこに、現役最強級ステイヤーと謳われるメジロマックイーンも出走予定なのだった。

 

 マックイーンの契約トレーナーは、非常に手堅い手を打つベテランだ。

 今年の春も阪神大賞典に出走して見事1着を飾っていたし、秋の京都大賞典にも出走予定。

 ウマ娘もそのトレーナーも、どちらも王道を取るタイプなわけだ。

 

 ホシノウィルムのローテーション上、マックイーンとはジャパンカップ、有記念でぶつかる予定。

 当然ながら俺もデータの収集のため、京都大賞典を観戦するつもりだった。

 とはいえ、ホシノウィルムの下を長期間離れるわけにもいかない。京都にあるレース場まで行くことは諦め、中継を見るつもりだったが……。

 

 どうやらと言うべきか当然というべきか、マックイーンはホシノウィルムに目を付けていたらしい。

 大感謝祭の日、ホシノウィルムは彼女から、京都大賞典のチケットを受け取っていた。本人曰く挑戦状として叩きつけられた、とのこと。

 更にはホシノウィルムの分だけかと思いきや、ご丁寧に3枚、俺やミホノブルボンの分までくれた。気遣いの化身かな?

 

 

 

 そんなわけで、10月6日。

 俺たちは……。

 

「京都、初めて来ました……!」

「うむ、菊花賞のためにも、京都レース場の下見もしておこう」

「京都って言えば、やっぱりアレですよね。『ぶぶ漬けいかがどす』! ……アレって本当に言うんですかね?」

「え、どうなんだろう……ミホノブルボン、知っているか?」

「データを検索……。お茶漬け、所謂『ぶぶ漬け』を食べませんか、と言う文化は既に廃れ、使われることがないようです。遠まわしな嫌味、所謂『いけず』を言う文化はまだ残っているようですが。

 また、元来は『早く帰って欲しい』という意味合いではなく『楽しい時間でした』と告げるものであったという説もあります」

「そうなんだ……」

「そうなのか……」

 

 俺、ホシノウィルム、そしてミホノブルボン。

 この3人で、京都を訪れていたのだった。

 

 

 

 そうだ、京都行こう。

 こう言うと、まるで俺たちが観光に訪れたような感じもするけど、勿論そうじゃない。

 俺は中央の契約トレーナーで、ホシノウィルムとミホノブルボンは現役競走ウマ娘。

 である以上、京都観光なんてしている暇があるわけでもなく……。

 

「せっかく京都に来たんだし、やっぱり生八つ橋とか食べたいよね」

「父に京都のお土産を買っていきたいのですが、どこか良い場所はあるでしょうか」

「郵送で送るんなら食品でもいいだろうし、和菓子とかどう? 抹茶大福とか」

「父はどのようなものを喜んでくれるでしょうか……」

「嗜好もあるだろうけど、やっぱり娘が選んでくれたものなら喜んでくれるよ、きっと」

「であれば……この、電池と基盤などは」

「ブルボンちゃん……?」

「メカジョークです」

 

 …………。

 まぁアレだ、ここ最近はホシノウィルムのリハビリとかもあってハードなトレーニングが続いていたし、レースが始まるまでは休暇に充てるか。

 彼女たちはこれまで、走ることに集中していたウマ娘だ。観光とか旅先での食事にも興味を持ってくれるのは、個人的には嬉しい。

 

「……むぅ」

 

 嬉しいの、だが。

 俺はトレーナーなわけで、京都レース場の視察に行きたい、というのが本音だ。

 しかし今、俺はこの子たちの引率でもある。中等部1年と2年のウマ娘を旅先で放置するわけにもいかない。

 

 ホシノウィルムとミホノブルボンは、歳に見合わないくらいに理性的なウマ娘だ。

 無用な問題を起こすような可能性は低いし、ウマ娘ってこともあって、面倒事に巻き込まれることも少ないだろうが……。

 

 ちら、と周りの様子を伺う。

 

 行き交う人たちの大半は、こちらを気にしてもいないが……。

 何人かは、こちらを見て驚いた顔をしている。

 露骨にスマホを向けてくるような人がいないのは幸いだけど……ぶっちゃけ正体はバレてるね。

 

 ホシノウィルムは髪を結った上にキャスケットにサングラス、体型の分かりにくいオーバーサイズのアウターを羽織って変装してるんだけど……。

 ブルボンは一切変装してない、アプリでも見た私服姿だ。ウマ耳すら隠してない。

 まぁデビュー直後だし、そんなにファンがいるってわけじゃない。彼女単体で見れば問題のない行動と言える。

 

 ……が。

 問題は、事情に詳しいファンは、ミホノブルボンがホシノウィルムと同じトレーナーと契約したことを知ってる、ってこと。

 そうなれば、ミホノブルボンと一緒にいる小柄で鹿毛色の髪を持つ少女が誰なのか、察しが付くというもので。

 ぶっちゃけブルボンの存在が、ホシノウィルムの変装の効力を50%くらい下げているのだった。

 まぁそれ自体は、中等部の少女が想定し得るものかと言われると難しいし、幼いが故の失敗、ってことでいいんだけども……。

 

 日本でもトップレベルのアスリートであり、アイドル。そんな中等部の女の子がうろついていれば、アホが湧き出てくる可能性も高くなる。

 俺たちトレーナーにとっては、その辺の露払いも仕事の内だ。

 であれば今、彼女たちの傍を離れるわけにもいかない。彼女たちの心身の平穏は何物にも優先されるのだから。

 

 ……仕方ないな。多少ドタバタになるけど、京都レース場の状態はレースの前に確認しよう。

 

「悪いがその京都巡り、俺も付き合わせてもらうぞ」

「悪い……? いえ、トレーナーも来てくれる前提なんですが」

「マスターには同行を申請します。父へのお土産の選定において、大人の成人男性のご意見を頂きたく思います」

「……了解」

 

 そんなわけで、京都大賞典の出走までのしばらくの間、俺たちは京都観光に勤しんだのだった。

 

 ……余談だが。

 ホシノウィルム、かなりしっかり京都の名所とかを調べて来てた。

 もしかしたら、京都観光をかなり楽しみにしてたのかもしれない。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 京都観光は……うん、悪くなかった。

 いやごめん見栄張った。トレーナーとしては公私混同感があるけど、癖のある担当たちと観光先を回るのは、楽しかった……かもしれない。

 

 ちょっと甘味は多かったけど和菓子は美味しかったし、景観も美しかったし。

 それと、ホントに木刀売っててちょっと感動した。プライベートで来てたらあのカッコ良さに惹かれて買ってただろうな。プライベートで京都に来る予定はないが。

 途中でホシノウィルムのファンの方が「サインください!」って言ってくるハプニングもあったが、彼女が「今はオフだから……また今度、ね?」と上手くあしらってくれたので事なきを得たりもして……。

 

 普段はあまり表情を動かさないホシノウィルムもブルボンの奇抜な感性にクスクス笑っていたし、ブルボンも父へのお土産を買って心なしか満足気だった。

 総じて、良い時間が過ごせたんじゃないかと思う。

 

 

 

 ……さて、そんなこんなで。

 色々見たり買ったり食べたりしている内、京都大賞典の出走の時刻が迫って来た。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 3人でレース場に入り、物販を見て回ったり、パドックを観察した後、スタンドの指定席へ向かう。

 その後ターフの状態を眺めていると、ホシノウィルムが声をかけてきた。

 

「どうなるでしょうか、今回のレース」

 

 ……俺、誰かとレースを見る時いつもこれ聞かれてる気がするな。

 まぁ俺、一応は堀野家出身のトレーナーなわけで、そりゃ膨大なデータに基づく展開予想はできなくはないんだけど……。

 まぁいいや、聞かれたからには答えようとも。

 

「ふむ。……恐らく、メジロマックイーンが勝つだろうな」

 

 先ほどパドックで見たウマ娘たちのことを思い出しながら、今回のレース展開を頭の中で作っていく。

 とはいえ、今回の京都大賞典の出走ウマ娘の中で、ホシノウィルムやミホノブルボンと当たる可能性のある子は少ない。

 彼女たちのことは詳細には調査していないので、走り方のクセとかまでは知らない。故にただ、「アプリ転生」で覗けるステータスやスキル、調子などを元にした予想になるので、確実なものとは言えないだろうが……。

 

「1番人気、メジロマックイーン。当然ながら彼女がこのレースの肝だ。

 セイウンスカイに天皇賞(春)、君に宝塚記念を取られ、殊に宝塚記念では4着という結果になったが故に、今はその人気が落ち気味だが……それでもやはり、彼女の実力は本物。

 好位追走から直線で抜け出し、膨大なスタミナで独走。王道を以てレースに正答を叩きつける、ターフの名優だ」

「マックイーン先輩は……やはり今回も?」

「当然、得意の好位抜け出しで来るだろうな。

 彼女はレースを作る側ではなく、レースに乗る側だ。では、今回のレースを作るのが誰かと言えば……メジロパーマーか」

 

 メジロパーマー。

 前世アプリでも登場した、ネームドウマ娘。

 長くクセのある鹿毛を後ろで纏めた、メジロ家の一員でもある逃げウマ娘だ。

 

 ……申し訳ないんだけど、俺は正直、彼女について詳しくない。

 何せ俺がやってた当時は育成ウマ娘として実装されておらず、サポートカード、それも使いにくい根性のSSRのヤツくらいしかなかったからなぁ。

 性格に関しては、明るいムードメーカー、くらいの知識しかない。

 

 この世界における戦績は……正直、強いとは言えないが弱いとも言いにくい、微妙なラインだ。

 20戦4勝。この前のG3札幌記念で初の重賞勝利を飾った。

 重賞に勝利している時点で、ある程度の実力は持っているが……G2を取れるかと言えば、現状微妙と言わざるを得ないくらいの子だと思う。

 

 ただし、決して無視できるウマ娘でもないというのが、レースの複雑さでもある。

 

「今回の京都大賞典において、明確な逃げウマ娘はメジロパーマーただ1人。ほぼほぼ間違いなく、彼女が先陣を切って走ることになる。

 つまるところ、このレースのペースは彼女が握っている。彼女が速く走れば走る程……高いスタミナを持つメジロマックイーンにとっては有利な戦況となるか」

 

 今回の京都大賞典に出走するネームドウマ娘はこの2人のみ。

 他に注目するとすれば……。

 ここまで1度しか掲示板を外したことのない、G3エプソムカップ2着、2番人気のエレガンジェネラル。

 去年の天皇賞(秋)にも出走した古豪、G2レースでも2着の成績を収める、3番人気ダイサンゲンくらいか。

 

 ……とはいえ、マックイーンという大きな壁を打ち崩せる程の子たちかと言われると首肯しかねるというのが正直なところだ。

 彼女を除いて、このレースにはG1に勝った、所謂G1ウマ娘は存在しない。なんならG1に出走した子も少ない。

 一方マックイーンは、昨年の菊花賞勝者であり、これまで1度たりとも掲示板を外すことがなかった。

 11戦5勝で勝率は45%、そして連対率、つまりは2着以内に収まった確率は脅威の80%以上。

 戦績だけで見ても十分すぎる強さだ。

 

 そしてステータスも……うん、高い。

 天皇賞(春)を超えたためかスタミナの向上は見られないが、宝塚記念の時より賢さやスキルに磨きがかかってる。

 はっきり言って、1人だけ異次元の強さだ。4バ身くらいは差を付けられるんじゃないだろうか。

 

「このレースには、メジロマックイーンを負けさせる要素が少なすぎる。落鉄なり事故なりが発生するか、あるいは他の子たちが協力してメジロマックイーンだけを潰そうとでもしない限り、彼女の敗北は遠い。

 繰り返しになるが、恐らくはメジロマックイーンが勝つだろう」

 

 要は、それが結論だ。

 メジロマックイーンというウマ娘は、現役最強に数えられることもある誇り高いステイヤー。

 これといった強力なライバルのいないG2レースで躓くような子じゃない。

 

 ……と。

 そう、判断したいところだが。

 

「ですが、『必ず勝つ』ではなく『恐らく勝つ』ということは、マックイーン先輩の勝利に多少なりとも疑う部分があるってことじゃないですか?」

 

 ホシノウィルムはそう、少しだけ不安そうな顔で言ってくる。

 まったく……付き合いも長くなってきたおかげか、この子は俺のことをよくわかってるよ。

 

「ああ……ある」

 

 ちょうどその時、本バ場入場の時間が来て、出走ウマ娘たちがターフに現れる。

 何人ものウマ娘が視界に入る中に……当然、芦毛の彼女の姿もあった。

 

「ホシノウィルム、ミホノブルボン。メジロマックイーンの調子はどう見える?」

「え? ……パドックで見た感じ、心身共に仕上がっていると思いました」

「身体的な数字は高い水準を示しています。調子は『絶好調』であると推察します」

「……そう、見えるよな」

 

 そう、実際俺の目から見ても、マックイーンの調子は非常に良さそうに見えた。

 ……あくまで、「俺」の目から見れば、だ。

 

 俺の謎観察眼、「アプリ転生」は、俺の意見とは異なる結果を映し出している。

 「絶好調」ではなく、「好調」だと。

 僅かな差と言えばそれまでだけど……どうにもそれが引っかかる。

 

 メジロマックイーンは、気高い誇りを持つ子だ。

 前世アプリでもそうだったけど、信頼する人、つまり担当トレーナーや家族以外には滅多に弱みを見せない。

 だから恐らく、今調子良さそうに見えるのも……彼女の仮面なんだろう。

 

 俺から見ても、身体的な仕上がりは言うことなし。

 だから問題があるとすれば、内面だ。

 

 ……ずっと目標にしていた天皇賞(春)に敗北し、その後の宝塚記念にも勝てなかったからな。

 彼女の中で、精神的な柱が揺らいでいるのかもしれない。

 

 前世アプリのメインストーリーを見ても、マックイーンは他者からの評価や評判などについて過敏な方だ。

 ファンからもらった期待と願いに応えたがる、ノブレスオブリージュの体現者。

 結果として、課せられた重すぎる期待を背負いかねたりもしていたが……。

 今世では、その期待に応えられなかったとか、自分の非力のせいで夢を破ったとか、そういう想いを抱いているのかもしれない。

 

 ……俺の、偽らざる本音を言うと。

 そんな彼女をどうにかしたい、という思いはある。

 俺はメジロマックイーンを知り過ぎている。前世アプリで彼女を何十回も育成し、〈チームシリウス〉のトレーナーの視点を通して彼女の物語を見ていた。

 故に、どうしても同情してしまう。感情移入してしまう。

 悲しんでいるなら慰めたい。落ち込んでいるなら前を向いてほしい。そう思ってしまう。

 

 ……だが、それでも俺は、彼女に必要以上には関わるべきではないんだ。

 

 それはあくまで、メジロマックイーンと、彼女のトレーナーの物語だから。

 俺は、ホシノウィルムとミホノブルボンの契約トレーナーである堀野歩は、そこに干渉するべきではない。

 ただ彼女が無事に立ち上がって来ることを、祈ることしかできない。

 

 あぁ、本当に……いや、鬱屈は置いておこう。

 今は真横に、彼女たちがいるんだから。

 

 話を戻そう。

 今回の京都大賞典の話に。

 

「メジロマックイーンの調子は、悪くない。……だが、完璧なものでもない。

 常に高いパフォーマンスを発揮して、抜群の安定感を見せていたメジロマックイーンが、レースに臨む時に絶好調にまで行かなかったというのは……。

 実力差から言って、今回のレースでは勝てるだろうが……嫌な符丁でなければいいが」

 

 

 

 結局。

 

 俺たち3人の見守る中で、マックイーンはいつも通りの好位抜け出しで、1着をもぎ取った。

 

「流石はマックイーン先輩。圧勝でしたね」

「……どうすれば、あれから逃げ切ることができるでしょうか」

 

 喝采の中と彼女たちの呟きを聞きながら、俺は僅かに眉を寄せる。

 2着との差は、3バ身。

 ……俺の予想よりも、小さな着差だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 京都大賞典は終わった。

 

 結果として、メジロマックイーンは3バ身という大きな差を付けて1着を取った。

 ここまでに2連続の敗北を重ね、調子を落としていると見られていたマックイーンだが、この強い勝ち方を以て復調したと見られるかもしれない。

 

 ……だが、マックイーン本人はどうだろうな。

 レースの後、スタンドに向かって手を振るマックイーンの表情は、どこか納得がいっていないように見えた。

 

 ウマ娘は心身共に整って、初めて本調子を発揮するらしい。

 想いが体に伴わなかったり、あるいは体が心に付いて来なかったりすると、どうしても思った走りができないのだと言う。

 

 今のマックイーンの不調は、恐らく前者。

 彼女の精神状態が、その走りと合致していない。

 

「トレーナー?」

 

 だけど今回、俺は手が出せない。

 ダービー前、トウカイテイオーの時とは違う。

 あの時は、テイオーの選手生命そのものがかかっていた。下手をすれば、そのままトウカイテイオーという傑物が消えてしまう可能性があったんだ。

 だからこそ、俺はテイオーのトレーナーに接触して、危険性を警告した。

 

 ……けれど今回は、なにもメジロマックイーンの脚がかかっているわけじゃない。

 言うならば、ただホシノウィルムのライバルが調子を落としているだけなんだ。

 担当の勝利を第一に考えるなら、喜ぶ……とは言わないまでも、受け入れ、利用すべき状況。

 

 端的に言えば。

 俺には、メジロマックイーンに助力するだけの理由がない。

 

「あの、トレーナー」

 

 俺が今、彼女を助けたいと思っているのは、エゴイズムに過ぎない。

 ホシノウィルムのトレーナーではなく、堀野歩個人の利己的思考だ。

 俺には、前世の記憶がある。そこでやっていたゲームのキャラ、あるいはそれに近似したウマ娘。

 彼女に感情移入してしまっていたから、ただ助けたいと思っただけ。

 

 ……いいや、違うか。多分違う。

 

 俺は、これからメジロマックイーンが辿る道のりを知っている。

 前世アプリのメインストーリーで、それを見たことがあるからだ。

 

 雨の中の、天皇賞(秋)。

 メジロマックイーンは、そこで1着を取りながらも、降着処分を受ける。

 

 知っている。それを知っているからこそ、助けたいと思った。

 

 別にメジロマックイーンに限らず……誰かが困っていたり、嫌な結末に向かっているのなら、それを止めたいと思うのは当然のことだろう。

 だから俺は、何かしてやりたいと、してやらねばならないと感じている。

 

 ……けれど、それはホシノウィルムのためにならない。

 彼女がレースに勝つという未来のためを考えるなら、申し訳ないが、ライバルには不調であってもらった方がいい。

 

 俺は、ホシノウィルムの走りに惚れた。俺が彼女のトレーナーをしたいのだと、心の底から感じ入った。

 だからこそ、俺は……彼女のトレーナーとしての自分を貫くべきなのだと、そうも思う。

 

 だが……それでは、

 

「トレーナー!!」

「わっ、びっくりした……どうした、ホシノウィルム」

「どうした? じゃないですよ。トレーナーこそどうしたんですか」

 

 いつの間にか俺の目の前に立っていたホシノウィルムは、少し呆れたような……いや違う、どこか心配そうに、俺の目を見てくる。

 ……えぇと。

 

「ミホノブルボンは?」

「お手洗いに行くって言ってましたし、なんならトレーナー、それに頷いてましたけど」

「……うん」

「本当、どうしたんですか? 少し、顔色が悪いですよ。

 何かあるのなら、相談してください。……パートナーでしょう?」

 

 顔色? 体調が悪いという自覚はないが……。

 

 しかし、パートナーか。

 確かに、ホシノウィルムは俺のパートナーと言って差し支えない。

 ここまで2年弱の時間を共にし、色んな経験を共にしてきた。

 マックイーンの掲げる一心同体……とまでは行かないだろうが、苦楽を共にする関係と言っていい。

 

 極めて個人的な、エゴイスティックな苦悩。「堀野のトレーナー」であれば、それは隠すべき感情だ。

 だが……パートナー、二人三脚の関係であるとするなら。

 どうしようもないことを除いて、隠し事をすべきではないと思う。

 

「……メジロマックイーンは今、不調だ。俺はその不調の原因に、心当たりがある。精神的な引っかかり、悩みがあるんだろう。

 もしかしたら今、俺がメジロマックイーンのトレーナーに接触すれば、彼女の不調が少しは改善するかもしれない。

 だが、俺にはそれができない。君のトレーナーである以上、君の勝利を思えば、利敵行為をすることは許されない。

 だから……どうすべきかはわかってる。納得もできてるんだ。……ただ、感情をコントロールする時間が欲しい」

 

 纏まらない言葉を、感情のまま吐き出す。

 

 ……あー、これ、酷いな。

 パートナーって言葉にグラついちゃったけど、冷静に考えると俺は大人で、彼女は子供だ。

 頼られることはありこそすれ、頼るなんてことがあっちゃいけない。

 殊に俺は、前世からの経験も含めれば既に5……いや、実年齢は20ちょいだし。まだまだおっさんって歳じゃないし。

 

 駄目だ、混乱してる。

 もうちょっと落ち着かないと。俺は彼女から頼られるような大人じゃなければならないのに。

 

 俺がそんなことを思って頭を掻いている内、ホシノウィルムはぼそっと口を開いた。

 

「……私、実はライスちゃんを助けようと思ってるんですよね」

「ん? ライス……ライスシャワー?」

「あの子、色々と抱え込みがちなので、私が支えてあげたいな、と思って。

 トレーナーのそれも、似たようなものでしょう?」

「いや……しかし、君への利敵行為になるわけだし」

「私のそれだって……トレーナーの予想が正しければ、ライスちゃんは来年のクラシックロードの有力候補なんでしょう?

 それなら私がやってるのだって、ブルボンちゃんへの利敵行為じゃないですか」

 

 ……まぁ、それは確かにそうかもしれない、けど。

 

 だが、ホシノウィルムはあくまで学生。一方俺は、仕事で彼女のトレーナーをやっているんだ。

 彼女は良くても、俺は……。

 

「でも私、この行動が間違ってるとは思わないんですよね」

「え?」

「だってそうでしょう? いくらライスちゃんが迷いを振り切って強くなっても……それを超えて、ブルボンちゃんが強くなればいいんです。

 マックイーン先輩もそう。どれだけ先輩が強くなっても……トレーナーが、私をもっともっと速くしてくれれば、何の問題もないでしょう?」

 

 そう言って、してやったりと笑うホシノウィルム。

 

 ……そうだ。

 そういえば、ホシノウィルムはこういう女の子だった。

 

 自身の速さに自信を持ち、俺を信頼してくれて、俺となら……誰よりも速く走れると。

 彼女はそう、心から信じてくれてる。

 

 ……知らず、息が漏れた。

 

「情けないな。俺は君に、たくさんのことを教えてもらってる」

「私もたくさんのことを教えてもらってます」

「君には、本来以上の負担をかけてしまう」

「その分、トレーナーが一緒に背負ってくれるんでしょう?」

「それが、パートナー?」

「それが、パートナーです」

 

 むふん、と可愛らしく胸を張るホシノウィルムに……俺は何度目か、あるいは何十度目かの感心を覚えた。

 

 この子は本当に……俺なんかよりもずっと、心が強い。

 歳不相応なくらいの、信頼を置ける安定感。それはやはり、幼少の辛い体験で培われたものなんだろうか。

 

 ……なんにしろ。

 やはりこの子は、すごいウマ娘だ。

 

「……悪い、ホシノウィルム。少し席を外す」

「トレーナー」

 

 ちょん、と裾をつままれる。

 今までと違う、彼女の表情。

 それは……どこか寂し気なものだった。

 

「救えたかもしれないものを取り落としてしまったら、きっと後悔します。

 私も、……だから……」

「ああ、わかってる」

 

 手を伸ばせる時に伸ばさないと、後悔する。

 そんなことは、ずっと昔から、わかってるよ。

 

 

 

「もしもし……はい、ホシノウィルムのトレーナーをしている、堀野歩と申します。

 メジロマックイーンのトレーナーさんと、少しお話ししたいことがありまして……。

 ああ、いえ、そうではなく。……次走の、天皇賞のことで」

 

 

 







 せっかく生まれ変わったのなら、後悔のない選択をしなきゃ。

 さて、10月ですね。次話、いよいよ菊花賞です。



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、菊花賞の話。



(本編に関係するかもしれない呟き)
 JRA賞、2023年度から最優秀マイラーと最優秀スプリンターが分けられるらしいです。
 せっかくなので、本作ではこれを採用していこうと思います。

(本編に関係するかもしれない呟き2)
 ディープとキンカメ匂わせ!?!?(混乱)

(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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