転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 菊花賞です。ネイチャ視点(35話『おまけ We are all of us stars, and we deserve to twinkle.』)の答え合わせのような形でも楽しめると思います。





幼年期の終わり

 

 

 

 10月27日。

 

 本当に長かった。

 6月頭に骨を折って、そこから実に5か月弱。

 

 ようやく、この日が来た。

 ようやく、ここまで来た。

 

 歓声の響く中、私はゆったりと、ターフの上に上がる。

 

 

 

『さぁ少し遅れて、本日の主役がターフに姿を現しました!

 全ての過去を過去にする、最新の伝説。

 18の星々の中にあってなお燦然と輝く一等星は、今日もまた不可能を破り捨ててくれるのか!』

 

『一番人気はこの子をおいて他にはいない!

 ここまで無敗の二冠ウマ娘、ホシノウィルム!』

 

 

 遠く響く実況解説の言葉を聞いて、思わず苦笑しかける。

 

 はは……まったく、言ってくれるね。

 でもその期待、請け負った。

 このレース、必ず……勝つ。

 レース場に来てくれた人たち、今レースを見てくれてる人たち、そして私を信じてくれる人たち……その全てに、結果を以て応えるために。

 

 さて、と。

 改めて、少しだけ目線を走らせ、すぐにその瞳を見つけ出す。

 

 私を貫く、焼け付くような視線。

 私の無二の友人である、ナイスネイチャのそれを。

 

 一目見ればわかる。

 彼女は、完璧に自分を整えている。

 体付きも、雰囲気も、闘志も、精神状態も。その全てが、このレースに、そしてライバルである私に向けられていた。

 

 抑えきれず、口角が上がる。

 あぁ、最高だよ、ネイチャ。よくそこまで仕上がってくれた。

 

 これで私は……この上なく、菊花賞(レース)を楽しめる。

 

「ウィル、待ちかねたよ」

 

 彼女へと歩み寄る内、ネイチャが口を開いた。

 

 お前の威圧感に呑まれてなんてやるかと言わんばかりの、ナイスネイチャらしい、少しだけおどけたような台詞。

 けれど、いつもの口調ではない。

 ピリつき、張り詰め、緊張している。火花でも散れば燃え上がってしまいそうな臨界点だ。

 

「うん、遅くなってごめんなさい、ネイチャ」

 

 応じるように、私も微笑を以て答えた。

 これから叩き潰すことになる親友の闘志を前に、心の底から滾る熱を感じながら。

 

 

 

 さぁ、私たちの、最後の決戦が始まる。

 

 今日行われるのは、G1、菊花賞。

 私たち星の世代最強を決める、最後のクラシックレースだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ゲートの中で頭を冷やしながら、情報の整理を開始する。

 

 トレーナー曰く、今の私の総合的スペックは、宝塚記念時点を僅かに上回る程度。

 しかしそれは、完全上位互換、という意味ではない。

 

 戦術眼は療養期間での勉強で、あの時よりも高くなった。

 最高速度とスタミナは持ち直し、なおかつ更に成長できたと思う。

 けれど、加速力と精神力はやや劣化してしまっている、とのこと。

 それらを数値にして単純に合計すれば、あの時を僅かに上回る、ってだけの話だ。

 

 そして、宝塚記念の時ほど、今の私は「整って」いない。

 あの時はなんというか、絶好調って言葉じゃ収まり切らない、完璧を超えたパフォーマンスだったと自負してる。

 今回の私は絶好調って言えるレベルだけど、逆に言えばそこ止まりだ。

 そう考えれば……うん、日本ダービーの時からちょっと強くなった程度と思えばいいだろうか。

 

 更に言えば、私自身のレース勘が戻っているかもわからない。

 一応、何度かの模擬レースや3000メートルの通しは実践してきたけど、久々の、それも叩きを経由しないG1で、どこまで実力が発揮できるかは不明瞭。

 ……まぁ、ここに関しては多分大丈夫だけどね。

 何せ今回は、トレーナーによる明確な作戦がある。私は終盤まで、それを信じて動けばいいんだ。

 

 そして、最後にして最大の障害は……。

 ちらりと、左を窺う。

 何人かのウマ娘の向こう、ちらりと赤と緑のメンコが見えた。

 

 今回の菊花賞には、これ以上ない仕上がりのネイチャが参加している。

 

 本気を出さなければ、負けてしまうだろう。

 私の……ホシノウィルムの、領域を使わなければ。

 

 

 

 まぶたを閉じて。

 

 ブルボンちゃんの激励を思い出す。

 友達の応援を思い出す。

 後輩ちゃんたちの願いを思い出す。

 多くのファンの祈りを思い出す。

 

 ……私を導いてくれる星を、思い出す。

 

 大丈夫。

 今も変わらず、まぶたの裏に見えてる。

 

 満天の、星が。

 

「寒い。……良い寒さだ」

 

 

 

『ゲートイン完了。出走準備整いました』

 

 

 

 さぁ、準備は整ってる。

 行くぞ、ネイチャ。

 あなたから逃げ切るために、私は私の全てを使う。

 

 

 

『……スタート!』

 

 

 

 ゲートの開く音と共に、思い切り地面を蹴り上げる。

 ぐん、と前進する視界。周りの子は、誰一人として付いて来れない猛加速。

 

 いつも通り、完璧と言えるスタートダッシュだ。

 このまま……全員、振り切る!

 

 

 

『さぁ各ウマ娘一斉にスタートを切りました。坂を駆け上がりハナを切ったのはやはり一等星ホシノウィルム、快調に飛ばして差を付けていきます。

 彼女を追うのはアゲインストゲイル、バイプロダクション、ホリデーハイクたち逃げウマ娘。破滅的なまでの大逃げに付いて行くことができるか?』

『注目の三等星ナイスネイチャ、今日は前めに付いていますね。日本ダービー3着リオナタールはその前、現在6番手。3番人気ハートブロウアップはいつも通り後方から睨みを利かせているぞ』

 

 

 

 見られている。このレースに参加する全てのウマ娘が、私を見ている。

 皆、考えてるんだ。

 コイツの背中を越えるにはどうすればいいか。どこで仕掛けるのが上策か。

 ……あるいは、ナイスネイチャの策に乗った方が良いのか。

 

 逃げウマ娘の中の1人の足音が、遮二無二に伸びてくる。

 へぇ、私に付いて来るつもりなんだ。

 ……いや、違うな。

 これ、私と追い比べして掛からせるつもりか。

 

 足音はラストスパートもかくやって勢いで、一気に駆け寄って来る。

 その勢い自体は、悪いものじゃないと思う。

 

 ……が。

 申し訳ないけど、わざわざ無益な戦いに取り合うつもりもない。

 彼女の存在は無視して、私は自分のペースを保つ。

 

 ホシノウィルムが後方からの圧に弱かったなんて、もう遥か昔の話。

 今の私に、弱点は、ない。

 

 ……名前も知らない彼女も、そろそろ追い付き難いことを悟って、下がっていくはずだしね。

 

 

 

『さぁ第1コーナー入って坂を下る! 先頭ホシノウィルム素晴らしいコーナリングで減速なく、かなりのハイペースで後方との差をぐんぐん広げていきます』

『宝塚記念では大逃げを放棄したホシノウィルムですが、今日は大きく大きく差を広げる従来の走り。普通なら体力が持つのかを心配するところですが、もはや誰も彼女の型破りを疑うことはできません!』

 

 

 

 今回のレースを走る前に、私はトレーナーと情報交換をした。

 内容は、私の領域と、その特殊性について。

 

 その結果練られた策は、非常に単純なもので。

 このレース中、序盤から終盤までハイペースを保つ、だった。

 

 菊花賞は淀の坂が立ち塞がる3000メートルの長距離、多大なスタミナを消耗するレースだ。

 その距離の長さは、トゥインクルシリーズのG1レースでは天皇賞(春)に続いて2番目。

 故に本来は、ハイペースの大逃げの許される距離ではない。

 

 ……けれど。

 例えば、終盤に脚を残さなくていい、とするとどうだろうか。

 

『2400メートルまで、ハイペースを維持しろ。……そこまでに、ネイチャは必ず仕掛けてくる』

 

 それはつまり、このレースのスタミナ勘定は2400メートル分でいい、ってこと。

 私の持つ体力を、2400メートルまでで自由に使う。……それなら、日本ダービーの時とそう条件は変わらない。

 幸いあの時と違って、今日は雨も降っていなければ重バ場でもないんだ。

 ハイペースの大逃げも……難しくはない。

 

 

 

『今先頭が1000メートルを通過、そのタイムは……59秒8! あのセイウンスカイの59秒6に近い、かなりのハイペースです! 中盤に息を入れる作戦か?』

『しかし、逃げウマ娘たちが追いすがっていますし、先行集団もしっかりとペースに付いて行っている。息を入れる隙はあるのでしょうか?』

 

 

 

 クラシックレース、その最後の1つに出るのは、当然ながら世代最高峰と謳われるウマ娘たちだ。

 勿論その脚を仕上げるだけでなく、誰もが必死にこのレース場を、菊花賞を、逃げウマ娘を、そして私を研究してきている。

 

 だからこそ、私の領域と特殊性を知らない子たちは、こう思うはずだ。

 

 序盤で差を離し、中盤で息を入れる。

 セイウンスカイ先輩と同じ戦略を取るつもりだ、と。

 

 皆が研究し尽くし、こちらの手の内を読む前提の、欺瞞。

 誰もが「こうだろう」という常識に囚われてるが故に、私とトレーナーの本当の狙いは読まれない。

 

「……すぅー」

 

 全てのウマ娘の足音が消え去った中、ただ1つ、私の呼吸と足音だけが響く。

 

 欺瞞は、成功している。

 誰もが、今から息を入れると思っている。

 

 私との距離を見誤らないように、私のペースを見落とさないようにして……。

 私を休ませないよう、必死に距離を詰めてくるはずだ。

 

 トレーナーの想定が正しければ、そろそろ……。

 

 

 

『向こう正面、リオナタール、続いてナイスネイチャがバ群を抜けてぐいぐいと前との距離を詰めていきます! 早めの仕掛けだが大丈夫か!?』

『淀の坂を警戒して距離を詰めに行ったか、しかし先頭までの距離は長い! スイートキャビン、パンパグランデもペースを上げる!』

 

 

 

 ……来た。

 

 この足音は、ネイチャと……多分、何度か一緒に走った子だ。

 何だっけか……えっと、ラ、ラ行から始まる名前だった気がするんだけど……レース中ってこともあってちょっと思い出せない。本当にごめんね、正直ネイチャの盾になってるイメージが強すぎて……。

 とにかく、模擬レースやダービーで一緒に走った、結構すごめの末脚を持ってる子のはずだ。

 

 脳内にトレーナーから貰ったプランを広げる。

 これは……確か1番目、最も確率の高いパターン。

 ネイチャが誰かを盾にしながら、向こう正面で上がってきた場合の対応は……。

 

 うん、何もない。

 現状維持で問題ないはずだ。

 

 さぁ、二度目の登り坂に差しかかる。

 この坂をハイペースで登り切った先で、ネイチャのスタミナが、果たしてどれだけ残っているか。

 それが今後の展開を決めると言っていいんだけど……。

 

 

 

『速い速いリオナタール、ホシノウィルムの後方5バ身まで一気に詰めまして坂を登る!

 ナイスネイチャもこれに続く、最終直線で差し切るつもりか!』

『まだレースは800メートル以上残っています、掛かってしまったのかもしれません。とはいえもう息を入れる場所もない、ここからスタミナは持つのでしょうか?!』

 

 

 

 普通に考えれば、こんなに早期のスパートはスタミナを消耗しかねないけど……。

 もう1人の子はともかく、ネイチャにとっては問題のない範囲だろう。

 何せ彼女、もう1人の子の後方で、しっかりと風を避けて進んできてる。

 足音のグラつきも少ないし、余力は感じるね。

 

 私も、限界は遠い。

 まだまだ、いいや、どこまででも行ける。

 

「……ふっ」

 

 坂を登り終え、コーナーの先に目を向けながら考える。

 

 淀の坂、その下りは、第三コーナー内にある。

 ここでスピードを出しすぎれば、大きく膨らんで外に弾きだされてしまう。

 私はコーナリング上手いから問題ないけど、ネイチャは……。

 

 いや。

 続くこの足音に、全く迷いを感じない。

 減速する気はないな。むしろ……。

 

 

 

『今先頭ホシノウィルムが坂を登り終え下りに入ります。

 この坂が終わってから勝負が……いや!!』

 

 

 

 世界が、塗り替わる。

 無明の暗がりの中、ただ1つ、くすんだ灰色の星だけを頼りとする世界へと。

 

 ……ここで来るか、ネイチャ!

 

 

 

『ナイスネイチャだ、ナイスネイチャ仕掛けた! 菊花賞のタブーを犯して前との距離を詰めに出た!!

 しかし逸れない、抜群のコーナリングでぴったりとインコースを突いてます!!』

『少し体勢を崩せば倒れてしまいかねないギリギリの角度です! このまま下り坂で一等星を捉えるつもりなのか!?』

 

 

 

 想像以上だ。まさか私以上にコーナリングが上手いとは。

 この5か月。私が休み、力を取り戻す間に……彼女はもっとたくさんの力を付けていたんだ。

 

 ……流石。

 流石だよ、ナイスネイチャ。

 

 それでこそ、私が見込んだライバル。

 それでこそ、キラキラした主人公。

 

 ありがとうネイチャ、無事にここまで来てくれて。

 ……私の勝利条件を、満たしてくれて!

 

「来てくれると、信じていました、ネイチャ」

 

 冷めた心。その奥底から、炎が吹き上がる。

 その「熱」のままに、私は……。

 

 領域を、開いた。

 

 

 

 領域。

 

 ウマ娘特有の、不思議な現象。

 

 心象風景を現実世界に押し付け、自らの世界の中で、通常以上の力で走ることができる。

 ネイチャやテイオーに使われて、ずっとずっと苦戦を強いられたそれを……今は、私も使うことができるんだ。

 

 まるで世界が割れて、本当の世界が現れるような錯覚と共に……。

 久々に見るその光景が、私の網膜を焼く。

 

 暗い世界に、数々の星が灯る。

 私を導いてくれる、ファン、後輩、知り合い、友達、そしてトレーナー。

 私は皆に照らされ、温められ、溶かされて……生まれ変わる。

 

 そうして、カチリと、切り替わった。

 

 私の意識と、走りが。

 

 

 

 ホシノウィルムには、3つのモードがある。

 冷静にレースを運ぶ「冷」、私らしく走れる「温」。

 ……そして。

 

「……熱い」

 

 誰の耳にも入らない、私だけの小さな小さな呟きと共に。

 

 胸の底から溢れ出る、熱、熱、熱。

 今、私の背中に手を伸ばすネイチャとのレースが……たまらない。

 たまらなく、熱い。

 

 その熱が、最高の熱が、私の脳に火を入れる。

 

 

 

『ホシノウィルムとナイスネイチャ、ここで更に加速! 3番手リオナタールも追いすがるが届かないか!

 やはり一等星と三等星、この2人はモノが違うのか!!』

『残り500メートル前後、そろそろ最終直線だ! 他のウマ娘も位置を上げるが、この2人のペースには付いて行けないか! やはり前半の殺人的ハイペースが響いてしまったか!?』

 

 

 

 ……さぁ、考えよう。

 このレースに勝つ方法を。

 ナイスネイチャに勝つ方法を。

 

 まずは、情報収集。

 足元の芝の状態。一歩先の地面の細かな傾斜。僅かな風の動き、内ラチまでの距離、彼女の脚の動く速度、その歩幅、体の軸のズレ、自分の残った脚、不調、その全て。

 目と耳と鼻、足裏の感触まで。あらゆる感覚から、あらゆる情報を取り入れていく。

 

 そうしてそれらから、最適の方法を考案する。

 

 一歩先に足を落とす。

 それを、果たしてどの角度で、どの場所にすべきか。

 脚を持ち上げ、運ぶ。

 それを、果たしてどう動かし、どう回すべきか。

 

 普段は慣習的にやっているそれを、全て片端から再度計算し演算する。

 そうして導かれた答えは、まさしく「最適解」。乱雑な走行などよりずっと無駄なく加速できる。

 

 それこそが、私の天星スパート。

 限界まで体を倒した前傾姿勢で風を避けながら、最小の負荷で前へ前へと疾走する、私だけの走り方。

 

 ……良し、次。

 戦法の次は、戦術だ。

 

 ナイスネイチャの速度、互いの距離、バ場の状態、ゴールまでの距離……ネイチャの領域。

 その全てを材料に、このレースの勝ち方を導いて……。

 

 

 

 …………?

 

 いや、待て。

 なんか……違う。

 

 ネイチャの領域。それは確かに、領域で間違いない。

 けれど、なんというか……違う。

 

 これは……らしくない。そう、らしくないんだ。

 「ナイスネイチャらしくない」んじゃなくて……「ウマ娘らしくない」。

 

 これじゃ……かつての私そのままだ。

 勝利への渇望のあまり、視野が狭くなってしまってる。

 自分を支えてくれる、本当に見るべきものを見失ってしまってる。

 

 頭が冴えている今なら、この領域の……彼女の精神状態の歪さがわかる。

 彼女は……ネイチャは、今、私しか目に入ってない。

 それじゃ……駄目だ。駄目なんだ。

 

 ネイチャが、本当の実力を出せない。

 

 手段と目的が逆転するのは、ままあることだ。

 昔の私だって、お父さんに頭を撫でてほしいって、そう思ってただけだったのに……いつしか勝つことに執心するようになってしまってた。

 ネイチャも、あるいは今、そうなりつつある……のかもしれない。

 

 駄目だ……それじゃ駄目だ。

 

「駄目ですよ、ネイチャ」

 

 知らず、口にする。

 

「それじゃ駄目なんです、ネイチャ」

 

 ……しかしまさか、そうして漏らした言葉に対して。

 

「これ……何?」

 

 ネイチャの返事が、返って来るとは思わなかった。

 

 これ……もしかして、「重なった」の?

 

 

 

 * * *

 

 

 

 領域というのは、摩訶不思議なもので。

 自分を中心に広がろうとする領域同士がぶつかると、互いが互いを削り合い、その破片から相手の想いを理解できたりもする。

 宝塚記念で、私がほんの少しだけマックイーン先輩やライアン先輩の心に触れたのが良い例だ。

 

 そして……条件はわかってないけど、領域同士がぶつかる時に「重なる」とか「繋がる」って言われる現象が起こることがあるらしい。

 削り合い、食い合うのではなく「重なる」。お互いの領域の一部が繋がってしまい、その心を、時間と言葉を介さずに理解し合える……のだとか。

 トレーナー曰く、堀野の長い歴史でも10とか20くらいしか記録されていない、非常に珍しく、そして不可思議な現象。

 

『正直、これが本当に実在する現象なのかはわからない。ただの錯覚である可能性も高い。

 だが、いざと言う時に直面して困惑するのも良くないからな。念のため伝えておく』

 

 ……トレーナー、どうやらそれ、実在したっぽいよ。

 

 私とネイチャの領域は今、繋がってるみたいだ。

 

 

 

 レース中に言葉を交わせるって意味では、この領域の重なりは非常に面白い現象だと思う。

 ……ただ、アレだ。流石の私といえど、思念で会話するなんていうファンタジー行為に慣れているわけじゃない。

 ネイチャは疲れからか、すごく率直に言葉を伝えてくるけど……私はちょっと、隠すべきことが多いからね。転生者なこととか、あと恋心とか。

 なので、思考を垂れ流すわけにもいかない。上手く脳内で言葉を紡がなければ。

 

 努めて冷静に言葉をこねくり回して、伝えたいことを伝える。

 今のネイチャじゃ駄目だ。私だけを見ているようじゃ駄目。

 もっと、ネイチャを支えてくれてる人たちを見ないといけないんだって。

 

 転生者の私でさえ、最初はレースを楽しめてたんだ。

 ネイチャが最初に走ることを目指し始めたキッカケは、きっと……。

 

 ……いや。

 ナイスネイチャに限った話じゃない。

 ウマ娘は、きっとそういうモノなんだ。

 

 誰かに夢を託され、それを背に負って走るモノ。

 その夢に背を押されて、その夢を力にするモノ。

 道に迷うこともあるけれど、本質はきっと同じ。

 私も、ネイチャも、このレースに参加するウマ娘も、全員……夢を背負って走ってる。

 だから、ほら……聞いてみて。

 あなたに夢を託した人たちの声を。

 

 ……って。

 あ、まず、半分思考垂れ流しになっちゃってたかも。

 やっぱり難しいよ念話、ファンタジー漫画とかで念話しながら戦闘とかしてるの、アレさてはだいぶマルチタスクだな?

 

 ……あれ、でもそれ言ったら私、「アニメ転生」してる間は思考力が伸びてるはずなのに。

 もしかして、領域上の会話では使えないのかこれ? 現実じゃないから?

 ああいや、そんなことはどうでもいいとして。

 

 私がネイチャの領域に視線を向けなおすと……そこには、既に変化が窺えた。

 

 どうやら、ネイチャにもちゃんと見えたみたいだ。

 

 

 

 キラリと。

 ネイチャの世界を照らしていた灰の星が、まるで月が満ちていくように……輝きを増す。

 

 それが宿したのは、金色の光。

 何よりも、誰よりも眩しい、彼女の夢。

 ナイスネイチャを導く、彼女だけの一等星だ。

 

 ……私にとっての、彼方に輝くそれのように。

 彼女もまた、本当に自分を導いてくれるものを見つけたらしい。

 

 

 

「……これが、ネイチャの……本当の……」

 

 思わず呟く私に、ネイチャは冗談めかして……いや、冗談半分に言ってくる。

 

「ウィル。良かったの? アタシに、こんなこと教えちゃって。

 ……アタシ、本当に勝っちゃうよ?」

 

 ゾクリと、背筋が震える。

 

 あの、ネイチャが。

 全ての謙虚と自虐を捨てて、殴りかかって来てくれる。

 

 最高だ。

 そんなの絶対、面白いレースになるに決まってる!

 

「っ。……ふふ、構いません。

 私も、人から教えてもらったのです。この熱も、この星の輝きも。

 人から貰った善意は、誰かに返さなければ」

「いや、そういう偽善的な理由じゃないでしょ。

 アタシたち、ウマ娘だよ?

 自分の目的のために、誰かの夢をぶっ壊す競走ウマ娘だよ?

 誰かのため、なんて理由なわけないじゃん」

 

 はは、それは本当にその通り。

 

 私たちは皆、エゴイストだ。

 自分の勝ちたいという想い、その先にあるものを目指して、あらゆる夢と願いと祈りを踏み砕いて行くんだから。

 他人のため、なんてわけがない。

 いや、そういう部分がないわけじゃないけど、それがすべてじゃない。

 

「あらら、バレましたか。……ええ、私にもネイチャに強くなってもらう理由はあります」

「理由?

 ライバルを強くする理由って……?」

「簡単ですよ。

 私、熱くて楽しいレースがしたいのです。

 もっとネイチャに強くなってもらって、私に迫って来てほしいのです。

 ……そういう相手に勝った方が、楽しいでしょう?」

 

 このレースに出る名目にもなったこと。

 トレーナーとの「レースを楽しむのが早いか、無敗で三冠を取るのが早いか」という勝負に負けた私は、この菊花賞を……いや、参加するレースを「楽しまなくちゃいけない」。

 

 それが、私が勝負に負けた罰であり……。

 それが、トレーナーからもらった最大の祝福でもあり……。

 それが、ホシノウィルムがこれから生きていく意味でもある。

 

 だから、私は心から真摯に言ったんだけど……。

 

 何故か、ネイチャの雰囲気がピリッと冴え渡った。

 

「そりゃあ……はは、なんてふざけた理由。

 余裕綽々ってわけ?」

「……? いえ、余裕綽々じゃなくなるために、強くなってもらうのですが」

「あー、うん、そっか。アンタそういう子だったね。わかった。わかりましたよ。

 ……楽しむ余裕もないくらいにぶっちぎってやるっての!!」

 

 彼女が怒った理由は、正直なところ、よくわかんなかったんだけど……。

 ネイチャがブチ切れた感じを最後に、領域の「重なり」は解けた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そこからは……。

 

「アタシが、勝つ!!」

 

 そう言って末脚を伸ばして来るネイチャに対して、私はいつ何が起きても良いように、常に最適を選びながら彼女の前を走り続け……。

 それでもなお想定を越えてくるネイチャに心を躍らせながら、計算と走行を続けて。

 

 

 

 そうして……。

 

 

 

『今2人がゴォオオルイン!!

 最後の最後で加速して差し切ったのは、ホシノウィルム!! 1バ身の差を付けて菊花賞を制しました!!

 赤の次に咲き誇ったのは灰の大輪!! 2人目の無敗のクラシック三冠ウマ娘が誕生すると同時、初の三冠逃げウマ娘が歴史にその名を刻んだ!!』

『もはや問答は無用!! 彼女こそが世代の一等星!!

 菊の舞台で最強を証明したのは、ホシノウィルムだ!!!』

 

 

 

 ……その日に勝ったのは、私の方だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 レースを無事に走り切り。

 めちゃくちゃ長いインタビューを受けたり、記念写真の撮影とかを終わらせて。

 これが最後となるライブ曲「winning the soul」を踊り終えて、とんでもない喝采をもらって。

 

 そうして……ホシノウィルムのクラシックロードは、三冠達成という結果で終わった。

 

 伝説のセントライト、戦士シンザン、常識破りのミスターシービーさん、そして永遠の皇帝シンボリルドルフ会長。

 このそうそうたるメンツに、私、ホシノウィルムの名が並ぶことになるわけだ。

 無敗三冠に限って言えば、シンボリルドルフ会長と、ただ2人きりの存在となるわけで……。

 

 ……なんというか。

 今更ながら……すごいことしてない、私?

 

 最初は「とにかく負けたくない」「あとできればテイオーちゃんの夢を代わりに叶えたい」というところから始まり。

 トレーナーと関わる内に「楽しいレースがしたい」「トレーナーに恩を返したい」となって。

 

 ただ走って、走って、走り続ける内。

 いつしか、こんなところまで来てしまった。

 

 勝負服から私服へ着替えながら、思えば遠くまで来てしまったなぁと思う。

 

 ここが、競走ウマ娘が立ち得る頂点の1つ。

 

 ……お父さん、お母さん。見てくれてる?

 あなたたちの娘は、結構すごいウマ娘になったよ。

 

 

 

「で、そこからはグワーッ! と迫って来るネイチャからグーンッ! と脚を伸ばしてズバーッ! と行ったんです。しかも進むごとにドゴーンッ! って来るのでブワーッ! でしたよ!」

「うん、楽しめたなら何よりだ」

「……ウィルム先輩、水です」

「ありがと、ブルボンちゃん。……でもネイチャ、ズドーンッ! って感じで! やっぱりアレが領域のアレなんですかね、流石はネイチャ、アレするとはアレですね!」

「君そんな語彙力死んだキャラだったっけ?」

「今の暗号は一体……?」

 

 宿泊するホテルへ向かう車の中で、今日のレースを見てくれていたトレーナーやブルボンちゃんと言葉を交わす。

 

 今日は、本当に楽しかった。

 充実感ならともかく、楽しさって意味なら、あの宝塚記念に勝るとも劣らないレベル。

 けどそれを口にしようとすると難しい。どうしても的確に表現できない。言葉にした時点で、本当に感じたそれよりも劣化してしまう気がしてもどかしいよ。

 

 でも、どうしてもこの気持ちを誰かに共有したい。一緒に楽しみたい。

 だから頑張って口に出すんだけど……どうにもトレーナーはニコニコしてるし、ブルボンちゃんはポカーンとしてる。

 わかってない、2人とも全然わかってないし!

 

「むぅ……すごく楽しかったのに!」

「それはよく伝わって来るよ。本当によく、な」

「同意します。このようなウィルム先輩は初めて見ました」

「そりゃそうだよ! こんなに楽しいレースは久々だもの! ブルボンちゃんだって、きっとクラシックレースを走ればわかるって!」

「そう……でしょうか」

 

 たまらない充実感、勝利の余韻と歓声の残響が、今も頭を痺れさせる。

 私は最高のレースを走り、そして勝ったんだ。

 これを嬉しいと言わずして何と言う。これ以上ウマ娘として満たされることが他にあろうか。

 

 身振り手振りでその様を伝えようとする私をミラーでちらりと窺い……。

 

「……良かったよ。君がレースを楽しめて、本当に良かった」

 

 ポツリと、トレーナーは呟いた。

 

 その真剣な声に、ブルボンちゃんは首を傾げてるけど……。

 私は、トレーナーの想いを理解できた。

 

 2年弱という長い間、トレーナーはずっと、私を支えてくれたんだ。

 ただ、レースを楽しめるように。この人生を楽しめるように。

 

 ……そう。

 二度目に得た、この人生。

 

 私が「ホシノウィルム」を生きられるようになったのは、彼のおかげだ。

 

 だから。

 今は、改めてこう言おう。

 

「ただいま、堀野歩さん!」

「! ……ああ、おかえり、ホシノウィルム」

 

 

 

 

 

 

 そうして、「ホシノウィルムのクラシックロード」という1つの物語が幕を引いた。

 

 けれど当然、私と彼の関係はこれからも続く。

 

 さぁ……次は、ジャパンカップだ!

 

 

 







 ようやく時系列が第一部おまけに追いつきました。20万文字の行間とは一体……?
 次回から、いよいよ第二部突入です。まぁある意味では、もう始まっているようなものですが。



 次回は3、4日後。誰かの夢の話。



(追記)
 前話の内容について、ストーリーに深く関わる部分ではありませんが、少しだけ描写を変更しています。
 変更点は、堀野君の京都観光への感想について「楽しかった」→「楽しかったかもしれない」です。
 細かい変更になりますが、よろしくお願いします。

(追記2)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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