何故かと言うと、ホシノウィルムにとってメイクデビューは、そんなに印象に残らない普段通りのレースだったからです。
私、ホシノウィルムのメイクデビューは終わった。
結果は1着。大きな問題もなく勝利できたと言えるだろう。
これで私は、晴れてトゥインクルシリーズの各レースへ出走する権利を得たことになる。
「すー……ふぅ、すー……ふぅ」
ターフを去って観客の目から逃れて、未だに荒れてる息を整える。
あー、つら。レースを走り終わったら毎回これだ。疲労感がすごくて、僅かなめまいも感じる。
結局、今回もこうなっちゃったなぁ。
私はレースを走る時、「寒い」っていうおかしな感覚を覚える。
それが背筋を冷やしたが最後、状況や相手に関わらず、私は全力で走ってしまう暴走状態になってしまうのだ。
いくらトレーナーに抑えろと言われても、絶対に負けられないという想いが爆発して、命令を無視し……。
今までに自分が培った経験、知識、能力や技術。その全てを大盤振る舞いし、「絶対に負けない走り」をしてしまう。
それが今回の、大差を付けての1着という結果を生んだわけだ。
……トレーナーには「手の内がバレるからデビュー戦では全力は出さないでほしい」って言われたんだけどね。本当にごめんなさい。
やっぱりあの感覚をコントロールすることはできないみたいだ。今まで通り、上手く使っていくしかないだろう。
トレーナーにこれをどう伝えるべきかは……ちょっと難しいものがあるけども。
……き、訊かれたら答える、でいいかな。うん。
あの日、堀野トレーナーと契約を結んでから、半年以上の時間が経過した。
トレーニングばかりだったので早く過ぎたように感じるけど、1年の半分って考えると結構長い付き合いになってきたと言える。
で、流石にそれだけ付き合えば、色んなことがわかってくるわけで。
端的に言えば、堀野トレーナーは本当にチートキャラだった。
底抜けに真っすぐな善人で、いつもウマ娘、特に担当である私のことを考えてくれていること。
どんな理由かはわからないけど、そういった善性を仮面で隠している……が、割と簡単に素が出ること。
本人は隠せてると思っているみたいだけど、ぶっちゃけ周りの人間やウマ娘は大半が気付いてると思う。私は知っているのだ、そういうとこが可愛いって一部ウマ娘の間で話題になってることを。
あとは、やっぱり観察眼がすさまじい。私がまだ感じないレベルの疲労を見抜いたり、逆に過剰に感じた疲労を申告しても「まだいけるだろう」と言ってきたり。今のところその判断は1度も間違っていなかった。
より速くなるために中央に来た私からすると、堀野トレーナーは最高のパートナーだと思う。
自分の疲労や体調を完全にコントロールしてもらうのは、案外気持ちがいい。
私はひたすら彼の言う通りにトレーニングを重ねれば強くなれるわけだ。ここらでやめるとかコンディションの調整とかを自分で考えなくていいの、めっちゃ楽なんだよね。
……まぁ、それはそれとして追加で自主トレはするけども。もう習慣みたいなものだし。
トレーニング以外の話だと、スタートの方法やコーナーの曲がり方なんかは、トレーナーがいなかったらここまでのものにはならなかったと思う。
今日のレースでもスタートは好調に切れたし、遠心力を逃がしてコーナーの減速をだいぶ抑えられるようになってきた。
自分が強くなっていくのがわかるのは、良いものだ。次回のレースに勝ちやすくなると考えれば、自然とトレーニングにも気合が入る。ついでに黙って自主トレもやる。
あとはそうだなぁ、同世代のウマ娘たちと併走や競争を組むのも、トレーナーがいなかったら叶わなかったと思う。
やはり実戦形式の中でしか掴めないものはあるし、何気にありがたい。……ほとんど独走でしかないけども。
そして今日。私たち新人コンビは、記念すべき1勝目を刻んだわけだ。
出会いはこう、アレだったけど、なんだかんだ言って全てが順調。
トレーナーとの二人三脚は成功しつつあると言っていいだろう。
いや、もはや名バディだと言ってもいいんじゃない? なんならベストタッグ……は言い過ぎか?
「ふぅ…………。よし」
ようやく息が整った。
勝った。
まずは1勝だ。
私は負けられない。いや、模擬レースで負けたけど……だからこそ、今後は絶対負けられない。
今回のレースの出走人数は7人。その中で私は1番にゴールに駆け込んで、勝った。
この調子で勝ち続けよう。
ホシノウィルムは、負けられないのだから。
「ホシノウィルム」
地下バ道を歩く私に、遠くから声がかかる。
地声はもう少し高いのに、努めて低く抑えている……私をここまで導いてくれた人の、聞きなれた声だ。
バ道の先にいたその人は、いつも通りのスーツ姿と仏頂面で、腕を組んで私を待っていた。
「トレーナー」
「走るな。ゆっくりでいい」
ありゃ、私走っていた? 初めての公式レースで勝って、思いの外興奮してるのかな。
いや、あの観客の大歓声に当てられたのかも。ただのデビュー戦なのに、あんなにすごい歓声するんだね。結構びっくりしちゃった。
……よし、落ち着いて、歩いて向かおう。トレーナーは逃げはしないだろうし。
そういえば、と。歩きながらぼんやり考える。
ウマ娘は耳が良い。私は転生前が人間だったからその違いがわかるけど、人に比べて本当に小さい音まで耳が拾ってしまう。
だからあの歓声の中の声が、私には聞こえてしまった。
「サイレンススズカ」。
あの中の誰かが、間違いなくスズカさんの名前を呼んでいた。
確かに私は、逃げ作戦で最後に加速するっていうスズカさんに近い走り方をした。
流石にあんな強い走りはできてないと思うけど、まぁそれを思い出させる程度の走りではあったってことかな。
とはいえ、そこは問題ではなく。
スズカさんの名前を、観客の誰かが知っていたということは……。
つまりこの世界には、確かにスズカさんが存在するってことだろう。
ということは、寮のルームメイトであるほわほわウマ娘ハッピーミーク先輩は、スズカさんの代替キャラなんかじゃなかったってことだ。
それを知った時、私に押し寄せた感情は……安堵だった。
いやなんというかさ、私ミーク先輩のこと好きだしさ。
顔も名前も知らない作者のご都合で作られたキャラじゃなくて、しっかり血が通った1人のウマ娘なんだなって思うと、なんか、良かったぁってなる。
……堀野トレーナーも、そうだったらなぁ。
流石に沖野Tの置き換えで確定だろうけど……うーん。
せっかく好きになれた人が、キャラクターだって思うのは、ちょっとやだな。
しかし、これでまた1つわからなくなった。
私はスペちゃんの代替ではなかった……のかな。あるいは置き換え式っていう前提に何か間違いがある?
いや前者はともかく、後者はほぼ確定だと思うんだけどなぁ。
仮面の下でむんむんと唸っていると、気付けばトレーナーの目の前まで来ていた。
彼は1つ頷き、ゴホンゴホンとあり得ないくらい下手な咳払いの後、言う。
「……うむ。おかえり、ホシノウィルム」
「おかえり、ですか?」
「ああ。堀野のトレーナーは、公式レースを無事に終えたウマ娘にこの言葉をかける。
……よく事故を起こさず、レースを完走したな。偉いぞ」
う、その。
真正面からそんな、澄んだ目で見つめられるのは……恥ずかしい。
というかその、私、全力は出すなっていう命令破っちゃったし、責められるかなって思ってたんだけど……。
怒ってないのかな、トレーナー。私が自主練しすぎて炎症起こした時は鬼のように怒ったのに。
「よく頑張ったな。すごい。ベリーグッド。……いや、言葉だけでは信賞必罰として軽すぎるか?」
……うーん、なんというか。トレーナーって仮面被るくせ、すっごい簡単に素顔見せるよね。大丈夫なのそれで?
お堅い男性トレーナーはベリーグッドとか言わないと思うよ。あと自分の悩みを思わず口に出して言っちゃうこともないんじゃないかな。
仮面被りの技術力は私の方がいくらか高いね、どやぁ。
……まぁそれ以外で勝てる部分見当たらないけど。この人超善性だし仕事もできるしイケメンだもん。
私が内心ニヤニヤと意地の悪い優越感を感じている中、トレーナーはうんうんと首を傾けていた。
で、しばらくしてその動きが止まる。どうやら何か思いついたらしい。自信ありげな顔で1つ頷き、こちらに目を向けてくる。
「ホシノウィルム。ここまで頑張ったご褒美だ。何か要望があれば訊こう」
「要望……ですか?」
「あぁ、何でもいいぞ。何日か完全な休暇を取ってもいいし……いや、君はそんなことを望まないか。
では、多少リスクを冒すことにはなるが、数日ガッツリとトレーニング漬けにしてもいい。
勿論どこかに遠出するとか、甘いものを食べたいでもいいぞ。
俺が叶えられることなら大抵は何とかしよう。言ってみなさい」
なんでもご褒美、かぁ。
私、欲しいものなんて何もないんだよなぁ。強いて言えば勝利と鍛錬だけど、それは自分で勝ち取ったり自分に課したりするものであって、ご褒美でもらうものじゃないと思うんだ。
他には、これと言って思いつかないなぁ。
あ、いや、1つだけあった。
でも、だからってなぁ……うーん。
一応欲しいものというか、やってほしいことがあるにはある。
ホシノウィルムとして転生してから、無性に好きになったこと。
ただ、男性に自分から求めるにはだいぶキモいことなんだよな……。
正直、私は堀野トレーナーと結構仲が良いと自負している。
何せ6か月もの間、ほとんど生活を共にしているのだ。もうこれは友達越えて親友、いや家族と言っても過言じゃないのでは?
……でも、トレーナーが私をどう思っているのかは話が別だ。普通に担当ウマ娘としてしか見られていない可能性もある。
もしそうだったら、この要望を伝えるのはすごくデンジャーゾーン。最悪キモがられて引かれて契約解除まである。
もう少し仲良くなってから……うん、そうしよう。
これは決してビビってるとかそういうんじゃなく、トレーナーとの信頼関係を疑っているとかでもなく、非常に論理的な思考の元に導かれた現状の最適解であると主張しておく。
「ホシノウィルム?」
「……いえ、なんでもありません。
今のところ、これといった要望はありません。よろしければ、保留という形で保持しても良いでしょうか」
「あぁ、構わない。今日は一時間後にウイニングライブをやったら、後はホテルに帰るだけだ。一晩ぐっすり寝ながら考えておきなさい」
……あ、そっか、完全に忘れてた。
ウイニングライブあるんだった。
* * *
ウマ娘は、美少女である。
多分、どの子が一番好きかは人によって分かれる。そこはもう宗教戦争だ。
スズカさんが好きって人もいれば、スぺちゃん可愛いって人もいると思うし、スカーレットちゃんの負けん気に惹かれる人、ウオッカちゃんのカッコいいに同調する人、テイオーちゃんの子供っぽさを愛する人、マックイーンちゃんの気高さに感じ入る人、ゴールドシップの破天荒さを面白がる人。
性癖は みんな違って みんな良い。
ホシノウィルム、心の俳句。
とはいえ、それはタイプが違うだけだ。全員、顔面偏差値が高いことに変わりはない。
これは別に、ウマ娘が必ずしも自分の容姿を磨くからってわけじゃない。むしろ、より多くトレーニングをするために切り詰めている人の方が多いと思う。
それなのに美少女しかいないのは、多分私たちの体質によるものだ。
転生して痛感した。ウマ娘の体はすごい。
輪郭から顔のパーツ、髪の質とか、手なんて入れなくても勝手に整う。後はニキビや枝毛もできにくいし、よっぽど食べない限り太ったりもしない。
こういうとこ、自分が人に似てるけど人じゃない不思議な生き物だってことを思い出すよ。
そんなウマ娘の一員たる私も……まぁ、うん。手前味噌な話、顔はかなりのクール美少女。声も高く澄んでて、聞いてて気持ちいいと思う。
ただその、なんというか、お子様体型なんだよね。
身長は145センチになってからピタリと止まって伸びなくなったし、胸なんてあってないようなものだ。
本格化で伸びるかも大きくなるかもと期待したけどそんなこともなく、どうやら私の超えられない限界がそこにあるようだった。
せっかく異世界転生したんだから『ある』側の人間になってみたかった……。全ては遠い夢か……。
まぁその、女性として見るのは難しいかもしれない体型ではあるけど、それでも私もウマ娘の例に漏れず、しっかり美少女だと思う。
同じく、今日のレースを走った他の6人も全員が美少女。
ウマ娘の競争は、必然的に顔面偏差値の高い子たちが覇を競うものとなる。
で、そんなレースが開催されれば、そこにアイドル性とかストーリー性を求める人もたくさんいる。
……つまりは、そういう需要があるってことだ。
なので競争ウマ娘には、競争以外にもう1つのお仕事がある。
それが、レース後のウイニングライブである。
直前のレースで1着を取った子がセンターになって、舞台の上で歌って踊る舞台。アイドルのライブみたいなもの、って言えば伝わりやすいかな。
いつも応援してくれるファンへのお返し、ファンサービスの一環である。
いや、ファンサービスのためとはいえ、なんでアスリートが何十時間も歌って踊る練習するんだって思わなくもないけども。
まぁこれだけの美少女集団だ。アイドルしてほしいって気持ちはわかんなくもないよ、うん。もし前世の私が見たら、間違いなくウイニングライブ賛成派だっただろうし。
あと何気に物販の売れ行きがすごいらしい。もし私が勝ちじゃなくてファンとかお金に拘るウマ娘だったら、もうちょっとライブへの見方も変わったかもね。
で、そんなウイニングライブをしなければいけない公式レースで、私は1着を取ったわけで。
「「「I believe, 夢の先までー!」」」
はい、しっかりとセンターで踊ってきました。
正直に申しますとバカみたいに恥ずかしかったわけですが、そういう感情は全部仮面の下で押し殺して。
にっこりにっこり笑顔! いえーい!
私は最後の決めポーズを取り、しばらく停止する。ウマ娘の体幹が良くて助かった、前世なら絶対ずるっといってた。
わあああああ、と大歓声。いやーすごいね、レースの時のそれに勝るとも劣らない大きさだ。これなら確かに、ウイニングライブが重要視される気持ちはわかるかも。
で、報道陣から放たれるフラッシュがいい感じに収まったら、一旦ポーズを崩して、他のウマ娘たちと整列して。
『ありがとうございましたー!』
一斉に頭を下げる。
これで全体のパフォーマンスは終了。後は端の方にいるウマ娘から舞台袖へはけていく。
最後は1着を取った私が身振り手振りで軽くアピールして、ここを去る流れなのだが……。
うぅ、キラキラした視線の数がエグい。明らかに良い感じのアピールを期待されてるよ。
てきとうに笑顔で手を振って帰ろうと思ってたんだけど、この期待の量はちょっとそれじゃ済まされないか?
うーん、どうしよう。ここまで来て興ざめな結果になるのは、私の横で踊ってくれてた子たちに申し訳ないし。
なんかこう、ライブの延長の演出的なので締めとくか。
タンタンタタンと、その場で身軽に踊るようにステップ。
くるんと一度回って。
片手を腰に、もう片方の手はぴっと上に人差し指を伸ばし、意識してにやっと笑う。
一瞬の静寂の後。
わあああああああああああああ!!
今までで一番大きな声援をいただいた。
よかった、とりあえず役目は果たせたみたいだ。
* * *
「お疲れ様、ホシノウィルム」
「ありがとうございます」
トレーナーが渡してくれたタオルを受け取り、更衣室を兼ねた控室へ向かう。
G2以下のレースでは、レースそのものは体操着で走り、ウイニングライブでは割とヒラヒラしてるのに謎に通気性の良い専用の衣装を着て踊ることになる。
私としてはこの服、結構好きなんだけど……今はそれ以上に汗がべたついて気持ち悪い。
ウマ娘とはいえ、歌って踊るのって案外体力を使うし汗が出るものなのだ。
トレーナーを置いて控室に入り、ぱぱっと衣装を脱いでタオルで体を拭く。
……あ、タオルの中に冷感タオル挟んである。トレーナー、気遣いのできる良い大人だ。愛してるぜ……。
ひんやりとした感触を楽しんでいると、外からトレーナーの声。
「初めてのウイニングライブはどうだった」
相変わらず唐突に話題振ってくるなぁ。まぁ慣れたからいいけどさ。
「そうですね……。私としては、練習の結果を出せたのではないかと思います。
トレーナーから見て、私はどうでしたか」
「振付けと歌は及第点を十分に超えているから安心しなさい。
それと……正直に言えば、少し意外だった。振付師の方から話は聞いていたが、君があそこまで表情を作れるとは思わなかった」
へへ、この有能トレーナーをびっくりさせたことに僅かな優越感。
実際のところ、私は表情を作るのが上手い方だと思う。こういうのって、慣れればそんなに難しくないのだ。
まず自分が経験した感情の欠片を思い出して、それを胸の中でぐぐっと拡大すれば、自然な感情は造れる。
あとは普段から被っている仮面の上にそれを貼りつけるだけで、外から見るとけっこうちゃんとした表情になるんだ。
前世からの自己流ライフハック、まさかこんなところに活きるとは思わなかったね。
「……俺としては、普段からあれくらい感情を見せてくれた方がやりやすいのだがな」
「私のモチベーションを維持しやすいからですか?」
「君の心に寄り添いやすくなるからだ」
……もー、このトレーナー、こういうこと普通に言っちゃうからなぁ。
トレーナーだからかろうじて誤解せずに済むけど、その端正な顔で女の子に言っちゃダメなセリフだからね、それ。勘違いされて粘着されるから。
頬にタオルを当てる。ふー、あつ。
「……あれは作った表情ですから。本当の私はこちらです」
嘘だ。中身はこんなのである。
まぁでも、トレーナーに私の本性を晒すことはないだろうし、バレないなら嘘にはならないでしょ。
私は転生者。この世界にとって唯一の仲間外れだ。バレれば気持ち悪がられることは想像に難くない。
そんな愚は犯さないよ。万が一にでもバレないために、わざわざ仮面まで被っているのだから。
「なるほど、ならばそのままでいい。君を誤解したくはないからな」
……ごめんね、堀野トレーナー。
でもある意味、それもそれで本当の私。「転生者としての私」ではない「ホシノウィルム」は、きっとそういう子なんだ。
よし、ジャージを着て、体の各所をチェック。おかしな部分はなし、と。
ドアを開けて、向こうで待ってくれていたトレーナーに。
「お待たせしました、行きましょう」
いつものホシノウィルムの声音で、そう言った。
* * *
もう日も沈んで、街が暗がりに落ちた中。
宿泊先のホテルへと向かう車内で、私は意味もなく、窓の外を流れていく街頭を目で追っていた。
私もトレーナーも……いや、トレーナーの素は多弁な方かもしれないけど、少なくともお互い仮面を被った状態だと、そんなに話す方じゃない。
トレーニングの予定を話したり、これからの方針を話したり、あと極まれにしりとりとかする時以外、私たちは黙っていることが多い。
でも私、この時間が嫌いじゃないんだよね。
私は大体、トレーニングとかレースのことを考えている。
トレーナーは多分、これから私をどう伸ばしていくか、どのレースに出すかを考えてくれてる。
静かに思慮に沈む時間は、私とトレーナーが同じところを目指しているのだと実感させてくれる。それはなかなか得られない、幸せなことだと思うのだ。
……あはは。自分のことを考えてくれるのが嬉しいとか、私ちょっとメンヘラっぽいな。
「ホシノウィルム」
「何でしょう」
沈黙を破るのは大抵の場合、こんな感じでいきなりかかるトレーナーの声。
話したり黙ったりが定期的に繰り返されるこの感じ、知らない人が見たらギスギスしてるように見えるんだろうなぁ。
さて、トレーナーさんの話はなんだろう。
まぁ大方明日の予定とかの話だろうと、私はいつもの調子で応えたんだけど。
……続いたトレーナーの声は、思ったよりずっと真剣なものだった。
「今日のレースのことだ。俺は1つ、君に聞かねばならないことがある。
これに関してだけは、どうか本音で答えてほしい」
「……構いませんが」
流石にここまで引っ張られると身構える。
どうしよ、いきなり変なこと……を訊くような人ではないけど。
後部座席からルームミラーを覗くと、一瞬だけトレーナーと視線が合う。
……? なんでそんな目を?
「今日のレースは、楽しかったか?」
いやなんだ、そんなことか。
……え、なんでそんなこと訊くんだろ? 堀野トレーナーのことだし、何かトレーニングに関係のあることなのかな。
まぁいいや、私としては別に言いたくないことでもないし。
「レースを楽しいと感じたことはありません。私は、勝つために走っているのですから」
本作における1章、終了です! あとはおまけを1話投稿し、2章へと進みます。
そんなわけでメイクデビューが終わり、いよいよホシノウィルムは無敗のクラシック三冠に向けて走り出すことになります。
ここからはアプリに登場するネームドウマ娘もよく出るようになりますし、お話もゆっくりと動き出します。
お楽しみに!
この時点での相互評価
トレ→ウマ:強烈な勝利への渇望以外、あまり感情の起伏のない子。トレーニングジャンキーの気があり、勝手に自主トレを行うので体力管理に注意が必要。元の能力も高く、伸びも悪くない。切れ者らしくスキルも覚えが早いし、レースではあの顔になるので本気で強い。彼女が負けたとしたら、それは自分のミスによるものだろう。
ウマ→トレ:クールな仮面を被っているが、超善人で超有能、ちょっとポンコツなところもあるのがギャップになって魅力まである。ぼくがかんがえたさいきょうのとれーなー。このトレーナーに契約してもらえたことは、間違いなく中央に来て最大のラッキーだった。
次回は3、4日後。堀野Tと同期の、とある差しウマを担当するトレーナー視点のお話。
(おまけパートについて)
前回、掲示板形式についてのご意見をたくさんいただきました。ありがとうございました!
色々と悩んだのですが、結論として、掲示板形式はせず、彼と彼女の近くにいる人たち視点のお話をしようと思いました。
掲示板形式をご期待いただいた皆様、本当に申し訳ありません。
その分今回のおまけパートは、明るくて笑える話を目指そうと思うので、是非お楽しみください!
また、おまけパートはあくまでおまけなので、堀野トレーナーとホシノウィルムのお話に直接関係してくることはありません。ノイズになると感じる人は、読み飛ばしていただいても問題ないと思います。
(追記)
誤字報告を頂き、わざとでない部分は修正を行いました。
ご報告ありがとうございます!