菊花賞が終わった。
俺の初の担当ウマ娘であるホシノウィルムのクラシックロードはここで完結。
彼女は見事に、初期目標であった無敗の三冠を達成したのだった。
……無敗の三冠、かぁ。
改めて考えると、とんでもないことになったなぁと思う。
いや、無敗の二冠とか初のクラシック級での宝塚記念勝利という時点で、既にとんでもないことだったんだけど……。
それでも、無敗の三冠というのはちょっとばかり、字面の力強さが違う。
クラシックレースは生涯で1度しか挑戦できない、日本の頂点18人が覇を競う3つのレース。
誰もが憧れる、「最速」「幸運」「最強」の証明。
1勝でもできた時点で、まごうことなき優駿の証明になる。
それを1つたりとも欠かすことなく全勝してしまうのは、世代でも飛び抜けた強さを持つことを示す。
それも、そこまでの5戦も含めて全戦全勝ともなれば……それはもう、「最強」の前に「史上」という言葉が付きかねないような戦績だ。
……そう思うと、彼女、とんでもない成り上がり方をしてるな。
無名の寒門から、世代二強。
世代二強から、現役最強。
そして現役最強から……史上最強級か。
いや、とんでもなさすぎるでしょ。ホントに現実かこれ?
確かにホシノウィルムは、入学時点でとんでもない素質を持っていた。
高すぎるステータス、恵まれた適性、見たこともないようなコンディション。
トレセン学園入学時点で比べれば、恐らくは歴史上でも5本の指に入るようなウマ娘だっただろう。
だからある意味で、無敗三冠という結果も、史上最強という呼び名も、そこまで違和感のあるものではないのかもしれない。
しれない……が。
堀野の家に日本ダービー勝利の過去がなかったということは、つまるところクラシック三冠の過去もなかったということだ。
いや、そもそもこれまでにクラシック三冠を達成したウマ娘は、ホシノウィルムを含めず4人きり。その内の誰かを担当していた、という家の方が少ないだろうが。
で、そんな中で、俺の担当したウマ娘が堀野の歴史では初の、それも無敗という枕詞が付く、史上ただ2つのみの記録の片割れを残してしまった。
それは……何と言うべきか、すごく現実感のない現実だった。
この事実を心から受け入れるには、恐らく今しばらくの時間を要するだろう。
とにかく、今わかるのは……。
俺の惚れたウマ娘は、やっぱりすごい子だった、ということだ。
……そして、彼女の無敗の三冠という実績は、俺の業務に1つの変化をもたらした。
至極当然の話ではあるが、俺の業務が爆発的に増加したんだ。
「……なるほど、スケールフィギアの販売ですね、了解しました。一応本人に確認を取った後処理しますので、書類を回してください」
「もしもし……インタビューですか? なるほど、独占ではなく合同。構いませんが、日程は……いえすみません、その日は、はい……ああ、その日なら問題ありません。彼女に確認を取りますので、少々お待ちください。……ホシノウィルム、4社合同のインタビュー依頼が来てる。受けるか?」
「あぁはい、有馬記念ですね。はい、出走予定です。彼女の脚にも現状不安は見つかっていませんし、問題ないかと思います。ジャパンカップと同時にCM……なるほど、了解しました」
「もしもし……え、ブロンズ像ですか? ……はい、はい、なるほど……わかりました、本人に確認を取り、折り返し連絡します。はい、はい……はい、失礼します」
……うん。
ミホノブルボンを担当してから時間が経ち、ある程度落ち着いてきたトレーナー業務だったけど、ホシノウィルムの三冠によってまた多忙化したのだ。
当然ながらホシノウィルムへのインタビューや取材、会見の申請は爆増、グッズの類なんかも何倍も増産され、CMとか広告の撮影、宣伝依頼やトークショーへの誘いなんかも死ぬほど……というか、殺される程多くなった。ついでになんか俺個人へのインタビューとかも増えたし。
多分1人で片付けようとしてたら、今頃冗談じゃなく倒れてたと思うくらいの量だ。俺の要領がもうちょっと良ければと思わずにはいられない。
今回は流石に、1人で片付けられるなどと慢心はできなかった。
担当が増えた上、最初の担当が無敗の三冠を取るとなると、業務が俺の限界を超えることは想像に難くなかったからな。ちゃんと前もって対策はしていた。
……いや、対策って言うほどカッコ良いものでもないんだけどさ。
自分じゃどうしようもない、けどどうしてもこなさなきゃいけない仕事がある時、どうすればいいか。
そう……他人を頼るしかないのだ。
俺の取った対策は、至極簡単なもの。
ぺこぺこと頭を下げまくって、知り合いに協力を申請したのである。
そんなわけでここ数日は、理事長秘書のたづなさんや信頼できる同期何人かに手伝ってもらいながら、ひたすらに仕事を片付ける毎日だった。
「手伝ってくれる」という言葉通りたづなさんは最大限の配慮を見せてくれたし、同期の皆もまるで当然のような顔で手伝ってくれた。
……俺、本当に人の縁に恵まれてるな。この恩は、必ず何かで返さないと。
さて、そうして助力を得たとはいえ、それでも仕事の量は膨大なことに変わりはなく。
特にレースが終わってから3日は、皆の協力があってもなお余念を割けないレベルだった。
俺はホシノウィルムとミホノブルボンに、1日のスケジュールを走り書いたメモを渡すとか、終日休暇とするとか、そういった大雑把な指示だけして、なんとかその3日を乗り切った。
ほとんど眠る時間もなかったし、うとうとと舟をこいだ瞬間に電話の着信音とかたづなさんがドアを開く気配で叩き起こされるような日々だったけど……。
なんとか、なんとか乗り越えられた……本当に良かった……。
「まさか新人トレーナーさんの担当ウマ娘さんが無敗の三冠を取る、なんて想定されていませんからね……。
ともかくお疲れ様でした、堀野トレーナーさん。ここから多少は楽になるはずです」
そう言ってくれるたづなさんも、疲労を隠し切れてない。
「10人くらいドッペルゲンガーがいるんじゃないか」とまで言われるあの超人たづなさんがそういう状態ってことから、この数日の大変さを推し量れると思う。
前世含めた人生でも3本指に入る、地獄みたいなデスマーチだった……。
ともあれ、なんとか多忙すぎる3日は乗り切った。
あとは……残る作業をこなしながら、トレーナーとしてのもう1つの仕事を果たさなきゃな。
そう、トレーナーの仕事は何も、事務作業やトレーニングのスケジューリングだけではない。
担当ウマ娘とのコミュニケーションも、大事な仕事なのである。
* * *
そんな訳で、菊花賞から5日後。
「ホシノウィルム、三冠達成おめでとう!」
「おめでとうございます」
パンパンと、彼女たちの耳に害のない程度の、小さな乾いた破裂音。
それと共に、トレーナー室に入って来たばかりのホシノウィルムに向かって、色とりどりの紙テープが飛んだ。
ホシノウィルムは見開いた目をぱちぱちと瞬かせて、周りを見渡す。
普段は殺風景なトレーナー室には、俺が昨日から1日かけて作ったバルーンやペーパーフラワー、ペナントや横断幕が飾り付けられ、机には書類の束ではなくブルボンが選んでくれたケーキとかフライドチキンなどの絢爛な料理が並べられている。
それらを見て、大体の事情を察したんだろう、彼女は……。
「ありがとうございます、嬉しいです!」
にへら、と可愛らしく笑った。
そう。
ようやく俺が落ち着いて時間を取れるようになった今日。
トレーニングのお休みに合わせ、ホシノウィルムの三冠達成サプライズパーティが開催されたのだった。
俺は昔からよく「相手の心を察するのがド下手クソ」と言われてきた。主に妹に。
実際、他人の心というのは非常に難解なもの。その感情を正確に推し測るのは、俺からするとなかなかに難しい高等技術だ。
ホシノウィルムみたいに、息をするように相手の状態を観測できるのが「得意」と言うのなら、俺は確かに「相手の心を察するのがド下手クソ」なんだろう。
だが、そんな俺でもわかる。
クラシック三冠とは、もう言葉で祝うとか、そういう次元のお話ではないのだ。
史上で2人しか成し遂げた者のいない大偉業。それも毎回楽勝なんてわけでもなく、テイオーやスカイやマックイーンにライアン、そしてネイチャとの死闘を制してここまで来た。
その上、彼女は幼少の頃のトラウマを振り切り、その経験を糧にして立ち上がったのだ。
それはもう、頭撫でとか「ご褒美権」とか、そういう低レベルの報酬では足りない、とんでもない功績だと言える。
信賞必罰。賞も罰も厳格にあらねば、その存在の価値をなくしてしまう。
ここまで頑張ったホシノウィルムに、俺は何か、彼女が喜ぶような報酬を提供せねばならないわけだ。
では俺は、彼女のトレーナーとして、彼女の頑張りを知る大人として、何をしてやれるだろうか?
休暇? 多分今のホシノウィルムにとって、それはただの罰ゲームだ。
頭撫で以上の身体的コミュニケーション? ……子供を褒めるとしたら、抱き締めるとか? いや、頭を撫でるのと変わらないよな、これは。
では旅行や美食? ホシノウィルムにそういうものを体験してほしいというのは俺のエゴでしかないし、彼女が喜ぶかは不透明。最悪罰ゲームで終わってしまう。
服飾とか美容とか? 俺自身がそこまで詳しくない上、趣味に合わないものを贈ればタンスの肥やしになるのが目に見えている。
……こういうところ、俺は弱いんだよなぁ。
彼女についての身体的データは持っている。だから適切なトレーニングの指示を出すことはできる。
けれど、彼女の心は不可視のものだ。それがわからない以上、適切な報酬を選ぶのが難しい。
データキャラの弱みというか、応用が下手な人間が陥りやすい欠陥というか。俺はこういうところが駄目なんだよなぁ……。
とはいえ、何も考えずに「三冠おめでとう、頑張ったな!」なんて言葉だけで済ませていいわけもない。
俺は仕事をこなしながらも、適切な報酬について考え、考えに考え……。
ない知恵を絞って捻出したのが、「サプライズパーティ」だったわけだ。
……ホープフルステークスの時のネタの使いまわし、などと言ってはいけない。それくらい何も思いつかなかったんだ。許してほしい。
日本には、誕生日とかクリスマスとか、特別な日に会食する風習がある。
……いや別に日本に限る話じゃないし、なんかめっちゃ他人行儀な言い方になってしまったけど。
要は年に数回だけ、特別などんちゃん騒ぎを許される文化があるんだ。
そのパーティの中では、特別に高い食べ物とか飾り付けとかの贅沢三昧が許されて、ハメも外したい放題。
いわゆる「ハレの日」。一年でもすごく特別で、すごく楽しい1日。
つまるところこれは、今日をハレの日にしてしまおう、という策である。
というか、俺にできることなんてもうこれくらいしかない。
ホシノウィルムって、特にお金を使う趣味とか持ってないし、そもそもお金に困ってないし。むしろモチベーションは走ることに向かって伸びており、そこに関してはこれ以上に支えることなんてできないわけで……。
俺に贈れるものなんて、ほんのひと時のお祭り感覚くらいしか思いつかなかったんだ。
さて、そんなわけでサプライズパーティを企画し、ブルボンに伝えて協力を得、商店街でパーティグッズとか飾り付けを購入、ケーキや料理、お菓子、ジュースとかをブルボンに選んでもらって予約……。
なんとか1日でそれをやり遂げて、ホシノウィルムには内密なまま、パーティが開催されることになったのだった。
果たして、その結果。
「改めて、三冠達成おめでとう、ホシノウィルム。それとこの数日、しっかりと祝う時間を取れなくてすまなかった」
「……正直少し寂しかったですが、私のためにここまでしてくれたのは嬉しいので、帳消しで許します。ありがとうございます、トレーナー。
でも、このパーティ……もしかしてブルボンちゃんも手伝ってくれたの?」
「はい。授業があり、飾り付けなどを手伝うことはできませんでしたが、昨日の食料の購入や買い出しに貢献したと自負しています」
「そっか。ブルボンちゃんもありがとう、嬉しいよ」
ホシノウィルムは、笑ってくれた。
ファンや後輩の子たちに見せるような綺麗な笑顔ではなく、ちょっと特徴的な──歯に衣着せず客観的な観点で形容するなら、不気味な、という言葉が的確かもしれない──彼女の素の笑顔を、浮かべてくれた。
うん……一安心、だな。
ホシノウィルムの感情を掴めている、なんて思い上がることはできない。
妹が言うように、俺は基本的に人間らしい情緒が薄く、そして鈍感なのだろうという自覚がある。
だからこそ、こうして開いたパーティを、彼女が楽しんでくれるかは予想が付かなかった。
コミュニケーションには、明確な正解や指針といったものが存在しない。
トレーナー業のように蓄積された膨大なデータがあるわけでもなく、書類仕事のように明確な答えがあるわけでもない。
故に、俺にとってそれは難易度の高いもの。
ホシノウィルムの反応の想像すらも難しい、不案内な領分だ。
だが、今回はなんとか及第点を取れたらしい。
内心で安堵すると同時に、不器用に笑う彼女を微笑ましく思う。
今日はハレの日、特別で楽しい1日にする。
少しでも、彼女にこの非日常を楽しんでもらえればいいな。
「今日は2人とも、トレーニングは完全にお休みだ。レースやトレーニングは一旦忘れて、1日ゆったりと過ごして欲しい」
「それでは、ウィルム先輩。音頭の方を」
「音頭? え、ええっ、私が?」
「そりゃ、君が今日の主役だからな。勿論、堅苦しい話なんて必要ない。言いたいことを言いなさい」
「えぇ……うーん」
ホシノウィルムは少し腕を組んで悩んでいたが、こくりと頷き、コップを取った。
その中に注いだのはお酒……では勿論なく、ファンタグレープ。
彼女はそれを天高く……いや、俺の頭くらいの高さに掲げ、言った。
「それじゃ……えっと、楽しかったクラシックレースに、乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯」
* * *
パーティが始まって、ホシノウィルムがまず目を付けたのは、やはり料理だった。
資料などを全て棚に詰め込み、2年ぶりにすっきりした俺の机の上には、たくさんの料理が並んでいる。
特大のケーキ、何十ピースというフライドチキン、まだ蓋を開けてない何枚ものピザ、大きなボウルに盛られたサラダ、百貫以上のお寿司。それから俺の手作り、彼女が好きだと言っていたにんじんのグラッセの山盛りなど、お腹に溜まりそうな料理群。
そしてポッキーとかポテトチップス、チョコの詰め合わせ、マシュマロやクッキーなどのお菓子類。
コーラとかファンタ、リンゴとかにんじんなどのジュース。ペットボトルにして20本以上。
とんでもない量の食事を前に、基本的に大食いなウマ娘2人はやはり目を輝かせる。
「わ、すごいですね。たくさん、美味しそうな……いや本当に、これ……いくらかかってます?」
「値段は気にするな、全部俺のポケットマネーから出してるから問題ない」
「経費で落ちるって聞いた方が安心できたんですけどね……」
「実は全部経費で落ちてるぞ」
「マスター、口端が僅かに痙攣し、目があらぬ方向を向いている状態では、説得力が生まれないものと考えます」
「……ふふっ。まぁ、今日はお祝いってことで、いただきますね」
そう、今回用意した料理はかなりの山盛りだ。
3人で取るには多すぎる量と思われるかもしれない。
……だが、そんなこともないんだな、これが。
「あふっ……ん、美味しいですね、ピザ。チーズが耳の中でトロトロになってて……これ、いくつでもいけるかも」
「…………」
はふはふと、ピザを口に放り込んでいくホシノウィルム。
そして無言、無表情でパクパクと……いや、バクバクとサラダを胃に収めていくブルボン。
2人は結構な勢いで料理を消していく。
全然手が止まらない。むしろ加速していく。末脚ならぬ末口かな?
……そう、もうお察しかもしれないが。
俺の担当2人は、ウマ娘としても大食いな方なのだ。
ホシノウィルムは恥ずかしがっているのか、俺の前だと比較的小食だったのだが、彼女の知り合いたちの証言により、ウマ娘の中でも健啖な方だとわかっている。
一方ミホノブルボンは……どうやら彼女の主義に「たくさん食べてたくさんトレーニングをしたウマ娘は強くなる」というものがあるらしく、ホシノウィルムを一回り上回るくらいよく食べる。
大食いで有名なオグリキャップやスペシャルウィークとまでは行かないまでも、恐らく2人合わせれば彼女たちを超え得る、というか確実に超えるだろうってくらいだ。
しかし、いつも思うんだけど、ウマ娘が食べたものはどこに行ってるんだろうな?
彼女たち、平然と自分の体重以上に食べてるんだけど、大きく体型が崩れるようなことがないのだ。時々瞬間的な食べすぎで腹が膨らむことはあるけど、それもすぐに引っ込むし。
ウマ娘たちの胃の中に異空間が広がっているのか、あるいはその消化能力が異次元的なのか。
どっちにしろ、やっぱりフシギ生物なんだなぁと思う。今度医療関係に強い兄に、その辺の話聞いてみようかな。
……などと思っている内に、気付けば料理は半分くらいなくなってた。
え、まだ10分くらいだよね? 噓でしょ……。
「ふぅ……お腹減ってたから、すごく美味しい」
「ウィルム先輩、こちら、ステータス『美味』を感じました。どうぞ」
「ありがと……あー、良いねぇ、やっぱりマカロンって美味しい。高いけど。
じゃあブルボンちゃんにはこれ、ほら、あーん」
「んむぐ。…………???」
「あはは、スターゲイジーパイ、よくわかんない味だよね。
……というか、なんでこんなの混じってるの?」
「さて、ほどほどに空腹を満たしたところで……ゲームでもするか? 有名なボードゲームはある程度揃えてあるぞ」
「携帯ゲームとかテレビゲームは……すみません、なんでもありません」
俺がちらりとブルボンに視線を向けたことで、ホシノウィルムは理解したようだった。
ブルボンがペコリと頭を下げる。
「私のために、申し訳ありません」
「あぁ待って、ごめんはこっちだ。気を遣わせちゃってごめんね。
大丈夫、私こっちも好きだから……ブルボンちゃんも一緒にやろう、ボードゲーム!」
ミホノブルボンは、機械を壊す。
なかなかに謎な現象なんだけど、ブルボンが触れた精密機器類は、何故か故障してしまうんだ。
ゲームの本体やコントローラーは勿論、スマホとか電話機にまでその累が及ぶ。
なので、ブルボンはデジタルなゲームを遊ぶことができないのだった。あ、ここで言うデジタルはオタク的な方じゃなくて電子的って意味ね。
……この現象、前世アプリでは「そういうキャラ」として受け入れてたけど、実際に目の前で起こると、ホントによくわかんないんだよな。
勿論、ブルボン自身に機器を壊そうなんて思惑はない。ただ触ると、何故か機器側が壊れてしまうんだ。
車に乗るとか膝の上にPCを載せるまではセーフっぽいんだけど、実際に手で操作しようとすると駄目になる。
境界線もわかりにくければ原理も不明、これもウマ娘特有のフシギ現象なんだろうか。
「さて、どれにしようかなぁ……ブルボンちゃんってこういうゲームやったことある?」
「いえ、経験はありません」
「そっか。じゃあわかりやすいヤツの方がいいかな……」
「ホシノウィルム、君は経験があるのか?」
「勿論あり……あ、いえ、威張れるほどではないですけど、この前テイオーに誘われてやりました。
トレーナーの方は、やったことあるんですか?」
「ルールは熟読した」
「なるほど、私以外初心者と……まぁ私もリアルに遊ぶのは初めてだけど」
彼女はしばらく、うーんうーんと首をひねって悩んでいた。
その手元にあるのは、ちょっと嫌な生き物のカードを相手に押し付けていくゲーム、同じ色のペンギンのカードを上に積み重ねていくゲーム、自分以外のカードの数字を見て場の数字の合計値を予想するゲーム。
そこまで複雑なゲームはないので、初心者のブルボンでも楽しめるだろう。
……いや、「楽しい」って感情がよくわからない俺が言うのもおかしな話だし、ブルボンがこういうゲームを好むかもわかんないけど。
まぁでもこの子、こう見えて誰かとの勝負に熱くなるタイプだ。
この手のゲームにも夢中になれるんじゃないだろうか。多分。
「いや、時間もありますし、せっかくなら全部やりましょう! 4戦ずつやれば、経験の差もある程度埋まるでしょうし」
「うむ。……言っておくが、全力で行くぞ」
「当然、勝負で手を抜くことはありません。オペレーション『全身全霊』発動」
「ふふふ……今日は私が主役です。ちょっと申し訳ないですけど、ボコらせてもらいますよ?
あ、せっかくなので負けた人は一発芸しましょう。面白いのを期待します」
そんなわけで、料理やお菓子をつまみながらの、罰ゲームをかけたボードゲーム大会が開催されたのだが。
「なっ……ブルボンちゃん、表情が全然……! い、いや、ネズミなはずがない、盤面には既に6枚が出揃ってるんだもん、ここでネズミを切っても……そ、そんなバ鹿な……!」
「認めよう、私の負けだね。でも、これは
「…………いや、完全に無表情なのはちょっとズルくない? 強すぎない?」
「ならトレーナーを狙うのみです! これ、ゴキブリですから!
……なんでわかるんですか!? え、付き合いが長いから、私のことならある程度わかる? そ、そうですか……そですか……」
「あの、2人とも。何故紫を潰そうとするんですか? いや、ペンギンがかわいそうじゃないですか。
紫色のペンギンだって生きてるんですよ? あの……いえ、別に私の手札に紫が多いわけじゃなくて、ただかわいそうだなーって思うんですけど」
「あ、いや……脱落です、ハイ……」
「…………なんだろう、手札偏るのやめてもらっていいですか?」
「……なんだか嫌な予感がするので……小さめに言っておきますか。11」
「コヨーテ!? なんで!? ……マックスゼロ!?」
……結果として。
初心者でありながら、とんでもない計算能力で理論値の戦いをしたミホノブルボンが7勝。
続いて、平凡にプレイしていた俺が4勝。
最後に……幸運の女神様に愛されなさすぎるホシノウィルムが1勝。
「あーもう、なんでこうなるんですかーっ!」
ホシノウィルムは一発芸として、ヒポポタスの鳴き声のモノマネをした。
めっちゃ上手かった。
で、ゲームでボコボコにタコ殴りされた結果。
「うぅ……どうせ私なんて自信満々に挑んだゲームで全然勝てない、激上手ヒポポタスモノマネすることとレースで勝つことしか能のない無敗三冠ウマ娘ですよ……」
ホシノウィルムは機嫌を損ねてしまった。勿論、冗談半分だけど。
しかし無敗三冠マウント、めちゃくちゃ強いな。
このマウント破ることができるの、日本には1人しかないんだが。
「エラー検出。自虐をしてるのか自慢をしてるのか判読できません」
「元気を出せ、ホシノウィルム。少なくともレースに勝つこととヒポポタスのモノマネはすさまじく上手いんだから大丈夫だ。俺はヒポポタスのモノマネが上手いウマ娘は好きだぞ」
「逆ですよね? レースに勝つウマ娘のことを好きでいてくださいね? というか私を好きでいてくださいよ」
「好きだが?」
「ミ°」
そりゃ好きだよ、担当ウマ娘なんだもの。
俺は君に惚れたからこそ、是が非でも担当を続けたいと思ったわけだし。
「……まぁいいですけどー。ふーん、私無敗三冠だし。強いし? あ、あなたのウマ娘だし……」
何故かブルボンの背後に隠れてしまったホシノウィルムだけど、その言葉にはどことなく喜悦が混じっている。取り敢えず機嫌は治ったらしい。
彼女の方が先輩だというのに、自分よりも大柄なブルボンの背に隠れる姿は、昔兄の背に隠れがちだった妹の姿を思わせ、思わず笑ってしまう。
当初は不安視していた彼女たちの関係だったけど、仲良くなってくれて何よりだ。
そんなこんなで、俺たちはだらだらと平穏な時間を過ごして英気を養った。
ホシノウィルムも笑ってくれているし、ブルボンも小さく口端を緩めている。
……うん。ガス抜きも兼ねての祝賀会だったけど、彼女たちも良い感じに楽しめただろうか。
* * *
さて、段々と料理もなくなってきて、パーティも終わりに近付いてきたあたりで。
コンコンコンと、トレーナー室のドアが叩かれた。
「失礼します、堀野トレーナーさん、いらっしゃいますか?」
聞こえてきたのは、たづなさんの声。
また仕事が増えるのだろうか。まぁそれ自体は構わないが、今はホシノウィルムとブルボンに使う時間だ、もしかしたら後回しになるかもしれないが……。
取り敢えず「どうぞ、鍵は開いています」と答えると、すぐにたづなさんが室内に入って来た。
拍子に少し傾いた帽子を直して、トレーナー室を見回し、ニコリと笑いかけてくる。
「あら、担当ウマ娘さんたちも一緒でしたか。それなら、ちょうど良かったかもしれません」
「ちょうどいい?」
「ええ。私の後任についてご紹介しようかと」
「ああ、その件ですか」
数か月前から俺のサポートをしてくれるたづなさんだが、彼女も多忙の身だ。
ただでさえ俺の他にも同期のトレーナーのサポートもあるし、少し前から仕事を引き継ぐという話は出てはいた。
ただ、扱いとしてはサブトレーナーを付けるということになるんだけど、どうやらそもそも職に就いて5年目以内にサブトレーナーが付くことは想定されていなかったらしく、事務的に色々と難しい部分があってなかなか進んでいなかったとのこと。
それがついに叶った、というか……菊花賞が終わり、ホシノウィルムたちや俺の仕事が落ち着くのを待ってくれていたのだろう。
すごく気を遣ってもらっているな。改めて、深く感謝しなければ。
「これまでずっと、ありがとうございました」
「構いませんよ、お2人のためですから。さて……ふふっ、後任の子、ご紹介しますね」
「?」
なにやら意味深な笑みに、小首を傾げていると……。
「それではどうぞ、入ってください」
「失礼します」
そう、部屋の外から声がかけられる。
……え?
いや、え、は?
この声、いやまさか、でも俺がこの声を間違えるわけないし、でもなんで、は?!
俺の困惑を面白がるようにクスクス笑うたづなさんをよそに、俺の視線は扉を開けて入って来た声の主に縫い付けられていた。
スーツ姿で、丁寧に前で手を合わせている女性。
童顔で可愛らしい容姿をしながら、吊り目や無表情でキツい印象を受ける、その独特な雰囲気。
……見覚えがあるとかないとか、そういう次元じゃない。
十年以上一緒に暮らしてたんだ、今更間違えるはずもなく。
彼女は……。
「堀野昌と申します。堀野歩トレーナーのお仕事を手伝わせていただくことになりました。
短い間ですが、どうぞこれからよろしくお願いします」
……彼女は、俺の妹。
堀野家の長女、堀野昌だった。
薄幸で満足にご飯を食べられなかった子がたくさんものを食べているシーンからしか摂取できない栄養がある。
急に好きな人の妹が現れて戸惑う子からしか摂取できない栄養もある。
次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、妹さんと目標レースの話。
(感謝とご報告)
狩猟系ナメクジ様より、再び支援絵を頂きました! ありがとうございます!!
素晴らしく雰囲気の良いものが1点と、ウィルがロリ可愛いものが1点の計2点です。こんなにたくさんいただいていいんでしょうか……!?
活動報告の方に掲載させていただいていますので、是非ともご覧ください!
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
まさかウマ娘の二次創作でポケモンの名前を誤字報告されることになるとは……。