転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

62 / 253
 ぼざろがあと1話で終わるなんて嘘だ……これはただの悪い夢……。





俺の妹がこんなに良い子なわけがない

 

 

 

 

「今年の有記念には、セイウンスカイ、サイレンススズカ、そしてスペシャルウィークが出走する」

 

 そう告げた時の各々の反応は、劇的なものだった。

 

 一番反応が小さかったのは、ミホノブルボン。

 しかし普段から無表情、無感動な彼女をして、その事実には無反応ではいられない。

 それは僅かな、彼女への理解が足りなければ見逃してしまうようなものではあったが……彼女は確かにその目を見開き、口端を引き締めた。

 

 次に、今日から俺のサブトレーナーになった俺の妹、昌。

 普段はどことなく冷ややかな雰囲気を保つ彼女は、しかしそれすら放棄し、無表情を驚愕に歪ませる。

 昌は一時期こそウマ娘関係の文化を避けていた風だったけど、今ではトレーナーを目指そうとするくらいにはウマ娘への愛を持っている……のだと思う。

 故にこそ、その名前を知らないわけがなかった。驚かないわけがなかった。

 

 そして最後に……俺の最初の担当ウマ娘、ホシノウィルムも。

 

「……約束の、レース」

 

 思わずといった感じで何か呟くくらいには、それに衝撃を受けているようだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そもそも。

 セイウンスカイという逃げウマ娘が復活したことに、世間は大層驚いていた。

 いや他人事みたいに言っちゃったけど、ぶっちゃけ俺もかなりビビった。

 スカイならあるいはと思ってたら、現役マックイーン超えて本当に1着取るとは……。

 リアルタイムで見てた時、思わず声を上げて応援してしまったくらいだよ。

 

 土台、ウマ娘が怪我の療養のために1年以上公式レースに出なかった、ということは……残酷な話だが、もう活躍が難しいことを示す。

 レース勘は衰え、筋力は弱まり、闘争本能もなくなっていく。レースに出走するペースは早すぎてもいけないが、同時に遅すぎるのも良くないのだ。

 殊に、熾烈極まるG1レースで勝つなどもっての外。スカイ以前に、1年以上の休養の末にそれを成し遂げたウマ娘は1人としていなかった。

 故にこそセイウンスカイの天皇賞(春)は、メジロマックイーンという現役最強ステイヤーを下してなお「奇跡の復活」として世間に受け入れられたのだ。

 

 黄金世代の一欠片、復活したトリックスター。

 彼女の走りが再び見られることに感動したファンは、決して少なくないだろう。

 

 ……けれど。

 トゥインクルシリーズに残っていたのは、彼女だけではなかった。

 

 ダービーウマ娘、あるいは天皇賞春秋連覇者、もしくは……日本総大将、スペシャルウィーク。 

 彼女もまた、トゥインクルシリーズにその名を残していたのだ。

 

 

 

 スペシャルウィーク。

 現在シニア3年目、黄金世代と呼ばれる魔境で活躍したウマ娘だ。

 その戦法は王道中の王道、先行と差し。

 どこかとぼけた雰囲気を出しながらも、レースになれば図抜けた末脚で威風堂々と勝利を掻っ攫っていくような子だった。

 

 その戦績は驚異の17戦10勝、連対率82%。

 セイウンスカイやキングヘイローとクラシックレースを競い合い、夢のダービーを制覇してセイウンスカイの三冠を阻止。

 クラシックレースが終わってからは、エルコンドルパサーやグラスワンダー、エアグルーヴ、メジロブライトらと競り合いながら、数年前のトゥインクルシリーズの中核を為していた。

 

 そして彼女を語る上で外せないのが……やはりシニア1年目、ジャパンカップだろう。

 

 時は少し遡り、パリのロンシャンレース場で行われる、芝の世界最強決定戦、凱旋門賞。

 そこで、ただ1度きりの例外を除いて国内不敗を誇っていたエルコンドルパサーを惜敗の2着に追いこんだ、世界最強を謳われたウマ娘がいた。

 その名を、モンジュー。

 凱旋門賞勝利というURAの、そして日本の悲願を打ち砕いた、当時の現役最強ウマ娘だ。

 

 そうして、凱旋門賞勝利の夢は遠のき、時間は流れて……。

 それから約1か月後の日本で行われる、G1ジャパンカップ。

 そこにはモンジューを含め、多数の海外のウマ娘が参戦していた。

 

 凱旋門賞でのエルコンドルパサーの敗北は、本当にギリギリのものだった。

 モンジューからエルコンドルパサーまでは、半バ身しかなくて……。

 そしてエルコンドルパサーから3着の子までは、6バ身あったんだから。

 もはやモンジューとエルコンドルパサーの一騎打ちと呼んでいい状態。海外メディアが「チャンピオンは2人いた」と報道するくらいのマッチレース。

 

 それを見て、海外にいる多くのウマ娘に火が付いた。

 日本には強いウマ娘がいるのだと全世界が認め、だからこそジャパンカップに多くのウマ娘が集ってきたんだ。

 

 基本的に日本で行われるレースでは、当然と言うべきか、日本のウマ娘の方が人気が出る。

 いわゆる「何番人気」という指標においてもそれは同じで、日本のウマ娘の方が上に上がって来やすい。

 しかしこの年のジャパンカップに限っては……1番人気はモンジューだった。

 ここまで8戦7勝、G1に3勝、連対率は100%。

 その数字と、そして凱旋門賞での勝利により、彼女は日本の自信をへし折っていたのだ。

 

 ……しかし。

 その熾烈なジャパンカップに勝ったのは、2番人気、日本の全ての期待を背負った総大将、スペシャルウィーク。

 

 凄まじい勝負勘と末脚で、彼女は日本の威信を見せつけたんだ。

 日本のファンにとっても、そして世界から見た日本のレースへの印象という意味でも、彼女が出した結果は非常に大きな意味を残した。

 故にこそ、スペシャルウィークはこう評されるのだ。

 日本を負って立つ総大将。あるいは……日本一のウマ娘と。

 

 その人気は、そろそろ最後に公式レースに出走して2年になる今でも衰えず、現役最強という声も止むことはない。

 彼女はまさしく、現代を生きる1つの伝説と呼んでいい存在なのだ。

 

 

 

 そして。

 スペシャルウィークを伝説と呼ぶのなら、彼女を何と呼ぶべきだろう。

 強いて言えば、ドラマチックな物語の主人公、だろうか。

 

 もう1人の有記念追加出走者。

 あるいはホシノウィルムよりも有名かもしれない、最速の大逃げウマ娘。

 異次元の逃亡者、サイレンススズカ。

 

 彼女の最大の特徴は、唯一無二と思われていたその大逃げだろう。

 逃げウマ娘、つまりは他の子たちを振り切って先頭に立つ走りをしておきながら、それでなおぐんぐんと差を付けて行き……最後の最後、レースが終わる瞬間まで減速することなく駆け抜ける、夢のような走り。

 

 根本的に、レースの趨勢はスタミナの配分で決するというのが常識だ。

 序盤にスタミナを使うのが逃げであり、終盤に使うのが追込。どこかでスタミナを使い、どこかで温存する。その駆け引きこそがレースの妙なんだ。

 

 ……けれどその常識は、「異次元」には通用しない。

 最高のスタートを決め、誰も付いて来れない大逃げで最短のコースを走り、そして終盤までペースを落とさず、むしろ加速して駆け抜ける。

 スタミナを分配するのではなく……ずっとずっとスタミナを使い続ける、とんでもなく豪快な走り。

 

 常識が通用しない、定石も意味を成さない、同じルールで走ることすらできはしない。

 言い換えれば、他のウマ娘たちとは次元の違う存在。

 まさしく「異次元」の逃亡者というわけだ。

 

 ……が、ただ強いだけならば、彼女はここまでの人気を誇っていないだろう。

 サイレンススズカというウマ娘の生涯には、大きな山と谷があったのだ。

 

 

 

 サイレンススズカは彼女のクラシック級時代、日本ダービーに出走した。

 そこまでの彼女の戦績は4戦3勝、弥生賞では2番人気でありながら8着と大敗してしまったが、それでも十分に活躍を期待できるG1級ウマ娘と言えただろう。

 故に日本ダービーでも4番人気と、そこそこ高い評価を貰っていたのだが……。

 結果は振るわず、8着惨敗。

 東京レース場には、膝に手を付いて悔しさに俯くサイレンススズカの姿があった。

 

 ここから、サイレンススズカの転落が始まる。

 神戸新聞杯、2着。 

 天皇賞(秋)、6着。

 マイルチャンピオンシップ……15着。

 G1レースに出走こそできるけど、そこで結果を残すところまでは行かない。

 そんな悲しい……けれどありふれた、G1「級」ウマ娘。

 それがクラシック級時点での、世間から見たサイレンススズカの評価だった。

 

 ……けれど。

 彼女はその年の師走、運命の出会いを果たす。

 

 年末、とあるニュースが広がった。

 サイレンススズカがトレーナーとの契約を解除し、新たなトレーナーと契約したのだと。

 基本的に、G1級のウマ娘がトレーナーを変更することは少ない。

 G1レースを走れている時点でそのウマ娘は優秀であるという証明になるし、トレーナーとの相性も良いと判断されるからだ。

 だが、サイレンススズカは低迷と停滞の道を選ばなかった。

 それで全てが駄目になる可能性を加味した上で、現状を打破できる可能性を選んだのだ。

 

 結果から言うと、それが彼女の栄光の始まりだったと言えるだろう。

 

 彼女がレースに勝てなかった理由は簡単で、彼女の気性とトレーナーの立てた作戦が噛み合わなかったから。

 彼女の脚は、G1レースにも勝てる圧倒的に高いポテンシャルを秘めていた。ただその気性が、抑えて走るには余りにも向かないものだったんだ。

 故に、サイレンススズカというウマ娘の気性を深く理解し、彼女の能力を十全に活かすトレーナーと出会って、彼女は……。

 異次元の逃亡者に、覚醒した。

 

 バレンタインステークス1着。

 中山記念1着。

 小倉大賞典1着。

 金鯱賞1着。

 宝塚記念1着。

 毎日王冠1着。

 

 サイレンススズカが辿った、連戦連勝の道筋。

 その中でも特筆すべきは、やはり金鯱賞と毎日王冠だろう。

 

 今も語り継がれる、伝説の金鯱賞。

 ライバルは、菊花賞ウマ娘のマチカネフクキタルや重賞連勝中のウマ娘たち。

 G1レースもかくやという競走相手たちに対し、サイレンススズカは抜群のスタートを切ってグングンと他の子を引き離す大逃げを見せ……露骨に息を入れることもなく2000メートルを駆け抜けた。

 結果は2秒弱もの差が付いた、大差の1着。

 彼女の「異次元」、後方のウマ娘に何もさせない、無敵の戦法が完成した瞬間だ。

 

 そうしてもう1つ、歴史に残る毎日王冠。

 ライバルは、黄金世代の2つの頂点。

 その時点でG1レースも含めて全戦全勝、無敗のG1ウマ娘エルコンドルパサー、そして同じく無敗のG1ウマ娘グラスワンダー。

 この2人を相手に、それでもサイレンススズカは圧倒した。

 2着エルコンドルパサーまでの着差は、実に2と2分の1バ身。

 ……そしてこれは最終的に、エルコンドルパサーが国内で敗北した唯一のレースとなった。

 

 多くのウマ娘たちを、そして黄金世代の最強たちを下し、彼女は名実共に日本最強の逃げウマ娘となったのだ。

 クラシック級までの振るわない戦績、そこから返り咲いたヒロイックなシニア級。

 そこには強い物語性があり、だからこそ誰もがサイレンススズカに、その目と脳を焼かれたのだ。

 

 まさしく栄光の絶頂、サイレンススズカの輝かしき最盛期。

 日本中を魅了した彼女は、そのまま天皇賞(秋)へ出走を決定。

 同世代の天皇賞(春)制覇者であるメジロブライトに大きな差を付けた1番人気を獲得し、その勝利は間違いのないものだと誰もが信じて……。

 

 そして、窒息してしまいそうな重い沈黙が、東京レース場を覆った。

 

 後日「沈黙の日曜日」と称される、サイレンススズカの故障事件。

 彼女は第4コーナー手前で減速した。

 珍しく息を入れようとしているのかと思われたが……しかし彼女はそのまま、ふらふらと速度を落としていく。

 ……サイレンススズカの左脚は、折れていた。

 

 下手をすれば、命も危なかったような怪我。

 競走への復帰は厳しいという、厳しい医師の見立て。

 それらがニュースを通して語られるたび、日本中で彼女を喪わずに済んだ安堵と、二度と異次元を目にすることができない口惜しさのため息が漏れた。

 

 ……これが、サイレンススズカにとって、最も深かった谷だ。

 

 その後彼女は、驚いたことに競走の世界に復帰した。

 驚異的な回復力により、その脚に後遺症が残らなかったのもそうだが……致命的なまでに弱まった筋肉を鍛え直す克己心、そして恐怖を覚えてもおかしくないレースに対して前向きになれる心の強さ。

 それらがなければ達成し得なかった、まさしく奇跡の復帰だ。

 

 けれど、残念なことがあるとすれば……。

 サイレンススズカがその後、海外へと出て行ってしまったことだろう。

 

 彼女はトゥインクルシリーズにその名を残しながら、海外へと遠征してしまった。

 本人の意向と言われているが、その実、何故日本から出て行ってしまったのか、詳細なことはわかっていない。

 元よりシニア級1年目を境に海外進出しようとしていたからとか、日本のレースやレース場にトラウマを持ってしまったのではとか、色々疑われていたけど、真相は闇の中。

 

 とにかく1つだけ、誰もが理解できたのは……。

 恐らくトゥインクルシリーズでは、二度と異次元の走りを見ることはできないだろうってことだ。

 サイレンススズカは死ななかった。引退もしなかった。

 けれど、誰もが望んだ景色……日本のレースで、他を圧倒するサイレンススズカの姿は、もう見ることができない。

 

 だからこそ、メイクデビューでスズカを思わせる大逃げを見せたホシノウィルムに注目が集まった。

 異次元の後継者。スズカの時は見ることのできなかった、早咲きの異次元として。

 もしかしたら、クラシック級の時点で……あるいはクラシックレースで、あの無敵の走りを見ることができるのではないかと。

 

 そしてホシノウィルムは、その期待に十全以上に応えた。

 スズカのように無敵ではない、けれど誰より破天荒な大逃げと逃げで、無敗三冠。

 その実績を以て、スズカを重ねて見ていた全てのファンに、自分はサイレンススズカではなく、唯一無二のウマ娘、ホシノウィルムであると見せつけた。

 

 

 

 ……だが。

 時は過ぎ、ホシノウィルムが1人のウマ娘として確立するのを待っていたかのように……。

 彼女がトゥインクルシリーズを去ってから、実に3年の時が経った今。

 

 あらゆる人の想像を裏切り、中山レース場に、再び異次元が舞い降りる。

 再起した悲劇の主人公が、自分の物語を「めでたしめでたし」で終わらせに来るのだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 恐るべき、と言って差し支えないだろう。

 片や王道。優れた戦術眼とずば抜けた末脚で、終盤に迫り来る総大将。

 片や覇道。序盤に圧倒的な差を付けて、一人きりの独走をする異次元。

 2つの世代の中心を成すウマ娘が、ホシノウィルムの敵として立ち塞がる。

 

 ……まさかここで、彼女たちが出てくるとは。

 それもホシノウィルムがクラシック級というタイミングで、年末の大一番に現れるとはな。

 

 俺のような、知るはずのない知識を持っていたズル(チート)持ちが介入したのではなく……ただただ彼女たちの願いと努力が叶えた、1つの奇跡。

 それはホシノウィルムにとっても、十分以上の脅威になる。

 恐らくはあの宝塚記念の時よりもなお、大きな壁になるだろう。

 

 勿論、ホシノウィルムが宝塚記念で戦った古豪セイウンスカイも、恐るべきウマ娘であったことには変わりない。

 だが……対セイウンスカイと、対サイレンススズカやスペシャルウィーク。この間には、致命的なまでの相性の差がある。

 

 セイウンスカイの本領は、自分が先頭に立ちレースを支配してこそ発揮される。土台自分よりも前を走る大逃げウマ娘は、彼女にとって最悪の天敵と言ってもいい。

 対して王道の展開と末脚で勝ちに来るスペシャルウィーク、位置取り争いすることになるスズカとは、イーブンの条件でやり合うことになるだろう。

 

 ホシノウィルムの持つ領域がいかほどのものかデータが取れていない今、正確な勝率を量ることは難しいけど……。

 間違いなく、簡単なレースにはならない。

 彼女にとって有記念は、超えるべき大きな大きな壁となるだろう。

 

 ……それでも、ホシノウィルムはレースに出たがるだろうけどね。

 最近のホシノウィルムは、対決するウマ娘が強い程レースが楽しいものになることを学習し、なんなら楽しいレースにするためにライバルを育てようとする姿勢を見せている。

 もはや立派なバーサーカー、いや、レースジャンキーだ。1つのものにハマっちゃうと突っ走っちゃうこの一極集中姿勢、彼女らしいと言うかなんというか……。

 

 そんな今の彼女が、物語の主人公のような彼女たちと戦いたがらないわけがない。

 今もなお、瞳を爛々と輝かせているだろう、と思ったんだが……。

 

「……ホシノウィルム?」

 

 予想に反して、彼女はどこかぼんやりとしていた。

 そして俺の目がおかしくなければ、その瞳には……不安げな色が宿っている。

 

「ホシノウィルム、どうした? 何か不安があるのか?」

「あ、いえ……なんというか……出るんですよね、有記念」

「嫌か?」

「嫌では……いえ、ただ、少し混乱しています。時間をいただけますか」

 

 ホシノウィルムが何に悩んでいるのかはわからないが……。

 何か仄暗いものを抱え込んでいる、という風ではなさそうだ。

 その不安に関しても、混乱していると言われれれば、確かにそれらしく見えた。耳も絞ってないし、尻尾も落ち着いてるしな。

 

 確かに、ちょっとばかり大きなニュースだ。

 俺も初めて聞いた時は、ちょっと他に何も考えられない状態になったし……。

 一旦、それぞれで考える時間を置いた方がいいのかもしれないな。

 

「そうだな。今日のミーティングはここまでにしよう。ホシノウィルム、ミホノブルボン、メニューは組んであるから、これを時間厳守で実行するように。

 ……ちゃんと集中できそうか?」

「大丈夫です。走れば……思考も整理できるはずですから」

「わかった。君を信じる」

 

 ホシノウィルムの反応も疑問だけど……今の彼女なら、致命的なことになるとは思い辛い。

 ホシノウィルムには、後輩も友達も先輩もいる。そしてトレーナーである俺がいる。もしも思い悩むことがあれば、その内の誰かに相談できるはず。

 そこに関しては、彼女を信じよう。

 

 ……今はそれ以上に、優先順位の高いことがあるしな。

 俺はすぐそこで澄ましている肉親と、話さなければならないことが多々あるのだ。

 

「で、昌は……ちょっとお仕事しながら、お兄ちゃんとお話しようか」

「兄さんと話すことはないけど」

「メインのトレーナーとこれからの業務について打ち合わせしようか」

「……了解」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ホシノウィルムとミホノブルボンを見送って、残ったのは俺と昌の2人きり。

 もしもここが堀野家母屋なら「落ち着くなぁ」とでも思っていただろうが、ここはトレセン学園のトレーナー棟の俺に割り当てられたトレーナー室。更に俺と彼女は兄と妹ではなく、今はトレーナーとサブトレーナーだ。

 落ち着きなんて感じてる暇もなく、さっそく仕事に取りかかる。

 

「担当のトレーニング、見なくていいの?」

「時間がある時は見る。けど今は昌に言わなきゃいけないこともあるし、まだ仕事も大量に残ってるからね。あぁ、体力管理は徹底してるから安心して」

「徹底って……あぁ、アレ。

 で、大量に仕事残ってるとか言ってたけど……やっぱり無敗三冠ウマ娘の契約トレーナーともなれば忙しいの?」

「まぁね。正直菊花賞が終わって最初の3日間は死ぬかと思いながら働いてた」

「……兄さんが? 死ぬかと?」

「え、うん。うん?」

 

 昌は思い切り眉を寄せてこちらを睨んだ後、ため息を吐いて言った。

 

「…………単純に処理していい書類よこして。たづなさんから大体のことは教わってるから」

「あ、うん、ありがとう。……じゃあこれ、ここからここまで、書類に書いてるの、エクセルに書き写してくれる?」

「多い。半分」

「え? そんな多かったかな」

「その『自分ができることは誰でもできるだろう』って思うとこ、兄さんの悪い癖」

「いや、昌ならできるかなって思って……」

「やっぱやる。全部ちょうだい」

「なんなの……?」

 

 取り敢えず、サブトレーナーとして仕事を手伝ってくれる気はあるみたいで安心したけど……。

 昌は変わらないなぁと、俺は唇を苦笑の形に歪める。

 

 この子、割と気分屋というか……今もそうだけど、会話の中でコロコロとモチベーションとか行動方針が変わる子なんだよなぁ。

 俺が上手く彼女を煽てられればいいんだろうけど、昔はともかく、今の昌が何考えてるかはよくわかんないし。

 

 昔は「おにーちゃんおにーちゃん!」って駆け寄ってくる、すっごい可愛い妹だったんだけどなぁ……擦れちゃったなぁ……。

 お兄ちゃんとしては、妹の成長を喜べばいいのか、それともちょっと険悪気味になっちゃったことを悲しむべきか、わかんないよ。

 いや、素直に自立を喜ぶべきなんだろうけどね。大学退学はちょっとアレだけど、自分で自分自身の判断が下せるようになったのはとても偉いし。

 

「うん、それじゃ、よろしく頼むよ」

 

 ……それはそれとして。

 今の彼女は、トレーナーの卵。インターンのサブトレーナーだ。

 きっちり仕事をしてもらわないといけない。

 

 勿論、最低限のリスクヘッジはするけどね。

 本人に言うつもりはないけど、昌に渡したのは優先度の低い仕事だったりする。最悪不慣れな昌がミスしても取り返しが付くくらいのものだ。

 聞いた感じ、昌はここ数日で大体の仕事の流れとかはたづなさんに聞いてるけど、流石に実体験はないみたいだし。

 

 たづなさんが昌を俺のサブトレーナーに付けたのは、この子を十分にトレーナーとして通用するくらいに育ててくださいって意味だろうし……。

 取り敢えず今は、この子がミスしても俺が支えられるように頑張らないと。

 

「……これ何?」

「何って、そこに書いてない?」

「いや……書いてるけど。来年の大阪杯の出走予定ウマ娘って」

「うん。間違えないように、エクセルに書き写してくれる? あ、全員分終わったら天皇賞(春)分もそっちにあるから」

「いや……終わったらって……今から、来年のデータを? それにこの量を? 50人分くらいあるけど」

「あぁそっか、ごめん、不慣れだもんね。えっと……ん、これ読めばわかると思う。

 大丈夫、2時間くらいで片付けてくれれば問題ないから。昌ならできるでしょ?」

「…………やる」

 

 ふん、と顔を背けられる。

 

 俺の妹、堀野昌は努力家だ。

 努力を苦にしない兄のようなタイプではなく、勉強も体作りも、それなりに嫌がる子だ。

 だけど、嫌だからと言って投げ出さない。

 勿論モチベーションとかその日の調子にもよるけど、自分がすべきことを、自分にできる精一杯でする。

 そういう、真面目で真っすぐな、誇らしい妹。

 

 だからこそ、俺はこの子を信頼してる。

 

 この子は俺よりもずっと才能がある。少なくとも人並には物事をこなせる方だ。……というか、俺がめっちゃ才能ないって言うべきなんだろうけど。

 その上、あくまで自分にできる範囲でだけど、努力を怠らない心の強い子でもある。

 つまり彼女は、才能と努力を両立させている優秀な人材なんだ。

 故にこそ、この若さで中央のトレーナー試験というめちゃくちゃに狭い門を突破し、見事免許を勝ち取ったわけで。

 彼女ならすぐ、この仕事にも慣れてくれるだろう。何なら俺よりも仕事できるようになる日も、そう遠くはないはずだ。

 

 ……俺もトレーナー試験には1発で受かったわけだけど、そりゃ前世の記憶とか「アプリ転生」があるからね。

 そこでズルしてる分、他人よりも勝る結果を残せてようやく人並みなんだわ。

 むしろ前世からの記憶っていう大きすぎるアドバンテージを持ちながら、人一倍程度にしか仕事をこなせてないのは……うん、やっぱ俺、要領良くないんだろうなぁって。

 ま、良くないなら良くないなりに頑張るしかないわけだが。

 

 そんなことを考えながら俺も仕事をしていると、書類とにらめっこしていた昌が声をかけてくる。

 

「兄さん、これ意味わかんないんだけど」

「どれ?」

「これ。この数字何」

「あー……ほら、言ったでしょ。俺、見えてるって」

「あの『なんとか転生』ってヤツ?」

「そ。『アプリ転生』ね」

「じゃ、この数字、ここに打ち込んでいけばいいの?」

「うん」

 

 ……そう。

 昌は努力家で真面目で優しい自慢の妹だが、それじゃない。

 この子はもう1つの意味でも、俺にとって特別な存在だった。

 

「まったく……前世の記憶があるとか、ウマ娘のスペックが数値化できるとか、本当に……」

「変な人?」

「変な兄さん」

 

 ……堀野昌は。

 堀野歩の前世……「俺」のことを、世界で唯一信じてくれている人間なんだ。

 

 

 

 ヒトは基本的に、自分の持っていないものを信じない。

 

 例えば、霊感とかが良い例だろう。

 たとえ「信じる」と言っても、どうしたって半信半疑の域を出ないだろうし、何か被害が及ぶとか予言を当てるとかしない限り、本気で信じてはくれない。

 

 俺の前世の記憶もそうだ。

 父や兄に「前世の記憶がある」と言った時、片方は微かに笑い、片方は心配そうに眉をひそめた。

 冗談か、あるいは心の病か。……それが、「前世の記憶がある」と言った際の一般的な反応なんだ。

 それはたとえ家族でも、例外にはならない。

 

 俺はすぐに発言を取り消して、冗談だと告げた。

 その理由は、俺のせいで家族の円満な空気を壊したくないと思ったのが1つ。

 人の良い2人を心配させたくないと思ったのが1つ。

 ……変な誤解を生んで、前世の最期みたいなことになりたくないと思ったのが1つだ。

 

 自分が人に誤解されやすい質だという自覚はある。

 だからこそ、変に疑われるようなことは言わない方がいい。

 第一前世の記憶があると相手に告げたところで、特にこれといったメリットなんてないんだ。

 理解者を求めるより、まずは円満な関係を築くべきだし、そうして築いた関係を脅かすようなことを言うべきじゃない。

 幼少の俺はそう判断したし、今でもそれは変わらない。

 俺は他人に「自分は転生者だ」なんて言う気はないんだ。これまでも、これからも。

 

 ……だけど。

 その唯一の例外が、妹の昌だった。

 この子は、俺の言った言葉を信じてくれた。

 

『……まぁ、兄さんが嘘を吐く理由はないし。私くらいは信じてあげる』

 

 それが憐憫であったか、あるいは慈悲であったかはともかくとして……。

 この子は、兄が突然とち狂ったことを言い出しても、それを疑うより先に信じる。

 そんなことができる、優しい子なんだよ。

 

 ……ん?

 あれ、そう言えば……。

 俺、なんで昌に前世の記憶のこと打ち明けたんだっけ。

 父と兄の時で懲りて、もう誰にも理解を求めたりしないようにしたと思うんだけど……。

 

 脳内の記憶を漁る。昌にそれを打ち明けた時の記憶を。

 ……夜? そう、夜にそんな話をしたような。

 いや、なんで夜? それも、なんか深夜だったような……。

 

 駄目だ、思い出せない。どうにもとっかかりがなくて、まるで霧の中に手を伸ばすがごとし。

 まぁいいや、そんなのどうでもいいことだし。

 

 とにかく、今大事なのは……。

 堀野昌は唯一、俺が前世の記憶を持つ転生者であることを知ってる、ってことだ。

 

 更に言うと、『アプリ転生』という謎の観察眼のことも知られてる。

 レースの予想を当てまくった時に問い詰められて白状したら、「それでレースの結果予想できるんだ。ズルじゃん」って言ってた。うん、言い訳しようもなくズルです。なんというか、誠に申し訳ない。

 ちなみに、何故「アプリ転生」って名前なのか首を捻ってたけど、流石にこの世界とよく似たアプリがあったってことは言ってない。その辺、自分でもよくわかってないしね。

 

 

 

 そんなわけで、この子の前では転生関係の話を隠さなくていい。

 そんなに気合を入れて隠してるってわけじゃないけど、やっぱり普段よりは少しだけ楽かな。変に言い訳しなくていいから、嘘吐いて嫌な思いしなくていいし。

 

 キーボードを叩いたり書類をチラチラ見ながら、昌に話しかける。

 

「昌。当然だけど、担当には前世とかのこと話してないから、言わないようにね」

「……わかってる」

「ん。それと……まぁ昌なら地雷踏んだりはしないと思うけど、ミホノブルボンに三冠を諦めろとか、そういうことは絶対言わないで。多分傷つくと思う」

「…………うん」

「ホシノウィルムは、結構繊細な過去を持っててね。特に家族関係の話とか幼少の話を振る時は注意して。俺の前では吹っ切れてるように見えるけど、実際はどうだかわからないから」

「…………」

「あと、俺たちは定期的に同期のトレーナーと合同トレーニングしてるんだ。次回の予定は来週の火曜日で、その日は俺もトレーニングに付き添わなきゃいけないから注意して。

 昌も付き添い来る? もし来るんなら、相手方のウマ娘との接し方にも注意してね。あっちの2人はちょっと自己肯定感低めだから、絶対にそっち関係で突っ込んだりしないこと。

 それから……」

「ああもうっ、うるさいっ!」

「あ、え?」

 

 昌は外にまでは響かないくらいの大声を上げて、こっちを睨みつける。

 そ、そんなにうるさかったかな……。

 

「こっちは集中して作業してるの! 兄さんみたいに左手でキーボード打ちながら右手では書類整理して、その上他の人と話せるような状態じゃないの! わかる!?」

「ご、ごめんね?」

「注意事項は後で確認できるように筆記、もしくはLANEとかで送って!

 あとここ、何『一陣の風』とか『軽やかステップ』って! 意味わかんないんだけど、舐めてんの!?」

「前者は直線で猛加速する技術で、後者はレーンの移動の負担を減らす技術だね。名前そのまま、スキルの欄に打ち込んどいて」

「くっ……この兄さんは……! 了解!」

 

 それを聞いて、懐かしさに思わず口端が吊り上がるのを感じた。

 「この兄さんは」。

 堀野の家で、この子に何度も言われてきた言葉だ。

 多分「このバ鹿は」みたいな意味合いの罵倒だと思うんだけど……。

 何故だか、久々に聞き慣れた罵倒を浴びせられた俺が覚えたのは、安堵だった。

 

 トレセン学園で出会うとは思わなくて、なんとなくこれまで、現実感がなかったけど……。

 やっぱりこの子、昌なんだなぁ。

 

「改めて久しぶり、昌。これからよろしくね」

「……はぁ。4か月ぶり、兄さん。これからサブトレーナーとして、よろしくお願いします」

 

 ため息交じりだったけど、昌は作業の手を止めて答えてくれた。

 ……本当、真面目で優しい子だ。

 これでやさぐれた感じを出さなかったら、彼氏でも何でも作り放題だと思うんだけどなぁ。そこだけが玉に瑕って感じで、お兄ちゃんは心配です。

 

 

 







 たづな(気心の知れた方がサブトレーナーに付きましたし、これで堀野トレーナーさんの負担も減るでしょう。良かった良かった)
 歩(これは昌を一人前のトレーナーに育てろってことかな? よーし、頑張るぞ!)



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、天皇賞(秋)と人間関係の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。