いやクリスマスにしてはサブタイトル不穏すぎない?
私の菊花賞が終わって、早くも1週間が経過した。
本日は11月3日、日曜日。天気は生憎の雨天だ。
秋のG1戦線とも言われるこの季節、日曜日は毎週のようにG1レースが行われる。
今日も今日とて例に漏れず、G1レースが開催されるわけだけど……。
本日行われるレースは、天皇賞(秋)。
メジロマックイーン先輩の目標レースであり、先輩の属するメジロ家の悲願の1つでもあるらしい。
そんなわけで、マックイーン先輩は盾の栄誉を求め、東京レース場へと赴いているのだった。
マックイーン先輩と私の間には、決して浅からぬ関係がある。
ああいや、ちゃんと話すようになってからは、まだ1か月くらいしか経ってないんだけど。
宝塚記念で覇を競って、ファン大感謝祭では企画に来てくれて、京都大賞典を見に行って……。
……あ、思えばこれだけなのか。
私が友達少ないから特別意識してただけで、実は全然浅い関係だったかもしれない。
でも、マックイーン先輩は私のことをライバル視してくれてるみたいだし、私もマックイーン先輩をライバル視してる。
これはもうズッ友レベルの因縁と言っても過言じゃないよね。
で、そんなライバルであり尊敬できる先輩が走るレースとなれば、当然私も中継で観戦する予定だったんだけど……。
「ホシノウィルム、天皇賞だが、ミホノブルボンや昌と一緒に見ないか」
「よろしくお願いします」
「私としても、勉強になるので是非お願いしたいです」
まぁ当然と言うべきか、トレーナーとブルボンちゃん、それに昌さんが合流し。
「ウィル、天皇賞一緒に見ない? ステイヤー志向のアタシとしちゃ、是非ともウィルの意見も交えながら見たくてさ。
……え、先約? あー、そうなん? じゃあ諦めますかー」
「待った待った待った! その話待った! それなら是非僕たちも一緒に見せてもらっていいかな!」
「え、えっ? あの、もしかしてライスも……? お姉、先輩と一緒に見られるのは嬉しいけど……」
偶然居合わせたネイチャとライスちゃんが、彼女たちのトレーナーさんに巻き込まれるような形で合流して。
「聞いたよウィルム、ネイチャとマックイーンの天皇賞見るんでしょ? なんでボクをハブろうとするのさ! 三星? ってヤツの仲でしょ~?」
「ごめんね、ホシノウィルム。テイオーが噂を聞きつけてからずっとこの調子で。良ければ一緒していいか、堀野トレーナーに聞いてくれないかな」
テイオーやそのトレーナーさんたちまでやってきて……。
結果。
「やはりマックイーン先輩が1番人気ですか」
「ま、とーぜんだよねー。ボクやウィルムのライバルを名乗るんなら、天皇賞くらい勝ってもらわないと」
「そう言うテイオー、まだ重賞にも勝ってないけど?」
「む。言っとくけどボク、G1レースくらい簡単に勝っちゃうからねー? ね、トレーナー?」
「うーん、どうかな。中長距離路線のG1レースは、基本的にホシノウィルムも出走するんだろう? そう簡単に勝てる相手じゃないし、断言はなぁ……」
「何だよトレーナーまでー!」
「まぁG1レースはともかく、ホシノウィルムの出ないG2レースであれば勝てるだろうな。重賞にも勝てない、という評価は的外れだろう」
「データによる解析、でしょうか?」
「うぅ……みんなすごい自信……ライス、居場所が……」
「ライス、大丈夫だよー。アタシと一緒に隅っこで『うわぁ』って顔してようねー」
「いやいや2人とも、ここは『G1レースを取るのは自分だ!』くらい言わないと」
「ちょっと、みんなして何言ってんの? ウィルムにだって勝つからね、ボク!」
「ま、そのためにもまずは復帰トレーニングからだね。ちゃんと取り組んでよ、テイオー」
「んもー、そんなに言わなくてもわかってるって」
「……テレビの音、聞こえないんですけど」
私、トレーナー、ブルボンちゃん、昌さん。
ネイチャ、ネイチャのトレーナーさん、ライスちゃん。
テイオー、テイオーのトレーナーさん。
普段は4人で使っているトレーナー室に、現在なんと9人もの知り合いが押し寄せていた。
いかにトレセンの施設が広大とはいえど、トレーナーの人数は200近い。
そりゃトレーナー室1つ1つがそんなに広いわけもなく、特にチームを組んでない新人トレーナーさんである歩さんに割り当てられたものは小さめだ。9人も入ると流石に狭さを感じるね。
……とはいえ。
最近は、こういうのも悪くないな、って思うけど。
「マックイーン、ここ最近好位取れずに負けること多くない?」
「いやいや、アンタそれ宝塚記念しか見てないでしょ。京都大賞典じゃ綺麗に勝ってたからね?」
「ま、マックイーン先輩、走る姿が綺麗で……すごいです、よね」
「同意します。メジロマックイーン先輩の走りは安定性が非常に高く、理想に近いものであると考えます。強いて言えばスタートダッシュが難点でしょうか」
親しいウマ娘たちが固まって、今日のレースについて話し合っているところを見ていると、なんというか……幸せな気持ちになる。
私、2年前までは10年以上……前世も含めるとその何倍もの時間、友達がいなかったのに。
今はこうして、気軽に話しかけてくれて、そして話しかけられる友達がたくさんいる。
同期のウマ娘とはちょっと疎遠気味だけど、後輩ちゃんたちは慕ってくれる子が多いし、マックイーン先輩とかライアン先輩、スカイ先輩とも接点ができたし。
先輩後輩関係も、どんどん充実していってる感じ。
その上……。
「そういえばお前、サブトレーナーは付いたのか?」
「あー、うん。ただ彼、ちょっと気難しい人っぽくてね。今日も誘ったんだけど断られちゃった」
「サブを持ってない俺が言うのもなんだけど、その関係性を作るのもトレーナーの仕事だよ。頑張れ若人」
「……む。兄さん、何その目は」
同年代の友達だけじゃない。
私を支えてくれる、年上の大人の人たちもいる。
テイオーのトレーナーさんやネイチャのトレーナーさんとは何度か話したことはあるし、その度に気を遣ってもらったり心配してもらったりした。
当然ながらトレーナーである歩さんはいつも私を助けてくれてるし、サブトレーナーさんである昌さんは……まだ関係はぎこちないけど、悪い人じゃないんだろうなぁ、ってのは見えてきた気がする。
本当に、私は周囲の運に恵まれてる。
最近はどうにも運が悪いというか、特にゲームに関わることになるとめちゃくちゃ運が悪くなるような気がするんだけど……それもむべなるかな。
そもそも私、最近めっちゃ運が良かったんだ。特に人の運、環境の運がとんでもなく良かった。
いくらホシノウィルムが転生チートウマ娘と言えど、きっと歩さんと出会えなければ結果は振るわなかっただろうし、ネイチャやテイオーに出会えなければここまでレースを楽しめはしなかっただろう。
たくさんの人が、ウマ娘が、私を支えてくれて、助けてくれて……そうして今、私はここにいる。
ホシノウィルムとして、ここに生きている。
「……本当に」
こんなにも楽しくレースができて、好きな人と一緒にいられて、理解者に恵まれて……。
私はきっと、この世界で1番幸せなウマ娘だ。
「何ニヤついてるの、ウィル。無表情キャラどこいったー?」
「最近のウィルム、なんかほわほわしてるよね。無敗三冠の余裕ってヤツなの? ムカつくー!」
「いえ……楽しいな、と」
ネイチャとテイオーは顔を見合わせて、思わずって感じで噴き出した。
何それ今更、やっぱちょっとズレてるよね、って……彼女たちはクスクスと笑う。
うん、そういうとこだよ。
私がおかしなことを言えば、笑ってくれる。間違ったことを言えば、きっと正してくれる。
私が何かすれば、その反応が返って来る。
私は確かにここにいて、確かに生きているんだって、強く実感する。
それが、何より嬉しいんだ。
……そう。
私は、私たちウマ娘は、この世界に生きている。
生きているからこそ……今年の有馬記念みたいな、とんでもないバッティングも起こっちゃうわけなんだよなぁ。
昨日の内に、覚悟は決めた。
私はこの世界に生きるウマ娘の1人として、多くの人に期待される三冠ウマ娘として……。
どれだけ無粋だろうと、彼女たちとのレースに、真っ向から挑まなきゃいけない。
スペシャルウィークちゃん、そしてサイレンススズカさん。2人が約束して、けれど叶わなかった2人のレース。
そこに私という異物が紛れ込み、そしてあろうことか勝ってしまえば……。
あるいは、他人の夢に土足で踏み入り打ち壊すような行為になりかねないって、わかってるけど。
それでも、ホシノウィルムは走らなきゃいけないんだ。
それだけが、ちょっとばかり残念でもあり。
……同時、少し申し訳ないけど、楽しみでもある。
アニメで何度も見た、2人の雄姿。
この世界で伝わっている、2人の強さ。
それを両方知っている私だからこそ……それに、挑んでみたいと思うんだ。
……更に言うと、出走するのは多分、その2人やセイウンスカイ先輩だけじゃないだろうしね。
ずっと一緒に走ってみたかったあのウマ娘とも勝負ができるかもしれない、となると……。
うん。
やっぱり、沸き立つものがあるよ。
* * *
そうしてわいわいと話している内、天皇賞(秋)の本バ場入場の時間が来た。
マックイーン先輩は、7枠13番。
枠番には愛されず、比較的外からのスタートだ。
「堀野トレーナー、君から見てメジロマックイーン以外で注目のウマ娘は誰だと思う?」
テイオーのトレーナーさんにそう訊かれて、トレーナーは胸元から手帳を取り出した。
その内容とテレビを見比べながら、ゆっくりと口を開く。
「そうですね……。メジロマックイーン以外は実力伯仲と言ったところですが、個人的には3番人気、フォシューズでしょうか。
2番人気イノセントグリモアは……少し入れ込んでしまっていますね。今回は1着争いは難しいでしょう。もしかしたらマックイーンへの対策として積極策を取って来るかもしれませんね。
他は……身体的スペックで優っても技術で劣る子もいれば、その両者で僅か劣る代わり、今日の調子が素晴らしく整った子もいるように思います。レースの展開次第ですね」
「お、その手帳が噂の堀野ノートかい?」
「ノート……? 何ですか、それ」
「トレーナーの間で噂になってるよ。偵察に来てはじっとウマ娘の様子を見て、すごく細かくデータを取っていくトレーナー……つまり君のこと。
曰く、その男が取っている手帳には、あらゆるウマ娘の正確な情報が記されているとか」
「そんなわけないでしょうに……」
トレーナーは、ちょっと呆れたような口調で肩をすくめた。
……ちなみにその噂、完全に嘘ってわけではないにしろ、確かに誇張は入ってる。
今トレーナーが持ってる手帳には、全てのデータが記されてるわけじゃない。
何せトレーナー、1か月に1冊くらい、手帳を買い替えてるからね。
今使ってるのは今年だけでも多分11冊か12冊目、それまでのデータは全てデジタルなデータに纏められ、トレーナーのパソコンとバックアップのUSBの中に納まっているのだ。
そんな訳で、「手帳に全部書いてる」ってのは嘘で、本当は歩さんの使うパソコンの中にある。
それと、全てのウマ娘のデータを持ってるってわけでもない。
トレーナーが調べてるのは、あくまで私やブルボンちゃんが戦う可能性のあるウマ娘数百人程度。中でも徹底的に調べて常にマークしてるのは100人前後だって言ってたし。
……ん? いや100人のデータって多い……? いや多いよね、多いわ冷静に考えたら。
トレーナーと一緒にいすぎたせいか、最近あっちの感覚に引きずられてる感じがする。
少しずつ私と彼の境界線が溶けて来たようで嬉しくもあるけど……うん、変に引きずられすぎてトレーナーの頑張りを見過ごすのはダメだ。
相互理解を深めて少しずつ互いの色に染め合いながらも、染まっちゃいけないとこは染まらないように注意しなきゃいけない。
うーん……やっぱり難しいな。
前世ではずっと1人きりだったから、誰かに変えられる、なんてことは起こらなかったんだけど、今思えばアレはアレで自分に凝り固まっちゃうし。
理想を言えば、人と関わって変わりながら、しかし人に染まらず変わらない部分も持つべきなんだろうけど……。
簡単なようで、なかなか難しそうだよね。
「うん、やっぱり堀野トレーナーの予想は参考になるね」
「恐縮です」
「その判断の秘訣を発表会で明かしてくれれば言う事なしなんだけど」
「はは、それはなかなか……」
私がぼんやりと内省している内に、トレーナーたちは今回のレースに関しての品評を終えたらしい。
結論としては、「高い確率でマックイーンが勝つ」ってとこに落ち着いたっぽい。
皆が来る前にトレーナーに聞いたところ「マックイーンが落ち付いてレースを進められれば、必ず彼女が勝つ」って言ってたし、私もマックイーン先輩が勝つんだろうなーって思ってる。
天皇賞(春)や宝塚記念ではスカイ先輩の策にかかったり外を走らされたから勝てなかっただけで、マックイーン先輩は本質的には強者なんだ。
……それに。
ちらとトレーナーの方に目をやると、真剣な目でテレビを見ている。
その表情は……「できることは全部やった」って顔だ。
トレーナーは、何度かマックイーン先輩のトレーナーさんと話していた。
曰く、今のマックイーン先輩には少しばかり精神的な不安があり、自分はそれを解消できるかもしれない、と。
マックイーン先輩の心の歯車が噛み合ってなかったとして、そしてそれが彼女のトレーナーさんだけでは解消できなかったとしても……。
きっと、歩さんが絡み合った問題を解きほぐしてくれたはずだ。
……あの人がこの表情をしてるってことは、大丈夫。
私をここまで導いてくれたように、きっとマックイーン先輩のことも救ってくれる。
たとえこの先、悲劇が起こる運命だろうと……今のマックイーン先輩なら曲げられるはずだ。
「頑張れ、マックイーン先輩」
誰にともなく、呟いた。
* * *
そうして、ファンファーレが鳴り響く。
いよいよ出走の直前だ。
「始まりますね」
「あぁ……頼むぞ、マックイーン」
トレーナーはボソリと、小さく呟く。
きっとそれは、誰に聞かせるつもりもない言葉で、だからこそ本当に小さな呟きでしかない。
……でも、聞こえた。聞こえてしまった。
トレーナーの近くにいて、なおかつ鋭い聴覚のウマ耳を持つが故に……私にだけは、聞こえてしまった。
「マック、イーン……?」
あだ名。
トレーナーが、あのトレーナーが、いつだってウマ娘をフルネームで呼ぶトレーナーが。
マックイーン先輩のことを……略称で、つまりあだ名で、呼んだ。
なんで?
私だって、「ホシノウィルム」としてしか呼ばれてないのに。
「トレーナー、あの……」
『いよいよ始まります、盾の名誉をかけてウマ娘たちが東京レース場に集いました、天皇賞(秋)。
降りしきる雨の中、勝負服のウマ娘たち18人がゲートが開く瞬間を待ち望む。
果たして今回、名優は2作目の大作を演じ切ることができるのか?』
私がトレーナーに聞きかけたところで、ちょうど実況が始まってしまった。
うぅ……気になる。もやもやする。
……けど、今はマックイーン先輩の天皇賞だ。
よし、絶対後で聞けるように、しっかりと心の中のメモ帳に確かに走り書きを残して……。
よし、今は目の前のレース映像に集中!
『……さぁ、ゲートインが完了。出走の準備が整いました』
出走直前、緊張に静まり返るレース場。
その余波を受けたように、テレビの前の私たちも誰からともなく黙り込む。
スタートの瞬間は誰もに平等で、そして何よりも残酷だ。
18人が唯一横並びになって駆けることのできる瞬間。
しかし同時、ここでミスを犯せば、決して覆すことのできない大きな大きな差が開くことになる。
圧倒的な実力を持つウマ娘が大幅な出遅れで惨敗した、なんて珍しい話じゃない。
だからこそ、この瞬間は誰もが気合を入れるし集中するんだ。
そして……その沈黙は、唐突に破られる。
『スタートしました!』
降りしきる雨の中、18人が走り出す。
……そうして、そのバ群の中から抜け出したのは。
『先行争いはフォシューズ、イノセントグリモア! この人気ウマ娘2人が抜け出した!
一方1番人気メジロマックイーンは慎重に内に入って、泰然とレースを進める』
「……少し意外だね。メジロマックイーンにしては慎重な運びだ」
「好位置を取ろうとするなら、もっとキュッと行くベきなんじゃないの?」
ネイチャのトレーナーさんとテイオーが呈した疑問に、テイオーのトレーナーさんが首を振る。
「いや。不良バ場でバ群が詰まりやすい上、今回はマックイーンがいるから、皆インコースに入ろうとするだろう。そんな中、外めの枠の子が無理やり内に入ろうとすると、最悪進路妨害と見なされることもある。
彼女の脚なら僅か程度の外回りはハンデにもならないだろうし、万が一のことを考えれば正しい判断だと思うよ」
あーそっか、とテイオーは頷いて……ネイチャのトレーナーさんは、それに気付かなかったことが恥ずかしかったのか俯いた。
昌さん含めたトレーナー陣で反応してるのはネイチャのトレーナーさんだけだし、多分それは大人たちの共通認識なんだろう。歩さんはともかく、昌さんまでわかってたっぽいのは、やはり名家の教育が故だろうか。
レースから目を離すことなく、私のトレーナーが言葉を継いだ。
「メジロマックイーンは、はっきり言って今回のメンツの中でも頭1つ抜けている。
無理に前に出ようとするのではなく……落ち着いて走る方が逆に勝率が高いだろうな。
……ここ最近敗北続きで焦っているのではないかと心配していたが、どうやら落ち着いてレースに臨めているらしい」
その声はどことなく……安堵してる?
トレーナー、そんなにマックイーン先輩のことを……。
う……。
うぅぅぅ、ズルい。ズルいよ!
マックイーン先輩、トレーナーの担当ウマ娘でもないのに、レースを心配してもらって、その上あだ名で呼ばれてるとか!
確かに、京都大賞典でトレーナーに「行動した方がいい」って言ったのは私だけどさ、まさかここまで心配してるとは思わないじゃん?
トレーナー曰く、あくまで今回は「マックイーン先輩が勝てるレース」だ。それなのにここまで心配するなんて……。
トレーナー、もしかしてマックイーン先輩のことが好き……だったりとか?
もしかして、ああいう体型とか声とか髪色のウマ娘が好きだったりするのかな。
声はちょっとどうしようもないけど、体型だけなら私にも可能性あるし髪色も染めればいいわけで、まだ救いもあるんだけど……。
どうしよう、実は私の走り以上にマックイーン先輩の走りが好きだったら。
そうなると、もう本当にどうしようもないわけなんだけど。
私は大逃げという、だいぶ破天荒な走り方をする。
対してマックイーン先輩の走りは王道中の王道、好位抜け出しだ。
確かにトレーナーは安定を好む方だし、私みたいなド不安定なウマ娘よりは、確実に成果を生むマックイーン先輩の走りを好きになってもおかしくない。
で、でもさ、戦績的には私の方がずっと安定感あるはずだし。
何せ無敗の三冠、ここまでただの1度の敗北もなくここまで来たわけで、安定感という側面において私を越え得るのは、もはや同じく無敗の三冠ウマ娘であるシンボリルドルフ会長くらいだ。
それに、宝塚記念でトレーナーは私の走りに惚れてくれたみたいだし? 私の方がずっと一緒にいて、苦楽を共にしてきているわけですし?
まだ会ってそう間もない……はずのマックイーン先輩よりは、私のことを大事にしてくれてるはずだ。レースへの対策だって、私の方がずっと時間をかけてくれてるわけで。
……でも実際にトレーナーはマックイーン先輩をあだ名で呼んで、その上こんなにもレースを心配していたのも事実ではあるんだよね。
問い詰めねば。このレースが終わったら、絶対に問い詰めねば!
NTR……いやBSSならぬWSSか? その芽は早めに摘んでおくに限るんだから!
『さぁ大欅を越えてフォシューズのリードは1バ身にまで縮まっている。2番手メジロマックイーンとイノセントグリモア、僅かにイノセントグリモアが前でしょうか、殆ど並んでいく形で第四コーナーに入りました!
後続は4バ身後方で600メートルを迎えます、懸命に上がって来るが届かないか!』
私が内心で嫉妬の炎をメラメラ燃やしている、あるいは焼きもちをもちもちと焼いている間に、レースは既に終盤に入っていた。
全然レースに集中できてないわ私。ごめんなさいマックイーン先輩、やっぱり自分で走らないとレースの寒さが薄くてちょっと集中し辛い……いや嘘、普通に煩悩が出てただけなんだけど。
改めて画面に目をやると、勝負は1、2、3番人気のウマ娘が実力通りに抜け出して競り合う形。
遠くから見るに、先頭の逃げウマ娘はやや疲労をにじませており、マックイーン先輩に並んでいるウマ娘からは疲れが色濃く窺える。
一方で、マックイーン先輩は……。
「流石と言うべきか、マックイーン先輩、殆ど疲れが窺えませんね」
「うへぇ、底なしじゃん。ハイペースで走って皆を疲れさせて自分は悠々と走るとか、頭ホシノウィルムかな?」
「おいネイチャ、それはどういう意味ですか」
「ウィルム先輩、恐らくは高い持久力を賞賛されているものと思われます」
「いやブルボンちゃん、今のは多分皮肉というか茶々だと思うよ。それとネイチャ、時系列的には私の方が後だから、むしろ私がマックイーン先輩脳でしょう」
「重要なのそこ?」
うん、先輩、全然疲れてない。
まぁ当然と言えば当然かな。
マックイーン先輩は高いスタミナを持つステイヤー。天皇賞(春)の3200メートルまで走ることもできる彼女は、おおよそ2000メートル程度で力尽きるようなウマ娘ではない。
……問題があるとすれば、それはスタミナではなく、ステイヤー特有の弱点だろう。
ジリ脚、という言葉がある。
簡単に言えば、瞬間的な加速が苦手という特徴、あるいはその特徴を持ったウマ娘を表す言葉だ。
平均的なペースで走り続けることはできても加速ができないという、ちょっと困った特徴。
ジリ脚を持つ子は、まずスプリンターにはなれない。基本的に距離が短ければ短いほどに、瞬間的、爆発的な加速を要求されるからね。
だからそういう子は、スタミナと適性さえあるなら、中長距離を目指すことが多い。
つまり、短距離志向のウマ娘とは逆に、距離が縮まれば縮まる程に不利になっていくわけだ。
……以上、トレーナーからの受け売りでした。
つまり、何が言いたいかっていうと。
3000メートル越えの長距離を主眼とするマックイーン先輩に、天皇賞(秋)の2000メートルは短すぎる可能性がある、ってことで。
……ま、そんなの杞憂でしかなかったんだけどさ。
『メジロマックイーン、メジロマックイーンが外からフォシューズに並びかける! イノセントグリモア内から立て直して懸命に粘るがしかし3番手!
前の2人の競り合いが続く、続くがしかし先頭はメジロマックイーン! メジロマックイーンが抜け出した!』
マックイーン先輩が強く地面を蹴り跳ばす音が、ここまで聞こえた気がした。
確かにマックイーン先輩は、少しジリ脚気味なところがある。
天皇賞(春)でも、宝塚記念でも、脚を残したまま使い切れずに敗北を喫したのだから。
……けれど、それでも。
彼女は、そこにいた誰よりも……強い。
『メジロマックイーン伸びる、後続も懸命に追い縋るがその差は縮まることを知らない!
100メートルを切って、メジロマックイーンこれは楽勝! 3バ身4バ身の差を付けて今ゴールイン!!』
『結果が確定、春の雪辱を果たして今、メジロマックイーンが念願の盾の栄誉を手にしました!!』
「……ふぅ」
レースが終わって、まず浮かんできたのは、「良いものを見たな」って感想だった。
冷静沈着、全ての歯車が嚙み合ったが故の絶好調。極力リスクを排除した容赦のない勝ち方。極限的に濃縮された隙のない走り。
その全てが、強かった。
「ふ……ふふふ」
心の底から、熱が込み上げてくるのがわかる。
いいね。
いいねいいねいいね! ジャパンカップ、すっごい楽しみになってきた!
今のマックイーン先輩は、強い。
あの京都大賞典の時も強かったけど、それより更に一回り、存在が大きくなってる感じ。
自らの悲願である天皇賞を制したマックイーン先輩は、今までの見たどの先輩よりも仕上がってる。
そんな絶好調の先輩と、私はもうすぐ戦えるんだ。
こんなに嬉しいことがあるわけない。
ジャパンカップまであと3週間。負けてらんない、私ももっともっと強くならないと!
「お姉さ……ウィルム先輩」
私が来たるレースに向けてにやにやしていると、ライスちゃんがおずおずと話しかけてきた。
「ライスちゃん? 何、どうしたの?」
「……やっぱり、マックイーン先輩のこと、好きなんですか?」
……好き?
いやまあ普通に好きだが? 推しって言うほどガチで推したことはないけど、それにしたって前世からお慕い申し上げておりましたが。
でも前世で見ていた、キャラクターとしてのマックイーンちゃんも好きだったけど……。
今世での、ライバルとしてのマックイーン先輩は、もっと好きだ。
だから、その疑問に答えるとすれば……。
「うん、好きだよ。マックイーン先輩は強いからね。今からジャパンカップが楽しみだ」
「……やっぱり、そうなんですね」
「?」
なんかよくわかんないけど、ライスちゃん……え、なんで気合入った感じの目してるの?
「ライスちゃん?」
「いつか……いつかライスもブルボンさんを超えて、マックイーンさんも超えて、ウィルム先輩が楽しめるレースをしてみせます!」
「えっ、あ、うん」
そりゃ楽しみだけど……。
なんでこの子、こんなやる気を出して……?
……ん?
あれ、待てよ。
私、無意識に変な因縁作ってないか?
ライスちゃんがブルボンちゃんに対して意識を持ったのは、私が「まずはブルボンちゃんの背中を目指してみな」ってアドバイスしたからだ。
結果として2人はちょっと仲良くなったみたいで、休み時間にお話しするような関係になったらしいので、それは結果良ければ何とやらなんだけど……。
今、ライスちゃんがマックイーン先輩を意識するようになったの……もしかして私のせいか?
いやしかし、それにしたってなんでマックイーン先輩のことをそんなに意識するんだろう。
記憶の中から、情報の断片を拾い漁る。
そういえばライスちゃん、「いつか先輩が楽しめるようなレースをします」みたいなこと言ってたし……。
風の噂(ネイチャ調べ)によると、「ホシノウィルムは気に入った相手以外の名前を覚えない」なんて言われてるみたいだし……陰キャだから名前覚えるの下手で、結果として半分くらい事実になってるけど。
今私、「マックイーン先輩は強くてレースを楽しめそうだから好き」って思われかねない発言をしたわけで……。
もしかして、ライスちゃん……私に気に入られるために強くなろうとしてる、とか?
いやいや、そんなまさか。ネームドであるライスちゃんにそこまで好かれるほどすごい存在じゃないし私。
……いや、無敗で三冠獲った転生チートウマ娘だったわ私。好かれるのはともかく、憧れられるには十分かもしれない。
その上、ライスちゃんのことも多少理解があるから、結構彼女に寄り添って話してた気がする。ゲームだったらそこそこ好感度が上がってもおかしくないくらいには。
それらの情報から、推察するに……。
……これ、自意識過剰ならいいんだけどさ。
もしかして私……想定以上にライスちゃんに気に入られてない?
冗談で「百合か?」とか思ってたけど、これガチめに気に入られてる説ある?
百合までは行かないにしろ、想定外に……それこそライスちゃん、ブルボンちゃんルートじゃなくてホシノウィルムルートに突入してる可能性が微粒子レベルで存在する……?
あー……いや、これ、うーん。
私、これからライスちゃんに対して、どう接するべきなんだろうな……。
いや、ライスちゃんとブルボンちゃんに仲良くなってほしい、って気持ちは相変わらずあるのよ。
けどそれって、ぶっちゃけただの私のエゴイズムなんだよね。
彼女はこの世界に生きてる1人のウマ娘。最終的に誰と仲良くするか、誰とくっつくかなんてのは彼女自身が選ぶべきことだ。
ブルボンちゃんとくっつくのが正しい道筋であるかのように思い、無理にその道に進ませようとするのも、それはそれで不自然と言えるかもしれない。
なので私は、2人が友達になるところまでしかキューピッドしなかったわけだ。
ブルボンちゃんとのことを除けば、私としては……ライスちゃんは憧れのウマ娘の1人と言っていい存在だ。なんなら8話か9話あたりのオープニングの顔の良いライスちゃんにガチ恋したくらいには。
けど、それはあくまでアニメの中のキャラクターへの感情というか、「私のものにしたい」みたいな独占欲はほとんど存在しない。
私はあくまでライスちゃんの友人Aとして、ああいや名前的には友人Hかな? とにかく普通に仲良くできればいいなぁと思ってる。
なので、ライスちゃんも友人になりたいと、あるいは仲良くなりたいと思ってくれるのなら、それは別に悪いことではないと思うんだけど……。
問題は、ライスちゃんからの感情が、なんか思ったより重いっぽいことだ。
多分現状、ブルボンちゃんやマックイーン先輩よりも好感度高いっぽいぞこれ。好感度調整ミスってない?
あー、どうする。どうすべきだ私。今更ブル×ライ以外は許さんとか言うつもりもないけど、これは流石に重すぎる気もする。
ちょっと無理にでもライスちゃんに強く当たって好感度を下げる? ……いや、そんなことはしたくない。ライスちゃんの曇り顔がガチで心に来るのはアニメで予習済みだ。
でも、じゃあだからと言ってこのライスちゃんをそのままにしておいていいのか? もうちょっと広く色んなウマ娘を見るようにさせた方がライスちゃんのためになるのでは?
私は、先輩として、正しい行動を……。
「先輩……?」
……いや無理。ライスちゃんが曇る姿は本当に無理。
このきゅるんとした瞳、裏切れないよ……。
「あー……うん、頑張れライスちゃん。応援してるよ」
「はいっ!」
わぁ、元気なお返事と可愛らしい笑顔。こんな顔されたら変なこと言えないわこれ……。
実っていく人間関係と共に、色々と問題も浮上してきた。
マックイーン先輩とトレーナー、そしてライスちゃんと私。
……正直ライスちゃんに関してはちょっと打つ手なしというか、どうすべきか判断しかねるので、一旦棚の上に上げるとしても。
トレーナーとマックイーン先輩の関係は、しっかりと聞き出さないと、だね。
そんなわけで、別にクリスマス関係のないお話でした。
クリスマス特別編とか書いてみたいなとも思ったんですが、残念ながらタイミングが合わなかったです。マイペースに行くということでお許しください。
その代わり、次回は……砂糖多めになるかも。
次回は3、4日後。トレーナー視点で、あだ名の話。
(本編に関係のない呟き)
ぼざろロスが凄い。
(本編に関係のない呟き2)
イクイノックスおめでとう! 強い!
(追記)
誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!