転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 いよいよタイトルのネタが尽きつつある。





兄・気性難・熱

 

 

 

 堀野昌さんが語った言葉。

 

『……ただ、私はあの兄が、大嫌いなんです。

 嫌いな人に冷たい態度を取るなんて、珍しいことではないでしょう?』

 

 あの言葉は、一体どういう意味だったんだろう。

 

 先週、昌さんに連れて行ってもらったオシャレなカフェで、彼女が吐いた毒。

 その真意を聞こうとして、けれどすぐに話を逸らされてしまったから聞けずじまいだったけど……。

 恐らくそれは、彼女の本音だったんだと思う。

 

 「あの兄」というのは、ほぼ間違いなく歩さんのことを指す言葉だろう。

 では、昌さんは歩さんのことが嫌いなのか?

 正直なところ、そこには疑問を挟む余地があるんだ。

 

 人のそれと違ってよく動く耳を向けて、彼女たちの会話を拾う。

 ターフを走る私たちを見ながら、トレーナーと昌さんは書類仕事をしつつ、言葉を交わしていた。

 

「……兄さん、昨日寝てないでしょ。さっきから焦点定まってないし。そんな状態でうろつかれても迷惑なだけだから、さっさと仮眠取って来てくれる?」

「いや、そんなわけにはいかないよ。今だって担当が走ってるんだ、俺だけ休むなんて許されない」

「ふーん、やっぱり寝てないのは事実なんだ」

「あ、いや、それは……まぁ寝てはないけど」

「寝ろバ鹿」

 

 ……これが嫌いな人への態度だろうか?

 控えめに言って、普通に仲の良い兄妹のやり取りにしか聞こえなかった。控えめに言わなかったらめっちゃ仲の良い兄妹でしかないよこれ。

 

 私、前世からコミュ障だったわけで、人のコミュニケーションってものに詳しくはない。むしろかなり不案内な方だと思う。

 だから、私がよくわかってないだけで、「嫌い」が直結して「仲が悪い」に繋がるわけではないのかもしれないし、こうした関係性もあるのかもしれないけど……。

 それにしても、昌さんが歩さんを嫌っているようには思えなかったんだ。

 

 人が人を嫌えば、その態度はそっけなくなるものだと思う。より正確に言えば、その相手とは接点を持ちたくないと思ったり、あるいはその態度が攻撃的になる、って感じだろう。

 その点で言えば、確かに昌さんの歩さんへの当たりは攻撃的で冷たいもの……に、見える。

 

 だがその実、冷たいのは表面上だけだ。

 

 普通、嫌いな人間を気遣うことなんてない。

 「嫌い」というのは本質的には敵対であり、敵対者を気遣うのは生物的なレベルでの間違いだからだ。

 

 ……でも、昌さんは明らかに歩さんのことを心配している。

 先ほどの言葉は辛辣なテクスチャに覆われてるけど、その実「寝てないんでしょ? 仮眠取りなよ」という心配と提案だ。

 果たしてそれは、嫌いな人間に対して出る言葉なのだろうか?

 

「よくわかんないな……」

 

 私の観察眼が間違っていないのなら、昌さんは本音で「兄のことが嫌い」だと言っていた。

 けれど普段の彼女の態度からは、歩さんのことが嫌いであるという様子は窺えない。

 強いて言えば……自発的に嫌おうとしているかのように冷たい態度を取っているけど、その根底には家族の情とでも言うべきものが見える……ような気がした。

 ……いや、そもそも前世でも今世でも、親から愛情というものを貰ってこなかった私が、そういったものを判別できるかは微妙なとこなんだけどさ。

 

 それでも……うん、嫌いと言うには距離感が近い。

 男女の仲ってほど甘いものじゃなさそうのは安心だけど、片方が片方を「嫌い」と称するには、あまりにも距離感が近すぎる気がする。

 

 となれば、アレか? 恋愛系のマンガでよく見た、自分の好意に無自覚なタイプ?

 いや、昌さんってそういうんじゃない気がするんだよなぁ。自分の感情はきちんとコントロールできそうっていうか。

 勿論、まだそこまで付き合いが長いわけじゃないし、単なる読み間違えの可能性はあるんだけどさ。

 

 

 

「……うーん、しかしそれは……」

「先輩?」

「んお、ブルボンちゃん」

 

 思ったより近くから声をかけられて、びっくりして足がふらつきかける。

 咄嗟にチートを使って思考力を伸ばし、変に脚を傷めないよう体勢を整え直した。

 危ない危ない、変に捻ったりしたら事だからね。気を付けなければ。

 

 改めて。

 転生ウマ娘であるホシノウィルムが今世で得たチートは、「ある程度の速度を出して走っている時、任意で思考力を伸ばすことができる」ってものだ。

 「寒い」モードのスイッチと同じような要領で切り替えが可能で、軽い未来予測とかフォームの安定性の向上、無駄なスタミナの消耗防止など、様々な効果を見込める、なかなかの万能チートである。

 

 ……しかし、このチートに1つ、不満があるとすれば。

 ちょっと、いやだいぶ地味だってことだろうか。

 

 チートって言うとやっぱり、一発で状況をひっくり返す、みんなびっくりトンデモパワーなイメージがあるんだけど……。

 私の場合は、そういう派手なヤツじゃない。

 

 思考力が上がることによる恩恵は、主に状況の把握とか計算による展開予測、走り方の最適化によるスペックの限界直前までの向上と脚と体力の負担軽減、そしてこうした際の危機回避がメイン。

 つまり、このチートを使っても、限界以上の力を出せたりはしないんだ。

 現在の私やレース場の状況における「最適解」を導き出し、実行する。

 それが私の転生チート、「アニメ転生」である。

 

 そこに、ちょっとばかり不満があると言うか、残念があると言うか。

 転生チートって言うくらいなんだから、何もしなくても勝利確定のぶっ壊れパワーが欲しかった……とまでは言うつもりもないけどさ。

 ……正直、もうちょっとこう、カッコ良いというか、派手というか、そういう力が良かったなぁ、と思うことはあるんだよね。

 

 だってさ、思考力増加ってすっごい地味なんだよ。

 他人から見たら何も変わんない。どれだけ聡い人やウマ娘が見たって、「あれ? なんか走り方変わった?」程度でしかないんだ。「もしかして髪切った?」と同レベル。もう本当にめっちゃ地味。

 

 勿論、派手じゃないといけない道理なんてないよ? むしろチートがあるってだけで感謝しなきゃいけないとは思う。

 でも、どうせ転生したんだし、もっと派手に決めたいって欲求があるんだよ。その方がトレーナーももっと私に夢中になってくれるだろうしさ。

 

 更に言うとこのチート、本領発揮できる場面が本当に少ない。

 ウマ娘の公式レースは、多くても1か月に1回ペース。G1を主眼に置く私にとっては更にローペースになるだろう。

 その上、色々と検証してみた結果、「アニメ転生」は1回につき最大30秒程度しか使えないこともわかった。

 この前試してみたんだけど、これを30秒くらい使い続けると、情報量に酔って吐きそうになるんだよね。どうやら思考力は上がるけど、脳のキャパシティ……というか耐性? 慣れ? そういうのは上がらないらしい。

 結果として、なんとこの転生チート、1か月に30秒しか本領発揮しないという、なんともしょっぱいものとなってしまっている。

 

 なんならレースで使うより、ライスちゃんと走ってる時の危機回避に使ったりすることの方がずっと多い。もうチートってよりはただの便利なスキル扱いである。

 

 地味で、活躍の機会が少なくて、でも肝心な時には頼りになるチート。

 勿論、そういうのにもロマンがあって、私としても嫌いじゃない。むしろ前世で転生系を読み漁ってた時は、ぶっ壊れたチートなんかよりその方が好きだったまである。

 ……でも、当事者として転生すると、ちょっと話が変わってくるわけだ。

 せっかく転生して得たチートなんだから、地味なサポートじゃなく、もっとカッコ良く使って活躍したいという思いが抑えがたくて……。

 

 そんなことを考えて、ふと莫大な思考力によって気づく。

 あれ、この感情、もしかして……。

 

 

 

 中二病、か……? 

 

 

 

 考えてみれば私、今中等部2年だ。ちょうどぴったし罹患タイミングである。

 前世の大学に通ってた……いや通ってなかったけど、大学生だった時の私なら、「便利に使えるならカッコ良さとかどうでもいい」って言ってた気がするし……。

 

 ……うわ、マジか。自覚するととんでもなく恥ずかしくなってきた。

 好きな人の前とはいえ、こんなええかっこしい自分がいるとは……。

 う、うぅぅ、恥ずかしい! 承認欲求モンスターかよ私!

 

 あーやめやめ、思考打ち切り、「アニメ転生」のスイッチオフ。

 考えないのは論外だけど、考えすぎも良くないわ。自分の闇と向き合い続けたら心が持たない。こういうことはさっさと忘れるに限るね。

 

 暴走と言っていいレベルで動いてた思考が、「アニメ転生」をオフにすると同時、いつもの速度に落ち着いていく。

 まったく、夢中になれるレース以外で思考力が上がると、こういう副作用もあるのが困りものだ。それ以上の恩恵があるから使わないわけにはいかないんだけど、と。

 

 

 

 そんなことを思いながら、私は動かしていた足を止める。

 後ろから聞こえてきた足音も、それに倣ったようにピタリと停止した。

 

 振り返ると、そこにいるのは私の後輩、ミホノブルボンちゃん。

 今日は2人で併走トレーニングをしていたところだったんだ。

 

「どうしたの、ブルボンちゃん?」

「心ここに在らずといった様子だったのでお声をおかけしました。走っている最中の考え事は危険であると推測します」

「あー、うん、そうだね。ありがとう」

 

 それは全く以て正論だ。いくら転生ウマ娘の私と言えど「アニメ転生」を使ってない状態でぼんやりしてたら転んだりする可能性もある。

 忠告はありがたく受け止めて、走ってる時はそっちに集中しなければ。

 

「じゃ、改めて行こうか。これで何本目だっけ」

「5本目です」

「そっか。今度こそ、成功するといいねぇ」

「はい、胸をお借りします」

 

 そう言って一度足を止めた私たちは、「よーい、ドン!」の掛け声と共にもう1度、同時に駆け出した。

 

 

 

 11月は中旬に入り、ついに今週末にはブルボンちゃんの出走するプレオープンレース、ベゴニア賞がやって来る。

 トレーナー曰く、ここにはブルボンちゃんの障害になる程の逸材は見られず、特に問題もなく勝てるだろうってことだったけど、それでもやはりレース前の追い切りは欠かせない。

 

 ウマ娘にとって、レース前の追い切りはかなり大事なことだ。

 辛いトレーニングを積んで限界まで自分を追い込むことで、精神的にも肉体的にも尖り、闘争本能を掻き立てられるからね。

 本番で闘争本能が足りないと、他のウマ娘たちとの追い比べとか位置取り争いになった際に譲ってしまいやすいし、ラストで「足りないか……?」と思った際に根性が出なくなる。

 そんな展開を避けるためにも、コンディションを切り詰めるレース直前の追い切りメニューは必要不可欠なんだよね。

 

 そんなわけで、今日も今日とてブルボンちゃんを心身共に追い込むため、トレーニングを積んでいたわけだけど……。

 

「ふっ……!」

「……くっ」

 

 今日のトレーニングは、ブルボンちゃんの3つの弱点の内、「気性難」を解決するためのものだ。

 

 ブルボンちゃんは、非常に高いスペックを持ってる。それも単純な才能ではなく、努力によって培われた秀才的な力だ。

 トレーナー曰く、「現状ミホノブルボンが絶好調、かつ適正距離、1対1で走った時、彼女の世代で彼女に勝てる者はいない」くらいの圧倒的なものなんだって。

 

 ……だが、そこにはあくまで「1対1で走った時」という指定がある。

 その理由は簡単で……。

 ブルボンちゃんは、かなり掛かりやすいんだ。

 

 逃げウマ娘が掛かりやすいってのは、ぶっちゃけそこまで珍しい話でもない。

 そもそも逃げは王道ではない戦術で、それを選ぶのは掛かり癖があったりバ群の中にいるのが苦手だからって理由も多い。

 バ群の中にいたり、他の子の存在を見ると焦って掛かってしまう。だから、他の子たちの存在も感じなくなるくらいに前に出て走るわけだ。単純明快な解決策である。

 

 ……が。それは逃げウマ娘が2人以上存在しない、つまり先行争いをしなくていい場合に限る。

 そう、「他の子の存在を感じなければ強い逃げウマ娘」が2人いれば、互いにそのスペックを落とし合ってしまうんだ。

 

 トレーナー曰く、現状のブルボンちゃんにとって最大の脅威がそれらしい。

 第一に、他の逃げウマ娘によって掛からされ。

 第二に、他の強力な末脚を持つ子に迫られる。

 その2点を同時に満たした時、ブルボンちゃんは避けようもなく敗北する。

 

 勿論、弱点が明確に分かっている以上、克服しない手はない。

 彼女の掛かりやすさを少しでも抑えるため、こうしてトレーニングを積んでいるわけだが……。

 

「ブルボンちゃん!」

「っ、……はい」

 

 結論から言うと、彼女の闘争本能は、想像よりもずっと強かった。

 

 今やってるトレーニングの内容は、とても単純。

 ブルボンちゃんがローペースで走り、私は彼女よりも2バ身前を維持して、同じペースで走る。

 そしてそのまま、ブルボンちゃんは速度を上げないように注意して1000メートルを走り切る、というものだ。

 

 私からすれば、相手との足音の距離を把握してペースキープすればいいから、簡単なんだけど……。

 私の後方を走る後輩ちゃん、ブルボンちゃんの方のペースキープが、なかなか成功しないんだよね。

 

 

 

 1000メートルを駆け抜けて、足を止める。

 2バ身後方にいたブルボンちゃんの足音もすぐに止んだけど……。

 ……うーん、ちょっと指摘するの、心苦しいな。

 

「ブルボンちゃん、どう?」

「…………データを参照。342メートル地点から徐々に加速し、ペースアップしています。申し訳ありません」

「いや、私は構わないけども。……やっぱり気性ってのは難しいね」

 

 ウマ娘は馬の魂を継いでる存在ということもあってか、人間よりも本能が強い。

 特に走ってる時が顕著で、ついつい熱くなって、理性より本能の方が強くなってしまうことがある。

 これはウマ娘によって強弱あって、私は割と平常通りに走れるタイプだ。楽しくはなるけど、だからって作戦も忘れて走るようなことはない。

 ……今考えると、もしかしたら「アニメ転生」による恩恵なのかもしれないな。あれ、足音の感知とか要領の良さとか、使ってない時もそこはかとなく恩恵がある感じがするし。

 

 そんな私とは対極的に、ブルボンちゃんは本能が結構強いタイプ。

 こうして他のウマ娘と300メートル前後走ると、見境なくとまでは言わないけど、結構走りが荒れてしまう。

 いやまぁ、頑張って止めようとしてるとは思うんだけどね? 実際今回も、途中で一度我に返ったように遅くなり……かけて、また徐々に加速しちゃったんだけどさ。

 

 まぁでも、私も同じウマ娘。そうやって熱くなっちゃう気持ちはわかる。

 レースの終盤に感じるような高揚感、相手に勝ちたいという欲求。

 割と冷静になれる私は、それらを上手く走りに昇華してるけど……ブルボンちゃんみたいに真面目で本能の強い子にとっては、その辺の管理がちょっと難しいのかもしれない。

 

 ……うーん、どうしたものかな。

 

 可愛い後輩のためだもの、手を貸してあげたい気持ちは大いにある。

 しかし、事が彼女の気性、つまり内面である以上、現実的に取れる手段がない。

 私は多少口が上手い自負はあるけど、それだけだ。心理カウンセラーでもなければ彼女の担当医でもない、ただの中等部のウマ娘でしかない。

 

 ぶっちゃけ、どうすれば彼女のそれを解決できるか、筋道が見えない。

 ブルボンちゃんには申し訳ないけど、お手上げだ。

 

 うーん、やっぱりこういう方面はトレーナーにお任せするしかないかなぁ。

 女の子の精神には疎すぎるトレーナーだけど、トレーナーとしての能力は一級品。多分掛かり癖の解消に関しても、堀野家のデータとかそういうのを色々使って解決してくれる……はずだ。きっと。

 

「どうする、ブルボンちゃん。一旦休憩する?」

「……いえ、先輩さえ良ければ、あと何度かお願いできますか」

「ん。トレーナーは『威圧感に慣れるまで走れ』って言ってたし、もうちょっと頑張ってみようか」

 

 ブルボンちゃんは……少し思い悩んでいる感じはあるけど、それでもまだ許容範囲内って感じ。

 いざとなればトレーナーに相談するなりするとして、今は彼女に付き合うことにしよう。

 ……こうして他の子と走るのは、私としても色々と発見があるしね。

 

「ん、それじゃ行くよ。……よーい、ドン!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 トレーニングの時間が終わると、ウマ娘である私たちはいつも通り寮に帰る。

 私もブルボンちゃんも栗東寮所属だし、基本的には毎日一緒に寮まで帰ってるんだけど……。

 今日はそこにもう1人、お客さんが交ざった。

 

 帰り道、ブルボンちゃんと並んで歩いていた私の視界に移ったのは、見覚えのあるピンク髪の後輩ちゃんだったのだ。

 

「あ、ウィルム先輩!」

「ん、ピンクちゃん?」

「ソウリさん」

 

 私たち3人は、全く別の名前を呼び合った。

 ……ピンクちゃんが呼んだのは私の名前で、私が呼んだのは彼女のあだ名。

 一方でブルボンちゃんが呼んだのは……総理?

 

「あ、ブルボンさんも。そっか、ウィルム先輩と同じトレーナーさんなんだっけ。今帰り?」

「はい。ソウリさんも、今?」

「うん、ちょうどチームのサブトレーナーさんが腰をやっちゃって、お開きになったとこ」

「それは……お気の毒様です」

「はは、ありがと」

 

 ……会話から察するに、ソウリちゃんってのはピンクちゃんのお名前、あるいはあだ名らしい。

 先輩のくせに後輩の名前1つも覚えられなくて申し訳ない。割と本気で先輩失格である。でもピンクちゃんってあだ名可愛いし、どうか許してほしい。

 

 で、ピンクちゃ……ソウリちゃんとブルボンちゃんは、親し気……とまでは行かないまでも、普通に会話を交わしてる。

 もしかして、というかもしかしなくても、顔見知りなのかな。2人とも、今ジュニア級の同学年だし、不自然はないか。

 

「2人は友達なの?」

「友達……とまでは行かない、かも? クラスメイトかな?」

「はい、クラスメイトであると認識しています」

 

 驚愕。ピンクちゃんとブルボンちゃん、クラスメイトだったのか。

 トレセンってめっちゃマンモス校なので、ジュニア級の時はクラスが20近くある。

 なので、クラスメイトになるってのはかなりのレアだ。ブルボンちゃんとライスちゃんもクラスメイトじゃないくらいだもん。

 

 そうとなったら……うん。

 ブルボンちゃんが誰かさんみたいに孤立しないよう、先輩としてお願いしてみようか。

 

「そっか。……ピンクちゃん、ブルボンちゃんは少し抜けてるところがあるから、先輩としてよろしくお願いするね」

「あー、えっと……ブルボンさんは、そのぅ、私では近づき辛いと言いますか……」

 

 てっきり快く頷いてくれると思ったんだけど、彼女は少し申し訳なさそうな顔で言葉を濁してしまった。

 

 ……あー、なるほど、そうか。

 

 トレセン学園は中等部と高等部を内包する学園なわけで、そうなると当然と言うべきか、カーストだとかグループだとか、そういった面倒くさいあれやこれやも存在する。

 で、その最たるヤツが……何と言うべきか、「格」みたいな概念だ。

 

 例えば、あの子はG1級ウマ娘だから、重賞も勝てない子は近づいちゃダメだ、みたいな。

 そういった感じの、なんとなーく嫌な感じの雰囲気が、トレセン学園には漂っているのだ。

 

 いやまぁ、前の世界のものに比べるとだいぶマシなんだけどね。なにせイジメとかじゃないし、グループ間との争いとかもほとんどないし。

 ただ、やっぱり同じくらいの実力の子の方がレースも一緒になりやすいし、トレーニングも共にしやすくて、自然と接点が増える。

 そういった事情もあって、あくまで普段一緒にいるグループが違うってくらいの緩い、けれどそれでいて結構高い壁がそこにはあるのだった。

 

 私としちゃ、そんな空気感とかどうでもいいって思うんだけど……残念ながら、クラスの皆はそうは思ってくれない。

 ホシノウィルムの在籍するクラスには、私を除いてG2以上に勝てた子がいない。だから自然と、G1ウマ娘である私は浮いてしまう。

 その結果として、私はクラスでも孤立してしまっているのだった。

 ……いやまぁ、私が積極的にコミュニケーションを取りに行かないのも悪いんですけどね、はい。

 

 で、ピンクちゃんは……本人曰くG3からG2級の普通の(モブ)ウマ娘。

 ……未勝利戦に勝てず転校していく子も多い中で、G2でも十分に戦える彼女が「普通」なのかには疑問を挟む余地があるけど、少なくとも彼女の中ではそうなってる。

 そんな子がブルボンちゃんと仲良くするってのは……多分、ちょっとばかりハードルが高いだろう。

 

 この年代の女の子にとって、空気感ってのは最強の敵だ。服従するしかないレベルで。

 それに逆らうなんて、これ以上ないくらい恐ろしいだろうし……そんなことを可愛い後輩ちゃんに強いることはできないな。

 

「ごめん、なんでもないや。忘れて」

「すみません、お力になれれば良かったんですけど……」

「いや、これに関しては空気感を悟れなかった私が悪い。第一こっちが頼む側なんだから、気にしなくていいよ」

 

 申し訳なさそうに俯くピンクちゃんに、こっちまで申し訳なくなる。

 こういう時、どうすればいいんだろうな。互いに申し訳ないーってなった時、どうにも気まずいよね。

 どうしようかと頭を掻いていると、静観していたブルボンちゃんが口を開く。

 

「……抜けている、とはどういう意味でしょうか。何が抜けているのでしょう」

「あー……はは、気にしなくていいよ。ブルボンちゃんはそのままで、さ」

 

 気軽に応えたけど……もしかしてブルボンちゃん、意味わかってて聞いてる? ちょっと気まずくなった空気を気遣ってくれたのかな。

 

「抜けるとすれば、ネジ……? 確かに、今日の早朝から僅かな違和感を検出しています。どこかのネジが外れた可能性が……む、ポケットにネジが」

「ブルボンさん、本当にネジで体止めてるの!?」

「メカジョークです」

 

 ……やっぱりそうっぽい。

 ブルボンちゃんの渾身のギャグのおかげで、ピンクちゃんは笑ってくれた。その微笑ましさに、私も思わず口角を上げる。

 

 ブルボンちゃん、確かに天然ではあるけど、空気が読めない子じゃないし、ノリも良いんだよね。

 こうしてちょっと間が持たない時なんか、結構サポートしてくれたりもする。

 

 本当に良い後輩を持てたなぁ、私。

 こうして助けてもらった分、トレーニングに付き合ったり、相談に乗ったりして報いなければ。

 

 

 

 ……ところで、ブルボンちゃん。

 もしかしてその1発ギャグのために、ずっとポケットにネジ入れてたんだろうか。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、寮に帰って2人と別れ、自室に戻る。

 すると、そこには……。

 

「……おかえりなさい、ウィルちゃん」

「ただいま帰りました、ミーク先輩」

 

 私の敬愛する、めちゃかわ先輩ウマ娘がいる。

 

 珍しい白毛に、優しく垂れた薄いピンクの瞳。

 ゆったりとした雰囲気の漂う、けれどどこか油断ならなそうな、でもどことなく油断してもよさそうな、不思議な雰囲気を持つウマ娘。

 

 ハッピーミーク先輩。

 実はネイチャよりもずっと長い付き合いの、私の同室の先輩ウマ娘である。

 

 いつだったか、「空を眺めるのが好き」と言っていたミーク先輩は、今日も椅子に座って窓の外を眺めていた。

 いつもと変わらぬその姿になんとなく安心しながら、私は荷物を置いて、先輩に話しかける。

 

「今日は先輩の方が早かったですね。これでも早めに帰って来たつもりでしたが」

「……トレーナーが、スカイさんのトレーナーと出かけてしまったので。……今日は、お休みです」

「え、っと……トレーナーが? トレーナーと、お出かけですか?」

「……私のトレーナー、同期のトレーナーさんと、仲が良いので」

 

 ぽやーんと窓の外の赤くなっていく空を眺めながら、ミーク先輩は答えた。

 

 そういうこともあるのか。私のトレーナーじゃ、ちょっと考えられないことだ。

 ……いや、考えてみるとそりゃそうか。

 誰もがウチのトレーナーみたいなトレーナージャンキーなわけじゃない。というか、むしろ日常的な生活を投げ出してるトレーナーが異常なんだよね、多分。

 

 で、そうして軽く放置を食らってるミーク先輩は……。

 寂しそう、って感じ……じゃないな、多分。

 いつも通りの無表情だからわかりにくいけど、ミーク先輩のこの表情は、何かを考えてる時のものだ。

 

「ミーク先輩、何を考えてるんですか?」

「…………今年の、有記念のことを」

「あぁ、なるほど。ミーク先輩も出走する、という話でしたもんね」

 

 制服から私服に着替えていると、改めてミーク先輩はこちらに向き直った。

 いつもぼんやりとしている彼女の瞳は……今は夕焼けを受けて、赤く煌めいている。

 

「……今年は、短距離とマイルの年でしたけど……予定変更、です」

「やはり、黄金世代のお2人とスズカさん目当てで?」

「……はい。私の、ライバルたち。3年間では超えられませんでしたが、今なら、きっと」

 

 そう。

 ミーク先輩の戦績は、いわゆる「最初の3年間」は、そこまで振るったものではなかった。

 しかし、ある時期から徐々にギアが上がっていくように強くなっていき、最終的にはURAファイナルズの長距離決勝戦で優勝を収めるところまで行った……らしい。

 ちょっと前に、トレーナーからそう聞いた。

 

 3年間が過ぎて、ミーク先輩は遅咲きを見せた。トレーナーの言う「覚醒」ってヤツかな。

 それまではG2やG3を走っていたミーク先輩は、一気にG1に勝てるようなウマ娘へと昇華したんだ。

 

 ……けれどその頃には、同世代の多くのウマ娘たちがドリームトロフィーリーグに移籍したり、療養に入っていた。

 ミーク先輩が覚醒して以来、当時のライバルだったウマ娘たちとは、あまり多く戦うことができなかったんだ。

 

 でも、ついに。

 サイレンススズカさん、スペシャルウィークちゃん、セイウンスカイ先輩が参戦するレース……。

 今年の有記念でようやく、先輩にとって念願だっただろう再戦が叶うんだ。

 

 

 

「……それと、ウィルちゃん。……あなたも」

「え?」

「……あなたも、私のライバルです。……無敗の四冠ウマ娘、ホシノウィルムさん」

 

 ミーク先輩は立ち上がって、こちらに手を差し出して来た。

 その瞳の、いつも通りの柔らかな光の奥に……仄かな、けれど確かな熱を感じて……。

 

「……有記念、よろしくお願いします。

 ……絶対、負けませんから。むん」

 

 その熱と、言葉に、心を揺さぶられる。

 

 最初は、そのすごさを理解できず、ただの先輩として知り合って。

 付き合っていく内に、彼女と仲良くなり、そして同時に強さを知っていき……。

 

 ……そうして、今。

 私はようやく、現役最強ウマ娘の一角、ミーク先輩のライバルになれたのか。

 

「ふ……ふふ。はい、よろしくお願いします、ミーク先輩。

 まだ先のことになりますが、是非、良いレースにしましょう」

 

 心の底から、抑えがたい熱が込み上げる。

 

 あぁ……最高だ。

 強いウマ娘とのレースを予感するこの瞬間。

 胸の底に滾る熱、頭を破裂させてしまいそうなほどの興奮と期待、そして戦意。

 これに優る感慨はない。ここまで本能を満たす瞬間はない。

 

 あぁ、本当に……。

 ウマ娘に生まれ変わって良かった。

 

 

 

 来たる年末、有記念。

 ……そしてその前に立ち塞がる壁、海外のウマ娘たちとマックイーン先輩。

 

 ここ最近、人間関係とかで悩むことも多かったけど、やっぱり今は目の前のことに集中しないとね。

 さぁ……頑張るぞ!

 

 

 







 この世界のミークは覚醒済な上、領域持ちです。とても つよい。

 というか、めっちゃ強いURAハッピーミーク大先輩という幻覚を見て登場させたら、連載中に本編で本当に覚醒しちゃった……。
 こんなことあるんですね。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、ベゴニア賞の話。



(余談)
 どうしてもぼざろのギャグ二次創作を書きたい欲求を抑えられないので、本作の投稿頻度が3、4日に1度に下がるかもしれません。申し訳ない。そこまで長期的に書く予定もないので、その内ペースも戻るはず。
 こっちをメインに据えて、最低でも4日に1度は投稿できるよう頑張ります。
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