転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 夜は焼肉っしょォー!!





うおォン 彼女はまるでウマ娘火力発電所だ

 

 

 

 11月中旬、秋も通り過ぎ、深まっていく冬の中。

 

 毎日をホ……ウィルとブルボンのトレーニングとか書類仕事、昌の教材作りや教育に費やす内に時は流れ……。

 ホシノウィルムのジャパンカップまではあと1週間にまで迫り。

 ミホノブルボンのメイクデビュー以来初となる、公式レースの日がやって来た。

 

 そのレースの名は、プレオープン、ベゴニア賞。

 

 トゥインクルシリーズでのクラス、つまり格付けは、上からG1、G2、G3、そしてオープンが来て、最後がプレオープンに分かれる。

 つまり今回ブルボンが走るレースは、最も格の低いレースなのだ。

 

 そのクラスが示す通り、ベゴニア賞はあまり注目が集まるようなレースじゃない。

 というかぶっちゃけ、去年ウィルが突破した葉牡丹賞と同じく、ブルボンにとってはG1レースへの足掛かりでしかない。

 

 勝って当然というか、今のブルボンのスペックで走るのなら、負ける方が難しいと言っていい。

 それこそメイクデビューの時と同じように、大きく出遅れしたって勝てるだろう。

 

 

 

 そう説明はしたんだけど、やっぱり先輩として心配にはなるんだろうね。

 

「ベゴニア賞って、どんなレースなんでしょうか」

 

 スタンドからターフを見ながら、どこかそわそわと落ち着かないホシノウィルムが呟いた。

 

「ブルボンの頭には既に叩き込んでいたが、そう言えばホシ……ウィル、君には語っていなかったな。

 やはり後輩のことが心配か?」

 

 あ、口元緩んでる。

 あの日「2人きりの時はあだ名で呼ぶ」と約束して以来、俺はそれを実行しているわけだが……。

 彼女、あだ名で呼ばれるたびに、ちょっとニヤついてるんだよな。

 普段被っている仮面を破って表情が出てくるところを見るに、余程嬉しいらしい。

 

 あだ名というのは、親愛の象徴。

 ただそれを呼ばれただけで喜んでしまうとは、やはり彼女は愛情に飢えているんだろうな。その生い立ちを考えればさもありなんだろう。

 俺は彼女にとって、ある時は保護者であり、ある時は友人であり、ある時は家族の代わり……にはなれないだろうけど、それに近い存在だ。

 かつて彼女が欠落してしまったものを、少しでも満たせるように頑張らなければ。

 

 

 

 ……と、そうじゃなくて。

 今は、今回のレースの話だ。

 

「ジュニア級の11月に開催されるプレオープンレース、東京レース場、芝の左回り、1600メートル。

 G1だとNHKマイルカップやヴィクトリアマイル、安田記念と同じコースだな。

 コースとしては、1600メートルでは第一第二コーナーを走らないので、実質的には長い直線、コーナー、そして長い直線の3段階で構成されている。

 特徴としてはやはり、東京レース場特有の非常に長い最終直線か。逃げウマ娘に不利……というか、後方の先行から追込のウマ娘にとって有利なコース、有利なレース場と言えるだろう」

 

 東京レース場。

 ホシノウィルムが出走した日本ダービーも、ここで開催された。

 結果論にはなってしまうが、現状無敗の彼女が、唯一ハナ差まで詰められたレースだ。

 雨天、かつ重バ場であったこと、まだ領域を習得していなかったこと、テイオーの圧倒的な末脚、そして長すぎる最終直線。

 これらの要因により、彼女はこれまでになく追い詰められてしまった。

 

 そしてこの内でも、最終直線の長さは非常に大きなウェイトを占めていただろう。

 

「実に500メートルを越える、第一コーナー直前まで続く広大な直線。

 新潟レース場を除けば最長のそれは、君もダービーで体験したように、逃げウマ娘にとっては非常に長く、逃げ切るには莫大なスタミナを要する」

 

 俺は大前提としてそう言ったんだけど、ウィルは不思議そうな顔で小首を傾げた。

 

「そんなに厳しいですかね。割といつも通りの感覚で逃げ切れたんですけど」

 

 ……ホントこの子は、常識外れな。

 確かにウィルのスタミナや根性の数値からして、クラシック級のペースでの直線も、そこまで負担にもならないのかもしれないけどさ。

 

 訂正。さっきの要因の内、最終直線の長さはそう大きなウェイトを占めてないかもだ。

 

「……それは、元よりステイヤー気質の君だからだ。そこまでスタミナが高いわけではないブルボンにとって、この最終直線は大きく響くだろう」

「でも、勝つんですよね?」

「勝つが」

 

 大きく響くとは言ったが、負けるとは言っていない。

 第一、ブルボンのスタミナ不足もある程度は解消できているしな。

 距離が2000メートル以上だったり、あるいはクラシック級以上のペースだったりすれば話は別だけど、ジュニア級のプレオープン、1600メートルで不足する数値ではなくなっている。

 

 更に言えば、勿論調子は絶好調状態だし、メイクデビューでの失敗を活かすためにスキル「集中力」を習得させている。

 ……いや、習得させているって言うとゲーム的に聞こえるけど、何度も何度も繰り返しスタートの練習をさせた、って感じね。

 やはりと言うべきか、「切れ者○」を持っていたウィルに比べると若干習得に手間取ってしまったけど、なんとか本番には間に合った。

 

 これだけすべての要素が揃った状態で、今のブルボンが負ける確率は……まぁ、1000回やって3、4回負けるくらいだろうか?

 流石に地力が違い過ぎるし、それこそ落雷とか致命的な事故でも起こらない限り負けやしないだろう。

 

「……彼女なら、期待を背負い込みすぎて潰れる、なんてこともないだろうしな」

 

 ステータス、スキル、そして調子も整った今のブルボンは、今年のベゴニア賞の出走メンバーの中でも群を抜いた実力を持っている。

 先程のパドックでも、彼女が登場した際にはちょっとしたどよめきが起きていたし……今も周りからは、彼女についての話が漏れ聞こえてくる。

 

「今回のレースはミホノブルボン一強だろうな」

「あのメイクデビューを見ちゃうとなぁ」

「中距離以上ならともかく、マイルまでで今のブルボンに勝てるヤツなんかいないだろ」

「それにあれだろ、確かトレーナーが……」

「公開されてるトレーニングもめちゃくちゃシビアって話だったし、さっき見てた感じ入れ込んでる風もなかったしね」

 

 それらの声が示す通り、ブルボンは出走メンバーでも最も期待されるダントツの1番人気。

 プレオープンレースにしては多くの観客たちが集まっているのも、ひとえに彼女がメイクデビューで見せつけたモノの違い故だろう。

 

 彼女の強さに、多くの人が期待を寄せている。

 ミホノブルボンなら、このレースを制し、朝日杯FSに勝って……。

 そして、不可能と思えるような夢を叶えるのではないかと。

 彼女なら、血という壁を越えて、クラシックレースすら制することができるんじゃないかと。

 

 ……本来ならば、そのあまりにも無謀な夢を信じる人は少なかったかもしれない。

 けれど……どこかのウマ娘が今年、「レースに不可能はない」ってことを証明してしまったからな。

 

 レースには夢がある。「もしかしたら」が叶うことがある。

 ならば、適性の壁を越えた、3000メートルの制覇も。

 2年連続のクラシック三冠も。

 あるいは……もっとすごいことすら、あり得るかもしれない。

 

 鹿毛の大逃げウマ娘の走りは、多くの人に、そんな夢を信じさせてしまった。

 

 これは、ブルボンとライスの菊花賞のことを考えると、少しばかり恐ろしいことだ。

 ブルボンに期待が寄せられるということは、即ち、それが破られた時の衝撃が大きくなるということでもある。

 もしも……もしも、前世のアプリと、そして史実と、同じ結末を迎えれば……。

 

 ……いいや。

 そうは、させない。

 

 俺はミホノブルボンのトレーナーだ。

 今世でどうだとか、前世のアプリがどうだったとか、そんなのは関係ない。

 彼女の勝利のため、宿願のために、俺は自分の持つ全てを使うだけだ。

 

 

 

 改めて内心で気合を入れ直していると、ウィルが改めて口を開く。

 

「今回は、ブルボンちゃんにどんな作戦を渡したんですか?」

 

 作戦。作戦か。

 「俺のすべてを使う」なんて気合を入れた直後にこんなこと言うのもなんだけど……。

 今回、特別な作戦ってものはないんだよなぁ。

 事前に取れる対策は全部取ったし、後は彼女らしく走ってもらうだけだ。

 

「複雑なものはない、いつも通りだ」

「『自分にとっての最適ペースを最初から最後まで維持する』っていう?」

「そう。ラップタイムを意識した、俗に言うラップ走法だな」

 

 脚質……逃げとか先行とかっていうのは、バ群と自分の位置関係によって決まる。

 例えば、どれだけローペースで走っていようと積極的にハナを奪いに行けば逃げ。逆にどれだけハイペースだろうと、バ群最後方にいれば追込と呼ばれる。

 

 そういう意味では、前世史実におけるミホノブルボン号の走りは、確かに逃げに分類されるだろう。

 何せバ群の先頭に立ち、そのポジションを維持する、っていう走り方なんだから。

 

 ……だが、それはただ前半でスタミナを使い、無理に前に出るという普通の逃げではない。

 

 俺やブルボンが目指すのは……言ってしまえば、スペック任せのゴリ押しな走りだ。

 「ブルボンの持つ機械的な程に正確なリズム感やペース測定能力を使って、テンから終いまで常に一定のペースで走らせる」。言ってしまえばそれだけの、非常にシンプルな作戦である。

 

 問題は、前半にも後半にも重点を置かないそんな半端な戦術が「逃げ」に分類されるってことで。

 つまるところ、ここで言う「一定のペース」はバ群の先頭に立つに足りるものであり、前半に比重を置いている他の逃げウマ娘と競り合える速度である必要がある。

 

 ……要は、ホシノウィルムの大逃げと同じ理屈だ。

 彼女にとってのミドルペースが、他のウマ娘のハイペースに当たる。

 故に、最初から最後までミドルペースで進むことが、他の子から見れば絶対に追いつけない弱点のない走りになる、って感じだ。

 

 「前半からハナを切って進み、そして後半も垂れずにペースを保つ」って意味では、この走りもまた、逃げウマ娘にとって理想のそれと言えるかもしれない。

 

 ……ただし、実現できれば、の話なんだが。

 

「ブルボンちゃん、その走り方、成功したことないですよね?」

 

 そう。

 ブルボンは掛かりやすく、自分の前にウマ娘がいる時に「前に進みたい」という本能を抑えきれない。

 故にここまでの1週間、ホシノウィルムとの併走トレーニングでラップ走法が成功したことはなかった。

 

 が、まぁそれはそうというか、成功しなくても大丈夫というか。

 

「まぁね。でもそこは……」

 

 と、俺が口を開きかけた時……。

 

 

 

「兄さん、買って来たけど」

 

 ちょうど、昌が戻って来た。

 

 俺と同じくスーツ姿の、見慣れた姿。

 ……じゃない。両手にこんな色々と抱えた姿を見慣れてるわけがなかった。

 

 俺やウィルは利用したことがなかったが、レース場には様々なファストフード店や、テイクアウトのできるお店が内包されている。昌の話じゃ、東京レース場なんか100軒近くあるらしい。

 

 俺たちがそれを使わない理由は簡単で、特に興味がなかったからだ。

 

 俺もホシノウィルムも……ああいや、ホシノウィルムはそうでもないみたいだけど、俺は特に食や味に強い関心を持っていない。ぶっちゃけ早急に体と頭を動かすエネルギーを補給できれば、泥水でもいいくらいだ。

 一方ホシノウィルムは、食に対する関心はそこそこあるっぽい。ただ、昔は強迫観念によって抑えつけられていたし、今はそれを超える走りへの欲求が優先されているようだ。

 

 つまるところ、俺もホシノウィルムも、グルメとレースならレース優先。

 レース場に来たら、まずはパドックとターフを見に行くので、そういうお店に行く優先度が下がってしまうわけだ。

 

 が、俺の妹である昌はそうでもないらしい。

 パドックを見た後、「じゃあ行ってくるから」と言い残して、彼女はレース場グルメ探求に出かけてしまった。

 

 そして、それから20分の探求の果てに、彼女の腕の中には……チュロスとドーナツ、それにポップコーン、パックの焼きそばが抱えられていたわけだ。

 

「……昌さん、それ全部食べるんですか?」

 

 買い過ぎでは、と思ったのは俺だけではなかったらしい。俺は怖くて口に出せなかったけど。

 彼女の質問に対して、昌は小さくため息を吐く。

 

「ホシノウィルムさん、私を大食いだと思ってます? 勿論あなたと……ついでに兄さんの分。

 私はチュロスをいただくので、2人は他のをどうぞ」

「トレーナー、どうします?」

「あー、じゃあ俺は……ごめん、しばらくご飯食べてないから、焼きそばもらっていい?」

「元よりこれ、兄さんに買って来たものだし。昔からこういうの好きだったでしょ」

「う、お恥ずかしい……。昌、ありがとうね。お代は後で払うから」

「いらない。ホシノウィルムさんは……ポップコーンはキャラメルですよね? ドーナツは甘そうなのを選んできてます。はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 改めて、優しい子だなぁと思う。

 

 こういう時に外さないというか、自分の主義を貫きつつ他人への気遣いを怠らない。

 彼女は昔から……いや、昔からって程じゃないかな。中等部あたりに進級したあたりから、こういう対人関係の努力を怠らない。

 

 大概のことで守りの方が強いのが世の常だけど、人間関係に関しては攻めの姿勢が肝要だ。自分からアクションを取らないと望んだ方向に動くことは少ない。

 そういう意味で、堀野昌という女性は非常にアグレッシブだ。細やかな気遣いやプレゼント、何気ない言葉とか差し入れとかで相手の心を掴むことに長けてる。

 

 結果として……。

 

「あむ……ん、あま」

「美味しいですか?」

「はい! 一口食べます?」

「ふふ、大丈夫。味わって食べてくださいね」

 

 ウィルは、ご覧の通りガッツリ胃を掴まれてしまっている。

 普段のウィルを見ても、昌には少しだけ気安く接しているのがわかるし、既に2人は信頼関係を結んでいると見て間違いないだろう。

 

 そう。

 昌は、俺が2年弱かけてウィルとの間に築いた信頼関係を、たったの1か月で築いてしまっているのだ。

 

 なんとも恐ろしい妹である。トレーナーとしての仕事の技量は、まだまだ不慣れということもあって特段見るべきところもないが、対ウマ娘のコミュニケーションに絞って言えば俺の何十倍も上手い。

 正直に言えば、それが誇らしいと同時、少しだけ羨ましい。

 

 ……いや、羨ましい、じゃないな。

 これは昌が頑張って習得した能力だし、羨ましがるくらいなら俺も習得すればいいだけだ。何年かかるかわからないけど。

 

 熱い焼きそばを口に運びながら、次に学ぶべきことに思いを巡らせていると、昌が口を開いた。

 

「……それで、話を遮っちゃったみたいだけど、何の話してたの?」

「んぐ。あぁ、ミホノブルボンの、ラップ走法についての話だよ」

「あの『最初から最後まで同じペースで走る』ってヤツ? あれ、実現できるの?」

「その可否について話していたところ。まぁできるかできないかで言うと、彼女のペース感やリズム感はかなり正確だからできるだろうけど、問題は本番で前にウマ娘が……」

 

 と、改めて話を続けようとした時。

 出走直前を告げる、ファンファーレの音が聞こえて来た。

 

「……まぁ、続きは実際のレースを見ながら話そうか」

 

 論より証拠、百聞は一見に如かず。

 

 俺の推論と兄さんの理論が間違っていなければ……。

 今回、ミホノブルボンのラップ走法は成功するはずだしな。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、ゲートインと言うと……やはりブルボンのメイクデビュー、他の子たちのゲートインが遅れて彼女が集中力を欠き、出遅れてしまったことが記憶に新しい。

 あんなことになると、流石のブルボンでも戦略も何もなくなるんだけど……。

 

 果たして今回は、比較的スムーズにゲートインが完了している。

 

「ひとまず一安心、ですね」

「うん、流石に前回と同じじゃ、ブルボンが学べることも少なくなるからな」

「……あぁ、そう言えば彼女のメイクデビューでは、ゲートインが遅れて出遅れたんでしたか。資料で読みました」

 

 そう言えば、昌が来たのは1か月前、ブルボンがメイクデビューを終わらせてからだいぶ後か。

 

 堀野昌という女性は、潤滑油みたいな存在だ。いや面接で言う定型文とかではなく、本当の意味でね。

 人と人の間にするっと入り込み、その関係性を滞らせることなく自然とそのグループに馴染み、そしてより円滑に事を進ませる。

 

 実際に俺のサブトレーナーに付いてくれてからも……まぁ若干俺への当たりが強いところは残っているけど、それでも仕事のことになったら素直に話を聞いてくれるし、公私混同にはならないレベルに留めてくれてる。

 ウィルやブルボンとの良好な関係性も築いてるし、だからと言って必要以上に干渉しようともしない、絶妙な位置から2人を支えてくれている。

 

 そして、そんな自然な立ち位置にいるからこそ……彼女が来てからそんなに経っていないって事実を忘れそうになる。

 

 俺がウィルと契約してからは2年弱、ブルボンと契約してからは……まだ3か月か。そして昌がサブトレーナーに付いてくれてからは、たった1か月しか経ってない。

 なんか後半に行けば行くほど、どんどん体感時間が長くなっているような……いや違うな、1日1日の情報量が多くなったのか? むしろ体感時間は短くなっていってる気がするな。

 

「スタートの練習は十分に積んだ。多分、今日は失敗しないはずだよ」

 

 ……さて、そろそろレースが始まる。

 俺は改めて、ウマ娘たちが収まっているゲートの方に目を向けた。

 

 頑張れ、ミホノブルボン。

 

 

 

 

『ゲートインが完了、出走の準備が整いました。

 ……スタート!』

 

 

 

 俺たちの視線の先で、ジュニア級のウマ娘たちが一気に駆け出す。

 中でも好スタートを切ったのは……ブルボンと、もう1人の逃げウマ娘だ。

 「集中力」は無事発動したのか、悪くないスタートダッシュを切れてるな。

 

 ……けど、少し困ったことも発生している。

 

「掛かってない? 向こうの子」

「ああ、掛かってるね」

 

 ブルボンと先行争いしていた逃げウマ娘の子が、かなり掛かってしまってる。

 彼女自身のペースを乱し、ブルボンよりも先に行こうとして……。

 

 半ばやけくそに競り勝ち、前に、出てしまった。

 

「……!」

「マズい……のかな」

 

 ホシノウィルムは息を呑み、昌は少しだけ眉をひそめる。

 

 掛かりやすいミホノブルボンにとって、周りに……特に、前にウマ娘がいるという状態は望ましくない。

 従来通りの彼女ならば、そのウマ娘に追いつこうとして掛かり、ペースを乱してしまう。

 

 ……と。

 2人の目には、そう映ったのだろうが。

 

 

 

『2番手ミホノブルボン、やや離されたように見えたが内に入って冷静に見ているぞ』

 

 

 

 ミホノブルボンは、掛からない。

 番手として、先頭のウマ娘を……いいや、その先のターフをその目で捉え、ミドルペースでインコースを駆け抜ける。

 

 その光景を見て、ウィルは少しだけ驚いたような声を上げる。

 

「……ブルボンちゃん、意外と冷静に走れてませんか?」

「ああ。ここしばらくのトレーニングの成果だよ」

「えっと……でも、ずっと掛かっちゃってましたよね」

「そりゃ、君相手だからな」

 

 ……そう。

 そりゃあ、ホシノウィルムと走るとなれば、掛からないわけがないんだ。

 

「ミホノブルボンがずっと一緒に走っていたのは、無敗の三……いや、四冠ウマ娘であるホシノウィルムだ。たとえ本気ではなかったとしても、その存在感はジュニア級のウマ娘の比にはならない。

 その圧力に晒され続けたミホノブルボンは、君の存在感に慣れている。その感覚を基準にしている。

 だから今の彼女は、あの子たち程度の威圧感なんて気にならないんだよ」

「えっと、つまり……これまでのトレーニングは」

 

 ウィルはどこか戸惑ったように言葉を紡ぐ。

 ……あれ、説明してなかったかな。いや、説明した気がするけど。

 

「ミホノブルボンには『威圧感に慣れるまで走れ』と言っただろう?

 君の威圧感に慣れさせ、他のウマ娘の存在へのセンサーを鈍らせる……いや、少し言い方が悪いか? より強いウマ娘にしか反応しないよう、基準を上げるためのものだ」

 

 ミホノブルボンの掛かり癖は、気性の問題だ。そう簡単には解決できることじゃない。

 ウマ娘の気性について詳しい兄さんに聞いてみても、たった数か月で気性難を解決したという話はそうそう聞かないらしい。

 抜本的解決を図るためには、年単位の長い時間がかかると思われた。

 

 しかし、来年のクラシックレース……そして年末のG1レースまでには、時間がない。

 

 彼女の掛かり癖の完全な解消は望めないだろう。

 では、考えなければならないのは何か?

 掛かり癖が残った状態で、掛からないようにするにはどうすればいいか、である。

 

 「掛かり癖がある」と、「掛かってしまう」。

 この2つの事柄の間には、僅かながら間隙がある。

 より細かく分析するのなら、「掛かり癖がある」、なおかつ「他のウマ娘の存在を知覚する」、そして「知覚したウマ娘に闘争本能を掻き立てられる」。この3つの条件を満たした時、ミホノブルボンは掛かってしまう。

 

 この内「掛かり癖がある」の部分の解消は、現状難しい。

 では「他のウマ娘の存在の知覚」を拒絶するのは……これもまた難しいし、何より危険だ。そこまで深い暗示状態に持っていくのは、兄にはともかく俺には難しいだろうし、完全に知覚しなかったら激突するなどの危険もあるので却下。

 

 であれば、最後に残った「知覚したウマ娘に闘争本能を掻き立てられる」。

 これを阻止すればいい。

 ミホノブルボンが一緒に走って、他のウマ娘の存在感を知覚しても、「なんだ、この程度なのか」と感じるように……。

 すごく言い方が悪いが、まるで路傍に転がる石を知覚するように、「転べば危ないけど恐れるに足りない、回避すればいいだけの存在」であると認識すればいい。

 

 そのために、現役最強の一角である彼女と走らせ続けた。

 あまりに大きな背中、あまりに強い姿を見せつけ続け、彼女の感覚を狂わせた。

 

 それが、この数日のトレーニングの内容であり、成果だった。

 

 

 

 兄さんにも相談して取った作戦だったけど、目の前のレースを見るに、無事成功したらしい。

 ミホノブルボンは掛かることもなく……周りのウマ娘を気に留めることもなく走り続けている。

 

 正しく、彼女ただ1人のレース。彼女自身との戦い。

 それはミホノブルボンにとって、これ以上ないくらいに理想的な状況だった。

 

 しかしウィルと昌は、目の前のレースの状況より、俺の言葉に気を取られていたらしい。

 2人して驚いたような、あるいは呆れたような声を上げる。

 

「そ、それは……」

「……本当、めちゃくちゃなやり方」

 

 え、そんなにめちゃくちゃかな。

 Aという達成目標があり、Aのための手段はBとCとDの3つ。BとCが実行不可能なら、Dを実行する。

 殊更におかしなやり方ではないと思うんだけど。

 

 ……あぁいや、まぁブルボンの感覚をイジってしまったのは少し問題ではあると思うんだけども。

 しかし現状の問題を解決するにはそれしかなかったし、兄にも相談してブルボンの精神状態に大きな問題が生まれないだろうことは確認済みだし。

 

 

 

 何より……。

 俺は彼女に、助けを乞われたんだ。

 『私のオーダー、クラシック三冠の達成にご協力ください』と、そう言われた。

 

 助けてほしいと言われれば、何をしてでもそれを叶える。

 それは至極当然のことだ。

 だから、現実的に取り得る最良と思われる方法を選んだ。

 

 それだけだ。

 

 

 

「ミホノブルボンが勝利を望んだからな。であれば俺は、考えられる安全かつ最速の方法で、彼女を導くだけだ」

 

 そう呟いた俺が見ている先で……。

 

 ブルボンは盤石にレースを進め……いいや、そのマイペースで他のウマ娘たちを振り回して、レースはいよいよ終盤に差し掛かる。

 

 

 

『さぁ最終直線に入って押し出されるようにミホノブルボン先頭に立ちました!

 横に広がって良いレースになってきた残り400メートル、しかし先頭は敢然としてミホノブルボン!

 これは独走、坂を駆け上がって差が開く一方! 6バ身7バ身8バ身まだ開くか! そのまま影も踏ませずゴールイン!!』

『他のウマ娘がスタミナを切らしてペースダウンする中、ただ1人だけ正確無比にラップを刻んだ走りでモノの違いを見せつけましたミホノブルボン! 2着との差は堂々の大差!

 これは年末朝日杯の有力候補! ジュニア級王者の冠の1つは彼女の手に渡るのか!?』

 

 

 

 至極当然のように。

 ミホノブルボンは、勝利した。

 

 土台、ジュニア級のウマ娘はレースに不慣れだ。

 1600メートルという距離の中で、自分の脚質やバ群の状況を見ながらスタミナを割り振るのは、実のところかなり高度な技術だ。まだレースに慣れないジュニア級の子には難しい。

 故に、誰かが前に出たり、特に強い子がいると、焦って掛かってしまうのは珍しいことじゃない。

 

 そんなレースで、飛び抜けた力を持つミホノブルボンが、過たず一定のペースで駆け抜けた。他の子が脚を使う時も、息を入れる間も、だ。

 周りはそれを見て大いに焦ってしまったんだろう。「ミホノブルボンは冷静にレースを進めてる」「ミホノブルボンが仕掛けた」と、彼女の存在に翻弄された。

 その結果、彼女たちはスタミナを消耗してしまい、500メートルを越える長い最終直線は、ただミホノブルボンに引き離される結果となってしまった。

 

 そうして、決着。

 今年のベゴニア賞、その結末はミホノブルボン1着。2着との着差は、大差。

 まるでホシノウィルムの後を追って走るように、彼女は次の戦いに駒を進めることになった。

 

「良かった……」

 

 呟かれた声にちらりと見れば、ウィルの表情が安堵に緩んでいた。

 

 この子、なんだかんだブルボンには優しいというか、割と先輩としてしっかり面倒を見てるんだよな。

 

 2年前に出会ったばかりの頃の彼女を思い出すと、ちょっと同一人物とは思えないくらいに、ホシノウィルムは変わった。

 幼い頃の経験によって妨げられていたが、それが本来彼女の獲得するはずだった人間性……ウマ娘性? なんだろう。

 

 それを少しでも引き出せたのは……。

 

 ……いや、満足しちゃいけない。

 まだまだここからも、俺はトレーナーとして彼女を、彼女たちを支えていかなければ。

 

 

 

 と、少しながら感慨に浸っていたんだけど。

 横にいた昌が、ふと口を開いた。

 

「で、兄さん。祝勝会はいつするの?」

「え、いや、特にする予定はないけど」

「は? なんで? あんなに頑張ったんだから、祝ってあげるべきでしょ」

「いや、彼女たち『そんなことよりトレーニング』派だし……」

「私が来た時はやってたでしょ」

「あれはホシノウィルムの三冠記念だからなぁ」

「担当の勝ちにG1もプレオープンもないでしょ。全部祝ってあげるべきじゃないの」

「いやまぁ、それはそうかもしれないけど……」

 

 この子たち、本当に「そんなことよりトレーニング」なんだよなぁ。

 この前のように大々的なパーティを開こうとすると、丸1日飾り付けに時間がかかる。

 そうなると、当然ながら彼女たちのトレーニングに穴が開いてしまうわけだ。

 せめて去年のウィルのように、初G1勝利で記念に、とかならいいんだけど……。

 

 しかしながら「担当の勝ちにG1もプレオープンもない」という昌の意見も間違いなく事実。

 考えてみれば、一応「ご褒美権」という堀野家3代前のやり方を真似こそしているものの、確かに彼女たちには自分たちのレース結果に対してろくな報酬が払われていない。

 彼女たちがお願いしてくれば俺は大体それを叶えるために行動するだろうし、俺への絶対命令権なんぞあってないようなものかもしれない。

 

「ふむ……」

 

 これは由々しき状態だ。下手をすれば彼女たちのモチベーションを下落させてしまいかねない。

 いや、別にウィルからもブルボンからも不満は上がってないけども。

 それでも、もしこの改善によって彼女たちのモチベーションが更に上がるというのなら検討の対象だ。

 

 では、実際にどんな報酬を与えればいいのか?

 

 ……いや、どんな報酬を与えればいいんだろう? なんもわからん。

 

 黙ってしまっている俺に気を遣ってくれたか、ブルボンに手を振っていたウィルが声をかけてくれた。

 

「では中間を取って、4人でどこかに食べに行きませんか」

「ふむ、素晴らしい落としどころだと思います。兄さんも、それで構わないでしょ」

「……そうだね、それなら予定も圧迫されることもないだろうし、本人が望むなら問題ないかな。ありがとう、ホシノウィルム」

 

 

 

 そんなわけで。

 ミホノブルボンがウイニングライブを終えた後、俺たちはブルボンの祝勝会として、かなりお高い焼肉屋さんに赴いた。

 

 俺や昌が人間として常識的な量を胃に収めていく横で、やはりウマ娘たちはとてつもない健啖っぷりだった。

 いや、健啖っていうか……特にレースを終えたブルボンは「エネルギー補給の要あり」って次から次へと焼いては食べ焼いては食べ……。

 

「こ、これは……経費、無理かな……」

「……兄さん。私もサブトレーナーだし、言い出した責任はあるし、折半でいいから」

 

 あの昌が俺に気を遣ってくれるという珍事が起こるくらいに、その結果は恐ろしいものだった。とだけ。

 

 

 







Q.担当の掛かり癖にどう対処しますか?

 普通のトレーナー:掛からないように注意させる
 一流トレーナー:掛かってもケアできる作戦や、それを強みにする走法を捜索する
 堀野歩:担当の感覚を壊して正常に判断できなくさせる

 こんなヤツが主人公でいいのか



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、彼女から見た彼の話。



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 ぼっち・ざ・ろっく! の二次創作も始めました。
 こっちと違ってゴリゴリのギャグになる予定です。
 興味がある人は是非……見てください!

 ぼざろ世界に転生したから全力で楽しみたい転生者の話
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