転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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ホシノウィルムのヒミツ①
 実は、アニメ2期の推しはテイオー、ターボ、ネイチャ。
 でも一番好きな勝負服はブルボン。理由はかっこいいから。


 今回はおまけの別視点回です。
 読まなくても意味はわかるようにしますが、読めば本編をもっと楽しめると思います。





おまけ リボントレーナーはかく語りき

 

 

 

「すまない、明日協力を頼めるか。どうにも一人では厳しくてな、力を貸してほしい」

 

 その日、僕は事務処理の最中にかかってきた電話に大層驚かされた。

 

「ほっ、堀野君が人を頼ってる……!?」

「おいお前。俺を何だと思っている?」

 

 

 

 僕は中央トレセンに勤める新人トレーナーだ。

 3年程前に免許を取り、しばらくの間チームのサブトレーナーとして経験を積んだ後、今年から担当を持つことを許された。

 ……思えば、僕を説明する言葉なんて、これだけで終わるんだな。自分がどれだけ没個性な人間か思い知るよ。

 

 そして、堀野君というのは僕の同期──専属トレーナーとして認められた時期と言う意味での──である。

 堀野家というトレーナーの名家出身で、それに胡坐をかかない努力家。暑い中でもぴちっとスーツを身に纏う若手トレーナーだ。

 

 彼は色々とすごい人だ。

 最初の頃こそ家のパイプを使って入ったとか何だとか陰口を叩かれていたが、既にそんなことを言う者は少なくなっている。

 何故なら、トレーナーになってから1年足らずという短い時間で……。

 彼はその才能と実力を、現実に叩きつけたからだ。

 

 ホシノウィルム、というウマ娘がいる。小柄で鹿毛の、伏し目がちな子だ。

 彼女は僕も見た模擬レースで、マイルの距離を差しで走っていた。

 ……正直に言って、僕はその時の彼女に、光るものを見出せなかった。

 

 確かにレースの着順は2着だが、あの末脚ではこれから先沈んでいくばかりだろう。

 そこまで順位が上がったのは、単純に早熟な才能が故だ。けれど晩成な伸びしろは少ない。

 

 それが僕たちトレーナーの……いや、堀野君以外のトレーナーの総意だった。

 けれど、堀野君だけは彼女に声をかけた。

 恐らくホシノウィルムの才能を、彼だけは見抜いていたのだろう。

 

 そこからの流れは、僕にはよくわからない。

 けれどとにかく、ホシノウィルムは堀野君が預かることになったらしい。

 

 そして。

 ウマ娘たちの才能を開花させる選抜レースで、ホシノウィルムは大差で1着。

 新たな門出を飾るメイクデビューでも、同じく大差で1着。

 今では「異次元の後継者」とか「蛇」なんてあだ名で呼ばれ、彼女はこの世代を引っ張っていく1人だという見方が広がっている。

 

 

 

 うん。もうこの時点ですごいよね。

 トレーナーとしてはやっぱり、初めて見たウマ娘の才能と実力を見抜く目は重要だ。彼はそれが飛びぬけてる。

 その上差しで走っていたウマ娘を、悩むことなく逃げに転向させるのも胆力がすごい。差しと逃げはかなり離れた作戦だ。普通はこう、もうちょっと悩むものだと思う。

 

 観察眼と判断力という、トレーナーに最も必要な素質と言っても過言じゃない2つ。彼はその両方を持っている。

 僕はそんな彼を尊敬し、同時にひそかにライバル視していた。

 ホシノウィルムは確実に、世代最強の1人だろう。僕の担当バのためにも、マークしておいて損はない。

 

 

 

 さて、そんな堀野君だが、彼が超人なのは何も担当バに関する話だけじゃない。

 まず体は引き締まってるし力も強い。お酒の席で腕相撲した時は真顔で瞬殺された。

 顔もかなり端正。街を歩いていると、通りすがりの人からよく見られている。彼自身は気付いてないみたいだけど。

 知識もすごい。名門出身ということもあり、ウマ娘の精神的動揺の兆候や育成論について、彼は新人とは思えない程の膨大な知識を持っていた。そしてそれを他人に教えることに少しの抵抗もない。

 

 はっきり言って、彼は「完璧なトレーナー」だ。

 先輩たちには悪いけど、経験不足というたった1点に目をつぶれば、彼以上のトレーナーはこの世界に存在しないと思う。

 だから僕は、彼からかかってきた電話にショックを受けていたのだ。

 

 

 

「堀野君が人を頼ってる!?!?」

「だからお前は俺を何だと思っているんだ?」

 

 いやだって堀野君だよ!? 大体のことは何でも1人で解決できるでしょ!?

 彼が一人じゃ厳しい!? 力を貸してほしい!? 何事だ!?

 彼が解決できないことが僕にどうにかできると!? というかなんで数いる同期の中でも平凡な僕なんだ!?

 

 ……と。

 大きな不安や困惑と共に、しかし僕は、これを好機だとも感じていた。

 彼は超人だ。故に恩を売る機会なんてそうはない。

 堀野君とは友達だが、僕だって担当を持つ1人のトレーナー。

 彼女のためなら、多少ダーティな手だって惜しまないさ。

 

「……ひとまず、力を貸すことに異存はないよ。それが僕の裁量を超えるものじゃなくて、かつウチのウマ娘に悪影響がないならね」

「問題はない。明日の朝、トレーナー寮の俺の部屋に来れるか」

「うん、わかった。……見返りは期待していいのかな?」

「ああ。同じく、俺の裁量を超えず、俺の担当に悪影響がないならば」

 

 よし、その言葉を引き出せた。

 

 

 

「なら、君のホシノウィルムと、模擬レースのセッティングをお願いしてもいいかな。

 あの子の良い刺激になると思うんだ。……ウマ娘の、キラキラした姿は」

 

 

 

 ちなみに彼のお願いは、彼の部屋で段ボール詰めにされていた大量の瓦の運び出しだった。

 ……いや、うん、まぁ。確かに彼一人だと、運び出すのにめちゃくちゃ時間がかかっただろうね。

 しかし、瓦か。500個以上はあるように思うけど、何に使うんだろうか。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「いやー待ちなってトレーナーさん! 正気!? あのホシノウィルムと模擬レースって……!

 今のうちに冗談ってことにしときなって!」

「正気も正気だよ。君がこれからクラシック路線を走るのなら、彼女は必ず君の前に立ち塞がるんだ。

 実際に一緒に走って、その力を知っておくことは有益だ」

 

 僕はごねる担当を連れて、現在堀野君が使っているグラウンドの一角へ向かった。

 

 僕の担当は確かな素養を持っているけれど、どうにも自己評価が低い。

 どうにも勝負所の一気呵成に弱いのか、あるいは運が悪いのか、1着にまでは届かないことも多いが、それでも模擬レースでは必ず3着以内に入っている。

 メイクデビューではバ群に揉まれた結果惜しくも2着だったが、その直後の未勝利戦で問題なく1着を取ってデビューした。

 

 本人は「なんとなく惜しい、あと1歩足りないウマ娘」なんて自称しているが、その安定感はそう見るものじゃない。

 そもそも差しウマ娘はレース展開によって大きく順位が揺らぐ。それなのに3着以内が安定しているのは、彼女の利発さと能力の高さ故だ。

 後はこれからたくさん1着を取って、自己肯定感さえ上がれば言うことがないんだけど……。

 

 その前に、彼女には壁を見てほしかった。

 トレーナーなら誰もが知っていることだ。

 自分の前に立ちはだかる、大いなる困難。それこそが、ウマ娘にとって最大の発破になるのだと。

 

 極論、ここで負けてもいいんだ。挫けず立ち上がり、心の中の熱をたぎらせてくれれば、それでいい。

 諦めず困難に挑み続ければ、いつか彼女はホシノウィルムにも届く逸材になると、僕はそう信じているから。

 

「さ、行くよ。挑むべき壁の高さを知りに、ね」

「ちょっ、あーもう! わかったわかったわかりました! 行きますよ行けばいーんでしょ!」

 

 そうして、僕たちが意気軒昂に乗り込んだ先にいたのは……。

 

 

 

「6枚しか割れてないぞ! もう1回!」

「っ、はい!」

 

 バキーン。ガラガラ。

 

「気合を入れろ! まだまだもう1回!」

「はい!」

 

 バキーン。ガラガラ。

 

 

 

「……えーっと、トレーナーさん。あれは何をしてるのか、ご存じで?」

「瓦を……割ってるんじゃないかな」

 

 堀野君とホシノウィルムは、何故か瓦割りに挑戦していた。

 

 

 

 ……なんで?

 

 

 

「ん? ……あぁ、来たか」

 

 堀野君の目がこちらを捉える。

 背後の担当バが、一瞬怯えた気配を出したのがわかった。

 ……うん、今年の新入生の間で広がっていた噂は知ってる。その上彼の視線は相当鋭いから、怯えてしまうのも無理はないかな。

 

「大丈夫、堀野君はウマ娘のことをよく考える人だ。無体なことは絶対にしないよ」

「……いや、なんか瓦割りさせてますケド」

「うーん……何か考えがあるんじゃないかな」

 

 瓦を割ることで、レースに繋がりそうなのは……精神統一とか?

 すさまじい数の破片が転がっているところを見るに、多分1時間くらいは続けたんじゃないかと思うんだけど、それで精神統一できるのかな。

 あるいは堀野の家に伝わる、伝統の精神統一法だったりとか?

 

「ふむ、伸びないな。想定通りなら、これでパワーがぐっと上がるはずだったんだが」

「ふぅ……。トレーナー、やはり腕の筋肉と脚力は関係性が薄いのではないでしょうか。それと手が痛いです」

「ほら、氷水だ。大事はないと思うが、念のため模擬レースまで冷やしておきなさい。……うーん、おかしいなぁ」

「了解しました。片付けは」

「あぁ、悪いが頼めるか?」

「はい、了解しました」

 

 堀野君はホシノウィルムと小声で何かを話してから、こちらに向かってくる。

 

「ちょっ、トレーナーさん! あの人担当に片付け押し付けてない!?」

「い、いや、話し合わなきゃいけないから担当に任せたんだと思うよ。多分」

「多分!? 本当に大丈夫なんですよねぇ!?」

 

 ……うん、正直僕も、今日の堀野君は大丈夫なのかなと思いつつある。

 なかなか奇抜な育成をする印象はあったけど、流石に瓦割りに有用性があるとは思いづらいし。

 

 

 

 ……いや、待てよ?

 もしかしてこれは、ミスディレクションか?

 

 あの堀野君が、瓦割りなんて無駄で非効率的なことを担当ウマ娘にさせるとは思えない。

 もしかして僕たちが来るとわかっていたから、本当のトレーニングを隠すために、偽の情報を撒いているのか……?

 

 堀野君は、基本的に自分の知識を隠さない。

 相談すれば答えてくれるし、情報が欲しいと言えば無償で渡してくれるという気前の良さを持っている。

 けれど、彼だってトレーナーだ。自分の担当ウマ娘に課しているトレーニングは秘したいのではないか。

 大量の瓦を購入していたことは、この目で見たから間違いない。

 けれど冷静に考えれば、その用途が瓦割りとかいうよくわからない行為であるはずがない。

 彼は何か、瓦を使った効率の良いトレーニングを思い付いたんだ。

 そしてそれを秘匿するために、瓦割りなんていうわけのわからないことをしているように見せかけている……!

 

 自分が情報を隠されていると知り、僕が感じたのは悲嘆や憤怒などではない。

 ただただ、尊敬の念が深まるばかりだった。

 自分のスタンスを曲げてまで担当ウマ娘のためを想う姿。そのためなら瓦割りをさせる理解不能トレーナーという汚名を背負う覚悟。

 流石は堀野君だ。僕ももっと精進しなければ……!

 

 

 

「改めて、先日は迷惑をかけた」

「いや、いいよ。今回のレースでその分はチャラだ」

「感謝する。……条件は模擬レース1回、ということで良かったな」

「ああ。模擬とはいえレースだ、全力で走ってもらってかまわない」

「……あぁ、そうだな、全力で行かせてもらう」

 

 勿論、これは口だけだ。この場で全力など出すわけがないことはわかりきっている。

 模擬レースは非公式。自分のウマ娘の育成方法すら秘匿する男が、その手の内を晒すわけがない。

 だが、それでも透けて見える部分はあるはずだ。

 スタートダッシュ、走法、コーナリング、息の入れ方。格上の彼女から学べることは少なくないと思う。

 

 ……そして何より、真の目的はそちらではない。

 今、僕の背中に隠れようとしている担当ウマ娘。彼女の中の負けん気を呼び覚ますことこそ主眼なんだ。

 

「それで、そちらが君の担当か?」

「ああ、そういえば顔を合わせるのは初めてだったっけ。ほら、自己紹介して」

「う、うい……」

 

 彼女は恐る恐るといった感じで、僕の背中から顔を出す。

 

 

 

「ど、どもぉ、ナイスネイチャで~す……」

 

「ヒョウッ」

 

 

 

 え、あ、あれ!?

 黒板に爪を立てた音みたいな声を吐いて、堀野君が固まってしまった。その顔には珍しく驚愕の表情をありありと浮かべ、目を見開いてネイチャを見ている。

 

 どうしたんだろうと困惑したけど、堀野君はすぐに動き出した。

 

「い、いや、すまない。ちょっとこう、あれだ、セイウチの断末魔の真似の練習だ」

「せ、セイウチの断末魔の真似の練習か、そうか……」

「うん。一発芸にしようかな、と」

 

 嘘だ。あからさますぎる嘘だ。むしろなんでこんなわかりやすい嘘吐いたんだ。

 彼はネイチャを見て、何か衝撃を覚えたんだ。何だ? 一体何に驚いた?

 

 

 

 ……僕の思考に、電流が走る。

 まさか?

 

 彼の観察眼はすさまじい。

 眠れる獅子であったホシノウィルムの才能を、たった1回の模擬レースで見抜いたのは、正しく天才的な目と言わざるを得ない。

 その彼が、ネイチャを見て驚いたとすれば、そこに生じる意味はただ1つ。

 

 やはりネイチャには、名前通り素晴らしい素質があるのだ。

 それこそ、ホシノウィルムが負ける可能性を考慮し、悲鳴が漏れるほどに。

 

 

 

 あの時。

 選抜レースで彼女の走りを見て、一目惚れした。

 1着を睨んで走る負けん気に満ちた表情。それに応じて伸びる末脚。

 レース後の彼女は諦めたような表情をしていたが、間違いなく光るものはある。

 だから僕は、ナイスネイチャをスカウトした。

 彼女となら、重賞でも勝てる。G1にだって通用すると、そう信じることができた。

 

 

 

 その判断も、ナイスネイチャの素質も。

 全て、間違っていなかったんだ。

 

 

 

「……っ」

「お、おい、どうした。泣くな泣くな、よくわからんが悪かった。飴とか食べるか?」

「うわっトレーナーさん、どしたどした?」

 

 堀野君とネイチャに2人して慰められる。……あぁ、ほんとダメだな、僕。

 

「ごめん、大丈夫。……堀野君、ネイチャはホシノウィルムと直接会ったことがないらしいから、そちらも紹介してくれる?」

「え、ああ。本当に大丈夫か? 飴あるぞ?」

 

 堀野君は心配してくれたけど、今は瓦の片付けをするホシノウィルムの方に向かってもらった。

 よかった。これ以上、彼に無様な姿は見せたくはない。……担当バにも見せたくはなかったけどね。

 

「大丈夫かい、トレーナーさん? ネイチャさんのハンカチ使いな」

「ありがとう、ネイチャ。……ほら、ホシノウィルムが来るよ」

「うん。……うわ、改めて見るとやっぱ威圧感すご……」

 

 堀野君の後ろを、ある程度片付けを済ませたホシノウィルムが付いてきているのが見える。

 小さく引き締まった体。ゆらりと揺れる鹿毛。その微動だにしない耳と尻尾、無表情と俯いた青白い目線は、ターフ以外の全てに興味がないとでも言うようで。

 こうして見ると、その存在感に恐れ入る。

 これが今世代二強の片割れと謳われるウマ娘、ホシノウィルム。

 

「改めて自己紹介だ、ホシノウィルム」

「はい、トレーナー」

 

 この2人はいつも無表情で、それでも通じ合っているかのように円滑なコミュニケーションをしている。

 流石は名門のトレーナーと世代最強の一角と言うべきか、既に2人は完全な相互理解を得ているに違いない。

 少しばかり、うらやましいな。ネイチャは僕に信頼を寄せてくれてはいけるけど、それでもすれ違いやディスコミュニケーションは残ってしまう。

 もっと僕にコミュニケーション能力があれば、彼らのような関係になれるだろうか。

 

 ホシノウィルムが、トレーナーの横から一歩足を進める。その視線がゆっくりと、僕たちの方に向けられて。

 

 

 

「エオッ」

 

 

 

 …………、なるほど。

 堀野君は自分のウマ娘にもその観察眼を伝授していたのだろう。

 今この瞬間のナイスネイチャは、まだ極めて強いとは言えない。

 けれどホシノウィルムのピンと張った耳と尻尾から見ても、素質の段階では自身に並び得るほどだと感じてくれたに違いない。

 ネイチャ、そんなに不安そうにしなくて大丈夫だ。この人たちは、君のことを高く評価してくれているんだよ。

 

「えっと……あーその、大丈夫?」

「ゴホッ、ゲホッ……ん、んん。すみません、大丈夫です。少しび……驚いて、気管に唾液が入ってしまっただけです」

「あ、そうなんだ。……えっと、アタシ、ナイスネイチャ。今日はよろしくね?」

「ホシノウィルムです、……よろしくお願いします」

 

 ネイチャが出した手を、ホシノウィルムは少し迷ったような気配の後、握り返す。

 そして。

 

「ナイスネイチャちゃん」

「ん、何々?」

「友達になりましょう」

「はにゃっ!? い、いや、いきなりだねぇ。でもその、なんていうかさ」

「駄目ですか」

「いや駄目じゃないって! アタシとしては全然いいよ? でもほら、アタシでいいのかなーってさ? ホシノウィルムちゃん、あんまり……友達とかって」

「ウィルでいいです。気軽にウィルと呼んでください」

「えっ、あー、えっと、……ウィルちゃん?」

「ウィルで。ちゃんはいりません」

「うぇー……いやその、いきなり呼び捨てはハードル高いかなーってネイチャさん思うんだけどなー?」

 

 ……強いウマ娘はマイペースな子が多いって言うけど、この子もなかなか癖のある子のようだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「それでは、模擬レースを始める。このフラッグを振り下ろしきったらスタート。ゴールは2000メートル先、このグラウンドを2周しての白線。いいな」

「了解しました」

「いつでもどうぞー」

 

 堀野君に仕切ってもらい、僕は外ラチに寄りかかって2人を見つめる。

 

 ホシノウィルムは、いつも通りのポーカーフェイスで調子は伺えない。けれどその気迫は、やはりトップウマ娘の卵の風格を醸し出している。

 

 対してネイチャ。調子は今日のために整えてきた。

 ホシノウィルムから圧力を感じてはいるが、それでも屈さず、果敢に立ち向かう気概を見せている。

 しっかりと体を仕上げてきたこともあり、彼女の中には多少なりとも自信があるのだろう。

 

 とはいえ、ホシノウィルムが本気を出すことがないとしても、今日この瞬間にネイチャが勝つ確率は……良く見て1割か。

 それほどに、ホシノウィルムは仕上がっている。

 新人トレーナーの僕から見ても明白なくらいだ、彼女は間違いなくこの時代に生まれついた主人公に違いない。

 だが、主人公が1人とは限らない。自らを「脇役」だと卑下する少女が主人公への道を駆け上がるなんて、この世界じゃ珍しい話じゃない。

 

 勝て、ネイチャ。

 

 君ならこの状況をひっくり返せる。現実的な数字がどれほど非情な結果を示唆していても、君なら大番狂わせを起こせると。

 僕は自分の担当ウマ娘を信じていた。

 

 

 

「位置について」

 

 

 

 ……そう、その時までは。

 

 

 

 ホシノウィルムの圧力が、爆発的に増加する。

 それまでの彼女をパチパチと燃え盛る火だったとすれば、今は全てを飲み込む猛吹雪か。

 近くにいれば吞み込まれ、その体を動かせなくなるほどの殺意がここまで届いている。

 この威圧感、まさか……!

 

「本気か……!?」

「用意」

 

 堀野君の持つフラッグが上がる。

 ネイチャは明らかに怯え、当惑しきっていた。

 ついさっきマイペースに詰め寄ってきたウマ娘と、今横から明確な敵意を向けてくるウマ娘が、同一の存在とは思えないのだろう。

 そして何よりその威圧感は、今まで彼女の味わったどれよりも、強い。

 

 けれどネイチャは、その全てを振り払うようにキッと前を向き直す。

 ……いいぞ。頑張れ、ネイチャ!

 

「スタート!」

 

 出遅れることなく両者が駆け出す。どちらかと言えばホシノウィルムがより完璧なスタートを切ったか。

 逃げるホシノウィルムをネイチャが追う形。

 ……だが、その差は広がっていくばかり。

 あの2人は地力が違う。それぞれの「抑えた速さ」にそれだけの差がある、ということか。

 

「……やはり、ナイスネイチャは速いな。他のジュニアより一歩も二歩も先んじている」

「堀野君」

 

 役目を果たした彼は外ラチを乗り越え、僕の隣でレースを眺める。

 その表情はこれから先に起こることを理解しているような無表情。何の期待もなく、何の恐れもない。

 

 ナイスネイチャは速い。それは皮肉でも何でもなく、確固たる事実だ。

 相対的に見て、ネイチャがジュニア級の中でもトップクラスであることは間違いない。

 ただ、ホシノウィルムはジュニア級には留まらない速さだということだ。

 ……それこそ、クラシック級か、それ以上の。

 

「堀野君、あれが……ホシノウィルムの、本気?」

「ああ。お前の言う通り、彼女は本気でこのレースに臨んでいる。公式レースと同じペースだ」

 

 まさか。

 まさかこんなレースに、公式レース並みのペースを持ち出してくるなんて。

 堀野君は、ホシノウィルムは何を考えている? 下手をすればその脚に負傷を残しかねない判断をするなんて。

 

 ……まさか、それだけネイチャを重く見ている?

 いいや、本気を出さなくても、今のネイチャから逃げ切ることはできるはずだ。それなのにわざわざ本気を出す意味なんてない。

 では、何故……。

 

「ナイスネイチャを大事にしろよ。……彼女は、すごいウマ娘なんだから」

 

 …………、それは。

 まさか、ネイチャのために? ネイチャを世代最強と戦わせるために?

 確かに、現時点での力の差と、何より自分が目指すべき速さを知ることは、これ以上ないほど大きなアドバンテージとなる。

 けれど……いくらその才能を認めたとはいえ、他人の担当ウマ娘に、そこまでするのか?

 

「堀野君、君は……」

「おい、ナイスネイチャが動くぞ!」

 

 堀野君が叫ぶ。普段から冷静沈着な彼が声を上げるということは、彼にとって想定外の事態が起こったことを意味していた。

 レースはまだ中盤に至る直前、第一コーナーを曲がり切った直後。差しを作戦とするネイチャが足を使うには早すぎるタイミング。

 それなのに、彼女は明らかにペースを上げた。

 掛かっている。あまりにも早いタイミングでの暴走。

 いつも冷静にレースを眺め、隙あらば勝利を目指そうとする彼女らしくない……。

 ……いや、あるいは。

 

「あれは作戦か?」

「いいや……どうやらネイチャの負けん気に火が付いたみたいだ」

 

 遠くから見えたネイチャの瞳は死んじゃいない。

 自分の敗北は、彼女自身予感しているだろう。これ以上離されれば、一度として追いつくことができなくなることも。

 だから、せめて一矢報いてやろうと……追いつける内に末脚を使った。

 

 広がっていくばかりだった距離が、少しずつ縮まり始める。

 今なら縮めることができる。詰め切ることができる。このペースなら恐らく、終盤に差し掛かる直前に、ナイスネイチャはホシノウィルムへと至る。

 

 ……もちろん、これはレース展開を無視した暴走だ。

 ネイチャにはスパートするスタミナなんて残らない。どころか、ホシノウィルムを抜き切ることすら怪しいほど。

 対してホシノウィルムは、まだまだスタミナに余裕を持っている。たとえ一時ネイチャに抜かれたところで、簡単に抜き返すことができるだろう。

 

 つまるところ、ネイチャは勝負を諦めてしまった。

 ただ一瞬でも、ホシノウィルムに追いつくことを選んだのだ。

 

「…………」

「……ッ!」

 

 遠くからでも、2人の表情が伺える。

 ホシノウィルムは、何の感情もない完全な無表情。

 ネイチャはただ前を、ホシノウィルムの背中だけを、強烈な意思を持って睨みつけている。

 

 差は縮まる。1000メートルを過ぎる頃には半分以下にまで。

 

「これは……まずいかもしれんな」

「え?」

 

 1200。1300。……1400。

 いよいよネイチャがホシノウィルムの背後に近づく。その差は4バ身、3バ身体と減っていき……。

 

 

 

 2バ身程にまで縮まった時、変化が起きた。

 

 

 

 これまで一度たりとも、目の前のターフから目を逸らさなかったホシノウィルムが、僅かに振り向く。

 その青白い瞳が、ネイチャの姿を捉え。

 そして……。

 

 

 

 ホシノウィルムが、暴走した。

 

 

 

「なっ……」

 

 絶句した。

 残り距離はまだ600メートル、レース全体の3分の1近い。

 この距離からスパートをかけてスタミナはもつのか? いいや、それ以上にあのペースで逃げていたウマ娘が、600メートルものロングスパートをかけられるのか?

 

 縮まりかけた距離が、すさまじい速度で再び開いていく。

 もはやその差は、どうしたって埋められない。

 ネイチャは今度こそ、少しだけ絶望したような表情をして、けれどすぐに気合を入れなおし。

 ……力及ばず垂れていく。

 

「あれは……これが、公式レースのホシノウィルム?」

「いいや、公式レースでだって、ここまではしない」

 

 堀野君は首を振り、言った。

 今、ホシノウィルムは本番以上の本気を出しているのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 結局ホシノウィルムは、恐ろしいことに減速しないままゴールした。

 ……けれどその後、彼女はその場に倒れ伏し、堀野君によって保健室へと送り届けられることになる。

 走り切り、スピードを落とした直後に気絶するように倒れる……ホシノウィルムのそんな姿は、初めて見た。

 堀野君の言葉通り、彼女はこれまでにない、限界以上の本気を出したのだろう。

 

「……容体は? ホシノウィルムは大丈夫だった?」

「瞬間的な過労と酸素不足で動けなくなっただけだ。コンディションは……状態は悪くない」

「そうか。……ごめん、ここまで無理をさせるつもりじゃなかった。ホシノウィルムにもそう伝えてほしい」

「心得た。すまんが、そちらの片付けは頼めるか」

「うん、それくらいはさせてほしい」

 

 電話で話した彼の声は、いつもと比べてだいぶ落ち込んでいる。

 そりゃあそうだ。自分の担当バが過労で倒れたなんて、僕だったら慌ててどうしていいかわからないところだろう。

 ホシノウィルムを抱え上げ、こちらにいくつか言伝てからすぐに保健室へと駆け出した彼は、やはりトレーナーとして一歩も二歩も僕の先を行っている……本当に尊敬すべきトレーナーだ。

 

 

 

「トレーナー、さん」

「ん……どうした、ネイチャ」

 

 僕の担当バは、膝に手をついて息を切らしている。

 中盤からスパートをかけて垂れたネイチャは、スタミナを切らしてローペースになりながらも、2000メートルを完走した。

 ……その頃には、既にホシノウィルムも堀野君も、その場にいなかったが。

 

「ごめんなさい……アタシ」

「大丈夫だ、ネイチャ。君の気持ちはわかるし、彼らも君を責めたりなんかしない」

「…………」

 

 彼女は勝負を投げ出した。

 模擬とはいえレースはレース、それはある意味、競争相手であるホシノウィルムを侮辱したようにも見えるだろう。

 けど、そうじゃないことは全員が理解している。

 ナイスネイチャは壁に挑んだ。高すぎる壁を越えようと、彼女なりに走ったのだと。

 

 ホシノウィルムが倒れたことは、誰にも責任のない……強いて言うなら、暴走したホシノウィルム自身が責任を負うべき話。

 だから、後は彼女の問題。

 暴走したナイスネイチャ自身の、心の問題だ。

 

「……アタシさ、…………悔しかったよ。

 最初に突き放された時さ……安心しちゃったんだ。こんなに速いんだもん、追いつけなくても仕方ない。アタシは悪くないって……。

 頑張っても届かないものはある。手を伸ばしたってキラキラした星は掴めない。……アタシみたいな凡人が勝てる相手じゃなかったんだって」

 

 ぽつりぽつりと、雨が降り始めるように、彼女の本音が吐き出される。

 

「一瞬あの子がこっちを振り向いた時さ、嬉しかったんだよ。

 アタシみたいな凡人でも、この子を振り向かせることくらいはできたって。

 彼女の本当の本気を出させるくらいはできたって。

 ……アタシじゃ、その辺が限界なんだろうなーってさ。

 はは、そんなこと考えてさ……そんなのさ」

 

 ネイチャの耳は、絞られている。

 彼女は今、俺の前では初めて、その感情を爆発させようとしていた。

 

「そんなの、そんなの感じたってことが一番悔しいっ!

 同じウマ娘なんだよ!? アタシだってあの子と同じウマ娘で、一緒に走ってた!

 なのにあの子は、アタシのことは見えないみたいに、ずっとずっと先にいるんだ!

 アタシは……!」

 

 血が出かねないほど両手を握りしめ、ネイチャは今までに見たことのない表情をしていた。

 諦めと保身の多い彼女が、それら全てをかなぐり捨てて激している。

 傲慢な覇者と、そして何より、歯牙にもかけられない自分の不甲斐なさに。

 

 

 

「アタシだって、勝ちたい!

 レースでも、あの子にも!」

 

 

 

 ……ああ。

 その言葉が聞きたかったんだ、ネイチャ。

 

「菊花賞だ」

 

「……え?」

 

「ホシノウィルムの一番の強さは、スタミナだよ。

 中距離までの距離じゃ、あのハイペースとスパートで追いつけない。

 でもどうしたってスタミナの削られる長距離の舞台でなら、そのレース中に今日みたいに折り合いを欠けば……ホシノウィルムはスパートできず垂れていく、普通の逃げウマ娘でしかなくなる」

 

「トレーナーさん……それって」

 

 動けない彼女に、手を差し伸べる。奇しくも、スカウトした時と同じ状況。

 よかった、やっぱり僕の判断は間違ってなかった。

 この子となら、僕は上を目指せる。キラキラした星を掴みに行ける。

 

「ホシノウィルムに勝とう、ネイチャ。彼女の三冠を止めるのは、君だ」

 

「……っ、うん!」

 

 手が握られた。

 熱くたぎった、ネイチャの本気が伝わってくる。

 

 

 

 あるいはそれが、僕とネイチャの二度目の走り出し。

 キラキラを追い求めるウマ娘の、物語の始まりだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 余談だけど、翌日。

 

「ネイチャちゃん、一緒にトレーニングしませんか」

 

 決意とか覚悟とか知るかと言わんばかりに僕のトレーナー室のドアを叩いたホシノウィルムに、僕たちは思わず顔を合わせた。

 まだ敵だと認識されていないと思うべきなのか、それともネイチャが特別視されていると思うべきなのか。

 ……ホシノウィルムの精神構造は、やはり堀野君くらいでないと理解できないのかもしれない。

 

 

 







 転生コンビがギャグやったりシリアスやってる時、彼らの周りでは真っ当なスポコンが展開されています。



 続きは3、4日後。トレーナー視点で、ホシノウィルムのこれからを考える話。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分を訂正、描写を変更しました。ご報告ありがとうございます!
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