転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 時代をゼロから始めよう





伝説は塗り替えるもの

 

 

 

 情報は、力だ。

 これは現代に生きる者ならば、多くの人が頷いてくれる話だと思う。

 そしておそらく、トレセンで専属担当を持ったトレーナーなら、全員が大きく頷くであろう話だ。

 

 担当ウマ娘たちのレースについて考察する際、ライバルのウマ娘たちのデータは非常に重要なものになる。

 例えばそこにサイレンススズカのような大逃げウマ娘がいるのなら、ペースは大幅に上がってしまうだろう、だとか。

 例えばそこにナイスネイチャのような策謀家がいるのなら、展開の鍵を握るのは彼女の思考だ、とか。

 

 自分の担当が出走するレースのライバルウマ娘の情報を探れば、レース展開の予想の大事な材料になる。むしろ、その過程を経ることなく展開予想することは不可能に近いだろう。

 

 更に、コースの距離や状態、自分の担当の走りとその限界、観客の数など、そのレースについての情報は調べれば調べるほど、展開予想の精度は上がっていく。

 そうして全ての要因を頭の中に揃えさえすれば……レースの勝敗の予想も、それを覆す方法の考案も、難しいものではない。

 なにせ俺にだってできるんだ。本気でやろうとすれば、誰でも可能だろう。

 

 ……が、それは逆に言えば。

 どんな人間であろうと、情報がないと展開の予想が難しいことも意味する。

 

 

 

「…………」

 

 東京レース場の俯瞰図を見下ろしながら、頭の中の情報を整理する。

 

 今回のレースにおいて、ホシノウィルム程の逃げウマ娘はいない。

 強いて言えば7枠15番や5枠10番の子は前に出てくる可能性があるが、それでもウィル程の脚は持っていないし、たとえ前に出てきても今の彼女なら冷静に対処することが可能なはずだ。

 

 故に、まず間違いなく、ハナを切るのはホシノウィルムだ。そこまでは間違いない。

 だが、その先はどうなる?

 誰がどのタイミングで、どうしかけてくる?

 速すぎる程のハイペースの中、日本の子程にホシノウィルムの破滅的大逃げに慣れていない海外のウマ娘は、どう対処してくる?

 

 無理にでも早めにしかけるか? だとしたらどこで? 向こう正面の下り坂か?

 いや、ナイスネイチャとの菊花賞を見たのなら、早めにしかけることが失敗に繋がる可能性を考慮するか?

 長い最終直線に賭けてくる? だとすればそこまでのペースはどこまで落とす?

 

 まぶたを閉じ、脳内でシミュレートを繰り返す。

 何度も、何度も、何度も。ステータスとこれまでのレースを見た上で、誰がどう来るかの予想を続ける。

 

 考えるべきことは多い。そして、「これだ」という明確な答えは出ない。

 

 俺は、海外のウマ娘について詳しくを知らない。

 勿論彼女たちについての記事は読んでいるし、レースも見ている。ステータスだって写真越しに観察できる。

 だが、彼女たちの気性やトレーナーの作戦方針は、遠く離れた地からは窺い知れない。ある程度の傾向の割り出しと察しを付けることはできても、確実と言えるラインにまでは上がってこない。

 

 故に、今回のレース……ウィルのジャパンカップについて、明確に「彼女が勝つ」と断言できるだけの情報を、俺は持っていないのだ。

 

 

 

 ……まぁ、それでも。

 最後には彼女が勝ってくれると、そう信じることができるのは、幸いなことかもしれない。

 

 データもなければロジックもない。

 ただ、ホシノウィルムなら何とかしてくれるだろうという、無責任で出処の不明な彼女への信頼だけがある。

 

 つまるところ、それは「ホシノウィルムが勝つ」という先入観を持ってしまってるってことで、客観的に状況を見るべきトレーナーとしては、あまり良い状態であるとも言えないんだけど……。

 

 どんな状況にしろ、俺がすべきことは変わらない。

 俺にできる全てをして、彼女を勝利へ導く。

 それは彼女と……ホシノウィルムと契約した時から、一切変わらない方針だ。

 

「……最終直線で来るとしたら、やはりウィッチイブニングか? 単純なスペックなら最も警戒すべきは彼女だ。

 しかし、日本への渡航の結果調子が落ちているという情報もあるし、そうなるとやはり、国内のウマ娘であるメジロマックイーン……いや、むしろ調子を上げているという話を聞くシルバーピジョンか?」

 

 そうして……。

 俺はレース場へ出発する時間ギリギリまで、トレーナー室で思索に沈んでいた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 11月24日、東京レース場。

 

 スタンドから見下ろすターフは、あまり良い状態ではなかった。

 ここしばらく雨が続いたこともあり、どうやら芝の整備が間に合わなかったらしい。かなり土の色が見えてしまっている。

 

 こうなると、地面を蹴り上げて走る際に普段以上のパワーを使う。そしてパワーを使うということは、それだけスタミナを消耗する、ということでもある。

 ウィルがパワー不足なウマ娘であったのはもはや遥か昔の時代、今のウィルはスタミナと根性を筆頭にどのステータスも高水準でまとまっているため、大きな問題はないだろう。むしろスタミナを使うレースである以上、有利になったとも言えるか。

 

 4か月以上という長い休養を挟んだ彼女だが、それでもメジロマックイーンと比べても見劣りしないステータスを見せている。

 ……いや、むしろその差は宝塚記念の時よりも縮まっているくらいだ。

 

 恐らく、マックイーンがここしばらく調子を落としていたこともそうだが、ここ最近行っている他のウマ娘との合同トレーニングの効果が強く出ているんだろう。

 基本的にはブルボンと一緒にトレーニングさせていたし、日によってはそこにネイチャとライスも加わった。前世アプリで言うところの友情トレーニングが発生していた……かは定かではないが、ステータスの伸びは非常に良かったからな。

 

 考察を続けている内に、実況解説の声がここまで響いて来る。

 

 

 

『東京レース場に海外から多くの優駿が集いますジャパンカップ、現在の天気は曇り。バ場状態は良バ場の発表となっております。

 果たして今日のレース、どうなるでしょうか』

『やはり注目は1番人気、今年の日本総大将を託されたホシノウィルムでしょうね。

 2番人気メジロマックイーンもそうですが、彼女たちにとってこの2400メートルという距離はむしろ短いくらいでしょう。長く使える脚をどう活かすか、その走りに注目です』

 

 

 

「だってよ、兄さん」

「ん? うん、まぁそうだろうね」

 

 実際、俺もこのレースで注目すべきはホシノウィルムだと思ってる。担当なんだし当然と言えば当然だけど。

 大逃げウマ娘であるホシノウィルムが出走する以上、このレースのペースは彼女が決めると言っていい。

 問題は他のウマ娘がどこまで食い付いて来るか、どこまで脚を残せるか、なんだが……。

 

 そんなことを思いながら曖昧に肯定した俺を、昌はじとっとした目で見てくる。

 

「……寝てない? いや、仮眠はしてるか」

「最近のホシノウィルムといい昌といい、なんでそんなに察しが良いのかなぁ」

 

 レース直前ってこともあって睡眠時間は安定してないけど、昨日は幸いにも2時間くらいぐっすり仮眠を取れた。少なくともこのレースの観戦に大きな問題はない。

 

 いや、そんなことより、大事なのは目の前のレースだ。

 俺は寝ようとすればいつでも寝ることができる。それに対してホシノウィルムのクラシック級ジャパンカップは、後にも先にも、この1度きりなんだから。

 

「今回のレース、トレーナーはどう思われますか?」

 

 俺と昌の雰囲気に気を利かせてくれたのか、あるいは単純に気になったのか、隣でレースを見守るブルボンが尋ねてくる。

 

 うーん……いつもなら堂々と自分の見解を話せるんだけどな。

 情報が不足している今回ばかりは、少しばかり自信がない答えになってしまう。

 

「情報が不足しているため、あまり自信はないが……単純な勝率で言えば、ホシノウィルムが最も高い。次いで……メジロマックイーンとシルバーピジョンだな」

「メジロマックイーンさんはわかるけど……シルバーピジョンさん?」

 

 俺の推論を聞いて、昌が軽く眉根を寄せた。

 

 シルバーピジョン。

 アメリカで生まれ、イギリス、フランスと渡り歩いてアメリカに戻り、そしてついに日本にもやってきた、その名が指す通りの輝く芦毛のウマ娘。

 彼女は今回の18人立てのレースにおいて8番人気、あまり目立ったウマ娘ではない。だからこそ、昌も判断の基準を疑ったのかもしれない。

 ……いや、昌は「アプリ転生」を知ってるから、疑ってるわけじゃないか。意外に思った、というのが実情だろうか。

 

 今は評価を落としているとはいえ、シルバーピジョンは元々かなりの優駿だった。

 G2に2勝し、G1にも勝ったことのあるようなウマ娘なんだが……その後に故障が発生。療養後の戦績が良くなかったこともあり、残念ながら、今はあまり期待されていない。

 

 ……だが今日の彼女は、ものの見事に覚醒している。

 ステータス的にはメジロマックイーンに比べて1枚劣るが、大番狂わせを見せてくる可能性はある。

 

「決して安堵していい相手じゃないよ。しばらく強い走りを見せられていないけど……それでも、今の彼女は強い。それこそ、ホシノウィルムより前に出る可能性もある程に」

 

 余程その脚に日本の芝が合っていたのか、その走りの調子はすこぶる良い。もしかしたら、彼女の全盛期を塗り替えるかもしれない程に。

 オグリキャップやタマモクロスからジャパンカップの勝利をもぎ取ったオベイユアマスターのような例もあるし、やはりウマ娘にとって、自分の脚に合うバ場で走るというのは非常に大事なんだろうな。

 

 ……ただ、それでも。

 あのメジロマックイーンに勝てるかと言われると、少しばかり難しいかもしれないが。

 

 

 

 パドックで見たマックイーンの様子を思い出す。

 

「そして勿論、メジロマックイーンもとても高い壁だ。

 戦法は一通り。ただ王道の強さを叩きつけてくる走りだけど……だからこそ、弱点が少ない」

 

 マックイーンの現在のステータスは、ホシノウィルムより若干高い程度。調子は……絶好調だ。

 スキルも非常に手堅く取得されており、今回のレースにおいてはホシノウィルムの次に有力な優勝候補だろう。

 

 確か前世アプリでのメインストーリーでは、秋天で降着処分を受けた後、精神的不調を治すことができないまま出走し、ジャパンカップにも敗れていたと思うが……。

 今の彼女に、そんな不調は見られない。

 恐らく、というか間違いなく、この世界の彼女は侮りがたい強敵になるだろう。

 

 そしてメジロマックイーンと言えば、やはりこの前の天皇賞(秋)での5バ身差の勝利。

 天皇賞(春)や宝塚記念では結果が振るわず、「マックイーンの時代は終わったのではないか」とまで言われる状態だったが……彼女はその風評を、自らの実力によって捻じ伏せた。

 圧倒的な強さを見せつけ、彼女もまた現役最強の一角であると、誰もに知らしめたのだ。

 

 そうなると当然と言うべきか、彼女もまた非常に人気が高く、ホシノウィルムに次ぐ2番人気に指名されている。というかもうこの2人の二強状態だ。

 

 実際、今も耳を澄ませば、すぐそこからマックイーンのファンであろう男性の声が聞こえる。

 

「今回のレース、勿論ホシノウィルムも主役になるだろうが、もう1人の注目ウマ娘はメジロマックイーンだな」

「どうした急に」

「非常に高い安定感を誇るステイヤーであるマックイーンだが、彼女は先月このジャパンカップと同じ東京レース場で開催された2000メートル天皇賞(秋)に勝利している。

 冷静沈着な走りで不良バ場や他の子たちの徹底マークを完璧にいなし切った勝利は、あまりにも記憶に新しい。

 その上直近1か月で東京レース場を走っているという経験値的アドバンテージ、逃げウマ娘にとって大きなディスアドバンテージになり得る長すぎる直線もある。

 今回のレースにおいてもきちんと実力を出すことができれば、ホシノウィルムに追いつくことは十分に可能であると考えられるんだ」

「なるほど、ウィルムとマックイーンの熱い走りに期待ということだな!」

 

 ……いや、めちゃくちゃレースに詳しいファンの方いるな。しかもどことなく聞き覚えのある声だし。

 奇妙な巡り合いもあるものだ……なんて思っていたら。

 

「……あれ?」

「兄さん?」

 

 横にいたはずのブルボンがいない。昌は俺を挟んで反対側にいたから気付かなかったか。

 どこに行った、と視線を巡らせると……。

 

「お言葉ですが、ウィルム先輩は負けません」

「ごっ、ごめん!」

 

 ……ブルボンは、先の言葉の主らしき男性2人に抗議していた。

 

 

 

 当然ながら、その2人には俺と昌が平身低頭謝らせていただいた。

 快く許していただけて本当に良かったよ……。

 

 しかし、基本的には常に冷静沈着なブルボンが、こんな行動を取るとは。

 ウィル、よほど彼女に慕われているらしい。

 トレーニングの時間以外でもよく話しているし、良き先輩後輩関係、と言ったところだろうか。

 

 トレーナーとしては、担当2人の関係性が良好なのは、これ以上ないくらいに僥倖なんだけど……。

 こういうハプニングが起こるのは困りものだ。

 

「彼女を想う気持ちはわかるが、もうちょっと冷静に行動するように」

「申し訳ありません」

 

 取り敢えず叱っておいたけど、ブルボンはいつも通りの無表情。

 うーん、わかってるのかな、これ……。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、しばらく待っている内に本バ場入場の時間が来た。

 

 ジャパンカップに出走するウマ娘たちが、各々のタイミングでターフの上に上がっていく。

 菊花賞の時は蹄鉄の調子がおかしいと入場が遅れたウィルも、今日はいつものように率先して現れた。

 

 

 

『ターフに現れましたホシノウィルム、体重精神共にこれ以上ない仕上がりですね。

 あのトウカイテイオーとの激闘を演じた日本ダービーと同じコースで、彼女は今回どんな走りを見せてくれるのでしょうか』

 

 

 

 ターフの上を歩く、ホシノウィルム。

 改めて遠目に見ると……その姿には、威圧感というか、貫禄のようなものが生まれている。

 

 彼女の身長は低い。145センチメートルという数字は、今回の出走ウマ娘の中でも彼女が最も小柄であることを示している。

 実際こうして見ても、他のウマ娘に比べ、その体格は一回り小さい。

 

 ……が。

 それでも、ゆっくりと歩を進める彼女には、えも言われぬ力強さがあった。

 

 それは、四つの冠を取ってきた常勝無敗のウマ娘としての誇りか。

 あるいは、多くの人やウマ娘の期待を背負うが故の決起か。

 もしくは……ただ目の前のレースを楽しみたいという闘争本能か。

 

 モノクロに彩られたインナーの上に燃え上がるようなジャケットを着込み、その背には灰のマントを煌めかせ。

 コトリコトリと、ゆっくりとターフの上を歩いていくその姿は、途轍もない存在感を放っている。

 ……まさしく、今を生きる新たなる伝説といったところか。

 

 その実、彼女はどこにでもいるような、普通の優しい女の子なんだけど……。

 ある意味でこれもまた、彼女の一側面。レースに直面した時のホシノウィルムの姿なんだろう。

 

 

 

 そうして……。

 

「頑張れー、ホシノウィルムー!」

「勝って伝説になってー!」

 

 彼女の成してきたこと、そしてこれから成そうとしていることを考えると、当然の帰結ではあるんだが。

 日本の威信を見せつけるべきレースにおいて、彼女は今、どのウマ娘よりも期待されていた。

 

 寒門の下剋上。逃げウマ娘の三冠。クラシック級時点での宝塚記念勝利。

 不可能と思われていた事象を次々に可能へと書き換え、誰しもにとっての希望であり、ある者にとっての絶望になってきたあの子は……。

 今、「次」を望まれている。

 

 ジャパンカップ。

 日本一のウマ娘と名高いスペシャルウィークが勝って以来、ここ2年負け続けているこのレースにおいて、彼女のレコードを止めることなく次に進めること。

 無敗のままに、新たな冠を手に入れることを。

 

 なにせこの1戦には、もう1つの意味合いも込められているのだから。

 

 

 

「やっぱりっていうか、期待されてる」

 

 昌が呟いた言葉に、苦笑を返す。 

 

「そりゃあね。……なにせこのジャパンカップを勝てば、戦績上、あのシンボリルドルフを超えることになるんだから」

 

 シンボリルドルフ。

 長く続くトゥインクルシリーズでも史上最強と名高い、無敗の三冠ウマ娘。

 彼女の三冠達成時の戦績は8戦8勝、その後ジャパンカップに出走し……3着に敗れる。

 

 奇しくもホシノウィルムの現在の戦績も8戦8勝であり、今こうしてジャパンカップに出走している。

 今回のジャパンカップに勝てば、彼女は公然とした事実として、シンボリルドルフを……永遠の皇帝を超えることになる。

 

 人はいつだって未来を望む。停滞よりも進歩を、昨日よりも明日を。

 故に今、過去の最強たるシンボリルドルフを超えるかもしれない現役ウマ娘ホシノウィルムは、とてつもない人気を誇っているんだ。

 

 相手が普通のウマ娘であれば、俺はトレーナーとして、その大きすぎる期待を背負いかねるのではないかと心配していただろうが……。

 今、ターフの上でストレッチをしているホシノウィルムには、毛ほどの動揺もない。

 

 既に彼女は、今自分を見ている人々が敵ではないことを知っている。

 彼女を見て、彼女に期待し、彼女の背中を押してくれる存在であると、知っている。

 

 故に……俺にできるのは、あとは応援くらいだ。

 

 

 

「……兄さん」

「ん? 何?」

 

 ふと聞こえたその声は、昌のものにしては、どこか弱々しかったような気がした。

 ……いや、そんなことはないな。震えもなかったし、その声音もいつも通り。ただの気のせいだろう。

 

 改めてその表情を見ても、彼女はいつも通りの無表情でターフを上を見ているだけだった。

 

「……気分は悪くない?」

「え、何急に。特に問題はないけど」

「そう。……それなら良い」

 

 ? ……なんなんだろう。

 

 昌が俺の体調を心配してくれるのは、ちょっと珍しい気がする。いつもは怒られちゃうし。

 ……ああいや、珍しいって程でもないかな。なんかよくわかんないけど、時々怒るんじゃなくて心配してくれる時があるんだよね。

 やっぱりアレか、幼かった頃に持っていた優しさの片鱗だろうか。

 

 

 

 そんなことを言っている内、ターフの上にメジロマックイーンが現れた。

 泰然自若、今日も今日とて誰よりも誇り高き姿を見せる彼女は、ターフの上を見回すとすぐさまホシノウィルムの方へと歩みを進める。

 ウィルはその接近に気付くと、ストレッチを停止。

 2人は会話を交わしてから、しっかりと握手を交わしたのだった。

 

 1番人気と2番人気、日本の注目を一手に集めるウマ娘たちの会話に、観客たちは沸き立ち……海外のウマ娘たちは2人を睨みつける。

 

 彼女たちからすれば、自分たちなど敵ではないと言われたように感じるんだろうな。

 ……だが恐らく、それは違う。

 

 メジロマックイーンは、他のウマ娘を侮ることをしない。

 ただ、誰よりも強敵になり得るのはホシノウィルムであると認め、彼女との健闘を誓っているのだ。

 

 

 

 ……ホシノウィルムにとって、その力を侮られる時代は、完全に終わった。

 ここからは最強の一角として、挑戦者たち、そして同じく最強格のウマ娘たちとの戦いが始まる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『さぁ東京レース場に18人のウマ娘が出揃いました。世界からやってくる刺客たちを相手に、日本のウマ娘たちはその力を見せることができるか』

『東京レース場、芝の左回り、2400メートル。天気は曇り、バ場状態は変わらず良バ場の発表です。それぞれの持ち味を活かした良いレースを期待しましょう』

 

 

 

「始まる……G1レースが」

 

 昌が、どことなく緊張の籠った声で呟く。

 彼女にとって、インターン中とはいえトレーナー業に就いて初めてのG1レース。

 そこには少なからぬ緊張があるのかもしれない。

 

 それに対して、敢えて何かを言う必要はないだろう。

 俺も最初の頃は緊張していたからよくわかる。

 こういうのは、慣れるまでは何を言っても緊張が解けることはない。そして慣れるには、場数を踏むしかない。

 だから俺は、固まっている昌から目を逸らし、ターフを見ながら改めて考える。

 

 曇天の東京レース場。

 この狭いレース場に15万人以上の観客たちが押し寄せ、日本のウマ娘たちに期待を寄せている。

 果たして並み居る強豪たちを、そしてメジロマックイーンを退け、ウィルはその期待に応えることができるのか……。

 

 このジャパンカップ、勝率は決して低くはない。

 ……だが、決して100%でもない。

 

 作戦は既に伝えてあるが、どれも確度の低いもの。

 最終的にはウィル自身の判断力がこのレースの成否を分けると言っていいだろう。

 

 ちょっと前に彼女に聞いた、ホシノウィルムの特殊性──恐らく領域の解放に起因するという、レース中の思考能力増加──を考えれば、終盤に判断を間違えることはない……と思う。明確なデータはないので断言できないが。

 

 となれば警戒すべきは、序盤と中盤の展開……は、大逃げウマ娘である彼女にはそこまで関係ないとして。

 やはり考えるべきは……終盤の、単純な力負けか。

 

 クラシックレースが終わり、これからホシノウィルムは強豪たちと肩を並べてレースを走ることになる。これまで通りの単純なスペックによる競り勝ちは難しくなってくるはずだ。

 彼女の作戦である大逃げは、その性質上序盤に多大なスタミナを消耗する。序盤から中盤にかけて大きなリードを稼ぎながら、終盤にどれだけ脚を残せるかが、勝負の分け目になる。

 

 そしてその点において、領域を開いた際……正確には少し違うらしいが、とにかく終盤にスタミナの消費を大幅に抑えられるらしいホシノウィルムは、かなり有利に戦えるはずだ。

 十分に走れるだけのスタミナを残した状態で終盤に突入しさえできれば、後はホシノウィルムの独擅場になるだろう。

 

 ……と、思いたいところだが。

 果たして実際はどうなるか。今回のレースは予想の難しい部分が多いからな……。

 

 

 

『3番人気を紹介しましょう。G1ヴェルメイユ賞1着、G1凱旋門賞2着、連対率は驚異の70%!

 今ノリにノっている小柄なフランスウマ娘が、モンジューの仇を取るべく参戦だ!

 日本でも魔法を起こせるか、2枠3番、ウィッチイブニング!』

 

 

 

 ターフで軽く周遊しているウィッチイブニングは、実況で呼ばれたことに気付くと、観客の方に向かって気取った一礼を見せた。

 秋の上がりウマ娘である彼女は、6月以降重賞で1着2回2着3回の好成績を収めている。芝の最強決定戦と名高い凱旋門賞では2着と惜敗してしまったが、それでも実力は確かなものだろう。

 

 そして彼女自身、強さの自負があるんだろうな。

 事前インタビューでも「真正面から打って出る。ボクの脚なら、龍さえ化かす魔法をかけられるさ」といった趣旨の言葉を放っていた。

 ……しかしながら、やはり渡航の結果か、その調子は普通。

 客観的に見て、絶好調であるホシノウィルムに迫れる程ではないはずだ。

 

 

 

『2番人気は、天皇賞を制したメジロのウマ娘!

 不良バ場の中を驚異の5バ身差、圧倒的実力を見せつけた彼女は、ここを3作目の大作の舞台とできるか!?

 ターフの名優ここにあり、菊花賞ウマ娘、3枠5番メジロマックイーン!』

 

 

 

 マックイーンはその実況にも動じることなく、しっかりとターフを睨んだまま精神統一を図っている。

 彼女にとって、ここは1つの分水嶺。

 ホシノウィルムに勝ち最強の名を取り戻すか、宝塚記念までの敗北を繰り返すかの大一番だ。

 

 精神状態も体の状況も整った、まさしく万全の状態。

 果たしてどこまでウィルに追いすがり、そしてあるいは越えてくるか。

 誰もが彼女に、今の彼女の走りに期待している。

 

 

 

 そして……。

 

 

 

『1番人気はこの子しかいない、今年の日本総大将!

 より強き敵を、より難しいレースを追い求めるスピードジャンキー、その正体は新たな神話を紡ぐ龍!

 今日、彼女のアギトは「史上最強」の称号に届くのか!?

 不可能を覆す灰色の龍、ここまで無敗の三冠ウマ娘、5枠9番ホシノウィルム!!』

 

 

 

 ウィルは熱の乗った声に対し、観客たちに向かって軽く手を振ることで応えた。

 ……ただし、その表情は好戦的な熱に染められ、とても穏やかなものではないが。

 

 やる気は十分、そして誰よりも、心の底からレースを楽しみにしていることが窺える。

 今の彼女ならきっと、このレースを楽しみ……勝つことだってできるだろう。

 

 

 

『全ウマ娘のゲートインが完了。出走の準備が整いました』

 

 

 

 ここまで、できることはしてきた。

 最も安全に勝てる可能性の高い作戦も立てたし、そのためのトレーニングも組んできた。俺にできることは、これ以上は何もない。

 

 ……だから、せめて。

 ここから精一杯、君のことを応援しよう。

 

 頑張れ、ホシノウィルム。

 

 

 

『今、スタートしました!』

 

 

 







 久々の難産でした、申し訳ない。やっぱり気分が乗らないと執筆に響きますね。
 次回までには頑張って持ち直します。投稿間隔は……ぼざろの方が落ち着き次第。



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、ジャパンカップ(後編)の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
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