転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 雨粒落ちて花は散っても、次なるレースに生まれて変わる





私再生産

 

 

 

 『今、スタートしました!』

 

 

 

 ガタンという音を聞くと同時、渾身の力で駆け出す。

 

 脚に伝わって来るのは、結構重い感覚。

 出走前に見たからわかってたけど、やっぱり相当バ場の状態が悪いね。

 いつもの芝のように踏みしめられず、僅かに脚が沈み込む。ターフというよりダートみたいだ。

 

 ……それでも、今の私なら……行ける。

 

 

 

『18人のウマ娘がどっと飛び出しました!

 まずハナを切ったのは日本総大将ホシノウィルム! 今日もぐいぐいとバ群を引き離すハイペースで坂を登っていく!』

 

 

 

 約半年前の、宝塚記念。

 私はトレーナーの作戦で、マックイーン先輩の高いスタミナを封殺するため、敢えてローペース、普通の逃げウマ娘くらいの位置でレースを進めた。

 

 あの時と同じく、今回のジャパンカップも、メジロマックイーン先輩が出走しているけど……。

 今回はトレーナーとも相談した結果、いつも通りのハイペース、大逃げで行くことに決まった。

 

 その理由は、いくつかある。

 日本の軽い芝に慣れていない海外のウマ娘たちに私の大逃げを見せて掛からせるためであり。

 宝塚記念の時のように、ライアン先輩の末脚やスカイ先輩の策を警戒する必要がないからであり。

 そして……今はマックイーン先輩とでも十分にやり合えると、トレーナーが判断したからでもある。

 

 そう、今の私なら。

 あれから更に、ネイチャやライスちゃん、ブルボンちゃんとも走った私なら。

 ……トレーナーが鍛えてくれた私なら。

 

 真正面からマックイーン先輩と戦い、超えることだって……できる。

 

「……ふッ!」

 

 歩幅をを広く保ち、誰よりも前へ、前へ。

 このまま……突き放すッ!

 

 

 

『外からデュアリングステラ懸命に迫るがその差は開き続けるばかり、2バ身3バ身と離れていく!』

『相変わらずのハイテンポ、やはりホシノウィルムから先頭を奪うのは難しいか』

 

 

 

 聞こえてくる足音からして、バ群は順調に遠ざかりつつあるっぽい。流石にあの時のスカイ先輩みたいな無茶苦茶な子もいないと思うし。

 ……うん、トレーナーが言ってた通り、やっぱりこのペースで正解だね。

 バ群との距離感を見ても……私のスタミナの消費具合を見ても。

 

 今回トレーナーからもらった作戦は、展開の読めないレースってこともあって、非常に簡単なものだ。

 ハイペースで走り出し、そのまま速度を落とさず走り切る。

 そう、あの異次元の逃亡者、サイレンススズカさんに近い走り方であり。

 ……ブルボンちゃんが目指すべき走りの、更なるハイペース版であるとも言える。

 

 

 

 レースってのは難しいもので、何も全力全開で走り続ければ一番速くゴールできるわけじゃない。

 

 こう言っちゃなんだけど、ダブルジェット師匠なんかが反面教師の良い例だろう。

 あまりに速く走ろうとすると、私たちウマ娘といえど呼吸は困難になり、全身を巡る酸素量が減る。酸素量が減れば、その分筋肉も動かなくなるし頭も回りにくくなっていく。

 結果としてスタミナを使い切り、垂れてしまう、というわけだ。

 

 だから、走る速度は速めすぎてはいけない。自分の中の、その場における最適のペースを定め、それを守らなければならない。

 掛かり、つまり自分のペースを乱すのが致命的になりやすいのは、そういうわけだ。

 ……まぁスズカさんとか私みたいに、掛かっても問題にならないくらいスタミナがあったり、他の子とのスペックに差が開きすぎると、また話が変わって来るんだけども。

 

 だが勿論、速すぎるのが駄目だからと言って、遅くすればいいわけではない。

 速度を出さずにレースに勝つとか、考えが甘すぎる。ここはアスリートたちが己の限界を出し競い合う場所なんだから。

 

 つまり、結論としては。

 私たちウマ娘は、速すぎず遅すぎない、最適なペースを保たなければならないんだ。

 

 いや、当然の話っぽく聞こえるけど、その「当然」が案外難易度高いんだよ。

 本能を刺激されて掛かっちゃうのもそうだし、逆に戦意を叩き折られて萎えちゃうのもそう。私たちウマ娘は、周りのウマ娘に強く影響され過ぎる。

 その上バ群の中に巻き込まれようものなら、とてもじゃないけど自分のペースで進むことなんてできない。

 

 だから、逃げウマ娘や追込ウマ娘以外は皆、バ群の状況や自分の精神状態を含め、様々な要素からアドリブで自分の走り方を割り出していく必要がある。

 

 そういう意味では、私たち逃げウマ娘は得だと言えるだろう。

 余程でなければバ群に巻き込まれることはない。更に引き離せば、その存在を感じることもなくなる。

 考慮すべきは、自分の脚とバ場状態、コーナーや坂などのコース、そして同じ作戦のウマ娘だけだ。

 

 その上、私やブルボンちゃんには……歩さんが付いている。

 私たちの強さを正確無比に見極め、目指すべき正しい数字を割り出してくれる、最高のトレーナーが。

 

 

 

『大きく離れた先頭が今第一コーナーに入りました。

 2番人気メジロマックイーンはバ群の中から睨みを利かせる。3番人気ウィッチイブニングはやや後方からのスタートになったか』

『番手を取ったデュアリングステラ、いつもの彼女よりもだいぶ速いペースです。掛かってしまっているかもしれません。一息つけると良いのですが』

 

 

 

 「20」と書いてあるハロン棒が、私の横を飛んで行く。

 残り2000メートル。つまりはここで400メートル、後方番手のウマ娘までは……4バ身くらいか。存外食い下がってくるね。

 掛かってるか……あるいは作戦か。

 どちらにしろ私は、私たちの作戦を実行するだけだ。

 

 トレーナーは、私の身体的スペックと追い切り期間の走りの数字から、私にとっての最適のペースをはじき出してくれた。

 後は私が落ち着いて、それを実行するだけなんだけど……。

 

 冷静に走るという分野においては、私ほどの適合者もそうそういないだろう。

 

 今、私の思考は凍て付いている。

 他のウマ娘を認識しても、まるで湖の表面に一面氷が張るように、波風1つすら立ちはしない。

 

 そう、「寒い」時の私は、掛からない。

 ウマ娘の本能を超えるレベルで……とは流石に言えないけど、それを抑え込めるくらいにはレースに集中している。「アニメ転生」の莫大な思考力を、かなり浪費気味ではあるけど、レースというただ一点に注いでいるからだ。

 

 体感のスピード、脚に感じる負荷、流れていくレーン、走っているコースと現在の距離。

 それらから保つべきペースと誤差を修正……まではできないけど、とにかくこの1週間で体に叩き込んだリズムを意識して駆け抜ける。

 

 ……たとえ他の子が追ってきたとしても取り乱さず、落ち着いて、冷静に。

 

 先ほども言った通り、ウマ娘がレースに勝つためには、自分の最適なペースを保つことが肝要になる。

 だから、私を追いかけて……つまり掛かって前に出てくる子は、勝手に自滅してしまう。

 

 私が本当に警戒すべきは、むしろ今感じ取れないウマ娘だ。

 自分のペースを保ち、目に見える私ではなく、自分自身の本能と戦っているような子たち。

 本当に上がって来るのは、そういうウマ娘なんだから。

 

 ……例えば、それこそ今はバ群の中にいて気配を感じ取れない、マックイーン先輩のように。

 

 

 

『第二コーナー回って残り1600メートル、先頭変わらずホシノウィルム、番手との距離は7バ身程度か。既に全体で20バ身を越える縦長に開いた形だ』

『ホシノウィルムのいるレースではいつもの展開と言っていいでしょう。果たしてこの大きすぎる差を前に、海外のウマ娘たちは正しく対応しきることができるか。どこで仕掛けるかが大事なレースになりそうですね』

 

 

 

 ずりずりと足音が遠のいて行き、いよいよ番手の子の音も聞き取りづらくなってきた。あと2バ身くらいで圏外かな。

 ここからは、本格的に1人の戦いが始まる。

 

 大逃げは、私に合った走り方……というか、唯一無二レベルで適性の高い走り方だと思う。

 ただの逃げだと、バ群が近すぎてあんまり聴覚が活きないし、私のかなり高いらしいスタミナも十分に使い切れない。

 それにバ群に追い付かれたり呑まれたり、そういった事故も起こり得る。

 

 そういう意味では、メイクデビューで偶発的にこの走り方を覚えたのは、運命的な出会いだったのかもしれない。いや、あの時はペースキープとかの知識もなく、とにかく負けないようにって必死だっただけなんだけど。

 ……あそこで大逃げのコツを掴まなかったら、どうなってたんだろうね。あるいは、ダービーでテイオーに差し切られてたりしたんだろうか。

 

 と、それはともかく。

 

「……ふぅ」

 

 足音が、聞こえなくなった。

 私の10バ身以内に、今、他のウマ娘は存在しない。

 

 それが正直なところ……少しだけ、寂しかった。

 

 他のウマ娘と一緒に走ると、楽しい。

 ネイチャやテイオー、ライスちゃん、ブルボンちゃん。

 多くのウマ娘とレースやトレーニングで一緒に走る内に、私はそれを学んだ。

 

 例えば、相手が前に出て来た意味を考えたり、ブラフで少しだけペースを速めたり、敢えてペースを落として圧をかけたり。

 そういう騙し合いというか、走りの読み合いみたいなものもそう。

 例えば、遮二無二迫って来る相手から逃げ切ろうとペースを考えたり、相手に負けないよう限界すら超えて足を動かそうとしたり。

 そういった本気の競り合いもそう。

 

 誰かと一緒に走るのは、すごく楽しい。

 私たちの腹の底にある本能が熱を上げ、何よりも満たされていると感じられるから。

 

 ……でも。

 この走りは……大逃げは、それができない。

 

 これは自分の強さを押し付けて勝つ、誰より傲慢で、何よりも遊びのない走り方だ。

 相手との読み合いとか差し合いの余地がない。そういった不安定要素を極力排して、安全に確実に勝ちに行く。

 

 十分なスペックさえあればその安定感は抜群で、けれどだからこそ、他のウマ娘と競うことはできない。

 ……この走り方の唯一の不満点は、その寂しさくらいかな。

 

 

 

 でも、その1人きりの独走も……。

 そろそろ、終わりが近い。

 

 その事実に……心の底から沸き上がった僅かな熱が、ちろりと、凍り付いた私の心を舐めた。

 

 

 

『さぁ先頭が向こう正面抜けて第三コーナーに入ります、依然その差は大きく開いて12、3バ身!

 しかしここまで来ても龍の勢いは留まるところを知らない!! ここから龍の背を捉えるウマ娘は出てくるのか!?』

『バ群全体のペースもやや早まっているように見えます。ここからが勝負処!』

 

 

 

 ここまでの2週間、私はペースキープの練習を続けて来た。

 いやまぁブルボンちゃんと一緒にやった時は、彼女が掛かりまくったからあんまりそれの練習にはならなかったけど……。

 少なくとも、ここ1週間はひたすらにペースを意識して走る練習をしてきたわけだ。

 

 その結果、ブルボンちゃん程ではないにしろ、私もそこそこ正確なペースキープができるようになったんだ。

 ……勿論、こんなのはただの付け焼刃。冷静さを欠けばすぐに保てなくなるんだけども。

 

 それでも……少なくとも終盤までの間、私は決して間違えない。

 

 

 

『さぁ第三コーナー入って残り1000メートル、ここまでのタイムは……83秒0!! ラップ平均は11秒9、12秒切り! かなりのハイペースです!!』

 

 

 

 トレーナーが打ち出した目標、ラップ平均11秒6周辺。

 今回のペースは、ここからバ場の状態悪化を考えて少し遅らせたものだ。

 

 11秒台は、一般的なウマ娘からすれば、非常にハイペースな数字。

 如何なホシノウィルムと言えど、そのスペック上、最後まで保つのは厳しい速度だけど……私の特殊性が、この非現実的なまでのラップ走法を叶える。

 

 はっきり言って、生半可なウマ娘では付いて来ることさえ困難な程の速度だろう。

 なにせこれは、下手なウマ娘なら終盤のラストスパートにも匹敵するようなスピード。

 私はここまで、ずっとそういう速さで走っているんだから。

 

 

 

 ……それでも。

 きっと、来てくれるウマ娘は、いる。

 

 なにせここは、クラシック・シニア混合のG1レース、ジャパンカップ。

 八大競走と並べられるほどの高い格を誇るレースであり……。

 海外のウマ娘たちが容赦なく首を取りに来る戦場であり……。

 

 そして何より、あの先輩が参加してるんだから。

 

 

 

『先頭ホシノウィルム、大ケヤキを越えて第四コーナーに入りました! そしてここでメジロマックイーン、バ群の中を縫うように脱出、猛然と差を詰めに出た! 追うようにバ群のペースが一気に上がりました!』

『シルバーピジョンも追走を開始! ホシノウィルムの超絶ハイペースに釣られ、既にレース全体のペースもかなり上がっていますよ! ここから更にテンポを上げてゴールまで持つのか!?』

 

 

 

 来た。

 やっぱり、来てくれた。

 

 足音が聞こえ始める。

 1つ……マックイーン先輩の優雅で苛烈なものに続いて、何人ものウマ娘の音が。

 

 

 

『さぁコーナー終わって最終直線! 東京レース場の長い直線の間で、どこまでこの大きな差が詰められるのか!』

 

 

 

 来た。

 

 来た、来た、来た。

 

 足音が聞こえる。たくさん聞こえる。私を敗北へ追い込む死神の鎌が、私に熱をくれるライバルたちが、すぐそこまで迫って来てる。

 誰もが必死に、喉から手が出る程に勝利を求めてる。誰もが全力で、血反吐を吐くような思いでそれに手を伸ばしてる。

 その命を削って、その想いを擦り減らして、全身全霊で。

 

 ……あぁ、熱くなってきた。

 

 他の子たちに追いつかれればゲームオーバー。その前に逃げ切ればゲームクリア。

 達成条件は非常に簡単で、そのために使える時間は……残り、30秒前後。

 

 相手が全力で来るんだ。こっちも本気を出さない道理はない。

 

 だから……私はカチリと、自分の中のスイッチを入れる。

 

 

 

 凍り付いていた思考が溶けだし、柔軟さを取り戻すと同時……。

 世界の全てが、スローダウンしていく。

 

 勿論、そんなのはただの錯覚だ。

 時間って相対的なものだから、自分の意識……というか思考能力? 処理能力? それが向上すれば、自然と遅く感じるようになるわけだ。

 

 まぁなんにしろ、私にとっては好都合なことこの上ない。

 なんてったって、しっかりと考えながら走ることができるんだから。

 

 さぁ、世界がゆっくりになった今、改めて考えよう。

 私を追って来るウマ娘たちから逃げ切る、完璧な勝ち方を。

 

 目を走らせ、耳を向けて、匂いを嗅ぎ、脚で蹴り上げ、情報を集めて。集めて。集めて……。

 それらを体系的に繋げて、計算し、検証し、想定し……。

 

「良し」

 

 そうして、瞬きを1つしている内に、計算は終わった。

 

「行くぞ」

 

 天星スパート、開始。

 

 

 

 脚が地面を捉える、その瞬間。

 私は……宙を飛ぶように、自由になる。

 

 何1つ、私を縛れるものはない。

 空気抵抗も、姿勢の限界も、自身に蓄積していた疲労も、過去からさえも。

 その全てから、今、解き放たれた。

 

 

 

『ホシノウィルム、前傾姿勢! 得意のスパートをかけるつもりか!? そしてここで番手を奪ったのはメジロマックイーン!! 後方からはシルバーピジョンが追い上げる!!』

 

 

 

 期待を裏切っちゃうようで悪いけど、スパートをかけるつもりはない。

 なにせ、今回の私の作戦は一定のペースを守ること。この姿勢はあくまで、スタミナの消耗と脚へのダメージを抑えるためのものだ。

 

 ……普通、こんな変則的な姿勢だと、日本ダービーの時みたいにむしろ脚に負担がかかるんだけどね。

 力の受け流し方、関節の柔らかさ次第では、こうやって風の抵抗も避けながら脚の負担も和らげる、なんて曲芸も不可能じゃないわけだ。

 

 とにかく、11秒後半。このペースを、ひたすらに守る。

 もしもの時は判断を任されているとはいえ、安定した戦略で勝てるというのなら、それに越したことないんだから。

 

 

 

『さぁ一気呵成に前へ迫るメジロマックイーン、やはり最強ステイヤーか、その走りに陰りは見えない! その後ろからは早めに仕掛けたシルバーピジョン、そしてシルバーピジョン追走!』

 

 

 

 さて、問題があるとすれば、後続のウマ娘なんだけど……。

 

 後方に耳を澄ませる。バタバタと駆けるウマ娘たちの、地面を踏みしめる音……その中からフォームを乱していない、つまりスタミナを維持しているものを絞り込み。

 その中から更に、まだ加速してくる余力のありそうなものを探して……。

 

 ただ、1人。

 

 まったく疲れを感じさせない、重厚でありながら軽やかな足取りを見つけた。

 

「やっぱり……マックイーン、先輩……!」

 

 自分の敗北を全く感じていない……いいや、そんな恐怖や不安よりもなお強く、自らの勝利のためにひた走る気配。

 彼女を突き動かすのは、そうしなければならないという責任感と……何よりそうしたい、かけられた期待に応えたいという彼女自身の意志。

 

 それらが今、完璧に噛み合い……。

 

 世界を、塗り替える。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 美しく彩られた庭園の中、彼女はただひた走る。

 

「今こそ、貴顕の使命を果たす時」

 

 たとえ雨が降りしきり、庭園が無惨に散って、世界が闇に包まれようと。

 ……それでも彼女は、決して止まることはない。

 

「全ての期待を背に負って、私は……」

 

 そうして走り続けた先で、雨雲は切り裂かれ……。

 

 広く澄み切った青空の下、彼女だけの道が、拓く。

 

 

 

「勝ちますッ!!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……!」

 

 以前見たものとは、似て非なる領域。

 これが正真正銘、彼女の全力。彼女の神髄……!

 

 ほんの一瞬で、彼女の速度が跳ね上がる。

 尋常ではない速度で……差が、埋まる。

 

 8バ身。7バ身、6バ身5バ身4バ身……!

 

 僅か数秒足らず、稼いできた差は無に帰していく。

 

 トレーナーからは「メジロマックイーンは加速に難がある」って聞いてたんだけど……今の彼女には、全く以てその気配がない。

 圧倒的な爆発力と、長く伸びる末脚。ウマ娘に必要な2つを兼ね備えるなんて……。

 今の彼女はまさしく、ウマ娘の王道の極み。おおよそ完璧な脚をしていると言っていいだろう。

 

 

 

『メジロマックイーン抜け出した!! なんという末脚!! 僅か数秒、華麗に空を舞うような走りで一気にホシノウィルムに迫ります!! 不敗神話もここまでか!?』

『後方から多くのウマ娘たちも迫っていますが、やはりここまでのハイペースが響いてしまったか、僅かにキレが甘いか!』

 

 

 

 ……こりゃ、私もトレーナーも、計算の前提条件が間違ってたね。

 

 ウマ娘の実力は、スペックだけじゃ決まらない。

 それは、チートを持ってる私に限った話じゃない。

 

 運命を歩み、あるいは覆すためと言わんばかりに、ウマ娘には「領域」っていう力があるんだ。

 

 私が宝塚記念で、負けることもなく、けれど事故を起こすこともなく、ゴール板前まで駆け抜けたように。

 マックイーン先輩が、数多の因果と困難の果てに、菊花賞を制したように。

 

 運命に挑む時に、自らの進路を切り拓く力。

 それが、領域。

 

 ……そして今、マックイーン先輩はその領域を、更に昇華させている。

 その身に馴染ませ、誰よりも本質を理解して、使いこなしている。

 

 そっか……。

 まだ、先があるんだ。

 

 

 

 運命の向こう側、夢みたいなレースで、ウマ娘は……私たちは、もっと先へ進めるんだ!

 

 

 

 ……改めて。

 

 メジロマックイーン先輩の評価を上方修正。

 展開予測。ターフの悪化した状況、距離感、速度から計算して……。

 このペースのままでは……差し切られる。

 

 ごめんトレーナー、この作戦じゃ勝てない。

 だから……ここからは、私の判断で行く!

 

 

 

『残り200メートル余り、メジロマックイーン肉薄!! 続く3番手は5バ身以上後方、もはやこの2人の叩き合いか!!』

『すさまじい熱戦!! コースレコードペース……いいえ、世界レコードペースの2人の戦い!! 最後に勝利を刻むのはどちらだ!?』

 

 

 

 マックイーン先輩が迫る。

 

 私の後方……3バ身……2バ身……。

 

 彼女との距離が近づく程に、私の心の温度が上がっていく。

 私と競ってくれる、私と戦ってくれる、私をもっと伸ばしてくれる、最高のライバルに、最高のレースに……堪えがたく、燃え上がって。

 

 そうして、残り1バ身。

 

 熱が心に回り切り……私の領域が、開く。

 

 

 

 私だけの世界。数多の星々の輝く、ずっとずっと広がり続ける宇宙。

 

 私の領域はまだ開けて間もなく、マックイーン先輩程に練り上げられたものじゃない。

 昇華どころか、はっきり言って、まだ使いこなす領域にすら入れてないだろう。

 

 ……それでも。

 

 この領域の中でなら、私は誰よりも自由に走れる。

 

「頑張れ、ホシノウィルム!」

「お願い、負けないで!」

「行けっ、行けーっ!」

 

 声が。

 数多の声が、多くの星が、降り注ぐ光が、私を照らし、温めてくれる。

 

「ホシノウィルムさん……!」

「ウィルム先輩、前へ!」

 

 知っている輝きが、私の進むべき先へと導いてくれる。

 

 そして、誰よりも……。

 

「ホシノウィルムゥゥウウッッ!」

 

 ……あの一等星が、私を導いてくれるから。

 

 だから……!

 

 

 

 ガリッと、私とマックイーン先輩の領域が削り合う。

 

 その欠片から伝わって来る想いは、私と何ら変わらない。

 

 ただ、私たちは、互いに。

 

『勝負ですわ!』

『勝負です!』

 

 そう、宣言した。

 

 

 

『まだ余力を残していたのか!? ホシノウィルム、ここで更に加速!!』

『もはやその差は僅か! ホシノウィルムが逃げ切るか!? メジロマックイーンが差し切るか!?』

 

 

 

 勝つのは……ッ!

 

「私ですッ!」

「私だッ!」

 

 まるでシンクロしているように、私たちは同じ言葉を叫び。

 そして……。

 

 

 

 

 

 

『今、ゴールインッ! 着差は半バ身差! 僅かに逃げ切り、ジャパンカップを制したのはホシノウィルム!!』

『タイムは……なんと、2分20秒9!! 圧巻の芝2400メートル世界レコードです!!』

『並みいる強豪なんのその、圧倒的な力でレースを捻じ伏せましたホシノウィルム! その伝説は年末、世紀の有記念へと続いて行く!!』

 

 

 

 私は、ジャパンカップを制した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁ……げほっ。……おえ」

 

 ……まぁ、当然と言うべきか。

 レース後、私はそれはもう、めちゃくちゃに疲れていた。

 

 まぁそれも、当然と言えば当然の話。

 そもそも「スタミナを全部使い切ってちょうど走り切る」ペースが11秒8なんだ。

 それなのに、最後の600メートルなんか全然ペース守ってなかったし……特に最後の200メートルは、本当の本当に超絶ハイペースだった。

 

 当然スタミナなんて欠片も残っておらず、気力も根性もかなり酷使してしまった。脚はプルプルしてるし、最悪軽い炎症くらいなら起こってるかもしれない。

 

 ……でも。

 

「はぁ……、ふぅ、やった」

 

 勝てた。

 勝てた!

 あのとんでもない領域と、最高と呼ぶべき末脚を見せてきたマックイーン先輩に、私は、勝てたんだ!

 

 今はとにかく、それが嬉しい。

 それこそスタミナさえあれば、踊り出していただろう程に。

 

 

 

「ホシノウィルムさん」

 

 肩を揺らしている内に、私よりも早く息を整えたマックイーン先輩が話しかけてきた。

 その表情は……強い悔しさを感じさせながらも、一点の曇りもない。

 

「見事な走りでした。悔しいですが、今日のところは潔く敗北を認める他ありませんわ」

「マックイーン先輩も……ふぅ、まさかあそこまで、迫って来るとは思いませんでした……。最高に楽しい瞬間を、ありがとうございました!」

「感謝するのはこちらの方です。私が自らの走りを取り戻せたのは……あなたのトレーナーのおかげなのですから」

「私のトレーナー、の?」

 

 マックイーン先輩は、少しだけ自分のことを話してくれた。

 今年から負け続きで焦り、自分の中の歯車が噛み合わなくなってしまっていたこと。

 それをトレーナーさんに相談できず、1人で抱え込んでしまっていたこと。

 ……そして、私のトレーナー、歩さんの手引きで、マックイーンのトレーナーさんが彼女としっかり話し合ったことで、その不調を解消できたことを。

 

 そっか。トレーナー、ちゃんとマックイーン先輩のことを助けられてたんだ。

 なんというか……うん、良かった。

 

「そして、今日。あなたの走りを見て、私はまた1つ成長できました。あなたたちには助けられてばかり。心から感謝しますわ」

「それは私も、です。マックイーン先輩の走りを見て、もっと上に行けるんだって、知りました。ありがとうございました!」

 

 そう言って頭を下げると、マックイーン先輩はクスリと笑って言う。

 

「先輩、はいりません。ライバルには年上も年下もありませんから。どうぞマックイーンとお呼びになって?」

「っ! は、はい! マックイーンせ……えっと、マックイーンさん! えっと、それなら私のこともウィルムで……!」

「えぇ、改めてよろしくお願いします、ウィルムさん」

 

 そう言って、私たちは握手して……。

 

 大歓声に包まれる中、マックイーンさんがニヤリと笑って言う。

 

「次は、有記念で。今度こそ勝たせてもらいますわよ?」

「いえ。……次も、勝つのは私です!」

 

 

 

 そうして、マックイーンさんと正式にライバルになって……。

 ホシノウィルムのクラシック級、ジャパンカップが終わった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さぁ、今年出走予定のレースは、残り1つ。

 前世アニメ1期における2人の主人公であり、同時にこの世界では2つの伝説となっている、スぺちゃんとスズカさん。

 更にはスカイ先輩たち多くのネームドと、ミーク先輩やテイオーにネイチャなど、因縁あるウマ娘たちとの戦い。

 

 年末の祭典、有記念。

 

 なんというか……いよいよラストスパート、って感じ?

 

 

 







 メジロマックイーン
 『貴顕の使命を果たすべく Lv5』
 最終コーナーで前の方にいると抜かさせない覚悟を決めて速度が上がる。
 更に、抱いた誇りと背負った期待がその脚を前に進める。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、勝利者インタビューの話。
 おまけを挟まず次の章へ。第二部はここで折り返しです。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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