先に断っておくが。
担当ウマ娘と出かけるという行為は、何ら異常性のあるものではない。
ウマ娘の走りには、彼女たちの精神状態が強く関わっている。
これは決してマイナーな話ではない。
研修で公的に習うようなことはないし、そういった論文が上がっているわけでもない。
それでも、トレーナーを生業とする人間であれば、誰もが聞いたことのある話だろう。
特に俺は、ウマ娘の精神状態や心の在り様を重視する堀野家のトレーナー。
まだ幼い頃から「心の整った普通のウマ娘は心を乱した一流のウマ娘を超える。故にこそ、彼女たちの想いを第一に、それを導く灯りたれ」と何度も語り聞かされてきた。
実際、歴代の記録から見てもその様は確かに確認できる。
トレーニング重視だった頃よりも今の在り方の方が、勝率も良ければおかしな拗れ方もしない。それは明確に数字にも表れているんだ。
更に言えば、俺は「アプリ転生」を持つ転生者でもある。
ウマ娘の調子……正確にはやる気が、絶好調、好調、普通、不調、絶不調の5段階に区分され、実際の能力に影響することをよく知っている。
総じて、ウマ娘の心の健康を保つことは、彼女たちを支える上で非常に重要だ、ってことだ。
……で。
ウマ娘が、トレーナーとのお出かけを望むことも、決して珍しいわけではない。
競走ウマ娘のアスリート人生は、中等部から始まる。
この年頃の女の子には、保護者が必要だ。
なにせまだ自制心も強くない子が多いし、人の悪意や挫折を味わったことのない子が大半。
そういう彼女たちのメンタル面を守り、支えることもまた、トレーナーとして必要な業務なんだ。
で、そうなると、ある意味で当然の帰結と言うべきか。
ウマ娘はトレーナーに懐く……いや、これは良くない言い方だな。下手に歴史を学んだ結果、視座が高くなりすぎてる感じがする。
ウマ娘がトレーナーに親愛の感情を抱くのは、よくあることなんだ。
俺たちトレーナーは保護者であり、ウマ娘たちは庇護対象。
故に、彼女たちを正しく支えることのできたトレーナーは……第二の親、頼るべき相手として、深い親愛を抱いてもらえることがある。
で、そうなると、親にねだるように「今度のお休み、一緒にお出かけしませんか?」と提案されることもあるわけだ。
前世アプリでもお出かけコマンドがあったが、あれは決してただの遊びではない。
休暇の日に一緒にお出かけすることで、担当ウマ娘とコミュニケーションを取り、その精神状態を整えることができる。
お休みが肉体の休暇であれば、お出かけは精神の休暇というわけだ。
……で、長々と語ったけど、結局何を伝えたいかと言えば。
「トレーナー、どうしました?」
「……いや、己と戦っていた」
「精神的な自己研鑽ですか? 流石はトレーナーですね」
この状況は、決して異常性のない、極めて健全なものだということをわかってほしいんだ。
* * *
12月上旬。
だいぶ肌寒くはあるけど、それがむしろ強い陽射しを心地良くさせるような久方ぶりの休日。
俺とホシノウィルムはトレセン学園を飛び出し、街に繰り出していた。
先日のジャパンカップの……というか2回分溜まっていたのでその内1回分の、と言うべきか。
とにかくそのご褒美権を行使し、休日のお出かけを願ったからだ。
……とはいえ、その行為自体は、必要なものとは言えなかったんだが。
宝塚記念以降のホシノウィルムの特徴として、メンタル面の管理が非常に簡単である、ということが挙げられる。
何故かと言うと、彼女は走っていると勝手に絶好調になるからだ。
当然ながら彼女もウマ娘、時には調子を落とすこともある。
アプリのようにドチャクソ理不尽な理由で落とされることはそうそうないけど、「めっちゃ走りたい気分だったのに、寮長に見つかってしまって自主トレできなかった」とかそんな感じで。
……いや、改めて考えるとやっぱり結構理不尽かもしれないな。
でも、そうやって走れないことで溜まったストレスは、走ることで解消される。
自主トレでもいいし、スケジュールに基づくトレーニングでもいい。何にしろ、ウィルは30分程度走れば、その調子が1段階上がるんだ。
そして現役の、特に本格化中の競走ウマ娘は、休む時間より走る時間の方がずっと長いわけで。
結果として、彼女は基本的に、いつも絶好調を保っている。
これもまた、ホシノウィルムが高い成長率を誇っている所以の1つだ。
で、勿論今日も、ホシノウィルムは絶好調状態を保っていた。
先述の通り、お出かけは精神的休息の意味合いが強い。絶好調の状態でお出かけするのは、体力が満タンの状態でお休みするようなもの。
その上微量回復する体力も、今はまだそこまで減っているわけではない。
こんなことを言うのはなんだけど、今お出かけをするメリットは殆どないと言っていいだろう。
……だが、彼女たち担当ウマ娘が望むのなら、それはあらゆるメリットとデメリットを超越した価値を持つ。
彼女たちは思いやりの深さや目標への真摯な態度故にあまりわがままを言わないが、1日のお出かけなんて、ご褒美権を使うまでもなく受け入れる予定だ。
その上でご褒美権なんて使われたんだから、そりゃあ急いで望みを叶えるのは当然の話で。
ジャパンカップが終わって数日。
インタビューの依頼とかグッズの増産の確認とか、すごい量の仕事のラッシュをなんとか捌き切り……いや、正確にはまだまだ残ってたんだけど、昌の目が虚ろになってたし、俺も少しばかり疲労が溜まって来たので、一区切りつけて。
俺はその日、休憩も兼ねて、彼女の望みであったお出かけを実行に移すことにしたのだった。
そう。
このお出かけは、必要性に応じて取られたもの。
俺とウィルが並んで歩く現状には、全く以て異常性はない。
ただトレーナーが、担当ウマ娘と一緒に出かけているだけ。
それにウィルは、例によって変装している。
かなり大きなキャスケットで耳を隠し、体型が出にくく尻尾も見にくい、ゆったりとしたポンチョとボトムス。俺が「風邪を引かないように」と言ったので、ネックウォーマーと手袋も付けている。
その上で、顔にも大きな黒のマスクを付けているので、かなり目敏い者でなければ彼女とはわからないだろう。
俺と彼女の身長差については多少留意すべきではあるが、トレセン周りではそんな男女がいても強い違和感などあるわけもない。
むしろ俺とウィルの身長差なら、一周回って親子に見えるくらいだろう。
そう、おかしくない。
客観的に見ても、おかしくないはずなのに、何故……。
何故、俺はこうも、落ち着かないんだろうか。
彼女と休日に出かけることは、しばらく前、日本ダービーの後にもあった。
あの時は水族館に行ったんだけど……ここまでの落ち着きのなさは覚えなかったはずだ。
いや、あの時は特大級のやらかしをどうにか補い、彼女との関係性を再構築しようと必死だった気もするな……しないような。
早いものであれから半年強、なんだか懐かしく感じてしまう。
しかし改めて、何故今回はこうも落ち着かないのか。
……やはりあれか、彼女の知名度だろうか。
今のホシノウィルムの知名度は、日本でも、というか世界でも最上級だろう。
前世で言えばアイドルがオリンピック級のアスリートを兼ねているようなもので、自然と注目は集まる。
それも国民的どころか世界的競技で史上類を見ない記録を出しているとなれば、世界中からその視線を奪ってしまうのは、ある意味当然の話で。
もしも彼女の正体が露見してしまえば、それはもう瞬く間にファンの方々に取り囲まれてしまうだろう。
今の俺は、それを避けるために緊張している……のだろうか。
……緊張? そもそも緊張してるのか、俺?
自分のことながら、よくわからない。
なんか最近の俺、ずっとこんな調子だな。
「堀野のトレーナー」を辞めて以来……いや、宝塚記念で、帰って来たウィルを見て以来か?
俺の思考は、自分でもよくわからない理由で、よくわからない方向に暴走している気がする。
一体どういう心理状態なのか、今度兄に相談でも……。
「トレーナー」
俺の無為な思考を、ウィルの声が遮った。
いけないな、今は彼女とのお出かけ中なんだから、余計なことは考えないようにしないと。
俺は軽く首を振り、改めて彼女の方に視線を投げた。
「うん? なんだ、ウィル」
「最初はどこに行くんですか? 今日はトレーナーがプランを立ててくれるんですよね?」
「そりゃ、君にご褒美権で頼まれたからな」
昨日、数時間かけて色々考えたとも……なんて言うと、優しい彼女のことだから「お仕事が忙しいんだから、てきとうでいいんですよそういうのは!」なんて言ってきそうだし、言わないでおく。
自分の担当ウマ娘に関することなんだ、てきとうでいいわけがないだろう。そりゃあしっかり時間を使って考えてきたさ。
「まず、ジムでランニングマシーン……」
「いや、今日は走ること以外ですよ?」
「…………え!?」
「あの、私のことを何だと……ああいえ、これは自業自得かもしれませんけども……」
困った、詰んだ。
ホシノウィルムのことだから、今日も今日とて走ることを望むと思っていた。というかそれ以上のビジョンが見えなかった。
故に今日立てた計画も、メインは走ることで、その合間合間に休憩の時間を設けていたんだが……。
その計画は今、彼女の言葉によって完膚なきまでに崩れ去った。
くっ……こうなったら、即座に何か考えるしかない……!
何かないか? こう、良い感じに時間を潰しつつ、彼女の良い経験になって、なおかつコミュニケーションを取りやすいもの……!
……そうだ!
「では……そうだな。…………映画、とか」
今世では殆ど娯楽の経験のない俺だが、1度だけ昌に連れて行かれて映画を見たことがあった。
何の映画だったかな……この世界のものにしては珍しく、1度もウマ娘が登場しなかったことは覚えてるんだが。
あの時は、既にだいぶ態度が硬化していた昌とも感想で話が弾んだ……ような気がする。多分。
ウィルとコミュニケーションを取る、という今日の目的には適した手段なのではあるまいか。
そう思っての提案だったが……果たして、彼女の反応は。
「映画! 良いですね、行きましょう!」
ウィルは笑い、俺の手を取って走り出す。
良かった、取り敢えず提案は合格ラインに乗ったらしい。
俺は安堵のため息を吐き、とりあえず肩が外れそうだから止まってくれと彼女に叫んだ。
* * *
俺たちが目を付けた映画は、未知の生物を発見したウマ娘が、その不思議な生き物と共に暮らす、という趣旨のものだった。
最初は生態も形も全く違う上に言葉も通じないその生物に戸惑っていたウマ娘だが、一緒に日々を過ごす中で少しずつ打ち解けていく。
だが、最終的にはその生物は異世界から来たものだと判明。
その子にはその子の暮らしがあり、家族がある。ウマ娘は寂しいと感じながらも、その子のかつての暮らしを取り戻すべく、異世界へと送り出す方法を探す……って感じ。
大筋は宇宙人を自転車に乗せて飛ぶアレに近いものがある。
そこにウマ娘としての孤独とか苦悩とか、そういったテーマを交えた映画だった。
……と、思う。
問題は、その「生き物」が……こう、すごく特徴的で。
4本足で立つ、鹿などに近い形。大きな特徴として、体つきががっしりとしていて、ウマ娘と似た形の耳や尻尾を持っていた。
そう。その架空の生き物は、「馬」に酷似していたんだ。
よくよく見ればちょっと違和感はあるけど、映画スタッフの中に転生者いるんじゃないか? と思うくらいには馬。
あまりにも馬すぎて、正直全然内容に集中できなかったくらいだ。
だからって言うと、ちょっと言い訳っぽくなるけど……。
ウィルと共にフードコートで食事を取りながら感想会を行っても、どうにも俺の脳からは、感想らしい感想が出てこない。
そうしてぼんやりしてる俺に対して、ウィルは……不思議な生き物への感慨に浸っているのか、彼女も彼女でどことなくぼんやりしていた。
やはりウマ娘としては、馬……みたいな生き物に対して、何かしら思うところがあるのだろうか。
「……なんというか、すごく、こう……因果を感じる生き物でしたね」
「……あぁ、極めて未知の生き物だったな」
この世界に馬は存在しない。その代わりにウマ娘が存在する。
だから、この世界の人間にとって「馬」というのは未知の存在だ。
故にこそこの映画は、非常に奇妙な、それでいてどことなくウマ娘に近いような気もする異世界の生き物と触れ合う、心温まる映画足り得るのだが……。
正直、転生者の俺としては、馬のインパクトに気を取られ、まともに集中すらできなかった。
前世の価値観で言えばウマ娘の存在に違和感があるし、今世の価値観で言えば馬の存在が異形すぎる。その2つが並び立っているものだから、頭がおかしくなりそうだったわ。
「……えっと、こう、感動でしたよね!」
「……そうだな、感動できる話だった……と思う」
いやまぁ、映画って何だかんだ基本は感動できるものか笑えるものだからな。取り敢えず感想はこれ言っとけば良い、みたいなとこある。
実際馬に抱き着いて別れを悲しむウマ娘の構図は、不覚にも心に来るものがあったしな。あんまり詳しくないけど、そういう題材の二次創作、前世でもあったんじゃないだろうか。
「どう見ても……馬だったよねアレ……」
「ん? 何か言ったか?」
「あ、い、いえ、何も」
何やら「どう見てもうまだっちよねアレ」とか聞こえたが、どういう意味だったんだろう。
「うまぴょい伝説」はこの世界でもライブ曲として存在し、特別な成果を残したりURAファイナルズを制したウマ娘が歌うことを強いられ……いや、許される。
だから「うまだっちよねアレ」という言葉には違和感はないが……。
いやあるわ。結局何なんだようまだっちって。
というかそもそもうまぴょいって何? あとうまぽいとすきだっちって何だったの?
ウィルが違和感なく言葉として用いているところを見るに、ウマ娘にだけは何か感じることのある単語なのだろうか。
うーむ、謎だ。うまぴょい伝説とは一体何なのか。その言葉には、一体どんな深遠な意味が隠されているのだろうか……。
* * *
映画を見て微妙な空気になったりうまぴょいの謎を深めた後は、ショッピングに向かう。
「それでは、ランニングシューズでも……」
「いや走ること関係は今日は禁止ですよ?」
なん……だと……?
あのホシノウィルムのことだ、そろそろ我慢していた走欲が抑えきれず、せめてシューズとかウェアを見るだけならセーフと言ってくれると思ったが……これまた想定が甘かったか。
まぁ、走ること、そして負けないことのみに意味を見出していたかつての彼女よりは、ずっと良い状態だと言えるだろうが……。
困ったな、そうなると俺、いよいよどこに行けばいいかわからない。
女の子が興味を持ちそうなもの、とすると……。
「…………ええと、服とか」
「ふむ、悪くないですね。行きましょう。……トレーナーが私をコーデしてくれるんですよね?」
「む……正直に言って、自信はないが」
「構いませんよ、トレーナーが好きな服を選んでいただければ」
そう言って、彼女はニヤリと笑う。
……いや、謙遜とかじゃなくて、本当に自信ないんだけどなぁ。
「いや、謙遜とかじゃなくて本当にセンスないじゃないですか!?」
「うん」
俺は、前世から一貫して要領が悪い。
それも、どこかが悪いとかじゃなくて、ありとあらゆる分野に対して才能やセンスが欠けていると言っていい。
物覚えも悪ければ、体の柔軟性もなかったし、鍛えてもなかなか筋肉も付かないし、そしてもちろん芸術的センスも皆無に近く。
20年かけてトレーナー業務に関係する分野に関しては徹底的に鍛えたため、そこだけは人一倍にこなせる自信こそあるが……逆に言うとそれ以外は、かなり致命的だと思う。
特にファッションセンスなんて、トレーナー業務に掠りもしない上、流行の知悉と自身の色彩感覚によって培われるものだ。
俺とは致命的に相性が悪いと言っていい。
俺が毎日スーツしか着ない理由は、毎日しっかり勤めようという意思もあるけど、それ以上に下手な私服よりはスーツの方がまだ格好がつくという側面も大きい。
昌には「兄さんは絶対自分で服選ばないで。それくらいなら私が選ぶから。絶対やめて」と口を酸っぱくして言われてるしな。
「い、いや、でもこれ……それにしても、こんなの選ぶことあります?」
彼女が試着しているのは、真っ黒一色のアウター、カーキのロングスカート、そして濃いエナメルの紫のシャツに銀に光る龍と「GO GO DRAGON!」という文字がプリントされたシャツ。
「アウターとスカートはいいですよ? こういう色合いも使えないことはないですし。でもこのシャツは何!? どこから持って来たの!?」
「いや、ここで意外性を一つまみ、と思って……」
「なんで基礎ができてない人ってこう意外性を求めちゃうんですか!?」
いや、実際なんでだろうな。なんかよくわかんないけど、こういうのってアクセントとかあった方がいいんじゃないかなって思っちゃうんだよ。
基本を知らないからこそテクニカルなことをして少しでも良くしようと思うが、そもそも基礎ができていないのでテクニカルが的外れになる……とか、そんな感じだろうか
「……トレーナー、料理できないでしょう。あれも引き算ですし」
「いや、できるぞ。実家で特訓したから、和と中華、フレンチ、それからイタリアンはある程度。店を出すレベルには行かないだろうが」
「なんでそこはできるの!?」
「俺の父は、担当ウマ娘によく料理を振舞っていたらしいからな。もしかしたらそういう機会もあるかな、と思って」
「じゃあ担当の服も見繕うかもしれないって発想はなかったんですか?」
「無茶を言う」
確かに、堀野の歴史にはそういう関係性を築いた者もいたが……俺は担当とはある程度距離を置いて接すると決めていたからな。
ご褒美として料理を振舞う可能性は微量にあったとしても、服を選ぶような機会があるとは思っていなかったんだ。
まぁここに関しては、俺の想定が甘かった……というか、そもそも根本的な「堀野のトレーナー」という指針自体が間違いだったわけで。
今になって思うと、もう少し手広く学んでおけば良かったな。今からでも遅くないと思いたいが……それもなかなか難しいし。
「じゃあ今から鍛えてください。将来的には、その……私の服を選んでくれるように!」
「恐らく習得に5年程かかるが大丈夫か」
「思ったより悠長に進めますねぇ!」
「いやトレーナー業務を優先しなきゃいけないし、そういうのって過去の歴史を紐解いて流れと傾向を把握しないといけないし……」
「くっ、これが要領の悪さ……! いいんですよこういうのは、直近の流行を把握してそれっぽくすればそれっぽくなるんですから!」
彼女はぷりぷりと可愛らしく怒りながら、「とにかく、いつかコーデしてくださいね!」と言って試着室のカーテンを閉める。
ウィルは、昔に比べてずっと感情を見せてくれるようになった。
それが彼女の隠してきたものなのか、あるいは情緒が発達した結果発露したものなのかはわからないが……どちらにしろ、信頼関係を築くべきトレーナーとしては非常に得難いことだ。
それを見せてくれるくらいに、俺を信じてくれていることは変わらないんだから。
……それが俺の不甲斐なさ故の怒りでなければ、もっと良かったんだけどな。
結局ウィルは、試着した紫のシャツだけは戻し、アウターとスカートは購入。
その上、何故か俺の服まで選んでくれた。
「……地味すぎるんじゃないか?」
「トレーナー、顔は……その、整ってるんですし、地味でいいんですよ。というか明るい色は似合わないです。だからその手に持ってるパステルピンクのズボンは戻して来て。というか本当にどこから持って来たんですかそれ! このお店なんでそんなの置いてるの!?」
* * *
その後、俺たちはアミューズメント施設に行ってボウリングをし、俺がトリプルスコアくらい付けられてぼろ負けしたり。
「当然のようにガター取りますね……そんなに曲げられるものなんですね」
「真っ直ぐ投げてるんだが」
「え?」
「真っ直ぐ投げてるんだが?」
カラオケに行って、かろうじて知ってる曲を歌って72点を取ったり。
「どうやったらそこまで音程とリズム外せるんですか! わざとでもそこまで外せないですよ!」
「どうやっても何も、ちゃんと歌ってるんだけどね……」
「……よし、まずは音感とリズム感を培いましょう。私の声と同じタイミングで手を叩いてみてください。行きますよ、ワン、ツー、スリー、フォー……なんでもうズレるんですか!?」
ゲームセンターに行ってクレーンゲームに挑んだり。
「よし、1つ落としたが4つは取れたな。3プレイでぱかプチ12個、なかなかの戦果じゃないか?」
「なんでクレーンゲームだけは異様に上手いんですか! 今までで一番トレーナー業務関係ないですよね!?」
「あるぞ」
「あるんですか!?」
「回復とやる気アップ、直線回復のヒントは大事だからな……」
「あの、すみません、何言ってるのかよくわからないんですが」
「じゃあこれは君にやろう」
「流石に12個はいりませんよ! ……私とネイチャ、テイオーの分はいただきますけど」
そんな感じで。
俺とウィルは太陽が赤くなるまで、街中を歩き回った。
* * *
「うん、今日1日、すごく楽しかったです」
最後に寄ったファミリーレストランで、彼女はこの1日をそう締めくくる。
「トレーナー、お仕事してない時は、やっぱり普段のトレーナーとは違うんですね。まさかあんなに、その……アレだとは思いませんでしたけど」
「アレで悪かったな」
「拗ねないでくださいよ。冗談ですからね?」
拗ねてないが。
自分の才能のなさや要領の悪さには自覚があるし、諦めも付いている。
なにせ前世からの付き合いだ。僻んでいても何もできないし、それ以上に自分にはしなきゃいけないことがあるんだから。
人の2分の1しか才能がないのなら、人の2倍努力する。
俺はそうやって生きてきたし、きっとそんなやり方でしか俺は生きていけない。
……でも。
それを他人に……いや、この子に見られるのは、なんとなく、少し嫌な気分だ。
これは、見栄……なんだろうか。
トレーナーとウマ娘として適切な関係を保つために、あまり無様な姿を見せてはいけない。
だから俺は、彼女にそれを見せることに抵抗感がある……?
いやしかし、それなら今日のお出かけの行先も、もう少し工夫できたはずだ。今だってもう少し格式のあるレストランに行けば、実家で培ったマナーが活かせたはずで。
無意識とはいえ、俺がそうしなかったということは……。
俺は無意識的に、ホシノウィルムに自分を知ってほしいと思っている……ということか。
どうやら今、俺の中には2つの矛盾する行動原理があるらしい。
1つは、ウィルにそういった無様な姿を見られたくないという意思。
そしてもう1つは……むしろそういう部分を、彼女に見てほしいという意思。
人間やウマ娘にとって、精神的な板挟み、いわゆるジレンマは珍しいことじゃない。
しかし、俺にとってはだいぶ……珍しいことだった。
何故、彼女に知られたいなんていう欲求が湧いているのか。
俺は頭の中で、その要因を漁って……。
「あ」
ふと。
色あせた光景を思い出した。
「トレーナー?」
「ああいや、すまない。……そういえば、今日と似たことがあったと、ふと思い出してな」
「似たこと?」
「あぁ。ずっと前……初等部の頃に、丸々1日、小さな女の子と遊んだことがあったのを思い出した」
小柄な彼女と遊び回ったことで刺激されたのか、とっくに忘れていた記憶が脳裏に蘇る。
色褪せた……前世の、子供の頃の記憶。
別に知り合いでも何でもない、名前すら知らない女の子だった。
友達を呼びに図書館に行ったらどこにもいなくて、その代わりとでも言うように、その女の子がいた。
椅子に座って俯くその子は無表情だったけど、なんとなく寂しそうに見えて……だから俺は、彼女を遊びに誘ったんだ。
懐かしい、そんなこともあったなと思える、セピア色の思い出。
自然と、口から声が漏れた。
「内気で、無口で、はっきり言えば陰気な、普通の女の子だったな。
その子も最初は淡泊だったけど、段々笑顔を見せてくれるように……あれ、ウィル?」
ふと回想から現実に視線を戻し、俺の担当ウマ娘を見ると……彼女は見事に頬を膨らませていた。
いや、スパゲッティを頬張ってとかじゃなくて、不機嫌そうに膨れているのだ。
「あー、なんだろう、気に障ってしまったか?」
「……今は私との時間ですよね。他の女の子の話なんて出さないでくださいよ」
「いや、初等部の頃のことを思い出しただけだぞ? 他の女の子って」
「それでもです! ……今くらいは、私のことだけ考えてくれてもいいじゃないですか」
そう言って、彼女は拗ねるように顔をそむけた。
俺はそれを見て、思わず唇が緩むのを感じる。
……子供らしい独占欲か。
ホシノウィルムは、両親の愛を受けることのできなかった女の子だ。
だからこそ、普段は冷静沈着に見えても……やはりその実、甘えたい盛りなんだろう。
俺にできるのは、せめて彼女のそれに応えることくらいか。
「わかった。そうだな、悪かった。
今日1日は仕事も走りもなしで君に付き合うと決めたからな。君を寮に送り届けるまでは、君のことだけを考えるよ」
「よっ……よろしい! その、最後まで……よろしく」
そう言って、彼女はにへら、と笑う。
それは、記憶の中の小さな少女に似ているようで……けれど全く違う、彼女だけの不器用な微笑みだった。
堀野君はトレーナー業だけは強い。でもそれ以外は全部ポン。
次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、トレーニングの日々の話。
(追記)
誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!